桃の華は鮮血に染まる~人格が変わった時、女桃太郎は血の海で嗤う~ 作:A-3
「鬼は人とさして変わらぬよ。力が強い、賢い、身体が大きい等な。違いがあるとすればそれだけぞ。そして燿よ、お主にも鬼の血が流れておる」
「あ、ああ、ああああああ」
心臓が爆発しそうな位激しく動いた。燿は耐えられずに頭を抱え座り込んでしまった。胃から熱いものが逆流し、吐き出ししまう。体中の血が沸騰しているようだ。燿はたまらず懐から短刀を取り出し、自らの肩を刺した。体に流れている血がとても醜く感じたからだ。血が勢いよく噴き出し身体の半分を濡らした。痛みを感じなかったからもう一度刺そうと振り上げた手を、誰かが後ろから止めた。
「『イザナミノミコト』様!私が代わりに答えましょう!」
「つ・・・む・・・ぎ・・・?」
燿が虚ろな目で捉えたのは、いる筈のない紬だった。
「ほう、妹か、ならば代わりに答える事を許そう」
紬は目を瞑って呼吸を整え、覚悟のある瞳で『イザナミノミコト』を見据えて叫んだ。
「鬼が悪かどうかは実際にボクが見て決める!人が正しいかどうか?正しい人も正しくない人もいる!それは恐らく鬼も同じでしょう!ですからボクたちは自分で見て考えて決めます!」
『イザナミノミコト』様は目を細めて紬を見ていた。
「ボクたちを育ててくれた燈子さんと月代さんが悪かどうかは・・・わかりません!けど、信じています!それでも正しくないと思えば・・・ボクたちが正しい事を教えてあげます!」
紬の声がこだましていると思ったときには洞窟の中に戻ってきていた。
「そう・・・それが・・・考える・・・という事。我も・・・『イザナギ』の事・・・を長い間・・・考えて・・・やはり愛している・・・という・・・事が分かった・・・それでも・・・憎んで・・・いる事にしないと・・・黄泉の国・・・は統率が・・・取れなくなる。それを・・・察した燿には・・・もっと・・・考えて・・・生きて欲しいと・・・思った」
燿が肩の痛みで朦朧としている時に感じたのは、背中が濡れている事と愛おしい温もりだった。紬が泣いている。そう思ったときに燿の意識がはっきりしてきた。
「燿姉!燿姉!」
「紬・・・桃は?」
「桃姉が嫌な予感がするから追いかけろって、行かせてくれたんだよ。こんな事をさせる為に一人で行かせたんじゃないよ!」
紬は燿に手当をしながらずっと泣いていた。
「でも、私は」
「ボクと桃姉の大事なお姉ちゃんだよ!」
「・・・そっか。ごめんね」
「絶対に許さない!後で桃姉にも怒ってもらう!」
それでも身体が既に自分の物とは思えないような違和感に囚われている燿は自分が何者だろうと妹達だけは絶対に守り切る事を誓った。
「燿・・・は正しさに・・・囚われて・・・いる。それは・・・もう呪いと・・・変わらぬ」
「『イザナミノミコト』様・・・」
「人と鬼・・・に関わらず・・・善い者・・・悪しき者は・・・いる。立場が・・・変われば・・・己が・・・悪になる事も・・・あると・・・努々・・・忘れるな」
「は・・・い」
燿が返事をすると『イザナミノミコト』が身に着けていた羽衣が燿の懐にするりと入った。
「『憑き人』・・・は・・・鬼とは・・・関係・・・ない」
「え?」
「何者か・・・が作り出している・・・」
燿と紬は顔を見合わせていた。『憑き人』が現れた時期と鬼ヶ島の結界が弱まった時期が重なった為、原因が鬼だと思い込んでしまっていた。
燿は本当に自分では何も考えず、状況や誰かに言われた事をただ信じて生きてきたのだという事を認めざるを得なかった。
「村に・・・帰る前に・・・三ヶ所・・・社に行くのだ・・・」
「社ですか?」
「村を・・・囲むように・・・その社は・・・ある」
「そこには結界に関する何かがあるのでしょうか」
「そう・・・そして・・・死者の入り口で・・・待っている・・・娘を・・・必ず連れて・・・行くのだ」
「桃を!?どういう意味ですか!」
「行けば・・・わかる・・・」
そう言うと、『イザナミノミコト』は二人の目の前から煙のように消えていった。完全に消える寸前に一言だけ伝言を残して。
「燈子と・・・月代に・・・頼まれたことはしたと・・・伝えよ」
帰り道は襲われる事も無く入口まですんなりとたどり着いた。入口では桃が岩を背に座り込んでいた。
「お帰り」
「桃姉怪我してない?」
「桃!大丈夫!?」
「こっちの台詞」
そう言うと紬をじろりと見つめた。
「ボクが着いた時にはもうこうだったんだよ!むしろ逆だよ!間一髪ボクが間に合ったんだって!」
紬が慌てて言うと、次に桃は燿をじっと見つめて
「説明して」
と言い放った。かなり怒っているようだ。
燿はため息をした後、怒られるのを覚悟で『イザナミノミコト』とのやり取りを隠さず全て話した。桃は最後まで黙って聞いていたが、聞き終わるなり燿に向かって何か投げつけた。子狐の姿で眠っていた黎だった。
「自分で、刺した?」
「ああ、うん」
「馬鹿」
「・・・ごめん」
「鬼なの?」
「鬼の血が流れているって言っていたわ。純粋な鬼なのか、混血かは・・・わからないわね」
「身体大きくない。胸も」
「失礼ね!恐らく知識の方に秀でているんでしょうね。術を覚えるのが早かったのも頷けるわ」
「人食べたい?殺したい?」
「食べたくない!殺したくもないわよ!」
「じゃあ問題ない」
「でも、二人とは違うのよ?」
「紬がそう言ったの?」
「紬は・・・それでも姉だと言ってくれたわ」
「そう。私達のお姉」
「・・・ありがとう」
話が終わると、紬が燿に飛びついてきた。燿は自分でも気づかないうちに泣いていたからだ。桃も燿に頭を預けて寄り添ってきた。
そして、三人で泣いた。
心身ともに限界に近かった三人は近くで眠れる場所を探し、休息を取った。紬はあっという間に寝てしまったようだ。
「桃、起きている?」
「うん」
「私達の村の周辺に三ヶ所社があるらしいの。そこに結界に必要な物があるらしいわ」
「帰る前に寄る?」
「ええ、そうなるわね。・・・そこには桃を必ず連れて行くように言われたわ」
「そう」
「もしかしたら、いえ何でもないわ」
「私が・・・化け物だったら嫌いになる?」
「な・ら・な・い」
「本当に?」
「こんな可愛い化け物が居たら、一緒にいるわ。いつまでも」
「うん」
― ???
「そう。『イザナミノミコト』様も余計な事を言ってくれたものだわ。桃の変わりようも気になるわね・・・ええ、お願い」
そう言うとパンっと手の平を叩いて式神を札に変えた。
「欺いてやるわ・・・その為にも舞台を整えなければ」