桃の華は鮮血に染まる~人格が変わった時、女桃太郎は血の海で嗤う~   作:A-3

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最終話

紬はゆっくりと桃から刃を抜き、分銅を持て余すようにぐるぐると回している。燿は紬の瞳を見たのだろう。指一つ動く気配が無い。

 

桃は、『憑き人』になってしまった紬の瞳から目を離せなくなっていた。不意に怪我した足を踏みつけられ、呻き声を漏らす。

 

「燿姉と桃姉をさ!食べたくて飲みたくて食べたくて飲みたくて食べたくて飲みたくて食べたくて飲みたくて・・・」

 

「紬!」

 

桃が叫び、紬は黙った。

 

「欲望に流されないで。お願い」

 

「桃姉はさ、『憑き人』になった事がないからそんなに気楽な事が言えるんだよ」

 

「『憑き人』の欲望を抑える事は決して容易じゃないのは今まで見てきて知ってる。でもまだ私と紬は話しが出来ている。それは紬が強いから。それはとても凄い事なんだよ」

 

桃はどうしたら紬を人に戻せるか必死に考えていた。今までの『憑き人』は救う術がなかった。『イザナミノミコト』にも言われた。それでも紬は己と必死に戦っている。自分が諦めるわけにはいかなかった。

 

「いつまでも抑えられるわけがないじゃないか!」

 

「私も手伝うから。さっき約束したものね。紬の事は私が守るって」

 

「それじゃあ……証明して見せてよ!」

 

紬は踏みつけた足をそのままに斬りかかってくる。桃はそれを刀で辛うじて受け止めるが、痛みと地面に横たわっているせいで徐々に力負けしていく。紬は元々の身体能力に妖怪の力が上乗せされ、今や桃と同等以上に強く、速かった。桃は自分の両腕に巻かれている包帯を一瞬見て『スサノオの桃』の封印を解くか悩むが、暴走した自分を止めてくれる燿があの状態では危険過ぎると踏みとどまった。桃は紬の刃を横に逸らすと同時に右足で紬の腹を蹴り上げる。踏まれていた足が自由になった一瞬を見逃さずに横に転がり、なんとか体制を立て直した。ひとまず燿だけでも逃がす為、桃は燿の肩を揺すり、声を掛ける。

 

「お姉、逃げて。お姉」

 

しかし、桃の声は届かない。意識を紬に戻すと、いつの間にか多数の紬に囲まれていた。『罠式の術・幻術型』だ。紬達は一斉に印を結ぶ。、桃は本物が分かっているかのように、その内の一人から放たれた『炎舞の術』を『守の陣』で防ぐ。周りの紬は札に戻ったが、衝突した際の煙で紬を見失う。

 

「よく本物のボクって分かったね!」

 

「妹を見分けたくらいで驚かないで」

 

何処からか紬の声が聞こえてくる。桃は話しながらも周囲の気配を探る。

 

「おい、桃も術を使えよ。『守の陣』だけじゃ切り抜けられないぞ」

 

「駄目。紬に術は使えない」

 

木の上の気配に気づいた桃は、降りてくる勢いのまま振り下ろす刃を両手で握りしめた刀で受け止める。紬は受け止められるのを予測していたかのように、流れるように桃の腹に拳をめり込ませる。桃が呻き声を上げ、身体をくの字にした所を紬のかかと落としが容赦なく後頭部に刺さり、桃は地面に叩きつけられる。そのまま紬は鎌を振り下ろすが、横に転がり立ち上がる。殴られた腹の痛みで呼吸が上手く出来ないが、整えている暇は与えてくれない。紬から視線を外さないまま距離を取ろうとした時、

 

「桃!」

 

黎の声で腹のあたりが光っているのに気が付く。『罠式の術・爆破型』だ。『守の陣』は間に合わないと判断した桃は、左手で札を握りしめそのまま頭上に掲げた。札は爆発し、桃の左腕から血が飛び散った。指は五本とも残っているが、少しでも動かすと激痛で意識が飛びそうになる。桃は意識を保つ為に唇を噛み、口から血を流す。紬が相手では戦いながら考える余裕など無かった。

 

「無茶するなぁ!下手したら左手無くなっちゃうよ!」

 

「妹が使う術の威力くらい、分かる」

 

桃は刀を地面に突き刺し素早く印を結んだ。周りの草が伸びて紬を木に縛り付ける。『罠式の術・捕縛型』だ。

 

「桃姉も使えたんだね!」

 

「紬みたいに上手くは使えないけど」

 

時間稼ぎにしかならないだろうが、今のうちに打開策を見つけなければ。珍しく焦りを隠せない桃とは反対に冷静な表情の紬は

 

ため息をつく。

 

「桃姉、もう止めようよ。最初から今のボクを止めるなんて無理だったんだよ」

 

「無理じゃない」

 

「それはボクが燿姉を狙っていないから、だよ」

 

「・・・」

 

「燿姉の言う通りだったよ。『憑き人』になってしまった人は、殺さないと救えない」

 

黄色い瞳から涙が一筋零れ落ちる。

 

「はやくボクを殺してよ!」

 

紬の叫び声が桃の心に突き刺さる。紬が苦しんでいる。紬の言う通り、殺す事のみが救う事になるのだろうか。燿だったらどうするか。

 

縛られていた紬は、力を込め拘束を解き、燿に向かって一直線に駆け出す。桃は燿を守るために足を引きずりながらも間に割って入り、刀を振り上げた。紬の望みは自分しか叶えられない。それが燿と紬を助ける唯一の方法だと自分に言い聞かせた。しかし、振り下ろそうと力を込めた瞬間、

 

一緒に過ごした過去が脳裏をよぎり、そのまま動けなくなる。紬は迷いなく刃を桃の肩口に振り下ろした。桃は肩口の激痛に耐えらず、その場に倒れこむ。桃を見下ろした紬は、燿の首筋に刃を持っていった。

 

「このままではボクは燿姉を殺してしまうね」

 

「嫌……やめて」

 

「ボク達さ、不思議と喧嘩した事無かったよね。だから桃姉と戦ったのが姉妹喧嘩をしているようで嬉しかったんだ。だけど、そろそろ終わらせないとね」

 

「紬!」

 

このまま紬は燿を殺すだろう。そして自分も殺される。普通の『憑き人』とは明らかに強さが違う紬を止めることは困難だ。誰かが紬を殺すまで関係のない人を殺して回るのだ。そう桃は考えてはっとした。誰かが?何て勝手な考えだ!自分の手を汚さずにどこの誰かも知れない人に妹を押し付けるつもりなんだ!そしてその時まで紬に殺される人達を見殺しにするつもりなんだ!そう無意識に考えていた自分に桃は気づいてしまった。紬の願いは分かっているのに。

 

「紬」

 

桃に声を掛けられ、もううんざりという顔しながら桃の方を見た紬は戦慄した。桃の両眼が開いている。そして紅の左目が揺らいだ時、殺気の塊をぶつけられたように感じた紬は、慌てて後ろに飛び退いた。桃は立ち上がり刀を紬に向ける。

 

「今から貴方を斬る。だから紬も全力で私を殺しにきて。『憑き人』としてではなく紬として」

 

「桃姉……」

 

「私が斬るのは『憑き人』ではなくて紬だから」

 

それは『憑き人』になってしまった紬を殺すのではなく、『妹の紬』を殺すという桃の覚悟だった。紬は自分の事をまだ人だといってくれた事を理解し、泣きながら桃に尋ねた。

 

「桃姉、ボクの事好き?」

 

桃は答える代わりに、優しく微笑んで見せた。紬は泣き止むと、照れそうにはにかんだ。

 

二人の笑みが消えた時、紬は一直線に駆けだした。

 

桃も怪我人とは感じさせない動きで駆け出し、桃と紬は交差した。

 

先に動いたのは紬だった。ゆっくり燿に向かって歩き出した。桃は刀を鞘に納め、背を向けたまま震えた唇を嚙み締めた。

 

「紬……大好きだった」

 

桃の足元に血だまりが出来ていた。桃は最後まで妹を斬る事が出来なかった。

 

 

 

「燿姉、燿姉ってば」

 

呼ばれているのに気が付いた時、燿の目の前で泣いている紬がいた。随分と長い夢を見ていたようだ。紬が『憑き人』になるなんて、

 

あまりにも酷い悪夢だった。紬はいつもの泣き虫のままだ。

 

「つむ・・・」

 

紬は泣いたまま無理矢理に笑顔を作ると、燿の腹に刃を突き立てる。燿の悪夢は続いていた。紬が刃を抜くと、そこから血が噴き出し、紬に降り注いだ。紬は躊躇なく燿の首を斬り落とす。

 

「あはは、燿姉が死んだ」

 

紬は燿の身体に身体を埋める。紬はしばらくすると、満足したかのように燿の首を桃の目の前に転がす。辛うじて息があった桃はうつろな目でそれを見つめる。

 

「お……お姉……」

 

「燿姉はねぇ!死んじゃったよ!桃姉のせいで!」

 

紬は高笑いをしている。そして、真実を桃に伝える

 

「!」

 

紬は桃の悔しそうな、そして悲しそうな顔を見下ろす。桃は黄泉の国での会話を思い出した。

 

「……『イザナミノミコト』が言っていた『憑き人』を作り出している人間も『あの人』……」

 

「うん!そうだね!絶対そうだよ!」

 

紬は楽しそうに相槌を打っている。

 

「でも『あの人』を止められる人はもういないね!桃姉が!ボクを!殺さなかったから!」

 

そう言うと紬は桃の首に口を近づけ、貪りついた。聞くに堪えない音が止んだ後、紬は血まみれのまま顔を上げる。

 

紬はそこから見える自分達が育った村を黄色の瞳で見つめる。

 

「今から帰るからね……あはは!」

 

紬は燿と桃の屍を越え、村に向かって歩き出した……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、この話はここで終わりだ。何?こんな結末ありえない?最初に言ったと思うが、信じられなくても私にとっては本当にあった現実なのだよ。信じてほしいと思って話したわけではないが、嘘と決めつけるのは遠慮してくれ。君だって自分だけが体験したUFO目撃や心霊体験を他人に話した時に信じてもらえなかったら辛いだろう?そういう事だ。ああ、だけど一つ伝えていなかったな。

 

あいにくと私は嘘つきでね。おいおい、怒らないでくれよ。真実を知りたいのならお互いに資格と覚悟が必要なのさ。申し訳ないが今はまだ語る時ではなかったという事さ。君が悪いんじゃない。私に覚悟が足りなかったのさ。もし、その時が来たらまた会おう。それでは。


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