すでに新学期開始から数ヶ月。
同級生。クラスメイト。それ以上でもなく以下でもなく。
(放課後に屋上で告白とか、現実にあるんだな)
ドラマや映画等の
誰人自身としては別に個人の恋愛観も性的嗜好も人それぞれだと思うし、それらを否定するつもりもまったくない。ただ、耳へと届く驚きと困惑と混乱の声を発している赤髪のクラスメイト程ではないにしろ、ただひたすらに状況に混乱しているだけだった。
一度切り出したことで吹っ切れたのだろうか? 怒涛の勢いで「好きな人はいますか?」「もしかして誰かと付き合っていたりするんですか?」「よく一緒にいるあの人ですか?」などと捲し立てる下級生の女の子に対し、突然の告白を受けたメイの方は顔を真っ赤に染めてしどろもどろな対応しかできていなかった。
(まあ、そうなるよな。普通に)
「メイ……」
思わぬ事態に幾許かとはいえ完全にその存在を忘れていた誰人だったが、消え入りそうなしかし妙に耳に纏わり付くような呟き声に意識がすぐさまその存在へと向けられる。
親しい友達が同性に告白される――そんな状況を目撃した際にどんな反応を見せるかなど、流石に一切予想できない。
出来るだけ何でもない風を装いながら四季の様子を伺う誰人だが、その心境はある種の肝試しでも行うような心持ちだった。
(……マジで喜怒哀楽が読めなさすぎる)
パッと見た感じでは特に四季の様子に変化はない。伺い見えたその表情も教室でよく見かけるような感情変化に乏しい淡々としたもの。
だが、
(大丈夫……なのか?)
何故だかそう思わずにはいられない。
あまり親しくもない誰人には普段通りにしか見えない四季だが、それでもどこか不安定で危ういような感じがする。
(これ、どうしたらいいんだ?)
いつも通りに放課後に屋上で一人癒し時間を過ごそうと思っていただけなのに、なんだかもの凄く面倒なことになっている。
誰人が表に出せない懊悩を人知れず噛み締めている内に、どうやらその原因のひとつである少女達の方には進展があったようだ。
まるでタイミングを見計らったかのように風が強く吹いていたこともあって内容を聞き取ることができなかったが、神妙な顔をしたメイから何かを告げられた下級生の女の子は顔を俯かせると、メイに向けて二言三言言葉を返すと一回大きく頭を下げてから早足でその場から立ち去っていった。
(よし。これであとは米女さんさえ帰ってくれればこの状況から解放される)
唐突に始まった面倒な状況が終わると、淡い期待を抱いた誰人であったが、どうやらこの世界は少年の望みをそう簡単には叶えてくれない仕様らしい。
(って、どうしてベンチの方に向かってんだ!?)
下級生の女の子に続いてメイも帰ると思いきや、何故かその足が向かうのは屋上唯一のベンチ。
どこか疲れたような足取りでベンチへと辿り着いたメイは女子としては少々豪快な感じの仕草で腰を下ろすと、ベンチの背に力なく身体を預けたながらいろいろなものが混ざったであろう大きな溜息を吐く。
「たく。どしろって……うん? 鞄とヘッドフォン? 誰のだ?」
「ヤバっ」
大失態極まる。四季に問答無用で引き摺られた際にベンチに鞄とヘッドフォンを置きっぱなしにしてしまっていた。
「あっ……」
四季の方も完全に失念していたようで、珍しく「失敗した」と言った表情の変化がハッキリと見て取れる。
(ど、どうする? 鞄の中を見られたら俺の物だってことはすぐに分かるけど……いや、流石に人の鞄の中を無断で確認するような真似はしないか。でも、忘れ物だと思われて職員室に持っていかれるのも困る)
特にヘッドフォンの方は学業に関係ない物だと思われて生活指導室にでも保管されたら最悪だ。回収が困難且つ非常に面倒なことになる。
(や、ヤバい! それはマジで困るぞ!)
「ちょっと待って。今出たらダメ」
思わずその場から飛び出そうとして身体を動かした誰人。それを反射的に押し留めようとした四季の身体の一部が強く誰人の身体に押し付けられて――柔らかく形を変えた。
(ッ!?☆ィ?!〇×!凸?★!!凹!?!!!)
「あん? なんだ? 曲が流れだした? ……近くにいるのか?」
(し、しまった!!)
四季と押し合いへし合いしたことでポケットに入れていたスマホに触れてしまったのか、停止していた曲を再生させてしまったようだ。
これでは誰人が近くにいることがバレてしまう。そしてそれは同時に一緒に隠れている四季の存在もメイに確実にバレるということ。
(わ、若菜さん?)
「どうすべきか?」と、視線を向けた先の四季の表情は先程以上に動揺の色を見せている。当然と言えば当然だろう。友人の告白現場に無断で付いてきて、あまつさえそのやりとりを隠れて窺っていたのだから。
友情に不信や亀裂どころか崩壊が発生する可能性すらある。
(……まてよ。別に俺は関係なくないか?)
焦っていた誰人だったが、不意に冷静になって考えてみるとそこまでの事態ではないことに気付く。
そもそも、誰人のこの現状は四季にいきなり無理矢理巻き込まれただけなのだ。さっさと出て行ってことの経緯をメイに説明し、あとは鞄とヘッドフォンを回収してさっさと帰ってしまえばいい。
その後の四季とメイのやりとりがどうなるかなどは予想もつかないが、誰人にしてみれば元々特に関わり合い自体が少ないただのクラスメイトでしかない二人の関係がどうなろうと本来ならば知ったことではない。下手に口を出して厄介事に自ら関わろうとするなんて面倒以外の何ものでもないではないか。
(――と、思いたいんだがな~)
「…………」
普段の鉄面皮は何処へやら。すぐ間近に見るのは動揺と不安で今にも崩れ落ちそうな表情をした少女の姿。
(こんな状態の子を見捨てるってのは流石に……)
そんなことが平然と実行できる程、渡仲 誰人という少年は他人に対して無関心でも無情でもなかった。面倒事に巻き込まれること自体は勘弁して貰いたいのが本音ではあるが。
(……俺も大概に良い格好しいみたいだな)
再びチラッとメイの様子を窺えば、ベンチから腰を上げたメイは首を左右に振って周囲に誰かいないかを探っている。このままならそう遠くない未来に周囲を探索し始めるだろう。この場に隠れているのが見つかるのも時間の問題だった。
「若菜さん。正直に答えてくれ。今、米女さんと顔を合わせるのは避けたい?」
「……うん」
切羽詰まっている為か、随分と素直な返事。
「了解」
四季の願いは確認した。ならばこれから誰人がすることはただひとつ。
「俺が今から米女さんの気を逸らしておくから、隙を見て屋上から脱出して」
「?? どういう――」
「んじゃあ、そーゆーことで」
意を決した以上は無駄にグダグダしていても意味がない。
誰人からの不意の問い掛けと一方的な指示に四季の方は怪訝な顔をしているがそれはもう無視。それまでずっとほぼくっついているような状態だったお互いの身体を(流石に少々の残念な気持ちを堪えて!)引き離すと、誰人は一度大きく深呼吸してから塔屋の陰から身を乗り出す。
(さ~て、これでもう後戻りできないぞ)
誰人の存在に気付いたメイに万が一にも気取られないようにまだ塔屋の陰に隠れている四季の方には一切視線は向けず、一瞬だけハンドジェスチャーでその場から去るように伝える。
(ビビるな。焦るな。平常心だ。俺!!)
少し進んだところで誰人のことに気付いたらしいメイと視線が合う。
「米女さん! それ、俺の鞄とヘッドフォン」
猫科を想わせる鋭めの目付きに若干不信感のこもった表情を浮かべたメイに気後れしそうになるが、なけなしの勇気を振り絞って声を張り上げると同時に右手を上げて存在をアピール。少しの間でもいいのでメイの注意を完全に誰人自身に向けなくてはならない。
「お前は……渡仲だっけ? 同じクラスだよな?」
「そう。それでそのベンチに置いてあった荷物は全部俺のなんだよ」
小走り気味にメイの元へと駆け寄ると、誰人はできるだけフレンドリーな表情を意識しながら声を掛ける。背中は緊張の冷や汗で既にびっしょりだが。
「……今、あっちの建物の方から来たよな?」
「ああ、うん。ま、まあ、そうだけど」
マズい。「いきなりバレたか?」と一瞬思ったが、メイの視線は誰人の方を向いており、どうやらただの確認の言葉のようだ。
「つまりはアレか。お前はずっとあの建物の裏にいたってことで……。お前、見てたのか? 私とあの子のやりとりを」
「いや、それは……ぁ、あ、あ~……うん。悪い。見てた」
つい自己保身から否定の言葉が出そうになったのをなんとか飲み込み、一拍置いてから素直に認めて頭を下げる誰人。
「覗き見かよ。趣味悪いな」
「盛大な誤解だ。嫌過ぎる勘違いはやめて欲しい。ただの偶然だから」
露骨に顔を顰めたメイが纏った嫌悪と怒りの空気に内臓を鷲掴みされるような錯覚に落ち、誰人は今すぐこの場から逃げ出したい気持ちにその身を委ねたいのを必死で押し留める。
「誤解ねぇ。わざわざ建物の裏に隠れて覗き見してたのにか?」
「言い訳をするつもりじゃないけど聞いてくれ。本当に建物の裏の方までブラっと行っていて、そしたら人が来た気配がして様子を見てみたら妙な雰囲気だったからさ。それで何だか出るに出られなくなったんだよ。まあ、それでも結果的に隠れて覗き見する形になっちゃったのは事実だから……それについては、ごめん。改めて謝る。覗き見するよう真似をして悪かった」
妙な誤解が続かないようにと、謝れるところはしっかりと謝っておく。
誰人にとっては不可抗力的な部分があったのは事実だが、それはメイには関係のないことであるし、ついでに四季のことを隠すには今口にしている以上の余計な言い訳は蛇足でしかないので口にしない。
「……言いふらすなよ」
「へ?」
「見てたんだよな? 私とあの子とのやりとりを。だったら分かってるとは思うけど、今日のことは絶対に誰にも言うなよ。絶対にだ! 特にし――」
(とくにし?)
「……なんでもない。とにかく、誰かに言いふらしたりするような真似はすんじゃねぇぞ」
鋭めの目付きを更に鋭く尖らせて、ヤンキー風味全開で凄んでくるメイ。
「しないって。そんな面倒な趣味は持ってないから」
下手に抵抗の意志を見せるような面倒なことはせず、誰人は素直にメイの意思に従うことを両手を上げてアピールする。
「約束する。誓いを立ててもいい。誰にも言わない。米女さんが困るような真似はしない」
「はぁ? 何言ってんだ。違うだろうが」
「違う?」
「そうだよ。私のことはいいんだ、別に。変な噂が流れようが、誰かにどうこう言われようがそんなに気にしないし。それよりも困るのはあの子の方だろうが」
「…………」
ヤダ。どうしよう。イケメンがいるんですが。
「何だよ? 急に変な顔して黙りこくって。どうしたんだ?」
「なんでもねぇっす」
同級生女子の意外な一面に若干のトキメキを感じたとは口が裂けても言えない。
「……そうか。ならいいが。あ、一応言っとくけど。裏アカとかにも上げたりもするなよ」
「そこも信用してくれとしか。てか、そもそも裏アカとか持ってないから」
趣味アカならあるが、そこで他人の噂話やら悪口やらを上げるような性悪でもネットリテラシーゼロ人間でもない。
「ホントかよ? テキトー言って誤魔化してんじゃないだろうな?」
(どんだけ疑われてるんだ、俺。こんな状況だし、確かに簡単に信用できないのも分かるけど)
もし逆の立場だったのなら、誰人もまず間違いなく信用しないだろう。
「ふ~ん。まっ、信用するか」
誰人の顔を睨みつけるような目付きで凝視した後、とりあえずは納得したのか目線を外したメイは軽く嘆息するとそれまで纏っていた剣呑な雰囲気も和らげる。
(あれ? 米女さんって……)
「そうだ。このヘッドフォン。これってお前のだよな?」
「そうだけど……え~と、返して貰っていい?」
今までの会話中ずっとメイが手に持っていた誰人のヘッドフォン。すぐに返してくれるのかと思いきや、メイは何故か興味深げに眺めている。
「ああ、悪ぃ。返すよ。大丈夫。傷付けたり壊したりなんかしてねぇから」
「あ、ありがとう。……俺のヘッドフォンに何か問題でもあった?」
「うん? いや、単純に興味と言うか。そのヘッドフォンって、確かすげぇ高いヤツだろ。1000Xシリーズの上位機種だっけ?」
「そ、そうだけど……って、知ってんの!?」
流石に現行の最新機種ではないひとつ前の型だが、それでも興味がない人間がその金額を聞けば耳を疑うような高額な品。それを知っているということは、
(米女さんって、もしかして音楽好き?)
「べ、別にぃ……。も、もう私は行くから。じゃあな」
真実を追求する暇もなく、何故か少しだけ顔を赤くしたメイは回れ右をするとそのまま駆け足で屋上から去っていった。
「…………疲れた」
一人になった瞬間に押し寄せてきた謎の疲労感。ベンチに引き寄せられるように腰を下ろすと、何かもう今日は何もしたくない気分で一杯になる。
「って、忘れてた。若菜さんは大丈夫だったのか?」
数分程ベンチで脱力タイムを実施していた誰人だが、ふと完全に頭から抜け落ちていた事案を思い出して身体を起こす。
既に結構時間が経っているので今更感はあったのだが、一応確認の為に塔屋の方に様子見に行ってみる。
「まあ、いるわけないよな。無事に脱出成功ってとこか。我、ミッションコンプリートなり。ってか」
案の定な状況を確認し、今日はもう帰るかと今の時間を確認すべく取り出したスマホに目を落とすと、
「誰だ?」
見知らぬアカウントからのメッセージリクエスト通知。
ただ、妙に既視感のあるアカウント名。そして確認したそのDMの文面といえば、
《若菜 四季 ありがとう》
味も素っ気もない明瞭で簡潔なもの。
そんなDMを受けて誰人がとりあえず思ったことはただひとつ。
「どうして若菜さんが俺のアカウントを知ってるんだ?」
今日一番の不可思議現象に対する純粋な疑問だった。