外苑西中学生日記   作:炉心

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梅雨は明けて夏への幕間。

合縁奇縁。良縁悪縁。どんな縁になるかはまだ知らず。




♯02 不思議な感じの今 ―前編―

 

 

「ちょっと。――時間ある?」

 

 給食当番の仕事をつつがなく終え、食後の一服用にと自販機でジュースを購入してから教室に戻ろうとしていた矢先のことだった。

 

 学校に給食制度があることは非常にありがたいことだと思うが、給食当番があるのは正直言って面倒くさい。そして、お昼休みとは貴重なのであった。

 

 可及的速やかに。

 

 給食当番で片付け作業をして休み時間をロスした場合にはより迅速で有意義な過ごし方が求められるのだ。

 

「どういった用件か「屋上に行くから」スルーっすか」

 

 誰人の返答を待たずにさっさと歩き出した四季の背中を一瞬だけ見詰め、軽く嘆息してから仕方なく後を追い掛けることにする。

 

(なんか、また面倒事にならなきゃいいけど)

 

 とは言え、敢えて四季のことを無視する選択肢を選んだ場合、それはそれで後々にまた別の面倒事に繋がりそうな気もした。

 

(それはともかくとして)

 

「若菜さん。今から行くつもりの場所って、屋上であってる?」

 

「そのつもり。何か屋上だと問題ある?」

 

「いや、場所に関してどうこうとかはないんだけどさ。ただ、先週までと違って今日はかなり天気が良いだろ? 鬱陶しい梅雨も明けて、『いよいよ夏日到来!』って感じで」

 

「だから?」

 

「多分、結構な灼熱地獄になると思う」

 

 よく屋上を使用している人間の実体験に基づいた意見であり助言である。

 

「…………」

 

 後ろから話し掛けている誰人に四季の顔を窺い見ることはできないが、おそらくは思案の表情を浮かべているのではないのだろうか。

 

 しばし歩調を緩めていた四季だったが、すぐに元の速度へと戻る。

 

「屋上行くの?」

 

「校舎裏の日陰ができる場所に変更」

 

「それは助かる」

 

 まだ午後の授業もあるのに、日干しの刑に処されるのは避けたかった。

 

(……この間の件だよな。絶対に)

 

 先週末にあった誰人に絶大な疲労感を与えた出来事。

 

 DMで貰ったお礼の言葉に一応の返答の言葉は返していたが、その後は特にやりとりもなく週末が過ぎ、今日はもう月曜日。

 

 正直なところ、誰人としてはもうすでに終わった出来事としてこれ以上の関わり合いはないものだと思っていたのだが、どうやらその見通しは見事に外れたようだ。

 

(今日の昼休みは確実に潰れるな。これ)

 

 

 

               ☆     ☆    ☆

 

 

 

(校舎裏って意外と人が来ないもんなんだな)

 

 女子と二人っきりでお昼休みを過ごす。

 

 普通ならば飛び上がって喜びたくなるようなシチュエーションなはずなのに、残念なことに欠片もそんな気分にならないとはこれ如何に。

 

 誰人と四季が校舎裏に到着してから早数分。

 

 お互いに校舎の壁を背に人二人分程の距離を保って立ち、沈黙を保ったままの状態が続いていた。

 

 自分から声を掛けるべきか?

 

 それとも、誘ってきた四季から声を掛けられるのをもう少し待つべきか?

 

 どちらとも判断付きかねる状況なので、誰人はとりあえず様子見も兼ねて軽く目だけを動かして四季の横顔を窺う。

 

(改めて見ると、やっぱり美人だわ)

 

 表情の変化には乏しいが、その整った顔立ちは同級生と比べてもかなり大人びていて、それこそ雑誌の読者モデルやアイドル活動なんかをしている同年代の子達と比較したとしても遜色ないレベルだと言える気がする。

 

(クラスの野郎連中の中にも秘かに狙ってるってヤツが何人かいるみたいだし)

 

 中身は奇妙な科学実験をする変人。だが、見た目は間違いなくクールビューティーな美少女。

 

(アニメとかマンガに出てくるヒロインみたいだな)

 

 誰人はそこまでアニメやマンガ等のサブカルチャー系に詳しい方ではないが、一般的な認識範囲としてはその手のキャラクターがそれなりにいたような憶えがある。

 

「Penalty」

 

「へ?」

 

「さっきからずっと盗み見してる。それ、Penalty。女性に対するマナー違反」

 

「あっ、わ、悪い」

 

 まさかの四季に気付かれていたことに焦る誰人。

 

 女性は男性よりも異性からの視線に敏感だという話を聞いたことがあったが、図らずも誰人は自らの行為でその実証をしてしまう。

 

「べ、別に変なあれこれで見てたわけじゃないから。ただ……こう、ほら、なんだ……」

 

(ダ、ダメだ。まともな言い訳が出てこない!)

 

「いい。気にはしてない」

 

「そ、そう? それなら良かった」

 

(…………あれ? 良かったのか?)

 

 特に咎め立てする素振りも不快な表情を見せることもなく、淡々と一般論を述べただけといった感じの四季。その様子にいろいろと思うところが芽生えた誰人ではあったが、そのことを突き詰めてしまうと何かしらの多大な精神的ダメージを受けそうなので敢えて考えない方向に舵を切ることにする。

 

 ついでに、

 

「そもそも、私が言うな。だった」

 

 四季の口から小さく呟かれた言葉も聞こえなかったことにする。

 

「……若菜さん。今日の用件って、何?」

 

 少々強引な切り出しな気もするが、この際だから気にはしていられない。

 

 空気を切り替えて話を始める為にも、有限で貴重なお昼休みを無駄に浪費しない為にも、誰人はさっさと四季からの用件を聞きだしたかった。

 

「先週のこと」

 

(ですよね~)

 

 共通の話題など、それ以外に考えられなかった。

 

「お礼の言葉ならもうDMで貰ったけど?」

 

 四季に教えた憶えがとんとないはずの誰人のアカウント。それを何故知っていたのかについても聞き出したいところではあったが、今のこの場ではとりあえずそのことは一端脇に置いておく。

 

「? DM? ……そう言えば、送っていた」

 

(忘れてたのかよ!)

 

 今明かされる驚愕の事実!! 四季からのお礼のDMに対する誰人の返答DMに反応が一切無かったのは、四季がお礼のDMを送った以降は関心が無くなっていたかららしい。

 

(分からん! 本当に何を考えてるのか、全然分からん!!)

 

 親しくないから当然なのかもしれないが、誰人にしてみれば四季の人となりが本当に掴めなくて心底困惑するしかない。

 

「ありがとう」

 

「『ありがとう』? 何が?」

 

「改めてお礼。あの時は私の都合に無理矢理付き合わせたから。それに……メイに気付かれないようにしてくれたことも。感謝」

 

「ド、ドウイタシマシテ」

 

 不思議なことなのだが、面と向かってお礼を言われると奇妙な気恥ずかしさでどう反応していいのか困ってしまう。――相変わらず四季の表情は崩れることのない鉄面皮仕様で、青春の甘酸っぱいトキメキとかには程遠いのが何か大いに悲しいところではあるが。

 

「それで、本題」

 

「…………どうぞ」

 

 そして、四季のマイペースに淡々と話を進めていく様に、誰人はもはやそのことにツッコミを入れようという気も完全に失せていた。

 

「私が屋上から去った後、メイが屋上から降りてくるまでに少し時間があった。……メイに何かした?」

 

 表情は特に変わらない。だが、明らかに四季の声のトーンや纏う雰囲気に鋭いものが含まれる。

 

(ああ、そっちの心配か)

 

 少しだけ予想していた内容とは違ったが、これはこれである意味納得である。

 

「何もしてない。少なくとも、米女さんが嫌がることは。一応言っておくと、覗き見していたことに対する謝罪と誤解を解く為に少しだけ話はした」

 

 疚しいことは一切していない。なので、下手な勘繰りや誤解を生むことを避ける為にもハッキリと断言しておく。

 

「もし俺の言葉が信用できないなら、米女さんに直接聞いてくれてもいい」

 

「それは……」

 

(?? なんだ? 仲が良いんじゃないのか?)

 

「あ、そうか。あの場にいたことを内緒にしている状態だと聞き難いか」

 

 口篭もった四季に違和感を覚えたが、四季の立場的には下手に聞くのが憚られる状況なのを思い出す。

 

(でも、仲の良い女子同士ってこんな感じなのか? 男とは違って基本的にベタ付いているというか。全部が全部じゃないにしても、もっといろんなことを相談し合ったりしているイメージだったんだが……。まあ、人によりけりか)

 

 あくまで誰人の勝手なイメージの範疇ではあったのだが、乏しいながらも身近な幾つかのサンプルからなんとなくそのようなイメージがあった。

 

「あなたが言う通り。聞き辛い。だから、私がいなくなった後のメイの様子がどんな感じだったのかを教えて欲しい。……何か言っていた?」

 

(あれ? なんだこれ?)

 

 誰人に対して真っ直ぐ向き直り、相変わらず感情の読めない表情と瞳で見詰めてくる四季。にもかかわらず、誰人は奇妙な違和感を覚える。

 

 とは言え、今はその正体を探っている余裕はない。

 

「あ~、悪いけどさ。それは教えられない」

 

「どうして?」

 

 少し、四季の纏う空気と周囲の温度が下がった気がした。

 

「米女さんと約束したんだよ。あの場のことは、『誰にも言わない』ってさ」

 

 約束は守るものである。少なくとも、自分からした約束は。

 

「私はあの場にいた。状況もある程度把握している」

 

「途中までね。だから、若菜さんがいた時の米女さんの様子を俺の視点からどう見えたかとかなら答えてもいい。でも、若菜さんがいなくなって以降の米女さんのことは話せない」

 

「意味不明」

 

「単純明快だと思うけどな」

 

 ほんの一瞬だが、四季から向けられる視線の温度が氷点下にまで下がった気がする。

 

(少し言い方が嫌味過ぎたか?)

 

「分かった。それなら、もういい」

 

 時間にすれば数秒ほど見詰められた末、四季との会談は終了へと向かう。

 

 何がどう『分かった』のかは知らないが、四季は瞬く間に誰人への関心を失ったようで、「話は終わり。付き合ってくれてありがとう」と社交辞令的なことを言いながらその場で反転して歩き出す。

 

「若菜さん。米女さんのことが気になるのなら、余計なことは気にせずに普通に聞いてみれば? 俺は米女さんのことはよく知らない。それでも、友達に心配されるのを嫌がるようなタイプには見えないんだけど?」

 

 お節介するつもりはない。したところで誰人には特に何もメリットがないのだから。でも、何故かそのメリットのないことをしてしまう。

 

 外野の人間の無責任で自分勝手な言葉だなと、口に出してから若干反省したが。

 

「…………うるさい」

 

 一瞬だけ立ち止まった四季だが、すぐにまた歩き出す。

 

 ごもっともな台詞が聞こえた気がするのは多分気のせいではない。

 

「これ、嫌われたか?」

 

 ただのクラスメイトであり、好感度など元々皆無どころかそもそも存在すらもまともに認識されていなかった可能性の方が高かったが、今の一連のやりとりで四季の誰人への印象はおそらく良好とは言い難いものになったのではないだろうか。

 

(あれ? 結構ショックかも)

 

 特段に興味のあった相手というわけではない。それでも女の子に、しかも傍目にも相当以上に可愛い子とお近付きになれる千載一遇のチャンスを見事棒に振ったというのは、特にモテるわけでもない一般的な男子中学生の身としてはかなりやらかした感が強い。

 

(裏アカとかで悪口を言われたりしませんように)

 

 あまり関わりたくない学生コミュニティの闇部分。

 

 誰人自身は基本的に関心も関わり合いにもなりたくないこともあって意識的に距離を置くようにしているが、四季もそうだとは限らない。誰人の個人的なイメージでは四季は裏アカとかで悪口を言うようなタイプではない気がするが、あくまで勝手なイメージでしかない。

 

 誰にでも他人には見せない裏の顔があるものだし。それは当然でもある。

 

「あっ。そう言えば、結局どうやって俺のアカウントを知ったのかを聞くのを忘れた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「四季? それと、あいつは……」

 

 

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