外苑西中学生日記   作:炉心

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昨日とは変わらぬ今日。変わるかもしれない今日。

知らないことが多いのは、知っていくことが多いということ。




♯02 不思議な感じの今 ―後編―

 

 

「ちょっといいか? 顔貸してくれねーか?」

 

「デジャヴュだわ」

 

「は? 何を言ってんだ?」

 

「気にしないでくれ。ただの独り言だから」

 

 放課後の廊下。

 

 誰人に声を掛けてきたメイは、鋭い目付きにどこか不機嫌そうな顔をしていた。

 

 午後の体育の授業で乾いていた喉に憩いと潤いを与えようと、自販機で購入したジュースを取り出し口から掴み出した矢先の展開。

 

 投げ掛けられた台詞自体は昔のヤンキーが呼び出しで使うような感じではあったが、その内容とシチュエーションは誰人に前日のお昼の出来事を否が応でも思い出させる。

 

「お前、変なヤツだな」

 

「そりゃどうも。それで、用件は何?」

 

 「周りからもっと変な人と思われている子が君の友達にいるけどね」――などとは口が裂けても言えず、誰人は正直者(ツッコミを入れたい)な自身の心の内を無視してとりあえずは適当気味な笑顔を浮かべておく。

 

「ここじゃアレだし。場所を変えね?」

 

「別にいいけど……。屋上? 校舎裏? どっち?」

 

「なんだよ。その二択」

 

「いや、特に理由はないけどさ」

 

 在り強いて言えば、最近の誰人にとっては呼び出しと言えばメジャーな場所だからだ。次点のイメージ候補としては体育館裏とかもある。

 

「まあ、人のいる教室とか廊下以外で話ができるところならどこでもいいんだけどよ」

 

「じゃあ、中庭とか? 放課後だからそこまで人通りはないだろうし」

 

 本日も前日に引き続き早くも夏日である。となれば屋上で過ごすには確実に暑くて辛く、かと言って校舎裏で立ち話をするのもハッキリ言ってしんどい。校舎と校舎に囲まれた中庭にあるベンチならば座れるし、校舎裏には及ばなくとも屋上よりかは日陰も多少はあるだろう。

 

「ああ、そこでいいぞ」

 

 行く場所を決めたら即座に行動へと移したメイの後姿を一瞬だけ視線で追った後、よく分からない溜息を吐きながら自販機へと向かい合った誰人は素早くジュースをもう一本だけ購入してから急いでメイの後を追う。

 

(昨日は若菜さん。今日は米女さん。……モテ期到来?)

 

「……絶対に違うか」

 

 そんな気配が微塵も感じられない事実に、よく分からない溜息が再び漏れた。

 

 

           ☆     ☆    ☆

 

 

(……意外と女の子っぽい座り方をするんだな)

 

「オレンジと葡萄、どっちが好き? むしろ、どっちか嫌いだったりする?」

 

「急に何言ってんだ? 別にどっちも嫌いじゃねぇけど」

 

「オケオケェ。んじゃあ、米女さんは葡萄で」

 

 中庭に幾つか設置されているベンチのひとつに腰掛けたメイ。

 

 ヤンキーっぽい言動とは裏腹に案外普通に女の子らしい座り方をメイがしたことに内心で驚きながら、誰人は二個持っていたジュースの内の片方を差し出す。

 

「え? あ、サンキュー。……って、おい。何だよこれ?」

 

「何だよって。ただのジュース。自販機で売ってる紙パックのやつ。これ、ワンコインで二個は買えてお釣りも出るって凄いよな。激安の殿堂並。中学生の懐にも優しい良心価格設定品だ」

 

「んなことは、聞いてねーよ」

 

 流れでジュースを受け取った後、何故か微妙に怒っているかのような表情に低い声で唸るメイに誰人は内心で少しだけビビる。

 

「やっぱりオレンジの方が好かった? 交換する?」

 

「そうじゃねぇ。葡萄でいい――じゃない! 私が言ぅッウェグフッゴホッゴホッ!!」

 

「……だ、大丈夫か? そのジュースは俺が奢るし、気にせず飲んでいいから」

 

 大声を出したことで盛大に咽て咳き込むメイ。

 

 誰人の言葉に従ったわけではないだろうが、付属のストローをパックジュースの差し込み口にぶっ刺すと、素早く口を付けて勢いよく飲み出す。

 

「因みにそのジュースはさっき普通に自販機で買ったやつなんで、変な薬とかは入ってないから安心して飲んでいいから」

 

「っぷはぁ! はぁはぁはぁ……四季みてーなことを言うんじゃねぇ」

 

「ああ、若菜さんって、こんな感じの冗談を言うんだ」

 

 ある程度ジュースを飲んで落ち着いたメイからの明らかな睨みつけを受けながら、それに気付かない振りを装いつつ誰人も自身の分のジュースに口を付ける。

 

「タチの悪い冗談とか妙に子供(ガキ)っぽい悪戯なんかを時々な」

 

(冗談を言ったり子供っぽい悪戯をする若菜さん……微妙に想像し辛いようなそうでもないような)

 

 素で考えていたことがそのまま漏れた様子のメイの呟きを聞き、誰人は思わず想像の世界を広げる。

 

 昆虫とか爬虫類の標本をいきなり突きつけ、驚きの叫びを上げて後退るメイを見て少しだけ悪戯っ子染みた笑みを浮かべる四季――

 

(……意外と違和感ない?)

 

 驚愕の事実に驚きを隠せない。もっとも、あくまで誰人の想像の中での話なのだが。

 

「……なんか妙に疲れた気がするんだが、まあいい。って、おい。いつまで突っ立ってんだよ。さっさと座れよ」

 

 特に理由があったわけではない。ただ、なんとなくメイの横に座るタイミングが掴めなくて会話のできる距離を保ってずっと立っていただけの誰人なのだが、メイとしては流石にこれから話をすると言うのにそんな状態はお気に召さないのだろう。

 

 あからさまに表情の不機嫌度を増したメイは自身のすぐ横をポンポンと叩いて誰人の着席を促す。

 

(若菜さんと米女さん。友達同士だからか、妙に押しの強いところは似てるような……類は友を呼ぶ?)

 

 ここで下手に遠慮するのも時間の無駄だと思い、メイの言葉に素直に従いながらも誰人は人一人分が間に座れるくらいの距離はちゃんと見計らってベンチに腰を下ろす。

 

「米女さん。先に言っておくけど。俺、誰にも言ってないけど?」

 

「あん? 何がだ?」

 

「何って、屋上のことだけど。今日の用事って、あの時のことを誰かに言ってないかの確認じゃないの?」

 

「ああ、それか。いや、ちげーよ。……いや、一応そのことも気にはなっていたけど、今日のところはそのことじゃねぇ。つーか、自分から誰にも言わないって約束したお前があの時のことを言いふらしているとは思ってねぇし」

 

「そ、そう」

 

(い、意外と信用されてる? いや、これは米女さんの性根が真っ直ぐなだけか? ……え? まてまて。じゃあ、話って何だ?))

 

 現状で誰人とメイの間で共通する話題などは極めて限定されている。にも拘らず、ほぼ確実と思えていた話題はどうやら見当違いだったようだ。

 

「じゃあ、一体何を? あの時のこと以外だと、俺は特に米女さんに何か文句を言われるようなことをした覚えがないんだけど?」

 

「あ~……その~……なぁ……」

 

「米女さん?」

 

 苦虫を嚙み潰したと表現するべきか、奥歯に物が挟まっていると表現すべきか、なかなか表現に迷うような表情を浮かべて言い淀んでいるメイの様子に疑問符しか浮かべない誰人。

 

「渡仲、お前さ……その……」

 

(そんなに言い辛いことなのか? 俺、マジで何かしたか?)

 

「その……ど、どうなんだ?」

 

「何が?」

 

 言い淀んだ挙句に要領の得ない問い掛け。流石に意味が分からない。

 

「……あー! もう! めんどくせぇ!」

 

 と、思っていたら、いきなり叫び声を上げるメイ。

 

(じょ、情緒不安定?)

 

 メイの言動があまりにも不安定過ぎて不安から若干腰が引けていた誰人に、メイは普段の鋭い目付きを更に鋭くさせた完全に獲物を見定めた猛禽類のような顔を向ける。

 

「渡仲! ハッキリ聞く。お前……四季のことが好きなのか?」

 

「…………What?」

 

 想定外過ぎる質問に反応して口から出たのは何故か英単語で、誰人自身でも意外なほどに流暢な発音だった。

 

(え? え? 何言ってんの、この子? 好き? 誰が? 俺が? 俺が若菜さんを好き? まるで接点が無いんだけど?)

 

「……ち、違うのか?」

 

 思ってもみなかった質問に困惑から反応に困る誰人。そんな誰人の様子を見て何となく理解したのか、メイは自身の質問が的外れだったことに気付いたようだ。

 

「あぅ……」

 

 同時に自身がかなり意気込んでいたことにも気付いてしまったようで、頬だけでなく耳まで真っ赤に染めると、メイはその場から今すぐにでも逃げ出したい気持ちの表れのように座っているベンチのギリギリ端まで身体を寄せて誰人との距離を最大限まで取る。

 

(なんだ、この……罪悪感? 背徳感? 俺、別に悪いことしてないのに……)

 

 ベンチの隅っこで赤くした顔を隠すように少し身体を背けながらも微妙に潤んだ目で睨み付けてきているメイ。その纏う雰囲気は普段では考えられないもので、どこか弱りながらも必死に威嚇をする子猫を想わせた。

 

 おそらくはクラスメイトの殆どが見たことのないようなレア過ぎる様子のメイを見て、誰人はいまだ知らない己の片鱗を知ってしまったような気になった。

 

 これはマズい。

 

「ごめん。俺、好きな子がいるんだ。だから若菜さんとは……」

 

「そ、そうなのか? そりゃ、悪かったな。変な勘違いして……って、なんでいきなり四季が振られたみたいになってんだよ!!」

 

「別に若菜さんのことが嫌いってわけじゃないんだよ。面白いクラスメイトだとは思ってるし。よく知らないけど」

 

「知らないくせにテキトー言うなよ。あと、微妙に上から目線なのが腹立つな。何様だ、お前」

 

 メイの様子や場の空気のどうしようもなさに耐えられないと即座に判断し、状況を変える為にも誰人は努めて普通を装うことにした。もしくは、今だけは空気の読めないキャラになる。

 

 誰人の意図を察したのかは分からないが、メイもその状況に乗っかることにしたようだ。

 

「ただのクラスメイト様だけど、なにか?」

 

「お前、いい性格してるな。ちょっとだけオモシレーわ」

 

(よし! 空気が変わった。面倒な状況回避成功!)

 

 内心で安堵と共にガッツポーズする誰人。だが、そうなると今度は別の疑問が生じる。

 

「米女さん。ひとつ疑問に思ったことがあって……聞いていい?」

 

 再び空気が微妙なことにならないかとの懸念も多少あったが、それでもある種の好奇心から聞かずにはいられない。

 

「なんでその……俺が若菜さんに好意を持っているなんて考えが?」

 

「あぅッ。そ、それは……その……。い、一緒にいただろうが。四季とお前。昨日の昼休みに」

 

(……なんですと?)

 

「あの四季が。私以外の誰かと二人っきりで。しかも、それが男子とだなんて……」

 

(いや、それはメチャクチャ分かるけど)

 

 クラス内でも殆ど最低限レベルでしか他人と関り合いを持とうとしない若菜 四季という人物。そんな人物が同性である女子ならばまだしも、よもや異性である男子と行動を共にしていたのだ。年頃の男女が一緒に行動していた――それだけでその手の何があったのではないかとメイが邪推したのは理解できた。それは別としてメイの言い回しにも若干気になる部分があったが、それも仲の良い女の子の友達同士ならばありえそうと理解できる範疇だ。

 

「ごめん。追加の疑問が」

 

「また疑問? 何だよ?」

 

「昨日の昼休みに俺と若菜さんが一緒に行動してたのを知っていたのなら、どうして若菜さんに何があったのかを聞かないんだろう?って。米女さんなら若菜さんに直接聞いた方が話は早くない?」

 

 おそらく自他共に認めるくらいに一番親しい友達同士なのだから。

 

「そ、それは……」

 

(あれ? またデジャヴュか? これと似たようなやりとりを若菜さんともしたような気が……)

 

「い、いろいろタイミングが悪くて聞けなかっただけだ! 特に理由はねぇよ! それより、昼休みの校舎裏なんかで四季と一体何をしてたんだよ? 四季とお前に接点なんかあったか?」

 

(あ、普通に誤魔化した)

 

 仲の良い友達同士で一昼夜の期間があったのにも関わらず聞くタイミングが無かったというのはまずありえないだろう。となれば、メイの方に聞くのが憚られる事情があったということだが、流石にそこを平然と指摘する勇気も不躾さも誰人は持ち合わせてはいなかった。

 

「まさかとは思うが。四季に変なことをしてないだろうな?」

 

「してないって。昨日は若菜さんが俺に聞きたいことがあったみたいで、それで一緒にいただけだから。校舎裏に行ったのは俺が暑いのが嫌だって言った結果だし」

 

「四季がお前に聞きたいこと? 何だよそれ?」

 

「それはちょっと……。ただ、俺が答えられる内容じゃなかったから。答えられないって言ったら、『意味不明』とか『もういい』って言われたけど」

 

「なんだそりゃ? よく分かんねーけど。とにかく四季に何かしたわけじゃないんだな?」

 

「してません。さっき言ったように、俺は若菜さんに何かしようなんて思ったことはないんで」

 

「……それはそれでなんか腹立つな」

 

 四季に対して邪な感情を抱いていないことを表明したのに、何故かメイは微妙に不服なようだ。女心とは謎が多いものである。

 

「――と、米女さん。悪いけど、そろそろいい? 俺、今日はこれからちょっと行くところがあるからさ、もうそろそろ行きたいんだけど?」

 

 「今、何時だ?」とスマホを確認すると、予想よりも時間が経っていた。

 

 急ぎの予定というわけではないが、それでも一応は誰人にも予定と呼べるものもあるわけで、そろそろ話を切り上げて学校を出たい時間帯であった。

 

 ベンチから腰を上げると、誰人は内心の緊張でいつの間にか固くなっていた身体を軽く伸びをして解す。

 

「ああ、そうか。悪かったな。時間を取らせちまって。――あ、そうだ。このジュース代」

 

「いいよ、別に。最初に奢るって言ったじゃん。俺が勝手に奢るだけだから、気にしなくてもいいって」

 

「私には奢って貰う理由がねぇよ」

 

 誰人の気配り(男子の格好つけとも言う)はメイのお気には召さなかったようで、誰人に遅れて立ち上がったメイは財布を取り出して支払いをしようとしてくる。

 

「あっ。小銭……ない」

 

「じゃあ今日は無理だね。また今度でいいからさ。それか、憶えていたら何かの機会に奢ってくれてもいいし」

 

「……おう。そうする」

 

 羞恥だろうか。微妙に頬を赤く染めるメイに再び誰人の方が何か悪いことをした気分になりつつ、明らかな愛想笑いを浮かべた誰人に対してメイもまた明らかな愛想笑いを浮かべてお互いに笑みを向けること数秒。

 

「それじゃあ、米女さん。さようなら」

 

「あ、ああ。またな、渡仲」

 

 お互いにとってつけた感じの別れの言葉をぎこちなく告げあった後、誰人はその場から早足で脱出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………メイ」

 

 

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