黄巾の乱と言うのは蜂起した数に反して僅か半年で鎮圧された。漢軍だけでは対応できないとして早期に諸侯に鎮圧命令を出したことが要因の一つだったが、結果として漢の脆弱さと権威の低下を示す結果となった。
とは言え今回の乱の鎮圧で功績を上げた諸侯には褒美が与えられている。まず、南方における事実上の総大将だった張曼成を討ち取る助力をし、豫洲を解放した袁術には豫洲刺史の地位が与えられ、事実上豫洲全土を支配下に置く事となった。
また、涼州から態々軍勢を率いて鎮圧に加勢した董卓には雍州の刺史が、皇甫嵩の配下として活躍した曹操は陳留の太守と言う褒美が与えられている。他にも義勇軍を率いて活躍した劉備と言う少女は平原の相に任じられている。
様々な勢力が力を伸ばす中、唯一と言っていい程衰退した勢力があった。黄巾の乱終息直前に暗殺された劉表の勢力である。彼の死後、娘の劉琦とその弟である劉琮のどちらかが後継者となるべきかについて、劉琦を推す諸侯と、劉琮を推す漢王朝に対して譜代の家臣たちとで意見が分かれていた。
劉琦としては劉琮が後継者となっても問題ないとしていたが、漢王朝が劉琦を荊州の刺史として任命してしまい、結果としてそれを劉琦による野望の表れとして内乱とも言える形で争いが激化し始めた。
「その為、漢は一番近い我らに内乱の即時鎮圧を求めてきているという訳だ」
「それ、何処までが
大まかに状況を伝えた板垣に対して周沙はあっけらかんと聞く。この場に二人しかいなかったからこそ聞ける大胆な疑問でもあった。そして、周沙はこの一件も板垣が動いていると本気で思っていた。と言うよりも動いていないと可笑しいという確信すら持っていた。
「劉琦が2万。劉琮が4万。まぁ、劉琦側の兵が2万程少ないくらいか」
「うへぇ、宰相ってここまで来ると気持ち悪いですね」
周沙は本気で味方で良かったと感じるとともに、山賊だった頃の自分の幸運に感謝を感じている。山賊だったという事であの場で殺されていても可笑しくはなかったのだから。
「話を戻すが紀霊将軍に2万、お前に1万を預ける。劉琮軍を殲滅してこい」
「あ、今度は紀霊将軍も出すんですね」
「指揮官の調練は大分完了しているからな。褒美も兼て戦場で暴れてきてもらう」
黄巾の乱では指揮官の教育のために暴れられなかった紀霊将軍は何かと不満をこぼしており、今回の内乱は丁度良いストレスのはけ口として板垣は紀霊に軍を任せる事にしていた。
「それにしても劉琦さんも災難ですよね~。本人に刺史を継ぐ気はなかったのに、宰相のせいで勝手に巻き込まれて内乱の一勢力の長となってしまう」
「強大な敵の力を削ぐにはこれが一番効果的だ。どれだけ強大な武力、国力を有していても国を割る内乱が起これば疲弊する。長ければ長い程な。そしてその後の復興もきちんと行わなければ何時まで経っても内乱前には戻らない。そして何より、そんな状態に陥ってしまう隙を見せた劉表や劉琦、その家臣たちが悪いのさ。ああ、そうだ。周沙、お前には
「……へぇ、了解しましたー!」
そして、数日後には準備を整えた紀霊将軍率いる2万と周沙率いる1万の軍勢が荊州に侵攻を開始した。侵攻先は当然劉琮側の勢力である。
今回も板垣は南陽に残り、新たに手に入れた豫洲の安定化の為に動く事になる。
「よっしゃー! ついに私の出番だーーーー!!!!」
事実上の主力部隊を任された紀霊将軍は馬上にて大はしゃぎしていた。黄巾の乱においては出陣する機会が訪れず、劉表への備えと兵の訓練の為に南陽に閉じこもっていた。しかし、今回は主力部隊を率いての出陣である。自然と興奮してしまうのは仕方のない事だろう。
「紀霊さん。少し落ち着いてください! 兵たちがついていけてませんよー!」
「あれ? ……あ、ごめん」
結果、紀霊は後ろからついてきている兵たちを置いて先に進んでしまっており、軍師として彼女の下についた魯粛に言われるまで気づかなかった。紀霊は馬を止めて兵たちが追い付くのを待つ。
「紀霊さん! ここはまだ義陽だからいいですが今後もその様子だと戦になりませんよ! 私が勝手に指揮してもいいんですか!?」
「えっと、それは、困る……かな」
上昇志向の強い魯粛はことあるごとに勝手に指揮を執ろうとする。軍師としての能力に不備があるわけではない彼女の指揮なら問題こそないがそうなれば紀霊の将軍としての威信は地に堕ちるだろう。浮かれすぎて兵を置いて行く彼女に落ちるほど威信があるかは疑問ではあるが。
「それにこの先の江夏は危険ですよ! 分かっていますか!?」
「それはもちろん。なんせ孫堅殿が討たれた地だからね」
領土拡大を目指して江夏へと侵攻した孫堅だったが江夏太守黄租の罠の前に戦死した。更には反撃と言わんばかりに現れた劉表によって孫家は長沙を失い南陽袁家に仕官する事となったのだ。孫堅の武勇は紀霊も知っており、それを討ち取った黄租と江夏の地は危険だと理解しているつもりだった。
「だったら少しはそれらしい行動を取ってくださいね」
「わかったわかった。だからもう小言はやめて」
軍師と言うより監視と言うべき魯粛の小言を受け流しながら占領統治の出来事から友好的な者が多い義陽を抜けて2万の軍勢は江夏へと入った。そこに大きな罠が仕掛けられているとも知らずに。