袁家から始まる中華統一   作:鈴木颯手

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第十二話「討死」

「宰相。厳顔と名乗る方が来ています」

「厳顔? 確か劉琦の配下の諸侯の一人だったな。いや、確か……。分かった通せ」

 

 本来、事前に通達しないでいきなり来るのは緊急の時以外は失礼に当たる。そういった者は追い返されて当然だが厳顔の交友関係と最近起こった黄忠の更迭事件を受けて板垣は会う事を決めた。暫くして、政務を行っている板垣の部屋に厳顔が入って来た。その顔には僅かな怒りが浮かんでおり、それが政務を行いながら面会する板垣への怒りか、それとも()()()()()()()は読み取れなかった。

 

「それで? 私に何かようか?」

「紫苑……、黄忠の件じゃ。それだけ言えば分かるだろう?」

「確かにな。で? 何が目的かな?」

 

 互いにうわべのみをすくって話す。板垣にとっては暗躍して動いたことであり、疑惑は持たれても誰もが知る真実にする必要はなかったし、厳顔も譲歩を引き出すにあたって公に晒す事は避けていた。

 

「その前に聞かせてほしい。お主は何処までを目的としておる? 義陽と南郷か? はたまた北部かそれとも()()()()()()

「逆に聞こう。黄忠の代わりとなったに等しいお前は()()()()()()()()

 

 政務の手を止めて厳顔の方を向く板垣。両者の視線がぶつかり合い、静かな攻防戦が起こる。しかし、それは直ぐに終了した。止めたのは、厳顔の方だった。

 

「……少なくともお主の手腕は見事じゃ。荊州全てを統治してもそれは変わるまい」

「素直に受け止めておこう」

「故に、劉表様には申し訳ないが儂は黄忠と璃々を優先する。条件は儂らの安全確保と二度と介入しない事。それの礼として()()()()()()()()

「お前らが敵対勢力及び第三勢力に与しない。我が領内で暮らす。必要とあれば軍の招集に応じる。これはつけさせてもらう」

「……いいじゃろう。ただし、将として扱う場合はそれ相応の扱いをせよ」

「無論だ。両者ともに使い捨てにするには惜しい逸材だ。裏切りさえなければ問題ない」

 

 両者の間で合意に至り、板垣は早速ある命令を下すと厳顔を下がらせた。表向きは援軍への礼と言う事になり、両者の密談は表に出る事はなかった。

 

「黄忠の一件はまぁ、想定外だがこのくらいなら問題はない。そしてそろそろ紀霊将軍にも動きがあるころか……」

「宰相!」

 

 そう思っていたからか、兵が慌てた様子で入ってきた。その手には書簡らしきものが握られており、血が付着している事も相まってただ事ではないのがうかがえた。

 

「紀霊将軍からの書簡です!」

「貸せ」

 

 兵からひったくるように書簡を奪い取った板垣は直ぐに中身を確認する。それは板垣の予想通りに事が進んだことが書かれており、にやりと笑みを浮かべると兵に命令する。

 

「南部の防衛を固めつつ兵を受け入れる準備を整えよ」

「……? 紀霊将軍が勝利したのではないのですか?」

「そんなわけないだろう。……紀霊将軍は戦死した。敗残兵を魯粛が指揮して撤退してきている。さっさと迎え入れる準備をしろ」

 

 淡々と告げる板垣に対して絶句する兵。予想外の出来事に混乱する中必死に命令を伝えるべく走り出す。口角を上げて笑みを浮かべる板垣に気付くことなく。

 

 

 

 

 

 

「くそっ! 何なんだよ!」

 

 江夏に入り、次々と村や町を占領していった紀霊将軍だが遂に黄租の罠が発動した。きっかけはほんの些細な事だった。まず、斥候の未帰還率が増大したのだ。情報を得る事が難しくなったがそれでもか細い情報を基に兵を進めていったが途中で千人規模の奇襲を受けた。とは言え直前になって気付いたために迎撃は容易であり、呆気なく返り討ちに出来たがそれ以来奇襲は無く、魯粛も奇襲部隊が周辺の全兵力だったと考え、次の町へと足を進めた。

 そして、次の町に兵の半数が入った時、城壁が突如として閉じ、町にはいった兵に矢の雨が降り注いだのだ。慌てて逃げ惑う兵たちだがまるでこの状況の為に造られたかのように町は入り組んでおり、逃げれば逃げる程兵たちは散り散りとなって討ち取られて行った。

 

「将軍! 前方に障害物!」

「飛び越えろ!」

 

 騎兵の動きを封じる為か道には飛び越えないといけない障害物が多数置かれており、紀霊将軍についてきた騎兵100の内20を残して転倒していた。紀霊将軍は事前に気付いた事もあって見事な馬さばきで障害物を飛び越えるが何時までもそうしている訳にはいかない。この町を脱出しない限り状況は悪化するばかりである。

 

「この町はなんなんだよ! さっきから全然出口にたどり着けない!」

 

 3万の兵の内既に5千近くは討ち取られているであろう。幸いにも魯粛が後方にいたために町には入ってきていなかった事で外にいた兵1万弱を指揮できている事だろう。後は自分が出られれば問題ないと紀霊は上から見える光景を確認しながら進んでいく。

 すると、開けた場所に出てきたが反対側には騎乗し、兵に囲まれた黄租の姿があり、それを見た紀霊は警戒する。

 

「……誰?」

「江夏太守黄租だ。お前が紀霊だろう? まさかここまで綺麗に罠にはまってくれるとは思わなくてね。気が載ったから態々出向いてやったのさ」

「へぇ、とても余裕ね。だけど私にとってはありがたい! 貴方を討ち取ればわが軍は勝利できる!」

「討ち取れれば、ね」

 

 自らを先頭に突撃する紀霊に黄租は兵を向かわせる。複数人から一斉に槍が放たれるがそれを自慢の青龍偃月刀を振るい一刀両断していく。剛勇無双と言う言葉が相応しい紀霊将軍のその戦いぶりに誰もが南陽袁家一の武勇を持つと言われるだけの事はあると感心する。

 しかし、紀霊が近づけば近づくほどに兵は増えていき、遂には頭上に矢が降り注ぎ始める。味方は次々と討たれて行き、気づけば紀霊の周りに味方はいなくなっていた。それでも、黄租を討ち取れば勝てると信じて前に進んでいく。背中や脇から槍に刺されても動じることなく進み、遂に黄租の目の前までたどり着く事に成功した。

 

「へぇ、意外とやるじゃないか」

「黄租! かくg……!」

 

 武器を構える事もせずに感心する黄租に紀霊は偃月刀を振り上げるがその時、後方から放たれた矢が紀霊の喉を貫通した。

 

「……え、?」

「まぁ、態々私が相手する程の猛者ではなかったけどね」

 

 それを合図に紀霊の四方八方から矢が降り注いでいく。何が起こったのかさえわかずに茫然とする紀霊は避ける事も出来ずに矢を受けるとそのまま戦死した。そして、首を切り落とされると槍に括りつけられ、黄祖に渡された。

 黄祖はそれを城壁まで持っていくと、外で右往左往する袁術兵に見せながら叫ぶ。

 

「貴様等の大将は死んだ! いずれ中の兵も全滅するだろう! 帰りたいのなら帰してやる! 中の掃討が終わった際に残っている様ならその時は相手してやろう」

 

 そう言い終えると紀霊の首を無造作に兵たちに投げる。自分たちの総大将の死に動揺する中、魯粛は撤退を決めると直ぐにその場を離れて行った。

 こうして、南方における南陽袁家の侵攻は失敗に終わった。そして、紀霊の死は板垣の前から存在する()()()()()()()()()()()()()()()事を意味しており、これ以降軍においても板垣の浸食は進んでいくことになる。

 

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