「嘘やろ!?」
華雄と板垣の一騎討ちを汜水関より見ていた張遼は華雄が討ち取られたことに驚きの声を上げた。汜水関の真下では南陽袁家によって華雄隊の武装解除が行われており、汜水関の防衛兵力が今まさに削られていた。
本来であればこれを阻止せねばならないのだが残っていた兵士たちも華雄が瞬殺された事実と12万の南陽袁家の前に打って出る勇気が砕かれていた。それは張遼とて同じであり、彼女の場合は衝撃の方が強かった。
「(華雄が一撃で倒される? んなアホな! あれでもウチラの中では剛勇無双の将やぞ!?)」
突撃狂でプライドが高いと残念な部分が多い華雄だがその分実力は折り紙付きであり、董卓軍の中では個人の武勇で呂布に告ぐ猛者なのだ。そんな華雄がたったの一撃、それも華雄よりは実力は低いと考えていた相手に瞬殺されたのである。
張遼とて板垣が一騎討ちを求める以上それなりの武はあると考えていた。だが、華雄には膂力で劣るだろうとも。なので想定していた一騎討ちは華雄の攻撃を避けながら細かくダメージを与えていくやり方で長引くようなら華雄を回収するつもりでいたのだ。
「アカン……! これじゃここはもたん……!」
兵士たちの動揺はすさまじい。自分でさえ呆然と呼ぶにふさわしい状況なのだ。兵士たちも同じかそれ以上の衝撃であろう。張遼は直ぐに汜水関の防衛を諦め、虎牢関に撤退する事を決めた。
「誰か詠に伝令を出すんや! このことを一刻も早く伝えて、対策を! そしてウチラは虎牢関に撤退や!」
「は、はっ!」
近くにいた兵士を無理やり覚醒させて命令を伝えた張遼は改めて板垣の方を見る。彼を守るように複数の兵や将が取り囲んでおり、更に軍師らしき少女に詰め寄られていた。おそらく一騎討ちの事を叱られているのであろう。
そして、板垣と視線があう。板垣が城壁の張遼を見ていたのだ。その瞳から感情は見抜けない。ただし、先ほどの一騎討ちもあり、張遼には心臓をわしづかみにされている感覚に襲われる。つかまれていると言っても力は入っていない。痛みがないが不快感と恐怖に襲われる感覚であった。
「……(アカン。暫く南陽袁家と、あの宰相の顔を見れない。見たら、恐怖でどうにかなってしまう)」
張遼は心の中からこみ上げてくる恐怖心に気づかないふりをしながら板垣から視線をそらした。そして退却の準備を整えていく自軍の兵士のもとに向かっていくのだった。
「……」
「宰相様! 聞いているんですか!?」
「勿論だ。今日のような無謀な事はしないさ」
「約束してくださいね!? せっかくここまでの地位を手に入れたんですからまた一からやり直すなんて嫌ですからね!」
板垣は城壁から見えた張遼から視線を外していまだに怒っている魯粛をあしらう。隣には同じように不安そうな顔をしている周沙もおり、ほのかな怒りの感情が見えていた。
「それにしてもあの状況から瞬殺するなんて凄いですね。遠かったとはいえ全然見えませんでしたよ」
「私もよ。一体どれだけ濃密な鍛え方をしたのやら」
周沙も孫策も武においては中華で上位に位置する力を持っている。そんな二人でさえ見えなかった板垣の一撃。それがどれだけ凄まじく、恐ろしい事かを二人は理解できていた。
「(もし、私が板垣と懐を別ち、敵同士となった場合、あの一撃が私を襲う事になるのね)」
こんな状況はあり得ないが、孫策と板垣が一騎討ちをすればあの華雄のように孫策の首が飛ぶことになる。そう考えた孫策は背筋にゾクリとしたナニカを感じる。それは恐怖心であり、闘争心であり、言葉では説明できないものであった。
「(一つだけ言えるのは万全な板垣と戦ってはいけない事ね。それこそ一騎討ちなんて無謀だわ)」
決して今のように万全な状態にしてはいけない。孫策は板垣という人物の評価をさらに上げると同時に自分の全てをかけて倒さないと勝利の光さえ見えない相手と改めて判断した。
「……約200年もあればこの程度誰だってできるようになるさ」
「……? 今なんて言いました?」
「独り言だ。忘れてくれ」
故に、板垣が放った言葉を聞き取る事はできなかった。それは板垣の正体に近づくものであったのに。
「それよりも早く董卓軍の武装解除をさせろ。完了次第汜水関に入る」
「張遼が防衛している可能性は低いですからね」
「むしろ今襲撃を仕掛けてくるかもしれないという可能性の方がありますね」
魯粛も周沙も張遼がこのまま汜水関に籠っているとは思っていない。おおよそ半数の兵を失い僅か1万数千で連合軍の猛攻を防ぎきれるとは考えないだろうと。
「攻撃を始めて一刻も経たずに勝利。これで南陽袁家の評価は更に上がりますね!」
「そしてこれで諸侯達は次の虎牢関を自分たちで攻略しないといけなくなった。また私たちで対応して攻略したら諸侯の面目は丸つぶれになりますからね」
そう、連合軍は今後虎牢関を死ぬ気で落とさないといけなくなった。数が多いとはいえ南陽袁家が単独で、それも手早く、兵の損失なく汜水関を落としてしまった以上諸侯たちの評価は下がってしまう。南陽袁家で十分だったではないかと。そうなれば諸侯はお飾りとしか思われない。それも連合の盟主たる袁紹も同様だ。
「では周沙。本陣まで出向き華雄を討ち取ったこと。敵兵の半数を捕縛した事。そして、汜水関も陥落間近という事を伝えてきてくれ。ああ、出来れば諸侯たちの反応をしっかり見ておけ」
「はっ! 了解しました!」
板垣の命を受けて周沙は馬を駆けて本陣へと向かっていく。これほど素早い攻略は諸侯の誰もが、それこそ曹操とて想定外であろう。そして、板垣はぐるりと周囲を、南陽袁家の兵士たちを見る。そこに板垣の武を疑う者はいない。彼の目的は達成されたのだ。
「(武は示した。兵士達にも、
板垣は心の中で孫策にそう問いかけながら武装解除が終わるのを待つのであった。
そして、その日の夕刻。汜水関には袁の旗が掲げられ、連合軍が次々と門をくぐっていくのであった。