袁家から始まる中華統一   作:鈴木颯手

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第二十五話「白明」

「華琳様! このままでは敵に押し切られてしまいます! 一旦後退しないと……!」

「分かっているわ。桂花。でもそれは出来ないわ」

 

 一方、董卓軍の奇襲を諸に受けることとなった曹操は張遼と李傕という董卓軍の中でも呂布や華雄に並ぶ豪傑の相手でじりじりと消耗していた。元々1万程度の兵に加えて肉壁の袁紹軍5千しかいないのに対し、相手はそれぞれ1万5千の兵を率いて奇襲を仕掛けてきていた。つまり、曹操は奇襲を受けた上に約2倍の敵兵を相手にしなくてはいけない状況にあったのだ。

 曹操には夏候惇を筆頭に妹の夏侯淵、義勇軍上がりの楽進と言った猛将を有しているがそれでも兵の差を覆すには至らなかった。

 特に李傕の兵は卑怯と言っていい動きを平気で行う。例えば敵を背中から切りつけたり、多数で一人を相手にしたり、目つぶしや金的などの急所への攻撃をしてきたりなどである。敵を楽に倒せるという意味では合理的かもしれないが純粋な武将からすれば卑怯以外の何物でもなく、現に夏候惇が李傕軍に怒り狂い、相手にしている。対する李傕軍は決して勝負をしたりしないで防戦や回避を中心に行い、死傷を避けていた。結果、夏候惇はたかが一般兵に足止めを喰らう結果となっている。

 そこに張遼が兵を率いて曹操軍の深くまで入り込み、陣を乱し、混乱させていく。軍師である荀彧が必死に兵の指揮を執っていくが肉壁にしたはずの袁紹軍が押し込まれ、曹操軍の中に入り込んでからはまともに指揮も出来なくなっていった。

 

「後方には劉岱の軍勢がいるわ。私たちが後退した途端、敵前逃亡と言い出して弓を射ってきかねないわ」

 

 劉岱は曹操が太守を務める陳留が属する兗州の刺史だ。彼は黄巾の乱においてまともな功績を上げられず、結果的に曹操に領土を奪われる形となったことを恨んでおり、隙あらば曹操を貶めようと画策していたのだ。そんな彼に付けこむ隙と言える後退をすればどうなるのか? 曹操はそれを考えて後退するという選択肢が取れなかった。

 

「ですがこのままではわが軍は壊滅してしまいます! 華琳様のおっしゃることも分かりますが兵をみすみす見殺しにするなど……!」

「分かっているわ。だから桂花。絶対に本陣だけは混乱しないように気をつけなさい」

「? それはどういう……」

「私も前に出るわ。直接指揮を執り、混乱を多少なりとも抑えるわ」

「それは……!?」

 

 まさかの言葉に荀彧は言葉を失ったが同時にそれならば兵の混乱も抑えられると考えてしまった。本陣から指示を出すより、近くで直接、それもこの軍の総大将たる曹操が指揮を取れば混乱など直ぐに収まるだろう。そうなれば曹操を中心に軍は再構成されていき、董卓軍とも戦える状態になるだろう。

 しかし、それは同時に諸刃の剣でもある。本来なら遥か遠くの本陣にいるはずの総大将が近くまで来ているのだ。敵からすれば千載一遇のチャンスであり、曹操を仕留めようと攻撃が集中するだろう。むろん、曹操とて一角の武将であり、夏候惇や呂布と言った豪傑にはかなわなくとも一般兵では太刀打ちできない程度には武を持っている。だが、それも数が多くなれば別だ。

 荀彧としては曹操の行動を止めたかった。曹操が倒れれば混乱する曹操軍は立て直す事が出来なくなり、そのまま崩壊するだろう。そして、曹操を敬愛する荀彧にとってたとえ命の危険がなかったとしてもそんな危険な場所に主君を行かせたくはなかった。

 

「桂花。この状況で本陣を任せられるのは貴方しかいないわ。大丈夫。必ず戻ってくるから安心しなさい」

「華琳様……。……分かりました。華琳様のご武運と武勇を祈っています。そして、出来る限り支援をします」

「そう。……ありがとう」

 

 そう言ってほほ笑んだ曹操の顔を荀彧は二度と忘れる事は出来ないだろう。

 

「栄えある我が軍の兵士たちよ! 落ち着きなさい! 陣形を組みなおすのよ!」

「っ! 曹操さまだ! 曹操様が前に出てこられたぞ!」

「急げ! 曹操様のもとに集まるんだ!」

「曹操様の盾になれ! 敵を倒すんだ!」

 

 斯くして、曹操の登場により曹操軍は壊滅を避け、立て直しを図る事に成功した。曹操を中心に陣形が組みなおされ、敵の攻撃に耐えられる状況になったが、同時に荀彧の読み通りに敵の攻撃、特に張遼の攻撃が集中する事となった。

 

「敵の親玉が前に出てきとる! この好機を逃すなや!」

「華琳様!? くっ! 華琳様のもとに向かい、この状況を立て直すぞ!」

「おのれ! 先ほどからちょこまかと逃げおって……! 私と正々堂々と戦わぬか!」

 

 曹操軍対李傕・張遼軍の戦いはこの時を持ち、曹操によって勝敗が決する状態となっていく事になるのだった。

 

 

 

 

 

「お嬢様。予想通り南陽袁家は後方に待機しているようです」

「分かりました。では手はず通りにお願いします」

 

 連合軍が董卓軍と戦っている戦場よりも遥か後方、南陽袁家が布陣する場所にほど近い森にて二人の少女が身をひそめあっていた。身なりはそれなりによく、金持ちとはいかなくてもそれなりに金はありそうな感じとなっており、中の中の暮らしをしてそうな雰囲気をしていた。

 

「ですが本当に南陽袁家でよろしいのですか? 確かに彼の勢力は今や中華における最大勢力となっていますが……」

「その通りです。彼らが中華最大の勢力だからこそこの文書を届ける意味があるのです」

 

 そう言って白髪の少女は隣の黒髪の少女に文書が書かれた紙が縛られた矢を渡す。

 

「連合軍が結成されてしまった以上私たちはここでおしまい。ならば、私たちが生きていける相手に降るのが一番いいでしょ?」

「それが南陽袁家だと? 私には理解できませんが……」

 

 黒髪の少女は未だに懐疑的なのだろう。白髪の少女の言葉に疑問しか感じていなかった。しかし、白髪の少女はそれでも言い切る。

 

「南陽袁家、正確には板垣と名乗る男ね。彼なら私たちを保護してくれるわ」

「野蛮な男に何ができるのですか?」

「……明。いい加減その女尊男卑思想を何とかしなさい。だから貴方は頭脳が高くても視野が狭いと言われてしまうのよ?

いい? まず、板垣が来るまでの南陽袁家が酷い状況だったのは知っているでしょう?」

「勿論です。何しろ私はあそこの出身ですから」

「でも今の南陽袁家はそんな面影がないくらいに発展しているわ。それは彼が来て、政治を執り行うようになってからよ」

「……偶然ではないのですか?」

「偶然で豫洲と荊州の半分を統治する勢力になれると思う? 彼は天才よ。まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()適格に軍政両方で結果を残しているわ。それでいて周囲に対する工作も忘れていない。朝廷には今も南陽袁家を支持する者は多くいるわ」

「ですが、やはり男などに……」

「……逆に聞くけどもし、南陽袁家以外にこの文を渡すならどこにするの? 袁紹? あそこもいいけどそもそもの元凶よ? 私は嫌。では頭角を現してきた曹操や劉備? 無理よ。勢力が小さすぎるわ。ならば公孫瓚? 彼女も彼女で影響力が低くて使えそうにないわ。ならば他の諸侯? ほとんどが男で貴方は嫌でしょ? 有能はほとんどいないし」

「はい。……そうなると南陽袁家が適任なんですね」

「そうよ。いやかもしれないけどこれさえ乗り切れば何とかなるわ」

「…分かりました。ではこれを撃ちますよ?」

「お願いね。私たち董家の命運がかかった()()()()()()()()を」

「勿論です」

 

 黒髪の少女、明は白髪の少女の言葉に答えて弓を引く。それは大の大人でも引くのは難しいと思えるほどの大弓であり、それが放たれると南陽袁家の布陣する真横に突き刺さった。突然の事に驚きの声が上がるのを確認した白髪の少女は満足げにうなずいた。

 

「よし。これでいいわ。戻るわよ明」

「了解です! お嬢様」

 

 お嬢様と呼ばれた少女、()()は森の中を駆けていき、南陽袁家の哨戒を振り切って洛陽へと帰還していった。自らの目標を完璧に完遂して。

 そしてこの文、そしてその後の会談こそ南陽袁家が、板垣が更なる飛躍を見せる最大の要因となっていく事になるのであった。

 

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