袁家から始まる中華統一   作:鈴木颯手

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第二十七話「賈詡」

 漢の帝都、洛陽は現在董卓による統治が行われている。十常侍を粛清した為に国政は董卓とその配下で回さなければならなくなっており、それは反董卓連合が結成され、洛陽と目と鼻の先にある虎牢関にまで敵が進軍してきている状況でも変わりはなかった。

 

「ああ! もう! このままじゃ僕たちは負けるっていうのに洛陽の文官共は!」

 

 董卓軍の軍師にして董卓の側近である賈詡は苛立ちが込められた怒声を上げ、手に持っていた書簡を放り投げた。束になっていたそれが上空で散らばり、部屋一面に落ちていくが賈詡はそんなことを気にしていられない程怒りで満ちていた。

 

「確かに十常侍を粛清したから国政が止まって、いろんな文官に迷惑をかけているのは理解しているけど、だからと言ってこんな幼稚な嫌がらせをしてくるなんて……!」

 

 賈詡はそういうと再び怒りのあまり机に拳をたたきつける。彼女がここまで怒りをあらわにしているのには理由がある。それは董卓が宰相になったことを気に入らない文官たちによる小さな嫌がらせである。それも処罰されないが、される側は微妙にストレスと苛立ちが発生するものだった。例えば、わざと誤字脱字ばかりの報告書を提出したり、書簡が不ぞろいの、小さかったり大きかったりする物や、わざわざ長く文章を書いて何十枚にも及ぶ書簡を提出するなどの事である。一つ一つは確かに小さく、気にすることもないがそれが何十も合わされば別である。特に最終的にすべてを確認する賈詡の精神的疲労は高まりつつあったのだ。

 

「ただでさえ軍事面でも劣勢に追い込まれているのに……!」

 

 汜水関は陥落し、華雄は戦死。彼女が率いていた1万5千の兵は連合軍に投降した。虎牢関に近づけさせないための、李傕が提案した奇襲作戦も敵に確かな損害を与える事に成功したが同時に董卓軍も無視できない損害を被ることになった。それに加え、最も警戒していた南陽袁家に大した損害は無く、周沙を始めとする南陽袁家の将兵は健在であった。

 賈詡は正直に言って南陽袁家のみを警戒しているといっても過言ではなかった。確かにそれ以外の諸侯も警戒する必要はあるがそれ以上に南陽袁家が脅威的過ぎたのだ。

 

「南陽袁家がいるだけで他の連合はいらなくなる。彼らだけでも僕たちと戦うことはできるだろうから」

 

 官軍を吸収し、10万を要する大軍となった董卓軍と南陽袁家が拮抗する。それがどれだけ異常なことかがよくわかるだろう。なんなら董卓以上に連合の餌食になってもおかしくはないが漢王朝で最大の勢力ということと、次点の勢力が董卓と袁紹であるため、南陽袁家がよほどの、それこそ()()()()()()()()()()()()()()()()連合を組んで倒そうとは思わないだろう。

 

「このままじゃまずいのに突破口が全く見えてこない……」

 

 何もかもが足りない。特に軍師の数が足りなかった。現在まで董卓軍の軍師は賈詡と陳宮しかいなかった。しかし、陳宮に関してはまだまだ経験不足であり、この局面を任せるには不安しか感じず、かといって賈詡の代わりに政務を行おうにもそれこそ連合軍との闘い以上に難しすぎた。つまり、賈詡はあまりにも身動きがとれなさすぎたのだ。

 

「せめて、月だけでも助かるようにしないと……」

 

 そこまで考えた時だった。コンコンと、賈詡がいる部屋の扉がノックされた。現在の時刻は深夜。あと一刻もしないうちに空が赤く輝きだすこの時間に来客など珍しいを通り越してありえないことで、賈詡は若干の警戒心を持つ。

 

「……誰?」

「詠さん、私です」

「? 光? こんな時間にどうしたの?」

 

 ノックをしたのは董白であった。扉を開けて入ってきた彼女は侍女の咒可を連れており、どこか真剣な雰囲気を醸し出していた。

 

「それで? 本当にどうしたの? まさか、何かあったの?」

「正確には何かを起こしに行きました」

 

 賈詡の疑問に董白は曖昧な言葉で返答する。しかし、董白は間髪入れずに話し始める。

 

「詠さん。あなたにとって月は何者にも代えがたい存在ですか?」

「いまさら何を言っているの? 当り前じゃない」

 

 そうでなければこんな状況になっても連合と戦ったりなどしない。それは董卓軍に所属する誰もが、呂布や陳宮、張遼に李傕、そして死んだ華雄も同じ思いであろう。

 

「では次に。この洛陽は、今の地位は大切ですか?」

「月を守るために捨てないといけないなら喜んで捨てるわ」

 

 これについても即答する。賈詡にとっての優先すべきものは董卓なのだ。それ以外のものは捨てても構わない。そう思っているのだ。

 

「それでは最後に。あなたはもし、月の為に一生生き地獄を味わうとしても受け入れますか?」

「もちろんだよ。僕にはその覚悟ができているよ」

 

 そう断言する賈詡の瞳は覚悟と信念がこもった強い目をしていた。それを正面から見た董白はにっこりと笑みを浮かべた。

 

「……わかりました。詠さん。もし、月どころか董卓軍を助けられると言ったら、どうしますか?」

「っ!? それはどういう……! まさか!?」

 

 董白が何を言いたいのか? なぜこんな夜更けに訪ねてきたのか? 先ほどの質問の意味は何なのか?

 賈詡にとってはそれだけの情報で十分だった。そして、董白が一体何と、()()()交渉してきたのか。それを知るために話を続けさせる。

 

「相手方の条件は全董卓軍が臣下になること。それを認めてもらえるのであれば董卓軍を助けましょうと、彼の警戒すべき方は言っています」

「……南陽袁家が、板垣宰相がそういったと?」

「もちろんです」

 

 

-保護されたいと、そういうのであれば董卓軍すべてに南陽袁家へ忠誠を誓ってもらう。

-ただ保護するのではなく自分たちに投降したという形なら了承するというわけですね?

-そうだ。そして、その条件には董卓、賈詡、呂布、陳宮、張遼は必須とさせてもらう。これらだれか一人でも欠けていれば話はなかったことにする

-……欲張りな方ですね

-俺とお前には圧倒的な差がある。その差を埋めるために何かを犠牲にするのは当然のことだろう?

 

 

 

「(あの人は聞いていた以上に危なく、強大な人でした)」

 

 董白は板垣の姿を思い出す。20代前半くらいの若い容姿をしていたが、その体から放たれる覇気は若者が出していいものではなかった。まるで、()()()()()の如くであったと董白は思い返す。それが何を意味しているのか、それを理解することはできなかった。できなかったからこそ、彼に対して恐怖と警戒心を持ち、自分が助かる道として最適と判断したのだ。彼ならば自分たちを囲い込んでも問題ないだろうと思えたから。

 

「……わかったわ。ひとまず全員を集めて、は無理ね。恋達は虎牢関でしょ?」

「そうですね。今洛陽に残っている主だった人物は私たちと月と音々音だけです」

「それでいいわ。日が昇り次第呼んでちょうだい」

 

 賈詡は覚悟を決めた。このままではどうしようもなく、ただ死を待つのみだった現状に一筋の光が下りてきたのだ。たとえそれが罠だったとしても動かないでいるよりはマシだと。

 

「僕たちはこれから南陽袁家に保護される前提で動くよ。そのための用意と伝令を準備してね」

 

 賈詡は先ほどまでの怒りを忘れ、希望が見えた未来に向けて準備を開始した。

 

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