自軍と合流した板垣は改めて劉琦軍と相対させた。これまでもそれなりの戦闘があったもののお互いに決定打にかけており、五分五分の戦いが続いていた。板垣はその状況をひっくり返すべく軍を動かしたのである。それを受けて劉琦も兵を動かし、決戦を行うべく陣形を整えた。
「敵将は劉琦、金旋、王威、呉巨、文聘、魏延、黄忠……。他にもいるがほぼすべての劉琦陣営の将がここに集っているというわけだ」
主だった者を集めた軍議にて板垣はそう発言した。実際、劉琦は全力を出しているようでその軍勢には劉琦陣営の名だたる将がほぼ全てそろっていた。内乱時には劉琦側について戦った武陵太守の金旋、内乱時には劉琮側にいながら戦後には許されて将軍となった王威と文聘。劉表の命令で南方に派遣されていた呉巨。厳顔配下の将で武力だけなら劉琦陣営で最上位に位置する魏延。弓の名手で中華で十指に入る黄忠。まさに劉琦軍の総兵力と言えた。
対する南陽袁家軍に有名どころは存在しない。精々板垣程度であり、ほかの将はいまだ無名の将ばかりだった。だが、あくまで現時点で無名の将というだけであり、実力は申し分なかった。特に今回兵の指揮権を与えた4名は板垣の元で頭角を現してきている人物であり、今後頼もしい存在となると期待されていた。
「これに対して我らは正面から打ち破る必要がある。これ以上劉琦と無駄に争っている暇はない。揚州連合は周沙が奇襲で撤退させたが豫洲は未だ彼らの占領下となっている。これを取り返す必要がある」
「ではやはりここは積極的な攻勢に出るわけですね?」
板垣の言葉に反応したのは板垣が来るまで総大将を務めていた韋惇である。20代の女性であり、元は北方に住んでいたが故郷が鮮卑に荒らされたために移住を決め、南陽袁家に仕えたという経歴を持っている。故郷では戦い慣れていない村人を率いて鮮卑相手に戦っていただけに用兵術は高い。
「攻勢するにも劉琦やその側近は逃がすわけにはいかないぞ。宰相が望む短期で決着をつけるのならここで討ち取るなり、捕縛するなりしないといけないぞ」
韋惇の攻勢発言に対して補填するように話を引きついだのはこの中では最年長の史忌である。今年で65を数えるこの男は年齢にふさわしい場数を踏んでおり、経験だけで言えば南陽袁家ですら匹敵する者はいないだろう。そんな人物だけに若い韋惇の補佐を担当するようになっていた。韋惇も経験豊富な彼の注意にはよく耳を傾けており、現状では特に問題は発生していなかった。
「であれば中央を一気に突破するのがいいでしょう! 僕に任せてください!」
「別動隊を作って回り込んで本陣を強襲の方がいいんじゃない?」
猪突猛進と言える発言をしたのは孟端という少女である。彼女は猪武者という言葉がぴったりな性格をしており、何事も正面突破を敢行する人物だった。一方で彼女とは真逆の提案をしたのは閔叙という女性である。まもなく30を迎えるという彼女は誰がどう見ても10代後半にしか見えない美貌を誇っていた。
「別動隊に関しては賛成ですな。だがここら辺は平原が広がる地。陣形を組むには最適だが奇襲には向かない場所だ。気付かれずに運用することは不可能だろう」
「となると正面突破するのがいいけどそのためには劉琦が逃げないようにしないといけないけど……」
「ならばこういうのはどうですか? 先ずは……」
「なるほど、では……」
「いや、それよりも……」
板垣は4名の将が様々な策を出しながら軍議をする様子を満足げに眺めた。板垣が仕官した当時の南陽袁家はお世辞にも将の質がいいとは言えなかった。優秀な人物は今は亡き紀霊将軍くらいしかいなかったのだ。だが、今の南陽袁家は周沙を筆頭に周倉と廖化、旧董卓軍に韋惇達などが揃っている。
「(三国志にもこの世界にも詳しくはないがこれなら曹操や劉備といった有名どころにも引けを取らない、はずだ。この調子で人材を質と数両方で揃え、中華から打って出られるようにしないとな)」
板垣がそう未来のことについて考えていると軍議も方向性が決まり、陣形や配置をどうするかという話になっていた。板垣は軍議に参加するべく韋惇達の話に耳を傾けるのだった。
翌日。両軍は平原のど真ん中に布陣し、相対した。この日は朝から快晴であり、正面から激突するには最適な天気と言えた。東には“袁”の旗を掲げた板垣率いる南陽袁家軍3万5千が、西には“劉”の旗を掲げた劉琦率いる劉琦軍2万5千が展開する。
「全軍に伝えよ。攻撃を開始せよ!」
「全軍に伝えて! 板垣軍を攻撃しろ、と!」
そして、互いに攻撃の命令を下したのはほぼ同時であった。こうして、のちに南郷決戦と呼ばれるようになる劉琦軍と南陽袁家軍の戦いが開始した。
「進めぇ! 前方の敵を倒して本陣を強襲するぞ!」
「我ら劉琦様に仕え続ける忠臣の力を見せつけよ!」
最初にぶつかったのは元総大将韋惇率いる8千と金旋率いる6千である。互いに率いる兵は精鋭であり、韋惇の突撃を金旋は防御陣形を敷いて迎え撃った。
「騎兵隊“赤”! 突撃! “緑”と“黄”は援護の為に左右に展開せよ!」
韋惇は北方の民らしく騎兵の扱いがうまかった。彼女が率いる兵の一部は騎兵で構成されており、“赤”、“青”、“緑”、“黄”、“白”、“黒”の6部隊に分けられている。そのうちの半分が金旋軍に突入し、敵兵を内部から崩していく。
「敵は騎兵だけだ! 正面からは攻撃せずに左右から挟み撃ちにせよ! 弩を持つ者は馬を狙って敵の足を封じろ!」
しかし、それに対する金旋の対応も早かった。兵士たちはこの状況を予期していたように慌てず騎兵の対処を行いつつ開いた穴の補修を行っていく。
「確かに南部には湿地帯が多く、騎兵の運用には向いていない。だからと言ってその対策を疎かにするほど愚かではないぞ」
金旋はそう言ってにやりと笑みを浮かべた。武陵太守としてある程度好きに用兵が可能な為か彼が率いる兵は練度が高かった。
「騎兵は下がらせて! 歩兵を前面に出しつつ騎兵は左右から挟み込め!」
これ以上は騎兵の突撃は無意味と判断した韋惇は陣形を変えて攻撃を続行する。まだまだ韋惇と金旋の戦いは決着がつきそうにはなかった。
一方で、韋惇の次に劉琦軍と戦闘を開始したのは韋惇の左に展開していた史忌である。彼が率いる兵は南陽袁家軍の凡庸な兵であり、特に際立った特徴はないが経験豊富な史忌だからこそ卒なく率いられる兵とも言えた。そんな彼に立ちはだかったのは呉巨である。内乱で唯一といっていいどちらにもついていなかった彼は残念な事に帰還後に司緒の毒牙にかかってしまっていた。結果、彼は司緒にいい所を見せようと張り切っていた。
「司緒よ。我が武勇を以て娶ろうぞ!」
呉巨はそう叫びながら史忌の軍勢に襲い掛かる。前線に出て敵と戦うタイプの将である彼は史忌の兵を相手に得物を振り回しながら暴れ始めた。巨体から繰り出されるその攻撃は立ったひと振りで兵を鎧ごと砕き、つぶし、吹き飛ばしていく。
「敵は前線で戦う武将か。単独で攻撃しようとするな。常に多数での包囲を意識せよ」
史忌は幾度となく戦ったタイプの敵に冷静に対応し、指示を出した。呉巨は確かに強いがそれでも世間を賑わす剛勇無双の将たちに比べれば幾分も見劣りした。厄介だが脅威とは言えない。それが戦いを通して史忌が下した呉巨の評価である。
「とはいえ敵にとっては軍の支柱も同然。指揮をしている人物は別にいるだろうがアヤツを討ち取ることが出来れば敵の士気は大きく乱れることになるであろう」
史忌は呉巨に対して攻勢を強め、敵の早期における瓦解を狙っていくのだった。