朝を迎えると同時に張勲の死体が発見された。発見したのは侍女であり、張勲の姿が見つからなかったために彼女の政務室を訪れた結果、死体を発見したのである。
「館を兵で取り囲め! 手遅れかもしれないが館の外に誰一人として出すな!」
この状況に迅速に対応したのは板垣だった。彼は政務室を確認するとすぐさま兵を用いて館を取り囲んだ。出入りを制限し、潜んでいるかもしれない刺客を逃さない為に。
「今日行うはずだった政務に関しては私が確認するが、先に袁術様にお伝えする」
張勲が死んだ以上政治に関するトップは板垣となった。彼は張勲のやる予定だった政務を一手に引き受けつつ、未だに事態を把握していないであろう袁術の下に向かう。
「袁術様。板垣にございます」
「んゅ? 何の用じゃ……」
袁術の寝室の前に向かうと館の騒ぎで起きていたようだがまだ眠いらしく、扉越しに寝ぼけた声が聞こえてくる。板垣は覚悟を決めると張勲の死を伝える。
「……実は、張勲様が何者かに殺害されました」
「……板垣、お主は何を言っておるのじゃ? 七乃が死んだ? 馬鹿を申す出ない」
「……残念ですが事実です。私を始めとして複数の者が目撃しております」
「……」
衝撃過ぎる事実を伝える板垣だがふと、袁術の反応が消える。と思えばカツカツとこちらに近づいてくる足音が部屋の中から聞こえてくる。
そして、扉が勢いよく開くと同時に板垣の胸倉を袁術は掴んだ。
「嘘をつくでない! 七乃が、七乃が……!」
「……」
「うそ、じゃ……。なな、のが……!」
袁術は怒りの表情を浮かべていたかと思えば大粒の涙を流し始める。板垣はそんな主君を黙って抱きしめ赤子をあやすように頭を撫でる。そして若干落ち着いてきた袁術に持ってきた蜂蜜水を飲ませながら話を続ける。
「……張勲様に会われますか?」
「……うん」
「そしてこのような時に伝えるのもどうかと思いましたが、犯人は
「……誰じゃ?」
「
「閻象……。そいつが、七乃を……」
「その通りでございます。彼は口八丁手八丁で今の地位に就いた人物です。もし、本人が何かを言っても信じてはなりません」
「そうか……」
「はい。彼は袁術様の良き理解者であり、母のような存在であった張勲様の仇でございます。情けは必要ありません」
何処かぼんやりとした表情で蜂蜜水を飲む袁術に笑みを浮かべる板垣。しかし、その笑みは全てが上手く進んでいると感じている悪人の如き表情であったが、袁術はそんな事など目に入っていないかのように天井を見ている。
「……許さぬ。七乃を殺した閻象と言う奴を……! 板垣! そやつを、そやつを! 殺すのじゃ!」
「お任せください。では張勲様の下に向かいましょう。そして、その時に改めて私にお任せするとお伝えください。さすれば見事仇を討ってみせましょう」
板垣たちが政務室に着くころにはそれなりの人だかりが出来ていた。彼らは袁術の到着に気付くと道を開ける。板垣に手を握られた袁術は血まみれの張勲を見て固まってしまう。いくら言われていたとはいえ実際に見ればショックはあまりにも大きすぎた。心のどこかで感じていた板垣の冗談ではないかと言う希望が完全に打ち砕かれた瞬間だった。
「……七乃」
「……袁術様。張勲様をこのままにしておくわけにも行きません。悲しいですが葬儀の準備をいたしましょう」
「……分かった。板垣、後は全て任せる。葬儀も、犯人探しもお主が主導で行うのじゃ」
「はっ! 必ずや下手人を袁術様の下に連れてまいります! ……どうかそれまでは心安らかにお過ごしください」
悲し気ながらも穏やかに言う板垣の姿は誰から見ても理想の臣下とみえるだろう。しかし、袁術のお墨付きを得た板垣はそれから徹底的に犯人探しを始めた。とは言っても板垣は最初から犯人を断定しており、町に滞在していた閻象を捕縛している。
更には彼の家から押収した
「袁術様の親代わりと言える張勲様を殺した罪、貴様等の命で以て償ってもらう!」
「馬鹿な!? 我らは何もしていない! 血判状も知らん!」
「うるさい! おぬしらが七乃を殺したのじゃろう! 絶対に許さぬ! 板垣! こやつらを即刻処刑するのじゃ!」
「お、お待ちください袁術様! 我らは本当に殺して等……」
「連れていけ! そして直ぐに首を切り落とせ!」
無罪を訴える閻象達の言葉を聞き入れる者は誰もいなかった。袁術が閻象たちを本気で犯人だと思っている事で処刑は即時に実行され、全員の首がさらされる事となった。
そして、張勲の死によって空いた地位に板垣が昇りつめ、彼は袁術に次ぐナンバー2と言える宰相の地位に就いた。これ以降南陽袁家は板垣の勢力と言える状態となっていき、袁術の勢力とみなす者は少しずつ減っていく事になる。