袁家から始まる中華統一   作:鈴木颯手

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第五十六話「平穏」

「……」

 

 板垣は私室にて中華の地図を見ながら物思いに耽っていた。包囲網が崩壊し、全ての戦後処理を終えて早一月、黄巾の乱から反董卓連合軍に続き第一次板垣包囲網と激動の一年を辿ったが漸く腰を落ち着ける事が出来るようになっていた。

 揚州の切り取りは冬が近づいてきたこともあって翌年以降に行われる事となった。その間に王朗は降伏の準備を進めさせており、切り取り時には合流する手筈となっている。そのために王朗を逃がすこととなり反対意見がでたものの本人の様子から渋々と言った様子で誰もが納得していた。

 

「荊州、豫洲、揚州。そして司隷……。いよいよか」

 

 揚州を支配下に置けば南陽袁家の領土は中華の半分に及ぶ。そうなれば単独で抗える勢力など袁紹か曹操くらいしか出てこないだろう。その二人に至っても協力し合い、他の諸侯を巻き込んで漸くと言った具合だ。

 しかし、袁紹は二枚看板を失って以降精彩を欠いており、かつてのような雰囲気は無くなっていた。むしろ気が沈み、勝気な表情を表に出すことがなくなったがために統治者としての雰囲気が良くなっているのが皮肉だろう。

 

「しかし劉備め。ついに名乗りを上げだしたか」

 

 ここ一月の出来事で最も重要なものと言えば劉備が徐州の刺史となり、全土を支配することとなった事だろう。元々徐州の刺史は陶謙だったがついに最近病死し、そのあとを陶謙の遺言で劉備が行う事となったのだ。当初こそ反発が起こっていたが劉備の人柄に触れ、今では陶謙時代よりも結束が強くなっていた。更に陶謙の配下を丸ごと抱え込んだために劉備の軍勢は義勇軍の時とは比べ物にならない規模に膨れ上がっていた。

 更に言えばこの時点で劉備は関羽、張飛、趙雲、諸葛亮、龐統と腕に頭に実力のある者達を配下にしており、将の点で見れば旧董卓軍を吸収し、充実しているはずの南陽袁家を越えているだろう。特に三国志にそこまで詳しくはない板垣でさえも知っている諸葛亮と龐統がいる事は板垣を大きく警戒させていた。そのため、反董卓連合軍後から板垣は間諜を徐州に大量に派遣していた。尤も、実力が低いために得られる情報は市井のそれと何ら変わらない程度であったが。

 

「後は曹操、いつの間に兗州を統一したのか……」

 

 

 劉備と並びのちの三国の一角を担う曹操は何時の間に王匡、劉岱と言った勢力を屈服させ、兗州刺史となっていた。孫家討伐時にはそれを成し遂げていたあたり曹操の実力が伺える。実際は刺史への就任は彼女の父が裏から支援したから得られた面が大きいがどちらにせよ彼女の力である事に変わりはないだろう。

 

「そういえば皇甫嵩殿が併州方面が怪しいと言っていたな」

 

 ふと、板垣は司隷の北部に位置する併州の情勢を思い出した。現在、併州は黄巾の乱から続く混乱で混沌としていた。元々は丁原という人物が刺史をしており、武勇に秀でた彼は賊徒を次々と排除していた。しかし、反董卓連合軍が結成される直前に暗殺されており、以降は刺史が決まらずに完全に放置された状態にあった。その結果、北部では黒山軍を名乗る賊徒が暴れ、西部では匈奴の略奪が横行し、南では丁原の配下だった張楊という人物が自身の勢力を拡大するために軍事行動を頻発していた。

 特に匈奴と張楊は頻繁に司隷に入っては略奪を繰り返す為その対処に皇甫嵩は追われることとなった。本来であればそのような事が起こらないように討伐軍を起こせばいいが司隷も一枚岩ではなく、宮廷は黄巾の乱前から続く腐敗で身動きが取れなくなっていた。何進、董卓と粛清が行われ、正常化が為されてそれなので漢王朝の限界が見えていた。板垣が間接統治を行っていなければ司隷は漢王朝で最も荒れ果てた土地と化していただろう。

 

「揚州平定後は匈奴や併州の討伐に出てもいいかもしれないな」

 

 漢王朝に帰順し、かつてほどの力は残っていないとはいえ匈奴はこの時代においても漢民族から恐れられる遊牧民族であった。かつては高祖劉邦を破り、漢王朝に屈辱的な思いをさせたことさえある匈奴は下手すればそれ以前からの大敵であった。

 そんな匈奴を降すことが出来ればそれは南陽袁家の名声を高める事にもつながるだろう。そして、板垣はいずれは単于の地位を得る事も考えている。漢王朝だけではなく、周辺民族の王として君臨するのに単于の地位は必須と言える。最終的にはどうなるかは定かではないが周沙等の配下に単于の地位を授ける事も視野に入れていた。

 

「それまでは漢王朝からの要請として兵を駐屯させるか。さてはて、誰が良いか……」

 

 史忌か韋惇か。新たに定めた武官の官位の中で1万以上の兵を指揮する事を許された将軍位を持つ者達をリストアップしつつ司隷の対応を考えていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 荊州南部の牧に就任した周沙は慣れない政務に疲弊していた。刺史の副官として制定された州牧となったはいい物の、こういった事には疎い周沙は同地の太守達と協力しながら内政を行っていたが僅か一月で限界を迎えようとしていたのだ。

 

「まさか文官の仕事がここまで辛いなんて……」

 

 別にそういう差別意識があったわけではないが政務など簡単だと心のどこかで考えていた周沙は見事にそのしっぺ返しを食らっていた。いくら処理しても減らない紙や竹の束に突発的に入ってくる緊急事態に対処していれば一日があっという間に終わってしまう。体を満足に動かす事さえ最近は出来なくなっているが早く慣れないと後々辛いのは自分の為、弱音を吐きつつも政務を行っていく。

 加えて、来年度に行われる揚州平定のための部隊編成もしなければならなかった。予定では豫洲より4万、荊州北部より10万、荊州南部より6万の計20万となっており、それまでに何としても6万の兵を用意しなければならなかった。しかし、現在周沙が抱えている兵は1万であり、太守達の私兵も合わせれば3万に届かない程度しかいない。つまり、政務を覚えながら時間を見つけては兵を集め、軍事行動が出来る程度には鍛えないといけないのだ。とてもではないが休んでいる暇はなかった。

 

「……改めて宰相は凄い人だったと思い知らされます」

 

 宰相と言いながら事実上トップとして2つの刺史として指示を出し、間接統治を行っている司隷に政策を出していく。合間には徴兵し、鍛錬を行わせ軍を強化していく。それが終われば各地の実力者と会談し親交を深め、時には引き抜きも行う。それでいて戦場に出れば一騎当千の実力者だ。英雄とはまさに彼のような人物の事を言うのだろうと周沙は改めて自身の主君の凄さを思い知っていた。

 

「あそこまでの実力は無理でも私も文官並みの能力を手に入れないと……」

 

 周沙はくじけそうになる自分自身にそう言い聞かせながら今日も州牧としての仕事をこなしていくのだった。

 州牧としてやっている彼女には分らない事だが最終的には単于就任の最大候補として板垣に将来を期待されているとはさすがの彼女も理解することは出来ないのだった。

 

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