孫家の面々が南陽袁家に雇われてから約一月後、張角を首魁とする黄巾の乱が発生した。漢王朝の転覆を企む彼らに各地の民がこぞって参加したが、数が膨大になるにつれて無秩序な集団と化し、気づけばただの巨大山賊にまで変貌していた。
漢王朝は自力での鎮圧に失敗し、各地の諸侯に反乱の鎮圧要請を出した。これは領土を持たない者達にも適用され、各地で義勇軍が誕生して黄巾党と戦う様になっていった。勿論、領土を持つ諸侯とて同じであり、腕に覚えのある者達は動き出していた。そう、南陽袁家も同様に。
「今よ! 突撃するわよ!」
孫策は南陽袁家の兵1万を率いて豫洲から侵入してきた黄巾党5万人を相手にしていた。たった1万と言う事で孫策を潰すつもりかと思えるが実際は違う。そもそも、今の南陽袁家が出せる最大兵力は5万を切る。その5万で同数以上の兵で攻めて来れる劉表に備える必要もあり、更には豫洲以外の国境にも兵を割く必要がある。そんな状態で1万を出したという事実は、南陽袁家が自由に動かせる兵の全軍に等しかった。
それに、孫策のサポートとして周瑜を始めとする孫家の面々が集っている。兵こそ孫家の者達ではないが、それに引けを取らない練度で以て孫家の動きについて行っていた。
その証拠として孫策が突撃を始めるころには5万の軍勢は陣形を崩されて崩壊していた。孫策の突撃を止められる部隊など存在せずにいい様にやられて行き、孫策の手によって大将は呆気なく討ちとられた。
「降伏せよ! 降伏するのであれば命までは取らない!」
出陣前に板垣に言われたとおりに大将を失い士気すらも崩壊した黄巾党に投降を呼びかけていく。一部過激派や賊上がりの連中は抵抗を示したが孫策の出番すらなく黄蓋を始めとする孫家の家臣たちに討ち取られていった。南陽の豊かさを知り略奪の限りを尽くそうと侵攻した5万の兵が、半分以下の1万の軍勢の前に壊滅した瞬間だった。
「まったく、味気ないわね」
「そうぼやくな雪蓮」
あまりにも呆気なく勝ててしまった事で何処か満足しきれていない様子の孫策を、周瑜は呆れつつ出迎える。一月ぶりに共に戦場を駆けた為に何処か高揚感を感じつつも戦後処理へと移る。
「冥琳。板垣宰相は捕虜を取って何がしたいのか分かる?」
「一応はな。荒れ地の開墾や鉱山奴隷として活用するらしい。今もなお流民が流れてきているが耕せる土地はまだまだあるらしい」
黄巾の乱が始まって以来、多くの民が各地で略奪を繰り返す黄巾党を恐れて逃げ回っていたが、大半の流民はこの中華で最も豊かと言われている南陽に向かっていった。結果、元々あった流民の数は十倍以上になったが、今の南陽袁家はそれらを受け入れる余裕があった。結果的に彼らを荒れ地の開墾や田畑の復興、街道の整備、鉱山での発掘に回して南陽を更に発展させていった。
「でも意外ね。兵にはしないなんて」
「今の南陽袁家で徴兵された兵はほとんどいない。志願して入った者達ばかりだ。士気も高くやる気に満ち溢れている」
この豊かさを失いたくない。そう思う者達はこぞって兵に志願している。そして板垣宰相考案の厳しい訓練を受けた彼らの力は黄巾党相手に戦い抜いた様子を見ても分かるだろう。
「ふぅん。ま、士気も低くて弱い兵なんていらないわよねぇ」
「そう言うな。追い詰められた者は時に強者をも殺す力を見せてくる。今の黄巾党がそうだろう」
貧しさ故に山賊となる者が多いこの中華において黄巾党にはそう言った者達が多く在籍している。結果として腐敗した漢軍を相手に有利に戦う事が出来、朝廷は諸侯に賊の討伐を命じる事となった。この後に増大化した諸侯と言うどうしようもない問題が浮上するとしても。
「孫策様! 板垣宰相の使いが参られました!」
「板垣宰相の? 通して頂戴」
そこへ現れた使いの者に孫策は何かが起きると感じつつ会うのだった。
「初めまして孫策殿。板垣宰相の使者として参った周沙です」
使いの者は周沙だった。未だ孫家の者は会った事がないがその噂は聞いていた。軍政両方において板垣から学び自分のものにしていった弟子とでもいうべき存在だと。実際、彼女も板垣の下に来てから一年にも関わらずに元々彼が担っていた軍政統括官に就任している。
「実は孫策殿にはこのまま軍勢を率いて北進していただきます」
「北進? ついに打って出るってわけね?」
「正確には違います。最近、朝廷工作が完了しました。袁術様が、になりますが新たに豫洲の潁川と汝南の太守を兼任される事になりました。よってそこに巣食う黄巾党を殲滅して統治政策を始めます」
「成程ね。そう言えばそこの太守はどうしたの? 別の所に移動になったとか?」
「そんなわけないですよ。彼らは既に死んでいます。流石は黄巾党ですね。漢の太守と言うだけでなぶり殺しにしたそうですよ」
漢を滅ぼすという大義名分を掲げている為か太守すら簡単に殺す黄巾党だが、板垣はこういう存在を有難いと感じている。それだけ領土を増やす事が出来るのだから。
「両郡の統治が順調に始まればそのまま豫洲を制圧します。そうなれば朝廷とて我らを無視できず、豫洲の刺史となれるでしょう。その為の賄賂や根回しは始まっていますからね」
「そう。やっぱり板垣宰相は侮れないわね」
武勇においては自分が優れていると感じるがこういった知略戦、特に板垣は他者が手出しを出来ない、し辛い状況で楽々と動く根回しなどを得意としていた。落ちぶれているとは言え南陽の太守の地位を正式に認めさせ、荊州の刺史である劉表の権力が及ばないように手も打ってある。そして今回の一件。南陽袁家は豫洲に攻め入る、占領する大義名分を手に入れる事が出来るのだ。もし、孫家が板垣と戦う事になればどんな手を使ってくるのか予想がつかなかった。戦でなら勝つ自信はあるが彼女の母孫堅も武勇に優れていたのに劉表に敗北して戦死している。油断は出来なかった。
「それで? まさかとは思うけど私達1万だけで豫洲に行けって言わないよね?」
「勿論です。この後、増援の1万5千が到着し、彼らの指揮は私が取ります。そこから孫策殿は汝南を、私達は潁川を攻めます。占領が完了次第東に向かいます」
「それなら良いわ。それじゃ私達は兵に休息を取らせて明日、向かう事にするわ」
「分かりました。孫家の当主の武勇を見れる事を楽しみにしています」
そう言うと自身も兵を率いる関係上周沙は直ぐに自軍の下に向かっていった。周沙が出ていった天幕にて孫策は隣にいる周瑜に問いかける。
「彼女、中々やるわね。冥琳はどう見えた?」
「油断ならない相手、以外に説明が難しいな。恐らく、能力を大分隠している。本気になれば予想外の手を三手四手と一斉に仕掛けてきそうだ」
「それは面白そうね。私も機会あればが手合わせをしてみたくなったわ」
「……雪蓮はまず顔の火照りを消すところから始めるべきだな」
戦場で返り血を浴び続けたせいか、雪蓮は興奮して顔を真っ赤にしている。その状態で周沙と普通に会話が出来ていたのはある意味では凄い事だが、雪蓮はもう我慢できないと言わんばかりに周瑜を押し倒すとそのまま天幕で発散を開始するのだった。