彼岸花が如く 作:お湯を切る!
「お、お帰り。一翔君!」
「ええ、秋山さん。お久しぶりです。」
俺とそんなやり取りをする秋山さんは、現在俺のベットに腰掛けて、くつろいでいる。一応いつか来るとは思っていたけど、まさか今日急に訪ねて来るとは思わなかった。
「でも秋山さん、何でここに…」
「いや、だってホラ。このマンションのオーナー俺だし。」
俺の部屋のスペアキーであろう物を指でくるくると回して手遊びしながら秋山さんはそう言う。
「いや、そう言う意味じゃなくて、今日急に来たもので少し驚きまして。」
「あー、そう言う事ね。別に深い理由は無いよ。ただ引っ越して来て数日経ったし、一人暮らしを始めた君の様子を見に来ただけ。」
俺の様子見? この人が? こういった事は面倒がって来ないとは思っていたけど。秋山さんが俺の為にわざわざ隣町まで来るかな?
「その様子、疑っているな?」
「いや、取り敢えず珈琲出しますよ。」
「ああ、お構いなく。」
台所に向かい、ポットで既に沸騰しているお湯でインスタントコーヒーを入れる。今ウチに珈琲メーカーは無い。いつか金に余裕が出来たら買おうかと思っているが、意外と高価で今の俺では手が届かない代物だ。
だがそれも納得できる。なんせ珈琲はインスタントよりも実際に豆を焙煎して作った奴の方が格別に旨い。今日飲んだリコリコの珈琲が良い証拠だ。
「はい、珈琲どうぞ。」
「お、ありがとー。」
秋山さんは俺から珈琲を受け取りうや否やぐびぐびと飲み干し、「ぷはぁ」と大きく息を吐いた。
「あーうめぇ!」
「そうですか? ただのインスタントですけど…」
「いやぁ、最近缶コーヒーしか飲んでなくて…久々のインスタントは体に染みるわー。」
大方この人の事だ、お湯を入れるのが面倒で缶コーヒーで済ませてしまっているのだろう。焙煎したリコリコの珈琲の飲んだ時の反応を見てみたい物だ。そう言えば秋山さんは飯はどうしているのだろうか、やっぱりめっぽう外食かな?
「秋山さん、昼は何食ったんですか?」
「ん? 韓来の焼肉だけど…」
やっぱりそうだったか。ブルジョアめ。
って違う違う。秋山さんに訊きたい事が有るんだった。気が変わって帰らない内に行っておかないと…次に会うのが何時になるか解らない。気まぐれな人だからな…
「あの秋山さん。本当に今日来たのってただの様子見ですか?」
「疑り深いねぇ…本当だよ。」
この様子、やっぱりただ俺の顔を見に来ただけか? 秋山さんは気まぐれな人だ。珍しいがこんな日も有るだろうか?
小さく笑みを浮かべ、秋山さんは懐から煙草とライターを取り出す。だが点火する前に俺は秋山さんの手から煙草とライターを取り挙げる。
「あ! ちょ…」
「俺の部屋は禁煙です。」
「えー、良いじゃん一本くらい。」
「ダメです。この御時世ちゃんと喫煙所で吸わないと色々面倒な事になりますよ。」
取り合げた煙草とライターをテーブルの上に置き、俺は秋山さんにそう警告する。タバコを吸う事は悪い事じゃない。だが余りにも多く吸い過ぎると喫煙者だけでなく、副流煙で周囲の人の健康にまで害を与える。花さん曰く秋山さんはかなりのヘビースモーカーらしいし、彼や彼の周りの人たちが心配だ。
「最近は肺もガタガタみたいじゃないですか。タバコ辞めたらどうです?」
「いやー、一応辞めたいとは思っているんだけどね…」
ばつが悪そうに秋山さんが頭を掻く。タバコをやめる事ってそんな上手くいかない事なのだろうか。
すると秋山さんは何を思ったのか急に立ち上がり、窓の方に歩いて。タバコを蒸かし始めた。
「これなら大丈夫だろ?」
「まぁ、それなら…」
煙草を口に運びながら2,3服した後、秋山さんは懐から携帯灰皿を取り出し、トントンと叩いて灰を落とす。
「一翔君。急にこんな事聞かれたら驚くかもだけど。この先神室町に行く予定って有るかい?」
「え? 神室町ですか?」
神室町―――眠らない町とも呼ばれる東京都の屈指の商業街であり、およそ400m四方の敷地に数多くの飲食店や遊戯場、キャバクラ、ソープランドなどの風俗店などが並んでいる東京の中でも特に活気にあふれている街。
だが一般的には知られてない非合法な賭場もあると言われており、多くのヤクザや海外マフィアなど犯罪組織の温床と化しているため、基本的に治安は非常に悪いらしい。
「行く事は無いと思いますけど…どうして?」
「そうか、なら良いんだ。」
秋山さんは窓の方を浮いたまま携帯灰皿に吸い終わった煙草を捨てる。
「神室町に何かあったんですか?」
「いや、特に大きな事はまだ起こっていない。でも…一部の区域で海外からのならず者…マフィアが何やら物騒な事をしているらしくてね…今月に入って亜細亜街で殺しが2件目だ。」
「海外マフィア…ですか?」
神室町は海外マフィアに関するトラブルとか殺人事件は珍しくないと思うけど。やっぱりそれを俺に伝えるって事はやっぱり何か意味が有るのか?
「まぁ、そんな難しく考えないでも大丈夫。 もし神室町に来ることが有ったら、その時は十分気を付けておく事だな。無いとは思うけど、下手にあの町で目立った行動をしない様に。良いね。」
そう言うと秋山さんは振り返り、部屋の扉へと歩き出す。成る程…やはり様子見ではなく、今日はこの事を伝えに来たのか…
「もうお帰りで?」
「ん? うん。色々用は済んだし。ホラ、こう見えても俺忙しいから。…あ、差し入れここに置いといたから、良かったら食べてねー。」
瞬間音を立てて扉が閉まる。差し入れか…どんなのだろ? 玄関に置かれた段ボールを見てみる。
「うっわ。」
そこに詰められていたのは何十個ものカップ麺やインスタント食品。さらに飲み物として気を遣ってくれたのか、いくつかの缶コーヒーが山になって置かれていた。
…これなら当分保存食に困る事は無いな…
◇
一翔のマンションを去った後、秋山駿は懐からスマホを取り出し、とある番号に電話を掛ける。
「あー、もしもし?」
『秋山か?』
電話口から聞こえてくるのは穏やかだが強みが感じられる低い声色。そう、現在秋山が電話しているのは、数日前一翔が上京する時に彼を見送った『おじさん』その人だ。
「はい。例の件、一翔君に今伝えたので、その事に関する報告を。」
『そうか…アイツの様子はどうだった?』
「ええ、元気そうでしたよ。煙草吸おうとしたら怒られるくらいに。」
『フッ…そうか…』
一翔の様子を聞き、安堵するように返答する『おじさん』。秋山もその反応を感じ取り、少し頬が緩む。だが直後、事態の確認をする為に電話口の人物にとある質問を投げ掛けた。
「その…今回の神室町の件ですけど…やっぱり、一翔君の親父が絡んでるんですか。」
『…今の段階じゃ何とも言えねぇ。あくまで可能性の話しだ。今はアイツが神室町に近付かないよう伝えてれば十分だ。』
「あくまで今は…ねぇ…」
電話相手の含みのある言い方に少し眉を細ませつつ、秋山は静かに息を吐く。今回の一件、最悪の事態も覚悟しておいた方が良さそうだ。
「まぁ、取り敢えず今は現状維持が優先って事で。もしもの時は神室町での面倒は俺が見ます。それで良いですね?」
『ああ、迷惑を掛けてすまない。』
「よしてください。あんたの頼みほど断ったら後が怖いモンは無い。……それじゃ。」
軽く挨拶し、秋山は電話を切る。だが妙に緊張して話したからか口元が寂しくなり、煙草を懐から取り出すと、再びライターを着火し、煙を吐き始めた。
「全く…桐生さんも人遣いが荒い。」
煙草を蒸かしたまま、秋山は神室町までの帰り道を歩む。だがマンションの敷地外に出る直前、後ろに振り返り一翔の部屋であろう電気が付いている窓を一瞥すると、振り絞る様に呟いた。
「…出来るなら…巻き込まれるなよ…一翔君。」
デデッデデッデデッデレレデレレー♪(花の塔)
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