逃亡海兵のルフィとウタ 短編集   作:Nines star

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もしも、二人を助けにきたのが赤髪であったなら。
そんなifルートです。


赤髪ルート
約束 前編


 

 

 あの時に、あの拳を繰り出したことをモンキー・D・ルフィは微塵も後悔していない。

 追ってきた海兵たちやCP……かつての仲間であり、戦友たちが相手でも。

 自分達の部下であった者たちが、涙と共に無抵抗に殴られようとする姿を前にしても。

 それでも、大切な人を守るために。

 そうやって、駆け抜けてきた。

 だが。

 この世には、拳だけではどうにもならないことがある。

 

 

「ウタ、大丈夫か!? くそっ、熱が……!」

 

 焦燥が募り、滝のように汗が流れる。あの日、逃亡者となった日。これからの未来への不安と、一つの覚悟を持ってルフィは彼女の指に草でできた指輪を作った。

 それは、本来なら輝く銀の指輪であったはずのもの。

 数多の祝福の中で渡すはずだったもの。

 だが、非情な運命が、それを許さなかった。

 

「…………ル……フィ………」

 

 か細い声と、小さな力でこちらの手を握る大切な人。そのお腹は、大きく膨れていた。

 逃亡者となった日に、彼女に夫婦になろうと告げて。

 ずっと一緒にいようと約束して。そうして、彼女と一つになった。

 それが、間違いだったのか?

 あの日、不安と焦燥と、見て見ぬ振りをした絶望の中。その日だけは笑顔になれたその喜びは、間違いだったのか?

 

「大丈夫だ、ウタ! ウタも子供たちもおれがなんとかするから!」

 

 何とかとは、何だ。どんな方法だ。

 悪を殴り、数多の人を救い出した。感謝の握手を求めれれたことは数えきれず、涙を流して喜ばれたこと無数にあって。

 街に出れば、子供たちからヒーローと呼ばれて。

 一部では“英雄の再来”だと、“海賊時代の救世主”とまで呼ばれたのに。

 なのに、この腕は。

 

「下がれ……! 下がってくれ、頼む、頼むよ……! 目を開けてくれよウタ……!」

 

 この拳は、熱に侵され、苦しむ大切な人さえ救えない。

 救う術を、ルフィは……“新時代の英雄”は、知らない。

 

「……………………ッ」

 

 そして、悪いことというものは重なるもの。常に畳み掛けるように、こちらへと襲いかかってくる。

 この逃亡生活で、更に研ぎ澄まされた見聞色の覇気。それが……いや、そうでなくとも、このプレッシャーが相手では気付いただろう。

 

「ウタ。ごめん。少しだけ、離れる」

「……ル……フィ……」

「大丈夫だ。必ず、戻るから」

 

 精一杯の笑顔を浮かべ、優しく彼女の頭を撫でた。笑えているか、自信がなかった。

 

「……行っ…………ちゃ……だめ……」

 

 その言葉は、聞こえない振りをした。彼女に、逃亡生活の中隠れて市民の一人が譲ってくれた毛布を掛け、その額の布を取り替えて。

 その文字がくすみ始めた正義のコートを身に纏い、洞窟の外へ出た。

 

 

「…………」

 

 

 冷たい雨が、体を打つ。

 視線の先には、無数の海兵と。

 海軍本部、最高戦力の姿。

 

「……出てきて、しまったか」

 

 その男……大将青雉ことクザンは、重苦しいため息と共に呟いた。

 

「遂に、大将まで出てきたのか」

 

 周囲を囲む海兵の数は、おそらく千を超えている。だが、ここにいる人間のことを考えればおそらく後方にはもっと多くの兵がいるだろう。

 

「当たり前だ。この十ヶ月で中将を五人も病院送りにすれば次はもう、俺たちしかいない」

「マグマのおっさんが来ると思ってた」

「そりゃ、酷だろう」

 

 誰にだ、と視線で問いかけるとクザンは周囲の兵士を手で制しながら言葉を紡いだ。

 

「両方にとってだよ。……おれたちにとって、お前ら二人は本当に……本当に、大切な後輩だったんだよ」

 

 何でかね、とクザンは言う。

 

「迷惑ばっかりかけられたが、あれが今は恋しい」

「おっさんに迷惑かけた覚えはねぇぞ」

「そりゃそうだな。一番迷惑かけられてたのはサカズキだ」

 

 小さく、苦笑。

 

「さて……話し合いはここまでだ。単刀直入に言う。投降しろ。悪いようにはしない」

「信じられるかよ!」

 

 ルフィの一喝。そして彼は、ゆっくりと構えをとる。

 クザンは、そうか、と呟くと一度目を閉じ、何かを覚悟するように息を吐いた。

 

「そりゃあ、そうだな。ここで説得に応じることができるなら、最初のモモンガの時に投降しているはずだ」

 

 お前の教育係だったからなという、クザンの言葉。その言葉に、ルフィは拳を握る力を強めた。

 ルフィの脳裏に、あの日のモモンガの表情が浮かぶ。こちらを説得しようとした彼は、悪いようにはしないと告げた。しかし、ルフィは彼ほどに厳格な海兵をそうは知らない。だからこそ、信用できなかった。

 彼はどうしようもなく海兵であって。

 その姿を、ルフィは間違いなく尊敬していたから。

 だから、無抵抗にこちらの拳を受け入れた彼が呟いた、「すまない」という言葉は。

 モンキー・D・ルフィとウタにとって、呪いとなった。

 彼が決して、意図しない形で。

 海軍を、絶対に信用できない理由として。

 決して拭えぬ、呪いとなってしまった。

 

「おれたちは、天竜人に逆らうことができない」

「…………」

「何でおれほどの力があって、と思うか? まあ、確かにおれたちは人間離れした力を持っている。だが、それだけだ。この世には、人間一人じゃどうにもならねぇことはいくらでもある」

 

 そして、と、彼は言った。

 

「海軍の力は個々の力ではなく、『数』だ。おれを含めたこの数を、一人で倒せるか?」

 

 その言葉に、ルフィは一度息を吐き。

 そして、その瞳から。

 

「うあ」

「おお」

「うぐっ」

 

 覇王の証が、放たれた。

 

「…………やはり、持ってたか」

 

 クザンを除く周囲の海兵全員が、ルフィの覇気で沈黙している。

 その覇気の名は、“覇王色の覇気”。

 人を従える資質を持つ者のみが宿す、天賦の才。

 

「ますます、お前が失われることが惜しく思う。だがそれと同時に、だからこそ見逃すことができねぇ」

 

 安心しろ、とクザンは告げた。

 

「生かして捕らえるつもりはねぇよ。あのゴミ共に、お前らを好きにさせはしない」

 

 それは、絶望の宣告。

 それでも、ルフィは退けない。

 彼の背後には、三つの守らなければならない命がある。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 戦いは、一方的であったと言える。

 最早、全身で傷がないところがないほどに満身創痍のルフィに対し、あちらは傷一つない万全の状態。

 更に、逃亡生活のせいで満足な休みさえ取れていないのだ。ただでさえ海兵時代から絶対に勝てなかった相手である。それをこの悪条件で、勝てる道理がない。

 いやそもそも、形だけでも戦いになったのが奇跡だ。

 

「……フーッ……フーッ……!」

 

 左腕の、肘から先。右足の、太腿から膝。

 右肩、そして顔の一部。

 それが、ルフィの体の凍った場所だ。

 

「……苦しいだろうな」

 

 覇気を纏えば、ある程度はガードできる。だが、そもそもの地力の差が違う。徐々に押し込まれ、こんな状態になっていた。

 

「一つ、教えてくれ。今その状態から、勝てる算段はあるか?」

 

 ルフィは、クザンを睨みつける。その顔を見て、成る程、と告げた。

 

「大した心の強さだ。……なあ、ルフィ。何故、正義のコートを着続けている?」

 

 パキパキと、周辺が凍る音が聞こえる。

 

「お前はそれを煩わしがっていたはずだ。“掲げる正義の形がわからない“と、そう言っていたな?」

 

 そう、その通りだ。海軍時代のルフィは、正義のコートを煩わしく思っていた。

 別に嫌いとか、鬱陶しいとかいうわけではない。いや確かに多少面倒臭いと思う部分もあったが、それよりも自分の中の正義の形がわからなくて、周囲に対して少し思うところがあったというのが正しい。

 だから、クザンはコートなど既に捨てていると思っていた。だが、この逃避行の中、ルフィが戦う時は必ず正義のコートを着ていたという。

 故に、ここに来た。

 これがとんでもない貧乏くじであることはわかっていても、その真意を確かめるために。

 

「おれの正義は、今、ここにあるからだ」

 

 息を切らしながら。

 それでも、声に覇気を纏わせて。

 

「それは、何だ」

 

 くすんだ正義の文字の書かれたコート。それをルフィは、無事な右手で掴み。

 

 

「“大切な人が、笑える正義”」

 

 

 何かを、確かめるように。

 そのコートを、握り締める。

 

「……その、言葉を」

 

 クザンは、苦虫を噛み潰したような表情で、しかし、僅かに……ほんの僅かに、その中に喜びを浮かべて。

 

「もっと早く、聞きたかった」

 

 その言葉に込められた想いは、どれほどのものであっただろう。

 絶望と、希望と、悲嘆と、歓喜と……そして何より、深い、あまりにも深い……後悔が。

 そこには、込められていて。

 

「恨むなよ」

 

 クザンが、こちらへ歩み寄ってくる。ルフィは、迎え撃つために力を振り絞ろうとして。

 

 

 

 天を揺らす“覇気”が、島の全てに響き渡った。

 

 

 

 島中の獣たちが大騒ぎを始める。まるで巨大な爆弾でも落とされたかのように、一気に島中が騒がしくなる。

 

「……遅ぇよ」

 

 呟いたクザンのその言葉は。

 懐かしい顔が思い浮かんだルフィには、幸か不幸か届かなかった。

 

「…………シャン、クス……?」

 

 そして、その声に応じるように。

 海賊の一団が、こちらへと歩み寄ってくる。

 

 

「その二人に……いや、四人に手を出すな」

 

 

 それは、かつて憧れた男。

 道は違えたが、それでも、尊敬していた人。

 四皇、“赤髪のシャンクス”。

 

「流石に、“四皇”と戦う予定はねぇよ。……おら、さっさと起きろ」

 

 一瞬、鋭い視線でシャンクスを睨みつけた後、クザンは近くの兵たちを起こしにかかる。そして目を覚ました兵士が、シャンクスたちの姿を見て驚愕する。

 

「あ、“赤髪”!? 大将、こ、これは!」

「見ての通りだ。邪魔されちまった。……まあ、“赤髪”の横槍が入ったってんなら言い訳も立つだろ。ほら、さっさと他を起こして撤収だ」

「は、はい!」

 

 そして起こされた海兵が周辺の海兵たちを起こし始め、驚愕の中慌てて撤収を始める。気絶して、起きたら“四皇”だ。それも仕方がないと言えるが。

 そして慌ただしく動く海兵たちにシャンクスたちは一切手を出さず、その姿を見送る。クザンは長いため息を吐くと、ルフィに背を向けた。

 

「悪かったな。こんなこと、やりたくなかった。……それだけは、信じてくれ」

 

 呆然としているルフィにそう告げ、クザンは歩き出す。そしてシャンクスと擦れ違う時、舌打ちと共に言葉を紡いだ。

 

「俺たちじゃあ、あいつらを救えねぇ。任せていいんだな?」

「おれの娘と、おれの親友だ」

「そりゃ安心だ」

 

 そして、クザンたちが立ち去っていく。

 雨がまだ降り続ける中。

 両者が、再会する。

 その形は、決してかつて望んだ形ではなかったが……。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 ルフィの頭は、正直言って混乱していた。

 シャンクス。かつての憧れ。友達。ウタの父親。でもウタは恨んでる。

 約束。

 ふと、そんな言葉が浮かんだ。

 あれは、シャンクスと……

 

「ルフィ、ウタはどこだ。急いでーー」

 

 シャンクスの声には焦燥がこもっていた。しかし、それをルフィは。

 

 

「来るんじゃねぇ!!」

 

 

 何故、自分の口からこんな言葉が出たのかわからない。

 覇気を纏った……あまりにも弱い、しかし、確固たる意志のこもったその言葉に、赤髪海賊団の足が止まる。

 まさしくその姿は、手負いの獣。

 全身に拙く巻かれた包帯からは血が滲み、一部は凍らされて。

 それでも、彼が掲げた“正義”のために。

 大切な人のために、彼は己の全てを懸けている。

 

「……ルフィ……」

 

 かつての子供が、こんな姿に。

 その姿に、悲痛な呟きを漏らしたのは誰だったか。

 いや、きっと誰もがそうだった。

 幼き日の彼を見知った者であれば、例外なく。

 

「おい、ルゥ!」

 

 そんな中、駆け出したのはラッキー・ルゥだった。制止も待たず、いつも手に持っている肉も持たず。

 かつてフーシャ村でルフィと共に騒いでいた男が、ルフィの元に駆け寄る。

 

「馬鹿野郎! おれたちは味方だ! お前を! ウタを! 助けに来たんだ!」

「でも!」

「でもじゃねぇ!!」

 

 凍らされず、無事な左肩を掴んで。

 ルゥは、涙さえ混じった声で叫ぶ。

 

「遅くなったのはいくらでも詫びる!! おれたち全員をぶん殴ってもいい!! だから頼む!! 助けさせてくれ!! 頼むルフィ!!」

 

 それは、赤髪海賊団全員の想いの代弁であった。

 特に、あのフーシャ村で過ごした者にとっては何よりも強い想い。

 

「っ、う……ぐっ……」

 

 ルフィの瞳から、大粒の涙が溢れた。

 それはきっと、この逃亡生活が始まってから初めてのことで。

 

「ウタを……助けてくれ……!! 熱が、下がらなくて……!! 苦しそう、で……!! おれ、おれ、何にも……できなくて……!!」

「ああ!! ああ!! おい船医!! 何してる!? 早く行けよ!!!」

 

 ルゥの怒鳴るような声に、複数人が弾かれたように駆け出した。

 ルフィは、無事に動く右腕でルゥの腕を掴む。

 

「おれ、おれは……どうなってもいいから……っ!!」

「馬鹿野郎!!!!」

 

 ルゥの、今日一番の叫びが響く。

 

 

「お前も助けるに決まってるだろ!! おれたちは友達だろうが!!」

 

 

 それが、ルフィの最後の緊張の糸を解いたのだろう。

 か細い声で。

 かつてのあの快活な少年とは思えぬ声で。

 

 

「……たすけて……」

 

 

 そう、口にした。

 

「ああ!! 船長!!」

 

シャンクスへ、背中越しにルゥが呼びかける。

彼が頷いたのが、伝わってきた。

 

 

「当たり前だ!!!!」

 

 

 モンキー・D・ルフィという男は、一体何度、その言葉を口にしてきたことだろうか。

 苦しむ人々は、幾度となく彼に対して救いを求めた。

 縋るように。

 祈るように。

 その時、いつだって彼はこう返答したのだ。

 

“当たり前だ”

 

 その言葉の通り、それは彼にとっては当たり前のことだった。

 けれど。

 きっと。

 この言葉を彼自身が貰ったのは、初めてだった。

 

 

 

 

 

 

 






ルフィが折れそうになる時は、多分自分以外の誰かの時。
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