逃亡海兵のルフィとウタ 短編集   作:Nines star

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約束 後編

 

 

 

 

 

 緊急で、出産の用意が整えられた。

 臨月であったことに加え、体調の不良と過度なストレス。様々なものが重なり、緊急で出産という運びとなったのだ。

 最初男たちは慌てるだけだったが、船医たちの的確な指示でその動きも収まった。正確に言えば「邪魔だから消えろ」とほとんどの船員たちが言われ、遠巻きに急遽出産部屋となった医務室の扉を眺めている。ちなみにシャンクスが一番遠くに追いやられていた。

 天下に轟く四皇の海賊団、その男衆がその両手で祈りの形を作っている。世界に知らぬ者なき力を持つ彼らでさえ、こんな時は無力だ。

 そして、部屋の中では。

 

「あんたの氷も溶かさないとダメなんだよ! ここは任せてくれ!」

「いやだ! 絶対に離れねぇ!」

 

 意識も朦朧としたウタの隣で、ルフィはその手を握っていた。だが、彼自身も体の一部が凍らされている。早く治療しないと、重大な後遺症が残る恐れがあった。

 船医はウタの様子を見ると、その手はがっちりとルフィの手を握っている。朦朧とする意識の中でも、何度も彼の名を呼んでいた。

 

「……ル…フィ……」

「大丈夫だ! ここにいる! ウタも子供も大丈夫だ!」

 

 その姿を見て、頭を何度もかいた女性の船医は、扉の外へ声をかけた。

 

「おい役立たず共! 水をもってきな! 何人かはそれを使って小僧の体の氷を溶かすんだよ!」

「わ、わかった!」

「おれがやる!」

「お、おれが!」

 

 扉の外が騒がしくなる。それを見届け、ルフィは言った。

 

「ウタは大丈夫か?」

「この子も、お腹の子供も絶対に助ける。私の命に代えてでもね」

 

 そのために来たんだ、と医者は言い。

 

「だから、あんたもそんな顔をしちゃ駄目だ」

 

 だって、と医者は言う。

 

「父親に、なるんだろう?」

 

 その言葉に、ああ、とルフィは頷いた。

 

 

 

 

 

 長い、長い戦いだった。

 ルフィの体の氷が完全に溶かされて。

 男たちが追い出されて。

 それでも、まだ時間がかかった。

 誰もが、祈りを捧げた。

 そんなものにしか、縋れなかった。

 

 そして。

 

 赤ん坊の、泣き声が。

 

 

 

「「「やったーっ!!!!!!!」」」

 

 

 

 船を揺らすような、爆発的な大歓声。

 数多の祝福の中で、双子が誕生した。

 やかましい、と。

 医者に全員が説教されたのは、ご愛嬌か。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 そして、深夜。

 ウタは体力を使い果たしたのか、深い眠りについている。双子の赤ん坊についても同じだ。ルフィは自身の体の治療を施され、同じ部屋にいるが眠れずにいた。

 そこへ、ノックの音が響く。

 

「起きているか?」

 

 見聞色の覇気でよくわかっているだろうに、わざわざそんなことを聞いてくる。ああ、と応じると、一度ウタたちの方を見てからルフィは部屋の外へ出た。

 そこにいたのは、赤髪海賊団の頭目。

 ウタの父であり、ルフィがかつて憧れた男。

 そして、自分達を救ってくれた人。

 ルフィが、礼を言おうと口を開きかけた瞬間。

 

「ありがとう……!!!!」

 

 シャンクスが、その両膝をつき、頭を下げた。

 ルフィは慌ててシャンクスに駆け寄る。

 

「礼を言うのはおれの方だろ」

「違う! お前はウタを守ってくれた! ウタを、救ってくれた!」

 

 頭を上げぬまま、シャンクスは言う。

 

「ありがとうルフィ……!! 約束を、守ってくれて……!!」

 

 約束。その言葉を受けて、ルフィの脳裏に記憶が蘇った。

 幼き日。まだウタを置いてシャンクスが出ていく前。

 彼は、いつになく真剣な表情で言っていた。

 

“ウタを、守ってくれ”

 

 ああ、とルフィは小さく笑う。

 そんなことも、あったなと。

 

「いいよ、シャンクス。むしろ、すまねぇ。おれ、その約束を忘れてた」

 

 シャンクスが顔を上げる。ルフィは笑って。

 

「だから、これまでのことは全部おれ自身の意志だ。むしろ、おれの方が礼を言わなきゃな」

 

 そして、ルフィは頭を下げる。

 

「ウタと子供を助けてくれて……ありがとう」

「それはこちらの」

「じゃあ、お互い様だ」

 

 そう返すと、シャンクスは呆気に取られて。

 ようやく、笑った。

 

「お前がウタの隣にいてくれて、本当によかったよ」

「じゃあ、シャンクス公認だな」

「当たり前だ」

 

 何を今更、というシャンクス。そんな彼に、少し離れた場所で様子を見ていたベックマンが声をかけてきた。

 

「いいのか、船長? 昔ウタが結婚相手を連れてきたら“娘さんをください”と言わせる、って言ってただろう」

 

 その言葉に、おお、とシャンクスが思い出したように頷く。

 

「しまった忘れてた。よしルフィ、今からやるぞ」

「いやなんでだよ!? さっき公認って言ったじゃねぇか!」

「頼む! 割と本気で憧れてたんだ!」

「意味わかんねぇよ!?」

 

 深夜の中、ギャーギャーと喚く二人。その姿は、かつてのフーシャ村の一幕のようだとベックマンが微笑む。

 結局、やかましいと夜番に怒鳴られるまで二人の戯れ合いは続いた。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 そして、次の日。

 久し振りの柔らかいベッドの上で寝ていたウタは、見知らぬ天井に気付いて跳ね起きた。

 

「ここは……!? あの子たちは!」

「お、起きたか。もう少し寝てても良いのに」

 

 聞き慣れた声に、弾かれたように隣を見る。そこでは、ルフィが器用に赤子を二人、抱いてあやしていた。

 その姿に、ホッと息をつくウタ。だが、ルフィの背後。扉の側にいる人物を見て一気に警戒心を上げる。

 

「ベックマン……!? もしかしてここは、“赤髪”の!」

「お、落ち着け落ち着け! 大丈夫だウタ! ベックマンたちはおれたちを助けてくれたんだ!」

 

 慌ててルフィがこちらを制止する。釈然とせぬまま、ウタはここ数日のことを聞いた。

 大将青雉の率いる海軍の襲撃。最早限界だと流石のルフィも覚悟を決めた所に現れた、シャンクスたち赤髪海賊団。

 そして彼らのおかげで、自分たちが助けられたこと。

 

「すまねぇ、ウタ。おれ、ウタを……守り、切れなくて」

「ううん。違うよ。ルフィは、守ってくれた」

 

 ルフィの肩に額を預け、ウタは言う。

 

「私を呼ぶ声が、何度も聞こえたよ。……ありがとう」

「ああ。……ウタも、抱けよ」

「うん」

 

 ルフィの手から双子の片方を受け取り、微笑む。

 ああ、よかったと。

 最悪の未来さえ考えたあの時を乗り越えて、こんな未来を掴めるなんて。

 

 

「あー……ゴホン」

 

 

 わざとらしく咳払いする声。ベックマンが、気まずそうに視線を逸らす。

 

「席を外そうか?」

「そうするなら、お願いがあるの」

 

 ウタが真剣な表情でベックマンに告げる。

 

「シャンクスを、呼んできて」

 

 その、覚悟のこもった声に対してはルフィも何も言えなかった。ベックマンは頷くと、部屋を出ようとする。その彼に。

 

「あ、待って。その前に」

 

 ウタは、彼を呼び止めた。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 重い、あまりにも重い空気が漂っていた。

 それは最早、船全体に波及している。誰もが手を止めて、ゆっくりと歩く彼らの船長を視線で追いかけていた。

 扉の前で、大きく息を吐き。

 海の支配者の一人が、部屋に入った。

 そして。

 

 

「すまなかった」

 

 

 いきなり、その場で頭を下げた。

 部屋の中に、重い、重い沈黙が降りる。シャンクスが頭を上げられない中、静かに、ゆっくりとその女性が言葉を紡いだ。

 

「私は、私を置いて行ったシャンクスを許さない」

「……ああ」

「それは多分、生涯変わらない」

「……ああ」

 

 あまりにも重い空気に、ルフィも何も言えず努めて気配を消している。ウタとシャンクスの間を、何度も視線が行き来していた。

 

「だけど」

 

 ふう、と息を吐いて。

 ウタが言う。

 

「この子たちのおじいちゃんであることは、間違いないから」

「それは」

「それにね」

 

 顔を上げた大海賊に、ウタは自身の抱く赤ん坊に視線を向けながら言った。

 

「この子たちが生まれた時、凄く大きな声が、祝福の声が聞こえた。その時に思ったの。ああ、この子たちは、こんなにも愛されて、祝福されて生まれてきたんだって」

 

 生まれてきてもよかったんだ、って。

 喜んでくれる人が、私たち以外にもいたんだ、って。

 ウタは、静かにそう言った。

 

「抱いてあげて」

 

 その言葉に、よろよろと、とても大海賊とは思えない頼りない足取りでこちらへと歩み寄ってくる。

 そして、優しく。

 決して、取り落とさないように。

 その大海賊は、己の孫をその手に抱いた。

 

「…………ッ」

 

 大粒の涙が、シャンクスの瞳から溢れてくる。

 

「ありがとう」

 

 彼は、何度も何度もそう繰り返した。

 二人は、微笑みと共にそれを眺めていた。

 そんな空気の中。

 

 

「「「うおわぁ!?」」」

 

 

 重量に耐えられなくなった扉を倒しながら、赤髪海賊団が部屋に雪崩れ込んできた。お前ら、とシャンクスは呆れた声を出す。

 

「何をしているんだ」

「い、いやぁ、その」

「お頭とウタちゃんの様子が気になってだな」

「……すんません」

 

シャンクスはため息を漏らすと、まあいい、と言葉を紡いだ。

 

「扉はすぐに直せ。あと、進路を」

「う、ウタ! おれたちにも抱かせてくれ!」

「おい」

 

 船長を無視して、海賊たちが駆け寄ってくる。その姿を見て、うーん、とウタは手を顎に当てて首を傾げた。

 

「頼むよ! おれたちにとっても孫みたいなもんなんだ!」

「……じゃあ、いくつか条件」

 

 悪戯を思いついた子供のような表情で、ウタは笑った。

 

「一日一回、一人だけ。あと、お風呂に入った後の人だけね」

 

 その言葉に、即座に海賊団が動き出す。

 

「よしお前らァ! 速攻で風呂入るぞ!」

「はい! その前に今日の順番を決めるべきかと!」

「その通りだ! よし何で決める!? 殺し合うか!?」

「そんなものを認めるか、落ち着け」

 

 シャンクスが赤子を抱きながら呆れたように言う。そんな彼に、うるせぇ、と周囲から怒鳴り声が飛んだ。

 

「あんたはもう抱いてるからそんなことが言えるんだ!」

「お頭に発言権はねぇよ!」

「おれは船長でこの子たちの祖父だぞ!?」

「知るかァ!」

「これだけは船長命令でも聞けねぇなァ!」

「あの、一日二人は無理でしょうか……?」

 

 病室だというのに、しっちゃかめっちゃかである。そんな中、ルフィの腕の中で眠っている妹とシャンクスの腕の中で寝ている兄は物凄い大物かもしれない。

 

「あれ、副船長はいいんですか?」

 

そんな中、喧騒に加わっていないベックマンに気付いた一人が声をかける。ああ、と彼は頷いた。

 

「おれはさっき抱かせてもらった」

「「「はァ!?」」」

 

 視線が一斉にウタの方に向く。ウタはにひひ、と笑顔を浮かべた。

 がくり、とシャンクスが膝を折った。子供に全く揺れを与えていないところが無駄に高等技術である。

 

「おれが……最初じゃ……」

「割と図々しいなお頭」

「めっちゃ嫌われてるの自覚してたのに」

「目ェ覚ますまで人殺す勢いで悩んでた癖に」

 

 ここぞとばかりにシャンクスに攻撃が飛ぶ。シャンクスはよろよろと立ち上がると、ルフィに赤子を返した。そして。

 

「よし決めたぞ。全員甲板に出ろ。……おれの覇気に耐えられたら抱く権利を与える」

「横暴だー!」

「ふざけんなー!」

 

 ブーイングが飛ぶ。安心しろ、とシャンクスは言った。

 

「全員本気で相手してやる」

 

 大騒ぎが始まる船内。その光景を眺めて。

 

「あはは」

 

 ウタが、笑っていた。

 それは、ずっと彼女がしていた無理のある笑顔ではなく。

 心からのものだった。

 

「よかった」

 

 小さく、誰にも聞こえぬように。

 ルフィは、そう呟いた。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 しばらくの間、安定するまで四人はシャンクスの船で過ごした。

 しかし、いつまでもこうしてはいられない。シャンクスも一応、自分達に加わる選択肢を提示したが二人はそれを受け入れなかった。

 

“おれたちは、海兵だったから”

 

 そう、二人は言ったのだ。

 わかってはいたと笑ったシャンクスはどこか寂しそうだったと、船員たちは証言している。

 そして、偉大なる航路。とある、海賊“白ひげ”の縄張りである非加盟国に赤髪の船の姿があった。

 本来なら大事件であるが、今回ばかりはそうではない。

 

「色々ありがとう」

「礼を言うのはこちらだ」

 

 船から降り、仮住まいとなる家のところまで四人を送り届けたシャンクスが言う。周囲にいるのは幹部たちばかりで、大部分の船員は船で待機だ。

 全員が全員、ここまで来たがったがシャンクスがそれを止めた。大人数で動くと目立つし、わざわざ自分達じゃないところの縄張りに来た意味がない。

 

「おれたちが接触したことは青雉を通して既に伝わっているはずだ。おれたちの縄張りだと、早晩バレる可能性がある。白ひげのところなら、海軍も迂闊には手を出せないだろう」

 

 それが今回の場所を決めた理由であった。これなら、ある程度の時間が稼げる。

 

「じゃあな、二人とも。……幸せにな」

 

 もう会うことは、と続けようとしたシャンクスに、ねえ、とウタが声をかける。

 

「私は、今でも海賊が嫌い」

「……ああ」

「その切っ掛けはシャンクスだけど、色んな海賊を見て、それでもやっぱり好きにはなれない」

 

 シャンクスがこちらを見る。何かを言おうとした彼に、だけど、とウタは続けた。

 

「海賊“赤髪”じゃなくて。……この子たちの、ただのおじいちゃんとしてなら」

 

 シャンクスが目を見開いた。いいのか、と彼は言う。

 

「もう一度、ここに来ても」

「一度なんて言ってないでしょ」

 

 視線を逸らし、ウタが言う。ルフィも笑っていた。

 

「ありがとう」

 

 こちらに背を向け、シャンクスは言う。涙なんて今更なのに、とウタは苦笑した。

 

「お、おれたちは!?」

「海賊としてじゃなければ」

「やったー!」

 

 ルゥが喜びの声を上げる。そして立ち去ろうとするシャンクスへ、ルフィが声をかけた。

 

「そうだシャンクス! この麦わら帽子!」

「ん、ああ。そうだな。もう」

 

 そこでシャンクスは言葉を止めた。そして、笑みを浮かべて言う。

 

「今のウタと同じくらいに、その子たちが大きくなったら返しに来い」

 

 そして、立ち去っていくシャンクスたち。ちょっと、とウタが声を上げた。

 

「シャンクスに育てられた覚えはないんだけど!?」

 

 笑っているのが、伝わってきた。

 もう、とウタは頬を膨らませる。

 

「やっぱりシャンクス嫌い!」

 

 

 そんな彼女の手を握り。

 ルフィは、笑う。

 ウタもまた、笑った。

 

 彼が掲げた“正義”は。

 確かに、そこにあったのだ。

 

 

 






海兵であったから、それが誇りだから海賊とは相容れない。
けれど、家族としてなら。そんなお話です。

こちらについては白ひげの病死タイミング次第で再び二人が表舞台に上がることになると思います。
ナワバリを荒らしにきた海賊を叩きのめすところから新章スタートのイメージですね。
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