二人に子供がいたら、そんな概念からです。
何かがあって、双子が残された未来のif。
旅立ち
騒がしい店内を、一人の少女が駆け回っている。赤い髪に、黒の混じった独特の髪色。あどけなさが残るその面影にはしかし、活気が満ちており、白い手袋と併せて快活な雰囲気を漂わせていた。
「おーい、こっちにも酒を頼む!」
「は〜い!」
騒がしい店内に響く声に応じ、少女がパタパタと駆けていく。店主であるマキノからお酒を受け取り、お客さんへと手渡す。
「はい、どうぞ」
「おっ、きたきた。なあ、折角だから一緒に飲もうぜ?」
「お仕事中〜」
こちらに手を伸ばしてきた男の手を軽くはたき、拒否する。舌を出し、軽くウインクして。
こんなのは、いつものことだ。
「ぎゃはは! フラれたな!」
「ちぇっ、残念。じゃあよ、いつもみたいに歌ってくれよ」
「何がじゃあなんだか」
言われた少女は腰に手を当て、息を吐く。振り返り、マキノへと送ると彼女は微笑んだ。
「ん、マキノさんの許可も出たし、歌うよ。何がいい?」
「そりゃあもちろん」
「あの曲だろ!」
あの曲、と言われると、一つしかない。
母が大好きだった歌。今や歴史上類を見ない大罪人の一人が愛し、世界中に届けた歌だ。
一度は消されそうになったその歌は、それを愛する人々によって今も語られている。
歌に、音楽に。罪はないのだ。
「お、歌が聴けるのか!?」
「いいぞいいぞ!」
「これを聴きにきてんだ俺は!」
他のテーブルからも声が上がる。それを少し照れくさく感じながら、ステージに立った。
母譲りの赤に、少し黒の混じった長髪を束ねて。
酒場に設置された、自分のためのステージに立つ。
「じゃあ、いくよ!」
酒場内から歓声が上がる。かつて母は、この数倍、数十倍、数百倍の相手の前で歌っていたという。
その時は、どんな気持ちだったのだろう。
案外、今の自分と同じかもしれない。
自分の歌で喜んで欲しい。そんな、気持ち。
「…………♪」
リズムをとり、心を集中させる。
歌う曲の名は……“新世代”。
両親がかつて掲げたという、約束だ。
◇◇◇
「ぶわっはっはっ! 流石は我がひ孫! 歌は世界一じゃな!」
店を閉める時間になり、ほとんどの客が帰宅した後。唯一残っていた老人が煎餅を齧りながら笑っていた。
「もう、ひいおじいちゃん! 片付けてるんだから煎餅のかすを溢さないで!」
「ぶわっはっは! すまんすまん!」
「口だけじゃん!」
口では言うが煎餅を食べ続けるその老人に、もー、と呆れながら言う少女。奥の方では、マキノが楽しそうに笑っていた。
「でもいいの、ひいおじいちゃん? お仕事忙しいんじゃないの?」
机の掃除をしながら少女は問う。
こうして見ると引退した煎餅を齧る老人だが、彼は“伝説”と謳われる海兵である。流石に歳で前線からは退いているが、今は後進の育成に携わっていてそれなりに多忙のはずだ。
ちなみにひ孫である少女自身はこの老人の実力というかふざけた力について知っているが、白髪アフロの老人曰く全盛期の半分以下、下手すれば十分の一以下らしい。大岩に酔って拳で風穴を空ける力でそれとはどういうことだ。
「何、最近は育てる側もそれなりに増えてきた。一時期のことを考えると、わしの仕事は減っておる」
「へー、そうなんだ」
「まあ、どいつもこいつもまだまだひよっこじゃがの!」
笑いながら言う老人。そして彼は、それにじゃ、と言葉を続けた。
「明日は大事なひ孫の誕生日じゃ。祝いたい」
「いいよ、照れ臭い」
「わしが祝いたいんじゃ」
手を振ると、老人はそう言った。
「……わしは、孫にそれをしてやれなんだからな」
それこそを、一番にするべきだったのに。
その後悔を滲ませた台詞は、あまりにも重い感情を抱いていた。少女はそれを努めて気にせぬように振る舞い、言葉を紡ぐ。
「じゃあ、何かプレゼントをくれるの?」
「うむ。色々考えておったんじゃがな、コビーを覚えておるか?」
「コビーさん、元気なの?」
色々と世話になった人だ。一時期、憧れていた人でもある。
「今や海軍本部大将として大忙しじゃが、元気ではあるようじゃぞ。この間も億越えの海賊を一団ごと単独で捻り潰してきおった」
「相変わらずコビーさんのやることは色々とおかしい」
この老人の周りには変なのしかいないのだろうか。コビー自身が物凄く優しい、物腰柔らかな常識人のせいでやることの違和感が凄い。
「で、そのコビーさんが何て?」
「あやつ、わしの用意しようとしたプレゼントを全部却下しおった。全く、生意気じゃ!」
「で、何をくれるつもりだったの?」
「そりゃもちろん、わしが普段指導で使っておる鍛錬用具の一式じゃ」
「いらない」
即答した。十六になる少女へのプレゼントとして、あまりにも不適切が過ぎる。
「何故じゃ!? 自分の身を守るためには鍛える必要があるじゃろ!?」
「身を守るって、大袈裟な。大体、ここはコビーさんの部下の人たちが駐屯してるじゃない」
ちなみに先程、仕事中に一緒に飲もうと誘ってきたのがここに駐屯する海兵である。それでいいのか海軍。
「うーむ。まあ、それもそうなんじゃが。わしゃあひ孫に変なのが寄り付かんか心配で心配で」
「気にし過ぎよ」
「ふふっ、大丈夫よガープさん。ここの人たちはいい人ばかりだもの」
マキノが微笑みながらガープへと熱いお茶を出す。それを受け取りながら、わかっておる、とガープは言った。
「ここは今の世界から見たら信じられんほどに平和で、優しい場所じゃ。……本当に、世界は変わってしまったからの」
自分が生まれる前後、そして生まれた後。両親が起こしたという数々の大事件が切っ掛けで、世界は大きく変わったのだという。生憎、その変わる前を知らない自分にとっては違いがわからないが。
双子の兄曰く、おかしいのは世界ということであるが……未だ、自分にはわからないままだ。
「それで、それじゃあ何が欲しいんじゃ? 大体のものならなんとかするぞ」
「本当に?」
「うむ! ひいじいちゃんに任せろ!」
どんと胸を張るガープ。その彼に、それじゃあ、と少女は告げた。
「船が欲しいな」
その言葉にガープも、マキノも固まった。
それは、とガープが慎重に言葉を紡ぐ。
「どこか、行きたいところがあるのか? だったらわしが連れて行ってやろう。何度か行ったようにの。護衛も用意する」
「ううん。行きたいところがあるわけじゃないの。……探したいの」
何を、とは二人は聞かなかった。
だから、少女は告げる。
「お父さんとお母さんを、探したいの」
マキノは息を呑み、ガープは唸るような声を上げた。
「……二人は、もう」
「生きてる!」
ガープが告げようとした言葉を遮るように、言葉を重ねた。
「生きてるよ! だって、約束したもん! お父さんもお母さんも、約束を破るような人じゃないって! ひいおじいちゃんも言ってたじゃない!」
「…………ッ」
最悪の犯罪者と呼ばれながら、それでもあの二人について知る人たちは悪くは言わなかった。言っていたとしても、それは親しみを込めた言い方だった。
両親について覚えていることはもう、多くはない。
とても綺麗な母の歌声と、広くて優しい父の背中。
兄と共に笑っていたことばかり。
辛いことも多かったけれど。むしろ、そんなことばかりだったけれど。それでも、両親は自分達を愛してくれていたのだ。
「もう、十年じゃ」
絞り出すような声で、ガープは言う。
「あの二人の名を聞かなくなって、それだけの時間が経ってしもうた」
後悔の滲んだ言葉。少女は知っている。ガープが酒に酔うと、必ずと言っていいほどに誰かに謝るのだ。
すまん、と。
それは自分に対してであり。
双子の兄に対してであり。
両親に対してであった。
彼がそうしている姿を、影から何度も見てきた。
何度も、何度も。
涙を流し、一人謝罪を続ける姿を。
「そんなの、何の根拠にもならない!」
だから、と続けようとした言葉を、ガープが遮る。
「ならん!」
「どうして!?」
「お前は知らんのじゃ! お前の両親が成したことによって、世界は大きく荒れた! 世界会議さえここ十数年開催できぬほどに混乱しておる!」
“神への大逆人”。
それが、両親に刻まれた忌み名だ。その意味がわからぬほど、世界を知らぬわけではない。
けれど、それでも。
それでも、伝え聞く時の両親の存在は力強く、気高くて。
「力もない小娘が! 今のこの世界で何かを成せるわけがなかろう!」
「力ならある! 私だって戦える!」
「この鼻垂れが! 兄と同じようなことを言いおって!」
びくりと、体が思わず震えた。ガープの迫力もだが、それよりも兄のことだ。
「お兄ちゃん……?」
「ッ、そうじゃ。……もう、四年も前か。お前の兄もまた、同じようなことを言ってここを旅立ちおった」
じゃが、とガープは言う。
「あやつは、お前とは違う。あやつはどうしようもないほどに世界を憎んでおった。何もかもを壊すと、この世界を否定するとそう言って。……わしには、あやつを止められなんだ。殴ってでも止めねばならんかった。しかし、できなかった」
キツく拳を握り締め、ガープは言う。その彼に、少女が告げた。
「この上、お前まで行かせることはできん」
彼の後悔が滲んだ言葉。だが、こちらの決意は固い。
「いいよ。ひいおじいちゃんが何を言おうと私は行く」
「ッ、この!」
それはきっと、咄嗟のことだった。
思わずといった調子で、ガープの張り手がこちらへ飛んできたのだ。
衰えたとはいえ、それでも海軍の英雄の一撃。放ったガープ自身も愕然とした表情の中。
「お前、何故」
黒く染まった少女の右腕が、その一撃を受け止めていた。
「武装色の、覇気。そんなもの、いつの間に」
「見て覚えた。ここにはコビーさんの部下とひいおじいちゃんの教え子がたくさんいるから。誰も教えてくれないし、一人で」
言って、少女は手袋を外す。そして現れた右手にマキノは思わず口元に手をやり、ガープは苦虫を噛み潰したような顔をした。
そこにあったのは、無数の傷が刻まれたボロボロの手。
少なくとも、ガープの記憶ではこの少女はある時からずっと手袋をするようになっていた。お洒落だと本人は言い張っていたし、そういうものかと受け入れていた。
綺麗な手だった。あの二人が守り抜いたものであったのに。
「力なら、あるよ」
そう告げる少女の表情は、固い決意を宿していて。
止めるのは無理だと、ガープは理解した。
「……よかろう」
「え、い、いいの? やった、あり」
「じゃが!」
驚きから笑顔に変わった少女へ、ガープが言葉を遮りながら告げる。
「すぐには認めん。一年じゃ。一年、わしが全てを懸けてお前を鍛える。その間に合法的に世界を回る手段を何としてでも用意する」
重い、覚悟と責任の込められた言葉。
「無論、この一年を耐えられんようであれば旅立つことは認めん。良いな?」
「うん、うん! もちろんだよ! ありがとうひいおじいちゃん! 大好き!」
思わず少女はガープへと抱きつく。その頭を撫でながら、しかし、とガープは言った。
「わしの指導は厳しいぞ。耐えられるか?」
「十年耐えたんだよ? どうってことないよ!」
十年。それは、あの二人の名を聞くことがなくなってからの時間。
思わず、少女を抱きしめる手に力がこもる。
「ちょっ、痛いよ」
「バカもん。これぐらい……耐えんか」
ガープは、すぐには手を離せなかった。
今離せば、泣き顔を見られてしまうだろうから。
◇◇◇
食器の片付けのために店の奥に引っ込んだ少女を見送り、ガープは呟く。
「のう、マキノ。……わしゃァ、あの子だけでも平穏に暮らして欲しかったんじゃがのう……」
愛する人と結婚して、子を産んで。
そんな、当たり前の人生を。
「ええ、私も。でも……あの二人の、子供だから」
ああ、そうかと納得してしまった。
あの二人も、息子も。結局、自ら波乱に飛び込んでいく人生を歩んでいる。
これも自分の業か、とガープは自嘲した。
「しかし、見様見真似で覇気を使うか。やはり、あの二人の子であの兄の妹じゃな」
「ふふっ、おかしなことを言うんですね」
マキノが笑う。何がじゃ、と問うと、だって、と彼女は告げた。
「あの子は、ガープさんのひ孫でしょう?」
その言葉を聞いて、ああ、と頷いた。
「わしのひ孫じゃ。……天才であることは、道理であったのう」
そう笑うガープの表情は、寂しそうで。
しかし、どこか誇らしげだった。
◇◇◇
そして、一年。少女はコビーの部下たちと共に訓練を受けつつガープからの徹底的な特訓を受けた。
それは周囲も心配するほどに容赦のないものであったが、それが旅立つ己のひ孫を想う気持ちからくるものであることは誰もが痛いほどわかっていたし、受ける側の少女の覚悟もまた固く、月日が流れていく。
そして遂に。少女は訓練を終え、旅立つ日を迎えたのだ。その港にて。
「「「寂しい〜!」」」
メソメソと、少女よりも年上の海兵たちが泣いていた。出港の準備の傍ら、少女は光景に苦笑する。
「たった二年だよ? 世界会議が終わったら帰って来るんだから」
そう、ガープが言った合法的な方法。それは、世界会議を開くためというものであった。
あの日、英雄二人が海軍を追われた日から世界は混乱し、革命や反乱、海軍自身も辞職者が相次ぎ、しかし海賊もまた混乱に便乗して海賊同士が衝突するなど地獄のような様相となっていた。
そんな状況では世界会議を行うことさえ難しく、ここ16年……それこそ少女が生まれてからは一度も開催できないでいたのだ。
それを改めて開催するため、使節団を派遣することになった。少女はその中の一つとして、“英雄ガープのひ孫”の肩書きと共に加盟国を回る役目を担うことになった。
「でもさあ、二年だぜ?」
「長いよ〜!」
「明日には帰ってきてよ〜!」
「明日ってもうそれ旅行以下じゃない」
もう、と酒場の常連たちに対して腰に手を当て苦笑する。すると、何じゃ、という言葉と共に男たちの後ろからガープが現れた。
「お前らも行きたいのか?」
「「「いいんですか!?」」」
「許すわけなかろう馬鹿共」
鈍い音が複数響く。ひ孫に悪い虫をつけるわけなかろう、と伸びている海兵たちに告げると、少女へと声をかけた。
「出航前に確認がある。こちらへ来い」
「うん」
頷き、ガープの後を追う。案内されたのは、一つの小さな小屋だった。
中に入ると、二人の男女がいる。年齢は……四十代くらいだろうか。その二人に、少女は見覚えがあった。
今回の旅において施設団の長は名義上少女であるが、訓練を受けたとはいえ実務を取り仕切るのは流石に厳しい。そのため、経験豊富な人員を用意するとして紹介された二人だ。
男性の方が副団長、女性の方が航海士長としてサポートしてくれる。
「あ、進路の確認ですか?」
「うむ。それもあるが……この二人には、お前の目的を教えてある」
目的。その言葉に、思わず二人を見た。二人はそれぞれが被っていた帽子をとると、少女に告げる。
「我々は、ご両親の海兵時代の部下でした」
「…………!」
思わずガープを見る。彼は頷き、言葉を紡いだ。
「実を言うと、お前が言い出す前からあの二人の捜索はしておったのだ。あの二人の持つ力と立場はあまりにも影響力があり過ぎた。当時はお前とお前の兄も含めてお前たち家族は争奪戦でな」
それについては、兄と共にガープから教えられたことがある。あの日、両親が自分達をフーシャ村に置いて行く決断をしたのは、ガープという存在で自分達の子供を守るためだったのだと。
そして実際、今日という日まで自分は守られている。
両親の子ではなく。
“英雄”ガープのひ孫として生きてきたのだ。
「だが、それでも見つからん。今あやつらを探しとるのはもう、わしのような奴だけじゃ。……もう一度、最後に聞く。それでも、生きていると思うか?」
「当たり前でしょ」
即答した。
「だから会いに行くの。二人にもう一度、抱き締めてもらうために。後一発、ぶん殴るつもりだけど」
それを聞き、ぶっ、と目の前の二人とガープは吹き出した。
「ぶわっはっは! 流石は我がひ孫!」
「ええ、まさしくあのお二人の娘さんです」
「ああ、懐かしい」
そして、眼前の二人のうち、男性の方が手を差し出してきた。
「我々も、あの二人が生きていることを信じています。必ず、見つけましょう」
「はい!」
頼りになる仲間が、ここにできた。
両親を探す旅が、ここから始まる。
◇◇◇
新世界の、とある海の上。
世界で最も過酷な海を、その海賊船が進んでいた。
「お頭ァ! 面白いニュースがありますぜ!」
「あァ? 何だよ?」
部下の一人の声に、不機嫌そうに応じる一人の男。まだ少年と呼ぶべき姿をしているが、纏っている剣呑な雰囲気は間違いなく危険人物であることを告げている。
黒の短髪に、ところどころ赤い髪が混じっている。それがより一層、人目を惹きつける気配を醸し出していた。
「まず一つ! 遂にお頭の懸賞金が十億を超えました!」
「イェーイ!」
「やっぱこの間の海軍皆殺しが原因か!?」
「俺は!? 俺は上がってないか!?」
騒ぐ部下たちに、はっ、と小さく笑いを返す。
「いちいちそんなんで騒ぐなよ。で、面白いってのはそれか?」
「それもそうですが、それよりもこっち! 何でも世界会議を開くそうですぜ!」
「…………何だと?」
部下の持つ新聞を受け取り、中身を見る。すると、そこには『世界会議開催のため、使節団派遣』と書かれていた。
世界中のいくつかの国から施設団を派遣し、各国の参加を募るようだ。
「いやこれは楽しみですよお頭! 世界をぶっ壊す目標に近付きましたね!」
この海賊団に所属する者は、ほぼ例外なく一つの過去を持っている。
それは、世界に拒絶されたこと。
否定されたこと。
苦しめられたこと。
そして、それによる憎悪を抱いたこと。
故に、彼らは世界を壊すために戦う。
非加盟国には手を出さず。
加盟国を荒らし、海軍には積極的に攻撃を仕掛けて。
そうして、血と暴虐を振り撒くのだ。
「ああ、そうだな。一つところに集まってくれんなら、これ以上都合のいいことはねぇ」
思い出すのは、苦しんでいた両親の姿だ。
暖かな両腕に抱かれて。
広い背中に背負われて。
しかし、いつも両親は傷だらけだった。笑顔はいつも、無理があった。
「世界会議を破壊すりゃあ、この世界もぶっ壊れるだろうなァ」
愛してくれた。
大切に想ってくれた。
優しかった。
そして何より、両親のしたことは正しかった。
なのに……この世界は、あの二人を否定した。
くだらない“神”とやらを、あんなゴミを、肯定した。
だから。
だから、壊すのだ。
「お頭ァ! 二時の方角に船が!」
暗い思考に侵されかけていた頭に、そんな声が届く。所属は、と部下へと問いかけた。
海賊船なら、向こうが向かって来ないなら見逃すところだが。
「海軍です! 数は三隻!」
「見逃す道理はねぇな」
ああ、とどこか楽しそうに少年は笑った。その笑みは、歪んでいて。
部下である者たちですら、背筋が震えた。
「野郎共、敵だ。やるぞ」
「戦闘ですか!?」
最近立ち寄った非加盟国で加わった新入りが言う。行く場所がないと、妹が天竜人に撃たれて殺されたのだと言った男だ。
その憎悪が本物であると感じたから、受け入れた。
「おい新入り。うちじゃそれは不適切だ」
なあ船長。そんな風に笑うのは、最も古株の男。
あの日。海兵に殺された息子を抱えて慟哭していた、元海兵だ。
その笑みはもう、憎悪と憤怒で狂ってしまっている。
「ああ、そうだ。いい機会だ、覚えとけ」
野郎共、と少年が告げる。
「戦闘じゃねぇ。これは戦いじゃねぇんだよ」
少年は武器を用いない。
皮肉にも、父と同じ、己が肉体のみで戦うのが彼のやり方。
「これは……殺戮だ」
数日後、新聞に再びその名が載る。
“殺戮者”の名を持つ、海賊の名が。
◇◇◇
帆を貼り、風を受け。
ゆっくりと、使節団が海を進んでいく。まずは東の海の加盟国から順に周り、そして偉大なる航路へと進むのだ。
「うーん、いい天気!」
船首に座って風を全身に受け、少女は笑う。
その脳裏には、旅立つ直前のガープの言葉が浮かんでいた。
『兄を見かけたら、絶対に近付くな』
『…………』
『あやつはもう、わしらの知っとるあやつではないんじゃ』
そう語るガープの表情は、どうしようもない後悔を抱えていた。
だから、言ったのだ。
『それは無理だよ。お兄ちゃんは多分、使節団を見つけたら絶対に向かってくる』
『ッ、それは』
『でもね、それなら望むところ』
拳を握り、ガープに言う。
『お父さんとお母さんだけじゃないの。私を置いて行ったお兄ちゃんも、ぶん殴ってやるんだから!』
それを聞いて、ガープは笑った。
目の端に浮かんだ涙には、気付かない振りをした。
『だから、待っててね』
大好きなひいおじいちゃんへ、そう告げて。
少女は、船へと乗り込んだのだ。
「まるでお父さんのようですよ、団長」
えっ、という言葉と共に振り返ると、副団長が笑っていた。
「あなたのお父さんも……大佐も、そうやって船首にいつも陣取っていました」
「そうなんですか……」
思わず、自身の足下の船首を見る。
「ええ。そこが居場所なのだと言って」
「ふふ、お父さんらしいです」
「ええ。そしてその近くに、あなたのお母さんも……准将も、いつも立っていて。いつも何か勝負事をどちらかが持ちかけて。我々は、それを見てどっちが勝つかで賭け事をして……そうしている毎日が、幸せでした」
何かを思い出すように、男は海の方を見る。少女は、だったら、と言葉を紡いだ。
「もう一度見ましょう。私も見たいです、その姿。だから、絶対に」
「ええ。……はい。絶対、に」
最後の声に涙が混じっていたことは、気付かなかったことにした。
どうにも、自分の周りにいる男たちは涙脆い。
その空気を打ち切るように、少女は言う。
「お父さんとお母さんの話、聞かせてください。あんまり、聞く機会がなくて」
「勿論です。いくらでも、何時間でも、何日でも。あの二人の旅路は、今でも鮮明に覚えています」
「時間はたっぷりありますからね」
笑うと、男もまた笑った。
「いやいや、二年ぽっちじゃ足りないかもしれませんよ?」
そんな風に笑う、姿を見て。
ああ、と少女は思う。
己の両親は、やっぱり。
この胸に、誇るべき人たちなのだと。
だから。
(絶対に、見つけ出す)
そして、抱き締めてもらうのだ。いや、その前に一発殴った方がいいかもしれない。父の方は覇気で殴らないといけないとひいおじいちゃんから聞いた。渾身の一撃を叩き込んでやる。
そして、その後。
泣くのだ。
いっぱい、泣くのだ。
慰めて、もらうのだ。
だって、十年以上耐えたのだ。
待ち続けたのだ。
それぐらい、していいだろうから。
「さあ、行こう!」
手袋をした拳を掲げ、振り返る。
船員たちもまた、大きな声で応じてくれた。
この旅が、世界を変える波乱の幕開けとなることを。
まだ誰も、知らなかった。
結局海に出る辺り血の濃さを感じます。
多分性格的には兄がウタ寄り、妹がルフィ寄り。この兄妹の戦闘は割と妹側が一方的に殴ることになりそう。多分兄は妹を殴れない。
SWみたいとも言われましたが、イメージは近いです。
海兵時代の第一部、逃亡時代の第二部、そして全ての因縁を終わらせる第三部ということで。