逃亡海兵のルフィとウタ 短編集   作:Nines star

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逃亡海兵ストロングワールド⑩

 

第九話 “正義”

 

 

 

 

 

 とある、“新世界”の島の一つ。

 人の住まぬ無人島であるその島は、動物たちの楽園だった。多くの獣たちが住まうその島では常に多くの鳴き声が響いており、彼らはその生を謳歌していたのだ。

 だがこの日、彼らの声の全てが途絶えていた。

 小動物たちは勿論のこと、普段は我が物顔でこの島を闊歩する食物連鎖の頂点たる動物たちでさえ隠れるようにして己の巣穴に潜り込んでいる。

 彼らは獣だ。しかし、それ故に理解している。

 今この島にいる人間たちは、彼らが近寄ることさえ許されないバケモノであるのだと。

 

 

「随分と大袈裟じゃのう、カイドウ!」

「そいつはお互い様だ! 大将二人に中将六人! 随分と豪華じゃねぇか!」

「それはこっちの台詞だよォ、カイドウ」

 

 向かい合うは、海軍本部最高戦力の二人と地上最強生物。それぞれの後方には、彼らが率いる無数の兵がいる。

 海軍本部と四皇。その二つが向かい合うこの状況ははっきり言って異常であった。双方共に強大な力を誇っており、ぶつかり合えばただでは済まない。そうなれば、残る勢力にその隙を狙われる。

 故に、綱渡りの均衡が今までは成立していたのだ。しかし、とある過去の残滓がその均衡を崩した。

 

「しかしお前が“金獅子”の下に付くとはのう!」

「あのジジイとは昔からの馴染みだ! だが赤犬、おれは下についた覚えはねぇ! あのジジイは言ったのさ!」

 

 海軍本部大将、赤犬の言葉に地上最強の生物と謳われる四皇が一角、“百獣のカイドウ”が応じる。

 

「──“戦争をする。おめェも来るか?”」

 

 その言葉に、赤犬と黄猿が眉を顰める。

 

「さあ、御託はここまでだ! 始めようじゃねぇか!」

 

 彼の得物である金棒を担ぎ、最強が吠える。

 

 

「戦争を!!」

 

 

 放たれるのは、“覇王色の覇気”。地上最強の生物のそれに耐えられぬ者は、戦場に立つ資格はない。

 経験浅き、或いは実力不足の海兵たちが倒れていく。

 だが、その正面に立つ男は。

 

「総員、戦闘準備じゃ!」

 

 最前線に立つ“正義”は、揺らがない。

 もう一つの“戦争”が、“新世界”で幕を上げた。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 夜の闇の中、獣たちの咆哮が響き渡る。

 落下した浮島から、奴らがやってくるのだ。

 

「報告します! 大将赤犬と黄猿率いる部隊がカイドウと戦闘を開始!」

 

 マリンフォード正面。即席で用意された高台に立つセンゴクへ、海兵が報告する。それに頷きを返すと、センゴクは拡声器を手に声を張り上げた。

 

「総員、すぐに体勢を立て直せ! 上空のメルヴィユでは我らの仲間が既に戦っている! ここに“正義”を示せ! 海賊の! 悪の進撃を許すな!!」

「「「おおおっ!」」」

 

 浮島の落下という衝撃により混乱していた海軍が、センゴクの一喝により落ち着きを取り戻し始める。

 秩序側にありながら“覇王”の資質を持つ男。かつてシキを捕らえた男が宣言する。

 

 

「迎え撃て!!」

 

 

 獣の咆哮が、その宣言に重なる。

 地響きを響かせ、無数の怪物たちがこちらへと突進してくる。

 

「……あれが、報告にあった怪物共か」

 

 ルフィとウタの部下たちによる報告で、怪物たちのことは聞いていた。その強さは一兵卒では対処は難しく、油断すれば左官クラスの海兵でも一方的に殺されかねない。

 その報告により、一夜にして東の海を滅ぼした元凶であるという確信を海軍本部は得た。更に言えば、シキのこの戦争における自信の原因でもあると。

 

「なるほど、相応の圧はある。海軍に対し、人の数では勝てん。故に人ではない存在を利用したか」

 

 彼の“海賊王”がいた時代であっても、今の大海賊時代であっても、その遥か以前からも。

 この海の、弱き者を守ってきたのはいつだって海軍だ。

 その誇りと事実こそが、彼らの“正義”だ。

 

「だが、貴様の野望もここまでだ。──砲撃用意!!」

 

 海軍本部から、或いはその周辺の建物全てから無数の砲台が顔を覗かせる。

 時間は決して多くはなかった。だが、それでもこの地の海兵たちは、集った勇者たちは己の出来うることをしてくれたのだ。

 故に、敗北はない。

 この地に、“正義”は屹立している。

 

「砲撃開始!!」

 

 直後、轟音と衝撃、そして爆炎が視界を覆った。

 矢継ぎ早に放たれる砲弾が炸裂し、怪物たちを吹き飛ばす。稀に数頭、抜け出てくるものがあるが──

 

 

「曲がった太刀筋大嫌い。──直角飛鳥、“ボーン大鳥”!!」

 

 

 鳥の形をした、飛ぶ斬撃。それが、抜け出てきた虎のような猪のような姿をした怪物を斬り捨てる。

 やったのは、“船切り”の異名を持つTボーン大佐だ。彼だけではない。怪物たちが突撃してくる最前線には、中佐以上の精鋭たちが配置されている。

 

「流石です大佐!」

「よし! いけるぞ!」

 

 その光景に歓声が上がる。そして逆に足が止まるのは怪物たちだ。

 彼らにとって、人間とは弱い生き物だ。当たり前といえば当たり前である。シキたち彼らを強化し、実験してきた者たちは直接の対峙をせず、彼らが見てきたのは彼らが嫌う植物に隠れて暮らす者たちだけなのだから。

 故に、彼らは知らないのだ。

 この世界には、彼らの想像を遥かに超える強者がいることを。

 

「足が止まったな。……哀れだが、見逃すわけにもいかん」

 

 呟くセンゴク。彼らもまた被害者だ。しかし、だからと言って捨て置くことはできない。

 そして、追撃の砲撃の指示を出そうとしたところで。

 

 

「ウホホホホホ!! ウホホホホホホホホホ!!」

 

 

 まるでゴリラのドラミングのような音と共に、雄叫びのような声が響き渡った。なんだ、と海兵たちが思うと同時に、状況の変化が訪れる。

 

 ────!!

 

 怪物たちの咆哮が、夜の闇の中に轟く。

 原始的な、死に対する恐怖で動けなくなっていたはずの怪物たち。彼らが再び侵攻を開始する。

 

「砲撃開始だ!」

 

 指示を出すセンゴク。爆炎と轟音、そして咆哮が木霊する。

 その最中、センゴクは電伝虫を手に取った。

 

「別働隊。やはり司令塔がいるようだ。──見つけ出せ」

『了解しました!』

 

 応じる声はガープの部下たちのものだ。彼が鍛えた精鋭たちを、彼は単身出撃する際にセンゴクに預けたのだ。

 

「任せたぞ」

 

 言い切ると、センゴクはふう、と息を吐いた。彼があのメルヴィユに行くと言い出した時のことを思い出す。

 

“わしが行く。頼むセンゴク、一生の願いじゃ”

“何度目だ、貴様の一生は。……相手がシキである以上、お前は”

“頼む”

 

 強い意志の込められた目であった。散々迷惑をかけられてきたが、この目をした時の彼が起こす奇跡をセンゴクは何度も見届けてきたのも事実である。

 だからこそ、思ったのだ。

 

(ああ、そうだな。……貴様の、家族だ)

 

 思い出すのは、あの日失った一人の海兵だ。

 息子のように思っていた。大切だった。生きていて……欲しかった。

 だから、認めたのだ。

 それが、海兵として──元帥と中将という立場からすれば切り捨てなければならない情であると知りながら。

 

「そちらは任せたぞ、ガープ」

 

 空に浮かぶ島を見つめ、センゴクは言う。

 かつて、彼はガープと共にこのマリンフォードでシキを迎え撃つことになった。その時の勝利は英雄的偉業として語られている。

 だが、とセンゴクは思う。確かに勝利はしたし、シキは個人の戦闘能力としても異常な力を持つ怪物だ。故にこそシキはかつて“四皇”の座にあった。

 しかし、あの日のあの男は。

 

“おれがロジャーを殺してやる!!”

 

 ロジャーの処刑の話を聞き、完全に頭に血が昇っていたのだ。

 シキの凶悪さ、その一つにその頭脳がある。あの男が言う“計略”とは悪辣で、残酷で、どうしようもないほどに緻密。故に海軍は長きに渡って捕らえることができず、脱獄後もその足取りを追うことができなかった。

 だから、センゴクの胸には未だ疑念が残り続けている。

 

(何を企んでいる)

 

 二十年をかけたと、あの男は言っていた。ならば、これで全てではないはずだ。

 メルヴィユを睨むようにして見据えるセンゴク。この戦争は、まだ始まったばかりなのだ。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 マリンフォードにおける怪物たちによる侵攻。それと時を同じくして、メルヴィユでも怪物たちとの戦闘が始まる。

 当初は三百人を三部隊に分けての同時攻撃の予定であったが、当初とは着弾地点が大きくズレてしまったため五つの部隊になってしまった。

 合流している時間はない。子電伝虫で連携を取りつつ、進むのだ。

 

「無駄な戦闘は極力避け、侵攻を開始する! 怪物共については極力戦闘を避けろ!」

 

 今回の第一陣における最高指揮官として派遣されたドーベルマン中将が指示を出す。五部隊はそれぞれ彼と少将が一人、大佐三人が率いることになったが、全体の指揮官は変わらず彼だ。

 その彼は一刻も早いシキの居城への進軍を即座に決定した。兎にも角にも“歌姫”の確保は急務だ。彼女が敵側に従うことはありえないだろうと人となりを知る者なら誰もが思っているが、この世には“悪魔の実”と呼ばれる力がある。彼女の意思とは違うところで“ウタウタ”の力が発動する可能性は否定できない。

 

「ドーベルマン中将! 本部より入電! “新世界”で大将赤犬、黄猿両名が率いる部隊が“百獣海賊団”との戦闘を開始したとのことです!」

「始まったか……!」

 

 かつての“四皇”と現代の“四皇”。その両方が動き出すという尋常ならざる事態。それが、この戦いがどれほどの異常事態であるかを示している。

 どれほどの犠牲が出るのか、そしてその果てにどんな結末が訪れるのか。

 だが──

 

「オリン中尉より入電がありました! ウタ准将を確保! 城を脱出するために移動中とのことです!」

「何、本当か!?」

 

 ドーベルマン中将だけではない、彼が率いる海兵たち、そして少し遅れて伝達される他の部隊の海兵たちからも歓声が上がる。

 彼女の確保については先に述べた通り最優先事項である。あの力一つでこの戦争を終わらせる可能性さえあるのだ。それを少数の先遣隊である彼らが確保した事実はあまりにも大きい。

 

「我らも負けてられんな。急ぐぞ! 中の状況は!?」

「は、ガープ中将、モモンガ中将、スモーカー准将がその場に残り殿を務めているとのことです!」

「ならば准将のところはルフィ大佐が一緒か!」

 

 遠くから、獣の咆哮が轟いた。ドーベルマンは手で部隊に警戒体勢を取るように指示を出す。

 報告にあった、尋常ならざる進化を遂げた怪物たち。一体どれほどのものか。

 

「いえ、それが!」

「なんだ!?」

「モンキー・D・ルフィ大佐は“金獅子のシキ”と単独で戦闘状態に入ったとのことです!」

 

 他の海兵たちの間で、驚愕の宿ったざわめきが広がる。ドーベルマンもまた驚いたが、同時にそうだろうなという妙な納得も覚えた。

 アラバスタの一件から、“麦わらのルフィ”の名は“新時代の英雄”という称号と共に世界に轟いた。確かに凄まじい功績であるし、それをドーベルマンは否定しない。

 だが、彼は同時に海軍本部における問題児の一人でもあるのだ。彼が功績を上げる時は、大体問題行動とイコールである。……実を言うと、勲章の授与やら昇進の辞令式でさえ何事もなく終わったことはない。入隊初日で始末書はレコード記録である。

 いつも愚痴を吐いていたのは大将赤犬ことサカズキだ。一度ドーベルマンは、海賊の拿捕と街の半壊を同時にやってのけた時に頭を抱える彼を見たことがある。

 

“見ろ、ドーベルマン。……あんの馬鹿者”

“これは……しかし、六千万の賞金首であれば大手柄では? 彼はまだ十代の若者でしょう”

“問題はそこじゃァない。よう見ろ、街を半壊させたと書かれちょる”

“……ああ”

“この復興でまた金がかかる。……街の住民からは感謝されちょるのが、せめてもの救いじゃが。帰ってきたら説教じゃァ”

 

 だが、その時の赤犬の表情は穏やかであった。仕方のない奴らじゃ、という彼の言葉はドーベルマンだけではなく赤犬と直接接触したことのある海兵なら誰もが一度は聞いたことのある愚痴である。

 その時から、ドーベルマンも少し気にするようになったのだ。あの破天荒で、真っ直ぐで、しかし、一本の筋の通った若者を。

 そしてだからこそ、納得してしまった。彼ならそうするだろう、と。

 

「海軍本部の大佐が、元とはいえ“四皇”に単独で挑むか。──負けてはいられんな」

 

 今回の戦争の仕掛け人、“金獅子のシキ”といえば伝説の大海賊だ。その悪名を聞けば、海軍本部の中将クラスでさえ一瞬躊躇する。

 だが、とドーベルマンは思う。あの若者は一切の躊躇もなく向かっていったのだろうな、と。

 だから彼は、クロコダイル討伐という偉業を当時中佐という地位で成し遂げたのだ。長きに渡り砂の国アラバスタに君臨し続けた“七武海”の謀を暴き、あの国を救ってみせた。

 

「中将! 前方より何かが──何だあの生き物!?」

「見えている」

 

 直後、ドーベルマンが飛ぶように前に出た。地面を砕くような威力の脚力で前に出た彼は、そのまま刀の柄に手をかける。

 眼前から迫り来るのは、巨大な熊だった。だがその両腕は通常のそれと比べて極端に巨大であると共に長い。

 その熊は一切の減速も見せず、目の前に迫ってきた獲物を狙う。

 

「一刀居合」

 

 激突する。

 ドーベルマンを見守る部下たちがそう思ったん瞬間だった。

 

「“断割”!!」

 

 下から上、或いは上から下。どちらの方向へ降り抜かれたのかを、彼の部下たちは理解できなかった。

 ただ目の前に広がるのは巨大な怪物が真正面から斬り裂かれ、倒れる姿だ。

 

「臆するな!」

 

 刀を鞘に収め、海軍本部中将が吠える。

 

「我らの“正義”に敗北はない! 悪が栄えた試しはないのだ!」

 

 海兵たちの声が、夜の闇、怪物たちの棲家へと轟く。

 戦争はまだ、始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 ここへ乗り込んできた第一陣への連絡を終え、オリンは後ろを三人の部下に囲まれる形で走るウタへと声をかける。

 

「准将! ドーベルマン中将と連絡が取れました! 第一陣三百名がこちらへ向かっています! 合流を急ぎましょう!」

「中将が」

 

 ドーベルマン中将についてはウタもよく知っている。少々苛烈なところはあるが、それはひとえに海賊という“悪”から市民を守るためだ。その目的についてはウタも大いに賛成できる部分であるし、尊敬もしている人物だ。

「中将が来てくれてるんですか!」

 

 ウタの部下の一人である海兵も喜ぶ。敵地のど真ん中でこの人数という、絶望的な状況で光が見えたのだ。当たり前といえば当たり前だ。

 

「ルッチさんたちの予想通り、シキがあの場に海賊たちを集めていたのが有利に働いていますね。警備が少ない」

 

 先頭を走るたしぎが言う。その通りだ。決戦前、シキが結束を固める意味でも行った盃を交わすという行為。そこを突くべきだと提案したのはルッチである。諜報員でもある彼はシキがやろうとしていたことをきっちりと把握していたのだ。

 そこを襲撃し、ウタの奪還を行う。色々と予定が崩れた、というかルフィが単独でシキとの戦闘状態に入ったのは作戦外であるが他は概ね予定通りである。

 

「でもおれ、大佐があのピエロぶん殴った時嬉しかったですよ」

「ああ、スッキリした。その後も含めてな」

「やっぱ大佐だよ。大佐なら、シキにだって勝つさ」

 

 ルフィは既に二度、シキに敗北している。だが、彼らはルフィの勝利を疑わない。ルフィとウタという、とんでもないトラブルにばかり巻き込まれる二人の部下である彼らは通常の海兵たちよりも遥かに過酷な戦場を潜り抜けている。

 一体どこの海兵が、“七武海”が裏で率いる秘密結社と正面から戦い、命懸けで戦うなどという経験をするというのか。更には空島では“神”を名乗る化け物と、それが率いる兵たちとの劣勢の中での戦争である。彼らの肝の据わり具合は下手な将校よりも上だ。

 

「ええ。私たちはその大佐に准将を任された。なら──」

 

 オリンが言いかけたところで、廊下の曲がり角から足音が響いた。直後、オリンが銃を構え、前に出る。

 

「いたぞ!」

「殺せ!」

 

 現れたのは三人。刀が一人、銃が二人だ。

 だが、その姿見えた瞬間に、オリンが引き金を既に引いている。

 

「う!」

「うあっ!?」

「がっ!」

 

 それぞれが武器を持っていた手。そこに、銃弾が一発ずつ叩き込まれたのだ。そのまま彼女が姿勢を屈め、足を止めた背後からたしぎが走り込む。

 

「失礼します!」

 

 腕を撃たれ、武器を取り落とすという致命的な隙を晒した彼らに対応することなどできなかった。そのまま彼女が振るう刀の一撃により、三人の海賊が倒れ伏す。

 

「……おれらの周辺の女海兵はヤバいのしかいないのか」

「なんやかんや中尉、BWのナンバーエージェント一人倒してるからな……おれらやられたのに……」

「上二人がバケモンなだけだしな……」

 

 その言葉を、ウタもオリンもたしぎもスルーした。そもそも強くなければウタは准将などという地位にいないし、オリンは二人の部下の中の筆頭にいない。たしぎもまた、スモーカーの副官という地位にいないのだ。

 

「ごめんなさい、この錠さえなければ」

 

 前の二人に対し、ウタが悔しそうに言う。海楼石の錠は悪魔の実の能力者の力を封じるだけではない。その発する海の力により、錠をかけられた者の力そのものを弱体化させる。人によっては動けなくなることさえあるのだ。

 それでも他の者たちと共に走れるのは、流石に准将の立場にあるだけのことはある。だが、そんな自分が足手纏いであることに誰よりも彼女自身が歯痒い思いをしていた。

 

「大丈夫です、准将」

 

 たしぎと共に先導するオリンが、そんな彼女に対してそう言葉を紡ぐ。

 

「いつも助けられてばかりなんです。たまには力に」

「その通りですよ!」

「大佐に任されてるんです! 大船に乗ったつもりで!」

「必ず守りますから!」

 

 オリンに続いて、笑顔で言う部下たち。ありがとう、とウタは頷いた。

 

「ウタさんの力はこの後に確実に必要になります。あなたの歌は、この戦争を終わらせる力を持っている」

 

 たしぎが言う。その言葉に、ウタは頷いた。

 ここに来る途中、この少数での襲撃の意図については説明されている。まずは何を置いてもウタの確保を最優先すると海軍は決定を下し、そのために動くようにという指示が出ているのだ。

 この戦争を終わらせる力を持つ存在。それこそが“歌姫”なのだから。

 

「しかし、鍵はどこにあるんでしょう?」

「流石にそれを探している時間はないから、場合によっては本部から増援を貰わないと」

 

 頷き、オリンが曲がり角の先に誰もいないことを確認した瞬間だった。

 

 

「黙ってそうさせるとでも?」

 

 

 直後、彼女たちの上に何かが飛んだ。

 

「下がって!」

 

 たしぎが指示を出し、全員で後方へと飛び退く。紙一重で天井から落ちてきた瓦礫に押し潰されることから逃れることができた。

 振り返る。そこにいたのは、長いロングスカートの女性だ。

 

「あなたは……!」

 

 ウタはその人物に見覚えがある。シキに付き従い、彼の孫娘と呼ばれる女だ。

 

「ウタ様、お戻りください」

「戻るわけないでしょ」

 

 静かに言う女性──イルに、ウタが応じる。おい、と彼女の側の海兵が小声で呟くように言った。

 

「あの女、刀しか持ってないよな?」

「ああ、二本の刀だけだな」

 

 じゃあよ、と彼は言う。

 

「どうやって天井を落としたんだ? あの女は何をした?」

「斬撃を飛ばしただけです」

 

 そうでしょう、と言うのはたしぎだ。その隣では、オリンも銃を構え直している。

 嘘だろ、と言ったのはウタを庇うようにして立つ海兵だ。

 

「Tボーン大佐のそれなら見たことあります。けど、まさか」

「シキの下にいるのはそういう手練れだということです」

 

 油断なくイルを見据えながら言うたしぎ。イルは腰の刀、その柄に静かに触れる。

 

「もう一度言います。ウタ様、こちらへ」

「問答は無駄よ」

 

 もう一度、拒絶の言葉。イルは一度目を閉じた。

 そして、一息。

 

 

「二刀流」

 

 

 それは、“六式”が一つである“剃”の動きであった。一瞬、文字通り消えたかのようにその姿が見えなくなる。

 反応できたのは、三人だけだった。

 

「“春雨”」

 

 金属音が響き渡る。前に出たたしきが、振るわれた刀を弾いたのだ。

 しかし、完全には防ぎ切れていない。その右肩から血が噴き出す。

 

「この!」

 

 それに応じたのはオリンだった。たしぎの眼前、刀をぶつけ合ったために動きの止まった一瞬を狙い、引き金を引く。

 イルはそんな彼女を一瞥、後方へステップを踏むように下がると、二刀を十字に構えた。

 

「“彼岸時化”」

「“花時雨”!」

 

 その構えから繰り出される連続攻撃に、たしぎが応じる。

 金属音が鳴り響き、拮抗する両者。しかしそれも一瞬だ。

 

「ッ、くっ!」

「──では、無理矢理にでも連れて行きます」

 

 たしぎの刀が上へと弾かれる。手放すことはなかったが、胴が空いた。

 

「たしぎさん!」

 

 ウタが叫ぶ。そのまま彼女は“嵐脚”を放とうとするが、海楼石で弱った彼女にはそれができない。

 そこに、刃が迫ったところで。

 

「“エアドア”」

 

 突如、空間に扉が開いた。そこから出現した大男が、拳を振るう。

 鈍く、重い音。イルが刃ではなく、通常のそれより長い柄の部分で拳を受け止めたのだ。

 滑るようにして横へと移動するイル。空気のドアから、ゆっくりと牛の角のような髪型をした男──ブルーノが現れる。

 

「今のを防ぐか」

「ブルーノさん!」

 

 声を上げたのはオリンだ。彼は頷くと、構えを取る。

 

「準備は終わった。後は“歌姫”の奪取という任務を果たすだけだ」

 

 強力な援軍が現れた。イルが息を吐く。

 

「CP9。お爺さまの言葉によれば、“闇の正義”とか。……何が、闇か」

 

 そして、彼女が再び動き出す。“剃”による高速移動。正面から突っ込んだと思った瞬間、いつの間にか彼女は側面に回り込んでいた。

 高速移動術である“剃”だけでなく、“月歩”をも使いこなしている。

 横薙ぎに振るわれる二本の刀。それを見て。

 

「“鉄塊”」

 

 ブルーノがその一撃をその身で受け止める。金属音が響くが、その刃はその身体に届いていない。

 それを見て眉を顰めるイル。彼女は一度後方へと飛び退くと、刀を二本とも鞘に収めた。

 

「二刀流」

 

 ピクリと、ブルーノの眉が歪む。同時、彼は自身の肉体に力を入れた。

 

「“天気雨”!」

「“鉄塊・剛”!」

 

 金属音と、肉を斬る音が響く。

 ブルーノの左肩。そこから血が流れる。

 

「……思ったよりも硬いですね」

「まさか斬られるとは」

 

 互いに、表情は静かだ。

 そして。

 

「心外だ」

 

 呟きと共に、ブルーノが飛んだ。最短距離を行き、右足を振り抜く。だがそれを、イルは屈んで避ける。

 そのまま刀を振るおうとした彼女を見てか、ブルーノは空へと飛んだ。見上げる者と見下ろす者。その視線の交錯は一瞬だ。

 

「“嵐脚”」

 

 放たれる蹴り技の斬撃。それを後方へ飛んで避けるイル。だが、その着地を狙い、銃声が響いた。

 オリンの放った銃弾。しかし、その弾丸はイルの刀、その鍔の部分で防がれてしまう。

 どんな身体能力と動体視力だ、と思うオリンを他所に、イルの眼前からたしぎが迫る。

 

「はあっ!」

「…………ッ」

 

 振るわれた刀を右手の刀で受けるイル。そのたしぎの上から、ブルーノが迫る。

 

「“鉄塊・砕”!」

「ぐっ!」

 

 左手の刀で受けるイル。だが、“鉄塊”で強化された上に上空から“月歩”で速度の上がった一撃を受け切れる状況ではない。

 吹き飛び、後方へと拭き飛ばされるイル。そのまま彼女は、彼女自身が天井から斬り落とした瓦礫へと突っ込んでいった。

 土煙が上がる。だが、ここにそれで終わったなどと思う者はいない。

 

「……己の未熟を、恥じるばかりです」

 

 立ち上がり、ロングスカートの埃を払いながら女性が言う。

 

「お爺さまの孫娘を名乗り、あのお方の弟子を名乗る以上。敗北は、許されません」

 

 しかし、と彼女は言う。

 

「私は未熟者故に、皆様を殺すことでしか勝利できません。──よろしいでしょうか、“世界政府”」

 

 返答は、無言。

 戦闘、開始。

 

 

 








まあカイドウさんは便乗するよね普通に。
ついでに言うとシキは声をかけるよね多分、利用できるならしそうだし。

しかしまあ、規模がどんどん凄いことになっております。
ただ、シキの策と手札がこの程度か……?


ちなみに簡単な設定。
たしぎの技については、“新世界”でようやく一つ出てきただけなので“時雨”にちなんだ技を生やしています。逆にイルは時雨関係以外の“雨”にちなんだ技です。
まあシキの孫娘なんて言って戦闘に関わろうとするんだから弱いわけないよねという。


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