逃亡海兵のルフィとウタ 短編集   作:Nines star

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逃亡海兵ストロングワールド⑫─2

 

第十三話 とある海兵の想い

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの二人との縁の始まりについては、奇妙というか、唐突な形によるものだった。

 海兵としてのキャリアもそれなりに長くなってきたと感じ始めた頃、突然元帥であるセンゴクから呼び出されたのだ。

 ただ、今は“大海賊時代”である。緊急事態など常のことであり、相応の立場を得た自分が呼び出されるのも当然のことだった。

 

“入ります”

“ああ、楽にしてくれ。……先に祝いの言葉を述べておこう。少将への昇格おめでとう”

“ありがとうございます”

 

 海軍本部元帥センゴクのその言葉に、海軍式の礼で応じる。彼に促されて席に座ると、早速という風に彼は言葉を紡いだ。

 

“実は頼みがあってな。とある新兵二人を部隊に入れて欲しい”

“新兵を、ですか”

 

 その言葉には正直困惑した。先日少将に昇格した自分の部隊はその肩書きに応じて危険な役目を担うことになる。それこそ強力な力を持つ海賊の捕縛というのは常だ。

 そこに新兵を入れるというのはあまりにも危険な話である。右も左もわからぬ新人では命を落としかねない。

 だが、センゴクは大丈夫だ、と言葉を紡ぐ。

 

“新兵ではあるが、既に二人とも伍長に昇格している。将校になるのもすぐだろう。戦闘能力という点では間違いはない”

“伍長に、ですか。それはまた随分と早い。スカウト組ですか?”

 

 新兵の入隊から数ヶ月と経っていないはずだ。それでその地位を与えられるというのは、尋常じゃない出世スピードである。

 ただ、海軍には通常とは違いスカウトで入る者もいる。元賞金稼ぎや国家の軍隊、傭兵などが多いのだが彼らはその実力を買われて海軍に入るため出世スピードも早いのだ。

 

“いや、正規の手続きを経た新兵だ。出身は東の海”

“東の海ですか”

 

 かつて“海賊王”が生まれ、そのライバルたる“英雄”が生まれた海だ。しかし、この大航海時代においてその海は別の名で呼ばれている。

 曰く、“最弱の海”。

 名を上げる海賊の多くが小粒であり、他の海と比べると平和な海だ。そんなところからそこまで突出した人間が出て来るのか。

 

“男女の二人で幼馴染だそうだ。フーシャ村という東の海の辺境で育っている”

 

 言いながら、センゴクは一枚の写真を取り出した。新兵たちの集合写真だ。数十人といる中で、中心にいる二人を示す。

 一人は、満面の笑みを浮かべた少年だ。麦わら帽子を背中に回し、海軍帽を被って少し不恰好な敬礼をしている。その隣にいるのは、鮮やかな紅白の髪をした少女。こちらは緊張した面持ちで、しかし、少年と比べるときっちりとした敬礼をしている。

 

“少女の方はともかく、こちらの麦わら帽子を持っている方が問題でな”

“問題とは?”

“名をモンキー・D・ルフィ。……ガープの孫だ”

 

 その言葉に衝撃を受けた。ガープといえば世界中の海賊が恐れる“海軍の英雄”だ。その孫ともなればどうしても期待がかかる。

 

“私が懸念することと、お前たちの抱く『期待』の本質は同じだ”

 

 こちらを見つめながら、センゴクは言う。

 

“ガープの孫であり、既にこの短期間で伍長に昇進するほどの才覚を示していると言う事実はあまりにも大きい。……誰も彼もが、この少年を『ガープの孫』としか見なくなってしまうほどに”

 

 その言葉を受け、思わずハッとなった。自分がまさしくそうだったのだ。

 改めて写真を見る。笑顔の彼はあまりにも若い。十五になっているかどうかというぐらいに見える。

 彼の“海賊王”が引き起こした“大海賊時代”において、海軍は変革を迫られた。平時であれば後進の育成にも余裕があったが、今の時代においてそんな余裕は少ない。実力があればすぐにでも昇格し、危険な任務につく。

 才能ある若い海兵が、その才能が開花する前に命を落とす姿を何度も見てきた。それでもこの少年の見た目からする年齢を考えれば猶予はある。……彼の出自が、通常のものであるならば。

 

“才能ある若者、ガープの孫。この二つが揃えば不幸な未来はいくらでも想像できてしまう。……だからこそ、任せたい”

“何故、私なのでしょうか”

“人格と実績に対する信頼だ”

 

 こうまで言い切られてしまうと何も言えない。

 まあ、元より断る権利もないのだ。了承を返すと、海軍の総指揮官は露骨にホッとした表情をした。

 

“そうか。まあ、苦労するだろうがよろしく頼むよ”

 

 そう言って、彼はこちらの肩を叩いた。まるで重い荷物を下ろしたかのような、清々しい笑顔だ。

 ……その表情の意味を理解するのに、長い時間は必要なかった。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 無数の銃口が向けられている。数はおよそ三十。

 どれほど肉体を鍛えようとも、銃弾によって人は死ぬ。銃という武器は生物を殺すために生まれた道具であることを考えれば当たり前だ。

 そしてそれは、銃口の先にいる海兵──モモンガも例外ではない。

 

「卑怯だなんて言うなよ〜? テメェらが普段からやってることなんだからよ〜?」

 

 こちらを煽るような声。視線を向けると、そこにいたのは巨漢の道化だ。

 黒い仮面に白い道化服。その海賊の名は、“返り血のブルチネラ”。かつてシキの右腕として恐怖と共に伝説となった“殺人鬼”を除けば、シキの今の配下では一番の大物だ。

 

「それにしても、まさかこんな機会を手に入れられるなんてなァ」

 

 笑いながら言う彼の周囲、モモンガを囲むようにして立っているのはブルチネラの率いる海賊団の者たちだ。全員が彼と同じ黒い仮面を着けている。その全員が口元に笑みを浮かべていた。

 ガープの大暴れから退避したモモンガはブルチネラを逃すべきではないと判断し、追うことにしたのだ。そして辿り着いた広間で向かい合う二人を囲むようにこの道化の部下たちが姿を見せ、今に至る。

 

「モモンガといやァあの小僧と小娘を育てた海兵だ。あの小僧に殴られた恨み、テメェで晴らしてやるぜ」

 

 笑みと共に言う道化。その言葉に、ふっ、とモモンガは小さく笑った。

 

「何がおかしいんだテメェ?」

「いや……育てた、というのは誇張だ。私はただ新兵だったあの二人を預かり、当たり前のことを教えたに過ぎない」

「あァ?」

「むしろ……私の方が教えられてばかりだ」

 

 モモンガは腰の刀の柄に手をかける。それを見て、構えろ、とブルチネラが怒鳴るように叫んだ。

 

「妙なことをする前に撃ち殺せ!」

「遅い」

 

 超高速の移動術、“剃”。まるで姿が消えたかのように錯覚するほどの移動術。相応の実力者でなければ目で追うことは不可能だ。

 しかし、ここにいる“返り血のブルチネラ”──懸賞金が五億に迫るほどの“新世界”の海賊たちに弱卒などいない。

 

「遅いのはテメェだ!」

 

 ブルチネラの言葉の通り、彼の部下たちはモモンガの動きを捉えていた。空中へ飛んだ彼に、銃口が向けられる。

 なるほど、と呟いたモモンガは空中を蹴った。空を駆ける技術、“月歩”だ。

 銃弾が空を駆けるのと、彼がその場から離れたのは文字通り紙一重の差である。いくつもの銃声が轟いた。

 

「上手く逃げたな!」

「撃て撃て!」

「蜂の巣にしちまえ!」

 

 海賊たちが床に着地したモモンガへと照準を合わせる。一度引き金を引いてしまえば後はもう躊躇はない。元より海賊と海兵。あるはずもないが。

 故に彼らは何の疑いもなく引き金を引いた。ただ、一人だけ。

 

「待て!」

 

 この場を仕切る男だけがそれに気付いたが……遅い。

 ──鮮血が舞い。

 

「うあ……!」

「ぐっ!」

「ぎゃあああっ!」

 

 いくつもの悲鳴が響き渡った。放たれた銃弾は標的には当たらず、海賊たちを貫いたのだ。

 考えてみれば当たり前だ。取り囲むような状態で銃弾を放ち、それが標的に当たらなければ向かい合う者同士で撃ち合う形になる。

 

「馬鹿どもが!」

 

 ブルチネラが怒鳴ると共に、海賊たちが複数人倒れる。残った者たちが慌ててモモンガに照準を合わせようとするが、大人しく止まっている彼ではない。

 鼻が床につくのではないかというくらいにギリギリまで身を屈めた彼は、そのまま滑り込むようにして自身を囲む一団のうち、ブルチネラのいる方とは反対側へと斬り込んだ。

 鮮血と悲鳴。銃声が遅れて響くが、目標の海兵のものではない。

 

「テメェ!!」

 

 怒鳴るような声と共に、ブルチネラが踏み込んだ。モモンガはそんな彼から距離を取るために後方へと飛ぶと、倒れた海賊の銃を手に取る。

 銃声が響く。ブルチネラの部下の一人が、モモンガによって撃ち抜かれたのだ。

 

「銃は海兵の嗜みだ。……物騒な上に、約一名どうしてもできなかった者がいるが」

 

 自分のパンチは銃より強いと言っていた青年を思い出す。事実、その肉体で戦い続けているのだから大したものだ。

 

「チッ、テメェら武器を変えろ!」

 

 ブルチネラが怒鳴るように指示を出す。その指示を受けて海賊たちが武器を変えようとするが、その前にモモンガが動いた。

 彼が懐から取り出したのは、いくつもの爆弾。栓を抜けば数秒後に起爆するそれを彼は部屋へとばら撒く。

 

「敵の本拠地に少数で乗り込むというのに、“こういった方法”を考えなかったとでも?」

 

 呆れたものだという、彼の呟きは。

 閃光と爆音に掻き消された。

 

「…………」

 

 煙が晴れ、爆発前の一瞬で部屋の天井近くへと退避していたモモンガが着地する。彼は眉間に皺を寄せた表情で前方を見つめていた。

 

「……部下を盾にするのか」

「あァ? 海兵一人殺せねぇ役立たず共だ。このぐらいは役に立ってもらわねぇとなァ」

 

 応じたブルチネラは、その両手で自身の部下の頭を掴んで盾にしていた。虫の息の彼らを、投げ捨てるようにして放り出す。

 

「所詮は海賊か。仲間意識がない」

「利益のために集まってんだ。切り捨てられるのも想定内だろ」

「醜いな」

「この世界で最も醜い連中の御用聞きがほざくんじゃねぇよ」

 

 笑うブルチネラと、睨むモモンガ。既に彼ら以外、立っている者はいない。

 

「まあいい。こいつらはおれの強さに寄ってきた蝿みたいなもんだ。いなくなろうが知ったことじゃねぇ」

 

 言うと、ブルチネラは近くに倒れている自身の部下を蹴り飛ばした。二人が向かい合う、小さな空間が出来上がる。

 

「お前らがおれの首に懸けた金は五億近く。お前を殺せばまた上がるだろうなァ」

「できるものならな」

「できるからこうしてんだよ海軍本部!」

 

 巨漢の道化が、その剛腕を振るった。刀でそれを受け止めたモモンガの腕が、衝撃によって痺れる。

 そのふざけた衣装や言動、立ち振る舞いで誤認しやすいが五億近い懸賞金を懸けられた海賊が弱いわけではない。それほどの大金がその首に懸けられているということは、世界政府がそれだけの危険をこの海賊に感じているということでもある。

 

「テメェら海軍が何度おれを捕らえようと向かってきた!? その悉くが失敗に終ってんだよ! いい加減理解したらどうだ!?」

「ならば今日が最後の日だな」

 

 弾くように刀を振るい、その脳天に対して返す刀で振り下ろす。だが、その一撃はクロスした腕でガードされた。

 拮抗する力。その中で、二つの意志がぶつかり合う。

 

「貴様の悪行もここで終わる」

「ほざいたな海軍本部!」

 

 戦闘、開始。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 センゴクのあの表情の意味を理解するのに必要な時間は、三日だった。

 配属の決まった二人、ルフィとウタという新兵をモモンガの部下は喜んで受け入れた。共にまだ十代の若さで、隊員たち全員にとって弟や妹のような年齢だ。どうしても庇護の感情は出てくる。

 海兵になる者には故郷に家族のいる者も多い。いやむしろ、そういった者が大半だ。この時代において人を守るために戦いの道を選ぶのだから、その背景に家族を始めとする大切な誰かがいる場合は多い。

 そんな彼らにとって、故郷にいる家族の姿と重なる部分もあるのだろう。二人はすぐに馴染んだ。特にルフィについてはその天性の明るさから初日には仲良く宴会をしているくらいだ。

 これなら大丈夫だろうか、とモモンガは思った。“英雄”ガープの孫ということで、複雑な何かを抱えている可能性を懸念したがその辺りは気にしていないらしい。

 ウタの方は当初少し人見知りをしていたが、それもルフィに引っ張られるようにすぐ馴染むようになる。女性海兵たちからは妹のように可愛がられていた。

 大きな問題はないと、そう思っていたのだ。……最初の騒動が起きるまでは。

 

“言い訳はあるか?”

 

 ずぶ濡れの状態でモモンガの正面に正座するのは、ルフィとウタの二人だ。ついでに言うとその後ろにも大量の海兵たちが正座しており、そのうちの数名はずぶ濡れである。

 ことの起こりはこうだ。本部と連絡を取り、受けた任務についてモモンガを筆頭としたこの艦の指揮官たちで話し合っていたところ一人の海兵が飛び込んできたのだ。

 ──二人が海に落ちました! 艦の停止を!

 モモンガはすぐに停止の指示を出し、甲板に出た。そこでは海から引き揚げられ、倒れている姿があったのだ。共に悪魔の実の能力者である。海に落ちれば何もできず、死は免れない。

 何があったのかを聞いたモモンガは、躊躇いがちにされた報告に彼としては怒る前に頭を抱えるという初めての経験をする。

 

“報告によれば、海で樽レースなるものをして海王類と遭遇。戦闘になり、その余波で海に落ちたと聞いたが?”

 

 凄まじい威圧感を纏いながら放たれるその台詞に、この幼馴染たちは揃って顔を逸らした。ついでに言うと彼らを助けたり様子を見ていた海兵たちも気まずそうにしている。

 ことの発端は単純だ。休憩の時間、この二人が『勝負』を始めたらしい。どうも幼い頃からの習慣らしく、聞けばこの三日でも幾度となく行われていたのだとか。その際に行われた勝負では互いに納得する決着とならず、新たな勝負を始めたらしい。それが樽を船に見立てての競争、樽レースということだ。

 

“休憩の時間内だ。何をしようがこちらから干渉する気はないが、節度というものがある”

“……すみません……”

 

 怒鳴らないのが余計に怖い。二人が頭を下げるが、その動きがやたらと流暢というか慣れた動きであったため、初めてでないなとモモンガ察する。

 これは思ったよりも大変なのを任されたかもしれん、と彼は内心でため息を吐いた。

 

“ま、まあまあ二人とも初の長期航海で少し緩んだんでしょう”

 

 そんな彼に、一人の海兵がそうフォローを入れた。その彼をジロリとモモンガは睨むようにして見据えると、改めて二人の方を見る。

 

“先に言ったように、休憩時間に何をしようが干渉する気はない。しかし、その結果周囲に迷惑をかけたのであれば罰を与えねばならん。それは風紀と節度を乱す行為だ。──よって二名は一週間の甲板掃除を命じる。併せて二人で懲罰室に入れ。交代の時間まで謹慎だ”

 

 言い渡された罰に対し、二人が頭を下げる。全く、とモモンガは息を吐いた。

 

“コミュニケーションは大事だ。だが、やり方を考えるように”

 

 先が思いやられる。

 それが、この二人に対するモモンガの最初の感情だった。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 懸賞金とは危険度である。戦闘能力とイコールで紐付けされるわけではなく、例えば絶大な強さを誇っていようが他者に対して危害を及ぼさない人物であればそもそも懸賞金がかかることはない。

 逆に民間人や世界政府に対して積極的に危害を加える者は懸賞金も高く設定される。億を超えるような者は基本的に近寄ることさえ危険な存在だ。

 そんな中、五億に迫る懸賞金が懸けられた道化──“返り血のブルチネラ”は掛け値なしの危険人物である。白い道化服が血で染まるような暴れ方をするその男が犯した罪の数は最早数えきれないほどで、とある王国の国軍が半壊に追い込まれたこともあるほどだ。

 これほどの危険人物だ。海軍も何度も捕まえようとはした。しかし、その悉くを彼は逃げ切っている。平気で人質をとり、味方さえも切り捨てる残虐性と狡猾さでこの海を渡ってきたのだ。

 彼の海賊団は入れ替わりが激しく、船長であるブルチネラ以外に名のある海賊はいない。はっきり言って木端の海賊たちだ。しかし、それを凶悪な一団としているのがブルチネラの存在である。

 故に、油断はできない。モモンガは刀を握る手に力を込める。

 

「──ふっ」

 

 一息と共に、モモンガは刀を大きく振り上げた。そのまま身を捻り、突きへと動きを変える。だが、ブルチネラはそれを大きく後方へと飛び退くことで避けた。

 その巨漢からは想像できないほどの俊敏さだ。その仮面の下の目が怪しく光る。

 

「道化ってのはサーカスにおいて最も重要な存在だ。何でもできなきゃならねぇ」

 

 言いつつ、ブルチネラはどこからか複数の棍棒を取り出した。取り出した数は十一本。それらで器用にジャグリングを始める。

 

「何が道化だ。貴様はただの海賊だ」

「あァそうだ。テメェの言う通りだよモモンガ。おれはただの海賊だ」

 

 ただジャグリングをするだけでなく、途中で様々な動きを加えている。ここがサーカスのテントの中であれば、モモンガも拍手の一つでも送っていたかもしれない。

 

「だが人間、過去は消せねぇのさ。そして消せねぇなら利用する。──それがおれのやり方だ! “ジャグリング・ボム”!」

 

 直後、ブルチネラが棍棒をこちらへと投げつけた。モモンガはそれを刀で弾こうとし、何か嫌な気配を感じてその場を飛び退く。

 

「い〜い判断だ!」

 

 その飛び退いた先に、すでにブルチネラが先回りしていた。その手には指に挟んだ左右三本ずつのナイフがある。

 

「“ナイフ・コンタクト”!」

 

 ナイフを握った拳による振り下ろすような攻撃。それをモモンガは受け流すようにして捌く。

 単純な体格差が大きいのだ。力でも負けるつもりはないが、わざわざ正面から受ける意味はない。

 そうして一撃目を受け流した瞬間、床に落ちた棍棒が爆発を起こした。床に倒れていた海賊たちがその爆発に巻き込まれ、吹き飛ばされる。

 

「どこまでも外道だな」

「だから海賊なんだろうがよぉ!」

 

 数度の金属音。モモンガが踏み込もうとした瞬間、それを察知したようにブルチネラが身を横へ逃した。

 その際、牽制のためかナイフを全て投げつけてくる。それをモモンガが弾いたところで、ブルチネラは次の小道具を手にしていた。

 

「“バルーン・クラフト”!」

 

 いくつもの風船を取り出すブルチネラ。それらは様々な動物の形をしており、色鮮やかなそれらが投げつけられ、モモンガの元へと殺到する。

 だが所詮は風船。切り拓いて突き進むとモモンガは判断。

 

「おっと、言い忘れてたがおれの風船は特製でな」

 

 モモンガが刀を振り、風船を斬る。その瞬間。

 

「釘入りだ」

 

 弾けた風船から、無数の釘が飛び散った。モモンガの体に鉄釘がいくつも突き刺さり、或いは傷が入る。

 その痛みにより、一瞬ブルチネラから目を離してしまった。それが致命の隙となる。

 

「“グランド・フィナーレ”!!」

 

 一瞬で距離を詰めた巨漢がその渾身の拳を振り抜いた。側面からまともにその一撃を受けたモモンガは吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。

 

「あァ、言い忘れてたな海軍。道化ってのは体が資本だ。おれの拳は人ぐらい簡単に壊せるぜぇ?」

 

 嘲笑うように言うブルチネラ。だが、直後。

 

「一刀居合」

 

 その笑みが、消えた。

 

「“断割”!!」

 

 一瞬でブルチネラの眼前へと移動したモモンガによる居合の一撃。その刃が、ブルチネラの左肩から袈裟斬りに叩き込まれた。

 たたらを踏むブルチネラ。その白い道化服が自身の血で赤く染まった。

 

「生憎だが」

 

 ブルチネラの眼前、英雄を育てた男は告げる。

 

「貴様の芸は見飽きた」

 

 それに対し、道化が笑う。

 

「そう言うなよ! 本番はここからだ!」

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 新たに入った二人は、あれからも功績上げると同時に問題を次々と起こしていた。

 聞けばガープから直々に幼少期から鍛えられていたらしく、その戦闘能力は年齢を考えると破格だった。真っ先に最前線へと突入する二人に続けとばかりに他の海兵たちも突撃するための士気も高く、海賊との戦闘においては非常にいい影響を与えてくれている。

 だが逆に問題もある。一つは民間人への被害だ。その戦闘の規模の大きさから、民間人の家屋などの財産へも被害が行っているのだ。今のところ救われたことによる感謝が大きいため問題視はされていないが、もう少し周囲に気を配れるようにしなければ。

 後はまあ、悪いことではないのだが民間人との接触が多過ぎる。そしてトラブルを呼び込み、その解決に奔走するというパターンだ。やっていることは間違いではない。ないのだが、どうしても時間は取られてしまうのだ。

 

“……苦労をする、か”

 

 センゴクの言葉を思い出し、モモンガは報告書を書き上げながら呟いた。立ち寄った先で話を聞き取り、それに対応する。それが巡回時の彼らの役目であるが、場所によっては警戒や遠慮、更には事情もあって本心をこちらへと示してくれないことも多い。今報告書を書いている国についてもそうだった。

 元々は海賊の被害を受けているという通報の元で訪れたのだが、その港町の町長はその事実を否定した。聞き込みをしても同じだったのだ。

 誤報か、悪戯か。問題ないならと立ち去ろうとした彼らに、町の子供たちと仲良くなった二人がその情報を仕入れてきた。

 

“モモンガのおっちゃん。なんかさ、海賊ってこの子たちの家族なんだって”

“どうやら事情があるようです”

 

 上官には敬語を使えとルフィに軽く説教した後、二人が子供、そしてその保護者たちから聞いた情報を取りまとめた。

 つまり、状況はこうだ。ここ数年、この近辺では農作物が満足に採れない状態が続いており、この国の民の間に不満が溜まっていた。その窮状をこの国を治める王に訴えたが、その後の対処がない。そこに痺れを切らし、国が集めた物資を奪うために周囲の町や村の若者が集まって海賊を名乗り始めた。

 彼らが奪った物資は飢えに苦しむ者たちへと配られているらしい。それで通報とそれに対する町長の否定の意味を理解した。

 通報したのは国で、否定したのは国民だ。何とも厄介な話である。

 

“どうしたい?”

“助けたいです”

 

 即答したのはウタの方だった。その強い意志を込めた瞳と、その隣のルフィの表情を見てモモンガは大きくため息を零した。ここで何かしらの指針を示さなければ、今にでも飛び出しそうな勢いである。

 故に彼は、この二人に告げたのだ。

 

“お前たちは引き続き情報を集めろ。私が何とかする”

 

 そう言って、モモンガは彼の部下たちを集めた。海賊との戦闘は究極的にいえば戦って勝てばそれでいい。単純な話で済む。だがこれは気候という自然の問題と、国家の運営という二つの問題が重なっているのだ。

 悪い奴をぶっ飛ばせば済む問題ではない。だからこそ解決は難しい。

 だが、彼はやると決めた。若き海兵の想いを無駄にしないために。

 

 ──結果として、彼がやったことは非常に地味なことだった。

 

 元々加盟国であり、大国ではないが相応の格と歴史がある国だ。異常気象に対して人ができることなど多くない。故に彼は自身の地位と海軍という背景を使い、近隣諸国へと使いを出した。それと同時にこの国の王へと提案を行ったのだ。

 海軍、ひいては世界政府を仲介人として周辺諸国からの借金と援助を取り付けたのだ。この時代だ、窮状に喘ぐ国が一方的に助けを求めても足元を見られる。故にモモンガはそこに第三者を挟むことで不当な要求が起こらないようにと手配した。

 とはいえ、国家同士のやり取りだ。様々な思惑があり、事情がある。はいそうですかと話がまとまることはなく、月単位での時間を要した。

 だがそれでも、彼は粘り強く話を続けた。

 

“助けたい”

 

 若き海兵がそう言ったのだ。そして海軍に入った時の彼の想いもまた『それ』だった。

 誰かを助けたいと願い、その想いを共有して。その方法が難しくとも手段があるとわかったならば、彼と彼の部隊にはそれがどれほど大変だろうとやらないという選択肢はない。

 

“まさか海兵であるあなた方にここまでしていただけるとは”

“我々の目的は平和であり、市民を守ることです。戦うだけが全てではありません。必要であれば武器を置き、言葉を持って交渉でも何でもします”

 

 全ての交渉を終えた後、モモンガは国王から直接礼を言われた。穏やかで優しそうな老人だった。だからこそ苦悩していたことが見て取れる。

 その言葉を聞き、国王は息を吐いた。そして、彼は意を決したように言葉を紡ぐ。

 

“海賊の、件だが”

“誤報と聞きましたが”

 

 モモンガは言う。国王の周囲の者たちが、驚いたような表情を浮かべていた。

 

“たまにあることです。ただ、その誤報のお陰で力になることができました”

 

 国王もまた、呆然とした表情をしていた。そして彼は、一言。

 

“ありがとう。私はこの恩を決して忘れない”

 

 頭を下げる国王。周囲が止めるが、その老人は手でそれらを制する。

 

“素直に助けを求めることさえできぬ我々を、この国を、民を助けてくれたのだ。今頭を私が下げずして、どうして報いられる。何一つ返すものも持たぬというのに”

 

 そこに込められた言葉の意味は、如何程のものであったか。

 

“礼については、私の部下たちへ。とある若い海兵二人が市民の声を聞いた。だから私は動きました”

 

 他の者たちも、モモンガへと頭を下げる。それが決着であった。

 ──そして、彼らはこの国からの出発を万雷の拍手と歓声に送られながら行うことになる。その甲板で、二人の新兵はモモンガに対して敬礼をしていた。

 

“ありがとうございました! モモンガ少将!”

 

 いつものどこかぎこちない敬礼ではない、きっちりとした敬礼をしながらそう言ったのはルフィだ。今回は戦いではなく、経験も知識も足りない彼らは情報収集をしながら市民と交流することを主な任務としていた。故に何もできなかったという思いが強いのだろう。

 

“お前が敬語を使うと違和感があるな”

 

 息を吐き、手を下ろせ、とモモンガが言う。

 

“礼は必要ない。お前たちが『助けて欲しい』という声なき声を拾い上げたからできたことだ。後は適材適所の問題に過ぎん。海軍は軍隊だ。個人でできることを積み重ねることこそが強さなのだから”

 

 お前たちはよくやった──そうモモンガは言う。これは本心だ。大変ではあったが、市民の力になることができたのだ。その切欠は間違いなくこの二人だったのだから。

 だが、二人は敬礼をしたままだ。故に、モモンガは続きの言葉を紡いだ。周囲の海兵たちもそんな三人を見守っている。

 

“お前たちはまだ若い。これから多くを見、学び、知ればいい。私もお前たちと同じ年齢でこんなことはできなかった。……強くなることは必要だ。だが、刃を交えることだけが戦いではない”

 

 だから、とモモンガは言った。

 

“いずれ同じ戦いをすることになる日は必ず来る。その時に戦うことができればそれでいいのだから”

 

 若き、海軍の未来へ向けて。

 モモンガは、そう激励を送った。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 道化を名乗るだけのことはあり、ブルチネラは非常に器用な男だった。

 棍棒型の爆弾や釘を仕込んだ風船などの多様な武器をどこからともなく取り出すと、それらを用いてトリッキーな動きでこちらを翻弄する。

 そして本人が弱いかというと全くそんなことはない。むしろその凶悪なフィジカルこそが真骨頂だ。

 

「どうした海軍! その程度かァ!?」

「貴様こそ同じ芸ばかりだろう!」

 

 大道芸を模した様々な道具を用いるブルチネラと、刀一本でそれに応じるモモンガ。対照的な二人の戦闘は拮抗しているといえた。

 互いに戦況を変える一手を常に探している状態だ。多い手札を持つ海賊か、それとも一点を極めた海兵か。

 その均衡を破るのは、やはり道化の側。

 

「こいつは山場の芸だからな。──“クラウン・ギャラリー”!」

 

 無数のブルチネラが被る仮面と同じ仮面が出現した。なんだ、と思う彼の前でブルチネラが笑う。

 

「客ってのは派手であれば派手であるほど喜ぶのさ。おれは道化、客の感情を読み取るなんざ朝飯前よ。──その意識の隙間もな!」

「…………!」

 

 まるでこちらを取り囲むようにして放たれた無数の仮面。だがそれだけのはずがない。

 周囲を見る。一箇所、隙間があった。

 モモンガから見て左側。ブルチネラから見て右側。そこに一人分なら通れる隙間がある。

 地面を蹴り、その穴を抜けようとするモモンガ。しかし、甘かった。

 

「おいおい、まだ演目は終了してないぜ」

 

 高速の移動術、“剃”。地面を十回以上同時に蹴ることでまるで瞬間移動でもしたかのように移動するその技術はしかし、一つだけ致命的な弱点がある。

 それは、地面を蹴るその瞬間のみはその場に停止するということ。

 通常ならば突けるような弱点ではない。だが、目の前にいる道化はモモンガのその行動を誘導したのだ。

 

「“グランド・フィナーレ”!!」

 

 こちらが地面を蹴るその瞬間、振り下ろすような右拳の一撃がモモンガを打ち据えた。

 とてつもない重量の鋼鉄で殴られたかのような衝撃に、意識が揺れる。

 

「こんだけやり合えばテメェの動きぐらいは掴める。それがおれの本職だからな」

 

 床に倒れ伏すモモンガ。その彼に、ブルチネラは思い出すようにして告げた。

 

「ちなみにテメェの予想の通りだぜぇ?──この仮面は爆弾だ」

 

 道化がモモンガが抜けようとした場所から抜け出すのと同時に。

 凄まじい爆発が、部屋を包んだ。

 

「ぎゃ〜っはっはっはっはっは!! これこそ終幕にゃ相応しい!! おれは道化だ!! 客の感情を読み、誰よりも相手を読めなきゃならねぇ!! やり合えば大抵の奴の動きが読めちまうんだよ!!」

 

 白き道化の笑い声が響き渡る。彼自身も決して無傷ではないが、それでもこの場での決着はここで着いたと彼は確信していた。

 読む能力としての“見聞色の覇気”に彼が目覚めたのは、彼がかつて所属していたサーカス団にいた頃だ。客の空気を読み、周囲の者たちの空気を読むことを日常としていた彼はその才能もあっていつしかその力を手にしていた。

 その力は海賊となってからも十二分に発揮された。擦り寄ってくる海賊の本心はある程度交流を持てば読めたし、部下が不満を持てばすぐに察知して適当な理由をつけて殺す。海軍や賞金稼ぎに狙われてもその思考を読んで戦い抜いてきた。

 海賊、“返り血のブルチネラ”。

 その真骨頂は、ステージの道化の如く場の空気を読み切って利用する能力にこそあるのだ。

 

「海軍ってのはテメェみたいな堅物が多くて読みやすいから助かるぜ」

 

 爆発の中心。爆炎が燃え移ることによって火が出始めた場所に向かい、笑みと共に告げる。

 

「しかしまあ、中将って圧はあったなァ。褒めてやるよ。え〜……あ〜、悪い。名前は忘れた」

 

 笑う道化。そうして彼は背を向ける。

 だが、彼は気付いていない。爆発の中心。

 そこに、立ち上がった男がいることに。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 それに気付いたのは、ある日の夜だった。

 どうにも目が覚めたモモンガは、風に当たろうと甲板に出たのだ。すると、何やら音が聞こえる。

 

“なんだ?”

 

見張りが何かをしているのかと思い、甲板に行くとそこでは新兵二人が鍛錬を行なっていた。

 

“……5001……5002……”

 

 その時にやっていたのは腕立て伏せだ。滝のような汗を流し、ルフィがその鍛錬を続けている。

 

“……もっと速く……鋭く……”

 

 その近くでは、ウタが舞踊と見紛うような動きの形稽古をしていた。彼女もまた、滝のような汗を流している。

 共に、その表情と目は真剣だった。日中に見せる明るい姿ではなく、鬼気迫る雰囲気を纏っている。二人を受け入れてから、戦闘の時でさえも見たことがない姿だった。

 

“ここのところ毎日、ああしてますよ”

 

 それを眺めていた自分に気付いた見張り番の海兵がそう話しかけてくる。

 

“毎日だと?”

“はい。休める時に休んだ方がいいとも言ったのですが”

 

 そう言うと、見張りの海兵も二人へと視線を戻す。

 改めて二人を見る。年齢に違わぬ戦闘能力であるとは思っていた。その裏付けはガープによる英才教育であると。

 だが、これはそれだけではない。

 この凄まじいまでの想いが、この若さであれほどの強さを身に付けさせたのだろう。

 

“二人とも”

 

 声をかけると、二人が驚いた表情を浮かべた。敬礼をしようとする彼らに対し、モモンガは何故、という問いかけをしようとして口に出す前に止めた。理由などわかりきっている。

 強くなりたいから鍛錬をするのだ。それ以外に理由などない。

 だから、モモンガはこう告げた。

 

“私が相手をしよう。その方が鍛練になる”

 

 その日から、この二人の相手が彼の日課に加わった。

 強くなりたいから鍛錬をする。それは当たり前のことだ。モモンガも、海兵になったばかりの頃は遥か遠くに見えた先達の背中に追いつくためにがむしゃらに刀を振るい続けた過去がある。

 だが、いつからだろう。

 鍛錬はしている。しかし、それが惰性のようになってしまったのは。

 

“二人まとめて相手をしよう”

 

 躊躇はなかった。こういう思い切りの良さは素質もあるだろう。だがそれよりも、強さを求める確固たる意志があるからだ。

 そして、そんなことを続けるうちに。

 

“もっとこう頭使おうぜ。せっかく二人で挑んでんだし”

“お前らコンビネーションはいいんだからさ”

“少将! 二人の前に自分が挑んでもいいですか!”

 

 夜の甲板に上がってくる人数が、随分と多くなった。

 二人にアドバイスを送りながら、基礎鍛錬を積む者。

 二人と同じように、挑んでくる者。

 合間合間でこちらへとアドバイスを求める者。

 たった二人の鍛錬が、部隊全員をいつの間にか巻き込んでいる。

 

“いや、モモンガのおっちゃんは強ぇなァ”

“全然、歯が立ちません”

 

 息も切れ切れに、二人はいつもそう言って笑っていた。当たり前だと、そう返した記憶がある。年季が違うのだと。

 けれど。

 彼らは、言うのだ。

 

“絶対、おっちゃんより強くなるからな!”

“必ず超えてみせます!”

 

 何度甲板に叩きつけようと、完膚なきまでに制圧しようと。

 彼らの目は、死ななかった。

 

“私とて今よりも強くなる。そう容易くはいかん”

 

 その言葉が自分自身の口から出たことに、モモンガ自身が一番驚いたのを覚えている。

 ──期待している。お前たちなら超えられるだろう。

 そんな言葉を口にするつもりだったのに。

 何故か、出てきたのは真逆の言葉だった。

 その理由を、ずっと探している。……いや、わかってはいるのだ。今更、忘れかけていたそれを思い出すのが恥ずかしいだけで。

 

 

 二人が船を降り、部隊が変わり、中将になってからも。

 彼が続けていることが一つある。

 あの日、がむしゃらに刀を振り続けた若き日の自分自身。

 かつての自分に、負けないために。

 

 ──月明かりの下で、彼は刀を振るい続けている。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 霞む視界と、痛む体。口の中に広がる鉄の味。

 最早、立っているのが不思議なくらいの満身創痍だ。だが、彼は立ち上がった。

 

(刀は、ある)

 

 あの爆発の中でも、これだけは手放さなかった。これだけをずっと振り続けたのだ。

 そしてこの手が動くのであれば、まだ負けてはいない。

 

「テメェ」

 

 声が聞こえた。道化の声だ。

 ──そこに、いるのか。

 

「頑丈な野郎だ! だったらその頭蓋を叩き潰してやるよ! それで終いだ!」

 

 揺れる視界の中で、道化がその右腕に“武装色の覇気”を纏うのが見える。更にその右腕の筋肉も膨れ上がるようにして大きくなっており、文字通り渾身の一撃を放とうとしているのが窺えた。

 あれを貰ってしまえば、文字通り終わりだろう。だが、避ける体力はない。残っているのは、刀を一度振る力くらいか。

 

「……生憎、だが……」

 

 こちらへと向かってくる巨漢の道化。それを刀に手をかけ、待ち受ける。

 口から血が溢れた。喋ることはやめた方がいい。

 

「幕引き後の更なる追撃だ!! くたばれ海兵!!」

 

 器用な男であると、そう思う。その確固たる武力を持ちながら、大道芸の如き戦術も習得しているのだ。

 これが器用さを競う戦いであるならば、自分は完全に負けていただろう。

 だが、これは戦闘だ。手札の多さは勝利を引き寄せるが、イコールではない。

 

 ──一刀居合。

 

 自分の動きは、目で見えていない。だが、大丈夫だ。これは彼がずっと続けてきたことだ。

 ただただ、愚直に。

 何度も、何度も。

 不器用な自分には、一つを極めることさえ遥かに遠い。

 

「“カーテン・コール”!!」

 

 振り抜かれた拳。人など容易く破壊できる一撃。

 だが、その拳は。

 

 

「──“断割”!!」

 

 

 終ぞ、一人の海兵に届くことはなかった。

 道化の右腕が宙を舞い。更にその奥にあった肉体にも、深い一撃が叩き込まれた。

 声はない。

 その一撃で、“返り血のブルチネラ”はその意識を刈り取られたのだ。

 

「……任務に、私情を……挟みたくはないが……」

 

 倒れ伏す巨漢。その姿を見つめ。

 

「──准将を殴ったのは、その右腕だろう?」

 

 あの場において、怒っていたのは一人だけではない。

 己の後輩をああも傷つけられ、踏み躙られ。それで怒りを覚えずにいられるほど、彼はまだ己を律することはできなかった。

 近くの壁に、寄りかかるようにして座り込む。流石に限界だ。敵地のど真ん中ではあるが、少し回復するまで待たなければ。

 

(そういえば、聞きそびれたな)

 

 いつか聞こうと思っていたこと。

 何故、海兵になったのか。あの二人に、そういえば聞けずじまいだ。

 

(私の理由を聞いたら、何と言うかな)

 

 あの若き日に、ここにいる男はこう言って門戸を叩いた。

 

“助けを求める、全ての人を助けたい”

 

 何と傲慢で、世間知らずで、そして愚直か。

 しかも救い難いのは、一度は忘れていたその愚かな始まりをもう一度掲げていることだ。

 

(だが、聞いてみたいな)

 

 薄れゆく意識の中。

 若き海兵たちに、この戦場で共に戦う二人へと想いを向ける。

 

(お前たちの“正義”は、何だ?)

 

 あれほどの強い意志を抱く理由を。

 あの二人の“正義”を知りたい。

 

(この戦いが終わったら、聞いてみようか)

 

 あの二人が降りてから、教育係としてセンゴクに目をつけられたのだろう。そう言う役目を負うことが増えた。

 だが、悪くはない日々だった。苦労はあったが、あの二人に比べたらかわいいものだ。

 ──この戦いが、終わったら。

 呟きと共に、その海兵の瞼が落ちた。

 

 

 シキの居城三階、『日鷹の間』。

 海軍本部中将モモンガVS“返り血のブルチネラ”。

 勝者──モモンガ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 







一度全部書き直したので随分遅くなりました。
この人が敵になるのか将来……。地獄かな?
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