逃亡海兵のルフィとウタ 短編集   作:Nines star

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逃亡海兵ストロングワールド⑮─2

 

第十八話 老兵の想い

 

 

 

 その男には、大層な何かはない。

 あれをやろう、これをやろう。

 あれが欲しい、これが欲しい。

 そんな欲求を持っているだけの男だ。ただその欲求の叶え方が世間一般で言うところの“常識”から外れていて。

 そして、それを通せるだけの力を持ってしまっていたというだけの。

 ──故に、怪物。故の、化生。

 とある国に伝わる“鬼”の名を異名としたその男は、己を指してこう笑う。

 

“どうしようもない存在というのは、確かにいるのでござるよ”

 

 その真意はわからない。だが世界政府は、罪なき市民は、確かにその被害を受け続けた。

 だからこそ、その怪物は恐れられている。

 あまりに身勝手。

 あまりに最悪。

 数多の憎悪を受けてなお笑うその姿は、まさしく“鬼”であったという。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 長い海兵としての人生の中で後悔がなかったと言えば嘘になる。

 ああすればよかった、こうしていればよかったなどというのは常のことで。救えなかった、守れなかった命に対しての謝罪など何度繰り返したかわからない程だ。

 だが、この後悔はそれらとは異なる意味がある。

 

「貴様を野放しにし続けた事実は、わしにとっての後悔じゃ」

 

 人を殺す鬼。故に“殺人鬼”。そう呼ばれた男と向かい合いながら、ガープは言う。

 

「手厳しいでござるな」

 

 相対する鬼──ジュウゾウは笑うだけだ。

 

「しかしまあ、某としても捕まるのはごめん被るのもまた事実。逃げる方がいいなら逃げるのは当然でござるよ」

「その割にはわしから逃げず、むしろ戦う気のようじゃが」

 

 ウタの海楼石の錠の鍵まで見せておいて逃げる気などないだろう。ガープのその言葉を聞き、ジュウゾウは笑みを浮かべたまま頷く。

 

「強者との戦いを望むのもまた事実でござるよ。酒も飲んだことでござるし、飲酒後の運動は死にかけるほどの殺し合いが一番でござる」

 

 そこには何の嘘もない。ただの事実を話しているだけであることがよくわかった。

 

(相変わらず不気味な男じゃ)

 

 内心でガープは呟く。その言動に嘘がないというのに、どうにも理解ができない。

 彼は海賊というものに対して複雑な感情を抱いている。大体が碌でもない奴らばかりであるが、それこそロジャーのように最後まで敵同士ではあったが妙な信頼を抱くようなこともあった。

 だが、目の前の男については。

 そもそも、理解ができない。

 

「しかし、因果なものでござるな。某としては酒と食事があればある程度は満足するのでござるが」

「ならば隠居しておれ」

「そうはいかんのでござるよガープ。某が酒を飲みたいと思い、店に行って頼んでも貰えぬことがある。ならば奪うしかなかろう? 後腐れもないようにとなれば、まあ、殺すしかないのでござる」

 

 肩を竦めるジュウゾウ。やはり、とガープは思った。

 

(この男の論理が理解できん)

 

 言葉は通じる。会話のキャッチボールもできる。だが、相互理解に至らない。

 無法者であっても彼らなりの信念や思考が必ず存在している。故にガープはそういった部分で図らずも相互理解に至ることはあった。それこそシキとさえも互いの思想や在り方については一定の納得を得たのだ。その上でぶつかるしかないだけで。

 だが、この男は違う。

 この“鬼”の論理を、ガープは理解できた試しがない。

 

「その果てに……どれほど殺してきた」

「覚えているわけがないでござろう。お主とてそうであろう? 今まで殺した生物の数をいちいち覚えてなどおらぬであろうに」

 

 お主らの悪いところでござるよ、とジュウゾウは告げる。

 

「人だけが特別ということはないでござる。皆生物は平等。その死に等しく価値はないのでござる。人の死を特別に扱うのは少々驕りが過ぎるのでござるよ」

 

 その言葉に、ふん、とガープが鼻を鳴らす。

 

「シキにでも教わったか?」

「ふむ、流石に乱せぬようでござるな」

 

 あっさりとジュウゾウは持論を引っ込めた。肩を竦め、言葉を続ける。

 

「若い海兵であれば動揺することもあるのでござるが。……ただ、ガープ。某にはどうしても理解できぬことがあるのでござるよ」

 

 なんじゃ、とガープは視線で問いかけた。眼前の狂人は笑みと共に言葉を紡ぐ。

 

「“法”とは、なんでござるか?」

 

 わからぬのでござるよ、とジュウゾウは続ける。

 

「人を殺すと罪であり、罰を受けるべきであるというが。それはお主ら世界政府が勝手に決めたルールでござろう? 某はそれをはいそうですかと受け入れた記憶がないのでござる」

 

 反論するのは容易い。だが無駄だ、とガープは理解している。

 ジュウゾウとてシキの片腕として生き残ってきた海賊だ。その彼が法というルールについて知らないはずがないし、社会における規範というものがわからないはずがない。

 ただ、理解はできても納得ができていない。

 だからこそこの“鬼”はそれを軽視する。

 

「シキが投獄されたのはつまりその行いが罪であり、故に罰を受けたということでござろう? お主らに敗北して投獄されるという罰。故にこそマリンフォード襲撃は罪であったと」

 

 論理が逆転している、とガープは思った。因果関係が逆だ。

 法とは、ルールとは罰ありきではない。人が共同体の中で生きる上で守るべきルールを定めたことが始まりだ。その過程で共同体を破壊しかねないような行いには罰を設け、ルールに強制力を作った。

 故に、法とは人が人と共に生きていくために必要なものなのだ。……この“鬼”にそれが理解できることはないのだろうが。

 

「ガープ。海軍の英雄。某にはわからぬことが一つあるのでござる」

 

 一息。

 

「──某は、一度も罰を受けておらぬでござる」

 

 故に己に罪はない。

 この狂人は、そう言い切った。

 

(その辺のゴロツキなら詭弁と一蹴するが)

 

 内心で息を吐く。この男の論理は破綻している。だが彼に罰を与えることができた者がいないのもまた事実。

 故に、ガープは告げる。

 

「安心せい」

 

 これは、ガープの罪で。

 同時に、彼の負うべき罰でもある。

 この“鬼”を野放しにし続けた、“英雄”と呼ばれる男の。

 

 

「──わしが、貴様への“罰”そのものじゃ」

 

 

 その言葉に、“鬼”は笑った。

 

「ウハハハハ! そうでござるか! そうか、それはつまり!」

 

 腕を解き、構える狂人。

 

「お主を殺せば! 某に罪はないということか!」

 

 どこまでも身勝手で。

 そして、最悪。

 

「随分多くを殺し、長くを生きてきたでござる! 丁度いいでござるな! お主の言った通りでござる! 時代に決着をつけるでござるよ!」

 

 返答は拳だった。

 轟音と共に、二つの力が衝突する。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 欲しいものがあった。

 ──だから頼んだ。

 金がいると言われた。

 ──金などなかった。

 無理だと言われた。

 ──どうしても欲しかった。

 

 だから奪った。喚くので、喋れないようにした。

 

 大勢の人間がこちらを責め立てた。罪人だと、罰を受けろと。

 その全てを黙らせた。この両手に奴らの言うところの罰の象徴である錠がかけられることは、終ぞないままに時が過ぎる。

 

 奪い、殺め、壊し、生きた。

 

 いつしか、奪う前に差し出されるようになる。

 悪くはない気分だった。そもそも欲しいから奪ったのだ。奪う前から渡されるのであれば、それで満足していた。

 

 国から出ていけと、そう言われた。

 出る理由が、見つからなかった。

 

 いつしか、誰もが遠巻きに己を見るようになっていた。

 相変わらず、己を罰することのできる者は現れない。

 

 外の世界には、もっと多くがあると知った。

 故に出ることに決めた。

 波に揺られ、風に吹かれて。

 

 外の世界は広く、しかし、それでも罰はなかった。

 罪人と呼ばれながら。

 それでも、誰も己を罰することはできないままだ。

 

 様々な人間に出会った。あの男に会ったのは偶然だ。おそらく向こうは違うのだろうが。

 

“ジハハハハ! おれと共に来い!”

 

 酒を片手に、そう言われた。

 生きることが、楽になった。

 彼の下にいれば、わざわざ取りに行かなくても食事ができた。

 

 己が罪人であることはわかっている。

 だが、未だ実感はない。

 

 罪も、罰も。

 敗者の戯言ではないのか?

 

“おれはこの海を支配する!”

 

 かつて共に来いと言った男は、そう宣言した。

 丁度いい、とそんな風に思った。

 この海を、彼が支配できるのならば。

 

 この世界には罪などなく。

 それは人が生み出した妄想なのだと。

 そう、証明ができる気がした。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 ただの海賊が、その数十年において一度も捕まらないということなどあり得ない。

 その海賊は正しく“伝説”であり、怪物であるのだ。

 ──ヒトヒトの実幻獣種、モデル“鬼”。

 現時点において長き歴史においても一例しか確認されぬ、妖の能力。

 故にその男は、今日この時まで生きてきている。

 

「お主相手に手加減できると思うほど、某は自惚れておらぬでござる」

 

 筋肉が肥大化し、その体が巨大化する。肌の色も浅黒くなり、額には二本の角が出現した。

 その姿は、まさしく伝承における“鬼”そのもの。

 普通ならばその姿に対して恐怖を覚えるか、或いは対抗するために身構えるか。何かしらの動きを見せるものであるがガープにそんな気配はない。

 

「刀はどうした?」

「ああ、どうにも肌に合わぬので弟子に渡したでござる。レイリーの強さを知ろうと思ったのでござるが、どうにも上手くいかぬものでござるなぁ」

 

 まるで世間話でもするかのような会話。だが、直後。

 互いの右拳が、衝突した。

 

「それにまあ、なんというか。──結局某は素手の時が一番強いでござるよ」

「ふん」

 

 拳同士がぶつかる音の中、しかし、互いの表情には余裕がある。

 衝撃によって周囲の瓦礫が吹き飛ぶが、その中心の二人には欠片のダメージすらもないのではないかと思わせるほどにその動きには揺らぎがない。

 右拳。

 左拳。

 右足。

 左拳。

 そして──右拳。

 まるで示し合わせたような攻防。互いの一撃は並の海賊、或いは海賊ならば耐えることさえ許されないほどの力を持つ。

 互いに、“伝説”。

 流れた年月の果て、全盛期の力と比べれば衰えは確かにある。だがそれでも、ここにいるのは間違いなく世界の頂点で戦い続けてきた者たちだった。

 

「埒が明かぬでござるな」

 

 呟くと、ジュウゾウが後ろへ飛んだ。距離を空ける。

 

「某としてはさっさとシキのところへ行かねばならぬのでござるが」

「貴様に忠誠心などというものがあるとはのう」

「忠誠とは違うでござるな。これはただの……お主らの言葉でいうところの契約関係でござる」

 

 ジュウゾウが両手を広げた。掌を上に向け、何かを始めようとする。

 彼が何をしようとしているのかをガープは知っている。その上で受けて立つと決めた。

 

「奴がおらぬ時は某が指揮をとる。昔からの契約であり、約束でござるよ」

 

 そして、ジュウゾウが動いた。その両手を中心として、幾つもの青白い炎が出現する。

 

「“鬼火”」

 

 古来より、強大な力を持つ鬼は様々な自然現象を操るとも謳われている。そしてジュウゾウが操るのは人類の文明における根源たる存在、『火』だ。

 それは人の文明を進化させてきた力であると同時に、最も恐怖された概念でもある。

 故に“鬼”はそれを操るのだ。

 彼らは畏れそのものであるが故に。

 

「“征伐”」

 

 数にして二十ぐらいか。拳大──それでも彼の拳のサイズを考えれば巨大な炎がガープを目掛けて放たれる。

 地を這うようにして飛来する炎。それを冷静に見極め、ガープは前に出た。一発も掠ることさえない。

 ガープに当たらなかった炎が彼の背後に着弾した。爆発はない。しかし、着弾した場所が一気に燃え上がる。

 しかし、その炎は持続しない。一瞬で燃やし尽くし、元が無くなれば青い炎は消えてしまう。

 

「隙ありでござる」

 

 炎のことなど互いに既に思考の外だ。元より当たらないとは思っていた攻撃によってガープの進行方向を限定していたジュウゾウが、その先で待ち構えている。

 だが、その程度のことはガープも織り込み済みだ。

 叩きつけるような踵落としを、ガープは左腕で受け止めた。鈍い音と共にガープの体が床に沈む。

 だが、彼はそのまま右拳を振り抜いた。打ち上げるような一撃をしかし、ジュウゾウが肘で受ける。

 

「────!」

 

 視線の交錯は一瞬だ。ジュウゾウが受け止められた右足を支点に空へと跳ね上がる。そのまま彼は空中を蹴った。“月歩”の技術など、このレベルになれば実戦の中で必要に応じて習得している。

 空中を蹴り飛ばし、凄まじい速度で突撃するジュウゾウ。それを迎え撃つガープ。

 交錯は一瞬だった。しかし、その瞬間に互いの接触はない。

 音が遅れて響く。地面を叩き割ったジュウゾウの一撃を、紙一重でガープは避けた。

 

「ぬん!」

 

 ジュウゾウが地面を割ったのは左腕だ。彼の左側に回ったガープが人の身を捻り、左腕の裏拳を叩き込む。だがそれを右掌でジュウゾウは受け止めた。

 接触から周囲に音が響くまでに間がある。それほどまでに、二人の攻防の密度が高いのだ。

 そして、次の一撃も同時だった。

 ガープの右拳の振り下ろしと、ジュウゾウの左拳のアッパー。交錯するそれらはぶつかることなく、互いの頭部を捉えた。

 衝撃と、轟音。

 二人の体が吹き飛び、瓦礫へと叩き込まれる。

 

「いやぁ、楽しいでござる」

「ほざけ」

 

 共に、ダメージは軽微。

 すぐに立ち上がると、互いの敵を見据えて構えをとる。

 今の攻防を、どれだけの人間が追うことができるのだろうか。

 周囲には誰もいないその戦場で、“伝説”は殺し合っている。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 ──決して誰にも言えないことがある。

 

“お前は強い海兵になるんじゃ!”

 

 自身の孫に対し、ガープはそう言い続けてきた。だが、その言葉を口にしながらも心のどこかでそうならない未来を確信していたのだ。

 息子がそうであった。この世界に疑問を抱き、今や革命軍のリーダーになっている。

 自分で選んだ道だ。後悔のないように生きればいいと思う。そもそも言って聞くような人間でもない。

 誰に似たのかとボヤけば、いつも同期の男に鏡を渡されていた。

 ──だから、衝撃だったのだ。

 

“じいちゃん。……海兵になるには、どうしたらいいんだ?”

 

 いつになく真剣な顔でそんなことを言った孫。その姿に、最初は言葉が出なかった。

 

“海賊になるんじゃなかったのか?”

 

 思わず、といった調子で口からそんな言葉が出てしまった。言った後にしまったと思ってしまうくらいにあの時の自分は動揺していたのだろう。

 だが自身の孫は、見たことがないほどに真剣な顔で言ったのだ。

 

“海賊は……もう、いいよ”

 

 衝撃だった。忌々しいと思っていた赤髪海賊団の影響を受け、海賊を志していたはずの孫がこんなことを言うとは。

 ……思い当たることは、一つしかない。

 少しだけ、嫉妬した。この子にとって、あの少女はそれほどまでに重く、大切な存在なのか。

 自分の言葉を受けても何一つ曲げなかったこの子が、あの子のために。

 

“確かに、海兵になれと言っておったのはわしじゃ。……手続きについては、わしがやろう。海軍は年中人手不足じゃ。特に問題もなかろう”

 

 言うと、孫は首を横に振った。

 

“おれだけじゃねぇんだ、じいちゃん”

“……あの子もか”

 

 やはり、と思った。

 いや、だからこそ、か。

 

“頼みがあるんだ、じいちゃん”

 

 そして、少年は言う。

 自分にこんな真剣な頼み事など、一度もしたことがなかったのに。

 

“一緒にいたいんだ”

 

 彼の願いは、ただそれだけだった。

 ──ああ、そうかと。

 世界中から“英雄”と呼ばれる男は、その一言で全てを察した。

 

 小さいと、幼いと、守らなければならないと思っていたこの子は。

 いつの間にか、一人の“男”になっていた。

 

 嬉しくもあり、寂しくもあり。

 複雑ではあったが……誇りに思える、ことではあった。

 

“わかった。しかしそのためには力が必要じゃ。お前は勿論のこと、あの子もな。……今まで以上に厳しくするが、耐えられるか?”

“うっ……だ、大丈夫だ!”

 

 その言葉に、そうか、と頷いた。

 あの時、自分はどんな表情を孫に見せていたのだろうか。

 

“しかしそれも明日からとしよう。……マキノのところへ行くぞ、ルフィ。今日は好きなものを食わせてやろう。あの子も呼ぶといい”

“え、本当かじいちゃん!?”

“わしが嘘をついたことはないじゃろう?……なんじゃその顔は”

 

 全く、と疑わしげな表情をする孫に対して呆れを向けながら。

 しかし、この時“英雄”と呼ばれた男は確かに誓ったのだ。

 

 たとえ、何があっても。

 この二人だけは、絶対に。

 

 絶対に──幸せに。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 ガープの強さはただただシンプルな強さだ。

 頑強な肉体、それを支える精神、そして長い人生において培われた経験。

 その全てが常人のそれを遥かに凌駕しているからこそ、彼は“英雄”と呼ばれている。

 

「流石でござるなガープ。余力など望むべきではないでござるか」

「当たり前じゃ。貴様はここでわしが叩き潰す」

 

 繰り返された攻防における天秤は、ガープの方へと傾いていた。僅かずつではあるが、ジュウゾウの方が押されている。

 

(本当にふざけた強さでござるな)

 

 ジュウゾウは内心で呆れを零す。彼の食べた悪魔の実の真骨頂は鬼火を操れることなどでは決してない。あれはあくまでオマケのようなものだ。それだけで人を殺害するくらいなら容易い炎であるが、この海兵には通用しない。

 動物系ヒトヒトの実幻獣種、モデル“鬼”。

 その真骨頂は純然たる肉体の強化にある。ただでさえ誰一人止めることの叶わなかったジュウゾウの暴力を更に高めたのがこの悪魔の実だ。頑強な肉体は更に硬く、凶悪なまでの筋力は更に強大に。

 そこらの海兵であれば拳で風穴を空けることさえ可能なジュウゾウの力と、この海兵は正面から己の肉体のみで渡り合っているのだ。

 

「シキのところに行っておるのはお主の孫でござろう? これはますます、加勢にいかねばならんでござるな」

 

 この化け物の孫だ。未だ直接見たことはないが、おそらく相応の力を有している。そうでなければガープがシキのところに孫を一人で行かせないだろう。

 

「そうじゃな。あやつは強い海兵になりおった。あやつはシキを倒すじゃろう」

 

 ふと、ジュウゾウは違和感を覚えた。今のガープの言葉には、かつての彼から感じたことのある感情とは全く違うものを感じたのだ。

 喜びでも、怒りでも、哀しみでも、楽しみでもない。もっと別の『何か』。

 ──彼は知らない。

 人はそれを、“誇り”と呼ぶのだということを。

 それを誰からも学べなかった怪物が、知るはずもない。

 

「……羨ましいでござるなぁ」

 

 ガープがここまで言う男。いや、違う。

 ここまで言うことができる者がいるという事実が、羨ましかった。

 

「“鬼”が何を嘆く」

 

 ガープの言葉は冷たい。ジュウゾウは小さく笑った。

 

「そうでござるな。──では鬼らしくいくとするでござる」

 

 彼の周囲に無数の鬼火が出現した。それらは踊るように宙を舞う。

 ようやく本気か、とガープが言う。

 それに対し、違うでござるよ、とジュウゾウは応じた。

 

「これは“必死”でござる」

 

 ガープがこの二十年で得たのは今シキと戦っているという孫だろう。羨ましいことだ。そういう存在を手にできたということが。

 ジュウゾウにもきっとそういう存在はいるかもしれない。そういう関係を持ったこともある。だが、情を持てたかというと難しいだろう。

 人は己に向けられた感情以外の感情を理解できないのだという。ならば、ジュウゾウに理解できる感情に親子の親愛というものはない。

 それがあったら、“鬼”になどなっていない。

 

「“鬼火纏”」

 

 周囲の炎がジュウゾウの体に収束していく。

 文字通り、青き炎を“鬼”は纏う。

 ──ただ、一つだけ。

 ジュウゾウがかつてガープと殺し合った頃と違い、学んだことがある。

 

 己の足を切り落としてでも、戦う力を求めた少女がいた。

 その少女の瞳に宿っていたのは、“必死”という感情。

 文字通りに命を賭け金とする在り方。

 

「お主を殺すともなれば、こうでもせねば届かんでござろう。後のことは……まあ、その時考えるでござるよ」

「なるほど、確かに違うようじゃ」

 

 そして、今度はガープが踏み込んだ。

 全身に青い炎を纏う“鬼”の姿はある種幻想的であり、見る者に根源的な恐怖を抱かせる。しかし、“英雄”は畏れない。

 放たれたのは右の正拳突き。空を裂くような鋭い音ともに放たれたそれをジュウゾウは左腕で受ける。

 直撃の轟音と、ガープの拳が焼ける感触。だが彼は止まらない。そのまま右足の蹴り。それをジュウゾウは左足で受け、更に右足で地面を蹴った。

 

「“鬼火纏・神楽舞”!」

 

 身を捻り、回転を乗せた右拳を叩き込む。それをガープは左腕で防ぐが、直撃の瞬間、炎が彼の眼前に広がった。

 

「く……!」

 

 視界が奪われる。次の瞬間、彼の右脇腹へジュウゾウの蹴りが直撃した。

 堪えきれず吹き飛ばされるガープ。瓦礫へと突っ込んでいった彼に対し、ジュウゾウが炎を展開する。

 

「“鬼火・征伐”!」

 

 追撃の炎。しかしそれを突き破るようにして瓦礫が飛来する。

 

「“拳骨隕石”!」

 

 ただの腕力で砲弾を投げるガープの得意技だ。……技と言ってもいいのかはわからないが、普通に砲撃するよりも遥かに高い速度と威力で突っ込んでくるそれは、砲弾ではなく瓦礫であっても脅威である。

 身を屈めてそれを避けるジュウゾウ。その眼前にガープが迫る。瓦礫を投げることで直線コースの障害を排除したのだ。そのまま加速を乗せた拳がジュウゾウに迫る。

 ──しかし。

 

「焦ったでござるな」

 

 その拳は、虚しく宙を──否、炎の幻影を貫いている。

 

「“鬼火・泡沫”」

 

 炎による分身を作る技だ。“見聞色の覇気”を使えば──否、目を凝らせば気付けるレベルの分身ではあるが、一瞬の密度があまりにも高い二人の攻防内であればこそ有効に作用する。

 吹き飛び、一度ガープが姿を見失った時点で仕込みは終わっていたのだ。炎の幻影の背後。身を縮めていたジュウゾウがガープの懐に潜り込む。

 避けることも、防ぐこともできない。隙だらけだ。

 

 

「“鬼火纏・金色夜叉”!!」

 

 

 拳ではなく、貫手。その絶大なる膂力を込めた炎を纏う一撃が、ガープを深々と貫いた。

 

 

◇◇◇

 

 

 本当のことを言えば、ルフィに行かせるつもりはなかった。

 大海賊にしてかつての四皇“金獅子のシキ”。その強さと厄介さをガープはよく知っている。故にシキとは自分が戦うつもりだった。

 だが、あの時。

 あの道化を殴り飛ばし、シキと相対する背中を見て。

 

 ──任せよう。

 

 自然と、そう思った。思わせてくれた。

 それほどまでに、自らの孫は成長していたのだ。

 ならば己のすべきことは、そこに横槍を入れさせないこと。

 ルフィは勝つだろう。あまりにも未熟で、手段についても思いは及ばないが。

 それでもきっと。

 孫は、勝つはずだ。

 

“一緒にいたいんだ”

 

 あの日、そう願って。

 そして、その通りに生きてきた男を。

 そのために命を懸け続けてきた男を。

 ──信じぬ理由が、どこにある?

 

 

(一瞬、意識が飛んでおったか)

 

 深々と貫かれた肉体。貫通はしていないようだが、体の内側を焼かれている感覚があった。

 どんな強者でも内臓までは鍛えられない。そこはいつだって人体の急所だ。

 だが、“英雄”は止まらない。

 

「いい、一撃じゃ」

 

 絞り出すような声と共に、ガープは自身を貫く腕を掴んだ。掴んだ左腕が炎で焼かれる。

 自身の体から腕を抜くためか?──否だ。

 逃さないために、掴んだのだ。

 

「ぬ、この」

「ぬうェい!!」

 

 全力の、何もかもを貫くような拳が放たれた。ジュウゾウの顔面を貫いた一撃は、確かに彼の脳天を貫くような衝撃を与えた。

 顔を仰け反らせ、そして衝撃によって後退するジュウゾウ。それにより、ガープの体を貫いていた腕も抜けた。

 

「まだ、まだ……!」

 

 頭が吹き飛んでいてもおかしくない渾身の一撃を受けてなお、ジュウゾウは倒れなかった。身を戻し、ガープを見据える。

 青き炎が、その感情を映すかのように燃え上がる。

 

「“鬼火纏・祭囃子”!!」

 

 それは拳の連打であった。しかもいくつかの拳は炎によって形作られたものであり、それを受け止めれば恐らく身は焼かれ、燃え尽きる。

 だが、彼は退かない。

 

「────!!」

 

 喉元まで迫り上がってきた血を吐きながら、“海軍の英雄”は吠えた。

 放たれる拳と炎の全てを、真っ向からガープは受けてたつ。

 轟音と、炎を裂く音と。

 まるで久遠のように長い時間、双方の間に幾度も衝突が起こった。だが、徐々に。本当に、少しずつ。

 

「ぬ、う、あ、ああっ!!」

 

 ガープが、押し始める。

 ジュウゾウには理解できない。普通の拳と炎の拳。手数ではこちらが上。渾身の一撃こそ貰ったが、それでも体を貫かれ、内部を焼かれた男よりは軽傷だ。

 更に、ガープは打ち合えば打ち合うほどにその身が炎に焼かれていく。

 なのに。

 拳が、“鬼”へと迫る。

 

「ぬ、あ」

 

 一撃が、ジュウゾウの腹部へと炸裂した。

 そう、炸裂。まるで爆発でもしたかのような衝撃が彼を襲い、一瞬、動きを止める。

 

「が、は」

 

 そしてそうなればもう、その拳を止める手段はない。

 それを拳による一撃と呼んでもいいのか。まるで爆弾の炸裂──いや、それ以上か。

 ジュウゾウの膝が折れる。その顔面に、叩きつけるような一撃が放たれた。

 

「“拳骨”」

 

 静かな、しかし、絶望の宣告だった。

 地面が割れ、砕けるような衝撃。

 大地が揺れるのではないかと思えるほどの渾身の一撃を受け、“鬼”が倒れる。何かの言葉を発することさえも許されなかった。

 ──立っているのは、火傷まみれの“英雄”だけ。

 

「言ったじゃろう」

 

 倒れ伏した“鬼”を見下ろし、彼は言った。

 

「わしが、お前の“罰”じゃと」

 

 

 シキの居城一階、“海軍の英雄”ガープVS“殺人鬼”ジュウゾウ。

 勝者──ガープ。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

“ほう、拳骨でござるか。それが罰であったと?”

“私の両親は争いを嫌う人でありましたが。……私が悪さをすると、拳骨を落とされました”

 

 いつかの記憶。とある酒の席での見知らぬ男との会話。

 

“しかしそうか、拳骨とは”

 

 そういう罰もあるのかと、男は笑った。

 

“某はそういった経験がないでござるからなぁ”

 

 酒を煽りながら、男は笑う。

 笑って、いた。

 

 それは最早、遠い記憶の彼方。

 その“鬼”にその“罰”が届くのは……ずっとずっと、先の未来。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 ジュウゾウの懐から鍵を取り出したガープは、思わずその場に膝をついた。思った以上にダメージは深刻だ。少し休まなければならないだろう。

 衰えたと、そう思う。かつての己であれば、こんな深手を負うことはなかっただろうに。

 

「時代に決着を、か。……そうじゃな、頃合いかもしれん」

 

 この戦争の結末によっては、一つの決断をする必要もあるかもしれない。

 

(何、心配なかろう)

 

 この戦争が勝利で終わるのであれば。

 きっと、未来は明るい。

 

「……ん、おお」

 

 気配を感じ、振り返る。そこには、あの子を助け出してくれたCPの男がいた。

 

「あの子の錠の鍵じゃ」

 

 投げ渡すと、それを男は右手で受け取った。

 

「……いいので?」

「わしはちと休む。流石に歳じゃ」

 

 ふう、と息を吐くガープ。すまんな、と彼は男──ロブ・ルッチに言葉を紡いだ。

 

「お前さんも随分疲れておるじゃろうに」

「この程度」

 

 言い切ると、失礼します、という言葉と共にルッチが移動する。

 見事なもんじゃ、とガープは小さく笑った。

 そして、一息。

 かつてならば見えた“未来”も、衰えと共に見れなくなった。だが、いい。

 見えなくなったなら、信じれば。

 

「ルフィ。お前は、強い海兵になった」

 

 なって、くれた。

 だから、それだけでいい。

 あとはもう、信じるだけで。

 

 

 

 









おかしい、超格好いいおじいちゃんを書きたかっただけなのに。
なんかめっちゃ重い。
それはそれとして強くなった孫の姿を見て喜ぶおじいちゃんはいる。


盛られた設定。
ヒトヒトの実幻獣種モデル“鬼”……図鑑にも載っていないような悪魔の実であるため、モデルが間違っている可能性が割と高い。それこそ“大仏”や“大入道”、“大口真神”のように固有のモデルがある方が自然。食った本人が気にしていないので多分ずっと謎。
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