逃亡海兵のルフィとウタ 短編集   作:Nines star

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逃亡海兵ストロングワールド⑰

 

 

第二十話 背負った想い

 

 

 

 

 

 激しい戦闘の音が響く。

 シキの居城からの脱出を目指すウタたちはしかし、激しい攻撃に晒されていた。先程の少女、イルとの戦闘から時を置かず追手が現れ始めたのだ。

 

「“鉄塊”!」

 

 殿を務めるブルーノが自身の体を硬化させ、後方から迫る銃弾を受け止める。だがその“鉄塊”には揺らぎがあった。僅かに受け切れず、血が流れる。

 

「ブルーノさん!」

 

 ウタが思わず声を上げる。だがCP9の“六式使い”は倒れない。

 

「ナメるな。──“嵐脚”!」

 

 振るわれた足から二つの斬撃が飛んだ。それは廊下の左右の壁を割り、瓦礫を落とす。それにより、少しの時間稼ぎができた。

 

「こっちへ!」

 

 先頭を行くオリンが銃を構えながら指示を出す。シキの居城は広い。真っ直ぐに抜けられればいいが、こうも次から次へと追撃をされてはどうしても時間がかかってしまう。

 イルを倒した後から相手側に指揮官でも現れたのか、出会い頭の戦いばかりだったのが待ち伏せや追撃を受けるようになった。こちら側は全員が既に傷を負っている。どうしてもその移動は遅くなっていた。

 

「大丈夫ですか?」

「心配の必要はない。我々の任務は“歌姫”の確保だ」

 

 ウタの部下の海兵の呼びかけに対し、ブルーノがそう応じる。この場の者たちの中で最も傷が深いはずなのに、誰よりも体を張っている彼はウタの方へ視線を向ける。

 

「いいか“歌姫”。シキは二十年近い時間をかけて今回の計画を進めている。その時点でありとあらゆる可能性を考慮したはずだ。今の海軍の戦力、世界情勢、自身の勢力、その全てを。……おそらく、お前を手中にしようとしたことは計画外のことだ」

 

 ウタが海兵になってからは数年の時間が経っているが、彼女とルフィが本格的に名を挙げたのはここ一年程だ。更に言えば、世界中に名が轟いたアラバスタ事件におけるクロコダイル討伐からはそう時は経っていない。

 広報役としての“歌姫”ならばともかく、対海賊としての“歌姫”の名について知られ始めたのは最近なのだ。

 

「計画外?」

「そうだ。わざわざ軍艦で移動中、万全の状態のお前たちを襲撃して自分の存在を表に出すリスクまで負ってシキはお前を攫った。それはつまり、それだけのリスクを犯すだけの理由があったということだ」

 

 銃声が響く。オリンが両手にそれぞれ持った短銃の音だ。待ち構えていた海賊たちの武器をそれで弾き、そこに彼女の部下たちが銃撃を間髪入れずに叩き込む。

 

「“斬時雨”!」

 

 そして、そこへ走り込んだたしぎが海賊たちを斬り伏せた。彼女は息を切らしながらこちらを振り返る。

 

「つまり、ウタ准将にシキはそれだけの価値を見出しているということですか?」

「そういうことだ。世界政府としても“歌姫”の力についてはそれだけの価値を見出している。そうでなければ事情を知る“麦わらのルフィ”と同じ部隊になどしないだろう。あの男はあの男で本来部隊を別に率いるところを二人の指揮官という特殊な状態にしている」

 

 それについてはウタも理解していたことだ。通常、准将と大佐が同じ部隊を率いることなど大規模な作戦でもなければあり得ない。既に二人が合わせて知名度を上げていたこともあるが、それ以外に自分のウタウタの実の能力が関係していることはわかっていたのだ。

 海軍本部大佐“麦わらのルフィ”は、ウタを守るために彼女と同じ部隊を率いている。

 

(私は、本当にダメだ)

 

 夢を諦めさせ、側にいて欲しいと我儘を言って。そして今、自身を守るために同じ部隊にいて。

 それを……喜んでしまっている。

 これほどまでに彼を縛り付けているのに。浅ましいと、そう思ってしまう。

 

「いやでも、ルフィ大佐に部隊率いるとかできんのかな?」

「率いるのはできるだろ。あの人の部隊に入れって言われたら喜ぶ奴多いし。今もうちの部隊って志願者馬鹿みたいに多いんだろ?」

「そりゃ准将と大佐の下だぞ? 異動しろって言われたらおれはブチギレて元帥のとこに殴り込むね」

 

 そんなウタの胸中など知らず、彼女の部下三人は好き勝手に言い始める。きっちりと前を行くオリンとたしぎの援護をしている辺りは流石に優秀だ。

 

「でも大佐の下だと戦闘時は誰も指示をしてくれないわよ?」

 

 先頭を走るオリンが苦笑と共に言う。ああ、とウタも含めて全員が納得した。

 

「戦闘始まったらまず突っ込むからなあの人」

「指揮官が囮とかいうわけがわからねぇことになるよな毎回」

「准将がため息吐いたら戦闘開始みたいなとこある」

 

 うんうんと頷く部下たち。ウタも小さく笑った。作戦を説明しても──というかほとんど聞くことさえないが──基本勝手に突っ込んでいく。その姿にウタがため息を吐き、そして彼女が指揮を執るのだ。それが彼女の部隊の日常だった。

 

「……まあ、お前たちの部隊の事情はわからんが」

 

 ブルーノが流れを変えるように言葉を紡ぐ。いずれにせよ、と彼は言葉を続けた。

 

「“歌姫”、お前の確保は絶対だ。──そのためには絶対に立ち止まるな。この場の誰がどうなってもだ」

 

 その言葉に反射的に反論しようとするが、しかし、ウタはギリギリで踏み止まった。感情だけで言葉を吐けるような立場でないことを彼女も理解している。

 手にかけられた錠を見る。これさえなければ、と唇を噛み締めた。

 

「ブルーノさん!」

 

 そこに、オリンの声が飛んだ。背後、複数の海賊たちがこちらへ銃を向けている。

 

「おれの後ろに回れ!」

 

 振り返り、両手を広げるブルーノ。だが、直後。

 

「──ガフッ」

 

 大きな血の塊を吐き、彼が膝を折った。当然といえば当然だ。急所こそ外したが体の中心を刀が貫通した傷を始め、幾つもの深手を負っている。更にイルとの戦闘の後も彼は殿としてその体を張り続けていた。限界が来たのだ。

 

「ブルーノさん!」

「くそ! 大丈夫か!?」

「く……」

 

 周囲の声に対しても受け答えができない。それでも彼は力を込めて“鉄塊”を発動しようとする。

 そして、海賊たちの引き金が絞られる瞬間。

 

 

「“飛ぶ指銃・撥”」

 

 

 声と共に、無数の斬撃が飛来した。背後から貫かれ、海賊たちが倒れ伏す。

 

「……ルッチ……」

「不覚を取ったか、ブルーノ」

 

 その海賊たちの背後から現れたのは、肩に鳩を乗せた男だった。

 ──世界政府の鬼札、“殺戮兵器”ロブ・ルッチ。

 

「……すまない……」

「いや十分だ。よくやった。──これを」

 

 ルッチが何か小さなものをこちらへと投げてくる。それを慌ててウタの近くにいた海兵が受け取った。

 

「鍵?」

「“歌姫”の錠の鍵だ」

「マジか!?」

 

 驚きの声を上げる海兵たち。思わずウタがルッチを見ると、彼は息を吐いた。

 

「ガープ中将が手に入れた鍵だ」

「准将、錠を外します!」

 

 慌てて錠を外そうとする部下たちに小さく頭を下げ、錠のかけられた両手を差し出すウタ。しかし、視線はルッチを向いている。

 

「ガープさんは無事なの?」

「『疲れた』だそうだ。……こちらが心配するような男ではないだろう」

 

 その言葉に、ほっとウタは息を吐いた。ルッチの言う通り心配することが失礼になるような人物であるが、それでもウタにとっては幼い頃から知っている身内だ。……思うところは色々あるが。ジャングルとか風船とか谷とか。

 そんなことを話しているうちに、音を立てて錠が外れた。直後、いきなり軽くなった体がふらつく。

 

「准将!」

 

 近くに来ていたオリンが支えてくれた。ありがとう、と言葉を返す。

 

「これでようやく、私も戦える」

 

 拳を握る。周囲の者たちが傷つく中、足手纏いになり続けていたのだ。どうしても思う部分はある。

 だが、そんなウタに制止をかけたのはルッチだ。

 

「悪いが自由になった以上すぐにでも離脱してもらう。誰がどうなろうとお前を外の海軍と合流させることが最優先だ」

 

 ルッチと視線がぶつかる。何か、と問う彼に対し、ウタは告げた。

 

「私は外の海軍とは合流しない」

 

 ピクリと、ルッチの額の血管が動いた。オリンも声を上げる。

 

「どういうことですか? 早急に合流し、准将の力を」

「その方法の問題なの」

 

 彼女に対してそう返すと、いい、とウタはこの場の者たち全員に対して言葉を紡ぐ。

 

「今外の海軍と合流しても私の能力が届く範囲は僅かだけ。それじゃこの戦争は終わらない」

 

 周囲に視線を巡らせながらウタは言った。その中でこの場で最も説得が難しい男であろうルッチを改めて見据える。その視線に気付いたのだろう。ルッチが口を開いた。

 

「ならばどうする?」

「この城の司令室を制圧する」

 

 えっ、という声が部下たちから漏れた。ルッチの眉もピクリと反応する。

 

「シキはここであの怪物たちの実験をしてたんでしょ?……確証はないけど、司令室にはそれを管理するための設備が整っているはず」

「それを利用するということか?」

「そのつもり」

 

 ルッチの問いに対してそう応じる。確証はないと言ったがほとんど確信に近いものはあった。住民の監視のためにあるとあの巨大な電伝虫についてあの村の者たちは認識していたが、おそらくそれはついでだ。その本来の目的は実験を施した怪物たちの監視と管理がその主目的であるはず。

 

「私の能力は私が歌を“聴かせる”ことさえできれば、相手を問答無用で眠らせることができる。司令室の設備を使ってマリンフォードとも繋ぐことができれば、島とマリンフォード全てに同時に歌を届かせることができるはず」

 

 そうなればこの戦争も決着だ。長時間は持たないが、動きを止めてしまえば後はどうとでもなる。

 

「……確かにそれができれば最善だが」

 

 ルッチが言いつつ周囲の者たちを見た。皆傷だらけで満身創痍だ。司令室ともなれば相応の戦力があるはず。この戦力で突破できるのか。

それを理解したのだろう。ウタはルッチから視線を外すと、ごめんなさい、と周囲に言葉を紡ぐ。

 

「命を懸けて貰うことになるかもしれない」

 

 いや、かもしれないなどということはない。この少数で敵の本拠を制圧するというのだ。容易くいくはずもないのだから。

 そんなウタの言葉に、最初に頷いたのはオリンだ。

 

「今更でしょう?」

 

 他の部下たちもそうだな、と頷いた。

 

「命懸けなんていつものことですよ」

「大佐がいないのはちょっと不安だけど」

「まあでも、なんとかなるでしょ。いつだってそうだった」

 

 散々無茶に付き合わせてきた部下たちは、何を今更というように肯定の返事を返してきた。その姿に苦笑を返す。

 

「私も付き合います」

 

 たしぎも頷きを返してきた。ありがとう、と彼女に告げると、ゆっくりとしゃがみ込んでいた男が立ち上がる。その人物の名をウタが呼ぶ。

 

「ブルーノさん」

「……おれも付き合おう。おそらくそれが最善だ」

 

 その姿を見て、ルッチが息を吐いた。

 

「……そういえば、お前は店で……いや」

 

 小声でルッチが何かを呟いていたが、それは届かなかった。彼は一度大きな息を吐くと、確認だ、と言葉を紡ぐ。

 

「お前の歌は怪物共にも届くのか?」

「届く」

 

 即答した。

 

「ううん、届かせる」

 

 それが、彼女の信念であり“正義”なのだ。

 あの男の子が愛し続けてくれているこの歌を、ここにいる“歌姫”は絶対に疑わない。

 

「相手は獣だ」

「関係ない。……音楽にそういう垣根はないの。性別も、年齢も、人種も、文化も、人であってもなくても。私の歌は届く。届けてみせる」

 

 だから、と彼女は言った。

 

「この戦争は、私たちが終わらせる」

 

 その『たち』には多くの意味が含まれていた。無論、彼女と向かい合っている男も含まれている。この場の全員も含まれている。

 この戦争で明日の“平和”を願って戦う『全て』が含まれているのだ。

 そして無論、あの麦わら帽子の少年も。

 

「──最後の質問だ」

 

 ルッチがウタを真っ直ぐに見据えた。殺気さえも纏った視線に、反射的にウタの周囲の者たちが身構える。

 だが、それを正面から受け止める“歌姫”は微動だにしない。

 

「お前の背負う“正義”はなんだ?」

 

 今のウタはシキの用意した黒いドレスを着ており、正義のコートを着ていない。だがそれはあくまで視覚的な問題だ。彼女の背に“正義”は宿っている。

 彼女は一度目を伏せた。そして、信念と共に告げる。

 

 

「──“平和を届ける正義”」

 

 

 歌声と共に。

 彼女は、この世界に平和を届けるのだ。

 それこそが彼女が背負う“正義”の形。

 

「…………」

 

 ルッチはしばらくウタを正面から見据えていた。そして、一度息を吐く。

 

「承知した。確かにその方が効率的だ」

 

 そんな彼の言葉に対し、ありがとう、とウタが礼を言った。ルッチはウタに背を向けながら言葉を紡ぐ。

 

「礼など必要ない。……この戦争を終わらせたいのは我々も同じだ」

 

 そして、“歌姫”たちは動き出す。

 この戦争を終わらせるために。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 獣たちの咆哮と、空から降り注ぐ隕石。銃声に砲撃音、そして剣戟の音。悲鳴、怒号、そして悲嘆と歓喜。

 まるで地獄だな、とこの状況を作り出した大海賊──“金獅子のシキ”は他人事のように思った。

 

「“ゴムゴムのォ”!!」

「骨がある奴だ」

 

 鳥の背中から高速で移動した海兵の声を聞き、小さく呟く。高速移動ということはあの巨大化ではない──そう思ったシキの視界に、その光景が映る。

 

「“巨人の銃”!」

「何?」

 

 巨大化した腕がシキに迫り来る。シキは即座に飛び上がると、それをギリギリで避けた。

 

「くそっ!」

「クオッ……!」

 

 外したことに悪態をつく海兵──“麦わらのルフィ”に視線を向ける。墜落するように落下する彼を、彼がビリーと呼ぶ鳥が背中で受け止めた。

 ビリーの方も続く戦闘で大分体力の限界が近いらしく、息を切らしている。その背中に着地したルフィはそんなビリーを労わるように頭を撫でた。

 

「もうちょっとなんだけどな」

 

 呟くルフィ。その姿を見てシキは思う。

 

(さっきまで同時にはできてなかったよなァ……?)

 

 これだけ見せられると、あの海兵がしていることの原理についても理解が及ぶ。“麦わらのルフィ”については素性も含めて色々と調べさせた。

 ガープの孫、つまりあの革命家ドラゴンの実子という事実。ゴムゴムの実を食べた悪魔の実の能力者であり、先のアラバスタ事件でクロコダイルを討伐した“新時代の英雄”。

 

“クロコダイルを海軍本部の中佐が? んなわけねェだろう。どこのどいつだ?”

“それがどうもあのガープの孫と”

“……ほう、あの野郎のか”

 

 あの報道を聞いた時、それで納得した。あの“英雄”の孫というのなら、相応の才覚があっても違和感はない。

 そしてそれはこの戦いで確信に変わった。この男の才能はかつてのガープのそれを思わせる。

 ギア2と名付けられた技──自分の体がゴムであるということを利用して、ポンプのような機能を付与して血流の速度を上げる。それにより身体機能の限界を底上げしており、並の人間ならその速度を目で追うことさえも不可能なほどの戦闘能力を得る。

 ギア3と名付けられた技──どういう原理か空気を吹き込むことで自分の体を巨大化させ、更に硬度まで獲得している。その代わり、巨大化した弊害か速度がかなり落ちる。

 バランスの悪い戦闘能力だな、とシキは思っていた。その両方が同時に使えれば一気に戦闘能力が上がるのに、とも。

 だがそのバランスの悪さを、この男は徐々に改善し始めている。

 

(大したセンスだ)

 

 この軟弱な時代に生きる海兵にしては。

 

「おい、ガープの孫。──オメェ、おれの下につかねぇか?」

 

 そんなことを思ったからかもしれない。つい、そんな言葉が口から出てきた。

 言った後から、案外悪くないかもしれないと思う。あのガープの孫だ。鍛えればどれだけ強くなることか。

 

「ふざけんな!」

 

 だが、やはりというべきか即座にそう返答が返ってきた。シキは笑う。

 

「ジハハハハ、そう言うなよガープの孫。ベイビーちゃんと一緒に来ればいい。おれの支配する海で相応の地位を与えてやるぞ?」

「おれは海兵だ!」

「なるほど、海兵か。だがマリンフォードは滅びるぞ。おれが滅ぼす。そして東の海を滅ぼし、世界の海を支配する」

 

 両手を広げ、シキが笑う。

 

「その時にはもう海兵なんて肩書きに意味はねェ。それでもか?」

「何が支配だ! 海軍は負けねぇ! 東の海にも行かせねぇ!」

「──あァ、そうか。ガープの孫ってことはオメェも東の海の出か。なんというか、数奇な運命だなァ。ロジャーといい、ガープといい。おれの前にはいつもあの海の出の奴が立ち塞がってきやがる」

 

 嫌な話だぜ、と肩を竦めるシキ。そしてふと、ルフィの姿があの男に重なった。

 あの、どこまでも“自由”であり続けた男と。

 

“おれは支配には興味ねぇんだよ!!”

 

 幾度となく殺し合い、しかし、終ぞ互いの信念が交わることのなかった男。

 後に“海賊王”となり、そして大海賊時代などという爆弾を残して逝った男。

 

 ──ロジャーよ。これはおれにとってはお前との決闘なんだ。

 

 シキには誰にも明かしていないことが一つある。“支配”こそが彼の信念だ。だがそれはロジャーが死に、大海賊時代が始まった時点で捨て去ってもいいものでもあった。最早その世界に、彼が“支配”したかった──勝ちたかった男はいないのだから。

 しかし、全てを捨てることもできなかった。だからこそ計画を再び始めたのだ。一度は潰えた計画を、もう一度。

 

「ガープの孫。海賊ってのは海の支配者だ。この海全てを“支配”する存在こそが──“海賊王”だ」

「“海賊王”……?」

 

 史上唯一“海賊王”の称号を得た男もその最期は処刑だった。故にその男を超えるには、世界政府そのものを支配する他ない。

 故にこその戦争だ。奴の“自由”では勝てなかった世界政府を“支配”することで、あの男に勝利する。

 

「おれは海兵だからな。海賊ってのがどういうものかはよく知らねぇ」

 

 海軍の“新時代の英雄”が、そう言葉を紡ぐ。

 

「ろくでもねぇ奴をたくさん見てきた。どうしようもねぇ奴も大勢いた。けどな、おれが知ってる一番偉大な海賊は……“自由”だった」

「どこかの馬鹿のようなことを言うなァ、ガープの孫。だが、この海で最も“自由”だった男はオメェら世界政府に処刑された。その代わりに大海賊時代なんてふざけたもんを残していきやがったが」

 

 見下ろす側のシキと、見上げる側のルフィ。その光景が交わらない二つの考えを表しているようにも思えた。

 

「しかし妙な話だ。海兵のオメェが“自由”を語るなんざ。そもそもオメェはどうして海兵なんてやってるんだ? あのベイビーちゃんの親は“赤髪”だろう? その幼馴染だってんだから海賊になるもんだと思うが」

「……どこでそれを」

 

 僅かにルフィが動揺した。向かい合ってから初めての表情に、シキも笑みを浮かべる。

 

「ジハハハハ! ただの“情報”だ。海軍は隠してるみてェだが人の口に戸は建てられねェもんさ。一度表に出ちまった以上、どこからかは絶対に漏れる」

 

 そこまで言ったところでシキは気付いた。彼が言う“自由”な海賊とは、つまり。

 

「ってことは、オメェの言う偉大な海賊ってのはあの“赤髪”の小僧か。なるほど、目の付け所は悪くねェ。あいつはあの時代の海を知る海賊だ」

 

 何せロジャーの船で見習いをしていた男だ。かつての海についてはよく知っているだろう。今や“四皇”とまで呼ばれていることも勿論知っている。シキとしてはあの小僧が偉くなったもんだと思うと同時に、あのロジャーのところにいたんだから当たり前だとも思っているが。

 

「だが、ますますわからねェな。あの小僧を知ってる上に娘と幼馴染ってんならさっきも言ったように海賊になりそうなもんだが。……まさか、その背中の“正義”が理由なんて言うんじゃねェだろうな?」

 

 表情が険しくなったの自分でもわかった。正直、シキの見立てではルフィは海軍側──というより、秩序側の人間ではないように思える。

 正直ガープも大概だと思うがアレはアレで様々なものを呑み込んで秩序側にいる男だ。だからこそ余計にわからない。この若さでどんな“正義”を背負うのか。

 

「おれの理由はそんなに立派なもんじゃねぇよ」

「ほう」

「ただそれをお前に言う理由もねぇ」

 

 それもそうだ、とシキは肩を竦めた。そしてまあいい、と彼は言う。

 

「おれの下につきたくなったら言え、ガープの孫。ベイビーちゃんも含めて歓迎してやるぜ?」

「誰が!」

「ジハハハハ! 威勢がいいのは嫌いじゃねェ!」

 

 笑う。状況は未だシキの想定内だ。最悪、『最後の切り札』も残っている。

 メルヴィユの上空で“金獅子”が笑う。世界を支配しようとする海賊。それと向かい合うのは、未だ齢17の若き海兵だ。

 

 大海賊“金獅子のシキ”には、誰にも言っていない秘密がある。

 

 それは、理由。

 海賊は海の支配者という信念を実行に移した理由。

 

 かの“海賊王”ゴール・D・ロジャーが始めた大海賊時代。

 その海を支配することで、奴の“自由”に“支配”で勝利する。

 そんな身勝手であり、未練。

 この本心だけは、彼は誰にも告げていない。

 

 ──だが、彼は気付いていない。

 己の内側だけに秘めた理由でこれほどの戦争を計画し、それを引き起こした身勝手さ。それは悪辣ではあるが、それを人は“自由”と呼ぶのではないだろうか。

 何も“自由”とは、善なることだけではないのだから。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 世界政府の“殺戮兵器”ロブ・ルッチ。その戦闘能力は噂以上であった。

 司令室の場所をCP9である二人はきっちりと調査済であったらしい。先導すると言ったルッチが現れる海賊たちを次々と瞬殺していく。援護する暇さえない。

 

「……強い」

 

 思わずウタも呟いてしまう。何よりも動きに無駄がないのだ。“六式”をここまで完璧に、そして見事に使いこなしている者を彼女は知らない。

 どうしても“六式”はその性質上得意不得意が出てしまう。特に“鉄塊”と“紙絵”などは顕著だ。両方の性質が逆方向であるため、片方は上手くできるがもう片方は……という者は多い。ちなみにウタは“紙絵”が得意で“鉄塊”は苦手である。ルフィはルフィだ。

 だが、ロブ・ルッチにそういったものはないように思える。いや本当はあるのかもしれないが、そんなものは一切感じさせない練度だ。

 

「どけ。──“嵐脚”」

 

 振り抜かれたその一撃で、待ち構えていた海賊たちが薙ぎ払われた。ブルーノも十二分に超人と呼べるだけの実力を有していたが、ルッチの場合はその更に数段上の次元の実力を有している。

 ただ、とウタは思った。彼女の優秀な観察眼。ライブを始めとして人を観察する機会に多く恵まれた彼女は、普通の人間よりも他者の状態や調子に対して鋭敏な観察眼を有している。

 その観察眼が伝えてくるのだ。ロブ・ルッチは体を庇いながら動いている。最小限の動きも洗練されているということもあるが彼自身の状態もあって負担をかけないようにしているのだ。

 

(やっぱりみんなどこか無理してる)

 

 この案を出したのは自分とはいえ、やはりリスクは大きいと改めてウタは思う。ウタ自身も腹を刀で貫かれた傷は応急処置しかしていないし、いつ開くかもわからない。

 だが、だからこそ前に進むのだ。ルフィだって頑張っている。ここで自分が引くことはできない。

 

「止まれ。……あれだ」

 

 廊下の影からルッチが示す方向を見る。すると、二名の海賊が巨大な扉の前に立っていた。思わず眉を顰める。

 

「二人だけ?」

「お前たちが乗り込んだ時、奴らは盃を交わすために主要な人間をあの場に集めていた。その後すぐにこの状況だ。シキがああして“麦わら”と相対している以上、あの場から司令室に戻った人間はいない可能性がある」

 

 ウタの疑問に答えたのはブルーノだ。なるほど、とオリンが頷く。

 

「そうであれば中の制圧も簡単でしょうか?」

「事前の調査では元々司令室には非戦闘員が多いようだったが……この状況だ。おそらく最低限の守りはある」

「最低限で済むのであれば何の問題もないが。今のところ一人だけ動向が把握できない幹部がいる」

 

 ブルーノの言葉を引き継いだルッチが言う。一人とは、とオリンが問うとルッチが頷いた。

 

「“毒蛇のカガシャ”だ」

「……カガシャ」

 

 その名を聞き、思わずウタも呟く。あの日、シキの襲撃を受けた時に現れた女海賊だ。ウタの能力を考えると天敵ともいえる相手である。

 

「シキは“七宝剣”という高額賞金首による幹部集団を組織している。その中でもカガシャは古参だ。ただ、奴らは少々特殊な海賊でもある」

 

 言葉を引き継ぐブルーノ。彼は更に言葉を続ける。

 

「元々は非加盟国に長く存在し続けてきた暗殺者集団が母体だ。様々な事情により海に出ることになったようだが、長く蓄積されてきた暗殺者としての技術は決して軽視できない」

「この状況で暗殺者というのはゾッとしませんね」

 

 たしぎが言う。ただでさえ少数、そして敵の本拠地その中核。そんな場所にそんな暗殺者たちがいるというのか。

 

「中の状況もここからでは流石に読めん。こちらは少数だ。電撃戦しかないが」

「──17人」

 

 ウタが呟くように告げた。右手で軽く頭を押さえながら、彼女は言葉を続ける。

 

「外の二人と合わせて19人。強い気配は感じない」

「……わかるのか?」

 

 ルッチの問いかけに対して頷きを返す。あの壁の向こうにいる気配を確かにウタは感じ取っている。

 ウタの“見聞色の覇気”はルフィのそれよりも強力だ。それこそ絶好調の時のライブでは観客全体の気配の把握さえ可能である。

 だが、この距離で扉の奥の気配を把握できるような状態になっているのは初めてだ。

 

「どちらにせよ行くしかないだろう。強い気配がないならこちらにとってありがたい話だ」

 

 ブルーノのその言葉に全員が頷いた。ルッチが改めて扉の方へと視線を向ける。

 

「時間もない。……おれがあの扉を破壊する。一気に雪崩れ込み、制圧しろ」

 

 言うと、ルッチがその姿を変えた。

 動物系悪魔の実、ネコネコの実モデル“豹”。人獣型に姿を変えた彼を見て、他の者たちが驚愕の表情浮かべる。

 

「いくぞ」

 

 だが、彼らに対してルッチは何も説明することなく廊下から飛び出した。

 見張りの海賊二人がそんな彼の姿を見て反応する。だが既にルッチの行動は終わっている。

 

「“嵐脚・乱”」

 

 一瞬で放たれた複数の飛ぶ斬撃。それにより見張りの海賊たちが倒れ、更に背後の扉も切り裂かれる。

 扉の奥には驚愕した様子の白衣を着た者たちがいた。ルッチは速度を緩めることなく中への突撃を敢行する。

 彼は決して油断などしていなかった。むしろ気を張っていたといってもいい。

 ──故にそれは、その“二人”が異常であったのだ。

 

 

「危ない!!」

 

 

 響いたのはウタの声であり、同時に金属音だった。

 ルッチの頭上。そこから音もなく気配もなく彼を狙った暗殺者の一撃を、ウタが弾いたのだ。

 

「中はお願い!」

 

 誰かが何かを言う前に、ウタがその暗殺者の前に立ち塞がる。

 そこにいたのは、踊り子のような衣装とマフラーを身につけた女。

 ──“毒蛇のカガシャ”。

 海軍の誇る“歌姫”にとって天敵が、そこにいた。

 

 

◇◇◇

 

 

 どういうことだ、とルッチはその光景を前にして彼としては非常に珍しく動揺していた。

 油断はなかったし、慢心もなかった。“毒蛇のカガシャ”については海賊というよりも暗殺者としての性質が強いこともあって特別警戒していたのだ。しかしそれをあの暗殺者は超えてきた。今でも注視しなければならないほどに気配が薄い。

 先程の死闘──“海災”アルキディクスとの戦いの影響は確かにある。誤魔化してはいるが、内部を貫かれたダメージはすぐに抜けるものではない。だがそれを加味してもカガシャの動きは見事であった。

 

(なるほど、暗殺者としては一定のものがあるらしい)

 

 対面してなお捉えきれないほどに薄い気配。これがあの女の本領ということだろう。

 だが、なればこそわからない。ウタはその存在を捉えていた。彼女の“見聞色の覇気”の能力の一端は見せられたが、それであの気配を捉えることができるのか?

 だが、思考する暇はない。ここに来たのはカガシャ一人ではないのだ。

 

「ブルーノ、中を制圧しろ。おれはこいつらの相手をする」

 

 ウタとカガシャが向かい合う脇を抜けてこちらへと走り込んでくるブルーノへ告げる。

 

「“飛ぶ指銃・撥”」

 

 ばら撒くようにして弾丸になった“指銃”が放たれた。直後、それを受け切る金属音が響く。

 いつの間にここに現れたのか。取り囲むようにしてカガシャと同じような格好をした集団がいた。

 

「奴らを殺せ。“歌姫”は私が殺す」

 

 静かに指示を出すカガシャ。ルッチはふん、と鼻を鳴らした。

 

「舐められたものだ……!」

 

 まずはカガシャを殺す。そう決めたルッチはしかし、直後の光景で方針を変えることになる。

 

「させないよ。お前は私が倒す」

 

 正面の海賊に対し、“歌姫”が言い切った。直後、カガシャが動く。

 両手に持ったナイフを振り、床へと斬撃を走らせたのだ。応じるように前に出たウタの拳を受け止め、更に床へ斬撃を走らせる。

 何をする気なのかをルッチはすぐに悟った。同時、二人の立っている場所の床が抜け、階下へと落ちていく。

 

「……方針を変えるしかない」

 

 こちらへと迫り来るカガシャの配下たち。それらを迎え撃つ構えをとりながら、ルッチは呟く。

 最速でこの暗殺者たちを殲滅し、“歌姫”のところへ向かう。それが最適解だ。

 

 司令室前の廊下と、司令室内部。

 激戦、開始。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 階下へと落下したウタは一度上を見上げた。落ちたのは一階分だけだ。

 眼前にいるのは“毒蛇のカガシャ”。三億を超える賞金首に対し、ウタは言葉を紡ぐ。

 

「お前だけは、私が倒さなくちゃいけないって思ってた」

 

 周囲に視線を向ける。何人か倒れた海賊がいた。歩み寄り、倒れている海賊から刀と長銃を失敬する。

 基本的にウタの戦闘は幼馴染と同じ素手によるものであるが、武器を使えないわけではない。海軍式の基本戦闘技術はちゃんと収めている。

 

「奇遇じゃな。お主だけはこの手で殺そうとつい先程決めたところじゃ」

 

 対し、両手のナイフを構えるカガシャ。彼女はしかし、とウタの姿を見て言葉を紡ぐ。

 

「何とも無様な姿じゃ。親分の与えたドレスはボロボロ。更にはみずぼらしい麦わら帽子。それがあの子の憧れた“姫”の姿とは」

 

 吐き捨てるように言うカガシャ。そんな彼女に対し、ウタは小さく笑う。

 

「そんな格好をしてる割にセンスがないんだね」

 

 背中に回していた麦わら帽子を被りながら、ウタは言う。

 

 ──ごめん、ルフィ。

 ちょっとだけ、力を貸して。

 

 今も別の場所でシキと戦う彼へと告げる。

 いつだってそうだった。この帽子を被るあなたの背中を、私は。

 

「この帽子は、世界で一番格好良い男の子の帽子なんだけど?」

 

 ピクリと、カガシャの眉が跳ねた。直後、ウタの音が消える。

 カガシャの持つナギナギの実の能力だ。こうなってしまった以上、彼女を倒さない限りウタの声はどこにも届かない。

 故に倒すと決めていたのだ。襲撃を受けたあの時から。

 

「口を慎め。──その言葉が、お主の今生最期の言葉じゃ」

 

 それに対し、音のなさない言葉をウタはぶつける。

 

 ──やってみなよ。

 

 

 海軍本部准将、“海軍の歌姫”ウタVS“毒蛇のカガシャ”。

 戦闘、開始。

 

 

 










拗らせまくった伝説のおっさんってみんな好きですよね。
あと相変わらずまあ重い。色んな意味で。

麦わら帽子装備のウタは最終決戦フォーム感ある。(個人の感想)

ようやっとここまで来た……。
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