最終話 “麦わらのルフィ”
“ごめんなさい”
“とりあえず謝っておけばいいと思っていないか?”
廊下で偶然出会った青年──ルフィに対し、センゴクは呆れた調子で言葉を紡いだ。珍しく一人で歩いていたルフィであるが、彼はセンゴクと会うととりあえず謝罪から入ることを習慣にしている。全く、とセンゴクは息を吐いた。
“今日は何をやらかした?”
“いや何もしてねぇ”
だったら最初の謝罪は何だったんだと思うが、センゴクはスルーした。ルフィの祖父とは随分長い付き合いだが、とても残念なことにこの青年はその祖父に随分と似てきている。問題ばかり起こすところが特に。こういう手合いは考えるだけ無駄だ。
ちなみに余談であるが、この後ルフィが祖父と共に訓練場を半壊させたと報告を受けて改めて呼び出すことになる。つまりちゃんとやらかしていたし謝罪の意味はあった。センゴクの怒鳴り声が響くのも日常である。
“まあとりあえず信じよう。……しかし一人とは珍しいな。あの子はどうした?”
“いやそれがウタと訓練場で勝負してたらじいちゃんが来てよ。逃げてきた”
“ああ、うん。なるほど”
何をしとるんだあの男は、とセンゴクは呆れた表情を浮かべた。『孫が嫁を連れて海軍に入ったんじゃ』と満面の笑顔で語った友人はことあるごとにその二人に絡もうとする。そしてその手段に鍛錬を選ぶせいで逃げられるを繰り返しているのだが、そろそろ本気で説教した方がいいかもしれない。
“そんでよ仏のおっちゃん。逃げてるうちに逸れちまったんだけど、ウタを見てねぇか?”
“いや見てないな”
“そっかー。どこ行ったんだ? 大声出すとじいちゃんに見つかるしなー”
腕を組み、うーんと唸るルフィ。ちなみに現在、ウタはルフィを囮にして女子寮に逃げ込んでいた。流石のガープも女子寮には入らない。というか入った日には張り倒された上で洗濯される。同期の女性中将に。
“まあ、ほどほどにしておけ”
この一族に付き合うと胃にダメージが入る。悪い人間ではないのだが、それが余計に性質が悪い気がする。
と、そこでセンゴクはとあることを思い出した。
“そういえば、あの子の正義について話を聞いたぞ”
“え、誰からだ?”
“ガープが嬉々として喋っていたが”
“あー……”
なんともいえない表情をするルフィ。孫にこんな表情をさせる祖父もどうなのだと思う。
“まあ別に隠すようなもんじゃねぇだろうし、いいか”
“その辺りは人それぞれだろうな。……あの子は立場もあってどうしても注目を浴びる立場にある。わざわざ私が言うまでもないと思うが”
“大丈夫。わかってる”
言い切る前にそう返された。そうだな、とセンゴクも微笑む。彼に対してこんなことを言うのは本当に今更のことだ。
自分が知るよりも遥か以前より二人は一緒にいるのだ。そこに口を出す必要もない。故にセンゴクはもう一つ気になっていたことを口にする。
“お前の方は見つかったのか?”
“……正直、わかんねぇ”
彼にしては珍しく、考え込むような表情だった。
一部では“新時代の英雄”とまで呼ばれる彼はしかし、明確な“正義”の形を決めることができないでいた。つい先日に彼の幼馴染がそれを定めたということもあり、気になっていたのだ。
“まあ、焦って決めるようなものでもない。じっくり探せばいいと思うが”
センゴクはあくまで“正義”とは“価値観”であり、個人の思想による部分が大きいと考えている。模範となるべき──というより規範となるべき概念はあるが、それが正解というわけでもないのだ。
その出世スピードと実績のせいで混乱するがまだ十七歳の青年である。すぐに決められるようなものでもないだろう。
“ヒーローってのもなんか違うしなァ……”
頭を捻り続けるルフィ。そんな彼に対し、ならば、とセンゴクは言葉を紡いだ。
“目標はないのか?”
“目標?”
“ああ。海兵として何がしたいか、という根本的な部分だ。あの子は“赤髪”を捕らえることが目標だろう? お前にはないのか?”
今や“四皇”の一角たる大海賊、“赤髪のシャンクス”。それを捕らえるというのは目標としてはあまりにも大きな話であるが、彼女の背景を考えると否定もできない。
その彼女を誰よりも身近で見てきているのがルフィだ。最初は彼の目標も同じだと思っていたが、どうにも違うとセンゴクは感じていた。
“あれはウタの目標だ。協力はするつもりだけど、おれの目標かっていうとそれは違う”
“ふむ、であれば……夢、と言い換えようか”
目標と夢。そこに含まれるニュアンスには僅かであるが確かな違いがある。
“夢かァ……”
“大海賊時代を終わらせるとか、大将になるであるとか”
“大将についてはどっちが先になるかでウタと勝負中だけど、それが夢かっていうと違う気がする”
彼がここまで悩むのも珍しいな、とセンゴクは思う。祖父に似て動いてから考えることが基本の彼は悩む姿を見せることが少ない。もうちょっと落ち着けと思うが、その辺りは幼馴染の彼女がカバーしているのでいいのだろう。多分。きっと。あの子もあの子で割と暴走気質なのでセンゴクはちょっと自信がなくなってきた。
“子供の頃の夢はどうだったんだ?”
“んー、海賊王になることが夢だった”
センゴク以外の者がいたらギョッとする発言であった。彼の祖父から『孫が海賊になりたいなどと言っておる。けしからん』と毎日のように聞かされていたせいではあるが、それがなかったら彼も驚いていただろう。
海軍が誇る“新時代の英雄”にして“麦わらのルフィ”とまで呼ばれる海兵。その男の夢が“海賊王”になることだったとは。モルガンズ辺りが聞けばスクープにしそうである。
“その夢は諦めたのか?”
“諦めたんじゃなくて変わったんだ”
被っている麦わら帽子を手に取るルフィ。その表情には様々な感情が込められていた。
変わった──つまり、“夢”そのものはあるということだ。しかし、容易に踏み込むべきでないのだろう。故にセンゴクは彼が話さないならそれでもいいと思った。
“話したくないならいいが”
“いいよ。仏のおっちゃんなら”
そして、その青年は笑みと共にその答えを口にする。
“おれの夢は、ウタと一緒にいることだ”
それはあまりにも純粋で、ささやかで、しかし……切実だった。
齢17の青年とは思えぬほどの覚悟が込められた──“夢”。
“おれの夢は……半分叶ってるんだ”
麦わら帽子を被り直しながら言うルフィ。その彼に対し、そうか、と小さな笑みと共にセンゴクは頷いた。
“大変だぞ”
“知ってる”
いい笑顔だった。そんな彼に更に言葉を重ねようとしたセンゴクの耳に聞き慣れた声が響く。
“──見つけたぞルフィ!”
“げっじいちゃん!?”
“げっ、とは何じゃ!”
向こう側から突き進んでくる“海軍の英雄”。彼の姿を見ると他の海兵たちもすぐに道を空ける。慣れた様子だった。
そしてルフィが反対側へと駆け出していく。全く、とセンゴクは息を吐いた。その彼の側をガープが一目散に駆けて行く。
“もうちょっと上手くやれんのか”
相変わらずの友人に対し、そんなことを呟く。
──今日も、海軍本部は平和だった。
◇◇◇
マリンフォードへとゆっくりと移動を開始するメルヴィユ。側から見る速度は決して速くはないが、それでも質量が質量である。その島は凄まじい揺れに見舞われている。
だが、空にはその揺れは関係ない。浮島の上空には二つの影があった。
一人は、“麦わらのルフィ”と呼ばれる“新時代の英雄”。両腕と両足が巨大化し、更に“武装色の覇気”を纏う姿は歪であり異形。
一人は、“金獅子のシキ”と呼ばれるかつての“四皇”が一角。その両足はかつて脱獄する際に切り落とし、己の愛刀を脚としている。かつて“海賊王”とも渡り合った“伝説”だ。
この戦争における最終決戦。最早その戦いに介入できる戦力を互いに用意することはできず、この戦いが戦争の決着となっていた。
「どうしたルフィ!? さっさとおれを倒さねェとマリンフォードが滅びるぞ!」
「言われなくても!」
自由自在に空を飛ぶシキに対し、モンキー・D・ルフィは跳ねるようにして宙を舞う。
六式の一つである“月歩”を使っての空中移動にゴムの弾力を加えることで速度を上げているが、それでもシキに比べると自由度が低い。
「“ゴムゴムのォ”!!」
文字通りの全身全霊。今のルフィにとってその一撃全てが魂をかけた一撃だ。
「“JET巨人の回転弾”!!」
拳に回転を加え、威力を上げた一撃。その一撃をシキは受けて立つ構え。
「いい覇気だ。だが──まだ足りねェぞ!!」
シキの両足の刀、“桜十”と“木枯し”。“武装色の覇気”を纏ったそれが、黒刀に至る。
そしてシキは自分自身の体を横向きにし、薙ぎ払うようにして両足を振る。
「「────ッ!!」」
衝突の直後、轟音が響いた。大気が揺れる衝突は一瞬だけ拮抗するが、すぐに天秤が傾く。
「ぐッ!?」
押し負けたのはルフィの側だった。その巨大な黒腕から血が流れる。
深い傷ではない。だが、重要なのはそこではない。互いに“武装色の覇気”を纏った渾身の衝突。そこでルフィが押し負けたという事実が重要だ。
そしてその事実を受け、“金獅子”が吠える。
「どうしたモンキー・D・ルフィ!? おれに勝つんじゃねェのか!?」
「“ゴムゴムのォ”!!」
ルフィは言葉で応じない。その一撃を持って解答とする。
「“JET巨人のスタンプ”!!」
正面に蹴り飛ばすような足裏の一撃。それをシキは両腕を前に出し、“武装色の覇気”を纏って受け止める。
再びの轟音。骨が軋むような音がシキの腕から響く。
こちらもまた、拮抗は一瞬。堪えきれず後方へ吹き飛ぶシキはしかし、自身の能力によって体勢を立て直す。
「やるじゃねェか……! つくづく海兵にしとくのが惜しい男だ!!」
「うるせェ!! おれは海兵だ!!」
空中を蹴り、こちらへと迫ってくるルフィを待ち構えるシキ。両手を広げ、彼はメルヴィユの大地から己の武器を作り出す。
「知ってるさ……! だから惜しいと言ってんだ!!」
シキの周囲に浮遊する無数の岩が形を変え、その姿を形作る。
「ここで殺すのがなァ!!」
現れたのは無数の獅子の頭であった。数は最早わからない。次から次へと出現する岩の獅子はまるで咆哮するかように地鳴りのような音を上げる。
「“獅子威し・万雷”!!」
そして、その獅子たちが一斉にルフィへと襲いかかった。まるで空を埋め尽くすかのような岩でできた獅子の群れ。対し、ルフィは退かない。
ここで退けば待っているのは敗北であると、彼の本能が告げていた。
「“JET巨人の銃乱打”!!」
獅子と拳の激突。轟音が響く中で獅子たちが打ち落とされていく。
容易く壊せるような獅子たちではない。それを拳の一撃で粉砕するのは見事であるが、しかし、純粋に手数が足りない。
「──惜しいなァ、ルフィ」
シキの呟き。その直後。
無数の獅子が、“麦わらのルフィ”を飲み込んだ。
◇◇◇
その戦いの光景はマリンフォード中に──そして、シャボンディ諸島にも届けられていた。先程まではウタの姿を映していた映像電伝虫の視点が変わり、メルヴィユの上空で行われる戦いを映しているのだ。
それをマリンフォードに用意した高台から見つめるセンゴクはただ無言で腕を組んでいた。彼の周囲では──いや、マリンフォード中で海兵たちが息を呑んでその戦いを見守っている。
この戦いの結末によってこの戦争の勝敗が決まるのだ。見ないでいられるわけがない。
「元帥殿。どうやらシャボンディ諸島の避難民の方にも映像が。止めさせますか?」
腕を組み、黙して見守っていたセンゴクにそう声をかけてきたのはブランニューだ。その彼に対し、いや、とセンゴクは言葉を紡ぐ。
「必要ない。……見ておくべきだ。この戦いの結末がどうなろうと」
──いずれにせよ、明日の世界は変わる。
そう呟くと、センゴクは拡声器を手に取った。彼は既に覚悟を決めている。だがそれは他の海兵たちに強制するようなことではない。
「見ての通りだ」
誰もが海軍本部大佐、“麦わらのルフィ”の戦いを見つめる中。海軍本部元帥の言葉が響く。
「シキはあの浮島──メルヴィユをこのマリンフォードに落とすつもりだ。それを止めるためにあの場で戦っているのがルフィ大佐であり、現在の我々にあの島が落ちる前にあの場所へ送れる戦力はない」
時間さえあれば戦力を送ることはできる。だがそれはシキもわかっている。だからこそのこの強硬手段だ。
「私はこの戦争の責任者としてこの場に残る。だが皆にそれを強制するつもりはない。……よく戦ってくれた。戦争は我々の勝利だ。しかし、シキは最後の悪足掻きでそれをひっくり返そうとしているだけに過ぎない」
あの島はシキの計画にとっても重要な存在であるはずだ。それをマリンフォードに落とすことは考慮はしていただろうが文字通り最後の手段であったはずだ。
その言動で大物ぶっているが、追い詰められているのは向こうの方だ。だがその足掻きを馬鹿にはできない。
「それを止めるために戦っている我々の戦友を……私は、信じたいと思う」
──信じるぞ、ガープ。
お前ではなくルフィをあの場所に立たせ、シキと相対させた。そこに賭けたお前の意志を私も信じる。
「まあ、あいつなら大丈夫でしょ」
センゴクの持つ拡声器によって響く声に割って入ったのは、どこか緩い調子のそんな声だった。センゴクが振り返ると、そこには海軍本部最高戦力の一角である大将“青雉”の姿がある。
「クザン。お前も残る気か?」
「逃げるのは性に合わないもんで」
肩を竦める彼はそのままその場に座り込んだ。何の緊張感もない様子で、しかし、確かな信頼を込めた言葉を紡ぐ。
「なんだかんだでいつも勝ってきた男だ。あの場にいた奴らがルフィに任せる判断をした以上、こっちがドタバタするもんじゃないでしょ」
いつも通りの彼の口調に、センゴクも小さく笑う。
海兵たちは動かない。ただ黙し、その映像に映る自分達の戦友の戦いを見守っている。
──声が上がった。
それはまるで伝播するように他の者たちへと伝わっていく。
押し潰されるようにして獅子たちに喰らい付かれた青年が、そこから姿を現したのだ。
(信じるぞ)
散々手を焼かされた問題児だ。だが同時に多くの功績を上げた期待の星でもある。
誰が最初に呼んだのか。“新時代の英雄”という名は決して冗談で与えられた名前ではないのだから。
◇◇◇
獅子たちによる濁流とでも呼ぶべき攻撃を受けたルフィの姿を見て、揺れる大地に立つオリンが息を呑んだ。部下として長い付き合いだ。いつだって奇跡のような勝利を掴んできたルフィの強さを彼女はよく知っている。
砂の国を乗っ取ろうとした“七武海”が一角、サー・クロコダイル。
天国に最も近い場所を地獄にしようとした男、神・エネル。
金こそこの世の全てと叫び、何もかもを支配しようとした“怪物”テゾーロ。
それだけではない。いつも命懸けでモンキー・D・ルフィは戦い抜いていた。
だから信じなければならない。信じたい。なのに。
「……ルフィ大佐……!」
今ルフィと戦っている大海賊、“金獅子”の力は圧倒的だ。その能力の規模がそもそもあまりにも強大に過ぎる。島一つを動かし、更にあれだけの規模の攻撃手段を持っているとは。
これが、“伝説”。
かつて世界の頂点たる領域に君臨していた化け物の力。
「そんな顔しない」
こちらに背を向けているウタがそんな言葉を紡いだ。思わず視線を向けると、振り返らないままに彼女は言う。
「ルフィがシキに勝つって言ったなら、それはもう決まった“未来”。……むしろこの後の方が大変かな。戦った後のルフィはよく食べるし」
呑気な口調と台詞であった。一瞬強がりかと思ったが、すぐにそうではないと気付く。
その横顔には笑みが浮かんでいた。そこにあったのは全幅の信頼だ。
「……強いんですね」
「それはそうでしょ」
ウタが振り返る。直後。
「ウオオオオオッッッ!!」
轟音と共に、獅子たちを吹き飛ばしてルフィが姿を現した。だがウタはその姿を確認しない。まるで当たり前だと──確認など必要ないとでもいうかのように。
「私は海軍本部准将、ウタ。そしてルフィの幼馴染で、オリンたちの上官で」
一息。
「──平和を届ける女だよ?」
揺れる島の上にありながら、必死に立っているこちらと違い余裕の表情を浮かべるウタ。そのまま彼女は振り返ると、麦わら帽子を押さえながら声を張り上げた。
「ルフィ!! あんまり時間がない!! 急いで!!」
「おう!! わかってる!!」
島が動いているこの状況、凄まじい轟音が響いている中で二人の声はやけに響く。
どこまでも頼もしい。何度目かもわからない感覚をオリンが覚える中、“金獅子”の笑みが響く。
「ジハハハハ! やっぱりいい女だなベイビーちゃん! 今からでも遅くはねェ! おれのところに来い!」
「お断り。それよりいいの? 前見なくて」
ルフィに対するそれとは違い、冷たい声色でウタが言葉を返す。直後、凄まじい衝突音が空気を揺らした。
思わず身震いしてしまったオリンとは違い、ウタは麦わら帽子を押さえてこそいるがそれだけだ。視線の先ではルフィの拳をシキがその右足の刀で受け止めている。
「ウタは渡さねぇ!!」
「前にも言ったがな、ルフィ。こんな女に手ェ出すなって方が無理だ」
互いが相手を弾くようにして距離を取る。シキがその両手を広げて宣言した。
「守りてェんなら守ってみやがれ!! ベイビーちゃんも!! マリンフォードも!! 東の海も!! この世界さえもだ!!」
対し、“麦わらのルフィ”が吠える。
「全部守る!! そのためにここにいるんだ!!」
◇◇◇
海軍内におけるモンキー・D・ルフィの評価は様々だ。
優秀である、問題児、ガープそっくり、目を離すな、人気者、頼りになる、食い過ぎ、超自由、マイペース……色々な意見が出るが、誰も彼も最後には『しょうがない奴だ』と言いたげになるのは彼の才能であるのだろう。
だが一つ、まず意見が一致することがある。
“戦闘におけるセンスについては抜群じゃな”
そう言ったのは彼の祖父であり、“海軍の英雄”とまで呼ばれる人物だ。それを聞いた者は全員が同意したという。
緻密に考えて戦うタイプではない。かといって何も考えていないわけではないが、どちらかというと本能で戦うタイプだ。しかしそのセンスがずば抜けている。
何をすべきか、どうしたらいいのか。本能で彼はその最適解に辿り着く。その彼が辿り着いた結論、その一つ目がこれだった。
「あの刀が邪魔だな」
その言葉には多くの意味が込められている。純粋に斬撃がゴムの体のルフィと相性が悪いこともあるし、“武装色の覇気”で黒刀となった刀の威力の危険さを先程身を以て理解したところだ。
そして何より。
あの刀が纏う“覇気”を上回らなければ、シキには勝てない。
「おれの半生を支えた愛刀たちだ。容易く折れると思うんじゃねェ」
シキがその足を振るう。ルフィは受けるか避けるか、判断は一瞬だ。
「“獅子・千切谷”!!」
放たれたのは無数の斬撃であった。宙を舞うそれに晒され、ルフィの体に無数の傷が走る。鮮血が舞った。
受け切れない。そう判断し、ルフィは行動に移る。
「っ、この!」
ルフィは上空へ飛び上がっていく。やはり“覇気”、そして相性が問題だ。
見下ろす側と見上げる側。互いの視線が交錯する。
「おれの愛刀たちが鬱陶しいようだな。──だったらそれで貫いてやる」
シキの体の上下が反転した。更に両足を合わせ、その切っ先を上空のルフィに向ける。
対し、ルフィも構えた。右拳を引き、打ち下ろしの構え。
「おいおめェ。その構え」
シキが何かに気付いた。だが、ルフィは応じない。
「まあいい。──“獅子・地獄独楽”!!」
シキは自身の体を高速で回転させながら空へと突き進む。自身の回転と黒刀と化した両足の刀。更に最大速度で突き進むそれをまともに受ければ体が消し飛ぶ。
「“ゴムゴムのォ”──」
しかしルフィは避けない。ここでシキの“覇気”を上回ると覚悟を決める。
その脳裏に浮かぶのは、祖父との会話。
“まあ、最後は根性と気合いじゃ”
“そうなのか?”
“今から鍛える時間もない以上、精神の話しかなかろう。何、大丈夫じゃ。負けなければ負けん。そういうのは得意じゃろう?”
“まあ得意だけどよ”
無茶苦茶な理論である。だがそれがしっくり来る辺り、似たような思考回路なのだ。
──そう、気合い。そして根性。
何もかもを込めた渾身の拳を、ルフィは放つ。
それは、奇しくも。
彼の祖父と同じ構えの一撃。
「──“拳・骨・弾”!!!」
先程までとは大きく違う、天を揺るがすような衝突だった。
その衝撃で大気が震え、島にさえも影響を及ぼす。
大海賊時代が始まってから生まれた男と。
大海賊時代より前の時代を生きた男。
二つの意地がぶつかり合い、拮抗する。
「「────!!」」
最早、そこには外聞も何もない。互いにあらんばかりの咆哮を上げ、激突し。
そして。
──砕けたのは、“金獅子”の“誇り”であった。
金属の砕ける音が響く。
長き時を“金獅子”と共に駆け抜けた二振りの名刀が、その生涯の幕を閉じる。
「ぐ、お」
そして、そのままルフィの拳はシキへ到達し。
──その体が、遥か上空から地面へと叩きつけられた。
「……ゼェ……ゼェ……!」
拳を振り下ろした体勢のままに、ルフィが荒い息を吐く。
やはりその構えは、彼の祖父とそっくりだった。
そんな彼の脳裏に、幼い頃の記憶が蘇る。
“じいちゃん。なんで“拳骨”なんだ?”
“何じゃいきなり。知らんわ。わしが自分から名乗ったわけでもないしの”
“ふーん”
“しかしまあ、悪いことをすれば“拳骨”と決まっておる。そう考えれば格好いい名前じゃろう?……何じゃその顔は”
ああ、そうだなじいちゃん。あの時は言えなかったけど。
──格好良いよ。
◇◇◇
「大佐〜!! うおー!!」
「勝ったー!!」
「やっぱ大佐だぜ!!」
司令室ではルフィの部下である三人の海兵が全身で喜びを表現していた。彼らもボロボロであるはずだが、目の前の光景がそれを忘れさせている。
「……シキの“覇気”を上回ったのか」
そしてそんな彼らの後ろでは、モモンガが驚愕の表情を浮かべていた。彼自身が“覇気”を支えるからこそわかる。かつて“四皇”に名を連ねた男の“覇気”を、ルフィは上回ったのだ。
その意味がどれだけの意味を持つのか。
「ガープ中将。あなたのお孫さんは凄まじいですね」
「ぶわっはっは、お前の教え子じゃろう。誰の子供であろうが孫であろうが関係ないわい」
モモンガが声をかけると、ガープは笑いながらそう言った。そもそも、と彼は言葉を紡ぐ。
「まだまだ未熟じゃ。……まあ、よくやっておるが」
呟くような言葉に込められた感情は、どれほどのものだったのか。
「凄ぇな。あれが17の若造がやることかよ」
「伊達や酔狂で“新時代の英雄”とは呼ばれんということだろう」
若干引いているジャブラの言葉に応じるのはブルーノだ。そう言っているブルーノ自身も若干引いている。
当たり前といえば当たり前だ。下手をすれば新兵になる前、雑用にすらなる前もありうるような年齢の青年が、文字通りの“伝説”を相手にここまでの戦果を上げるなど。
「──揺れが収まらんな」
呟いたのはルッチだ。えっ、と海兵たちが声を上げる。
「まさかシキを倒しても駄目だったのか!?」
「そうではない」
言葉を紡いだのはガープだ。彼は腕を組み、司令室の外を真っ直ぐに見据えている。
「ここで終わるような男であれば、“伝説”などと呼ばれておらん」
そして、その言葉に応じるように。
一際、巨大な揺れが島を襲った。
◇◇◇
「ぐ、ぬ」
抜けそうになる力を必死で抑え込む。本能が理解していた。この“ギア4”、力が抜けた瞬間が終わりだ。次はない。
既にその体は随分と歪になっていた。両腕も両足もサイズが不揃いで、非常に不安定な状態だ。限界が近いことは誰にでもわかる。
だが、まだだ。
「──声が消えねぇ」
彼の“見聞色の覇気”が伝えてくる。
まだ、“金獅子”は落ちていない。
「悪かったな、ルフィ」
メルヴィユの大地が大きく揺れた。直後、その地面から巨大な獅子が生えるようにして現れる。
今度は頭部だけではない。文字通りの獅子だ。
「まだどこかでおめェを侮っていたらしい。今のは効いたぜ。だが」
その巨大な獅子がゆっくりと上空のルフィの方を向く。その背には“金獅子”の姿があった。
対し、ルフィは一度大きく深呼吸。改めて構え直す。
「勝つのはおれだ!!」
「上等だ!!」
そして、二つの力が激突する。
「“ゴムゴムの”!!」
「“獅子威し”!!」
互いに最短距離を突き進み、その力が激突する。
「“JET巨人のバズーカ”!!」
「“金獅子”!!」
互いに最大の力を振り絞る一撃だった。
ぶつかり合う力。拮抗する力。
そこには純粋な力以外にも、互いの意地がかかっている。
その光景を、誰もが息を呑んで見守っていた。
祈りを捧げる者さえいる。
声を上げることさえできずに、人々はその激突を見守っていた。
──そして。
訪れた結末は、相打ち。
ルフィの一撃はシキには届かず。
シキが生み出した獅子は、ルフィに届かなかった。
「チイッ……!」
だが、動くのはシキが早かった。砕けた獅子、そのうちのいくつかを操作し、鋭利な槍を形作る。
「終わりだ!!」
そして、その槍がルフィに殺到する。
いくつもの槍が、彼の体を押し潰すようにして殺到する。轟音と衝撃音。鮮血が舞う。
しかし、彼の腕は伸びたまま。僅かに届かなかった位置で──
「なっ……!?」
だが、ルフィの伸ばした腕が。
ギリギリで、シキの服を掴んでいいた。
「“ゴムゴムの”──」
その事実にシキが気付く。だが間に合わない。
ルフィの両腕、そして両足が萎んでいく。しかし、噴き出すような蒸気の向こう側からその一撃が飛来した。
「──“鐘”!!」
鈍く、重い音。
真正面からの渾身の頭突きを受け、シキの体が大きく仰反る。
「まだまだァ!!」
既にその体が萎みつつある。しかしルフィはその最後の力を振り絞り、シキの下に自らの体を引き寄せる。
その顔も、体も血に染まっていた。文字通りの満身創痍。あの押し潰すような槍の殺到を、ただただ彼は耐えたのだ。
「“ツイン・JET銃”!!」
「おぐっ!?」
仰け反っていたシキの腹部に渾身の一撃。その体がくの字に折れ曲がる。
──ここで仕留める。
それができなければ、負けるのは自分だ。
「“ゴムゴムの火山”!!」
「ぐぉ!?」
その体を上空へと蹴り上げる。シキが体を動かして応じようとするが、その前に空へと上がったルフィの方が早かった。
既にその身は萎み切っており、“武装色の覇気”も消えかけていた。本来ならとっくに意識を失っていてもおかしくない。それでも動いているのは正しく意地。
「“ゴムゴムの”──」
最後の技であった。それはルフィ自身が自覚している。
──ここで終わらせる。
それができなければ、おれの負けだ。
そして、その技が放たれる。
それはかつて、砂漠の国で“悪”を討った技。
「──“暴風雨”!!」
空にいる敵に向かって何十、何百という拳を叩き込む大技。
「ああああああああああッッッ!!」
文字通りに体力が尽きるまで。
その拳が、幾度となく“金獅子”の肉体を叩き。
「────」
限界と共に、その拳が止まる。シキがその身を傾け、落下していく。
そしてルフィもまた、落ちていく。
──未だ、メルヴィユは止まらない。
◇◇◇
朦朧とする意識の中、“金獅子”と呼ばれた海賊はその過去を回顧する。
それは防衛本能からくる走馬灯だったのかもしれない。命の危機から脱するための。
“よう、ロジャー。いい加減おれと手を組もうぜ”
“支配なんざつまらねぇと言ってるだろう。気に入らねぇなら殺し合えばいい。それも自由だ”
“そりゃおめェはそれでいいだろうがな。……いや待てそれ認めたらおめェの“自由”を認めることになるじゃねェか!”
“バレたか!”
結局、手を組むことは一度もなかった。どうしてもその思想と在り方が相容れなかったのだ。仕方がない。
だが、あれ以上の男がいないとも思っていた。骨のある奴とは何人も出会ったが、それでもロジャー以上の男には終ぞ出会うことはなかったのだ。
“ウハハ、見るでござるよ。あの男遂に“海賊王”なんてものになったようでござる”
“ケッ、くだらねェ。何が“海賊王”だ。散々人の支配を否定しておいて”
“そう言う割には嬉しそうでござるなァ、シキ。やはりライバルが出世すると嬉しいものなのでござるか?”
“誰がライバルだ! あれは敵だ!……だが考えようによっちゃいいかもしれねェな。あの野郎に勝てば頂点だ”
“ウハハ、いいでござるなァ。某もレイリーと久々に殺し合いたいでござる。いい酒も手に入ったでござるし”
“……一応言っておくが。遊びに行くんじゃねェぞ”
あの男が史上初の世界一周を果たし、“海賊王”と呼ばれるに至った時は納得もした。あの男以外に自分の先に行く奴はいないと思ったからだ。
だから、ロジャーの処刑と聞いた時は信じられなかった。
“ふざけんじゃねェ!! ロジャーが捕まっただと!? ありえねェ!!”
“そうは言うでござるが。『東の海のローグタウンで処刑する』と書かれておるでござるよ。流石に嘘ではないでござろう”
“よりによって最弱の海……!! ふざけやがって!!”
“どこに行くのでござるか?”
“マリンフォードだ!! あの野郎が死ぬ気だってんならこのおれがぶち殺してやる!!”
“冷静になるでござるよ。そんな馬鹿な話に某は付き合えぬでござる”
“構わねェ!! おれは行く!!”
“……まあ、シキが何をしようとあの男の言っていたように“自由”でござるが”
そしてインペルダウンでロジャーの処刑が行われ、そして後に“大海賊時代”などと呼ばれる時代の引き金を引いたことを知った。
そこにあったのは、虚しさと──怒り。
“生きていたでござるか。で、どうするつもりでござるか?”
“──この世界を支配する”
相変わらず好き勝手していた“鬼札”を前面に押し出しつつ、裏で計画を進めた。
これはロジャーとの決闘だ。あの男は“海賊王”と呼ばれ、新たな時代をもたらした。その命の終わる瞬間に時代を変えた。
ならば、この時代を終わらせよう。
奴を殺した世界政府を屈服させよう。
“力を集めろ。──世界を支配する”
二十年。そう、二十年の時間がかかった。
──お前を超えるのに、それだけの時間が必要だったんだ。
ふざけるなよ。
何を勝手に死んでやがる。
おれに……勝って、おいて。
「……負けられ、ねェ……んだ……」
揺れる意識の中、その言葉を絞り出す。
「──ロジャー以外の男に……おれは負けられねェんだよ!!」
既に体は限界だった。肉体も随分衰え、両足を失い、更に事故によって大きな後遺症もある。その上であの攻撃の数々を受けてしまった。
随分と効かされた。本来なら意識などとっくに手放していて然るべきだ。
しかし、意地があるのは彼も同じ。
負けられない。負けたくない。
そんな意地だけが、彼を動かす。
「“獅子威し”!!」
最早自分の体については今の位置を保つのが精一杯。振り絞った気力の全てをその一撃へと注ぎ込む。
メルヴィユが揺れた。そこからまるで砲弾のように一つの岩が高速で飛来する。
──それは、彼にとって始まりの技であった。
今のように自在に能力を扱えぬ頃。岩を撃ち出すのが精一杯だった頃の、未熟であったあの日の技。
「“礫”!!」
鋭利な形をした岩が、空に浮かぶ“新時代の英雄”へと向かっていく。
──衝撃音が響き。
鮮血が、宙を舞った。
◇◇◇
避けることはできなかった。右脇腹を削り取るような一撃を受け、弾かれるようにしてルフィは宙を舞う。
「…………」
声を上げることさえできない。痛みも……いや、最早何が何だかもわからない。
ただ、一つだけ。
──負けたのか。
そんな風に思う自分がいた。
まだだ、とも思う。だが現実として体が動かない。
“まあ、最後は根性と気合いじゃ”
駄目だ、じいちゃん。
体が……動かねぇ。
諦めたくない。諦めない。
守ると決めたのだ。そのために海兵になったのだ。
──だって、おれの夢は。
“どこにも行かないで。ずっと一緒にいて”
嵐の日。倒れていた幼馴染。
必死に背負った背中で聞いた言葉。
あの日、モンキー・D・ルフィは決めたのだ。
この先、どんなことがあろうとも。
この先、どんな未来が待っていようとも。
“おれの夢は、ウタと一緒にいることだ”
それだけを誓って。
そのために生きてきた。
「……あ……あッ……!」
絞り出すような声。軋む肉体。
“この帽子をお前に預ける。……ウタを、守ってやってほしい”
かつて憧れたあの人の表情は、とても寂しそうだった。
彼女も知らぬ約束は、そこで交わされたのだ。
約束したんだ。
守るって決めたんだ。
なのにおれは。
ウタを──泣かせてしまった。
一人で行かせて。
傷つけた。
「……動、け……!」
何かが致命的に壊れていく感覚。
だが構うものか。ここで動けなければ何もかもが終わるのだ。
──ドラムの音が、聞こえた気がした。
「“ゴム、ゴム、の”──」
シキの表情が目に入った。そこには驚愕と、呆れと──しかし、満足があった。
“ねぇルフィ。私、決めた”
その歌声を、好きになった。
“──私は、この歌声と一緒に平和を届ける。それができる海兵になる”
その笑顔を、守りたいと思った。
“ありがとう”
ずっと一緒にいたいって、思ったんだ。
“──信じてる”
ああ、信じてくれ。
ウタが信じてくれるなら。
おれは、絶対に──
「──“銃”!!」
それは、始まりの拳。
モンキー・D・ルフィにとっての、原点。
「────!!」
最後の力を込めた拳が、シキを捉えた。
抵抗はない。最後の一撃を受けたシキの意識が途絶え、そのまま彼は落下していく。
「──勝った」
呟くと共に、ルフィもまた全身から力を抜いた。
その脳裏に、とある日常の記憶が蘇る。
“相変わらず銃が下手だねルフィ。私の勝ち〜”
“うるせぇ! いいんだよ俺のパンチは銃よりも強ぇんだから!”
“出た、負け惜しみ〜”
“ぬぐ……って、どうした?”
“そういえば私、ルフィのパンチ受けたことないなって。組手とかでも絶対当てないよねルフィ。……何その顔?”
“あのなァ、おれのパンチは銃より強いんだぞ。……ウタに当てるわけねぇだろ”
その先の言葉は口にしなかった。
このパンチの存在理由なんて、ずっと昔から一つだけだったから。だから今更だっだのだ。
だって、そうだろう?
──おれのパンチは、ウタの敵をぶっ飛ばすためにあるんだから。
◇◇◇
共に落ちる二人。だが、ウタの“見聞色の覇気”がその決着を伝えてくる。
「──ルフィが勝った」
えっ、とオリンが声を上げた。その彼女に頷きを返す。
「シキの“声”が消えて、ルフィの“声”は小さいけど聞こえる。ルフィが……勝った」
オリンの瞳から一筋の涙が溢れた。彼女はそれを拭うと、近くの電伝虫の受話器を手に取る。
「──本部!! 聞こえますか本部!?」
涙の混じった声だった。彼女は何度も涙を拭いながら言葉を紡ぐ。
「勝利です!! ルフィ大佐が勝利しました!!」
その時、ウタは凄まじい大歓声が聞こえた気がした。それは幻聴ではあるけれど、きっとマリンフォードでは歓声が上がっているはずだ。
だが今は、それよりも。
「ごめんオリン。ちょっと行ってくる。──ビリー、力を貸して」
「クオッ」
少し休んで元気になったビリーに声をかける。その背に跨ると、ウタは空へと飛び出した。
目指す先は決まっている。凄まじいまでの轟音の中、頼りにするのは“声”だ。
「ビリー! もう少し右!」
彼の“声”をウタが間違えるわけがない。
いつだって、どんな時だって。一緒にいてくれた人なのだ。
「──ルフィ!!」
落下しているその体を受け止める。随分とボロボロだ。
「ッ、ルフィ!」
思わずその心臓の音を確認した。弱々しくあるが、心臓の音はきちんと響いている。
そこにホッと胸を撫で下ろすと共に改めてその体を見た。全身が傷だらけで、特に右脇腹が酷い。ウタはルフィの肩にかかった正義のコートを手に取ると、抱き締めるようにして傷口へと巻き付ける。
既に傷がない場所がないといってもいいほどにボロボロの体。思わずその頬を撫でる。すると、薄らとルフィの瞳が開いた。
「……ウタ……」
呟くようにウタを呼ぶルフィ。ウタは頷くと、彼へと声をかける。
「ルフィ、もうちょっと待っててね。すぐに──」
最後まで言い切ることはできなかった。ルフィの左腕に引き寄せられたからだ。
頬同士が触れ合うほどの至近距離でルフィが言葉を紡ぐ。
「もう二度とあんなことするんじゃねぇ」
「あんなこと、って」
「おれを置いて行こうとしただろうが」
言われ、気付く。ルフィたちを守るためにシキについていった時のことを言っているのだ。
あれは、とウタは反論する。
「ああしないと皆が。だから信じてる、って」
「お前が……置いて行こうとするなよ」
彼にしては珍しい言葉だった。こちらを彼の元に引き寄せている左腕に更なる力が込められる。まるで絶対に離さないとでもいうかのように。
──ああ、でも。
そうだ、彼の言う通りだ。
「……ごめん」
かつて、彼に置いて行かないでと言ったのはウタだ。
そんな自分が彼を置いていくなんて、それは確かに許されないことだろう。
「そうだね。置いていかれる辛さを……私はよく、知ってるのに」
理由があった。事情があった。どうしようもなかった。そんなことは言い訳にしかならないのだ。
(逆の立場だったら、私は怒る)
そう考えると、彼の言葉も納得だ。
ルフィの左腕の力が抜けた。それを受けてウタが体を起こす。
「わかったならいいよ。……ああ、腹減った」
呑気な言葉だ。ウタはそんな彼の頭を自分の膝に乗せた。なんとなくであるが、こうしたかったのだ。
「これも返さないとね」
麦わら帽子をウタは手に取る。それをじっと眺めた後、ルフィの顔を見た。彼が目を細める。
「どうした?」
改めて彼の体を見る。傷だらけだ。こんな風になってまで、戦ってくれたのか。
(……自惚れても、いいのかな)
彼は優しいから。もしかしたら特別じゃないかもしれない。
──でも、私にとっては誰よりも特別。
この想いは、ずっと抱えている想いは──
「ううん。……ごめん。ちょっとだけ目を瞑ってくれない?」
「いいけど」
ルフィが目を閉じる。その顔をウタは優しく撫でて。
──唇に、柔らかい感触。
触れ合った時間は僅かだ。だけど、ここまで来るのに随分と時間がかかったように思う。
彼が目を開けた。その目は驚愕に染まっている。珍しい顔だと、そんなことを他人事のように思った。
「え、ウタ、お前──」
「ね、ルフィ」
彼の言葉を遮るように。
己の照れ臭さを隠すように。
彼の顔を、麦わら帽子で覆い隠して。
抱く想いを口にする。
世界で一番大切な、この人へ。
「──大好き!」
皆さん思い思いのEDを流してください。ラストのセリフの直後だとそれっぽいですよ。
ようやっと決着です。
この後エピローグ二本を入れて、それで終了の予定です。
いやー、長かった……。