史上類を見ない戦争として歴史に刻まれる戦いは終わりを迎えた。
かつて“海賊王”とも渡り合った伝説の大海賊、“金獅子のシキ”。それを討ったのは“新時代の英雄”とも呼ばれる若き海兵、“麦わらのルフィ”。
その決着は一つの象徴となるだろう。時代が変わる。世界が変わる。
この戦いの目撃者は──否、伝え聞くことになる者たちでさえもそれを確信することになる。
だが、しかし。
──当事者たちにとっては、未来よりも今だ。
「うおおおおっ!?」
「めっちゃ揺れる! やばいやばい!」
「これ島落ちてるまんまじゃねぇのか!?」
島の揺れは収まっていない。ルフィがシキに勝利し、シキの意識が失われたことでコントロールは失われた。だがそれはこの島が止まることを意味するわけではないのだ。
慌てる海兵たちに対し、指揮官クラスの者たちとCP9の三名は冷静だ。その中の一人であるモモンガが鞘に収めた刀で床を軽く叩きながら言葉を紡ぐ。
「おそらくマリンフォードへの直撃は免れたのだろう。感覚ではあるが、先程までとは違ってこの島の動く方向が真下になっている」
「……つまり?」
問いかけ。それに対してモモンガは冷静に告げた。
「海に落下するだろうな」
「やべーじゃないですか!?」
「マリンフォードに直撃しないのは良かったけども!」
「おれらはどうなるんスか!?」
騒ぎまくる海兵たち。元気じゃのう、とガープが呆れた声を漏らす。
「根性で耐えればいいじゃろう」
「あんたと一緒にすんなよ!?」
「おれら人間なんだよ!」
「折角大佐が勝ったのに〜!」
なおも騒ぎ続ける海兵たち。そこへテラスの方からオリンが走り寄ってきた。
「落ち着きなさい! 外の部隊と合流すれば脱出方法はあるはず! 二人はビリーと一緒にいるから私たちは私たちで脱出する! はい準備!」
「「「は、はい!」」」
オリンの指示を受けてバタバタと動き出す海兵たち。その姿を見てガープが笑う。
「ぶわっはっは! 流石はあの二人の部下じゃのう!」
「何が流石かはわかりませんが……お二人も急いでください」
「ああ。……海賊共については准将の能力で移動させてもらうしかないな。数が多過ぎる」
司令室や廊下で眠っているシキ配下の海賊たちを一瞥するモモンガ。できれば逮捕したいところであるが、現状では自分達の命が最優先だ。
ウタへと連絡しようと再びテラスへと視線を向けるオリン。だが彼女が動き出す前に彼らが動いた。
「──我々の役目はここまでだな」
そんな言葉を口にしたのはロブ・ルッチだ。彼は帽子を被り直すと、その背後に同じ諜報員二人を従えるようにして言葉を紡ぐ。
「“歌姫”の確保が我々の任務だ。この戦争が終わり、その無事が確信できた以上長居の必要はない」
「なんじゃ、茶ぐらい出すつもりだったというのに」
腕を組みながら息を吐くのはガープだ。その彼に対し、ジャブラが言葉を紡ぐ。
「誘いは嬉しいがなァ……。おれたちはCP9。存在しないはずの諜報員だ。表舞台に出る気はねぇのよ」
「正直なことを言えば今回のこともギリギリの判断だ。本来我々は表の戦争に関わるべきではない」
ジャブラの言葉に続き、ブルーノもそう言葉を紡ぐ。
「この戦争において我々は存在しなかったことになる。……この島に我々はいなかった。それだけのことだ」
頷きと共に言うブルーノ。そんな彼の側までオリンが歩み寄った。そして右手を差し出す。
「──私たちは覚えています」
共に血を流した戦友たちへ。それが最大限の敬意であった。
「あなたたちの戦いを。共に戦ったことを……絶対に、忘れません」
たとえ歴史に名を刻むことはなくとも。
この戦争において存在しなかったことになっても。
それでも、命懸けで戦ってくれたことは事実であるのだから。
「……本来ならば、忘れてくれと言うべきなのだろうが」
ブルーノがルッチとジャブラへと視線を向ける。ルッチは息を吐き、ジャブラは笑っていた。
そんな二人の姿を見て、ブルーノも小さく笑う。
「それを報酬とさせてもらおう」
二人が握手を交わす。海兵たちも駆け寄ってきた。
「本当にありがとうな!」
「あんたがいなかったら死んでたよ!」
「もう海軍に入れよ一緒にやろうぜ!」
ブルーノは特にウタを守るために彼らと行動を共にしていた。更にそこで一番体を張っていたのも彼である。オリンたちにしてみると既に頼れる仲間なのだ。
「すまないが……今の立場も気に入っているんだ」
彼の言葉に対し、残念です、とオリンは苦笑した。何度も助けられたのだ。どうしたって情は移る。
二人が互いの手を離す。そこで海兵の一人がとあることに気付いた。
「あれ? たしぎさんは?」
ブルーノと共にウタを守ってこの城の中を駆け抜けた戦友の姿がない。そういや、と一人が声を上げる。
「准将の歌で海賊が眠った後にどっか行ったような」
「どこ行ったんだ?」
海兵たちが周囲を見回す。ブルーノとオリンも思わず周囲を見回した。
ウタを守るため、共に戦った剣士がいない。どこへ行ったのか。
「やべーよ。早く逃げないとなのに」
一人がそう言った時だった。
「──皆さん!!」
廊下の奥からたしぎが息を切らして走り込んできた。どうした、とモモンガが問うと彼女は息を切らしたままに言葉を紡ぐ。
「外の部隊との連絡が取れました! 急いで脱出しましょう! 建物内は危険です!」
「まさか脱出ルートを確認してくれてたんですか?」
オリンが問う。はい、とたしぎは頷いた。
「必要になると思いまして。急ぎましょう──きゃっ!?」
たしぎが思わず悲鳴を上げる。一際大きな揺れが城を襲ったのだ。
ガープとモモンガ。そしてC9の三人でさえも少し体勢を崩すほどの揺れだった。彼らほどの体幹を持たぬ他の者たちには立つことさえ厳しい状況である。
「た、立ってられねぇ……!」
「これ脱出できるのか……!?」
思わず弱音を吐く海兵たち。そんな彼らに対してガープが言葉を紡いだ。
「階段が無理なら飛び降りるしかなかろう」
「何階だと思ってんスか!?」
「おいこの人目が本気だぞ!」
当然ように言うガープに対して海兵たちがツッコミを入れる。それをスルーしてガープが周囲へ視線を向けると、ルッチが言葉を紡いだ。
「我々については気にしないでくれ。勝手にどうにかする」
「そうか。改めて礼を言うぞ。──助かった」
その言葉に、彼らは言葉では応じなかった。ただ一つの頷きを返し、その場から立ち去っていく。
それを見送ると、さて、とガープは仕切り直すように言葉を紡いだ。
「降りるか」
「いや話聞いてました!?」
「おれやっと大佐と准将の気持ちがちょっとわかった気がする!」
「話通じてないぞこの人!?」
海兵たちのツッコミが入る。だが実際、階下へ降りられないのであればどうしようもない。
どうするべきか。そんな風に考える彼らの耳に、その言葉が届いた。
「──私たちに任せてください」
◇◇◇
顔が熱い。勢いに身を任せ過ぎたとウタは思う。
でもしょうがないじゃないか。こんなにも……格好良かったのだから。
「お、おいウタ! 今のは──むぐ」
ルフィの顔を麦わら帽子で押さえ込む。正直今は顔をみる余裕がなかった。
膝の上に顔を乗せている彼はろくに抵抗しない。それはそうだろう。文字通り全身全霊、寿命を削るようにして戦ったのだ。意識があるのがおかしいくらいだ。
「ごめんルフィ。ちょっと待って」
「い、いやお前」
「お願い。ちゃんと……その、うん。後で話すから」
ここにきてヘタレ全開であった。麦わら帽子の影から見えるルフィの口元が様々な形を作る。
だが結局、彼は口を閉じた。
優しいな、と思う。ただ思うのは。
(嫌がられては……なかったよね?)
驚いてはいたが、嫌がってはいなかったように思う。それが……嬉しい。
ずっと一緒にいた。いてくれた。それがウタにとって、何よりも。
「……ルフィ?」
そこでウタは気付いた。ルフィの動きが止まっている。麦わら帽子を取ると、ルフィは目を閉じて眠りに落ちていた。
本当に限界だったのだろう。その頬を優しく撫で、ウタは呟く。
「ありがとう」
彼にこの言葉を向けるのは、一体何度目なのだろう。
貰ってばかりだと、そんなことを思う。いつだって彼に支えられて、救われて、助けられて。
「ね、ルフィ。私は──」
言いかけた言葉は、轟音によって遮られる。見れば、島の一部に大きな亀裂が入っていた。
シキのコントロールを離れた島が徐々に落下していく。だがただ落下するだけではない。一人の能力で浮かんでいたという状態であったこの島はおそらく、幾つもの島を統合することで今の形を作っていたのだろう。それらを繋ぎ止める力が失われたことにより、巨大な亀裂が至る所に走っている。
「──まずい」
思わずそんな声が漏れた。ビリーと共に空にいる自分たちは大丈夫だが、地上にいる仲間たちは危険な状態だ。屋外にいる者たちはまだマシ。まずいのは城の中にいる者たちだ。
この揺れに加え、落下する島。落ちる先は海だろう。だがしかし、その衝撃は凄まじい。その衝撃を受けたあの城はおそらく崩壊する。
「ビリー! 城に向かって!」
「く、クオッ!?」
「早く!」
危険だと言いたげに声を上げるビリー。そんな彼に改めて指示を出そうとしたウタはその光景を見た。
「…………え?」
それは、あり得ない光景だった。
空に浮かぶ無数の影。最初は鳥かと思ったが違う。あれは人間だ。
「──お姉ちゃん!!」
その先頭を飛ぶ少女にウタは見覚えがあった。この島に住む心優しき少女。
「シャオ!?」
シキの支配の中を生きていた少女が、空を飛びながらこちらへと手を振っている。
「夢でも見てる……?」
思わず呟くが、傷を負った自身の肉体の痛みがこれを現実だと主張していた。
……不思議だとは思っていたのだ。この島の人々は皆、何故か腕に羽が生えていた。そういうものなのだろうと思っていたのだが、まさか。
「ありがとう!」
驚愕で何も言えないでいるウタに対し、シャオが声を張り上げる。
「シキを倒してくれて! 本当にありがとう!!」
シャオだけではない。他の者たちもまたこちらへと手を振っている。
「みんなは任せて!」
その幻想的とも言える光景に対して何も言えないウタの視線の先で、数人の者たちが城の中へと飛び込むように入っていく。
それを呆然と見守りながら、ウタは吐息を零した。
──ああ、これが。
あの海賊が支配していた人たち。それは誰よりも──
大海賊、“金獅子のシキ”が支配した島──メルヴィユ。
二十年の長き支配から解放された彼らは、“自由”に空を舞う。
支配が解かれ、自由が空を覆っている。
それが、この戦争の結末だった。
◇◇◇
偉大なる航路後半の海、“新世界”のとある島。
マリンフォードが半壊するほどの戦争が起こっているのと同時間に、その場所でも戦争と呼ぶべき戦いが起こっていた。
「“冥狗”!!」
「“雷鳴八卦”!!」
片や海軍本部最高戦力、大将赤犬。
片や百獣海賊団総督、“地上最強の生物”カイドウ。
共に個人としては世界最高峰の力を持つ怪物たちだ。だが徐々に。そう、徐々に片方に天秤が傾きつつある。
「ウォロロロロロロ! 楽しいなァ赤犬!」
「ほざけ!」
金棒を担いで笑うカイドウに対し、険しい表情の赤犬。“地上最強の生物”──その意味を赤犬は理解させられていた。
(ふざけた力じゃァ……!)
ウオウオの実幻獣種、モデル“青龍”。広く知られたカイドウの能力はしかし、その強さの核にあるわけではない。確かに凶悪な力ではある。だがカイドウの強さの本質はその“覇気”にあるのだ。
ただただ強い。故にこその最強であり、怪物。
「おっかしいねぇ〜?」
赤犬の近くに降りてきた黄猿が首を傾げる。彼の視線の先にいるのは空を飛ぶ一頭の恐竜だ。大きな翼を広げて飛ぶその恐竜は百獣海賊団最高幹部“大看板”が一角、“火災のキング”だ。
「どうしたボルサリーノ」
「何かカラクリがあるねぇ? こっちの攻撃が通ってないみたいだよォ」
黄猿──海軍本部大将をしてここまで言わしめる怪物。赤犬が表情を険しくする。
「面倒じゃのう、百獣海賊団……!」
吐き捨てるように言葉を紡ぐ。状況は決して良くはなかった。大将二人がそれぞれ敵の最高指揮官二人にかかりきりとなっており、しかも優位に立てているとは言い難い状態。更には相手が『ギフターズ』と呼ぶ体の一部に動物の力を宿す者たちを相手に、海兵たちも決して優位に立てているとが言い難い。
残る二人の“大看板”がいないのは海軍側にとっては有利な条件であるが、結局のところ総大将であるカイドウを討ち取らなければこの戦いの勝利はない。
「報告!! 報告です!!」
拳を握り、カイドウに向かって一撃を放とうとしていた赤犬の耳にそんな言葉が届いた。
「なんじゃァ!」
「マリンフォードより伝令!! “金獅子のシキ”を討ち取ったとのことです!!」
その報告を受けて動きを止めたのは赤犬だけではなかった。カイドウも、黄猿も、キングも、この戦場の全ての者が一時動きを止めたのだ。
「さ、さらに!!」
報告はそれだけではない。伝令役の海兵が声を張り上げる。
「“金獅子のシキ”を討ち取ったのはモンキー・D・ルフィ大佐です!! 一騎討ちの末討ち取ったとのことです!!」
その場の全員が、それを理解するのに数秒の時間を要した。
誰もが思っていたのだ。“金獅子”を打倒するともなればそれこそ“海軍の英雄”ガープか“仏のセンゴク”、或いは大将の中で唯一マリンフォードに残った青雉。その誰かだと思っていた。
それがまさか、“新時代の英雄”などと呼ばれていても未だ未熟な若き海兵が討ち取るなど。
「……そうか。あの小僧が」
思わず呟く。何度叱ったかなど最早覚えていない。頭を抱えることなど日常茶飯事。目を離せば大体トラブルに巻き込まれているか起こしているか。
だが、それでも彼は市民の味方で。
彼女と共に、新たな世代の旗手であったのも確かである。
「これは負けていられないねぇ、サカズキィ〜?」
黄猿が言う。その口調には確かに喜びが混じっていた。彼もまた青年をよく知る男だ。この報告に思うところがあるのだろう。
彼に対し頷きを返す。同時、赤犬の体から爆発するようにマグマが噴き出した。
「気合を入れ直せ!!」
猛る言葉とマグマ。その言葉が戦場の全てに伝播する。
「海の向こうでは17の若造が旧時代の“悪”を討ち取った!! その“正義”をわしらが踏み躙るわけにはいかん!!」
眼前、“地上最強の生物”を視界に捉える赤犬。
その口元には笑みが浮かんでいる。
(負けられんのう)
あの日、初めて見たあの二人を赤犬は疑いの気持ちで見ていた。大犯罪者の息子と娘。何か裏があると思っていたのだ。
だからずっと目を光らせていた。しかし、それが無意味と悟ったのはいつのことだったか。
いつの間にか、あの二人を信頼できる海兵であると──後輩たちであると。自分達の後継者になれると、そんな風に。
「この戦争の勝利は!! 明日の平和の礎と理解しろ!!」
あの日、赤犬は彼女に言ったのだ。
“お前は海兵じゃろう”
その言葉を口にした時点で、きっと彼女のことを認めていたのだろうと思う。
ならばここにいる自分が、自分自身の“正義”を違えるわけにはいかない。
「──海賊という“悪”を許すな!!」
彼が掲げる信念──“徹底した正義”。それは時にその苛烈さ故に恐れられることもある。
だがこの大海賊時代において。弱者が虐げられるこの時代において、その苛烈さこそが救いになることもあるのだ。
「そうだ! 怯むな!」
「“正義”は我らにある!」
いくつもの声が上がる。それらは己を鼓舞するという意味も含んでいた。
赤犬はわかっている。己は万人には受け入れられないことを。
だからこそ、あの二人に期待をかけた。
この時代が始まった後に生まれた二人であるからこそ、二人はこの世界と時代に答えを示せる。力なき市民たちの光になれる。
──そして。
きっと、いつか……きっと。
この大海賊時代が終わる時、その平和な世界で。
あの二人は──
「ウォロロロロロ! 流石だな赤犬! そうだ、それでいい!」
赤犬の言葉によって士気を上げる海軍。それらに最前線で相対する“四皇”はしかし、怯まない。
「お前の“正義”を見せてみろ!!」
金棒を担ぐようにして持ち、身を捻るカイドウ。対し、赤犬もその右拳に凄まじい熱量を纏う。
その二人の放つ圧力に、周囲の者たちも一歩後ずさる。文字通りの全身全霊、渾身の一撃。
──ぶつかる。
誰もがそれを確信した瞬間。
──天を揺らすが如き“覇気”が、戦場に轟いた。
赤犬とカイドウも動きを止める。反射的にその“覇気”の放たれた元へと視線を向けた。
「おい……!」
「なんでだ……!?」
ざわめきが両陣営に広がる。彼らの視線の先、海の上に一隻の大きな海賊船があった。
その海賊船が掲げる旗を知らない者はいないだろう。その側は“四皇”のものだ。
「何故ここに“赤髪”が……!?」
思わず声を上げたのは海兵だ。赤犬はこちらへと歩いてくる男を睨みつけるようにして見据える。
「何のつもりじゃァ?」
そしてカイドウもまた、金棒を肩に乗せながら現れた人物──“赤髪のシャンクス”を見据える。
「何をしに来た“赤髪”?」
海軍本部最高戦力。そして“四皇”の一角にして“地上最強の生物”。その二つから敵意を向けられながらも、その男に臆する様子はない。
「この戦争を──終わらせにきた」
彼に続くようにして赤髪海賊団の主力メンバーたちが現れる。それに反応したのはカイドウだ。
「ウォロロロロロ! それを聞く義理があるか“赤髪”!」
「ないな。だが、この消耗した状態でおれたちを相手にできるのか?」
視線が交錯する。直後。
──凄まじい衝撃が、周囲を駆け抜けた。
カイドウが振り下ろした金棒をシャンクスがその愛刀で受け止める。ただそれだけのことのはずだ。
しかし、現れた結果はとてもそうは思えない程に凄まじい。
「おい、見ろ!」
「空が……!?」
口にしたのはカイドウの部下たちであるが、一部を除いた全員が同じことを思っただろう。
何故か『触れていない』二人の激突。その余波により、天が割れたのだ。
それは、“覇王色”の衝突。
この海の頂点たる二人の激突は、ただそれだけで世界に影響を及ぼすのだ。
「衰えてはねぇようだなァ“赤髪”!」
金棒を下げ、笑うカイドウ。それに対してシャンクスは真剣な表情のまま言葉を紡ぐ。
「暴れ足りないのであれば相手になるぞカイドウ。──赤犬、お前たちもだ」
周囲に沈黙が降りる。誰もがこの後の展開について思考を回していた。
カイドウ率いる百獣海賊団と赤犬、黄猿率いる海軍との衝突が始まって相応の時間が経過している。既に多くの負傷者が出ている状態だ。この状態で更に赤髪海賊団を相手に回すのはリスクが大きい。
「ウォロロロロロ……! いいだろう、ここは退いてやる」
「いいのかカイドウさん」
カイドウの口にしたその言葉に対し、その隣に降りてきたキングが問いかける。カイドウはシャンクスを見据えたまま言葉を紡いだ。
「元々あのジジイが始めた戦争に乗っただけだ。あのジジイが負けたってんならそれまでってのも筋は通ってる」
そして見ろ、とキングへとカイドウは自身の背後の海賊たちを見据えながら続ける。
「士気を挫かれた。おれとお前はいいがなァ……こうなっちまったら仕切り直した方がいいだろう」
その言葉は海軍にも言えることだった。赤犬の檄によって士気を上げた海軍と、それを真っ向から応じたカイドウの姿を見て士気を上げた百獣海賊団。
その二つがぶつかるその瞬間、シャンクスによる“覇気”の横槍が入ったのだ。そのせいで士気が削がれてしまっている。
「──だが、この落とし前はつけるぞ“赤髪”」
そのカイドウの言葉に対し、シャンクスは言葉ではなく視線で応じた。
二人の“四皇”の視線がぶつかり合う。だが数秒の後、カイドウがその身を翻した。
「撤退だ!!」
その号令を受け、百獣海賊団が撤退を始める。その光景を一瞥し、シャンクスは続いて赤犬へと視線を向ける。
そんなシャンクスの姿を見据え、赤犬が言葉を紡ぐ。
「海賊を前にして、わしらに退けというんか?」
「そう言っているつもりだ」
「海軍に命令するとは……随分と偉うなったのう、“赤髪”」
二人の視線がぶつかり合う。次の瞬間にはどちらかがその一撃を放つのではないかというほどに張り詰めた空気。
だがその空気も、シャンクスが口にした一言で変化する。
「──あの二人の勝利で終わったこの戦争に、これ以上の犠牲は必要ない」
赤犬の眉が僅かに跳ねた。彼は一度目を閉じると、声を張り上げる。
「撤退じゃァ!!」
その言葉を受け、海兵たちの間に動揺が走った。黄猿が赤犬へと声をかける。
「いいのかい、サカズキィ〜?」
「士気を挫かれたのはこちらも同じじゃァ。……腹の立つ話じゃが、今からこいつらを相手取る余裕などありはせんわ」
言い切ると、何をしとる、と近くの海兵たちへと赤犬が声を張り上げた。
「負傷者の手当を急げ! マリンフォードへ帰還する!」
「は、はい!」
慌てて動き出す海兵たち。黄猿も肩を竦めると、指揮のためにこの場を離れた。
残された赤犬はシャンクスと向かい合う。ふん、と鼻を鳴らしてその男を見据えた。
「随分と過保護じゃのう」
「あの二人のためじゃない。おれにはおれの考えがある。……それに赤犬、お前はわかっているはずだ。あいつらはもう……立派な海兵だ」
「言われんでもわかっちょる」
赤犬がシャンクスへと背を向けた。そして振り返らぬまま言葉を紡ぐ。
「──“赤髪のシャンクスは、私が捕らえる”」
赤犬が歩き出す。そのまま彼は振り返らない。
「あの娘はそう言うちょったぞ」
その背に対して、“赤髪”は応じた。
「ああ。──望むところだ」
その時の彼の表情は、どんなものであったのか。
振り返らなかった赤犬には、最後までわからなかった。
◇◇◇
海へと落ちていく浮島、メルヴィユ。そこから無数の人影が空を飛んでいく。空を飛ぶ人と、落ちていく島。なんとも幻想的な光景だ。
そんな光景を見守っていたセンゴク。その彼の元に海兵が走り寄ってきた。
「元帥殿! 大将赤犬より連絡です! カイドウとの戦闘中に“赤髪”が介入! それを受けて撤退を決定したとのことです!」
「“赤髪”が?」
思わず呟く。穏健派の“四皇”たる“赤髪”による仲裁。なるほどありうる話であるが、どこからこの戦争の情報を仕入れたのか。
(……まあ、いい)
いずれにせよ戦争は終わりだ。ならば残る彼の役目は一つだけ。
拡声器を手に持ち、センゴクはマリンフォードを見回した。責任者というものはこの最後の務めを果たすことも含めての責任者である。
「負傷者の手当を急げ! 動ける者はメルヴィユが海に落下次第島に乗り込み海賊を拘束しろ!」
海軍の役目とは海賊を倒してそれで終わりではない。彼らを捕らえ、牢に入れてこそようやくその役目が終わるのだ。
「この戦争は──我々の勝利だ!!」
センゴクの宣言。それを受け、大地を揺らすような大歓声が上がる。
戦いは終わりを告げた。その事実が海を越え、世界へと伝播する。
そして世界に二人の“英雄”の名が轟くことになる。
文字通りの歌声で戦争を終わらせた“歌姫”であるウタ。
旧時代の“四皇”を打ち破り、新時代の到来を告げた“麦わらのルフィ”。
人々は歓喜した。この大海賊時代において涙を流し、傷ついた多くの弱き人々は英雄たちに希望を見る。光を見る。明日を夢見る。
いつか、そう、いつか。
この苦しい時代は終わる。無法者たちの時代が終わるのだと。
英雄たちが終わらせてくれるのだと。
──人々は、“新時代”の到来を確かに信じたのだ。
とりあえず直後のお話。
割とあっさり目ですね。次の後日談でSW編そのものは決着の予定です。