逃亡海兵のルフィとウタ 短編集   作:Nines star

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海兵時代の格好いいルフィと、それに振り回されつつお世話するウタを書きたかった。
映画でメンタル削られたのでとりあえず幸せな二人を……


麦わら帽子のヒーロー

 

 

 

 

 

 海軍本部には、様々な人物がいる。

 彼らはこの大航海時代にあって市民を守る盾であり、力無き者を守護する矛先である。

 そんな海軍において、先日、不祥事が起こった。なんと、海軍が海賊に買収され市民の窮状を見て見ぬ振りしていたというのだ。

 その主犯は海軍本部ではなく支部の大佐であるが、そんなことは市民には関係ない。『海軍が海賊に買収されていた』という事実が世間に与えた衝撃は凄まじいものであった。

 不幸中の幸いだったのは、それを暴いたのが本部の海兵であり、しかも最近話題の二人が中心であったことだ。故郷への休暇中に複数の海賊を捕縛、或いは撃破していた二人は既にニュースになっていたところである。その彼らが休暇中における最後の事件として起こしたのがこの一件である。ちなみに何人かが頭を抱え、何人かは爆笑していた。

 この事件については最終的に動ける数名の部下が合流し、かつて偉大なる航路で名を上げた海賊アーロンの撃破と逮捕、そしてそのアーロンに買収されていた海軍支部の摘発を同時に行うことで収束を見た。

 当初、海軍としては隠蔽も考えていた案件だ。海賊に海軍が買収、それも支部とはいえ大佐の階級にある者がとなれば海軍への信頼が失墜する。しかし、口止めをする前に“新聞王”の手によって全世界に報道されてしまったのだ。

 そうなれば、海軍としては功労者たちを労う方向に進んだ方がまだ傷が浅い。幸いなことに、この事件を解決したのは同じ海軍の人間、それも新世代の二人だ。ならば、少しでも印象が良くなるようにと二人には勲章の授与と昇格を。合流し、協力した部下数名にも同じく勲章の授与と昇格の決定がすぐに決められた。

 その場には何人かの民間協力者……賞金稼ぎや村民もおり、彼らにも勲章が贈られることとなった。しかし、勲章の授与が行われるマリンフォードは遠い。故に村民たち今回の件を受けて海兵となることを決めた一人の少女を代表として式典を行うことになったのだ。後に、海軍からは復興のための物資や資金が提供されることになっている。

 欺瞞ではある。八年間も苦しんだ者たちへ報いるとすれば、あまりにも足りないものが多過ぎる。

 だが、彼らはそれを受け入れた。自分たちを、彼らが信じた少女を救ってくれた英雄たちが栄誉を得るのであれば。

 明日から、笑顔で過ごせるのであればと。

 そして、今日。

 月始めの入隊式に合わせて、件の表彰についても行われる予定となっていたマリンフォードはいつもより賑やかになっていた。

 

 

「ちょっとルフィ、まさかその格好で行くつもり?」

「ん、何かおかしいか?」

「あのね、今日は普段と違って物凄く厳粛な場なの。いつもみたいにベストと短パンにコートを羽織っただけなんて、許されるわけないでしょ」

 

 海軍本部の一室。今回の式典における主役の一人であるモンキー・D・ルフィは彼の幼馴染であるウタから注意を受けていた。

 いつも通りの格好で今日の式に出ようとしたルフィを見に来てよかったとウタは思う。世の中にはTPOというものがあるのだ。ウタ自身、今日はいつもの格好ではなく正義のコートの下にはきっちりとしたスーツを着ている。

 海軍においては伍長以上になれば私服を着ることが許される。だが、それにも当たり前だが限度というものがあるし、TPOを考えてか私服という名のスーツを着る海兵も非常に多い。

 ルフィはいつもベストに短パンのスタイルだ。コートがなければ海軍とわからない彼のその服装についてはウタも奔放な彼らしくていいとは思っている。だが、それとこれとは別なのもまた事実である。

 

「えー、面倒くせぇなぁ」

「私たちの部下も四人、勲章と昇格があるんだよ? ナミだって今日が入隊日なんだから。私たちがしっかりしないでどうするの」

 

 全く、とウタは腰に手を当てて面倒臭がる幼馴染を嗜める。

 無関係ならば……いやそれでも良くはないが、今回はアーロンとの戦いにおいて駆けつけてくれた部下とココヤシ村で自分達を見て海軍に入ることを決めた少女、ナミの入隊式もあるのだ。ちゃんとした格好をするのも上司の役目である。センゴクもそう言っていた。

 

「ガープさんみたいな白いスーツがあるじゃない。ほら」

 

 ルフィの部屋のクローゼットを開け、ウタは言う。これはガープがルフィが少尉となり、“海軍将校”と呼ばれる立場になった時に送ったものだ。『わしとお揃いじゃ』と言いながら、ウタにも渡している。

 まあ、“海軍将校”となれば正義のコートの着用を許される立場だ。彼としても嬉しかったのだろう。その後、歴代記録に残る勢いで昇格しているので感覚が狂うが、本来正義のコートの着用が許される立場になるだけで大事件なのだ。

 

「じいちゃんと同じかー……」

 

 嫌い、というわけではないが正直思うところがあるのはウタが見ていてもわかる。愛情はあるのだ。出力の仕方がおかしいだけで。

 ……いや、強い海兵にするためと言ってジャングルに放り出すのはどうなのだ。ウタ自身も巻き込まれたし。

 

「でもそれ以外に礼服ないでしょ」

「うーん……しょうがねぇか……」

 

 諦めたように息を吐くと、着替え始める。

 

「じゃあ、私は先に行くから遅れないようにね」

 

 流石に着替え中にまで部屋にいてはいけないだろう。もう二人とも子供じゃないのだ。

 

「おう、着替えたら行くよ」

「うん。だけど、いい?」

 

 部屋を出る前に、ルフィに対して念を押しておく。

 

「絶対に遅刻しないこと」

 

 おう、とルフィは笑って応じる。

 その姿に少し不安を覚えながらも、ウタは部屋を出た。

 

 

 ただまあ、彼女は失念していた。

 この幼馴染に、『予定通り』などという概念が存在しないことを。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 スーツに着替え、コートを羽織ったルフィは部屋を出た。いつもと違う格好に違和感を覚えながら街へと出ていく。ここから、式のある場所まではそう遠くない。遅刻はないはずだ。

 

「うーん、やっぱりこの格好は息苦しいなァ」

 

 じいちゃんはよくこんな格好をいつもしてるなー、などと呟きながら麦わら帽子をかぶる。スーツに正義のコート。そこへ麦わら帽子というアンバランスな組み合わせだというのに、どうしてか随分と様になっていた。

 マリンフォードは海軍本部がある場所なだけはあり、市民も海兵の姿には慣れたものだ。加盟国だと正義のコートを着ていると威圧感があるのか遠巻きにされることもあるのだが、マリンフォードではそうならない。

 往来の真ん中を歩いていくルフィ。その彼が、とあるものを見つけた。

 泣いている、一人の少女だ。まだ五、六歳程度だろうか。道の端で目を多いながら泣いている。

 その姿を見つけると、ルフィは何の躊躇もなく歩み寄った。少女の側にしゃがみ込むと、どうした、と声をかける。

 

「なんで泣いてるんだ?」

「……おかあ、さん、が……」

 

 嗚咽を漏らしながら言う少女に、ルフィは逸れたのか、と問う。少女が頷いた。

 

「よし、じゃあおれが一緒に探すよ。もしかしたら本部のとこに届が出てるかも知れねぇし、近くにいるかもしれねぇ」

 

 な、と笑いかけると、少女はようやく顔を上げた。こくりと、小さく頷く。

 その泣き腫らした姿に、ルフィは幼き頃の幼馴染の姿が重なって見えた。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 海軍本部や支部では、月初めに辞令式を始めとした式典を行う。新規入隊の受け入れは随時行なっており、それは月の途中からも受け入れている。だが、随時行なっていては効率が悪いため次の月の初めにまとめて行うのだ。昇格の辞令についても同じである。

 これは支部でも同じで、一種の儀式とも呼べるものだ。都合上異動の辞令を異動先の支部の長から受けることも多いが、そもそも目的はこの儀式を経て自覚を持たせるためである。それを達成できれば多少のことは無視できる。

 だが今回は、いつもとは事情が違った。入隊式及び辞令については基本的にそのタイミングで動ける中将の誰かが行うようになっている。元帥が行えれば一番いいのだが、センゴク元帥は多忙だし三大将も同じく多忙である。だが今回は、海軍のイメージに関わること故にセンゴク元帥が辞令式に出てきていた。

 

「……中佐……大佐? あの、少佐……中佐は?」

「一応、この式が終わるまでは昇格前の階級で大丈夫。……ルフィは……来る、はずなんだけど」

 

 現在行われているのは入隊式だ。一人ずつ名前を呼ばれ、元帥の前に立つとマリンコードと制服を渡される。とはいえ、新規入隊の者たちは既に真新しい制服を着ている。故に、これは形式的な側面が大きい。

 ウタと、今ウタに話しかけてきた彼女の部下である女性海兵は離れた場所に立って式の経過を見守っていた。二人の出番はこの後だ。入隊式が終わった後に階級の低い方から順に勲章の授与と昇格が言い渡される。

 ちなみにこの女性海兵は今回の昇格で少尉となるため、晴れて“海軍将校”である。そのため、正義のコートを受け取る立場でもあった。

 

「……一緒に来られなかったので?」

「ルフィがいつものベストと短パンで出ようとしてたから、着替えるように言ったんだけど……」

「ああ……」

 

 アーロンパークの一件で駆けつけてくれた、付き合いがそれなりに長い女性海兵はその言葉に納得した。彼女もルフィならそうするだろうな、と理解している。

 

「ゴホン」

 

 近くに立っていた人物……海軍本部中将、モモンガが咳をしてこちらにジロリと視線を送ってくると、二人は慌てて姿勢を正した。ウタにしてみると、ルフィと一緒に指導を受けた相手だ。その経験からどうしても背筋が伸びてしまう。

 そして、ウタは改めて入隊式の様子をみる。待機中のナミがチラリとこちらを見、笑顔を浮かべた。こちらも笑顔を返す。

 彼女はこの後、ウタとルフィの部隊に配属されることになっている。また、今回の入隊者たちの代表として宣誓を行う役目も負っていた。

 だがそれはそれとして、心配がある。

 

(ルフィ、何かトラブルに巻き込まれてないといいけど)

 

 あの男は良くも悪くも何かを呼び寄せる。妙なことに巻き込まれていないといいが、とウタは思った。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「うーん、いねぇなァ」

 

 しばらく少女の手を引いて歩いていたルフィが、頭を掻きながらそんなことぼやくようにして呟いた。声を上げて周囲を歩いてきたが、見つからないのだ。

 向こうも探してんのかな、と呟くルフィ。行き違っているのかもしれない。

 ちなみに少女はルフィが買い与えた綿飴を左手で持ち、ルフィの右手を持ちながら歩いている。綿飴を見てじっとルフィを見つめる少女に彼が買い与えたのだ。割と図太いな、と思ったとかいないとか。

 

「本部に預けた方がいいのか?」

 

 ちなみに彼の頭からは完全に予定というか目的がすっぽ抜けている。

 

「しょうがねぇ。ちょっと歩くけど、向こうの建物まで行こう。もしかしたらそっちで待ってるかもしれねぇし」

「……うん」

 

 少女が頷くのを見て、ルフィは歩き出す。その彼の耳に、怒鳴り声が届いた。

 

「金を出せ!」

 

 少し離れた場所の店で、一人の男が銃を構えて露天の店主を脅している。あー、とルフィはその光景を見て息を吐いた。

 

「すまねぇ、ちょっと待っててくれ」

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「民衆がか弱いことは罪ではない。そのために我らがいる」

 

 元帥の演説が響き、記者たちの写真撮影の音が響き渡る。

 

「強靭な悪が海にあるならば、我々が全力で駆逐せねばならん。最後に問おう。その覚悟はあるか?」

「はい!」

 

 新兵たちの代表として元帥の前に立っていたナミが大声で応じ、海軍式の敬礼を返す。その瞬間、無数の撮影の音が鳴った。

 今回の不祥事の被害者でもある彼女とその村は、しかし、海兵に救われたことで海軍への入隊を決めた。この事実は海軍のイメージの回復に非常に有効だ。ナミもそれはわかった上で、今回のこの宣誓の立場を受けた。

 まあ、ちゃっかりしているのはそれを交渉材料に自分をウタとルフィの部隊に配属することを認めさせたという点だ。これについては海軍側もメリットの方が多いため受け入れられ、今に至る。

 

「諸君らの健闘が、市民を守る新たなる力となることを期待する」

 

 センゴクが海軍式の敬礼と共にそう告げる。ナミの背後にいる大勢の新兵たちもまた、敬礼を返した。

 そして、周囲の参加者から拍手が送られる。新兵たちの入隊式はこれで終わりだ。

 

(いくらなんでも遅過ぎる)

 

 だが、麦わら帽子の彼は来ない。

 刻一刻と、彼の出番は近付いている。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「……店も焼けてしまって、金もなくて……すみません……!」

 

 ルフィが取り押さえた男は、正義のコートを着たルフィを見て観念したらしい。地面に正座し、頭を地面にこすりつけながら言う。

 ルフィは被害者である店主と共にその光景を見ていた。なるほど、と言ったのは店主だ。

 

「そういえば、近くの島が海賊に襲われたとは聞いたな。海賊は海軍が捕縛したが、島にはそれなりの被害が出たと」

「はい……一時的にここに避難しているんですが、財産も何もかも、一緒に焼けてしまって」

 

 申し訳ない、と男は頭を下げ続ける。

 

「妻と、今年二歳になる息子がいて……! 申し訳ありません……!」

「まあ、ここで強盗なんてしようとするぐらいだから相当追い詰められてたんだろうけどなァ」

 

 腕を組み、ルフィは言う。ちなみに少女は近くで綿飴を食べていた。かなり図太い。

 

「一応、あー……何だっけ? やる前の」

「未遂?」

「それだ! それで捕まえないといけねぇんだけど……」

 

 店主の方を見る。彼は肩を竦めた。

 

「私に被害はないし、ちょっと絡まれただけだ。私としては何も」

「揉めただけ、ってことか?」

「私の視点からはすれば」

 

 頷く店主。それを見ると、じゃあ、とルフィは笑った。

 

「おれの早とちりだな。いやー、すまねぇ」

 

 あっはっは、と笑うルフィ。男が顔を上げると、いいんですか、と彼は言った。

 

「私は、許されないことをしようとしたのに」

「いいよ、おっちゃんもそう言ってるしな。おれの勘違いだ」

 

 笑うルフィ。その彼に、男はもう一度頭を下げた。

 

「ありがとうございます……!」

 

 その姿に、しかし、と声を上げたのは店主だ。

 

「問題は解決していないだろう。どうするつもりだ?」

「それは……」

 

 言い淀む男。んー、とルフィは首を傾げた。

 

「店って、何の店をしてたんだ?」

「え、ええと、大衆食堂と言うべきでしょうか。安くて量の多い食事を提供していて……」

「おっさんコックだったのか!」

「そ、そんな大層なものでは」

 

 両手を体の前で左右に振る男。その男を見て、そうだ、とルフィは声を上げた。

 

「じゃあよ、海軍に入らねぇか?」

「か、海軍にですか? いや、自分は戦うのは……」

「違う違う。食堂のおばちゃんが人手不足って言ってたんだよ。……あのさ、電伝虫あるか?」

「あるにはあるが」

「ちょっと貸してくれ」

 

 言いつつ、電伝虫を操作して番号を入力するルフィ。基本的に番号なんて覚えていない彼だが、海軍の食堂についてはいつも掛けるせいで覚えている数少ない番号だった。

 数回の呼び出し音の後、相手が出る。

 

『はいはい、こちら海軍食堂』

「おばちゃん。おれだ」

『あら、ルフィちゃんじゃないか。どうしたんだい? まだ昼食には随分早いけど、何か注文?』

 

 それこそ入隊当時から彼を知る人物であるため、ルフィをちゃん付けで呼んでくる食堂の主がいつもの調子で言う。その彼女に対し、ルフィは言葉を続けた。

 

「昼飯は今日も食いに行くけど、そうじゃねぇんだ。前に人手不足って言ってただろ? 今もそうか?」

『そりゃあもう、人手はいくらでも欲しいよ。とはいえ格式高いレストランでもないからね、中々来ないんだよ』

「じゃあ好都合だ。実はさ、働くとこを探してるコックがいるんだ」

 

 えっ、と成り行きを見守っていた男が声を上げた。電話の向こうにいる人物が、ふむ、と声を上げる。

 

『そのコックは何を作れるんだい?』

「おっさんは何が作れるんだ?」

 

 笑顔のまま話を振るルフィ。男は即座に答えた。

 

「和洋中なんでもできます! やります! やってみせます!」

 

 必死の叫びだった。ルフィちゃん、と女性が言う。

 

『ちょっと代わってもらえるかい?』

「おう。ほら、おっさん」

 

 ルフィは何の躊躇もなく電伝虫の受話器を渡す。男はそれを受け取ると、ルフィに何度も頭を下げながら会話を始めた。

 その背を見つめて笑顔を浮かべるルフィ。店主が驚いた様子で言葉を紡いだ。

 

「あんた、変わってるな」

「ししし、よく言われる」

「少なくともおれが知る海兵に、あんたのような奴はいない」

 

 ふっ、と小さく笑顔を浮かべる店主。ルフィは言葉を紡いだ。

 

「もう一人いるぞ。多分、ウタも同じようにしたと思う」

「それが本当なら。……海軍も、思っている以上に捨てたもんでもないようだ」

 

 含みのある言葉だった。ルフィが言葉を紡ごうとすると、ずっと黙っていた少女が突如叫び声を上げた。

 

「お母さん!」

「ああ、よかった! 心配したのよ!」

 

 見ると、息を切らしてこちらに若い女性が走り寄ってきた。その女性はそのまま少女を抱き上げると、力いっぱい抱き締める。

 

「あのお兄ちゃんに買ってもらった」

 

 棒だけになった綿飴を見せ、少女は言う。母親はルフィを見ると、慌てた様子で言葉を紡いだ。

 

「申し訳ありません! あの、お代は……!」

「ししし、いいよ。良かった良かった」

 

 少女に笑いかけるルフィ。少女もまた、ありがとう、と彼に言葉を紡いだ。

 頷くルフィ。そういえば何かを忘れているような、と思ったが、思い出せない。何だったかなーと首を傾げる彼に、不意に近くに来た青年が声をかけた。

 

「あの、海軍の方ですよね……?」

 

 忘れ去られた目的は、彼が不在のままに進んでいる。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 本気でまずい、とウタは思い始めた。何せ側のモモンガが『まだ来ないのか』とこちらに聞こえるように呟くくらいだ。厳格な彼がこんなことを言うくらいの異常事態ということである。

 その問いに対しては、いやー、と視線を逸らして誤魔化すしかなかった。背中に嫌な汗が噴き出すように流れ出している。

 今行われているのは勲章の授与だ。階級が低い者から順に行われているそれは勲章の授与が終わると、そのまま昇格の者がその場で辞令を受ける。ウタの部下である女性海兵も順番待ちの待機中だ。

 ただ、今回は民間協力者として賞金稼ぎが三名参加している。先にそちらの勲章授与が先だ。

 東の海であの“鷹の目のミホーク”と戦い、敗れこそしたものの彼に認められた剣豪“海賊狩り”ロロノア・ゾロ。そして彼を慕う賞金稼ぎユニット、ヨサクとジョニーである。

 特にゾロはアーロン一味の幹部を一人討ち取っている。アーロンといえば“タイヨウの海賊団”の一員として一時は七千万を超える賞金を掛けられた海賊だ。その幹部を民間の一賞金稼ぎが討ち取り、しかもミホークに認められるほどだというのだから衝撃である。

 

「悪の討伐、その協力に感謝する」

 

 三人へと勲章を手渡し、センゴクが海軍式の敬礼を返す。中心に立っていたゾロが、不敵な笑みを浮かべた。

 

「おれもそれで返した方がいいのか?」

 

 勲章を手で弄びながら言うゾロ。海兵たちのピリつく気配が周囲に漂う。

 だが手を下ろしたセンゴクが軽く手を振ってそれを制した。

 

「いや、キミらは民間人だ。これは私たちの流儀であるというだけに過ぎない。……この流儀に従う立場になると言うのであれば、大いに歓迎するが」

 

 ざわめきが広がった。センゴク元帥、直々の勧誘である。ヒュウ、という口笛の音を響かせたのは会場の端にいるアホウドリ……モルガンズか。

 

「将来有望、そして実力のある若者は大歓迎だ」

「そう言ってくれるのは嬉しいがな。おれに宮仕えは無理だ」

「まあ、そうだろうな」

 

 あっさりと引き下がるセンゴク。その様子に逆にゾロが少し驚いていると、何、と彼は言葉を紡いだ。

 

「長年多くの人間を見ていると、何となくわかるのだ。キミは人の下につくような人間ではないのだろう。もしキミが従う者がいるとするなら……それは、どれほど雄大な器の持ち主なのだろうな」

 

 一部の者は、彼が何を言いたいかを感じていた。

 生まれついての才能、“覇王色の覇気”。海軍においてはセンゴクぐらいしか持たぬその力の片鱗を感じ取ったのだろう。

 会場の視線がゾロに集中する。へっ、と彼は笑った。

 

「何、おれは海賊ってわけじゃねぇ。そのうちまた、あんたたちに結果的にせよ協力する場面はあるさ」

「そうだな。敵対することにならないことを祈ろう。……ヨサクとジョニー、と言ったな。キミらはどうだ?」

 

 話を振られた賞金稼ぎユニットは一度顔を見合わせた。その上で、苦笑する。

 

「あっしらをそこまで評価してもらえるのは嬉しいが……こう見えて、今の生活が気に入ってるもんで」

「紙一重の縁があれば、海兵になってたこともありえたでしょうが」

 

 腕を組み、片方の手を顎に当てつつ言う二人。そうか、とセンゴクが頷いた。

 

「キミたちのような者がいるなら、我々もまた覚悟を新たにできる。……礼を言う。此度は、誠に感謝する」

 

 改めて、センゴクが敬礼をした。それに合わせて、周囲の海兵たちも全員彼らに向かって敬礼を行う。

 立ち会いの民間人たちからは、万雷の拍手が降り注いだ。

 ウタも拍手をしながら、しかし、心は違うことを考えている。

 

(何やってるのルフィ!)

 

 麦わら帽子は、まだ見えない。

 

 

 ちなみに、余談であるが。

 式典の後、『海軍に入れば私を含め海軍の剣士たちと訓練で刃を交える機会ができるぞ』とモモンガに言われ、本気で悩んだ様子のゾロがいたとかいなかったとか。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 声をかけてきたのは、線の細い青年だった。どこか疲れた様子の彼に対し、ルフィはどうしたんだ、と声をかける。

 

「えっと、その、人を探しておりまして」

「人探し?」

「兄ちゃん、海軍は行方不明者の捜索はするだろうが人探しは別だぞ」

 

 店主が言うが、その通りである。事故や海賊の襲撃による被害者の捜索や救助といったことは海軍の役割だが、人探しは領分を外れている。

 

「いえ実は、姉が海軍に入隊していると聞きまして……」

「へぇ、そうなのか」

「実は私、エレジアから来たのですが……姉は両親と音楽性の違いで大喧嘩をして飛び出してしまったんです。その後しばらくして海兵になったとだけ連絡があったのですが……」

 

 疲れた様子の青年は、誰かに聞いて欲しかったのだろう。思わずと言った調子でそんな風に話す。その話に反応したのは店主だ。

 

「エレジアとは、また遠いところから来たな」

「知ってるのかおっちゃん?」

「音楽の国として名高い国だ。てことは兄ちゃん、あんたも音楽家か?」

「はい。一応、楽器は一通り。得意なのはピアノですが」

 

 その言葉に、へぇ、とルフィは感心した声を上げる。

 

「ウタなら行ってみたいって言いそうだな、音楽の国。おれも音楽は好きだし」

「ウタ、ってあの“歌姫”ですか?」

「おう。おれの幼馴染でよ。おれ、あいつの歌が好きなんだ」

 

 ししし、と笑うルフィを見てしかし、周囲の者たちがギョッとする。かの“歌姫”の幼馴染であり、麦わら帽子の海兵……それは、“英雄”の孫にしていくつもの事件を解決している海軍のルーキーの名だ。

 

「あんた、とんでもない海兵だったんだな」

 

 店主が驚いた様子で言う。つい最近も、東の海の一件で連日新聞に名前が載っていた海兵だ。そんな人物がこんなところで迷子を保護したり職探しの協力をしているなんて予想できるわけがない。

 

「そんなことねぇよ。で、写真とかあるのか?」

「は、はい。えっと、二年前のものなんですが」

 

 鞄を漁り、写真を探す青年。それを待っているルフィに、今度は先程の男が声をかけてきた。

 

「ありがとうございます! この後面接して採用するかを決めると! 本当にありがとうございます!」

 

 何度も何度も、涙ぐみながら頭を下げる男性。ルフィは常のように笑顔だ。

 

「ししし、いいよ。食堂でいっぱい食べれたらそれでいい」

「はい! 勿論です! 採用してもらえたなら全力で働きます!」

「まあ、面接次第だが頑張りな兄ちゃん。嫁さんと子供もいるんだ」

「ありがとうございます! 本当に、本当に……!」

「泣くのはまだだろうに」

 

 呆れた店主の言葉に、ルフィも笑った。

 そして、ようやく写真を見つけたらしい青年がそれを提示してくる。

 

「あの、この写真に写っているのが姉なのですが……」

「しかし兄ちゃん、海兵なんてとんでもない数がいるんだぞ。流石に」

「うちの部隊にいる奴じゃねぇか」

「えっ」

 

 店主と青年が同時にルフィを見る。彼が手に持っている写真には、バイオリンを弾く女性の姿が写っている。服装もあって雰囲気は違うが、彼女は確かにルフィの部隊にいる女性だ。しかも、それなりに長い付き合いである。

 

「本当ですか!?」

「おう。楽器を弾くのが上手くてな〜。ウタの曲の演奏もしてくれてるんだよ」

「姉は、音楽を、続けているんですか?」

 

 何かを確認するように言う青年。おう、とルフィは笑った。

 

「おれは音楽の細かいことはわかんねぇけどよ。他の奴らに教えたり、ウタと一緒に曲を考えたり楽しそうだぞ」

 

 日常の光景を思い出し、微笑むように笑うルフィ。青年は、どこか安心したような表情を浮かべた。

 

「しかも今日、昇格するんだ。だから……今……」

 

 そこで、ルフィの脳裏にようやく……ようやく、彼の今日の予定が思い出された。

 

「ヤベェ!! おれ今日辞令式に出るんだった!!」

「「「ええっ!?」」

 

 まずい、とルフィは叫ぶ。そして青年を見ると、その体に右手を巻きつけた。

 

「えっ、う、腕!? 腕が!?」

「折角だし一緒に行こう! じゃあおれもう行くよ!」

 

 そして左側の腕を伸ばし、遠くの建物の屋根を掴む。

 

「おれはゴムゴムの実を食べたゴム人間だからな!」

 

 何の説明にもなっていない言葉を青年に告げると、ルフィが弾かれたように地面から宙へとその体を跳び上がらせた。

 まるでロケットのように飛んでいくその姿を見て、残された者たちは唖然としている。

 お騒がせな英雄が、市内の空を駆けていく。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 なんというか、段々腹が立ってきた。

 未だに姿を現さない幼馴染に対し、ウタはそんなことを思い始める。

 

「正義のコートに恥じぬよう、精進するように」

「はい!」

 

 今、勲章と共に正義のコートを受け取っているのは彼女の部下である女性海兵だ。彼女が終わると、いよいよウタとルフィの番になる。

 だが、相変わらず彼の姿はない。

 

(もうなるようになるよね)

 

 最早、諦めの境地へと突入したウタ。センゴクも何かを察したらしく、チラリとこちらに視線を送ってきたので頷いておいた。

 微妙に青筋が浮かんでいるのは知らない。怒られるのはルフィだけだし。

 そして、ウタとここにいないルフィの番になった瞬間。

 

 

「どいてくれぇ〜!!」

 

 

 轟音と共に、会場のど真ん中に何かが着弾した。そう、着弾としか言いようがない衝撃音が響き、会場に小さなクレーターができる。

 いきなりの出来事に、海兵たちが反射的に武器に手をかけた。こういうところは流石である。

 ただウタだけは、右手を額に当てて呆れたようなため息を零している。そして彼女は、そのままツカツカとクレーターに向かって歩いていく。

 

「いや〜、間に合ったかな?」

「間に合ってるわけないでしょ!」

 

 そしてそのままチョップを叩き込んだ。痛ぇ、という声が上がる。

 

「何すんだよウタ!」

「こっちの台詞! 大遅刻どころか屋根突き破って落ちてくるなんて前代未聞よ!」

「しょうがねぇだろ色々あったんだから!」

「色々って何!」

 

 いつも通りといえばいつも通りの光景である。無茶をするルフィを怒るウタ、という構図だ。普段なら本部でもスルーされる二人のやり取りであるが、今は状況が状況である。

 

「お二人とも、落ち着いてください!」

 

 二人の部下の女性海兵が制止に入る。おっ、とルフィがその姿を見て笑った。

 

「いたいた。なあ、お前の弟が来てるんだよ」

「え、はっ、弟?」

「う、う〜ん……」

 

 困惑する女性海兵に、ルフィは彼が連れてきた青年を指し示す。彼は数回頭を振ると、女性海兵を見て表情を変えた。

 

「姉さん!」

「え、ちょっ、嘘、なんで」

「姉さんを探しに来たんだよ! 父さんもすまなかったって言ってる!」

「は、はぁ!? 何を今更!」

 

 姉と弟、感動の再会である。ししし、とルフィが笑った。

 

「やっぱりか〜。いや人違いだったらどうしようかと」

「ルフィ、あの人は?」

「弟だってよ。なんか、えれじあ? ってとこから来たらしい」

「エレジア……へぇ……」

 

 音楽大国、エレジア。音楽に携わる者としては、興味のある国だ。いつか行きたい場所である。

 

「音楽の国なんだってな。行ってみてぇよな〜」

「そうだね、いつか行ってみたい」

「じゃあ一緒に行こうぜ!」

 

 笑いながら言うルフィ。思わず、こちらも笑顔が溢れた。

 

「うん、約束だね。……で、あの人を連れてくるのに遅れたの?」

「いや? その時はもう遅刻は確定してたな」

「おい」

 

 思わず素でツッコミを入れてしまう。それがよ、とルフィは腕を組んで言葉を紡いだ。

 

「時間は余裕があるはずだったんだよ。あの後に着替えて、部屋を出てさ」

「ふむふむ」

「そしたらよ、迷子がいてな。一緒に探してたんだ」

「……ふむ」

「そうしてるうちに今度はなんか、この間近くの島で海賊の襲撃があったんだろ? あれで家と店を焼かれたっておっさんがいたから、食堂のおばちゃんに紹介してた」

「ふ〜む……」

 

 嘘のように思えるが、ルフィである。まず間違いなく真実だ。

 そうなると、とウタは思った。自分に彼を怒ることはできない。彼は式典よりも、市民のトラブルの解決を優先していたのだから。

 

 

「なるほど、話はわかった」

 

 

 そこに、重い、腹の底に響くような声が響いた。

 あ、ヤバい。とウタが直感した瞬間。

 

 

「静粛に!!!!!」

 

 

 大音量の、元帥による一喝が入った。その場の全員が、海兵も民間人も思わず背筋を伸ばす。ルフィとウタも反射的に海軍式の敬礼をしていた。

 

「まだ式は終わっておらん。そこの二名、前へ。……勲章を」

 

 二名を招き寄せ、センゴクは補助の海兵から勲章を手に取る。

 

「此度の働きは見事であった。勲章の授与と、ウタ中佐は大佐への昇格を。ルフィ少佐は中佐への昇格を決定する」

 

 それを手渡された二人は、敬礼で返した。それに頷きを返すと、センゴクが宣言する。

 

「今後も、己が正義を貫き、市民を守り、救うのだ」

 

 そして、司会が終了を宣言する。会場の空気が、緊張から少しずつ解放されていく。

 

「いやー、終わった終わった」

 

 そして、この幼馴染は敢えて背後から視線を逸らしながらそんなことを言う。

 

「なあ、ウタ。食堂に行こうぜ」

「うん。いいけど、その前に」

「そうだな、その前に私と話をしよう」

 

 びくり、とルフィが身を震わせた。彼がゆっくりと振り返ると、憤怒の表情をしたセンゴクがいる。

 ルフィは自然とその場に正座をしていた。すすっ、とウタは二人から距離を取る。縋るような目で見られたが、視線を逸らした。自業自得である。

 

「さて、何から説教するべきか」

「い、いや〜」

「まずは、遅刻についてだな」

 

 はあ、とため息を零して言うセンゴク。既に式は終わったというのに、海兵たちも市民たちも彼ら二人を見守っていた。公開説教である。

 割と本部内ではよく見る光景ではあるのだが、それはそれとして立ち去るのも……という感覚でここにいるのだ。ちなみにモルガンズは目を輝かせている。ルフィ着弾からずっとそうだった。

 

「あ、あの、すみません。僕が姉に会いたいと言ったせいで」

 

 意を決した、という調子でルフィが連れてきた青年が声を上げる。センゴクはそんな彼に対し、いや、と首を横に振った。

 

「あなたは何も悪くはない。家族が栄誉を受ける式典だ。むしろ出席して欲しいと思うくらいでさえある。我々は市民を守ることが役目であるが、それは非人間であれという意味ではない。家族を大切にする気持ちを、海軍は蔑ろにはしない」

 

 一息。

 

「あなたの姉は優秀な海兵だ。正義のコートを纏える立場であるということは、相応の責任が勿論あるがそれ以上に海軍という組織がその海兵の“正義”を認めたということでもある。細かな事情については承知しておらず申し訳ないが、あなたの姉は我々の誇りだ。そこだけは信じて欲しい」

 

 誇り、という言葉を受けて、女性海兵が僅かに涙ぐんだ。単身で海軍本部の門戸を叩き、ここまで来たのだ。それをこうも真正面から称賛されれば、込み上げるものがあるのだろう。

 

「故に、その件については問題はない。迷子の親探しも、先日の海賊襲撃の被害者の手助けについてもだ。それはむしろ海兵としては実に正しい振る舞いである。我々はただの戦う集団ではないのだ。か弱き人々に寄り添い、共に在ることこそが大前提だ」

 

 ただし、とセンゴクは言う。

 

「そこには、信頼がなくてはならん。時間というものはその最たるものだ。なあ、ルフィ中佐。いつも遅刻を繰り返す海兵が、襲われる街から助けを求められたとして。『すぐに行く』と、そう応じたとして。……その言葉に、どれだけの信頼がある?」

「…………」

「約束の履行を積み重ねて、ようやく“信頼”は築かれる。お前が今回成し遂げたことによって、お前に対する“信頼”が一つ、積み上がった。しかしそれは、一瞬で崩れ去る脆いものなのだ」

 

 流石のルフィも、沈黙して話を聞いている。知らず、周囲の者たちもセンゴクの言葉に聞き入っていた。

 

「お前がすべきだったのは、他の海兵の手を借りることだった。一人で動く必要などない。我らは組織で、市民を想う気持ちは皆同じなのだから。……故に、遅刻については顛末書の提出だけにしておく」

 

 顔を上げるルフィ。その彼に、ただし、と彼は言葉を続けた。

 

「天井の穴は別だ」

 

 あ、ヤバい。

 ウタもそうであるが、この場の全員が確信し。

 そっと、示し合わせたわけでもないのに全員が耳を塞いだ。

 

 

 

「来るなら扉から来いこの馬鹿者が!!!!! あの天井の修繕にも金がかかかるのだ!!!!! この件については貴様の給料から修繕費を天引きする!!!!!」

 

 

 

 建物が揺れるのではないかという程の怒声から、ルフィへの説教が始まる。

 その光景は、モルガンズによって次の日のニュースの一面写真に使われた。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 説教を終えたルフィは、あはは、と笑いながら建物を後にしていた。全く堪えていない様子に、ウタは逆に安心する。

 

「いやー、怒られた。けどまあ、時間については気をつけるよ」

 

 ただ、こうして意識改革が少しでもできたなら成功なのだろう。……どうせ彼のことだ。すぐに何か問題が起こるとそちらに向かっていくのだろうが。

 

「とりあえず、腹減ったなー。食堂もおっさんがどうなったか気になるし、食いに行こうぜ」

「いいよ、じゃあ勝負する?」

「いいぞ、俺の517連勝目だな!」

「む、私の517連勝目でしょ!」

 

 二人しての、いつものやりとり。当たり前の光景故に海兵たちは特に何も言わないが、この場には約一名、食いつく人間がいる。

 

「へいルフィの旦那! 今日も楽しませてもらったぜ!」

 

 モルガンズだ。彼は翼で器用にサムズアップしながら、こちらへと歩いてくる。

 

「今日は遅刻したのは何でだ?」

「色々あったんだよ」

 

 平然とルフィは受け答えしているが、ウタはこの鳥が苦手だ。ゴシップだろうと何だろうと、面白ければなんでも記事にする。一度ルフィとの熱愛スクープを流された時は大変な目にあった。

 何というか、そういうのはまだ、こう。

 気持ちの整理が、ついていないのだ。

 

「ああ、いた!」

 

 気持ちウタがモルガンズから距離を取ったところで、そんな声が聞こえた。見ると、若い女性と一人の少女がいる。少女の方は、その手に一輪の花を持っていた。

 

「あの、今日は本当にありがとうございました!」

 

 女性が頭を下げる。ルフィはいいよいいよ、と手を振った。

 

「会えたなら良かったんだ」

 

 そんな彼に、少女が手に持っている一輪の花を差し出す。

 

「ありがとう」

「ししし、いいよ」

 

 その一輪の花を受け取り、ルフィは笑う。その親子は帰り際にもう一度礼を言うと、手を繋いで帰っていった。

 その姿を見送って、モルガンズが問う。

 

「ありゃ、さっき言ってた迷子探しかい? 中佐の立場になる海兵がすることじゃねぇだろう?」

「階級は関係ねぇさ。おれの手の届くところで泣いてたから、手を引いた。それだけだ」

 

 伸びをしながら言うルフィ。彼はそのまま歩き出した。その背を追おうとしたウタに、モルガンズが問いかける。

 

「なあ“歌姫”。ありゃ、本気で言ってるのか?」

「ルフィが嘘を吐けると思う?」

 

 そう言い切ると、ウタはルフィの背を追っていく。

 モルガンズは、顎に手を当てて何かを考え込んでいた。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 食堂は、いつも通り盛況だった。いや、いつも以上かもしれない。普段から常にキャパシティオーバーな状態なところに、新たなコックが加わったことは非常に大きい。

 

「はい、お待ち!」

 

 ルフィが紹介した男性は、額の汗を拭いながらも笑顔で働いている。その姿を見つけ、ルフィが声をかけた。

 

「おっさん、ここで働けるようになったんだな!」

「ルフィさん! はい! 採用していただいて……ありがとうございます! 恩に着ます!」

「大袈裟だなァ。まあいいか」

 

 笑うルフィ。その彼に、厨房の責任者でありルフィがおばちゃんと呼ぶ人物が声をかけてきた。

 

「ルフィちゃん、いいのを紹介してくれてありがとうね! 言うだけあるよ!」

「ホントか!」

「ああ! これは礼だよ、奢りだから一緒に持って行きな!」

「おお、ありがとう!」

 

 ルフィが注文した大量の肉の定食に、更に肉が大量に積まれた皿が追加される。男はそのトレイを持ちながら、ありがとうございます、ともう一度ルフィに感謝の言葉を述べてルフィへと手渡した。

 その光景を隣で見ていたウタは、ルフィとは違って全体的にヘルシーな定食を手にしつつ、ねえ、とルフィに言葉を紡ぐ。

 

「あの人がさっき言ってた人?」

「ああ、そうだ。コックだって言うからおばちゃんに連絡したんだよ。いやー美味そうだな!」

 

 当然のように食堂の一角に座る二人。ルフィは既に目の前の食事に夢中だ。

 

(自分がどれだけあの人にとっての救いになったか、わかってないね)

 

 隣で美味しそうに定食を食べるルフィは、おっさんやるなーなどと声を上げている。

 住む場所を奪われ、明日さえも見えない中でルフィがやったことは救済そのものだ。ルフィはそれを当たり前だと言うだろう。彼はいつだって、そう言って誰かを救ってくれるのだ。

 

(全く、人の気も知らないで)

 

 ウタ自身も、彼に救われた一人だ。シャンクスに置き去りにされ、周囲に当たり散らし、荒れるだけだった自分の側に居てくれた人。

 だから、ウタはルフィの隣にいることを決めた。

 いつか、彼がくれた救いを返したいから。

 そうしてから、ずっと隣にいたいから。

 

「ん、どうしたウタ。おれの顔に何か付いてるか?」

「うん。ソースが付いてる。ちょっと待ってね」

 

 おしぼりを手に取り、顔を拭いてあげる。世話が焼けるな〜、とウタは笑った。

 ルフィは嫌そうにしているが、抵抗はない。いつものことだ。

 そんな、周囲の人間がブラックコーヒーを注文しにいくようなやりとりをしていた二人に、とある男女が歩み寄ってくる。

 

「あの、ルフィさん。今日はありがとうございました」

 

 そう言ってきたのは、ルフィと共に会場へと突っ込むという罰ゲームを受けた青年だ。その隣には彼の姉であり、二人の部下である少尉の姿もある。

 

「いいよ、おれも行く途中のついでだったんだし」

「むしろ謝らないと……ごめんなさい」

 

 ウタが頭を下げる。彼女はルフィに抱えられてあのふざけた移動について慣れているのだが、流石に一般人にあれはキツいだろう。部下の中には……というか大多数が、ルフィが運ぼうとすると走って行きますと拒否している。

 ちなみに単純な拒否もあるが、ウタ以外が抱えられるのはちょっと……みたいな妙な考えが二人の部隊にはあるので専らルフィ式ゴムゴム移動はウタを抱えてのものになる。追いかける部下たちはそれだけでやたらと鍛えられていた。

 

「いえ、姉があなた方のような方の下で働いていると聞いて安心しました。父からは連れ戻せとも言われましたが……」

 

 ちらりと、青年は自身の姉を見た。彼女の肩には、正義のコートがかかっている。

 

「充実していて、音楽も続けているようなので。僕は帰ろうかと」

「まあ……たまに連絡はするから」

 

 バツの悪そうな表情で言う少尉。そういえば、かつて父と喧嘩して海軍に入ったとウタは聞いたことがある。その時、ウタもまた父であるシャンクスに置き去りにされた過去から自分も父と揉めていると言い、それがきっかけで仲も良くなった。

 

「お父さんと喧嘩した、って言ってたけど。何が理由だったの?」

「音楽性の違いです。その……私はロックとか、そういう流行りの曲が好きで。でも父はクラシックこそが至高だっていう頑固ジジイなもので」

 

 頬を掻きながら言う少尉。まあ、ジャンルの好き嫌いで揉めるのは音楽関係者あるあるである。一家で音楽家、それもエレジアともなればそういうこともあるだろう。

 

「でも姉さん、流石にバイオリンでロックは行き過ぎだと思う」

「いやだってロックは自由だし」

 

 思った以上に少尉がロックだった。

 

「まあでも、ここで大佐と一緒に色んなライブをやったりして私も考えが変わったから。……あ、そうだ」

 

 ふと、思いついたように少尉が言う。食堂の奥に置かれたピアノを示し。

 

「久し振りにあんたのピアノ、聴かせてよ」

「え、いいけど。……どうせなら、歌も欲しいですね」

 

 ちらりと、青年がウタを見る。おっ、とルフィが声を上げた。

 

「ウタの歌が聴けんのか?」

 

 その声に、周囲の海兵たちが反応する。

 

「おい椅子どけろステージ作れ!」

「飯は急いで詰め込め!……ああいや味わいながら食え! ただ急げ!」

「ピアノ動かすから手を貸してくれ!」

 

 問いかけだったはずの言葉は、一瞬にして真実になった。今更やらないなんて言えず、あー、とウタは声を上げる。

 

「ま、いっか。私とルフィも、少尉も昇進して。ナミの入隊式もあったし、そのお祝いということで」

 

 おおっ、と周囲から歓声が上がる。中には廊下に出て呼び込みを始める者もいる。

 ウタのファンは非常に多い。それが食堂で、ゲリラライブをするのだ。ここぞとばかりに海兵たちが食堂内にステージを作成する。

 

「じゃあ、私はバイオリンで」

 

 青年が持っている鞄を受け取り、少尉が中身を取り出す。使い込まれた楽器が現れた。

 

「姉さん、鈍ってないよね?」

 

 ピアノの前に座りつつ言う青年。その彼に、少尉は不敵な笑みを返した。

 

「こちとら大佐と一緒にライブしてるんだから。それよりあんた、大佐の曲を弾けるの? 楽譜は必要?」

「必要ないよ。エレジアでも“歌姫”の歌は評判だから。僕も何度も聞いた」

「えっ」

 

 ステージに上がり、マイクの準備をするウタは青年の声に驚きを返す。青年は笑って。

 

「エレジアは、あなたが来る日を待っています」

 

 そう、言った。

 世界でも有数の音楽の本場であるエレジア。その住民にここまで言わせる。その事実に、食堂の海兵たちも歓声を上げる。

 ウタは微笑み。

 

「ええ、いつか必ず」

 

 そして、彼女はマイクを手に取った。

 ふと、視線がそちらを向く。

 観客の一角に混じり、近くの海兵と肩を組んでいる幼馴染の姿。

 ぱちん、と。

 その幼馴染に、右目で一つウインクを飛ばして。

 

「さあ、いくよ!」

 

 急遽、“歌姫”のライブが始まった。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 元帥室。書類仕事にひと段落がついたため、センゴクは息を吐いた。その彼の視界に入るのは、今日の新聞だ。

 

『海軍のニューヒーロー“麦わらのルフィ”はお騒がせボーイ!?』

 

 そんな見出しと共に載せられている写真は、センゴクが正座するルフィを説教する写真だった。記事の中には、自分の説教の内容についても全て載せられている。

 一見するとただルフィが遅刻して騒ぎを起こしただけのように見えるが、二面を読むとその印象がひっくり返る。

 そこにはルフィに一輪の花を渡す少女の写真と、姉弟の再会を見守る彼の写真があり、式典に何故遅れたのかが書かれている。

 全く、とセンゴクは呟いた。

 

「貴様の孫はどうなっとるんだ」

 

 窓の外、雲一つない青空を見る。そこに、任務で本部を離れている同期の姿を幻視した。

 煎餅を齧りながらサムズアップしている。満面の笑顔だ。死ね。

 

「だが、貴重な人材だ。……大佐がいるのであれば、まあ、ガープのようなことにはならんだろう」

 

 あの“歌姫”も実はああ見えて中々ヤバい気質をしているが、今の所お互いが上手いことバランスをとっている。願わくば、それが続いて欲しいところだ。

 そして、彼は一つの報告書を手に取る。それは、政府加盟国であるアラバスタについての報告書だ。

 

「反乱軍か……」

 

 雨が降らず、国が荒れているとは聞いていた。だが、あの国の王はセンゴクも知っているが偉大な王である。それが、どうしてここまで。

 自然現象が相手だということもあるだろう。だが、こうまで拗れるものか。

 

「一つ、調べてみるか」

 

 丁度、アラバスタの周辺海域が不安定な状態だ。

 派遣するのは誰に、と思ったところで、改めて新聞が目に入る。

 

「若過ぎる……が、そうだな。任せてみよう。あの二人とその部下なら、なんとかするだろう」

 

 そう決めると、センゴクは命令書の作成に取り掛かる。

 

 

 この決定が、後のアラバスタ王国の歴史に刻まれる大規模な事件に繋がることを。

 誰もまだ、気付いていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 












どうでもいい妄想というかイメージというか設定
少尉……女性海兵。ウタよりも年上だが、海軍歴は短い。楽器全般を扱える才女であるが、父との喧嘩で出奔、海軍に入隊した。ウタと出会い、部下となりつつ彼女と音楽についてのやりとりをしている。戦闘では銃を使う。
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