かつて“海賊王”と呼ばれた伝説の海賊、ゴールド・ロジャー。
その男が処刑間際に残した言葉により、時代が変わった。
“この世の全てをそこに置いてきた!!”
たったの一言だ。死を前にした男のその言葉によって、時代は変わった。
人はこの時代を、“大海賊時代”と呼ぶ。
夢を追うといえば聞こえはいい。だがその実態は力を持つものが“自由”の名の下にか弱き人々へ暴威を振るう時代だ。
か弱き人々は涙を流し、嘆き、祈り、そして打ちのめされてきた。
いつしか……奪われることに慣れてしまうほどに。
──だが、そこに希望が生まれたのだ。
かつての時代。“海賊王”が始めた“大海賊時代”より前の時代を生き、数多の“伝説”を残した大海賊。その海賊が二十年の時を超えて動き出したのだ。
しかし、その野望は英雄たちによって打ち砕かれた。
人々は歓喜した。この世界にはまだ“正義”があるのだと。
特にその名を高めたのは、世に“新時代の英雄”と呼ばれる二人。
共にこの“大海賊時代”が始まってから生まれた若き英雄たち。一人はその歌声でその戦争を終わらせ、もう一人は一騎討ちの末“伝説”を正面から打倒した。
か弱き人々が夢を奪われるこの時代において。
彼らはその英雄たちに“夢”を見た。
この苦しい時代は終わる。
いつかきっと、あの英雄たちが終わらせてくれるのだと。
──その事件が起こるまで。
本当に、信じていたのだ。
◇◇◇
その事件を隠蔽することは不可能だった。
ただでさえ多数の目撃者がいた上にタイミングも最悪だったのだ。その日は次の日に行われる予定であったイベントの前日挨拶があり、多くの記者がシャボンディ諸島に来ていた。それら全てを止めることは不可能だった。
英雄から一転、“神への反逆者”という大罪人へ。
その衝撃は時間が経っても薄れる気配はない。いや、薄れさせないようにしている者たちがいるというべきか。
「凄い勢いで印刷機が動いてますね」
「そりゃ刷れば刷るほど売れるからな」
激しい音を立てながら動く機械と、そこから吐き出される新聞の仕分け作業を行う男たちの間でそんな会話が交わされている。
世界で最も多くの者たちが手に取る新聞を発行する会社──『世界経済新聞社』。
率いるのは“新聞王”モルガンズ。その圧倒的な情報力故に表と裏を問わず影響力を持つ彼らは常に多忙だ。しかしとある事件以来、それに輪をかけて忙しさが増している。
当たり前といえば当たり前だ。世界を賑わせる二人の英雄。それがたった一日で世界そのものを敵に回したという衝撃の事実は驚くほどの速度で世界中へと広まった。そしてその事件を知った者たちは皆思うのだ。『詳しい情報を知りたい』と。
ならばそれに応えるのが新聞社の役割である。ここ最近、社長であるモルガンズはかつて見たことがないくらいに上機嫌である。
「でもわかんないんですよね。なんで情報を小分けにするんですか?」
まだ年若い青年が新聞を折り畳みながら言う。既に事件からは数日が経っているのだが、彼ら『世経』の人間と一般の庶民が知っている情報には大きな乖離がある。今彼らがニュース・クーに運ばせるために折り畳んでいる新聞に書かれている情報などはその最たるものだ。
青年はまだここで働くようになってから日が浅い。会社の方針に逆らうつもりなどないが、それでも疑問は生まれるのだ。
「ん、どういうことだ?」
その青年の指導役である中年の男が問いかける。彼は記者ではなく技師だ。新人はまず新聞が客へと届くまでの流れを知ることがここでのルールであり、だからこそ青年は指導を受けている。
互いに手を止めることはしていない。ただルーチンワークであるが故に余裕があるのだ。
「読者は多分いち早く情報を知りたいはずですよね? だったら最初に情報全部一気に出した方がいいんじゃないですか?」
「ああそういうことか。おれは記事のことまではよく知らんが──」
「クワハハハハハハハ! 中々に面白い話題だ!」
青年の疑問に指導役の男が答えようとするが、その前に上機嫌な笑い声が響き渡った。二人がそちらに視線を向けると、そこにいたのは彼らの雇い主であるモルガンズだ。
「お疲れ様です社長」
「上機嫌ですね社長」
新人とベテラン、それぞれが雇い主に対して挨拶を口にする。世界の情報を牛耳るとまで言われる男は上機嫌のまま応じた。
「まだまだ休みはないが頑張ってくれ! そして上機嫌なのも当たり前だ! あの“金獅子”の事件から間を置かずこの大事件! 素晴らしい!」
世間からは“新聞王”と呼ばれるその男──モルガンズは楽しそうだ。そのまま彼はビシッ、と青年の方へと指先を向ける。
「それはそれとして、だ。面白い話をしていたみたいだな!」
「あ、す、すみません。雑談でして」
「謝る必要はない! 疑問を持つことはジャーナリストの第一歩だ! 確か最近入ったばかりの新人だったな?」
「は、はい」
頷く青年に対してモルガンズは楽しげな笑みを浮かべている。そのまま彼は丁度いい、と言葉を紡いだ。
「新人研修だ。これから忙しくなるからな。記者は何人いてもいい。──さて、先程の話題についてだが。情報は一気に出した方がいい、と。何故そう思う?」
「え、いやその……小出しにすると先を越されたりとかがあると思って。前に情報は鮮度が大事って聞いたので」
「素晴らしい! よく勉強しているな! その通り、情報は鮮度が第一だ! 塩漬けにしたら腐っちまう!」
パチパチと手を叩きながら言うモルガンズ。羽の形をした手で器用なものだとどうでもいいことを二人は思った。
「だが鮮度ってのはイコールで『今すぐ』ってわけじゃあない。食べ物と一緒だ。賞味期限、消費期限。限界点は決まってる」
「腐りかけが一番美味いとか言いますね」
「情報の腐りかけは不味いなんてもんじゃねェがな!」
男の言葉に対してクワハハハ、と笑うモルガンズ。そのまま彼は青年へと言葉を紡ぐ。
「では問おうか。今回の一連の事件の情報をおれは三段階に分けて報道した。その区分はわかるな?」
「えっと……第一報が事件そのものの報道ですよね。“麦わらのルフィ”が“天竜人”のチャルロス聖を殴ったっていう事実の報道と、あの時点では一応未確定ではありましたがその後に予定されていたイベントの中止についての」
「その通り! これについては号外として金は取らずに世界中にばら撒いた! この情報については即効性が大事だったからだ!」
イベントが行われる直前であったということもあり、モルガンズ自身があの時シャボンディ諸島にいた。そのまま彼は号外の新聞の作成を即座に指示し、そしてそれを世界中にばら撒いた。利益や売上という面で見ればこの時点では大赤字であったのだが、この後の新聞でその赤字は一瞬で帳消しになる。
「あの場にはおれたち以外の新聞社も大勢いたからな。どこよりも先に情報を広めることが最優先だった。お陰で世間はこう思ったわけだ。──『情報は世界経済新聞社から出る』とな」
器用に羽の一部を人差し指を立てるように上げるモルガンズ。そのまま彼は言葉を続ける。
「ここで重要なのは事実の報道だ。事件の原因については後回しでいい」
「何故ですか? 理由についてもすぐに新聞を作成したのに」
「前提条件の問題だ」
世界中の情報を操り、活字で人を踊らせると豪語する男は言う。
「重要なのは情報そのもの以外にもう一つある。それは受け手──即ち、“読者”だ」
「読者、ですか」
「時に聞くが。新聞を読む時はどうしている?」
問いかけ。それに対し、どうって、と青年は答える。
「隅々まで読みますが……」
「ジャーナリストの鑑だな! 素晴らしい! だが覚えておくといい!──新聞の情報全てを読める読者なんてのは、全体の一割もいやしねェのさ!」
◇◇◇
偉大なる航路のとある島。
補給のために立ち寄ったその島で、トラファルガー・ローは新聞によってその情報を手に入れた。
「見てキャプテン! これってあいつらだよね!?」
白熊のミンク族であり自身の仲間であるベポが手に持った新聞を掲げながら言う。彼だけではない。他の仲間たちもその情報に驚愕していた。
「……ああ」
ロー自身もまたその情報を前に顎に手を当てて考え込む。
この世界における絶対的な権力者であり、“神”とも呼ばれる存在──“天竜人”。
彼らに逆らってはならないというのはこの世界における絶対のルールだ。嫌悪もある、憎悪もある、世界中の多くが彼らの存在には眉を顰めるだろう。
だが、逆らえない。
長き歴史の中、その存在への反逆に成功した者はいないのだ。
(Dは嵐を呼ぶ)
かつて自分を救ってくれた人物の言葉を思い出す。
自分も持つ“D”の意味。“神の天敵”とまで呼ばれる存在の意味を。
「大丈夫かな……?」
「あいつらは敵だぞ」
全く、とローは新聞を折り畳みつつ息を吐く。あの二人の率いる部隊とはローたちは何度か交戦している。特に“歌姫”は海賊嫌いということもあって容赦がない。
だが“麦わらのルフィ”についてはローは判断しかねる部分があった。なし崩しで彼と共闘のようなことになってしまったこともあったりで、妙な顔見知りのようになっている。
特にベポは“歌姫”のファンでもあるのだ。どうしたって肩入れしてしまうのだろう。
肩を落とす彼に対し、ローは帽子を押さえながら言葉を紡ぐ。
「そう簡単にくたばるような奴らじゃねェ。なんとかするだろう」
あの破天荒な海兵のことを思い出す。無茶苦茶で、自分勝手で、それでいていつも笑顔で。
どこか、そう、どこか。
あの優しい海兵に──
「だが……気になることがある」
その思考を切り捨てるようにローは言葉を紡いだ。ベポが首を傾げる。
「気になること?」
「何故今だ?」
友人というわけではない。敵だ。海賊と海軍。向かい合えば戦うしかない間柄である。
しかし、だからこそ見える部分もある。
あの青年の性質を考えると事件そのものが起こったことには納得できるのだ。あの麦わら帽子の海兵はきっと、“天竜人”という存在に対していい感情は抱かない。
「“金獅子のシキ”の討伐から時間が経ち、あの二人がようやく姿を見せる公式のイベント……それを控えたこの時にどうしてこんなことが起こる?」
海軍にとって今やあの二人は象徴のような存在だ。先日、“世界徴兵”と称して新たな戦力を募る知らせも出ていた。
──“大海賊時代を終わらせる”。
それがその知らせを載せた新聞に書かれていた言葉である。その旗印となるのは間違いなくあの二人であったはず。
何故、このタイミングで。
「何か理由があるはずだ。……ただ、そうだな」
呟く。
「世界は間違いなく……荒れるだろうな」
望んだのは、誰だったのだろうか。
それこそが──“D”の意志だとでもいうのだろうか。
終わるかもしれないと思った時代は。
より大きなうねりを纏い世界を覆っていく。
◇◇◇
モルガンズの言葉に対し、どういうことですか、と青年が問いを発した。
「難しい言葉はできるだけ使わないようにしてる、って聞きましたし実際読みやすいですよねうちの新聞。それを読めないっていうのは……」
「ここで言う読めねェってのはそれとは意味が少し違う。『文章を読む』って行為と『文字を読む』って行為には大きな違いがある」
問題だ、と言いながらモルガンズは新聞を手に取った。そうして彼が示したのは一面だ。大きな写真と文字が躍る新聞において一番重要な面である。
「この一面全部を読む読者は全体の何割だと思う?」
「え……みんな読むものなんじゃ」
「三割もいりゃいい方だ」
クワハハハ、と笑うモルガンズ。彼は新聞を元に戻すと更に言葉を続ける。
「大抵の読者は一面の一番大きく書かれてる文字だけを読んでそこで終わるのさ。新聞を隅々まで読むなんてのはまあ趣味の領域だな」
「そう、なんですか? でもちゃんと読まないと理解なんて」
「理解なんて必要ねェのさ。読者にとって必要なのは納得だ」
モルガンズは笑みを浮かべたままだ。その表情はいつも通りなのだが、青年にはどこか恐ろしく感じた。
「おれたちは書くのが仕事だ。だが同時に読むことも聞くことも仕事であるし、ジャーナリストってのはそうやって集めた情報を理解して飲み込んでその上で文章を書く。その意味がわかるか?」
「……えっと、いえ、すみません」
「では新人研修第一だ。──“ジャーナリストは新聞に慣れ過ぎている”」
覚えとけ、とモルガンズは言う。
「おれたちは文章を読むことに抵抗はねェ。当たり前だ。活字アレルギーのジャーナリストなんざ存在しねェからな。だが読者ってのは文字を読むことに慣れてねェのが大半だ」
「文字を読むことに慣れていない、ですか」
「その通り。おれたちは集めた情報を全て知った上で新聞に出力する。だが読者は違う。──読者は何も『知らねェ』のさ」
水と一緒だ、とモルガンズは言う。
「植木に水をやるのは当たり前だが、やり過ぎると腐っちまう。情報もそうでな。受け手側が飲み込める以上の情報ってのは何も伝わらねェのさ」
モルガンズは近くにあった新聞を手に取る。それは少し前に出した、今回の事件の経過について──事件の『理由』が書かれたものであった。
「ことを起こした“麦わらのルフィ”ってのは世間ではヒーローだ。その人柄も広く知られてる。だからこそニュースバリューがあるわけだが……そこで疑問が生まれる。『何故?』とな」
今回の事件における中心人物であるモンキー・D・ルフィの知名度は非常に高い。その破天荒な行動と積み上げてきた功績によっていつも隣にいる“歌姫”と合わせて“新時代の英雄”とまで呼ばれるほどだ。
特にまだ記憶に新しい“金獅子のシキ”との戦いは早くも現代の英雄譚として語られ始めていたくらいだ。『世経』でも連日特集を組み、世界に広く発信した。
「あの旦那は無茶苦茶な男ではあるが一定の常識は弁えてる。まあ秩序側にいるってんだから当たり前だな。だがその男がよりにもよって“天竜人”なんて存在に手を出したんだ。そこには何か理由があると考えるのが人情だ」
「それで翌日に記事を出したんですね」
「目撃者も大勢いたからな。遅くなると衝撃が薄れる。だが前情報なしにそれを合わせて報道しても受け手側の意識がとっ散らかるだけだ」
「意識が……?」
「そうだ。『“天竜人”を殴った事実』と『“天竜人”を殴った理由』ってのは地続きではあるがその本質が違う。そうなると受け手側もどちらに重きを置いて受け止めればいいかわからなくなるのさ。前者は間違いなく大犯罪だ。だが後者は──」
言いながらモルガンズは新聞の一面を青年に見えるように広げた。
そこに書かれているのは、“麦わらのルフィ”が『堕ちた理由』だ。
「──純愛だ。世間ってのはこういう話が大好きだろう?」
その一面には、大きくこう書かれている。
“愛する人を守るため、英雄は神へと反逆した”
◇◇◇
その男は、手に持った新聞の記事を見て思わず掻きむしるように頭を抱えた。
「ああ、くそ……!」
世界中に凄まじい衝撃をもたらしたニュースから一日。その青年──“火拳のエース”と呼ばれる海賊は普段の彼からは想像もできないほどに表情を歪め、言葉を紡ぐ。
「そうだなルフィ……! お前はそういう奴だ……!」
その新聞に載っていたのは、英雄が堕ちた理由。
この世界の“神”へ“新時代の英雄”がその拳を振るった理由だ。
曰く、“歌姫”に“天竜人”が目をつけた。
曰く、彼女を守るために一切の躊躇もなく“麦わらのルフィ”は拳を振るい。
積み上げ、築き上げてきた全てを二人はその瞬間に投げ捨ててしまったのだと。
「ウタを狙われて……我慢できる訳がねェ……!」
その新聞には多くの目撃者たちから得た情報も載せられている。だがどれも結局は同じだ。
この時代を終わらせる可能性を持つとされた“新時代の英雄”は、民衆の希望であったはずの英雄たちは。
世界そのものを、敵に回したのだと。
“男が決めたんだ。絶対に曲げるなよルフィ”
あの日、別れ際に告げた言葉を思い出す。
海賊になるという夢よりも、たった一人の幼馴染を選んだ弟。その覚悟を問う言葉であったのだ。
だが、ルフィは。あの弟は。
──曲げなかった。曲げるはずがなかった。
きっとあの時にはもう覚悟を終えていたのだ。いや、もしかしたら。
エースがあの二人と出会うよりも前から。
モンキー・D・ルフィはその覚悟をしていたのかもしれない。
「……“家族”……」
その出生にあまりにも重い業を背負うエースにとって、その言葉の意味はあまりにも大きい。白ひげ海賊団の一員となって彼らに“家族”と呼ばれるようになってから、余計にその言葉の重みは増した。
だからこそ“黒ひげ”を追うことを決めたのだ。大切な“家族”を殺したあの男を許せなかった。
だが、今。
道を違えようとも、エースにとっては何よりも大切な“家族”が苦境に立っている。
「どうしたらいい」
海兵と海賊。かつては共に生きたこともあれど、その道は大きく違えてしまった。
それでいいと思っていた。いつか向かい合う時があっても、それが敵同士であっても。その果てにこちらが勝とうがあちらが勝とうがその結果には満足できると思っていたのだ。
だが、これは違う。
こんなのは、思い描いていた“未来”じゃない。
──あの二人の掲げた、“新時代”じゃない。
「サボ。……お前ならどうした?」
この世にいないもう一人の“家族”のことを想う。
長男二人と妹と弟がそれぞれ一人。もう一人の長男であった彼ならば。
“自由になろう!!”
彼の声が、聞こえた気がした。
ああ、と思わず吐息のような声が溢れる。
(……そうだな、サボ。おれは……海賊だ)
この世界で誰よりも“自由”に。それこそがあの日の誓いであり。
そしてだからこそ、できることがある。
“おれたちの妹と弟だ。よろしく頼む”
エースしか知らない、サボが残した手紙の言葉。
それは今は亡き“家族”との、最後の約束だ。
「すまねェ」
それは誰に対する言葉であったのか。
海賊は呟くと、決意を宿した瞳で前を見据える。
白ひげ海賊団二番隊隊長、“火拳のエース”。
世に名を轟かせるその海賊の選択が、世界の運命を大きく変えることになる。
◇◇◇
「事件とその原因を分けて報道した理由はわかりました」
モルガンズの言葉に頷きながら青年は言う。要は情報というものは受け取る側にどうしても依存するということだ。
事件が起こった、その原因はこうだという情報の伝え方。
事件が起こった。その原因は実はこうだったのだという情報の伝え方。
どちらの方が優れているかという話ではない。どちらの方が適しているのかという話である。
「通常なら事件と原因を伝えた方がいいですよね。片手落ちだと思われますし。ただ今回はその『事件』の規模と影響が大き過ぎた」
「その通りだ! 飲み込みがいいな!」
モルガンズが楽しそうに言う。そう、今回は事件そのもののニュース性があまりにも大き過ぎたのだ。普通ならば事件の原因に目が向くところが今回はそこに目が向くことはなく、その事件という“事実”に釘付けにされてしまう。
「まあ冷静にする時間は必要だった。この情報はあまりにも劇薬過ぎる」
「それで一晩を置いたと」
「隣人と事件が起こったことについて話をするには一晩あればいい。そしてそうすれば必ず原因に思考が向く。そこで記事を出せば食いつくのは当たり前だ」
──“活字のDJ”。
それは“新聞王”とも呼ばれるモルガンズが自称する名であり、彼の信念でもある在り方だ。故に彼はその情報をただ出すということをしない。彼はその情報を用い、人々を踊らせるのだ。
「そして案の定、英雄たちに対する同情と共感が集まっている。美しい恋物語だ。愛する者を守るために“神”へと反逆し、全てを捨てて逃げ出した。実に──美しい!」
これ以上ないくらいに全身で喜びを表現するモルガンズ。なんとなくであるが、青年はこの“新聞王”のことがわかってきた。
楽しいのだ。本当に。
おそらく、ただそれだけが彼の根本だ。
「だがそれも今日でひっくり返る。同情と共感、そして胸の内に秘めた賞賛。その全てが反転するだろう。──“英雄”が“大犯罪者”となったように」
モルガンズが示すのは今日発行される新聞だ。その一面には衝撃の情報が書かれている。
だが、と青年は思った。そう簡単にいくのだろうかと。
「その情報は衝撃ですけど……でも、そう簡単に掌を返すようなことをするでしょうか? その出生がどうであれ、あの二人は確かに“英雄”ですし」
「全員とはいかねェさ。だがそれでいい。全ての人間が同じ考えなんてつまらねェ。……何なら一番掌を返さねェのは海軍だろう。あの二人を直接知っている人間はこの情報で今更見方を変えるようなことはしねェだろうさ」
「なら、そこまで大きな混乱は起きないのでは?」
「あの二人は今や世界で一番有名と言ってもいい。では問おうか。──世界で一番有名な人間を、世間は何で知った?」
青年は思わずハッとなった。そうだ、とモルガンズは笑う。
「新聞であり伝聞であり噂だ! この世界で誰もがあの“英雄”たちを知っている! 希望を抱いた! 夢を見た! 救世主だと!!」
いつかこの苦しい時代を終わらせてくれる英雄。
自分達を助けてくれるヒーロー。
いつしかその存在は直接見たことのない者さえも惹きつけていたのだ。
「だがその真実が暴かれた! その出生の秘密が! 生まれながらの業が白日の下に晒された! その時民衆は何を思う!? 決まってる!」
勝手に期待をした。
勝手に希望を抱いた。
身勝手に──夢を見た。
「──失望するのさ!!」
期待が大きいからこそ。
信じていたからこそ。
その抱いた感情が大きいほどに、反転した感情もまた大きくなる。
「このニュースを聞いた民衆はこう思うだろう! 『所詮犯罪者の子は犯罪者か』と! 見事な掌返しだ! だが民衆なんてそんなもんさ! だからこそ踊ってくれる!」
モルガンズの手の新聞が揺れる。そこに書かれているのは、“英雄”たちの抱える背景。
その、出生の秘密。
新聞の一面の見出しにはこう書かれている。
“海軍が隠し続けた英雄の秘密!!”
世に“世界最悪の犯罪者”と呼ばれる革命家、ドラゴン。
世に“四皇”と呼ばれる大海賊の一角、“赤髪のシャンクス”。
共に世間からは恐れられる存在であるその二人はしかし、その日を生きる市民たちからすると縁遠い存在だ。あまりにも強大過ぎる“悪”を人は想像できない。
だがこの日世界へと伝えられたニュースにより、その認識は改められることになる。
海軍本部大佐、“麦わらのルフィ”はドラゴンの息子であり。
海軍本部准将、“海軍の歌姫”ウタはシャンクスの娘であった。
この新聞は、それを世界に伝えるものだ。
「クワハハハ! 面白ェなこの世界は!!」
この世界を変えてくれるだろうと信じた英雄は堕ちてしまった。
ならばこの世界は、人は。
──一体何を、信じればいいのだろうか。
◇◇◇
「──お頭。出航の準備はできたぞ」
とある“新世界”の島。そこに彼らはいた。
世界に名を轟かせる“四皇”が一角、“赤髪のシャンクス”が率いる赤髪海賊団は一人の男の言葉を待っている。
「ああ」
大海賊、“赤髪のシャンクス”が頷きを返す。
普段の彼は“四皇”としてのカリスマと威厳を持ちながらも陽気で親しみ易い雰囲気を宿している。故にこそ新入りも彼に対しては尊敬の念を抱きつつも必要以上に怖がることはない。
だが今の彼は違う。
「野郎共」
たった一言。それだけで気の弱い者であれば意識を失いかねないほどの“覇気”。まだ“四皇”に数えられる前から彼を知る古参の者たちでさえも気を抜けば倒れてしまいそうだ。
「──出航だ」
シャンクスの言葉に、応じる声が上がる。
だがそれは張り詰めたような重さを纏う声だった。
笑顔の者など誰もいない。誰もが厳しい表情のままだ。
そんな彼らの中央を歩く男もまた、何かを覚悟したような表情を浮かべている。
後日、一つのニュースが世界を巡る。
──“四皇”が一角、“赤髪のシャンクス”が動く。
そのニュースがもたらす意味は大きい。それは即ち、先日の報道が事実であるということを示すものであるからだ。
そして強大な力が動くなら、それは周囲に影響を及ばさずにはいられない。
大海賊時代は未だに終わらず。
世界は更なる混迷へと落ちていく。
その中心にいる二人は。
寄り添うようにして、逃げ続けている。
事件直後の世界情勢みたいなお話です。
ここから本格的な逃亡編スタートなのかな、と。
この世界戦での続きは考えています。
書き上がり次第上げる予定ですので気長にお待ちください。