その光景を前にして、どうしたらいいのかがルフィにはわからなかった。
皆が首を垂れている。敬うように、縋るように。
──それは、まるで。
あの、“天竜人”に対してしなければならない所作のようで。
「…………」
ルフィの口からはしかし、言葉が出なかった。
かつての彼であればその光景に眉を顰めただろう。「窮屈」とでも言って彼らに立ち上がるように言ったかもしれない。
だが、今の彼にはそうできなかった。
自身の影に隠れるように──いや、隠すようにしているウタもまた動けずにいる。
ただ、彼女の体は震えていた。それはあの日を思い出したからであろうか。
「皆、そこまでに。困っておられるようだ」
そんな風に二人が言葉を探す中に声が響く。言葉を紡いだのは台の上で言葉を発していた中年の男性であった。足が悪いのか麦わら帽子を括り付けた農具を杖代わりにしてこちらへと歩み寄ってくる。
「先生」
近くの女性がその男性を見て声を上げる。彼は頷くと、促すように手を差し出した。
「私も同じ気持ちではあるが、それで困らせては元も子もない。……申し訳ありません。お会いできて感極まったのです」
そう言うと“先生”と呼ばれた男性がこちらへと頭を下げた。反射的にウタも頭を下げたのを感じる。
綺麗な所作であった。着ている服はくたびれてこそいるが、みずぼらしい印象はない。
「いきなりで困惑しておいででしょう。どうぞこちらへ」
言いながら“先生”が二人を先導するように歩き出す。それを見、二人は顔を見合わせた。
悪意は感じない。“先生”と呼ばれる男もそうだし、周囲の者たちからもだ。むしろ好意的な感情さえも感じる。
──行こう、と。
言葉を発さないまま二人は意見を一致させた。万一の場合は全力で逃げればいい。今は下手なことはしない方がいいと判断したのだ。
「…………」
先導する“先生”の背を追いながら、ルフィは一度周囲を見る。首を垂れていた者たちは“先生”の促しを受けて立ち上がっていた。だが向けられている感情に変化はない。
そこには希望と、期待と、憧れと。
縋るような“祈り”が込められている。
「……ルフィ」
小さな声でウタがこちらの名を呼び、握る手に力を込めた。応じるようにルフィもまたその手を握り返す。
わからない。わからないことだらけだ。
否定の感情を、最初に訪れた島で向けられた。
肯定の感情を、次に訪れた島で向けられた。
しかし、この場所で向けられているものはその二つとも違う気がするのだ。否定ではないし、肯定ではある。しかしそれだけで済ましていいものではないように思うのだ。
「狭い家ですが」
歩いた距離はそう長くはなかった。広場から少し歩いた先の集合住宅、その一室だ。扉を開ける“先生”の後をついていき、部屋に入る。
生活感がありながらも整頓された部屋であった。隅にある本棚とそこに収められたいくつかの本以外は必要最低限のものしかない。
思わず部屋の中を見回してしまう二人。だが“先生”はそんな二人に対し、突然床に膝をついて頭を下げ始める。
「──申し訳ありません……!」
そこには強い感情が込められていた。心の底からの謝罪であることはすぐにわかった。
「え……」
困惑の言葉が漏れた。“先生”は所謂土下座の体勢のまま言葉を続ける。
「お二人の名を勝手に騙り……! 真に申し訳なく……!」
しかし、と“先生”は言う。
「どうかお見逃しを……! 我々には縋る物が必要なのです……!」
「……どういうことだ?」
ルフィが問う。すると、“先生”が顔を上げた。
その顔には強い覚悟のようなものが宿っている。今の彼のような顔を二人は何度も見たことがあった。
それは部隊を預かる指揮官の顔であり。
国を預かる王の顔であり。
即ち──人の命を預かる者がしていた顔だ。
「今日を……明日を生きるためなのです」
ルフィもウタも自然と膝を折っていた。その二人に対し、“先生”は言葉を紡ぐ。
「この国を変えなければならない。そうでなければ、彼らは。あの者たちは国に殺されてしまう」
だからどうか、と“先生”は言った。
「お二方の名を使うことを、どうか許してください」
まるで縋るような、祈るような言葉。
自分達の倍以上は生きているであろう男のそんな言葉に対し、二人はすぐに言葉を紡ぐことができなかった。
「身勝手なことを申し上げているのは重々承知です。しかしどうか。皆の背を押すために」
その言葉と共に必死で頭を下げる“先生”。その感情に偽りがないことは嫌というほど伝わってきた。
かつての二人であればこの時点で手を差し伸べていただろう。そうして多くを巻き込み、しかし救ってきたからこその“英雄”だ。しかし今の彼らはすぐにそうすることができなかった。
仲間がいた。信じられる味方がいた。だからこそ誰かを救うことができたのだ。
けれど今は。たったの二人ぼっち。
軽々しく誰かに手を差し伸べる余裕などない。自分達のことで精一杯である。
「話を」
そうであった、はずなのに。
「話を、聞かせてください」
かつて“歌姫”と呼ばれたその“英雄”は、それでも目の前の男へとその手を差し伸べた。
……きっと、わかっていたのだ。心のどこか、奥底で。
ここで手を差し伸べないことを選んでしまったら。そこで何かが壊れることを。
「…………」
ルフィはそんなウタの手を握り締める。
何があっても。何を賭すことになろうとも。
──ウタだけは、絶対に守る。
己自身へ、そんな誓いを立てるように。
彼はただ、彼女の手を握るのだ。
◇◇◇
男性──“先生”と呼ばれていた人物に促され、二人は席に着いた。使い込まれた円形の机と椅子。三人分のそれはつまり、この部屋の主人である彼が三人家族であるということなのだろうか。
「かつてこの国は非常に裕福な国でした。……今はもう見る影もありませんが」
ポツリ、ポツリと。まるで零れ落ちる雫のような言葉が響く。
「ご存知かもしれませんが、この国にはとても大きな鉱山があります。主に採れるものは銀と銅。それによってこの国は栄えました。いえ、それによってというと語弊がありますね。銀と銅が採れる島であるからこそこの島々に人は集まり、王国ができました」
彼が語ったのはこの国の成り立ちであった。
曰く、銀と銅が大量に採れる鉱山がある島をとある者たちが見つけたことが始まりだという。その冒険家ともいうべき者たちが島を開拓し、その噂を聞きつけて多くの人間が集まった。銀と銅という資源は国に多くの富をもたらすことになる。
富──即ち金が集まるということは人が集まるということ。人が増えれば周囲の島の開拓も行うことができるし、人は人を呼ぶ。そうしてこの国は栄えてきた。
だが金が集まれば危険も増す。そこで世界政府に働きかけ、近くに海軍基地の設置も認めさせた。世界政府としても貴重な資源と富を持つ国だ。両者の利害は一致していた。
「しかしその栄華は永遠が約束されたものではありません。栄枯盛衰、盛者必衰。……いつしか鉱山からはかつてのような銀も銅も採れなくなりました」
それがわかったのはここ数年の話だという。先代の王が病によって亡くなり、その息子が跡を継いだ直後から状況は急激に悪化した。
「しかし資源が採れなくなったからといって世界政府は待ってなどくれません。“天上金”……国家が国家であることを認めてもらうためのもの。“人権”を買うという行為。それを疎かにはできませんでした」
結果として課されたのが凄まじいまでの重税であったという。
その日を食べるための食料を買う金さえも残らないほどの重税。しかし払わねば人でいられなくなる。故に誰もが耐えることを選んできた。
「かつてはこの街に限らず、あらゆる街が活気に満ちていました。月に数日だけ鉱山に出ている男たちが帰ってくればその帰還を祝い、広場では市場が開かれて。……しかし今や、そのどちらもありません。あの広場にも若い男はいなかったでしょう?」
思い返す。確かにあの広場にいたのは老人と女性、そして子供だけだ。目の前の“先生”はまだ老人という年齢ではなさそうであるが、それでも若くはない。
ならば若い男たちはどうしているのか。それに気付いたウタが呟くように言う。
「まさか、ずっと」
「はい。かつてほどではないにせよ、僅かであれまだ採れます。故に男たちは休みもなく働き続けていると……」
「……酷ェな」
ルフィが眉を顰める。“先生”は頷くと、それでも、と言葉を紡いだ。
「それでも非加盟国となるよりは遥かにマシではあると自分達を慰めていました。しかし状況は悪くなるばかりで」
「前に来た時はそんなこと……少しも」
ウタが言う。彼女もルフィも一度この国に訪れたことがあった。その時は王宮のある島に訪れただけであったが、それなりに活気があったように思ったのだ。
この“先生”の口調ではこの窮状は昨日今日に始まった話ではない。ならば二人が訪れた時にはすでにその兆候があったはずなのだが。
「見せられません。それは“弱み”ですから」
そんなウタに対し、苦笑と共に“先生”は言う。
「この国は豊かであるからこそ、海軍基地を近くに置くということをしてもらえた。豊かであるからこそ、世界政府内でも一定の発言権があった。そしてその“豊かさ”の根拠が資源です。それが枯渇しつつあるなど他国に見せられるはずがありません」
要は単純な構図であるのだ。貴重な資源が多く採れる国。その価値は世界政府にとっても非常に高く、だからこそ守るために近くに海軍を配置した。
それはつまり、価値がなくなれば見捨てられるということ。
だからこそこの国はそれを隠していたのだ。何の問題もなく国が回っているように見えるようにと。
「お二方がかつて訪れた時に見たのは虚像です。……世界政府も一枚岩ではありません。平等を謳う円卓の会議──“世界会議”。しかしその現実は平等とは程遠い。その背景に力がなければ発言さえもできないのが国同士の関係であり、世界政府という組織です」
ああ、そうかとウタはそこでようやく理解が追いついた。だからこその“天上金”を捻出するための重税でありそれによる国民の困窮なのだ。
神たる存在“天竜人”に支払うことが義務となっている巨額の金。それを払えなくなった時、この国は加盟国ではなくなってしまう。
かつては裕福な国であったこの国は故にその支払いも滞りなく、そしてそれこそが国としての“力”の証明であったのだ。だからこそ海軍基地も近くに設置されたし、おそらくは世界政府内でも相応の立場と権勢を誇っていたのだろう。周辺の国々に対しても相応の力を発揮していたはずだ。
だがその立場を形作っていた根拠が現状では失われつつある。その中でこの国の王が選んだのは延命だった。現状を隠し、世界に健在をアピールする。だがその代償としてこの国の民は苦しむことになっている。
「だからあんなことを」
思い出すのは“先生”が壇上で語っていた言葉。
──立ち上がろう。そして抗おう。
耐えるだけでは何も変わらない。
それがこの人の語っていたことであった。
「待つだけでは取り返しのつかないことになります。言葉が強くはなりましたが、ああいう場で理性的に語っても誰にも届きません」
そう言うと、申し訳ありません、と“先生”はもう一度頭を下げた。
「彼らの心を動かすには何か“象徴”が必要でした。故に勝手ながらお二人の名を」
彼らを苦しめる根本は“天上金”だ。だがその根本にはこの世界の神がいる。正面から“天竜人”に抗った二人の名を“先生”は利用した。
ウタが吐息を零す。理解はした。だがまだ納得はできていない。
自分たちの名前が使われたことではない。そんなことはこの際どうでもいい。問題は彼らがしようとしていることだ。
だって、ウタは知っている。
今の彼らがやろうとしていること。それは──
「……難しい話はわからねェ」
腕を組み、いつになく真剣な表情で呟いたのはルフィだ。
「国がどうとかよ。おれにはわからねェ」
「……そう、ですか。しかし」
「──戦うのか?」
ウタは思わずルフィの顔を見た。そしてその表情を見、彼もまた同じことを思い出していることを確信する。
それは砂の国の物語。生涯の仲間たるとある王女と共に戦った記憶だ。
「教えてくれ。もしそうなら、おれはおっさんたちを止める」
言葉は短かったが、そこには重い覚悟がこもっている。それはあの砂の国での戦いが彼に叩きつけた現実の重さを示していた。
最後こそ笑顔になれたし、あの砂の国は現在驚異的な速度で復興しつつあるという。だが全てを拾い上げることができたわけではない。何かが違えば更なる悲劇が起こっていただろう。
失われたものがあった。傷ついたものもあった。誰もが国を想った戦いは、しかし国を想う者同士で争ったということでもある。誰もが同じように国を愛していたのに、それでも傷つけ合うことになったのだ。
あの戦いを経てルフィとウタは“新時代の英雄”と呼ばれるようになった。しかし同時に苦い現実を知った戦いでもあったのだ。
救えなかったものは、確かにあったのだから。
故にこそルフィはそれを見過ごせなかった。あの戦いを知っているからこそ、何もしないわけにはいかなかったのだ。
「──これはおそらく、戦いと呼ぶべきものでしょう」
対し、“先生”は迷うことなくそう応じた。ルフィが眉を顰める。だが彼が何かを言う前に“先生”は言葉を紡いだ。
「しかし我々に刃を持って戦う術はありません。故に対話を。言葉と想い、そして道理を武器として我々は戦うのです」
ルフィの表情が僅かに変化した。“先生”は言葉を続ける。
「生きるために戦うのです。……最後の手段としての刃を持った戦いはあるでしょう。しかしそれは本当に最後の手段です。自分が生きるために他者を殺すのでは道理が違う」
それは理想論であった。言葉だけでどうにかなるなら世界はもっと優しいし、彼らは苦しんではいないだろう。
しかし彼らはその選択をした。それでも理想を選んだのだ。
「どうにかなるのか?」
「わかりません。ただ希望はあります。数日後にとある王国の要人と話をする時間を持ちました。それを足がかりにできればと」
非常に理性的、そして論理的な動きであった。二人が訪れた時に演説していた時とは全く違う。
「……お話はわかりました。でも、一つだけ」
しかし、だからこそウタにはわからない部分があった。ここまで論理的に状況を考えて動いているのだ。ならばそれで十分ではないのか。
「どうして私たちの名前を」
彼は言ったのだ。名を使うことを許して欲しい──そんなことを。だがその理由がわからない。ルフィとウタの名が絡む要素がないように思うのだが。
「身勝手な話で申し訳ありません。しかし人が立ち上がるにはその背中を押してくれる何か、或いはその手を引いてくれる何かが必要です。お二人がまさしくそうでした」
「おれたちが?」
「“天竜人”に抗い、そして今も戦い続けているあなたたちは“希望”なのです」
希望、とウタが呟きを漏らした。“先生”が頷きを返す。
「この国に生きる者は百年以上の長きに渡り、国の言う通りに生きてきました。そうすれば豊かな生活ができたのだから逆らう理由もありません。当たり前の話です。しかし今や国の言う通りにしてもかつての生活は戻らない。けれど長く従い続けてきた人間という者はそう簡単に反旗を翻せない。人は弱い。どうしても今を変えることに抵抗を感じてしまう」
かつてと今の状況が変わったことなど誰もが理解しているのだ。その理解度に差はあれど、今のままではいけないことはわかっていた。
だがそこから先へ進めない。当たり前だ。ずっと『今まで通り』で生きてきたし、それでどうにかなっていたのだから。故に心のどこかで感じてしまう。
──“今”を続ければ、きっと。
根拠もなく、そんなことを考えてしまうのだ。
「現実に“天竜人”という絶対的なルールに逆らった者がいる。戦い続けている者がいる。それは間違いなく“希望”であり“救い”なのです。我々にとっては」
だからこそ二人を救世主と呼ぶのだと“先生”は語る。
「だからどうか。縋ることをお許しください」
そう言って、“先生”は頭を下げる。
覚悟を感じるその言葉に対し。
「わかった」
頷いたのは、ルフィだった。
◇◇◇
誰もが寝静まる夜。人の目が失われるその時間に、海岸にいくつかの影があった。
まるで向かい合うような彼らの片方は四人だ。男が二人と女が二人。しかも男の方の片方は魚人であった。彼らの背後には海岸に引き上げられた小舟がある。これでここにきたばかりということであろう。
「感謝を」
対し、そんな四人を迎えたのは一人の男であった。大きな体躯を持つ男である。服の上からもわかる鍛え上げられた肉体と鋭い瞳が彼が戦士であることを何よりも示していた。
その男──この国において“将軍”と呼ばれる人物が差し出した手を取ったのは、ゴーグル付きのシルクハットを被った青年だ。革命軍のNo.2たる青年はその手を握り返すと、頷きを返す。
「それはこちらもだ。おれたちを頼ってくれて感謝してる」
世間一般において“革命軍”とは“世界最悪の犯罪者”が率いる組織だ。その行いに彼らは“正義”があるとして戦っているが、犠牲者もいるというのも事実。故に諸手を上げて歓迎されるということはほとんどない。
特に加盟国にとっては明確に敵とも言える存在であるのだ。“天竜人”を排し、世界政府の打倒を目指す彼らは世界政府側の国にとっては厄介な存在でしかないのだから。
「身勝手なことは承知だ。だが手を貸して欲しい。我々では沈みゆくこの国を救うことは最早不可能だ」
だがこの“将軍”はそれを理解していてなお彼らとコンタクトをとった。最早この国を救うにはそれしかないと信じたが故にである。
「状況についてはある程度聞いてるが……」
手を離しながらサボが言う。頷きを返しつつ、“将軍”は言葉を紡いだ。
「既に民の間で不満は爆発寸前だ。時間をかければかけるほど悲惨なことになる」
「内乱が起こるということだな?」
問いかけたのは魚人の男──ハックだ。実際“革命軍”はそうした形での戦争に手を貸すことも多い。それは民が選んだことではあるが、現実として悲惨なことになるのは間違いない。
国を構成する民が国家の在り方を否定し、そして国はそんな国民を否定する。それが内乱だ。そこに栄誉などなく、どちらが勝利しようとその先に待っているのは地獄である。
「難しいことは重々承知。しかしどうにか無血での決着を目指したい。……今の王は確かに間違えた。だが流血を選んでしまえばそれが当たり前の選択肢となってしまう。それは未来において間違いなく重荷になる」
「そうだな。もし王を殺すことで排除しちまったら次の指導者もいずれ同じことになる」
サボが頷きを返す。要は選択肢の問題なのだ。
人は前例というものをどうしても意識する。当たり前だ。人の歴史とは継承の歴史であり積み重ねの歴史でもあるのだから当たり前とも言えるだろう。故に一度とった選択肢というものは選びやすくなるのだ。
王を殺し、その王位を簒奪する。それは古今東西数え切れないほどに起こってきた現象だ。しかしそうして王位を奪った者はまた新たな簒奪者に殺され、奪われる。それもまた摂理であり道理だ。
「だが容易い道ではないぞ。我々が力を貸した国々も初めから内乱を起こそうとしてそうしたわけではない。むしろ逆だ。争いを避けようとして避けられなかった──そんな現実を何度も何度も見てきた」
ハックは言う。“革命軍”は戦争狂の集団ではない。戦わずして済むならばそれが最善だしその方法を最初は模索する。事実そうして上手くいった事例もあるのだ。
しかしそうならなかった場合の方が遥かに多いのもまた事実である。それほどまでに今を変えるという行為は難しいのだ。
「容易くないのは重々承知。しかし未来を諦めたくはないのだ」
この国の軍隊を預かる立場である“将軍”は言う。
──諦めない。
だからこそこうしてこの場所に立っているのだと。
「覚悟はあるのか?」
故にサボは問いかけた。それは確認の意味もあっただろう。
そして“将軍”は躊躇なく肯定する。
「無論だ。──万一の時は、この首を持って決着とする」
それがこの男の矜持であった。その覚悟に対し、サボもまた表情を引き締める。
「そうならねェようにおれたちが来たんだ」
その言葉に頷きを返す“将軍”。そして彼はサボたちへと言葉を紡いだ。
「実は民の中にも協力者がいる。その人物と極秘裏に話をする場を設けた。……是非とも参加してほしい」
「勿論だ」
頷きを返すサボ。そして彼ら“革命軍”は“将軍”の先導に従って島の中へと入っていく。
役者は既に揃いつつある。様々な思惑を抱えながら、この国の未来のために。
そこで何が待つのかを……まだ誰も、知らなかった。
◇◇◇
海軍基地。渦中の国の近くに設置されたその基地の会議室に彼らはいた。
「本当、なんですか」
声を上げたのはたしぎ中尉だ。あの“金獅子”事件で敵本拠地に乗り込んだ英雄たちの一人であり、同じく名を上げたスモーカー少将の副官である。
彼女の他にもスモーカーが率いる部隊の海兵たちが集まっている。彼らは皆一様に動揺していた。
「本当だ。CPが姿を確認した」
そしてその会議室の一番奥。そこで葉巻の煙を揺らしながら応じるのはスモーカーだ。
「どうするんですか?」
「目の前に指名手配犯がいる。なら海兵がすることは一つだ」
当然のように言うスモーカーに対し、たしぎも他の海兵たちにも動揺が広がった。
かつて“新時代の英雄”と謳われ、海軍の新世代その象徴でもあった二人。彼らが“天竜人”に反逆し、大罪人となったことは知っている。
だが、理解はできていても納得していない者が大半だ。
「今すぐに動くわけじゃねェ。準備もある。……今回については待機も認める。考えておけ」
言い切ると、スモーカーは部下たちを置き去りにして部屋を出た。白煙を纏いながら、彼は廊下を歩いていく。
“ケムリン!”
“スモーカーさん!”
不意に自身を呼ぶ声が聞こえた。反射的に振り返る。だがそこには誰もいない。
かつての記憶。共に戦った二人のことをスモーカーはずっと引きずっている。
「……クソッ」
吐き捨てるような呟きは、誰に向けられたものなのか。
今の自分自身か、海軍か、世界政府か。
或いはもっと、別の何か。
──この世界そのものへと、向けたものだったのだろうか。
状況説明回兼理性的な人による二人の立場の説明回です。多分ここでようやく自分たちやったこと、やってきた色んなことが自分たちだけで完結するわけではないことを知ったのではないでしょうか。
海軍にいた時には隠されていた国の姿を見た時、何を思うのか。
まあ短めのお話なので次とその次でこの国でのお話は一応終わる予定です。