逃亡海兵のルフィとウタ 短編集   作:Nines star

60 / 94
“世界の灯火”④

 

 

 遠い記憶。朧気になりつつある記憶の中、絶対に忘れないことがある。

 

“この帽子をお前に預ける”

 

 生涯において最も尊敬する男の言葉と共に預かったもの。

 

“ウタを、守ってやってくれ”

 

 たった一つの約束であり、後悔であり──罪。

 去っていく彼らの背中を、今でも覚えている。今にも消えてしまいそうなほどに儚いその背中を、まっすぐに見ることはできなかった。

 

“シャンクスは私を……捨てたんだね”

 

 あの日の背中もまた、消え入りそうなほどに儚かった。

 だから絶対に離さないと決めたのだ。もういなくならないで欲しかったから。

 身勝手で浅ましい願いと誓い。それを抱えて今日まで歩いてきた。それは彼の内に秘められたものであり、誰にも見せぬ心の底。

 そしてだからこそ、目の前の手を掴んだのだろう。

 ──その背中が、あの日と重なって見えたから。

 

「手を……離してください」

 

 二人が同時に握った腕に視線を向け、“先生”が言う。

 

「これは私の責任です。こうすることでしか」

「死ぬことは責任なんかじゃねェ」

 

 言い切るルフィ。ウタもまた頷いていた。

 

「私はこの国のこととか、状況とか。何も知りません。でも駄目です。その選択は間違ってる」

「しかしこうしなければ住民の誰かが。私が焚き付けたのです。ならば私がその責任を」

「──なあ、おっさん」

 

 言葉を遮り、ルフィは言った。手を離し、彼は麦わら帽子を被り直す。

 

 

「おれたちの名前を使ったんだよな?」

 

 

 その言葉の意味を理解したのだろう。“先生”が表情を変えた。

 

「それは私たちが身勝手にやったことです! あなたたちは無関係だ!」

「そんなことねェよ。……飯も貰ったしな」

 

 思い出すのは、甘い小さな芋の味。

 日々の暮らしさえも苦しいはずのあの女性は、それでも二人にそれを分けてくれたのだ。

 ──ならばもう、無関係でもなんでもない。

 飢えているはずなのに、それでも差し出してくれた人に背を向けることはできないから。

 そうしてしまったら、致命的な何かを踏み外すことになる。

 

「それによ、おっさんがいなくなったら多分酷ェことになるんだろ?」

「……それは……」

 

 言い淀む“先生”のその態度で確信した。致命的ではないかもしれないが、酷いことになるのは間違いないのだと。

 

「──反逆者の拘束、そして処刑ってのは国にとっては必要だがリスクのある行為だ」

 

 言葉を紡いだのはサボであった。腕を組み、厳しい表情のまま言葉を紡ぐ。

 

「勿論放置はできねェ。それは一番の悪手だ。それが悪法であろうと法は法。それを定めた側がそのルールを守らせられねェようじゃ国の維持もできねェからな」

 

 それはまさしく今ルフィとウタが追われている理由そのものである。

 法律という名のルールを定めたのは国家であり政府だ。それは国家を運営していくために守らなければならないルールであり、それがあるからこそ秩序を保てる。逆に言えばそれが守られないというのは秩序の崩壊を意味するのだ。

 ──“悪法も法”。そう言って処刑されたのは誰だったか。

 人の作る法である以上どうしても穴はできる。想定外のことも起きる。だがそれでも定めたルールである以上、例外は作ってはならない。一つの例外は必ず次の例外を生み出してしまう。その先に待つのは国家の崩壊だ。

 

「相手が海賊ならそういうことは気にする必要もねェだろうが、反乱は違う。……クーデターだったり権力闘争だってならいいさ。負けた方が死ぬだけだ。だが今回みたいに国の人間が苦しみから立ち上がった場合は話が違う。それを処刑しちまったらどうなると思う?」

 

 誰もがサボに視線を向け、その言葉を待つ。ただ“先生”と“将軍”はサボの言っていることの意味がわかっているのだろう。苦い表情をしている。

 

「──『次は自分だ』と、国民がそう思い始める」

 

 そうなれば地獄だと、重い言葉と共にサボは語る。

 

「命の危機を感じれば否が応でも人間は動き出す。国に殺される──そう思い込んでしまった反乱は地獄だ。そこに和解はない。妥協は死だと思い込んじまう。何せ実際に殺された人間がいるんだからな」

「しかし、この状況を収めなければ多くの犠牲が出かねない状況です」

「だがあんたがいなくなったらあの広場の人間を誰が導くんだ? 指導者がいなくなった反乱なんてのはただの烏合の衆だぞ」

 

 その言葉を受け、“先生”は“将軍”を見た。その姿を見て、無理だな、とサボは言う。

 

「あんたは国の側の人間だ。その内心はともかく表向きの立場を考えればこの国の人間を束ねるのは難しい。……先導者を失ったばかり、自分たちも殺されるかもしれないと思ってる奴らの前に国の要職にある奴が出てきても反発されるだけだ」

 

 冷静な分析と言葉であった。サボは現状においては明確に第三者である。故にこそ状況について的確に分析できるのだろう。“革命軍”としての経験もあるに違いない。

 黙り込む“先生”と“将軍”。その二人に視線を向けながら、サボはシルクハットを被り直す。

 

「……大抵の国はそうなってからおれたちを呼ぶんだ」

「どういうこと……?」

 

 疑問の声を上げたのはウタであった。彼女は既に“先生”から手を離しており、ルフィと並び立つようにして立っている。

 その疑問に対し、サボは頷きつつも応じる。

 

「犠牲者が出て武器を取ってその結果として何人も死んで。その理由が生きるためだったならそれはより凄惨になる。妥協点なんて考えてねェからな。そうなると応じる側の国も退けねェ。……アラバスタがそうだっただろ? クロコダイルが裏で糸を引いていたなんてわかりやすい“悪”がいたからどうにか踏み止まれたが、もしそうでなかったらどうなったかはわかるはずだ」

 

 二人が“新時代の英雄”と謳われるきっかけとなった戦い。あれもまた生きるためが始まりであったのだ。

 

「今回はそうなる前に話が来た。おれたちは何も戦争狂じゃねェ。話し合いで決着が着けられるならそうしたいんだ」

 

 だが難しい、とサボは言う。

 

「自分の国の軍だけじゃなく海軍まで連れて来てる。この状況で何もなしに決着は無理だ。だがここを乗り切らねェとその先を考えることもできねェ」

 

 既に相手の方は何かしらの情報を得ているはずだ、とサボは言う。

 

「ピンポイントにこの街に来たってことはそういうことだ。だが──」

「──教えてくれ」

 

 ずっと黙っていたルフィが言葉を紡いだ。彼は“正義”のコートを取り出すと、それを羽織る。

 汚れたコートと僅かに燻んだ文字。しかしその文字はこの場の者たちにとってはあまりにも眩しく見えた。

 

「おれが出ればどうなるんだ?」

「……状況が切り替わる」

 

 あくまで冷静にサボはルフィの疑問に答える。

 

「向こうが求めてるのは首謀者であり、この街の住民が旗印にして縋っているのは“麦わら”と“歌姫”だ。そんな状況で出て行けばまず間違いなく向こうは首謀者が“麦わら”だと判断する。そこに真実はないが、目の前にある事実の方が意味は大きい」

 

 真実、“麦わらのルフィ”がこの騒動を取り仕切っていると思っている者はいないだろう。名前を利用された程度の認識だ。『名前を利用されている』という事実については後で何かしらの動きがあったかもしれないがそこまでの影響はなかっただろう。

 だがそこへ“本物”が現れれば話は別。旗印そのものが出現した以上、それが首謀者であると判断するのは当たり前のことでもある。

 そして本人がそれを否定しなければ──

 

「駄目です!!」

 

 声を張り上げたのは“先生”だった。彼は縋り付くようにルフィの服を掴む。

 

「身勝手に名を利用して! 縋りついて! 崇めて! そうして巻き込んでおきながら救われるなど! そうまでされる価値は我々にはないはずです!」

「さっきも言っただろ」

 

 自分の手を掴む手を優しく解きながら、ルフィは言う。

 

「美味ェ芋を貰ったんだ」

 

 それに、とルフィは言う。

 

「元々追われてる。理由が増えるだけだ」

 

 そしてルフィが階段を降りて行こうとする。そんな彼に対し、ルフィ、とウタが声をかけた。

 

「私も一緒に」

「……いや、ウタは待っててくれ」

 

 ウタの体が震えていることにルフィは気付いていた。彼女の強さについてはルフィ自身がよく知っている。だが駄目だ。今の彼女を戦いの場に出すわけにはいかない。

 

「多分だけどよ、ウタの姿が見えねェ方が向こうも警戒すると思う」

 

 彼女を押し留めるために咄嗟に発した言葉であったが、的を得ているような気がした。海兵たちを率いているのはスモーカーだ。彼はウタの持つ“ウタウタ”の能力を知っている。ならば姿を晒すよりも姿が見えない方が彼は警戒するし、他の海兵たちも動き辛いはずだ。

 

「でも……」

「大丈夫だ」

 

 ルフィのその返答に唇を噛み締めるウタ。やはりその体は震えていた。その彼女の手を一度、ルフィは握り締める。

 

「────」

 

 まるで祈るような仕草。互いの手で形作られたそれはしかし、祈りではなく誓いだろう。

 手を離し、階段を降りて行くルフィ。その背を見送るウタの思い詰めたような表情に彼は気付かない。

 ただ思うのは、彼が掲げた“正義”のこと。

 ──“大切な人が笑える正義”。

 その大切な人が誰であるかなど、今更確認する必要もない。ただ、思うのだ。

 

「…………」

 

 軋む音と共に扉が開き、無数の視線がルフィへと集中する。

 その視線を受け止めながら、それでも揺らぐことなく彼は歩いていく。

 

「……ああ……」

「“救世主”様……!」

 

 縋るような声。祈るような言葉。

 その全てを受け止めながらも思うのだ。

 

 ──ここで何もしなかったら。

 ウタは、おれは、笑っていられるか?

 

 はっきり言ってルフィもウタもこの国については巻き込まれただけだ。思い入れがあるわけでもないし、海軍にいた頃ならばともかく自分たちのことで精一杯な今は自分たちにできることなどない。

 だが、食べる物を貰った。

 そして、彼らはこちらを“悪”だと断じなかった。

 

「……どうして」

 

 呆然とした呟きは芋をくれたあの女性のものだ。

 何かを言おうと口を開くルフィ。だがその前に別の声が割って入った。

 

「なんだお前は!?」

 

 なんなのだろうか、とルフィは思う。

 目的は一つ。願いも一つ。ただ、ウタに笑っていて欲しいだけ。

 けれどたったそれだけのことが──難しい。

 

「何故出てきた。この国とテメェは関係ないはずだ」

 

 思考に沈んでいる間に前に出てきていたスモーカーが問う。そちらに視線を向ける。

 どう答えるべきか、一瞬だけ迷った。拳を見つめる。そこにはまだ、あの温かい芋の感覚が残っていた。

 

「飯をもらったからな」

 

 その言葉は自然と口から出ていた。それはルフィがここに立つ理由として十全なもの。

 ──そうだな。

 内心で呟く。そうだ、それでいい。

 それを違えてしまえば、きっと致命的な何かを踏み外す。

 だからこそ彼はここに立っている。

 

 大切な人の笑顔を守るために。

 食べ物をくれた人たちを守るために。

 

 ──かつての友と、戦うのだ。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「──これが“英雄”か」

 

 残された者たちの中、サボが呟いた。彼は帽子を被り直すと、立ち尽くすようにしているウタへと声をかける。

 

「船はどこに停めてある?」

「え……?」

 

 呆けた声を出すウタ。サボは電伝虫を取り出しながら言葉を紡いだ。

 

「“麦わら”が表に出た時点で状況は変わった。正直な話をすると、これ以上この国にはいねェ方がいい」

 

 参謀総長。それは決して飾りの称号ではない。既に彼の中では状況の把握と並行して次にすべき行動について思考が巡りつつある。

 

「タイミングを見ておれたちが援護する。この島から逃げろ」

「どうして……?」

 

 ウタが問う。サボは息を吐くと言葉を紡いだ。

 

「元々おれたちはあんたたちを探してたんだ。もっと落ち着いた状況で話をしたかったが、そんなことをしている暇もねェから後回しだ。とにかく危害を加えるつもりもねェし敵対の意志もねェ。それは信じてくれ」

 

 直後、サボの持つ小型電伝虫が繋がった。向こうからは女性の声が聞こえてくる。

 

『サボくん? これどういう状況?』

「見ての通り緊急事態だ。色々と作戦を変更するが、まず第一目標として“麦わら”と“歌姫”をこの国から逃すことが最優先だ」

 

 私たちを、とウタの口から疑問の言葉が漏れた。サボがこちらへと視線を向ける。

 

「“麦わら”が前に出て海軍と衝突した時点であんたたちがこの国に対してできることはもう終わってる。むしろいねェ方がいい。革命の首謀者がいなくなれば表面上はこの状況に一定の決着が着く。……海軍は何がなんでも捕まえようとするだろうが、それはおれたちにとっても都合が悪い。だから援護する」

『そこに“歌姫”がいるの?』

「ああ。……ハックはいるか?」

『反対側で見張ってるよ。ただイルの電伝虫で連絡は繋げてる』

「よし。コアラはこの後沖で待機してる仲間に連絡を。場合によっては海軍と一戦することも想定するように伝えてくれ。ハックは港へ向かい、軍艦の動きを止めてくれ。破壊はしなくていい。すぐに動けないようにすれば大丈夫だ」

 

 言い切るとサボは再びウタへと視線を向ける。

 

「船の場所はどこだ?」

「……街外れに。岩に隠す形で」

 

 そして指で方角を示す。なるほど、とサボは頷いた。

 

「そっちはおれが援護する。イル、聞こえてるか?」

『──はい』

「アレは持ってるな? おれの方で合図をするからその時は連携してくれ。荒事にはなるが戦闘が目的じゃねェ。あくまで二人を逃すことが最優先だ」

 

 聞き覚えのある名前に思わずウタは眉を顰める。頼んだぞ、とサボは最後にそう言うと電伝虫を切った。

 

「さっきも言ったが敵対の意思はねェ。できれば話をしたかったくらいだ。……上手くいくかはわからねェが、もし上手くいってそのことを恩に感じてくれるなら──」

 

 サボがウタの方へと何かを投げ渡してきた。受け取ったそれは──“永遠指針”。

 

「──そこで話をさせてくれ。船を走らせて一日もあれば着く無人島だ」

 

 受け取ったそれは、特定の島を示し続けるものであった。それを見つめるウタに対し、ただ、とサボは呟く。

 

「それもここからの状況次第だ。おれたちは顔を見られねェ方がいい。あんたたちもだ」

 

 声をかけられたのは“先生”と“将軍”である。彼らもまた固唾を飲んで状況を見守っていた。

 

「首謀者として“麦わらのルフィ”が前に出たのにあんたたちが出ちまえば意味が変わる。あの献身が無意味になってしまう。あんたたちが必要なのはこの後だ」

 

 故にここは我慢だ、とそうサボが二人に語るのを横目に見ながら、ウタは自身の手を握る。

 

「……ルフィ」

 

 震えるこの体に、彼は気付いていた。戦えなくなっていることにも彼は気付いている。

 ──違うと、そう思いたい。

 でも、どうしても足が動かない。

 背中を向けて歩いてく彼を引き止めたかった。行かないでと言いたかった。

 置いて、行かないでと。

 でもできない。それはきっと、彼の生き方を汚すことになるから。

 夢も未来も奪っておいて、これ以上彼から奪うことなど許されないのだ。

 

「…………ッ」

 

 自分が、憎い。

 何もできない自分が。

 あの背中を見送るしかない自分が。

 

 私は、何なのだろう?

 何が、したかったのだろう?

 いや、違う。

 

 ──何が、できるのだろう?

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 世界に名を知られる二人。“麦わらのルフィ”と“白猟のスモーカー”。

 彼のアラバスタ王国の事件において活躍し、その後いくつもの大きな事件に関わることになる。“麦わらのルフィ”については“歌姫”と共に海軍と世界政府の方針からある種の象徴とされ、世界中にその名が喧伝されておりある意味親しみのある“英雄”としての認識が強い。正しく『弱者の味方』であるのだ。

 それに対し、スモーカーはその気質もあってか二人のように表に出ることは少ない。だが彼に救われた、助けられた市民は確かに多く人気の高い人物であることも確かだ。

 ……共に、か弱き市民にとっては“希望”であった。

 この苦しい時代においても、正しく“正義”はあるのだと。そう思わせてくれていたはずだったのに。

 どうして、この二人が。

 

「ギア、2」

 

 その体から突如、蒸気が噴き出した。“堕ちた英雄”がその本領を発揮する。

 海軍の中でも上位にいる実力者同士の戦闘。そんなものを間の当たりにする機会などまずないだろう。だが今回のようにたとえそれを目撃することができたとしても、それを目で追うことができる者が何人いるというのか。

 

「“ゴムゴムの”──」

 

 その姿はまるで消えたようにしか見えなかっただろう。目にも止まらぬどころではない。文字通りにその視界から消失するほどの移動速度。

 戦闘について訓練を受けている海兵や国の兵士たちでさえ、その姿を追い切れたのは数名だろう。対応できるとなるといるかいないか。

 伊達や酔狂で“英雄”などと呼ばれているわけではないのだ。その年齢からは想像できないほどの戦闘能力を“麦わらのルフィ”は有している。

 

「──“JET銃弾”!!」

 

 だが彼が相対するのは“白猟のスモーカー”。彼はしっかりとその姿を捉えている。

 ルフィが踏み込みながら現れたのはスモーカーの左側。右手に十手を持つスモーカーは放たれる一撃を十手で防ぐ余裕はない。

 故に彼は足に力を込め、姿勢を低くした。そのまま左の肩で受ける構え。

 鈍い音が響く。スモーカーがその左肩に“武装色の覇気”を纏わせ、ルフィの一撃を防いだのだ。

 そのまま彼は身を捻り、かち上げるような肘打ちを放つ。だがそれは一手早く後方に退いていたルフィの避けられた。

 僅かに空いた距離。二人の視線が交錯する。

 

「“ゴムゴムの”──」

「“ホワイト”──」

 

 ルフィは左手を掌底として前に構え、スモーカーは身を捻り左の拳を構えた。

 

「──“JET銃”!!」

「──“ブロー”!!」

 

 拳と拳の激突とは思えない、凄まじい轟音が響き渡った。衝撃で二人が後方へと地面を削りなが後退する。

 だが即座に二人は前へ出た突き出されたスモーカーの十手を紙一重で避け、ルフィが右の拳を伸ばす。だが直撃の瞬間にスモーカーは自身の体を白煙に変え、その一撃を避ける。

 実体を捉える力でもある“武装色の覇気”。だがそれはあくまで当たればという話であり、その覇気を纏った一撃を当てられなければ意味がないのだ。

 だがその条件でいうならスモーカーの側も同じである。ルフィの“ゴムゴム”に打撃は通用しない。故に必然“武装色の覇気”を纏うか、先端に海楼石を仕込んだ十手による攻撃でしか有効打にはならない。

 

「────!!」

 

 互いに至近距離。十手を中心に攻撃を組み立てるスモーカーに対し、それを受けながら更に距離を詰めるルフィ。

 十手の先端には海楼石が仕込まれている。だが十手全体がそうではない。ならば受ける際も海楼石がない場所を受ければいいのだ。

 互いに長い付き合いである。その手の内は把握しているし、何ができるかもわかっている。

 故の超接近戦。距離が空いた状態での“ゴムゴム”と“モクモク”の厄介さは互いに把握している。故にその能力を使いつつ、近接戦での体術勝負を二人は選択したのだ。

 十手を拳で弾きつつ距離を詰め、拳を放つルフィ。対しスモーカーはそれには付き合わない。僅かに距離を空けるように後退、あるいは横手へと移動しつつあくまで十手のリーチの有利を活かそうとする。

 

「捉えたぞ!」

「させねェ!」

 

 スモーカーがその左腕を白煙化してルフィの右足を拘束し、十手を突き出す。だがルフィは大きく身を退け反らせてそれを避け、さらに左足を蹴り上げる。

 スモーカーの体が裂かれたように分かれた。ルフィが更に身を捻ると拘束が解ける。

 そして。

 

「────ッ!?」

 

 咄嗟に互いが放った拳が正確に互いを捉えた。ルフィの腹とスモーカーの左頬にそれぞれの一撃が入る。

 衝撃により吹き飛ぶ二人。互いに近くの建物に激突し、轟音を響かせる。

 

「“救世主”様!」

「スモーカーさん!」

 

 周囲から悲鳴が上がった。だが呼ばれた二人はそれらに応じることなく瓦礫を吹き飛ばしながら再び向かい合う。

 

「“ゴムゴムのJET銃乱打”!!」

 

 先手を打ったのはルフィだった。まるで手が増えたかのようにも見える乱打。対し、スモーカーはその範囲に逃れるのではなく前に出る。

 数発の拳が彼に直撃した。だが彼は自分の体に当たった拳を白煙とした体で絡めとる。

 

「くっ……!」

「ッ、焦ったな! “ホワイト・スネーク”!」

 

 ルフィの体に巨大な白煙の蛇が噛み付く。覇気を纏うそれは容易く抜けられるものではない。

 動きの止まったルフィ。そこへ渾身の十手による突きが叩き込まれた。

 衝撃によって弾かれたように吹き飛ぶルフィ。地面を転がる彼は思わず空気を吐き出した。

 

「ぐ、ゲホッ」

 

 だが気を抜いている暇はない。スモーカーがその隙を逃すはずがないのだ。

 距離を詰め、その十手を振るうスモーカー。それを咄嗟に受けるルフィ。

 

「────ッ」

 

 だが、焦りが生んだミスか。それとも別の要因か。その両腕で十手を捌いた際に何度かその先端に触れてしまった。足から力が抜け、ルフィが膝をつく。

 

「おおッ!!」

「ぐっ!?」

 

 そこへスモーカーの左拳が叩き込まれた。思い切り頭部へと叩き込まれた一撃により、ルフィの体が吹き飛ぶ。

 追撃に動くスモーカー。だがそのまるで衝突するような勢いでルフィがその懐へと飛び込んできた。

 咄嗟の十手は避けられた。ほぼゼロ距離からルフィがその一撃を叩き込む。

 

「“ツイン”!!」

 

 スモーカーの防御は間に合わない。風を切る一撃が彼へと叩き込まれた。

 

「“JET銃”!!」

 

 スモーカーの体が吹き飛び、瓦礫へと叩き込まれた。ルフィは口元の血を拭い、そんなスモーカーの方を見据えている。

 互いに手の内を知るが故の拮抗だ。しかし、拮抗しているからといって互いに無傷というわけではない。実力が拮抗しているのであればそれは削り合いになるのが道理だ。

 しかし誰も二人の戦いへ介入できない。次元が違い過ぎて何もできないのだ。

 いつしか、誰もが声を失っていた。これが“英雄”の戦い。世界の希望たる者たちの戦いなのだ。

 どうして、と。そんな風に呟いたのは誰だったのだろう。

 ただ、その疑問の答えを知る者はどこにもいない。

 

 誰も望んでなどいなかったはずの戦いが起こった理由など、余人にわかるはずがないのだから。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「……フー……」

 

 ルフィとスモーカーが互いに息を切らしながら向かい合う。それなりの数の攻撃を互いに当てているのだが、致命傷には届いていない。正しく削り合いだ。

 ズキリ、とルフィの頭に痛みが走る。最近たまに起こることだ。

 

「……チッ。相変わらずだ」

 

 呆れと、怒りと、嘆きと──多くの感情を乗せたスモーカーの呟き。彼は葉巻を咥え直すと、ルフィの方へと視線を向ける。

 

「確認するぞ。……無理なんだな?」

「……ああ」

 

 頷きを返す。その体から噴き出していた蒸気が消えていく。時間切れだ。

 ルフィは右の拳を地面へと突き立てた。再び彼の体から蒸気が噴き出し始める。

 

「それじゃあ、笑えねェんだ」

 

 誰が、なのか。きっとそれは口にしなくても伝わった。

 だからこそ、スモーカーが大きくため息を溢す。

 

「わかった。これ以上は何も言わねェよ」

 

 直後、スモーカーが地面を蹴った。対しルフィは左の掌底を前に出し、受ける構え。

 そう──この戦いで、初めてルフィは足を止めた。迎え撃つためにその場に留まったのだ。

 何も間違いではない。通常の戦闘であるならば流れのうちにそうなることはある。

 

 だが、これは一対一の決闘ではなく。

 この戦場において、“麦わらのルフィ”は孤立無縁なのだ。

 

 響いたのは、小さな銃声。

 その音の元は“麦わらのルフィ”が庇った街の住民たちの中からであった。横手から飛び込んでくる弾丸は、ルフィ目掛けて宙を突き進む。

 そしてその弾丸がルフィの右足へと着弾する。瞬間、彼の体から鈍い痛みと共に力が抜けた。

 

「────!?」

 

 本来ルフィに銃弾は通用しない。覇気を纏った弾丸であるのならばともかく、普通の弾丸は“ゴムゴム”の能力の前には無効化されてしまうのだ。

 故にこれは普通の弾丸ではない。これは──海楼石の弾丸。

 疑問を浮かべる余裕はない。膝を折ったルフィの下にスモーカーが迫り来る。こちらを吹き飛ばすような勢いで、彼の握る十手が薙ぎ払うように振るわれた。

 その時、ルフィの視界に入ったのは。

 ──紅と白の髪。

 

 

 

 まるで、時が止まったかのようで。

 世界から、音と色が消え去った。

 

 何故、どうして。

 音にならぬ声が、“英雄”の口から零れ落ちる。

 

 

 

 鈍く、そして乾いた音が響いた。

 血の混じった何かが、宙を舞う。

 世界に音が、色が戻り始める。そして全ての者たちは目撃した。

 誰も割って入れぬ戦い。しかし彼女はそこへ割って入ったのだ。

 

「ウタ!!」

 

 自身を庇い、スモーカーの渾身の一撃を受けたのは。

 ──青年が、誰よりも守りたかった人だった。

 

 

 

 

 














今回で終わりの予定でしたが無理でした……すみません……。
個人的に一話が大体一万文字くらいが一番いいのかなと思ったりしてるのでもう一話。
今度こそ次で終わるはず。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。