逃亡海兵のルフィとウタ 短編集   作:Nines star

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“ずっと一緒に”

 

 

 

 

 

 海軍本部の食堂。その隅にその人物はいた。とてつもなく広いその場所は時間帯によってはそれでも座れなくなるくらいには混雑するのだが、ピークを過ぎた今は大分人も減っている。そんな中で彼女は頭を悩ませていた。

 彼女の今の悩みは広報についてだ。彼女はいつも忙しい。今や世界中に名を知られた“歌姫”となれば当たり前だろう。次がら次へと何かしらの仕事が舞い込んで来る。

 投げたい、逃げ出したい、とにかく何も考えずに──と思ったところで、彼女は顔を上げた。

 

「……あ、今なにかいい感じ」

 

 呟くと、彼女──ウタは目の前に広げていた紙を裏返した。裏紙部分は真っ白である。そこへウタは鼻歌混じりに何かを書いていく。

 

「〜♪ いや、ちょっと違うかな──」

 

 紡がれていくのは音符のダンスだ。鼻歌を交え、ウタは新たな曲を紡ぎ上げていく。

 どれぐらいそうしていたのだろうか。書き上がったものを前に、ウタは満面の笑顔を浮かべていた。

 

「できた!」

 

 これ以上ないくらいに満足そうである。うんうんと頷き、彼女は自分の紡ぎ上げた『新曲』へと改めて視線を送る。

 

「後でオリンに相談して弾いて貰おうかな? そこで色々修正して、それから歌詞を考えて……あ、その前にルフィに聞いて貰わないと」

「ん? 呼んだか?」

 

 名を呼んだ瞬間、机の対面に一人の青年が座った。麦わら帽子を被ったその青年──モンキー・D・ルフィはその両手に大量の食事を抱えている。

 

「あ、ルフィ。センゴクさんの方はもう終わったの?」

「おう」

 

 軽い調子で応じるルフィは机の上に大量の食事を置いていく。ルフィは今朝からこの海軍本部の元帥──即ち最高指揮官であるセンゴクに呼び出されていたのだ。ちなみに心当たりについては『多過ぎてわからない』ので追及する意味はない。

 

「結局どの件についての説教だったの?」

「それがよ、説教じゃなかったんだよ。じじょーちょーしゅ? とか言われた」

「事情聴取?」

「あのカジノのことについて色々聞かれたんだ」

 

 ああ、とウタは得心がいった。つい先日、ルフィとウタはとある場所で大きな戦いを経験したのだ。彼が言っているのはその件である。

 巨大黄金船“グラン・テゾーロ”。世界最大のカジノを有する最早島というべきその場所へ二人は招待され、そこでその船の主人であり“怪物”とも称される男──ギルド・テゾーロと紆余曲折を経て激突したのだ。

 世界の通貨の20%を持つとまで謳われるテゾーロの失脚と“グラン・テゾーロ”の事実上の崩壊は世界に大きな影響を与えた。あの“王下七武海”が一角、クロコダイルの野望を打ち砕いた“英雄”がそう時を置かずにやってのけたこの大事件は瞬く間に世界中に広がっていた。今や二人の名を知らぬ方が珍しいレベルである。

 

「後でウタにも聞くって言ってたぞ」

「ふーん」

 

 あの件についてはウタも色々と思うところはある。だが終わったことだ。テゾーロを筆頭とした“グラン・テゾーロ”の首脳たちについては取り逃してしまったことが悔やまれるが、それは今後の海軍に任せるしかないだろう。

 

「何を聞かれたの?」

「あの中がどうだったとか、誰がいたかとかそんな感じだ。ああ、一応あいつらと共闘したことについてはちょっと怒られたな」

「……まあ、それはしょうがないかもね」

 

 ウタも頷く。状況が状況であったが故、そして“中立”という建前からあの場に言わせた者たちと二人は共闘することになった。中でも今世間を騒がせる“最悪の世代”と結果的にであるが共闘せざるを得なかったのは色々と思うところはある。

 まあ世間的な発表に彼ら──キッドとローの活躍については書かれていないし、事情についてはセンゴクも把握しているので怒るといっても注意程度だろうが。

 

「それよりウタ、おれを呼んでなかったか?」

「うん?──あっ、そうそう。見てルフィ」

 

 ウタが机の上にある紙を指し示す。ルフィが食事を止め、そちらへ視線を向けた。

 

「新曲ができたの!」

 

 まるで宝物を自慢するかのように言うウタ。おお、とルフィの顔にも笑みが浮かんだ。

 

「やっぱり凄ェなウタは。すぐに聴けるのか?」

「まだ試作というか、ホントに今さっき浮かんだだけだから歌詞とか色んな調整もまだなの。……できたら一番に聞いてくれる?」

「当たり前だろ」

 

 笑みを浮かべて言うルフィに対し、ウタも笑顔で返す。そして彼女がその紙を持ち上げた時、ルフィの目にその裏面──いや、元々表であった側が目に入った。

 

「なァウタ、そっちのは何だ?」

「え?……あ、忘れてた」

 

 言われてから紙を裏返したウタが眉を顰める。音符の描かれた面とは逆、本来の表面にあったのはいくつものデザイン案であった。

 今や世界中に“歌姫”として名を広めるウタの役割はその広報活動を通して海軍をアピールすることにある。どうしても秩序側であり取り締まりを行う側である海軍は恐れられることが多く、市民との距離が遠くなることも多い。故に広報活動を行うことでその距離を縮めようとしているのだが、その中でもウタの人気と認知度はその隣に立つルフィと併せて抜群であるために前面に押し出される頻度も多いのだ。

 今や“新時代の英雄”とまで謳われる二人。憧れさえも抱かれる二人のグッズは人気も高く、だからこそ海軍の広報部も気合を入れているのだが──

 

「……どれがいいか、って言われてもね〜……」

 

 腕を組み、頭を悩ませるウタ。そもそも彼女がここにいたのは自身のこの仕事を片付けるためであったのだ。

 机の上に広がっているのは様々なデザインのヘッドフォンであった。普段からウタが着けているそれを基礎として様々な色や装飾によって彩られ、かなりの種類のデザイン案がその紙には載せられている。

 海軍が誇る“歌姫”の人気は凄まじい。そのグッズとなれば売り上げも抜群だ。故にこそライブの度に様々なグッズ展開を広報部が考えるのだが、その中でもヘッドフォンは人気の品であった。故に広報部も力を入れており、節目のタイミングではこうして凄まじい気合の入ったデザイン案を用意してくる。彼らもある意味必死だ。

 そして最終的にウタがそんなデザイン案の中からいくつかを選び、実際のライブでも着けることになるわけだが……。

 

「……どれもいいデザインだから毎回困るんだよね」

 

 首を傾げ、悩むウタ。そう、それがわかるからこそ悩むのである。

 広報部の本気とまで言われるくらいに気合の入ったデザイン案。何なら全員が独自にデザインしてコンペのようになってさえいるそれらは毎回どれも素晴らしく、だからこそウタを悩ませる。どうせなら全部とも思うのだが、流石にそれは時間も予算もない。だから選ぶしかないのだが、どうしても即決はできない。

 

「相変わらず凄ェなァ」

 

 反対側から覗き込むルフィも感心しながらデザイン案を眺めている。彼にとってもデザイン案の山は見慣れた光景ではあるのだが、毎回彼は楽しそうに眺めていたりする。曰く『面白い』のだとか。

 

「スパッと決められたらいいんだけどね……」

 

 机に突っ伏してしまうウタ。そう、だから彼女はこんなにも悩んでいるのだ。

 出ているデザインはどれも素晴らしく、甲乙つけ難い。故に好みの問題となるのだが、だからこそ決められないのだ。どうしてもこのデザインの向こうに広報部の皆の顔が浮かんでしまう。

 どれかを選び、どれかを切り捨てる。作曲する時は簡単にできるのに、こういう形での選択がどうにも苦手であった。

 

「ふーん」

 

 こちらの気持ちを知ってか知らずか、そんな風に応じるルフィ。ウタは突っ伏した状態で顔だけ上げると、ルフィは、と問いかけた。

 

「どれがいいと思う?」

「そうだな──」

 

 食べていたものを飲み込みつつ、ルフィが机の上に視線を向ける。その瞳は紙面を一巡すると、そのまま彼は迷いなく一点を指差した。

 

「──これだ」

「……一番シンプルなの選んだね」

 

 ルフィが指し示したのは一番端に書かれたシンプルなヘッドフォンであった。装飾もほとんどなく、『UTA』の文字が耳当て部分に描かれているだけ。その色合いがウタとは逆の形でメタリックな紅白になっているくらいか。

 他のものに比べると随分と大人しい。良く言えばシンプル、悪く言えば地味なデザインだ。

 

「どうしてこれなの?」

 

 思わずウタも問いかけていた。彼とは長い付き合いであるが、時々こうしてわからないことがある。

 

「昔ウタが着けてた奴に一番似てるだろ?」

 

 そしてその問いに、ルフィは当たり前のように答えた。

 彼が言う昔。それはあのフーシャ村にいた頃のことだろうか。確かに昔はヘッドフォンはシンプルなものを着けていた。広報活動に関わるようになってから様々なデザインのものを着けるようになり、やはり人目を引くデザインのものを着ける機会が多くなったのも事実だ。

 プライベートではシンプルな物を着けるが、それでもライブ前だとその宣伝も兼ねて新デザインのものを着けることも多い。

 

(……最後に着けたのっていつだっけ)

 

 あの、自分にとっては当たり前のようにあったヘッドフォン。それを最期に身に着けたのはいつだったか。

 

「色んなのを見るのも楽しいけどよ。やっぱりウタのヘッドフォンはあれが一番だ」

「……そっか」

 

 実を言うと、あのヘッドフォンには思うところがある。あれは“赤髪”がくれたものであったから。

 ……けれど、そうだ。

 彼がそう、言ってくれるのなら。

 

「よし決めた。これにする」

「いいのか?」

「うん、いいの」

 

 ルフィの問いかけに対し、ウタは頷きを返す。

 

「これがいいって、思ったの」

 

 だって。

 ──あなたがいいって、言ってくれたから。

 その言葉は口にしなかった。ただ、一つだけ。

 

 仕事ではなく、プライベート。麦わら帽子の彼の隣を歩く時。

 その“歌姫”は、そのヘッドフォンを身につけるようになる。

 ……そう、それは。

 あの事件が起こった日もそうであった。当たり前のように彼が選んだものを、彼女は身につけていた。

 

 そしてそれが、唯一持ち出せたものでもあったのだ。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 雨の音が聞こえる。荒れた天気というのは厄介だ。余計な情報が多くなり、それがノイズになってしまう。

 雨の音だけではない。雷の音。大地の音。獣の声。荒れ狂う海の叫び。

 まるで五感に叩きつけるようなそれらを受けながら、その青年──ルフィは黙して地面に座り込んでいた。

 

「────」

 

 薄らと目を開け、しかし、見ていながらも見ていない状態。彼は極限とも言える集中状態にある。

 彼と彼女がいるのは海沿いにある洞窟であった。そこは海から入り込める天然の洞窟であり、ルフィはその中へ船を停めて嵐が止むのを待っている状態だ。こんな状況になったのには勿論理由がある。

 眠り続けるウタを船内に運び込んだところで、ルフィは彼女が持っていた“永遠指針”に気付いた。何故こんなものを彼女が持っているのかは疑問であったが、それを考える前に事態が大きく変わってしまう。

 ──大時化。

 偉大なる航路は異常な天候に支配された海である。嵐など日常的であるが、その中でも今回は普段よりも明らかに規模が大きかった。二人の船はそもそも長い距離を往くことを想定していない小舟だ。どこかで嵐をやり過ごす必要があった。

 考えている時間などない。ウタの持っていた“永遠指針”に従い船を走らせ、ルフィはずぶ濡れになりながらどうにかその島に辿り着いた。ウタはまだ目覚めていない。全ての決断をルフィがしなければならなかった。

 ルフィは偶然見つけた洞窟内へと船を走らせた。入り口から少し進んだ場所に船を停め、揺れる船からウタを布団と共に降ろす。火を起こし、ようやくそこで息を吐くことができた。全身がずぶ濡れだが、それより前にやるべきことがある。

 

「…………ッ」

 

 ズキリと、頭が痛んだ。こうも続けば嫌でもわかる。体が悲鳴を上げているのだ。この先は危険だと、本能が告げている。

 だが、ルフィは止まれない。

 ここで立ち止まるような男なら、そもそも彼は今ここにいないのだから。

 

“感情は大事だよォ、大佐〜。それは確かに力をくれるからねェ。しかし振り回されちゃいけない。それはむしろ力を損ねちまうよ”

 

 かつて指導を受けたことがある。それは本格的なものではなく、道中でちょっとしたアドバイスを貰うことになっただけのことではあった。

 しかし、その指導は決して手を抜いたものではなく。あの頃の自分に必要なことをちゃんと教えてくれていたのだ。

 

“周囲の把握は大事だ。目の前の相手だけに視線を向けていると思わぬところで足を救われるぞ。真剣であることも必死であることも大事だが、盲目的になるのは最悪だ”

 

 あの頃も今もまだまだ未熟なままだと思い知らされる。ちゃんと教えてもらっていた。過たないように導いてくれていたのに。

 己の力を過信したから。だから、間違えてしまった。

 

“何を以て勝利か。何を以て敗北か。まずはそれを間違えんことじゃァ。……わしらにとっての勝利とはか弱き市民を守ること。戦いはそのための手段の一つに過ぎん。それは目的ではないからのう”

 

 次はもう、間違えない。

 何が自分にとっての勝利であり、何が自分にとっての敗北なのか。それをもう一度自分の中で再定義する。

 

“我々は様々な理由を掲げて戦う。正義のため、か弱き市民のため、悪を許さぬため──本当に様々だ。しかしその根本、始まりにあるのはそう大層なものではない。誰だって始まりの理由はささやかなものだ。……お前には無用な助言かもしれんが、忘れんようにな。お前が今ここにいる理由を、決して”

 

 忘れるものか。

 忘れて、たまるものか。

 どんな時だってそれだけは見失わなかった。抱え続けてきた。

 だから、絶対に。

 

 

 世界が、揺らぐ。

 

 

 才能が、開花する。

 それはきっと世界をも変え得る才覚であった。だがそこには危うさも同時に存在する。

 世界を変える力ということは、即ち。

 ──世界を滅ぼす力ということでも、あるのだから。

 

 雨の雫、その一粒一粒さえも感じ取れる。

 島に住まう全ての生物、その感情が流れ込んでくる。

 大気の流れはまるで、激情を叩きつけられているかのようだ。

 

 ありとあらゆる全てを感じた。ある種の全能感さえも覚える中で、しかし思う。

 これでは駄目だ。このままでは破綻すると。

 この先に待つのは、破滅しかない。

 

“大切なのは選択じゃ”

 

 ふと、脳裏にそんな言葉が響いた。直後、視界が揺らぐ。

 

“何をするにおいても選択というものは常に付き纏う。のうルフィ、お前は歩く時に何を考えておる? 右足を出す速さを考えておるか?”

 

 左足。視界。両腕。ただ歩くだけで膨大な選択を人間は強いられている。だがそれを意識することはない。必要のない情報を切り捨て、意識をせずに選択を終えているのが人間なのだ。

 何故そんなことができるのか。その理由は単純である。

 

“必要なものを必要なだけ見聞きする。それがコツじゃ。……存外、無駄な情報というものは多いからの”

 

 必要なものを、必要なだけ。

 この島の全てを。だがそれは支配ではない。把握だ。何がいるのか、何があるのか。それを彼は自身の中へと受け入れようとしている。

 秘められていた才覚が、花開いていく。

 鍛え上げられ、研ぎ澄まされ。しかし蓋をされていたその才能が。

 誰も知らぬその場所で、大輪の花を咲かせようとしていた。

 

“今はわからんかもしれんが。……まあ、覚えておけ”

 

 それは一つの時代を終わらせたかもしれないほどの才覚。

 だが多くの因果が、運命がそれを許さず。

 ──かくして、“新時代の申し子”が産声を上げる。

 その事実を未だ誰も知らぬまま。

 それはきっと、彼自身でさえも知らぬこと。

 

 おそらく、この瞬間だったのだろう。

 世界が変わる、その始まりは。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 それはまだ、世界を知らぬ頃の遠い記憶。

 幼き二人。“正義”も“悪”も、言葉としてしか知らなかった頃の記憶。

 鐘の音が響いていた。そこで行われていたのは結婚式だ。数多の祝福。数え切れぬ笑顔。その中心にいる男女に対し、誰もがその未来に幸せがあることを願う時間。

 それを遠くから眺めながら感嘆の吐息を漏らすのはウタだ。

 

「……綺麗……」

 

 思わず溢れてしまったかのようなその呟きは、だからこそ本心であるのだろう。

 視線の先にいるのは純白のドレスを纏う花嫁とその手を引く新郎だ。共に満面の笑顔を浮かべ、周囲からの祝福を一身に浴びている。

 

「私もあんなドレス着たいな……」

「着ればいいんじゃねェか?」

 

 頬に手を当ててうっとりするウタに対し、その隣にいたルフィが首を傾げながらそう言葉を紡ぐ。テンションが非常に高いウタと違い、彼は幾分冷静だ。物珍しい光景を楽しんでこそいるがそれだけである。

 そんなルフィの姿を見、はあ、とこれみよがしにウタがため息を溢す。

 

「バカねー……あのドレスは結婚式で着るものなの。何もない時に着るものじゃないのよ」

「何でだ? 着たいなら着ればいいじゃねェか」

 

 首を傾げるルフィと、そんなルフィに対して半目を向けるウタ。もしかして、とウタはルフィに対して言葉を紡いだ。

 

「あんた結婚が何か知らないんじゃないの?」

「む、それは知ってるぞ」

「じゃあ結婚って何?」

 

 え、と問われたルフィは腕を組んで考え込む。思い浮かべるのは彼が生まれ育ったフーシャ村の光景だ。

 

「夫婦、ってのになるんじゃねェのか?」

「間違ってないけど違う」

 

 冷静なウタのコメントであった。だがまあ、確かに間違っていないといえばそうである。他人同士が結婚を経て夫婦になる──それは紛れもない事実だ。しかしウタが言いたいのはそういうことではない。そういう意味での『違う』だ。

 

「そうじゃなくて。夫婦になるっていうのはどういうことか、って聞いてるの」

「んん……? 一緒にいる、とかか?」

 

 言いつつ、何か違う、とルフィは思った。だってそれでは。

 

「別に結婚してなくても一緒にいることはあるでしょ?」

 

 ウタの言う通りである。別にそれは結婚しなければならないということではないのだ。それこそルフィとウタは実質一日中一緒に遊び回っているわけであるし、マキノや村長などと共にいることも多い。

 

「やっぱりわかんねェ」

「あんたはやっぱりお子様ね」

 

 ふふん、と口元に手を当てて言うウタ。なんだと、とルフィが唇を尖らせる。

 

「誰が子供だ」

「結婚の意味もわからないなんてお子様じゃない」

「何を!」

 

 いつも通りといえばいつも通りのやりとり。そこへ一つの影が歩み寄ってきた。

 

 

「──面白い話をしているな」

 

 

 穏やかな声。二人が声のした方へと視線を向けると、そこにいたのは一人の麦わら帽子を被った赤髪の男であった。

 

「シャンクス!」

 

 二人でその人物の名前を呼ぶ。ああ、と彼は頷いた。

 

「どこに行ったのかと思ったらここにいたのか。……それで、何の話をしていたんだ?」

「ルフィがまだまだ子供だって話よ」

「それはまた今更の話だな」

「何だとシャンクス!」

 

 シャンクスに飛びつくルフィ。とはいえそれはどこかじゃれつくような動きだ。それをシャンクスもわかっているのだろう。片手で簡単に制してしまう。

 

「そうやってすぐに噛み付くのがガキだっていうんだ。……結婚式を見てたのか」

 

 片手で抑えられ、不服そうではあるが大人しくなったルフィから視線を外したシャンクスは二人の見ていた結婚式へと視線を向ける。そんな彼に対し、そうだ、とルフィが思い付いたように言葉を紡いだ。

 

「なあシャンクス、結婚って何だ?」

「……それはまた奥の深い質問だ」

 

 笑みを浮かべて言うシャンクス。彼はウタへと視線を向けた。

 

「ウタはどう思う?」

「え、それは……その、あ…い……二人が、一生一緒にいることで」

「声が小せェぞ?」

 

 途中で照れて小声になったウタに対し、悪気の一切ない様子で言うルフィ。ウタがそんなルフィを一度睨んだ。

 そんな幼い二人の姿を微笑を浮かべて眺めながら、そうだな、とシャンクスは頷く。

 

「それも間違っちゃいない。ウタの言うように『一緒にいたい』って気持ちがあるからこそ結婚に至るのはおかしなことではないからな」

「でも結婚しなくても一緒にいればいいんじゃねェのか? しなくちゃ駄目だってわけでもねェだろ?」

 

 ルフィの疑問。そうだな、とシャンクスは彼に視線を向けながら頷いた。

 

「お前の言う通りだ。だがそう単純に割り切れるものでもない。……あれは一つの“誓い”であり、“約束”なんだ」

「“誓い”?」

「“約束”?」

 

 幼い二人の疑問の声。ああ、とシャンクスは二人に視線を向けながら言葉を続けた。

 

「他人の気持ちなんてのは推し量ることはできても完全に理解することなんてできやしない。それができるなら世界は既に平和だろう。だから言葉にするし、形にする。結婚ってのはその一つの形だ」

 

 ──あなたと一緒にいたい。或いは、一緒にいよう。

 それを誓い、約束するための儀式。

 

「お前たちもいつかわかる日が来る。……そういうものが、大人の世界では必要なんだ」

 

 それは、遠い日の記憶。

 あの日の彼が言っていたことは、即ちこういうことでもあるのだ。

 ──言葉にしなければ、形にしなければ伝わらない。

 それを少年は、青年となった後に理解することになる。

 

 あの日起きてしまった、最悪の悲劇によって。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 頭を貫くような痛みによって目が覚めた。どうやら意識を失っていたらしい。

 

「…………ッ」

 

 どれぐらい意識が途切れていたのか。感覚で言えば数分だろうか。

 島全体を把握するために用いた“見聞色の覇気”。その負担は凄まじいものであった。“覇気”は有用な力であるが無限に使える力ではない。どうしたって消耗するし使い過ぎれば意識を失う。

 いきなり全てをやろうとしたせいで一気に消耗したのだろう。だが感覚は掴んだ。後は慣れと練度。数をこなすしかない。

 

「……約束、したのにな」

 

 ふとルフィは呟く。随分と懐かしい記憶だった。まだウタが“赤髪海賊団の音楽家”であった頃。海兵になることなど夢にも思っていなかった頃の記憶だ。

 ──“誓い”と、“約束”。

 言葉だけでは駄目なことがあると教えてくれたあの時の彼の表情を、ルフィは思い出せない。

 どんな表情をしていたのだろう。どんな想いをしていたのだろう。

 未だ彼のことはわからないことばかりだ。

 ただ、思うのは。

 

「こんなことになってから……わかるんだな」

 

 あの時の言葉の意味を。

 ようやく、理解できた気がする。

 それは──

 

 

「…………ッ、う……」

 

 

 聞こえたのは小さな呻き声。弾かれたようにルフィは振り返る。

 ──ゆっくりと、ウタが身を起こしていた。

 痛むのだろうか。頭を軽く押さえながら上体を起こしながら何度も目を瞬かせている。

 

「ウタ」

 

 思わず声が漏れた。びくりとウタが体を震わせる。

 

「……あ……、ルフィ……」

 

 安堵のこもった声のルフィとは対照的に、ウタのそれは酷く弱々しい。大丈夫か、と思わず手を伸ばしたルフィに対し、ウタは自分の体を抱きしめるようにして身を縮める。

 それはまるで、何かに怯えているかのようで。

 

「──ごめんなさい」

 

 紡がれた言葉は。

 

「ごめん、なさい」

 

 その姿は。

 

「み、見えたの。ルフィが。私、だから」

 

 今にも、壊れてしまいそうで。

 

「いっ、ッ……!?」

 

 不意にウタの表情が歪んだ。頭の傷が痛むのだろう。反射的にその傷を抑えようとした彼女はしかし、そこで気付いた。

 ──ヘッドフォンがない。

 何かを探すように手を動かし、自身の頭の近くを探る。そこで彼女は自分の状況を理解したのだろう。

 あの事態の中で持ち出せた物などほとんどなかった。あんなことになるなど想像もしていなかったから当たり前だ。その結果として彼らは自分たちの部屋に多くの物を置き去りにしてきたが、おそらくそれらは全て捨てられてしまっているだろう。残す意味はなどないのだから。

 故にあのヘッドフォンは数少ない持ち出すことのできたものであり──大切なものであった。

 

「…………あ……」

 

 青年は知らない。あのヘッドフォンが彼女にとってどういう意味があったのかを。

 大切な人が選んだものだという──彼女にとって、“歌姫”にとって大きな意味を持つものだったことを、彼は知らない。

 だが、知らなかったとしても。

 

「──ウタ!」

 

 それでも、彼はモンキー・D・ルフィであった。

 ウタと共に在り続けた、彼女のために生きることを決めた男であったのだ。

 

 

 二つの影が、洞窟で重なる。

 互いの息遣いも鼓動の音も聞こえるほどの距離。それはまるで、互いの存在を確かめるかのようで。

 

 

 相手を抱き締めた彼と、その胸の内で声を殺して泣く彼女。

 涙の理由は一つではない。数え切れないほどだ。

 どうして、こんなことに。

 どうして、自分たちは。

 

「私が」

 

 涙の混じった声。

 

「私が、ルフィと一緒にいなかったら」

 

 それはきっと、彼女の中からはどうしても消えなかったこと。

 

「私が、ルフィと」

 

 何度彼が否定しようとも。それでも、どうしても消せなかったこと。

 

 

「──出会わなかったら」

 

 

 あの時。あの東の海の小さな村で出会わなければ。

 もっと違う未来が、あったのだろうか。

 

「おい、ウタ」

 

 彼女を抱く手に力がこもった。細い体だ。弱々しい体だ。

 いつの間にか、彼の方が大きな体になっていた。

 

「やだ。……やだよ」

 

 だが、彼が言葉を続ける前に彼女がそんな言葉を紡いだ。

 

「後悔、したくない」

 

 思わず彼は言葉を止める。

 

「出会えたことを、後悔したくない」

 

 それは感情の奔流であったのだろう。涙と共に紡がれる言葉は、だからこそ何よりもその想いを宿していた。

 

「大好き」

 

 まるで縋るような。

 

「あなたが好き」

 

 祈るような。

 

「ずっと、ずっと前から」

 

 捧げるような──たった一つの。

 

 

「愛してる」

 

 

 まるで世界に二人ぼっちになったかのような感覚。彼と彼女だけの世界。

 ──嗚呼、そうか。

 こんな当たり前のことさえも、言葉にしなければわからなかった。

 ずっと側にいたのに、彼女の気持ちをわかっていなかった。

 同じだったのに。

 ずっと、ずっと。

 

 ウタのことを、想っていたのに。

 

「ウタ」

 

 なあ、シャンクス。

 おれ、ようやくわかった。

 

 

「結婚しよう」

 

 

 あの時、シャンクスが言っていたこと。

 ──“誓い”と、“約束”。

 言葉にすることの意味と理由。それはきっと。

 

「おれも、ウタが好きだ」

 

 そうしなければ伝わらないから。届かないから。

 だから──形にするのだ。

 

「だから」

 

 手を離し、右手の小指を差し出した。

 それは“約束”の儀式であり。

 

「ずっと一緒に」

 

 その言葉は“誓い”であった。

 

「うん。──うん……ッ」

 

 大粒の涙を流しながら頷く彼女が、その右手を差し出す。

 それはかつて見たような、数多の祝福の中で行われるものではないけれど。それでもこれが、二人にとっての契りであった。

 誰も知らぬ場所で。たった二人で。

 ──けれど。

 そんなことは、どうでもよかったのだ。

 

 

 きっとこの“誓い”を、何度も何度も繰り返すのだろう。

 交わした“約束”を、何度も何度も繰り返すのだろう。

 でもきっとそれで良いのだ。そうして進んでいくのだから。

 

 失ったものは多くあり、得たものは少ない。

 けれど、大切なものを見つけることができた。

 それは得たものではないのだろう。ずっと自分の中にあったのだから。ただ見えなくなっていただけだ。

 だからもう、見失わないために。

 この“誓い”と“約束”を抱いて、歩いていくのだ。

 

 ──“ずっと一緒に”。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

 巨大な『何か』が島へと上陸した。その気配を察知し、“堕ちた英雄”は島を出る。

 

「──行こう」

 

 嵐の中を彼らは行く。今の彼らにとって、世界の大部分は敵であるが故に。

 そしてだからこそ、その擦れ違いが起こってしまった。

 

 

「とんでもねェ嵐だな」

 

 嵐の中を突き進み、その島に辿り着いたのは巨大な船であった。偉大なる航路の異常気象はある種日常的とも言える現象であるが、だからといって無視して良いものではない。上手く付き合うことが必要だった。

 故に島を発見した段階でこの嵐が収まることをその島で待つことは早々に決まった。そうして上陸したわけであるが、そんな船の甲板には全身を雨水で濡らしながら呟く一人の青年がいる。

 オレンジ色のテンガロンハットを被った青年だ。まだ年若いその青年はしかし、張り詰めた空気を纏っていた。

 

「……どこにいるんだ」

 

 情報によればこの近くにいる可能性が高い。故にここまで来たのだ。だがどうしても見つからない。

 彼が探しているのは今や世界中の話題になっている二人だ。大切な妹と弟。何を置いても見つけなければならなかった。

 

「ルフィ、ウタ」

 

 焦りを滲ませたその言葉を紡ぐのは、二十歳という若さでありながら世界に名を知られる海賊。

 背に負うは“四皇”が一角、“白ひげ”のシンボル。

 白ひげ海賊団二番隊隊長、“火拳のエース”。

 

「無事でいてくれ」

 

 祈るような言葉は、叩きつけるような嵐の音で掻き消される。

 そこにいたのは世界に名を轟かせる海賊ではなく。

 ──一人の、“兄”であった。

 

 

 

 

 











失いながら進んでいく物語。それがきっと逃亡編というものなんじゃないかなと思ったり。
というわけで二人ぼっちの結婚式であり誓いであり約束です。誰もいない場所というのが多分、この二人の今の状況を示しているんじゃないかなと。
タイミングさえ違えばかつて幼き日に見た結婚式以上の光景を見れたはずなんですが……ままならないものですね。

役者は揃いつつあります。さてどうなることやら。




ようやく構想が固まってきた感あるのでW7にもう少しで突入するかも……?
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