逃亡海兵のルフィとウタ 短編集   作:Nines star

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逃亡海兵Water Seven
逃亡海兵Water Seven①


 

プロローグ①

 

 

 その嵐は数日の間続いた。船が沈むほどのものではないし、無理をすれば海を渡ることも可能であっただろう。だが無用なリスクを負う意味はない。故に彼らはその無人島で数日を過ごした。

 本音を言えば嵐だろうが何だろうが無視して突き進みたい。それぐらい彼は焦っていたし、もどかしさを感じていた。しかしできない。彼の背には“誇り”と“責任”があるのだ。

 青年──ポートガス・D・エースは腕を組み、遥か遠くの水平線を見据えていた。想うのは彼にとっての家族である。

 知らず、凄まじい威圧感を纏ってしまっているエース。彼自身は無自覚なその気配により、仲間であるはずの者たちも声をかけられない。

 ──不意に影が差した。反射的にエースが空を見上げる。

 

「エースぐん、いつでも出航できるぞ」

 

 まるで降り注ぐような声であった。そこにいたのは、あまりにも巨大な“人”だ。

 この世界には“巨人族”という巨大な人とでもいうべき者たちがいる。だがそんな彼らよりも更に巨大な体躯をその男は持っていた。初めて見る者はおそらく自身の目を疑うであろうほどの巨大な“人”である彼はエースの友人であり、“白ひげ”傘下の海賊である。

 名を、リトルオーズJr.。

 かつて悪党たちの国を築いたと謳われる“国引きオーズ”の子孫であり、巨人族の常識さえも超える体躯を持つ人物だ。その人物に対し、エースも頷いて応じる。

 

「ああ。ありがとうオーズ」

「いいんだ。エースぐんの助けになるならオイダも嬉しい」

 

 オーズとの会話でエースの雰囲気が少しだけ柔らかくなる。数名がそんなエースを見てホッと胸を撫で下ろしていた。

 彼が悪い人間ではないことは“白ひげ”傘下の海賊であれば誰もが知っている。だが同時にその恐ろしさも知っているのだ。

 ──“白ひげ海賊団”二番隊隊長、“火拳のエース”。

 弱冠二十歳という若さでありながら“四皇”の最高幹部、その一角にある本物の怪物だ。“七武海”に勧誘されたことや敵対する多くの海賊たちを沈めてきた事実からその実力は折り紙つき。その彼が本気で怒った時、止められる者はこの場にはいないだろう。

 

「それでこの先はどうするつもりだ、エース?」

 

 いや、一人だけいた。

 現れたのは結い上げた黒髪を持ち、和装を纏った男であった。名をイゾウ。彼もまた“白ひげ海賊団”の隊長だ。その実力は確かであり、彼もまた世に名を知られた海賊であった。

 

「…………」

 

 イゾウの問いかけに対し、エースは即座には答えられない。どうするべきかを彼は決めかねていたのだ。

 実は彼ら“白ひげ海賊団”は少し前に内部で大きな事件を起こしている。それは“仲間殺し”と呼ばれるものであり、絶対に許されない行為だ。無法者たる海賊であるが、だからこそ“仁義”というものは大切にしなければならない。

 その大事件を引き起こした者の名は“黒ひげ”マーシャル・D・ティーチ。エースが隊長を務める二番隊に所属していた男であった。そして責任と怒りから彼を追い、エースは単独で偉大なる航路その前半の海を逆走するようにして渡っていた。

 しかし、そんな彼の下へ一報が入る。

 

 ──“麦わらのルフィ”と“歌姫”ウタによる、“天竜人”暴行事件。

 

 文字通り世界を揺るがした大事件。その当事者である二人はエースにとって大切な“家族”であった。進んだ道こそ真逆であったが、それでも切り捨てられるものではなく。ずっと想い続けていた相手であったのだ。

 葛藤があった。苦悩があった。身が裂かれるような痛みがあった。

 こんな自分を受け入れてくれた“オヤジ”とその息子たち。それを傷つけた“黒ひげ”をエースは許すことができない。だからこそ制止を振り切ってその後を追ったのだ。

 しかし、あの二人はエースにとって大切な妹と弟で。

 

“水臭ェことを言ってじゃねェ”

 

 電伝虫での通話。その向こうにいる人は、やはり“オヤジ”だった。

 

“オメェの家族だってんならおれの家族だ。助けてェってんならそうしろ。手を貸してやる”

 

 義理がどうだとか、“黒ひげ”のことだとか。何一つ言わずに。

 

“くだらねェことで悩んでんじゃねェぞ、エース”

 

 その男は──大海賊“白ひげ”は、ちっぽけな自分の抱えた悩みを吹き飛ばしてくれた。

 そこからの動きはスムーズであったと言える。真っ先に“赤髪”が動いたということもあり、“新世界”の情勢は不安定だ。“白ひげ”は非加盟国を中心に多くのナワバリを抱える身でもある。ナワバリということは責任も発生するということ。それを捨て置くことはできない。

 更に言うとその『名』があまりにも強大過ぎる。“白ひげ”が大々的に動いたとなれば文字通り世界が割れかねないのだ。既に他の“四皇”も動き出している状況でそれはもう収拾がつかなくなってしまう。軽々に動くことはできない。

 故に傘下の海賊である『リトル海賊団』が“新世界”からエースを追ってここへ来ることになった。エースと親交があり、仲も良いリトルオーズJr.自身が名乗り出たというのもある。

 

“オイダたちが行ぐ! 待っでてぐれエースぐん!”

 

 電伝虫越しのその言葉は、エースにとってとてつもなく心強い言葉であった。

 

“おれも行こう。……おれにも弟がいるんでな。勝手な話だが、他人事に思えねェ”

 

 そして“白ひげ”の隊長の一人であるイゾウも同行しここにいる。他にもかつてエースが率いた『スペード海賊団』の仲間たちも合流していた。

 最早一つの巨大な勢力である。偉大なる航路前半の海の海賊たちではとても太刀打ちできないほどに強大な力を持つ一団であった。

 

「ここらは海軍の……というより世界政府の影響力が強い。一度落ち着いて方針を確認するべきだ」

 

 何も言えないでいるエースに対し、イゾウがそんな言葉を紡ぐ。彼は焦るエースを幾度となく宥めてきた。そんな彼に救われている自分をエースは自覚している。

 刻一刻と状況が変わるほどに荒れた情勢。聞けば“白ひげ”傘下の海賊が“ビッグ・マム”傘下の海賊と小競り合いを起こしたという。傘下同士とはいえ“四皇”勢力同士の小競り合いなど通常そうは起こらない出来事だ。如何に今の状況が異常であるかが窺い知れる。

 

「当たり前だが海軍の方が数の上でも情報の面でも有利だ。それを上回るには効率的に動くしかない。……お前はあの二人の兄なんだろう? 予測は難しいか?」

「……兄といってもな」

 

 イゾウの問いに対し、大きく吐息を溢しながらエースは首を左右に振った。長い間共にいたが、それでもあの島の中だけだ。今の二人については正直知らないことも多い。

 自分は海賊で、あの二人は海兵だ。そうなってから過ごした時間に何があったのかをエースは知らないし、逆に向こうの二人も知らないだろう。その状況で予想するというのは難しい。

 それに、そもそもの話として。

 

「昔から目を離すと何しでかすかわからなかったからな。予想はできねェ」

「……最初に聞いた時は衝撃だったが、それを聞くとやっぱりお前の兄弟なんだな」

「どういう意味だ?」

「言葉通りだ」

 

 言いつつ、しかし、とイゾウは息を吐く。

 

「この辺りは国も島も多い。ある程度絞ってかからねェと駄目なのも事実だぞ」

 

 じわり、と足元から何かが這い上がってくるような感覚。それが焦りだと理解するのに時間はかからない。

 それを振り払うように、努めて冷静に。あの二人の行動を考える。

 

(あいつらならどうする?)

 

 いつも自分とサボの後ろをついてきていた二人。無茶ばかりして怪我も多いルフィと、彼に比べるといくらか落ち着いてはいたがそれでもすぐに熱くなるウタ。後ろをついてきていたはずなのにいつの間にかトラブルを引き連れて自分とサボを巻き込むなど日常であった。

 ──そうだ、そういう奴らなのだ。

 明るくトラブルばかりを呼び込んで。それでもめげなくて。平気でこちらを巻き込んで。

 そんな日々が、楽しかった。

 あの毎日が、救いだった。

 ポートガス・D・エースにとって、あの日々は──

 

 

「エース! 船がこっちに向かって来てる!」

 

 

 張り上げられた声により、思考が打ち切られた。どうした、という言葉と共にそちらを見ると、こちらに一人の男が走り寄ってくる。

 彼の名はデュース。エースが海に出た後にとある島で出会った最初の仲間だ。今回の事件が起こる前からエースの家族について知っている数少ない人物でもある。

 

「海軍か?」

「いや違う……と思う。マークもねェし、一隻だけだ。それに甲板で白旗掲げてる奴がいる」

「白旗?」

 

 イゾウが眉を顰めた。オーズも首を傾げている。

 

「騙し討ちかとも思ったが、こんなに見晴らしもいいと船も隠せねェからな。それはねェと思う」

「商船か何かか? オーズの船を見て早めに降伏したとか」

 

 穏健派である“白ひげ”傘下とはいえ海賊である。最初から逆らわないという方針に出るのはおかしなことではないだろう。

 

「嵐で逸れだか?」

「かもしれねェな」

 

 オーズの言葉にエースも頷く。商船であるなら普通数隻、多い場合は二桁を超える船によって船団を構成するのが普通だ。この時代の海を渡る上では当たり前のリスク対策であるが、それも万能ではない。先日の嵐のような状況では逸れてしまうこともあるだろう。

 

「助ける義理はねェが襲う理由もねェ。追い返せばいいんじゃねェのか? この辺は島も多い。わざわざ海賊がいる島に停まる理由もねェだろ」

「いやそれが商船でもねェようだ。白旗を掲げてるんだが、その隣でこっちにメッセージを送ってきてる」

「メッセージ?」

 

 エースが問う。その場の全員がデュースへと視線を送った。

 

「ああ。内容はこんな感じだ。──“話をしたい”」

「……命を助けてくれってことか? 別に命を取る気なんざ──」

「──“我々は革命軍だ”」

 

 遮るようにして、デュースがその言葉を吐いた。瞬間、エースの視線が鋭くなる。

 ──“革命軍”。

 その存在や思想については知っているが、エース自身には特に関係はないし繋がりはない。その“組織”に対しては特に何かを思うことはなかった。

 だが、そのリーダー。“革命家”と呼ばれる男については別。

 何故なら、その男は。

 

「わかった。話をしよう」

 

 自分たちは皆、親というものに随分と苦労させられている。自分も、サボも、ウタも、そして──ルフィも。

 彼自身は気にもしていなかったことだ。そしてそれは本心だということもわかっている。だからこれはエースのエゴだ。

 

「──おれも聞きてェことがある」

 

 エースの弟であるモンキー・D・ルフィの父。

 その男を人はこう呼ぶのだ。

 

 ──“世界最悪の犯罪者”、と。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 相手方──“革命軍”は船を少し離れた場所に停めた。そして設けられた話し合いの場は両方の船からちょうど等距離になる場所となる。

 これにはお互いのお互いに対する信頼度が表れていた。“白ひげ”と“革命軍”は世界政府から見れば共に無法者たちの集団であるが、そのスタンスが大きく違う。前者は積極的に世界政府と争う意識はなく、それに対して後者は世界政府と真っ向から対立する組織だ。あくまで海の上にある集団とその活躍が主に地面の上になる部分でも違っている。

 故に本来、戦いになるような間柄ではなかった。事情がなければ互いにそれなりの距離を置く相手だ。故にこういった形で向かい合うことは珍しい。

 この話し合いは互いに四人ずつの選出で行われた。エース、イゾウ、オーズ、デュースの四人に対し、相手は魚人の男を先頭に何故か侍女服を着た二本の刀を差した女性と、分厚いローブを羽織った男が二人である。

 

「対話の申し出を受けてくれたこと、感謝する」

 

 魚人の男性がそう言って頭を下げた。随分と綺麗な所作だ。その雰囲気から察するに相応の実力を有していることがわかる。

 

(どことなくジンベエに似てるな)

 

 かつて自分とギリギリまで戦った人物──“海峡のジンベエ”。“七武海”の一角でもある彼と、目の前の男はどことなく雰囲気が似ているような気がした。

 

「私はハック。話は主に私がさせて頂こう。本来なら我々の指揮官がするべきなのだろうが、現在体調が思わしくない」

「誰でも構わねェよ」

 

 言いつつ、一歩前に出たのはエースだ。ハックがそんなエースに視線を向ける。

 

「貴殿がエース殿か」

 

 頷くと、ハックはいきなり右手を差し出してきた。その表情は変わらず真剣だが、少しだけ雰囲気が柔らかくなっている。

 

「我が友ジンベエより話は聞いている。会えて光栄だ」

「……どんな話をしてたんだ?」

「気持ちのいい若者がいると」

 

 小さく息を吐く。それだけで少し警戒が薄れてしまった自分に対し、単純なものだとエースは笑った。

 

「昔殺されかけたけどな」

「それはお互い様と聞いているが」

「……あいつの友達ってのは嘘じゃねェようだ」

 

 軽く握手を交わす。互いに小さく笑みを交わし合い、そして向かい合う。

 再び双方の視線が交わった時、その表情は真剣だった。殴り合い、殺し合う場ではない。だがこの二人の言葉次第で誰かが死にかねないのだ。それは間違いなく、一つの戦いだ。

 

「私は交渉というものがあまり得意ではない。故に単刀直入に言おう。──お互いの不戦、不干渉を求めたい」

 

 真っ直ぐな言葉であった。その言葉からも態度からも視線からも真摯さが伝わってくる。

 故にエースもまた改めて心を定めた。この男に対し、不実であることは許されない。

 

「それはおれたちが戦う可能性があるってことか?」

「目的を同じとし、しかしその行動原理が違えばそういうこともあり得るだろう。──我々の目的は“麦わらのルフィ”と“歌姫”の保護だ」

 

 エースの眉が跳ねた。僅かに空気が震える。反射的に身を浮かそうとしたオーズを、エースは振り返らぬまま右手を出すことで制止した。

 

「大丈夫だ、オーズ」

 

 無言のままオーズが浮かしかけた身を戻す。ハックの背後に控えている男二人が安堵の吐息を漏らすのが見えた。対し、侍女服の女性はむしろ警戒度を上げている。

 それらを一瞥し、エースは改めてハックを見据える。

 

「“保護”、か」

「彼らは“天竜人”に逆らい、その結果として世界から追われるようになった。そんな彼らを我々“革命軍”は見捨てることをよしとしない」

「あいつらは海兵だ。お前らの敵だろう?」

「昨日と今日が同じとは限らない。……彼らがどう思うかはわからないが」

 

 どこまでも真摯で、愚直な言葉であった。だからこそわかる。彼が──ハックが悪意を持っていないことは。

 きっと本気で“保護”と考えているのだ。そしてそれは“革命軍”の在り方を考えるのであれば当然の動きだろう。彼らの目的や行動を考えた時、真正面から“天竜人”に逆らった二人を見捨ててしまえば“革命軍”はその存在意義を失いかねない。

 だが、どうしても思ってしまう。

 ──何も知らないくせに、と。

 そんな、風に。

 

「貴殿らも目的は同じだろう?」

「……だったら?」

「協力を、と言いたいところではあるが互いのやり方がある。故の不戦、不干渉だ」

 

 成程、とエースは思った。協力ができるのであれば最適であるがそうは上手くいかない。元々の組織の在り方が違う以上、どこかでぶつかる可能性は高い。ならば最初から互いに不戦、不干渉を約束するのは間違っていないだろう。

 

「……まあ、悪くねェ話ではある。余計な敵を増やす必要はねェ」

 

 背後に控えていたイゾウがそんなことを口にした。だが彼は振り返ったエースに対し、その上で、と言葉を紡ぐ。

 

「お前が決めろエース」

「エースぐんの決めだことなら文句はねェ」

「おれたちはお前の助けになるためにここにいるんだ」

 

 続いてオーズとデュースがそう言葉を紡いだ。そんな彼らに対して頷きを返すと、エースは改めてハックの方へと向き直る。

 

「提案の意味はわかった。だがその前に一つ確認させてくれ」

「私に答えられることであれば」

「難しい話じゃねェ。──あいつらの“保護”とやらを決めたのは、お前らのリーダーか?」

 

 ──周囲の温度が下がった。

 重苦しい空気。思わず控えていた“革命軍”の者たちが身構えてしまうほどの圧力。

 

「……エース」

 

 呟いたのはデュースだ。長い付き合いである彼は理解したのだろう。エースの問いの意味を。

 ハックもその圧を感じながら、しかし表面上は動じた様子もなく言葉を続けている。

 

「無論だ。……既に貴殿らも知っているだろう? “麦わらのルフィ”は我々のリーダー、ドラゴン殿の息子だ」

「息子、か」

 

 ふと、エースの脳裏にありし日の記憶が蘇る。

 

“父ちゃんか……顔も知らねェからなァ。それよりもエースたちがいてくれる方がおれは嬉しい”

 

 父のことについての話。あの時、ルフィは当たり前のようにそう言っていた。何も悲しくないことであるかのように。

 

“シャンクスは嫌い”

 

 ウタは拳を握り締め、そう言葉を紡いだ。父親であったはずの人に捨てられたのだと語った彼女は、深い絶望を抱え込んでいたのだ。

 

(ロクでもねェ父親ばかりだ)

 

 自分達義兄弟にとって親という存在は一つの枷であり重荷であった。その存在に人生を狂わされ、苦しむことはあっても。

 ──救われたことは、なかった。

 

「話はわかった」

 

 一度大きく息を吐くエース。そして彼はその上で、と言葉を紡いだ。

 

「不戦と不干渉については約束する。邪魔をしねェなら、って条件付きでだが。……話は終わりだな?」

 

 ハックへ背を向けるエース。その背に対し、感謝する、とハックは告げた。

 互いに腹に何かを抱えていることは察している。だがそれを無理矢理に聞き出す意味はないし、不用意に踏み込んで敵対関係になる方が厄介だ。

 張り詰めた空気の中、こうして会談は終わりを迎えた。両方の代表がそれぞれの船へと戻っていく。

 一見すると穏やかに終わった会談だ。互いの不戦と不干渉を約束し、揉めることもなく終わった。しかし誰も馬鹿正直に無事に終わったと受け取ってはいないだろう。

 目的は同じ。しかし協力はできない。ならばもう、答えは一つしかないのだから。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 リトル海賊団の船に向かう途中、エースはしばらく無言であった。先頭を歩く彼に対し、声をかけたのはデュースだ。

 

「敵対しねェってのは賛成だが、協力はしなくてもいいのか?」

「無理だな」

 

 足を止め、振り返ったエースが言う。その表情には苛立ちのようなものが浮かんでいた。

 

「そうか? あのおっさんも悪い奴じゃねェと思ったが」

 

 長い付き合いなのだ。エースの考えについてある程度デュースも把握している。だが察したことが当たっているとは限らないし、だからこそ言葉にすることは行き違いを避けるためにも重要だ。それに言葉として吐き出すことで冷静になれることもある。

 それをわかっているからこそ、イゾウとオーズも足を止めて二人の会話に口を出さずに見守っていた。

 

「そうだな。悪意は感じなかった。だが駄目だ。あいつらのバックにいる奴が信用できねェ」

「体調不良って話の指揮官か?」

「そんな奴はどうでもいい。──ドラゴンだ」

 

 まるで吐き捨てるようにその名を呼ぶエース。デュースもやはりか、と納得した。

 

「何が息子だ。何を今更」

 

 エースの苛立ち、その理由がこれであった。ルフィの実の父親である“革命家”ドラゴン。その存在と振る舞いはエースにとって到底受け入れられないものであったのだ。

 吐き捨てるようなその言葉に顔を見合わせる三人。張り詰めた空気が流れ始める。だがその空気を変えるためにイゾウが話題の切り替えを図った。しかし、と彼は言葉を紡ぐ。

 

「あの“金獅子”を倒した“英雄”がまさか“革命家の息子”と“赤髪の娘”で、しかもお前の義兄弟だって話を聞いた時には流石に驚いたぞ。お前の弟と妹はどういう星の下に生きてるんだ?」

「弟の方はガープの孫でもあるんだろ? ガープとドラゴンが親子関係ってのも衝撃なんだが」

「……ガープ」

 

 イゾウに続いてデュースが腕を組んで言い、そしてガープの名を聞いたオーズが嫌そうな顔をした。彼も昔、一度“白ひげ”と共にいた時にガープとぶつかったことがあるのだ。その話についてはこの場の全員が知っている。

 

「あのジジイのことはいい。無茶苦茶だったがなんだかんだおれたちのことを気にしてたのはわかるしな。……『海兵になれ』、って散々言われたよ。誰がなるかって話だが」

 

 その事情についてデュースは察している。彼自身が明確に言葉にしたがらないから敢えて踏み込んでいないが、そこには彼の出生が絡んでいるのだろう。

 だってそうだ。彼は“あの男”の息子である。

 そうである以上、海軍になど入れるわけがない。

 

「“東の海”の片隅の島がおれたちの全てだった。四人で力合わせて色々やって生きてきて。……一人はいなくなっちまったけど、どうにかおれたちはそれぞれの方法で海へ出た」

「それで海賊と海軍か」

「互いに納得してのことだ。大っぴらに会うことはできなくなったが、それは仕方ねェ。楽しくやってるみてェだし、別にそれなら良かったんだ」

 

 近くにある岩へと手を伸ばすエース。静かに岩の表面に触れたその手からは、僅かに炎が揺らいでいる。

 

「いつか戦うことになるかもしれねェが、その時は互いに全力でやり合うつもりだった。……そうだな。もしそれで捕まって監獄にぶち込まれるんなら、おれは納得してたと思う」

 

 それほどまでに大切な相手なのか、とデュースは思った。その存在について聞いてはいたが、これほどとは。

 エースという男は情に厚く、そして深い男である。身内と定めた相手を決して見捨てることができない。それは“白ひげ”と対峙した時もそうだった。彼は自分が逃げないことで自分達を逃がそうとしたのだから。

 そしてだからこそ時にその情が彼自身を焼くことになる。彼の生き方は不器用で、そしてあまりにも刹那的であるように見えた。

 

「──くそッ」

 

 揺らめく炎は彼の感情を表しているようであった。そんな彼に対して言葉を紡いだのはイゾウだ。

 

「エース。一人で背負い込むな」

 

 その表情は真剣だ。振り返ったエースに対し、イゾウは言葉を続ける。

 

「オヤジが言っただろう? お前の家族ならおれたちにとっても家族だ」

「背負い込むのはお前の悪い癖だ」

「エースぐん、オイダたちを頼ってくれ」

 

 不器用で、真っ直ぐで、それでいて生き急ぐ男。それがポートガス・D・エースであると彼らは知っている。だから支えるためにここへ来たのだ。

 一瞬、エースは驚いた表情を浮かべた。だがすぐに笑みを浮かべ、ああ、と彼は頷く。

 

「頼りにしてる」

「昔に比べると素直になったな」

「うるせェ」

 

 ある意味いつも通りの雰囲気に戻るエース。そんな彼に対し、それで、と問いかけるのはデュースだ。

 

「この先の方針はどうするんだ? この辺りは島も多い。一つずつ探すのはいくらなんでも無茶だろ」

 

 それは“革命軍”との会談の前から話をしていた部分であった。この辺りは国も島も多く、多くの勢力が入り乱れている。探すには今まで通りとはいかなかった。

 エースも考えてはいたのだろう。頷きと共に言葉を紡いだ。

 

「分かれるべきだろう」

「……まあ、それが妥当だな」

 

 イゾウが頷く。この辺りは予想通りだ。この状況ではまず情報集めから行わなければならない。おおよその進路を追いかけているが、その確証さえもないのだ。

 

「まずは情報だ。あいつらはとにかく目立つからな。人目がある場所にいるなら確実に話題に上がる」

 

 確信のこもった言葉であった。まさか追われている状況でそんなことを、とデュースは思うがすぐに思い直す。既にいくつもニュースになっているのだ。エースの言うことはきっと正しい。

 

「その上で主に非加盟国を中心に回って欲しい」

「非加盟国?」

 

 首を傾げるのはオーズだ。エースは頷く。

 

「あいつらは追われてる状況だ。加盟国には手配書が回ってる上に海軍含めて正規の軍隊がいる可能性が高い。そうなりゃどうしても加盟国には行き辛い……はずだ」

「なんだよ、自信がなさそうだな?」

「常識で考えりゃそうなんだが、あいつらの場合常識で考えてもいいのかがわからねェ」

 

 腕を組んで頭を傾けるエース。なんというか、“兄”として苦労したのであろうことを少しだけ察した。

 

「まあおれたちが堂々と加盟国に入るのも難しいだろう」

 

 イゾウが頷く。その彼に対し、ただ、とエースは言葉を紡いだ。

 

「おれとデュースは別行動する」

「おれも?」

「ああ。……さっきも言っただろ。あいつらは目立つ。だったらこの辺りで一番人の出入りがある場所に行くべきだ」

 

 人の出入りがある場所と言われ、デュースの脳裏に一つの都市の名が浮かぶ。それを察したエースが言葉を続けた。

 

「あそこは加盟国側だ。“司法の島”にも近い以上、大勢で行くべきじゃねェ」

「よくわがらねェけど、エースぐんは離れるんだな?」

 

 オーズが首を傾げた。そんな彼に対し、エースは頷く。

 

「オーズたちの方で見つけたらおれの名前を出してくれ。そうすりゃ話くらいはできるはずだ。電伝虫を繋いでくれてもいい。おれとデュースは──」

 

 そして、エースはその島の名を口にした。

 大きく運命が動くことになる、その島の名を。

 

「──ウォーターセブンへ行く」

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 反政府組織たる“革命軍”の船にはマークがない。彼らの象徴であり主張が翻る場所は基本的に陸上なのだから、海で掲げる必要はないのである。

 故に外見からは“革命軍”の船であることはわかり辛い。エースたちが最初気付かなかったように、傍目からは商船団から逸れた船と思われることの方が多いくらいだ。

 そんな船の医務室に彼──サボはいた。まるで自らを責め苛むような頭痛はようやく治まり、どうにか本調子に近付いてきている。

 彼は仲間であるコアラからハックが行った対談の顛末についての報告を受けていた。話を全て聞き終えた彼は真剣な表情で頷く。

 

「急いだ方がいいな」

 

 元より時間をかけるつもりなどなかったが、急ぐ理由が増えた。そんな彼の様子にベッドの横に座っていたコアラが首を傾げる。

 

「ええと……?」

「不戦と不干渉。“白ひげ”は海賊ではあるが義理堅い。こっちが邪魔しない限りは何もして来ねェだろうが、そもそもそれは無理な話だ」

 

 ベッドから降り、立ち上がる。コアラがそんなサボを制止しようと手を伸ばした。

 

「ダメだよサボくん。寝てなきゃ」

「十分休んだよ。……それに、ここからが正念場だ」

 

 まるで自分に言い聞かせるようにサボは呟く。

 そう、口頭とはいえ約束はした。そして約束した以上それを違えることはないだろう。だが“火拳のエース”はこうも言っていたという。

 

“邪魔をしねェなら、って条件付きだが”

 

 そしてそれは不可能だ。お互いの目的が同じであり、そして協力体制を築けない以上どこかで必ずぶつかることになる。そしてそれは間違いなく『邪魔』と呼ばれるものであるだろう。

 正直“白ひげ”とぶつかることは避けたい。だがこの状況において安全策など取っていられないのも事実だ。“革命軍”の立場と思想上、あの二人を保護できないのは痛い。

 

(まだ近くにいるはずだ)

 

 本来合流するはずだった島に“白ひげ”の一派が上陸している以上、あの二人はもうこの島にはいないだろう。だが遠くにも行っていないはずだ。

 厄介なのはこの辺りは島も国も多く、そして国についても加盟国と非加盟国が入り乱れているということだ。行動を絞るのは難しい。

 ならばやるべきことは一つ。

 

「コアラ」

「何、サボくん?」

「ハックたちを呼んでくれ。今後の方針について話をする」

「……はーい」

 

 どことなく不満そうなコアラはそのまま部屋を出て行く。そんな彼女に首を傾げながら、サボは思考を巡らせ始める。

 絞れない以上数で探すしかない。とはいえ二人の行動原理は読めない。あの二人の人格についてサボたちが知らない以上、その行動について読めるはずもないのだから仕方がないのだが。

 

「とりあえずいくつかに分かれて潜入するしかねェな」

 

 この近辺の地図を思い浮かべながらサボは思考を巡らせる。この辺りはとある島の影響もあって島同士の交流が盛んだ。そうなると人の出入りも多くなるし、人の出入りが多くなれば紛れることもできる。

 きっとあの二人もそれを考えるだろう。そしてこの辺りにおいて人の流れの中心となっている島は。

 

「……ウォーターセブン」

 

 世界最大の造船都市。“水の都”ウォーターセブン。その造船技術については“革命軍”も世話になっているほどだ。

 多くの人が常に出入りするあの島ならば、相応の情報も集まるはず。あの二人についても目撃情報を得られるかもしれない。

 

「──よし」

 

 方針は決まった。ならば後は動くだけ。

 小さな頭痛を抱えながら、“革命軍”のNo.2は歩き出す。

 

 偉大なる航路にあるその島に、数多の強者が集い始める。

 示し合わせたわけではない。まるで導かれるように集う様を、きっと人はこう呼ぶのだ。

 ──運命、と。

 

 

 








というわけでウォーターセブン編開幕。
開幕と言いながら四話くらいはプロローグという名の参戦メンバー紹介になると思います。
原作とは大分違う流れになると思いますが、楽しんでもらえたら幸いです。

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