逃亡海兵のルフィとウタ 短編集   作:Nines star

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逃亡海兵Water Seven⑥

 

 

 

第二話 ウォーターセブン

 

 

 陽が登り始めて少し経つ頃になると、大広間に寝転がっていた者たちが少しずつ起き始めた。その気配を察知したルフィもまた目を開ける。

 眠れた時間は……二時間くらいだろうか。眠りの中でも常に周囲へ気を張っているのもあり、少し頭が重い。

 

「おー……朝かー……」

「頭痛ェ……呑み過ぎた……」

「海飛び込んで来い」

「溺れちまうよ」

 

 のそのそと起き上がるフランキー一家たち。その声に反応したのか、ウタもまた目を覚ました。ゆっくりと目を開けた彼女は、何かを確かめるように毛布の下でずっとルフィの手を握っていた手に力を込める。

 

「おはよう、ウタ」

「うん。おはよう」

 

 ウタの言葉の中に深い安堵を感じた。立てるか、というルフィの問いに対しウタも頷く。

 先にルフィが立ち上がり、繋いでいた右手でウタを引き上げる。

 

「ありがとう」

 

 小さく礼を言うウタ。そして彼女は動き出しているフランキー一家を眺めると、呟くように言葉を紡いだ。

 

「少し意外かも」

「何がだ?」

「もっと適当なのかなって」

 

 棟梁を名乗るフランキーを筆頭に彼らは全体的に粗雑である。それこそ海軍という規律が全ての組織にいたウタからすると随分と緩いように思えたのだ。

 事実、朝起きてからの動きは決して褒められたものではない。全体的にぼんやりしているし、効率も悪そうだ。しかし不思議なのはそんな雰囲気でも根本部分に芯があるのを感じること。

 口で何を言おうが、行動がどうであろうが。この『フランキー一家』というのは決して無秩序ではないのだ。

 ぼんやりと彼らの朝の支度を眺める二人。その最中で。

 

「……あいつら、元気にしてるかな」

 

 思わず、といった調子でルフィが呟いた。『あいつら』が誰であるかなど確認の必要もない。二人の部下であり、大切な仲間であった者たちのことだ。

 そのうちの一人とは偶然から再会し、簡単に話を聞くことはできた。彼によると全員が海軍に残ることを選択したのだという。ただバラバラの部隊に飛ばされることになり、その後のことは伝え聞く程度にしかわからないのだと言っていた。

 ──ただ一人、二人の副官であった人物を除いて。

 

「…………」

 

 何かを言いかけたウタはしかし、唇を引き結ぶ。彼らを──仲間をそんな状況へ追い込んだのは自分なのだと己を責めているのだ。

 言葉にしなくてもそれくらいのことはわかる。わかるからこそ、ルフィはウタの頭に片手を乗せた。

 

「大丈夫だ」

 

 それは誰に向けた言葉であるのか、彼自身もわかっていない。ただそう言わなければならないと思ったのだ。

 暗く、重い空気が二人の間で形成される。どこまでも落ちていくような感覚は、しかし。

 

 

 ────────!!

 

 

 突如鳴り響いた軽快な音楽によって吹き飛ばされた。思わず眉を顰めるルフィとウタ。それとは対照的にフランキー一家が弾かれるように一方向へと視線を向ける。

 つい先程まで気怠そうな雰囲気を纏っていたくせに、一瞬でその意識が切り替わっている。

 

「ヘイ、野郎ども。おれの名を呼んだのか?」

 

 何かがいた。いつの間に用意したのか白い幕が垂らされており、その向こうで軽快にリズムを刻む影がある。

 

「うおー! アニキー!」

「待ってましたー!」

「おはようございますアニキー!」

 

 一気にテンションを上げていくフランキー一家と、完全に置いて行かれているルフィとウタ。とてつもない温度差があった。

 

「この島一のスーパーな男!」

「ウォーターセブンの裏の顔!」

「誰より頼れる最強の男!」

 

 合いの手なのか何なのか。フランキー一家から声が上がる。

 

「アウ! そうだおれは人呼んで! ワァオ!」

 

 音を立て、白い幕が取り払われる。何を見せられているんだろう、と二人の心がシンクロした。

 

 

「フランキー!!」

 

 

 両腕を高く上げ、体を斜めに傾けた謎のポーズを決めるフランキー。朝イチから見せられるにはあまりにも濃いパフォーマンスであった。

 フランキー一家から歓声が上がる。それを見て満足したのか、よう、とフランキーが二人の方へ歩み寄りながら言葉を紡いだ。

 

「昨日は眠れたか?」

「ああ、まァ」

「煮え切らねェなァ。それじゃァ今日の大勝負には勝てねェぞ?」

 

 いきなりあんなもん見せられたら当たり前である。いや眠気は飛んだが。

 

「大勝負って?」

「ああ、言ってなかったか?」

「はいアニキ、お茶だわいな」

 

 そうして話し始めようとしたフランキーに横から湯呑みを差し出したのは、モズという女性であった。

 

「どうぞだわいな」

 

 続き、キウイという女性がルフィとウタの二人へと湯呑みを渡してくる。彼女たちは“スクエアシスターズ”というらしく、このフランキー一家において唯一の女性だ。

 

「ありがとう」

 

 二人で礼を言いながら受け取る。フランキーも受け取ると、彼は近くのソファーに腰掛けながら改めて言葉を紡ぎ始めた。

 

「おお、助かる。いやな、おれは……熱ッああッ!?」

 

 慎重に湯呑みに口を近付けていたフランキーであったが、やはり熱かったらしい。叫び声と共に彼はソファーごとひっくり返る。やたらと大きな音も一緒だ。

 

「いや落ち着けよ」

 

 思わずツッコミを入れるルフィ。フランキーは起き上がりながらいやいや、と首を振った。

 

「噂で聞いてたのとは随分違うなァお兄ちゃん。もっと豪快で騒がしい奴だって話だったが」

「…………」

「別に責めてるわけじゃねェ。噂ってのは当てにならねェもんだと思っただけだ」

 

 肩を竦めるフランキー。そして彼は特に気にした風もなく言葉を続ける。

 

「おめェらは有名人だからなァ。色々と話は聞いてる。海軍の歴史上有数の問題児だとか、関われば必要以上に事が大きくなるとかな」

 

 有数であって唯一ではない辺りに含みを感じる。ついでに言うなら二人にはその枠に入る人物の顔が浮かんでいた。間違いなくルフィの祖父はそこへ該当する。

 思わず二人の脳裏に過去のトラウマ修行の光景が浮かび、少し身震いした。そこへ別の声が届く。

 

「おれたちも似たようなもんじゃねェか?」

「まあ好かれてはねェよな」

「間違いねェな」

 

 フランキー一家が笑い声を上げる。薄々感じてはいたが、どうもこのフランキー一家というのは真っ当に商売をしている集団というわけではないらしい。犯罪者というわけでもないところを見ると、所謂アウトロー、或いは不良とでもいうべきなのだろうか。

 

「まあうちもお行儀のいい集団じゃねェ。……話を戻すが、今の時代に金を稼ぐ手段は色々ある」

「色々?」

 

 思わず問うのはウタだ。難しい話じゃねェ、とフランキーは片手を上げる。その側に来たのはキウイであった。彼女の手にはアタッシュケースがある。

 

「賞金稼ぎってのもおれたちの生業の一つでな。この街に来た無法者どもを捕まえて海軍から賞金を貰うのさ。その後そいつらの乗ってきた船を解体してその資材を売り捌く。そうすりゃ一石二鳥だ」

「へェ……」

 

 素直にルフィが感心する。狙われた方からすれば性質の悪い話であるが、非常に理に適っている方法だ。

 だが、ルフィとは違ってウタはフランキーの言葉を聞いて警戒心を抱いた。一歩足を引き、ルフィの側へと身を寄せる。そんな彼女を見て、ああ、とフランキーが言葉を紡いだ。

 

「安心しなお姉ちゃん。おめェらは恩人だ。手を出すつもりはねェよ」

「そっか」

 

 安心した、とフランキーの言葉を聞いて言うのはルフィだ。

 

「今更戦いたくなんてねェからな」

 

 その時の彼の姿を、フランキー一家の者たちは決して忘れないだろう。

 酷く平坦な言葉であり、感情も込めれていない声であった。何なら口元には笑みすら浮かんでおり、一見すれば冗談の類のように思えただろう。

だが、この場の全員がそれを冗談とは受け取れなかった。

 ──この人は、やる。

 敵対の意思を見せた瞬間、きっと何の躊躇もなく“英雄”と謳われたその力が周囲の全てを飲み込むだろう。そう思わせるだけの圧が彼にはあった。

 

「────」

 

 フランキー一家は息を呑み、沈黙している。先程までの明るい雰囲気が嘘のようであった。

 

「ウハハ、そりゃお互い様だ」

 

 だが、一人だけ。この場において彼を正面から見据える男がいる。フランキーだけは動じた様子もなく、冗談に対して冗談で返していた。

 空気が和らいでいく。そんな中、フランキーが立ち上がりながらキウイの手にあるスーツケースを受け取った。

 

「この中にはその懸賞金が入ってるんだが、これじゃ足りなくてなァ」

「何か欲しいものでもあんのか?」

「おうよ。だから今からこの金を増やす」

 

 笑みを浮かべ、フランキーがアタッシュケースを軽く叩く。ルフィとウタがほぼ同時に首を傾げた。どうやって増やすつもりなのだろうか。

 

「そりゃおめェ、一攫千金っつったら手段は一つ」

 

 対し、フランキーは笑みを崩さず言葉を続ける。

 

「──ギャンブルだ」

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 船というものは現代において非常に重要な存在であると言える。一度に運べる量は物資も人も多く、非常に効率的。島と島を繋ぐ上でこれ以上の手段を人は想像できないだろう。

 だが今は大海賊時代。ただでさえ危険な偉大なる航路に海賊という無法者が蔓延る時代だ。故に船は一隻のみで航行することはほとんどなく、複数の 船による船団を形成する事が基本となる。それは防衛という観点においては間違いなく良い手段であるのだが、一つ弱点があった。

 ──島への入港時の混乱である。

 

「手早く済ませろ! まずは荷物を下ろすことを最優先だ!」

「入港前に確認した分だけをまず降ろせ! ぐずぐずしてると日が暮れるぞ!」

「倉庫が埋まってる!? 他のとこはねェのか!?」

「時間が押してるんだ! 立ち止まってるんじゃねェ!」

「テメェ邪魔だ! さっさと次行け!」

「喧嘩は後にしろ! 邪魔するんならおれがまとめて海に沈めてやるぞ!」

 

 野太い怒号のような声が響き渡っている。だがそれは言葉の中身ほどに険悪な雰囲気というわけではないのが面白い。口は悪いが悪感情はないからだろう。

 理想論を語るのであれば、冷静に穏やかに物事を進めることができるのならば最上ではある。だが現実の問題としてそれは難しい。だからこその現状だ。

 

「すごーい!」

「クオッ!」

 

 屈強な男たちが怒号と共に荷物を下ろし、そしてその隙間で交渉をする者がいる。港へ商船団が入港するというのはいつだって戦争のような光景を見せるものだ。ある意味恒例行事とも呼べるそれは海に関わる者であれば見慣れたものであるのだが、この場にいる少女──にとってはそうではない。彼女にとっての世界は故郷の島とマリンフォードだけなのだ。見るもの全てが発見であり新鮮なのである。

 その隣にいる大きな鳥──ビリーも興味深そうにその光景を見つめている。人よりも猛獣の方が多い島にいた彼にとって、これほどまでに人が集まる光景は珍しいのかもしれなかった。

 

「相変わらず船の入港というのは一種の祭りだな」

 

 腕を組み、そんなことを言うのはイスカである。赤毛の女海兵にとってこれは見慣れた光景であった。海兵として多くの国を訪れた彼女にとって、港の喧騒とそこで起こるトラブルというのはある種の日常である。

 

「けれど、やっぱりちゃんと統率が取れていますね。大きなトラブルもなさそうです」

 

 そしてこちらも同じく見慣れた光景に対して言葉を溢すのはオリンだ。そう、出てくる言葉こそ荒っぽいがトラブルらしいトラブルがない。船団といっても複数の商会が集まって形成されている以上、所属する組織が違う。そして組織が違えば方針も違うし手段も変わる。事前にいくら打ち合わせをしようとそういった部分からぶつかることは多いのだ。

 だが現状、衝突らしい衝突は起こっていないようであった。これは事前の準備が良かったというのもあるだろうが、それ以上に差配しているトップの手腕による部分が大きいだろう。

 

「結構若そうに見えたんですけど、やっぱり商会の長をやるだけはあるんでしょうね」

「元海兵と聞いたが、その部分もあるのだろうか」

「どうなんでしょう?」

 

 オリンとイスカが思い浮かべているのは隻腕の女商人だ。纏う雰囲気に圧があるせいでわかりにくいが、そこまで年齢を重ねているようにも見えなかった。それがここまで見事に船団の入港を取り仕切っているというのも凄まじい話である。

 

「ねー! あの大きいの何かな!?」

 

 そんな二人に対し、シャオが一方向を示しながら声を上げた。そちらを見ると、数人がかかりで大きな木箱をいくつも運んでいる光景が目に入る。

 

「確かに大きいな」

「何でしょうか?」

 

 二人してシャオと共に首を傾げる。次々と運び出されたそれらはとある一角へ続々と運び込まれているのだが、その一角では複数の商人たちが資料を手に何やら話し込んでいる。どうやらかなり重要なものであるようだが。

 

「──あれは香辛料さ」

 

 ふと、そんな声が届いた。振り返ると、そこには煙管を咥えた隻腕の女商人がいる。彼女は一度煙を吐き出すと、シャオの方へと視線を向ける。

 

「船旅はどうだった、お嬢ちゃん?」

「楽しかった!」

「クオッ!」

 

 満面の笑顔で応じるシャオと、続くように声を上げるビリー。そうかい、と女商人も笑った。

 

「そう言って貰えるならアタシたちも嬉しいよ。次も是非うちの船に乗って欲しいね」

「いいの?」

「勿論さ。その時はそこの保護者さんも一緒に、ちゃんとした手順を踏んで乗るといい」

 

 微笑と共にそう言うと、女商人は一度シャオの頭を軽く撫でた。その瞳に何かを懐かしむような感情が浮かぶが、それに気付ける者は誰もいない。

 

「世界ってのは広いんだ。お嬢ちゃんが驚くような光景はいくらでもある」

「本当?」

「勿論さ。……お嬢ちゃんはまだ若い。これからもっと多くのことを見て、学ぶことができる。それはお嬢ちゃんのような子供の特権だよ」

 

 そして女商人がふと空を見上げた。未だ太陽は天上に向かって昇りつつある時間だというのに、随分と日差しが強い。

 

「今日は日差しが強そうだね。お嬢ちゃんは帽子をした方が良いんじゃないかい? 安くしておくよ」

 

 気遣い半分、商売半分。実に商人らしい言葉であった。オリンもまた空を見上げる。雲一つない青空だ。確かにこの感じだと日中は強い日差しに晒されそうであり、帽子の一つでもあった方がいいかもしれない。

 

「確かにあった方がいいかもしれないな。日差しというのは馬鹿にできない」

 

 イスカも同意する。海兵である二人にとっては日差しなど慣れたものであるのだが、シャオはまだ子供である。気を付けておいて損はない。

 

「帽子なら持ってるよ。えっとね──」

 

 だが、オリンたちが次の言葉を発する前にシャオがそんなことを口にした。そのまま彼女が下げている小さな鞄を漁り始める。

 

「──これ!」

 

 そして彼女はその帽子を取り出した。それはイスカやオリン、そして元海兵である女商人には見慣れたもの──海兵帽であった。

 

「……余計なお世話だったようだね」

 

 小さな笑みと共に言う女商人。ありがとうございます、と言ったのはオリンだ。

 

「色々とご迷惑を」

「構わないさ。そう思うなら周囲に宣伝しておいてくれればいい。ウチの商会をね」

「はい。勿論です」

「……生真面目だねェ」

 

 器用に煙で作った輪っかを吐き出しながら言う女商人。そのまま彼女はそうそう、と思い出したように言葉を紡いだ。

 

「アタシたちは積荷を下ろしたら明日にでも“エニエス・ロビー”に向かうよ」

「早いな」

 

 驚いた様子で言うのはイスカだ。通常、交易のことを考えるなら一週間くらいは停泊するものだと思うのだが、荷物を下ろしてすぐ出発とは碌な商談もできないだろうに。

 それは承知の上なのだろう。女商人は肩を竦める。

 

「忙しい身なのもあるけど、それ以上に時期がね。……“アクア・ラグナ”って知ってるかい?」

「“アクア・ラグナ”?」

 

 帽子を被りながら首を傾げたのはシャオだ。女商人は頷き、言葉を続ける。

 

「毎年この周辺で起こる高潮さ。街一つ飲み込むほどの規模だからねェ……船なんてひとたまりもない。それが来る前に“エニエス・ロビー”に移動して、過ぎ去り次第戻ってくる。本格的な商談はその時だ。あの荷物の中には“アクア・ラグナ”を見越した物資も積んであるからね。何がどれだけ必要なのか、ことが起こってからの方がわかりやすい」

 

 高潮、とシャオが呟く。彼女にはイマイチ想像ができていないのだろう。だがイスカやオリンには何となくわかる。街一つ飲み込むほどの高潮──それはもう災害と呼べるものだろう。そんなものが定期的に来るとは、見た目ではわからない悩みを抱えているようである。

 

「この島で役目を終えたその後はどうするつもりだい? 乗る気があるなら部屋は空けておくよ」

「ええと……ここでの任務の結果次第なところがありまして」

「そうかい。まあ、乗る気があるならいつでも言いな」

 

 そう言うと、女商人は背を向けて歩き出した。そしてすぐに彼女の手が空くのを待っていたらしいウォーターセブンの商人たちに囲まれてしまう。やはり一商会のトップともなれば忙しいのだろう。

 ──“水の都”ウォーターセブン。

 美しく、荘厳とも言える産業都市。だがそれは裏を返せば水害の危険を常に抱えている。高潮はこの地域特有のものであるのだろうが、だからこそのリスクでもあるのだろう。

 

「ありがとうお姉さん!」

「クオッ!」

 

 そして女商人へと手を振るシャオとビリー。それに対し、女商人も片手を上げて応じた。強制的に降ろされてもおかしくなかったシャオとビリーを船に乗せてくれた上、なんだかんだと気にしてくれていた人物である。シャオもかなり懐いていた。

 女商人はこちらを見ていないが、イスカとオリンもその背中に向かって軽く頭を下げる。そうしてから背後に広がる都市の方へと視線を向けた。

 

「とりあえず一番ドックを目指しましょう。連絡は本部からされているはずなんですが、到着については時間が不明確だったのもあるので」

 

 ウォーターセブンの地図を取り出しながらオリンが言う。彼女たちが特使として訪れることについては連絡が入っているはずだが、船旅である以上正確な時間は不明確だ。大体の日時は予測できても正確な時間の設定は難しい。故にこういう場合は細かな時間を到着してから決めることが基本となる。

 実際、当初の予定よりも到着が数日遅れている。偉大なる航路というのはどれだけ綿密な計画を立てようとそれを嘲笑うようなことが起こる海だ。それ故、時間というものには余裕を持つことが求められる。

 

「一番ドックとなると……ヤガラブルを使う方がいいな。『貸しブル屋』を探そう」

「ヤガラブル?」

 

 地図を覗き込みながら言うイスカに対し、シャオが首を傾げる。三人と一羽は歩き出しながら、イスカがシャオへと言葉を紡ぐ。

 

「この辺りには“ヤガラ”という頭を出して泳ぐ魚がいるんだ。“水の都”というだけあってこの島は水路が多い。そこを移動するための手段として用いられている。……ああ、丁度あそこを泳いでいるのがそれだ」

 

 言いつつ、イスカが一方向を指し示す。そこでは港で降ろされた荷物を背負って水の上を往く馬のような姿をした魚がいくつもいた。その背には彼らを操る乗り手もおり、頻繁に行き交っている。

 

「すごーい! お魚さんの船だ!」

「クオッ」

「詳しいですね」

 

 三者三様の反応である。イスカが頷きながら言葉を紡いだ。

 

「何度かここへは来たことがある。それこそゼファー先生の訓練でも立ち寄ったぞ」

「長期航海訓練ですか」

「オリンはここへは?」

「機会はあったんですが、色々あって結局」

「成程」

 

 頷くイスカ。そのまま彼女たちが歩いていくと、『貸しブル屋』の看板を掲げた店に辿り着いた。どうやらこの都市の構造上、道路を歩くと『貸しブル屋』に辿り着くようになっているらしい。

 上手くできたシステムだと、そんなことを大人二人が思ったところで。

 

「ヤガラください!」

「クオッ!」

 

 何の躊躇もなく突撃していく一人と一羽。慌ててイスカとオリンがそれを追いかけていく。

 二人の海兵と一人の少女、そして一羽の鳥。

 ある種奇妙な組み合わせが、“水の都”へと足を踏み入れる。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「今日はお客さんが多いね。二人かい?」

 

 訪れた客に対し、『貸しブル屋』の店長がそう声をかける。現れたのはローブを目深に被った二人組の男であった。

 

「ああ、頼む」

 

 片方の男が頭にかかったローブを外し、金を出す。目元の部分を黒いマスクで隠した男であった。

 どこかで見たような──そんな感覚を覚えながら店長は金を受け取った。そのままブルに背負わせるための小舟を用意する。

 

「ウォーターセブンは初めてかい?」

「いや、一度来たことがある」

「なら勝手はわかるか。さてどいつがいいか」

 

 生簀の方を見る店長。二人の男のうち、ローブを目深に被った男がそちらへと近付いた。瞬間。

 

「ニー!」

 

 一匹のブルがその男の顔を舐め上げた。それによってローブが外れる。現れたのは年若い、そばかすのある青年の顔だ。

 

「うお、こいつ」

「ははは、気に入られたな。そいつにしよう」

 

 顔を拭い、ローブを被り直す青年に対して笑いかける店長。マスクの男も笑っていた。

 準備を終え、“ヤガラブル”に乗り込む二人。その二人に対して店長が手を振る。

 

「行ってらっしゃい」

「ああ、ありがとう」

 

 そのまま二人は店長に礼を言うと街の方へと出ていった。

 頷きと共に二人を送り出す店長。だが少し、あの二人について引っかかる部分が彼にはあった。

 

「どこかで見た気がするんだがなァ……?」

 

 だが、あのような二人は知り合いにいないはずだ。ならばどこで見たのだろうか。

 気のせいだろうか、と思いながら再び椅子に座ると店長は読みかけていた新聞を手に取った。しかし読み始める前に次の客が現れる。

 

「あのー」

「はいよ、いらっしゃい」

 

 大きな船が着いたということや、海列車で行ける島で大きな祭が行われていることもあって次々と客が来る。故に店長の頭から先ほどの客のことはひとまず消えてしまった。

 

 それは平和な光景だ。いつも通りの、何もおかしなことのない光景。

 巨大な高潮たる“アクア・ラグナ”は脅威であるが、彼らにとっては慣れたもの。畏れはするし警戒もするが、必要以上の感情を抱くことはない。

 だが、そんな日常の中で確実に。

 ──非日常の足音が、迫っていた。

 

 

 

 

 












まだまだ事件は起こらず、ある意味穏やかな光景。その一方で他人に根本的な部分で気を許すことができていない二人の姿が垣間見えます。
役者は揃いつつありますが、はてさてどうなることやらです。
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