逃亡海兵のルフィとウタ 短編集   作:Nines star

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逃亡海兵Water Seven⑪

 

第五話 胸の内に、宿る熱

 

 

 

「一つだけ言っておくが、あくまであれはうちの社長の言葉だ」

 

 電伝虫での通話を終えた二人に対し、立ち上がりながら男は言った。彼は床に落ちた電伝虫を拾い上げ、言葉を紡ぐ。

 

「全てを見通せる人間などこの世に存在しない以上、あくまで社長は社長の見えているものでしか話ができない。それは誰であっても同じだ」

 

 どこか呆れたような口調言い切る男。そのまま彼は二人の方へと分厚い封筒を差し出した。押し付けるようにしてウタへと手渡す。

 

「取材料だ」

「え、でも……」

「受け取っておけ。金に罪はない上に、お前たちには必要なものだ。手段を選べる状況ではないのに選ぼうとすれば、待っているのは破滅だぞ」

 

 ルフィとウタは一度顔を見合わせる。受け取りたくはないが、お金が必要なのも事実だ。買い物一つするにも苦労がある今の状況、そもそも買い物をするための金を稼ぐ手段さえもないという現実。差し出された金に魅力を感じるのも事実だ。

 手段を選べる状況ではないだろう──暗に目の前の男はそう言っていた。だがウタの手の中にあるそれを手に取り、男の方へと差し出す。

 

「いらねェ」

「……強情だな」

 

 ふう、と小さく息を吐く男。ルフィが突き出した封筒を受け取り、彼は言葉を紡ぐ。

 

「意地を張るのも結構だが、自分の立場は理解しているのか?」

「…………」

 

 返答は無言であった。男はもう一度息を吐き、扉の方を指し示す。

 

「ではお別れだ。お互いに生きているのであれば、どこかでまた会うかもしれないが」

「おれたちが死ぬってことか?」

「どちらもだ。この時代、明日が絶対に来るという保証などない。お前たちはそれを知っているだろう?」

 

 海兵として最前線で戦い続けてきたのがルフィとウタという存在だ。その二人は確かに実感として今の時代の過酷さを知っている。

 海賊を筆頭とした無法者たちだけではない。自然災害や戦争、病など人間にとっての脅威はこの世界に溢れている。その全てから逃れられる保証など誰にもできるものではない。

 

「まあ、可能性だけの話をしても意味はない。次があるなら今度は正当な形での話をさせて欲しいところだ」

「……遠慮したい、けど」

 

 弱々しくも拒絶の言葉を告げるウタ。そんな彼女に対し、いいのか、と男は問う。

 

「今日は社長が好き勝手に論理をぶつけただけだ。お前たちは何の主張もしていないし、何の論理も示していないだろう? それでいいのか?」

「どういう意味だ」

「言葉通りの意味だ。譲れないものがあるからあの事件を引き起こし、そして今の立場にいる。そうではないのか、“麦わらのルフィ”?」

 

 記者というにはあまりにも冷たい目をした男。射抜くようなその瞳をルフィは正面から受け止める。

 

「おれはウタを守りてェだけだ」

 

 一歩前に踏み込んだルフィは、庇うようにウタをその体で覆い隠す。そんな光景をどこかつまらなさそうに見ている男は咥えた火の点いていない煙草を右手で持つと、その手をルフィへと突きつける。

 

「どうやって? 向かってくる全てを殴り飛ばすのか? あの事件で“天竜人”とその護衛を殴り飛ばしたように?」

 

 空気が変わる。

 向かい合う両者の間で、見えない火花が散っているかのようであった。

 

「その果てに何がある? 何を求める? 社長の言う“どうするつもり”とはそういう意味だ。お前たちはこの先の未来に何を望むんだ?」

 

 その問いに対する答えを、ルフィもウタも持ってはいなかった。当たり前だ。目の前の現実と向き合い、戦うことに必死で。それ以上のことを考えることなどできなかったのだから。

 だが世界とは常に容赦がない。個人の事情を推し量ってなどくれないし、問題というのは常に畳み掛けるようにしてやってくる。今までだってそうではあったのだ。ただ、二人が中心の出来事でありながら二人の下にその話が届かなかったというだけで。

 しかし今、二人は知ってしまった。今この世界で起きている現実について。自分たちが引き起こした事件がどれだけの影響を与えているのかについてを。

 

「どうする、って」

 

 ウタの口から溢れる言葉も弱々しい。彼女もルフィもその本質は誠実だ。故にこそ知ってしまった現実に対してこうも悩んでしまう。

 いっそのこと、知ったことかと叫べたならば。

 関係ないと、知らないと。お前たちが勝手にやったことだろうと。

 そんな風に叫べたら、もっとずっと楽だったのかもしれない。

 

「どうしたらいい」

 

 だがそれは仮定とすることさえ無意味なことだ。もしそれができるのであれば、そもそも彼らは“英雄”などとは呼ばれていない。

 か弱き人々の声を聞き、その盾となり、矛となり。或いは隣人として、友として。

 誰かを“想う”ことができるからこそ、人は彼らを“英雄”と呼んだのだから。

 

「知ったことか」

 

 世間では“麦わらのルフィ”とも呼ばれる男に対し、その男は──記者を名乗る男は言う。

 

「“麦わらのルフィ”。お前はあの日、拳を振るったことを後悔しているか?」

「するわけねェだろ」

 

 即答であった。それは絶対に変わらない真理である。モンキー・D・ルフィはあの日、拳を振るったことを後悔していない。今後もすることはないだろう。

 その答えには迷いがなかった。ならば、と男は言う。

 

「それが答えのではないのか?」

 

 あの日、拳を振るったことが全ての始まりだ。それはもう覆しようがないことである。

 その始まりから多くのことが起こり、そして今に至る。だがその始まりについて後悔がないのであれば、結局は同じなのだ。

 

「もしも同じことが起こった時、お前はどうする? やり方を変えるか?」

「変えねェよ」

 

 小さく、男が笑った。

 

「ならば他人に何かを言えるようなことではない」

 

 その言葉にはどこか穏やかな感情が込められているようにルフィは感じた。

 早く行け、と扉を示す男。ルフィとウタは一度顔を見合わせると、そのまま部屋を出て行こうとする。その背中に。

 

「ああ、一つ。これは個人的な感想だが」

 

 こちらに背を向けたまま、男が告げた。

 

「“天竜人”は私も嫌いだ」

 

 それがどういう意味を込めての言葉であったのか。

 ルフィもウタも、わからなかった。

 

 

 

 

 

…………。

……………………。

………………………………。

 

 

 

 

 

 無言のまま、その男はホテルの中を歩いていた。周囲にさりげなく視線を送り、誰も見ていないのを確認する。

 階段を登り、変わらず周囲の確認を怠らず。それでいて傍目からは違和感のないように。

 明らかに素人の動きではなかった。だがそれを指摘できる者はこの場にはいない。故に彼は当たり前のようにその部屋の前へと辿り着く。

 

「…………」

 

 ドアノブに手をかけた瞬間、男の眉が僅かに寄った。だが何も言わぬまま、男はその扉を開けて中へと入る。

 直後、よく通る声がその室内に響いた。

 

「無事のご帰還で何よりだな、共犯者!」

 

 そこにいたのは文字通りの鳥人間である。コーヒーの香りと湯気を発するカップを片手に部屋の奥にある椅子に座り込んでいた。

 彼の名はモルガンズ。“新聞王”とまで謳われる、世界最大の新聞紙社“世界経済新聞社”の社長だ。

 

「お疲れ様です」

 

 そしてその社長の隣には年若い青年と少年の間とでもいうべき若さの男がいる。ここへ来る時、新人の記者だとモルガンズから紹介された人物だ。

 

「ああ。……どこかのジャーナリストが煽らなければ、命の危機を感じるようなことにはならなかったはずだが」

 

 その記者に対して頷きを返すと、男はモルガンズの方へと視線を向けた。しかし射抜くような彼の視線に対し、特に堪えた様子もなくモルガンズは肩を竦める。

 

「怒りってのはそいつの本性だ。何に対して怒るのかを把握するのは記者として必須の技能だぜ?」

「ならせめて自分で目の前に立ってくれ」

「クワハハハ! 殺されちまうだろ!」

 

 自覚あったのかよ、という顔をする男。モルガンズは笑みを浮かべたまま、それで、と言葉を続ける。

 

「取材料は受け取って貰えたか?」

「拒否された」

 

 懐から封筒を取り出し、モルガンズへと投げ渡す。それを受け取ると、ふーむ、とモルガンズはその封筒を弄びながら嘆息を漏らした。

 

「なら記事にはできねェなァ。まァ、元よりするつもりもなかったが」

「え、でも記事にするなんて一言も……」

「取材料を受け取った以上は記事にすることを了承したのと同義だ。この金が何の金かを説明した以上、それを受け取った瞬間に契約は成立する」

 

 年若い記者の言葉に対し、モルガンズは当たり前のようにそう言い切った。一見筋が通っているように見えるのが実に厄介だ。

 まあ、この辺りは流石に言葉を生業にするだけのことはあるということだろう。

 

「詐欺師とでも名乗るべきではないのか?」

「何を言うか。おれはジャーナリストだぞ? 詐欺師ってのは必要な情報を隠して相手を騙すのが仕事だ。おれはむしろ情報を世界にばら撒いている。真逆の存在だろう?」

 

 年若い記者と男の視線がぶつかる。それだけで互いの考えていることがわかった。

 ──“どの口が”。

 とりあえず、この新人はある程度真っ当な感性を持っているのは喜ぶべきかと男は思う。

 

「社長の主義はどうでもいい」

 

 ただまあ、新人にさえそう思わせるモルガンズはある意味正直者なのかもしれない。これもまた、『ものは言いよう』である。

 話を切り替えるように言った男は、そのまま真っ直ぐにモルガンズを見つめる。

 

「聞きたいことがある」

「ほう、何だ? 答えられる範囲で答えてやろう」

「随分大袈裟な表現だったが、あそこまで煽る必要はあったのか?」

 

 これは男にとって純粋な疑問であった。モルガンズが話した内容に間違いはない。確かに世界の今の流れを作ったのはあの二人だ。しかしその表現は些か過大なものであったと男は感じている。

 

「最初に言ったはずだがなァ……『少々の私見が入るのは仕方ねェ』ってな」

「私見か」

「そう、私見だ。おれはどこぞの“神”とやらとは違って俯瞰的に全てが見えるわけじゃねェからなァ。見えねェ部分は私見という名の想像で補うしかねェのさ」

 

 肩を竦めるモルガンズ。わざわざ“神”という言葉をこの場で出す辺りに彼の性格が窺える。

 

「あの……私見、とは?」

 

 呆れたといった調子でため息を溢す男と、笑みを浮かべるモルガンズ。その二人に対して恐る恐るといった調子で手を挙げながらそう言葉を紡いだのは新人の記者であった。そんな彼の疑問を受け、モルガンズが男の方へと視線を送る。その目はどこか楽しそうだ。

 対し、男は一度目を閉じると言葉を紡ぎ始める。

 

「社長の言葉は大枠では間違っていない。あの二人が引き起こした事件が今の不安定な情勢を生み出したという見方はできるからだ。だが全てあの二人が原因であると断じるのはあまりにも無茶だろう」

「ほほう、あの二人を庇うような言い回しだな?」

「客観的な事実だ。確かにあの二人は背を押しただろう。事実、実際に民衆が立ち上がって国と衝突するという状況も少なくない」

 

 あの事件が起こってから決して長い時間が過ぎたわけではない。だが既にいくつかの国で男が言うような民衆による反乱が起き始めていた。

 ただ現時点では小規模なものばかりであり、それこそ“アラバスタ王国”で起こったような大規模な内乱とはなっていない。

 

「そうですよね? 先輩方も何人か現地入りしていると聞いていますし……」

「我が社の社員は勇気があって実に結構だ。誇らしいな!」

 

 クワハハハ、と笑うモルガンズ。まあ社長自身がこうして現地に姿を現すような新聞社だ。記者も割と大概な人間が多い。

 

「──早過ぎる」

 

 そしてそんなモルガンズを無視しつつ、男は言葉を紡いだ。

 

「突発的な暴動だというならわかる。それは感情の発露だ。だがそれは所詮暴動であり、正しく構築された国家秩序の前には容易く鎮圧されるものに過ぎない。だが、そうではないものが多過ぎる」

「ニトメニア公国、トゥーラント王国、ゼリス連合、ガリア共和国……すぐに思い浮かぶだけでもやけに大規模な衝突が起こってる場所が多いなァ。こりゃ暴動じゃねェ、反乱だ」

 

 鋭い視線と共にモルガンズが言う。こうしてすぐに名前がである辺りは流石であると言えるが、同時にこうも言える。

 

(やはり、わかった上で)

 

 モルガンズがあの二人に告げた情報には偽りはない。彼の言う私見の部分はあくまで憶測であるし、実際に起こっている動きについても嘘はないのだろう。

 だが全てを話したわけでもない。つまりはそういうことだ。

 

「え、えっと……」

「国家というのは必ず軍隊を筆頭とした戦力を有している。それは国家の秩序を守るためのものだ。基本的に外敵に向けてその暴力は発揮されるが、場合によっては国民に対しても行使される」

 

 その行使の仕方は国の政治体制にもよるのだが、結局のところ国家は究極まで突き詰めていけば個人の集合体だ。だが個人というのは全員が同じことを考えることができるわけではない。どうしたってその枠組みから外れる者が出てくる。

 所謂警察というのは一番わかりやすい国民に対する力を持つ組織だろう。犯罪者という国家が定めたルールという枠組みから外れた者を逮捕し、罰を与える。それは全て秩序を守るために行うものだ。

 

「個人でやる犯罪ってのはまあ、どこまで行こうが個人の範疇だ。だがそれが集団になると集団を形成するだけの大義が必要になる。それこそ賃上げ要求だとかな」

 

 経営者でもあるモルガンズにしてみればそれが一番身近なものだろう。だがそれならあくまで一時的なものであり、話し合いという席に立つ予定があっての行動だ。問題は反乱、或いは革命と呼ばれる行為である。

 

「そこらの人間一人が国に不平不満を漏らしたところで放っておけばいい。だがな、それが集団になると厄介だ。人間ってのは環境に影響されやすい。自分と同じ意見ばかりの奴らが大勢集まると、不思議と過激な方向へ進むのさ」

「デモや抗議活動程度ならまだある話だ。だがそこに武器を持ち出すと国も黙ってはいられない。それを許してしまうと続く人間が必ず現れるからだ」

 

 そうなればその国は内乱状態に陥ってしまう可能性が高くなる。事実、それを始まりとして国が滅ぶといったことは何度もあった。

 最近は裏で“革命軍”が手を引いている場合もあるというが、全てではないだろう。

 

「成程……でも、あの二人がその機運を作ったということなのでは?」

「あの二人の影響が全くないとは言わない。だが、既にできていた機運がある上で最後の一押しをしたのがあの二人であり、あの事件だというのが正しい見方だろう」

「……あ、早過ぎるっていうのはそういうことですか!?」

 

 年若い記者がそこに思い至ったらしい。年齢の割に思ったよりも頭が回る、と男は彼に対する評価を改める。

 

「あの二人の事件によって世界政府、或いは自国に対して不信感なり悪意なりを持ったにしては動きが早過ぎると! そういうことですね!」

「エクセレント! いや連れてきた甲斐があったな!」

 

 楽しそうに両手を打ち合わせるモルガンズ。鳥の姿だというのに、実に器用な仕草であった。

 

「社長が仰っていた場所ではその規模から考えて武装した反乱、或いは革命のための組織が動いていたはず……つまり、前から準備をしていたってことですね?」

「その通り。武器も人もいきなりある日突然生えるもんじゃねェ。反乱も革命もその始まりには綿密な計画と準備が必要なのさ」

 

 逆に言えばそれができていない場所で起こったものは所謂『暴動』と呼ばれるものであり、一時的なもので終わるだろう。計画性も事前準備もないため簡単に制圧されてしまうのだ。

 

「あれ? でも、それだとあの二人が背中を押したわけではないのではないですか? 関係なく準備をしていたんですよね?」

「だから最後の一押しなのさ。面白ェもんでなァ、反乱も革命も冷静かつ冷徹な頭脳で事前の計画を進めなきゃならねェ。しかしそれだけだと絶対に成功しねェ、なんて不思議な性質を持ってやがる」

 

 笑みと共に言うモルガンズに対し、年若い貴社の方はいまいち得心がいっていないようで首を傾げている。この辺りは若さ故か。

 

「反乱と革命に必要なのは熱と大義だ」

 

 男は一言で言い切る。その目で何度も見てきたものだ。……その末路についても。

 

「準備は整っていたんだろう。だが、最後に必要な熱と大義が足りなかった。そこであの事件だ。連中はこう叫ぶのだろう。──あの二人に続け、武器を取って戦うのだ」

 

 肩を竦めて言う男。その言葉はどことなく皮肉気だ。

 まるで、どこかで見たことがあるかのような。

 

「だから傍目から見れば背中を押したというのも間違ってはいない。だが、元々準備していた奴らがこれ幸いと大義に利用したことまで責任を問うのはあまりにも非合理だ」

「それもまた私見だろう?」

 

 ふふん、と鼻を鳴らして言うモルガンズ。彼を一瞥し、男は口に咥えた煙草を右手の指で挟む。

 

「とはいえ、影響を与えたのも事実だ。だがあの二人に影響を受けて初めて動き出すような奴は一部の暴動程度で終わる。そこから反乱や革命に繋がる可能性は限りなく低いだろう」

「そうなんですか? 時間をかけて準備して、ってなりそうですが」

「熱ってのは時間経過と共に消えちまうもんさ。あの二人を見て自分もと思ったところで、本気でやるなら待っているのは年単位の地道な準備期間だ。秘密裏に武器を揃え、賛同者を集め、それらの情報を秘匿する。浮ついた動機で始めたものなんざどこかで破綻するに決まってる。今まで何もしなかった奴らが熱に浮かされて動いたところで、熱が引いたらそのまま放り出すのがオチだ」

 

 地道な作業を続けるというのは想像以上に体力と気力を消耗する。それが反乱や革命ともなれば尚更だ。露見すれば処刑されるのは間違いないその行動を徹底的に最後までやり遂げる──それは、鋼の意志と絶対的な理由を必要とする一つの事業である。熱に浮かされた程度の人間にやれることではない。

 

「事実、暴動程度の国と大規模な武力衝突が起こった国を比べればその状態が大きく違う。前者はまあ、比較的裕福なのさ。左団扇とはいかねェだろうが、毎日飯を食える程度にはやっていける国がほとんどだ。衣食住──これが揃ってる国ってことだな。こういう国は多少の揉め事はあろうと決定的なことにはならねェ。腹が満ちてれば人間何とか耐えられるもんだからな。

 だが後者は違う。そこは最早、立ち上がらねェと死が見えてる状況だ。だからこそ耐える。立ち上がるその瞬間まで。そこには冷徹なまでの意志がある。だが、熱を殺して冷徹に準備をしただけでは立ち上がれねェ。立ち上がるための熱がねェからだ。冷徹に、冷静に準備したからこそその後に起こる事象について考えちまうのさ。ジレンマだなァ」

 

 これは古今東西変わらないことである。現状の打破のために立ち上がると言えば聞こえがいいが、それを完遂するには相応の準備が必要になる。そしてそれができるだけの冷静さがあるのであれば、その先に待つ現実を見てしまう。

 故にこそ“革命軍”という組織があるわけではあるが……まあ、それは別の話だ。

 

「そこに熱を与えたのがあの二人だということですか。だから背中を押した、と」

「正確には勝手に感化されて勝手に走り出しただけだ」

 

 呆れた口調の男。その彼の言葉に被せるように、だが、とモルガンズは言う。

 

「既に動き出しちまった連中は自分の大義で動いている。そいつらはもう止まらねェ。だがそこまで行き着けてねェ奴らは? あの熱を受けた奴らは本当に何もかもを諦めるのか?」

 

 モルガンズの雰囲気が変わった。そこにあったのは陽気な新聞社の社長ではなく、“新聞王”と呼ばれる裏社会にも名を轟かせる男の姿だ。

 

「奴らは待ってるのさ。だからおれは聞いたんだ。──どうするつもりだ、ってな」

 

 あの対話におけるこの男の意図が、ここでようやく二人にもわかった。話は単純なのだ。既に動き出した者たちについて興味がないわけではないだろう。だがそれよりももっと多い、潜在的なものについてモルガンズは注目しているのだ。

 革命を、反乱を起こすために立ち上がる──そこまでの熱を持てない者たち。あの二人を見て、熱を受けた者たちを。胸の奥に燻るものを持っている者たちこそをモルガンズは見ているのだ。

 

「世界政府が誕生して800年。どこもかしこも怨嗟の声に満ちてやがる。世界政府は一定の秩序を保ってきたが、同時に多くの恨みを買い過ぎた。だがあの巨大な組織に対し、何かをできる奴なんざいねェ。いや、いねェはずだった」

 

 現れたのさ、とモルガンズが語る。

 

「新たな可能性を見せてくれるかもしれねェ奴らが。この時代の先へ連れて行ってくれるかもしれねェ奴らが。ああ、そうだ。断言しよう」

 

 笑み。壮絶なまでの喜悦をその顔に貼り付けて。

 その男は、そう告げる。

 

 

「──あの二人の道行きで、世界は変わる!!」

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 今や世界中から注目を受ける立場になった二人。ルフィとウタ。本人たちはようやく世界の情勢について触れるに至ったが、どこまでを実感として感じているだろうか。

 その道行きは最早世界へと影響を与えるほどであるというのに、しかし、二人には未だ目指す未来が見えぬままだ。

 逃げて、逃げて、逃げ続けて。

 果たして、どこへ行くべきなのだろうか。

 

 

「……悪ィ。誰に会ったかは言えねェ」

 

 自分達を待っていてくれたザンバイに対し、ルフィは開口一番にそう告げた。これについては出てくる前にウタと話し合ったことだ。ここであったことは秘密にするべきだろうという。

 

「いや、それはいいですけど。大丈夫なんで?」

「……大丈夫だ」

 

 自分でも声に力が入っていないことはわかったが、そう言うしかなかった。ただ話をしただけだというのに、随分と疲労感がある。

 世界の情勢、自分達の立場。そして何より。

 ──全ての引き金を、自分達が引いたのだと。

 そう言われたことが、ずっと重くのしかかっている。

 

「とりあえず戻りましょう。こっちッス」

 

 ザンバイが一方向を指し示し、その誘導に従って二人もついていく。その背中を見た瞬間。

 

“近付いてくる奴を信用しねェ方がいい”

 

 モルガンズの言葉が脳裏を過った。フランキー一家は善人というわけではないと思うが、どうしようもない悪人というわけでもないように思う。

 心を許しかけていたところに対し、急なブレーキをかけられた気分だった。

 

「メインレースは終わってる時間なんで、アニキが今頃大勝ちしてるはず」

「もうそんな時間なのか」

 

 こちらの雰囲気を察してか、気を紛らわせるようにザンバイが話しかけてくれる。それに応じながら、同時に彼を──彼らを疑っている自分がいることに気付いた。

 ──瞬間。

 ルフィも、ウタも。どうしようもない孤独感を感じてしまう。

 一人ぼっちは嫌だ。それはルフィとウタに共通する『嫌いなもの』である。だからこそ海軍という場所は居心地が良かった。そこには大勢の仲間がいたからだ。

 だがその全てを失ってしまった。今や二人ぼっちで逃げ続ける日々だ。匿ってくれている彼らでさえも思わず疑ってしまうほどに周囲が敵だらけなのだと理解させられた。

 どうして、こうなったのだろう。

 守りたかった。一緒にいたかった。

 ただ、それだけだったのに──

 

「あ、アニキ!! どうしたんですか!?」

 

 思考の渦からその叫び声によって強制的に引き戻される。見れば、いつの間にかカジノに戻って来ていた。どうやらそれに気付かないくらい思考に没頭していたらしい。

 何かあったのか、とルフィとウタはザンバイが駆け寄った方を見る。

 

「……何だあれ」

 

 思わずルフィが呟く。そこにいた……というより、あったのは三人の成人男性が膝を抱えて座り込んでいる光景だ。彼らの周囲には何やらチケットのような紙が大量にばら撒かれている。

 

「おお、ザンバイか……ああ、駄目だ。今週のおれはもう駄目だ」

 

 自慢のリーゼントも萎んだように垂れ下がっているフランキー。アニキー、と周囲のフランキー一家の者たちも呼びかけている。

 

「読み違えやしたねェ……最後の最後、あの直線が……!」

 

 その隣には、おそらく盲目なのだろう両目を閉じた短い黒髪の男が悔しそうに歯噛みしていた。いやもうなんというか、これ以上ないくらいに悔しそうである。

 

「畜生……! 何故買わなかった……! 買えただろうが……!」

 

 そして盲目の男の反対側には、額にゴーグルを着けた青い作業衣の男だ。その男は何度も床を悔しそうに叩いている。

 ……なんとなくであるが、何があったのかがわかった気がする。

 

「どうしたんだ、フランキー?」

 

 とはいえ、黙って見ていても仕方ない。ルフィはウタと共にどこからか取り出したギターで哀愁の漂う曲を弾き始めたフランキーへと声をかける。

 

「おお、お前ら。みっともねェ所を見せちまってるなァ」

 

 フランキーがこちらを見上げる。垂れ下がったリーゼントがどことなくシュールだ。

 

「へへ、どうやらおれはもう駄目らしい」

「……どうしたの?」

 

 ウタの声にも若干の呆れが混じっている。先程までの重い空気が嘘のようだった。

 

「……フッ」

 

 顔を背けるフランキー。そんな彼に変わってこちらに歩み寄ってきたスクエア・シスターズの二人が言葉を紡いだ。

 

「大負けだわいな」

「惨敗で無一文だわいな」

「馬鹿言うんじゃねェよ!」

 

 モズとキウイの言葉に対して秒で反応するフランキー。そのまま床に座っていた二人の成人男性も立ち上がりながら言葉を紡ぐ。

 

「しかし、負けは負けだ。かくなる上は──次の勝負で取り返しやしょう」

「あァ、そうだな。今日の分全部取り返してやる」

 

 何というか、駄目な光景を見ている気がする。色んな意味で。

 

「へっ、おれだけ乗り遅れるわけにもいかねェな」

 

 そして続いて立ち上がるフランキー。並び立つ三人の男の背中を、何とも言えない表情でルフィとウタは見つめていた。

 

「なァ、ウタ」

「うん、ルフィ」

 

 先程までの悩みは何一つ解決していない。だというのに。

 ……少しだけ、気持ちが楽になったような気がした。

 
















どうしてモルガンズが二人にこうも注目するのか?
答えは単純、二人の影響力があまりにも大き過ぎるからというお話。

そして相変わらず癒しのフランキー一家とその他です。
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