第九話 あの日、私は
人は微塵も想定していない状況に直面した時、文字通り『停止』する。これはもう個人の資質がどうということではなく、人間という生物として避けようがないことだ。
その目で見、認識し、思考し、そして行動するのが人間である。故に想定外の事態を前にした時はまず認識に全神経を集中させることになり、故にその他の行動全てが一瞬であるが停止するのだ。
だからこそ予測という形で心構えをし、可能な限りそれを避ける。“見聞色の覇気”の到達点たる“未来視”などはある種その究極系かもしれない。
そしてその停止の後に来るのは『反射』だ。それは体に染み込んだ経験と感覚から来る行動。
「────ッ!!」
そしてこの二人──エースとイスカは正しく停止から復帰し、反射に至っていた。
──距離を取る。
おそらくそれは共に共通した反射行動であっただろう。二人の肉体はその行動を実行しようとしていた。
「────」
だが、動かない。
エースもイスカも反射による行動を己の意志で捩じ伏せている。
何故だろうか。いや、理由などわかっている。
──ここで離れてしまったら。
きっと、決定的に何かを逃す気がしていた。
その何かを二人は知らない。わからない。理解できない。
だが、感情などそんなものだ。だからこそ人間というのは難しいのだから。
「……久し振りだな」
迷うように言葉を紡いだのはエースであった。手を伸ばせば触れ合える距離。かつて追い、追われた者同士が向かい合う。
「そうだな。シャボンディ諸島の……あの時以来だ」
そんなエースの言葉に対し、イスカが応じる。それほど時間は経っていないはずなのに、随分と昔のことのように思えた。
「話は聞いているぞ、エース。……白ひげの傘下に入ったそうだな」
白ひげ海賊団二番隊隊長、“火拳のエース”。
その海賊の名を知らない者はいないだろう。懸賞金5億を超える超大物海賊にして、未だ20の若さでありながら“四皇”の幹部に名を連ねる怪物。
随分と遠い場所に行ってしまったと、そんなことをイスカは思った。そして事実、かつて追いかけていた時とは随分変わったようだ。
「知ってたのか」
「知らないはずがないだろう」
何をとぼけたことを、とイスカは息を吐く。そして。
「…………」
数秒の沈黙。互いに言葉はあるはずなのに、しかし、口にできない。
「イスカ」
「エース」
互いの名を呼び合う。それだけでお互いに理解してしまった。
今の二人が、どこにいるのかを。
(いい場所なんだな)
明るい調子でありながら、しかし常にどこか昏い影のようなものを纏っていたのがイスカの知るエースだ。だが今の彼は随分と変わったように思える。
彼を変えたのはきっと、“白ひげ”なのだろう。
……少しだけ、彼の大海賊に嫉妬した。
──私は、彼の隣に立つことを選べなかったから。
差し伸べた手も、差し伸べられた手も。
お互いが、取らなかったから。
「悪いが──」
「わかっているはずだ、エース」
やっぱりいい奴だと、そんなことを思う。
「お前は海賊だ。それも白ひげ海賊団の隊長。大悪党だ」
確認するように言うイスカ。それだけでエースも察したらしい。
「そんな“悪”を捕まえるために、私は」
鞄からコートを取り出す。まるで翼の如く広がるコート。その背に刻まれているのは、“正義”の文字だ。
「私は、海兵になったんだ」
それは決別の言葉ではない。ただの確認の言葉であり。
──己への、宣誓だ。
「海兵、か。お前は海兵であろうとするんだな」
そんな顔をするな、エース。
「そうか。……いや、そうだったな」
お前らしくもない。
「知っているだろう?」
「昔からな」
あの日々が随分昔のことだと感じていたのは、自分だけではなかったらしい。
嗚呼、ならば。
それでいいだろう。
それが、私たちの関係だ。
「イスカ大尉だ。海賊、“火拳のエース”」
腰の剣の柄に手をかける。この刃が、彼女にとっての誇りであった。
そしてそれはきっと、これからも。
「──逮捕する」
それは、二人が初めて出会った時と同じ言葉。
小さく、“火拳のエース”が笑った。
「鳥みてェな名前だな」
あの日のようでありながら、しかし、少し違うやり取り。
──それが合図だ。
「────ッ!」
大気ごと貫くような、超高速の突き。震えるような振動が音となり、周囲に伝播する。
「そんなもんでおれを斬れるかな?」
対し、蜃気楼の如く自身の体を揺らめかせる。放たれた熱気が目に見えぬ圧力となって周囲を揺らす。
まるで、何かを思い出すかのように。
まるで、何かを取り戻すかのように。
──海兵と海賊の戦いが、始まった。
◇◇◇
熱を纏う、突き抜けるような風。たった一人の人間が引き起こしたそれをオリンは正面から受け止める。
ただならぬ雰囲気であることは早々に察した。だがまさかあの男が“火拳のエース”であるとは。
「な、なんだ!?」
「おい今“火拳”って……」
「嘘だろ……?」
周囲にざわめきと共に動揺が広がっていく。時間がない。このまま何もせずにいたら混乱が加速していくだけだ。
「イスカ大尉!!」
声を張り上げ、“火拳”と向かい合う海兵の名を呼ぶ。よく通る声だ。周囲の者たちの視線がオリンの方へ向く。
「すまない!! その子達を頼む!!」
声と共に大気が揺れた。豪速の突き。まるで雨のようなそれを“火拳”は後退して避け、距離を取ろうとする。それをイスカがさせじと踏み込んでいく。
──足に、何かが触れた。
視線を向ける。シャオが不安そうな顔でこちらを見上げていた。
「避難してください!!」
その顔を見た瞬間、覚悟は決まった。声を張り上げ、周囲の市民たちへと指示を出す。
「海賊が現れました!! 我々が対処します!! 速やかに避難を!!」
「…………ッ」
海賊、という言葉に反応したシャオがオリンのズボンを握る力が強くなる。海賊という存在は彼女にとっては恐怖の象徴だ。
あのメルヴィユを支配していた大海賊、“金獅子のシキ”。あの男の支配する島において文字通りシャオたちは籠の中の鳥であったのだ。そんな彼女にとって、海賊という存在に良い印象を抱けるはずもない。
まずはこの子の安全を──緊急連絡用の電伝虫を取り出しながら周囲へと視線を向けるオリン。その彼女に対して後方から声が届く。
「どうした!?」
オリンにとっての背後側、一番ドックから複数の男たちが走り寄ってきた。背格好からするに“ガレーラ・カンパニー”の職人たちだろう。先頭を走るのは体格のいい大男と、妙な寝癖をつけた眼鏡の男である。
「海賊です! 対処は我々が! どうかこの子を!」
「海賊だァ!? だったらおれたちが──」
「──相手は“四皇”の幹部です!!」
職人たちが息を呑んだ。それほどまでに今オリンが告げた言葉の意味は大きい。
偉大なる航路、後半の海。俗に“新世界”と呼ばれるその海にまるで皇帝が如く君臨する海賊たち。絶大なる力と影響力を持つ四人の海賊を、俗に“四皇”と呼ぶ。
その力は強大であり、場合によっては一国をも滅ぼし得る。その幹部ともなれば最早人間の領域を逸脱していると言っても過言ではない。
「どうか」
職人たちを見据えるオリンの目。それを受け、百戦錬磨の職人たちでさえも気圧される。
圧があるとか、強い瞳だとか、殺気だとか。そういう話ではない。
──覚悟。
そこには確かに、“英雄”の部下として戦い抜いてきた海兵の誇りがあったのだ。
「お願いします」
念を押すように言うと、オリンはシャオの頭を軽く撫でた。
──ごめんね。
小さなその言葉と共に、ズボンを握っている手を優しく解く。その瞳は揺れていた。
「────」
そして彼女は走り出す。腰の短銃を抜き、取り出していた電伝虫を起動した。これは今回の任務に出る際に渡されたものだ。小型であり、通話機能はない。ただし迅速に周囲へ救援要請の信号が出る。
この近辺にいる海軍への連絡はこれで済んだ。だがすぐには到着できるはずもないし、今この場へ駆けつけることなど不可能だろう。ならば対処は二人でやるしかない。
──ただ、はっきり言おう。勝ち目などない。
たった二人の海兵が立ち向かうには、“火拳”の存在は強大に過ぎるのだ。
イスカの実力についてオリンはよく知っている。“釘打ち”とまで呼ばれる彼女は自分とは比べ物にならないほどの実力者だ。だがオリンは“英雄”の部下として数多の戦いを通し、人の理を超えるような力を持つ怪物たちを多く見てきた。
その経験が告げている。あの“火拳”という海賊はたった二人で向こうに回してもいいような相手ではないと。
しかし、ここで退くという選択肢はなかった。
何故なら、オリンは先程アイスバーグへとこう告げたのだ。
“今後は海軍が駐留することにより、安全を保証できるものと考えております”
それはある種の建前だ。しかしそれを理由として提示した以上、海軍にはそれを遂行する義務がある。
イスカがどう考えているのかはわからない。だが彼女の判断は正しい。ここで海賊を見逃してしまえば、海軍は約束さえも守れない立場となる。
故に戦う。その結末を理解していても。
そうするしか……ないのだ。
「イスカ大尉!!」
銃口を“火拳”に向けると共に、オリンがその名を呼ぶ。
直後。
巨大な炎の壁が、出現した。
◇◇◇
自然系の能力者はある種『無敵』と勘違いされるほどの力を有している。その呼び方は様々だ。
曰く、歩く災害。
曰く、人の形をした脅威。
曰く──バケモノ。
人としての形さえも歪めるその在り方は、確かに余人にとっては異質なものとして映るだろう。
──“悪魔の実”。
誰が最初にそう呼んだのか。それを食べた者は正しく“悪魔”の如き力を手に入れることになる。
暴力的で、絶対的な力を。
巨大な炎が、周囲に熱気を撒き散らしている。
エースが展開したのは巨大な炎の壁だ。彼の技には円形に一定範囲内を囲む“炎上網”などがあるが、今回は正面方向のみに直線の壁を展開している。
こちら側と向こう側を分断する炎。凄まじい規模の炎であるが、彼にとっては特別なものではない。この程度のものなら容易く展開できる辺り、その能力の規模が窺える。
「おいエース!」
炎の向こう側にいるはずの海兵を見つめていたエースに対し、声がかけられた。応じる形で振り返る。そこにいたのはエースが最初に出会った仲間であるデュースであった。
「デュース。お前どこ行ってたんだ」
イスカとエースの問答が始まった時、彼はいつの間にかいなくなっていた。どこに行っていたというのか。
「馬鹿! ルート探してたんだよ! さっさと退くぞ!」
「退く、ってお前」
「お前ここに何しにきたのかわかってるか!?」
思わず眉を跳ね上げたエースに対し、デュースが怒鳴るようにして言葉を紡ぐ。
「戦ってる場合じゃねェだろ! 家族を探すんだろうが!」
反論のできない言葉であった。まだ行方の手がかりさえも掴めていない、大切な家族。あの二人を見つけるためにここにいるのだ。
「……そうだな──」
そして、一度炎の壁の方へ視線を向けたその瞬間。
──風が吹いた。
それは強固な意志を纏う、貫くような風。
炎の壁を引き裂くように。
一人の海兵が、一直線にエースに迫る。
「逃さん」
呟くような言葉。だが確かにその声はエースに届いた。
炎とはこの海兵にとって──イスカにとって恐怖そのもののはずだ。なのに何故。
だが逡巡の時間もない。いつも通り受け流そうとするエースはしかし、“それ”に気付く。
金属同士が衝突したような、鈍い音が響いた。
炎の肉体を持つエースに対しては、通常の手段では触れることさえ許されない。その流体と化した体へ傷をつけるには“覇気”を用いるしかないのだ。
一応、その特性によっていくつか例外はあるが……まあ、今は置いておこう。結論から言うならば、エースに触れるには一つしか手段はないということだ。
そして海軍本部大尉、“釘打ちのイスカ”。彼女はその手段である“武装色の覇気”を習得していた。
「イスカ、お前」
「驚くことじゃないだろう?」
イスカの剣を弾くエース。鈍い音と共にイスカが後退し、距離を取った。
「──お前に触れるには、こうするしかなかった」
その言葉は、どんな感情で紡がれた言葉なのだろう。
何かを言おうとして、しかし言えないエース。だが時は待ってくれない。
「…………ッ!」
もう一人、炎の壁を突破してきた者がいた。だがイスカのようなスマートな手段ではなく、イスカが穿った場所を無理矢理突破してきた女海兵が銃口をデュースの方へ向ける。
イスカとは違い、“正義”のコートを着ていないが彼女もまた海兵なのだろう。デュース、とエースが自身の相棒の名を呼んだ。
「退けそうか?」
「わかってることを聞くなよ」
厄介だな、と呟くデュース。そうして彼もまた自身の得物を取り出した。
激突する──そう、四人が確信した瞬間。
──小さな、何かが地面に落ちた音と共に。
閃光と轟音が、周囲を支配した。
◇◇◇
一番ドックから少し離れた路地裏。建物と建物の間に形成されたそこは薄暗く、そして廃棄物から少しの刺激臭が漂っていた。
「一番ドックで火事らしいぞ!」
「海賊が出たって!」
路地から覗くことのできる大通りからはそんな声が届いている。結構な距離があるというのに聞こえてくる辺り、相当な混乱になっているようだ。
そんな光景を遠目に見ながら、エースとデュースという彼らの言う『海賊』である二人はここへ自分たちを呼び込んだ人物へと言葉を紡ぐ。
「先に礼は言っておく。……ありがとう」
「ああ。正直助かった」
視線の先にいるのは一人の女性であった。二人にとっては顔だけは知っている程度の相手だが、その立場という意味で一定の理解ができる相手。
「いえ。ただ、気にしていただけるのであれば一つお話をさせていただきたいですけど」
「……ちゃっかりしてんなァ」
デュースが呆れたように言葉を紡ぐ。女性──コアラと名乗った“革命軍”の一員は人差し指を立てて小さく微笑む。
「まあ、助かったのは事実だ。話程度なら構いやしねェが」
「ありがとうございます」
「だが、一つ教えてくれ」
歩き出そうとするコアラに対し、エースが問いかける。
「不干渉って話じゃなかったか?」
「うちの指揮官の判断です。話をしたいというのも」
ああ、とエースの隣でデュースが納得した。この間の話し合いの際、体調不良でいなかったという奴のことだろう。そいつの判断ということだ。
だが、疑問が浮かぶ。話し合いは終わったはずであるし、今更何を話す必要があるというのか。
「ではこちらへ」
先導するコアラに二人でついていく。背後から聞こえてくる騒ぎに対し、背を向けるようにして。
「なァ、エース」
その最中、隣を歩くデュースが呼びかけてきた。
「何だよ?」
「良かったな」
何のことかなど確認する必要はない。ふざけんな、と呆れた調子でエースは言う。
「厄介な奴が戻ってきたんだぞ。何が良いってんだ」
対し、デュースは笑みを浮かべたままだ。
「そういうことにしといてやるよ」
いや、笑みなどという上等なものではない。ニヤニヤと、こちらを揶揄うようなものだ。
「…………」
無性に腹が立った。故に。
「痛ェ!?」
とりあえず蹴りを入れた。
「何すんだエース!」
「そのリーダーってのはどんな奴なんだ?」
相棒の抗議を無視し、前を歩くコアラへと問いかける。コアラは振り返りつつ腕を組み、うーん、と唸る。
「……要件人間?」
そして絞り出した回答に対し、何だそりゃ、とエースとデュースは二人して応じる。何となく伝わるが、同時に伝わらないという絶妙な言葉であった。
「よくわからねェが、そいつの名前は?」
肩を竦めるデュースの問い。それに対してコアラが答える。
「サボ。私たち“革命軍”の参謀総長」
「……No.2とは大物だな」
流石に驚いた様子のデュース。その彼はふと隣の人物の目つきが変わったことに気付いた。
「どうした、エース」
「何でもねェ。……さっさと行こう」
コアラの後を追うエース。彼は一瞬だけざわついた心を落ち着けていた。
(……ありえねェ話だな)
そのリーダーの名前が偶然、かつて失ってしまった家族と同じだけなはずだ。だって彼は失われた。
あの日に失ってしまった家族なのだから。
だが、何の因果だろう。
こんな場所で、その名前を聞くことになるなんて。
◇◇◇
消火のために職人たちが走り回り、消防の者たちも駆けつけてきている。だが幸いというべきか、負傷者はなし。
いや、一名が少しの火傷を負った。だが海兵であるならばこの程度の怪我は日常である。
そして“火拳のエース”を向こうに回してこの程度の被害で済んだというのはある種奇跡と言ってもいい戦果だ。
「──助けられたな」
消火の指示を出し終えたアイスバーグが、近くに立っていた二人の海兵へと声をかけた。彼の視線の先にある巨大な炎の壁は消火活動によりその勢いを殺しつつあるが、それでももう少し時間がかかるだろう。
「これが我々の役割です」
対し、敬礼しながら応じたのはオリンだ。唯一の負傷者でもある彼女は応急処置として火傷の手当てを受けている。とはいえ軽傷ではあるが。
「成程。例の提案もこれなら真実味が出る。……これは最早災害だ。それを起こせる個人というのも恐ろしいが、それを撃退できる力が存在するというのは安心になる」
アイスバーグが言うのは例の提案という名の決定のことだろう。炎を見つめていた視線を外し、二人の海兵へとアイスバーグは改めて視線を向ける。
「安心は余裕となり、余裕は豊かさに繋がる。……思うところがねェ訳じゃねェが、そう考えるなら悪い話じゃねェ」
余裕、という言葉はつい先ほどにも聞いた言葉だ。隣人を気遣える余裕を持てる──それこそが最大の成果であるのだと。
「まァ、悪い話にはならねェだろう。だが奴らの目的は気になるな。海賊のすることである以上、合理的に考えろって方が無茶なのかもしれねェが」
「奴らについてはこの後捜索を開始します。ご協力をお願いすることになると思いますが……」
「勿論だ」
イスカの言葉に対してアイスバーグが頷く。では、とイスカが敬礼すると駆け出していった。それを見送り、オリンも言葉を紡ぐ。
「私も本部へ報告をした後に捜索に参加します。緊急の連絡は入れましたが、応援要請も含めてしなければならないことが多くあるので。……申し訳ありませんが、こちらへ相応の規模の部隊が来ることになると思います」
「この状況じゃ仕方ねェだろう。承知した」
アイスバーグの了承に対し、はい、と敬礼と共に応じるオリン。そんな彼女の下へ一人と一羽が駆け込んでくる。
「お姉ちゃん!」
「クオッ!」
シャオとビリーだ。飛びつくように抱きつくシャオを受け止め、そして続いて突進してくるビリー。咄嗟にシャオを抱き締め、ビリーの突進を受け止めた。
中々の重さの衝撃が腕に伝わってくる。それでも倒れないのは流石に鍛えた軍人故か。
「大丈夫!? 怪我してる!」
「クオッ、クオッ!」
「うん、大丈夫。これぐらいは平気だから」
安心させるには笑顔が一番だ。故にオリンは笑顔を作った。不安そうなシャオの表情が少しだけ明るくなる。
そしてオリンだけではなく、アイスバーグの下へも走り寄ってくる影がある。
「何があったんですか!?」
「パウリー」
青い作業衣を着、ゴーグルを着けた男であった。その人物は広がっている光景に対して焦っているように見える。
「悪いな。休みだってのに」
「いやそれはいいんですけど、一体何が」
「ああ、それは──」
立ち振る舞いというか雰囲気的に“ガレーラ・カンパニー”でも上位の役職にいる人物なのだろう。その人物とアイスバーグの会話を横目に、オリンはシャオから手を離す。
「ごめんなさい、シャオ。私たちはお仕事が入ってしまって」
「……うん。わかってるよ」
「ありがとう」
シャオは幼いが聡明な少女だ。故にただならぬ事態が起こっていることはわかっているのだろう。
「でも、どうしようかな」
そう、問題はそれである。今からオリンはあちこちを駆け回ることになるだろう。だが、その間にこの一人と一羽をどうするかだ。
どこか安全な場所でと思ったが、“火拳”が潜伏する状況で完全に安全な場所などないだろう。ならばどうしたら良いのか。
アイスバーグたちに協力を頼めるだろうか──そう思った時だった。
「ビリー?」
いつからか、ジッ、と一定の方向をビリーが見つめていた。シャオの呼びかけにも応じず、まるで置物にでもなったかのように。
「どうしたの?」
それが合図であったというわけではないだろう。だが、彼が動いたのはその瞬間だった。
不恰好な動きであった。普段の彼の飛行は自由でありとても綺麗だ。人を乗せて飛べるということはそれだけの技術があるということの証左である。
だがこの時の彼は違う。
「クオッ!」
地面を蹴りながら翼を羽ばたかせ、文字通り必死に一方向へと突き進んでいた。
向かう先にいるのは──仮面と衣装で仮装した二人の人間だ。
「危ない!」
駆け出すのがワンテンポ遅れた。止まりなさい、という言葉が続いて吐き出される。だが間に合わない。
大人を場合によっては複数人乗せても飛ぶことのできるビリーは見た目からは想像できないほどの筋肉の塊だ。故に相応の重さがあるし、そこに速度が乗ればその体当たりは凄まじい威力を発揮する。
普通の一般人なら良くて骨折、悪くて──
「クオッ!」
その鳴き声には、涙が混じっているように思えた。
激突する。しかし。
「……もしかしてお前、ビリーか?」
その仮面の人物は、そのビリーの突進を正面から受け止めた。それもオリンのように堪える形ではない。一歩も引くことなく、当たり前のように止めてしまったのだ。
「クオッ!」
直後、ビリーの体から電撃が放たれた。電気特有の音と共に衝撃が周囲に伝播する。
普通の人間ならば一発で気絶するほどの電撃。
「あ」
だが、仮面の人物は動じた様子もなかった。代わりに衝撃のせいかその仮面が地面に落ちる。
「────────え?」
その青年の顔に、オリンは見覚えがあった。
「……なんで……」
呆然とした呟き。その視線の向こうでは慌てて“彼”が仮面を着け直している。
隣にいるシャオも呆然としているようだった。当たり前だろう。彼女も幼いながら、彼らがどうなっているのかを知っている。
だが今のオリンにそれを気遣う余裕はない。
どうして。何故。
だって、あなたは。あなたたちは。
あなたたちを、私は。
──あの日、見送ることしか。
まとまらぬ思考。だが現実は変わらない。
その再会は、果たして幸福か。
或いは……別の、何かか。
この人たちがどこで遭遇したのかを考えるとある意味当然の帰結。
誰も彼も息を吐く暇もない勢いですね。