逃亡海兵のルフィとウタ 短編集   作:Nines star

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逃亡海兵Water Seven⑯

 

第十話 目的と理由

 

 

 その人間たちのことが、大好きだった。

 優しくて、強くて。苦しんでいた自分たちを助けてくれた人。この体質のせいで他者から遠巻きにされてばかりの自分に対し、何の躊躇もなく触れてくる彼の存在はとても……とても、嬉しかった。

 力の制御の仕方を教えてくれた。

 美味しいご飯をくれた。

 優しい顔で、笑ってくれた。

 

 大好きだった。

 大好きだった。

 大切だった。

 

 でもある日、彼らはいなくなった。話す言葉の全てが理解できるわけではない。でも何となく雰囲気で理解できる。

 いつも自分と一緒にいてくれる少女──シャオと呼ばれている彼女もまた落ち込んでいた。ここまでくればわかってしまう。

 

 どこかへ行ってしまったあの人たちは。

 もう、帰ってこないのだと。

 

 毎日のご飯は変わらない。

 優しく撫でてくれる手も変わらない。

 でも、あの人たちだけがいない。

 

“一緒に行こう”

 

 ある日、少女がそう告げた。どこへ行くのか、何をしに行くのか。そんなもの言われなくてもわかっている。

 あの人たちを探しに行くのだ。そうだ。そうしよう。そうすべきなんだ。

 見つけてくれて、手を差し伸べてくれたのがあの人たちだった。

 だったら今度はこっちの番だ。どこへ行ったかは知らない。わからない。でも見つけるんだ。

 

 あの日貰ったものを、返すために。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 黄色い体毛を持つ巨大な鳥。その姿には見覚えがある。

 彼の“金獅子”が引き起こした戦争において戦場となった浮島、メルヴィユ。そこで出会った特異な体質を持つ巨鳥だ。一人どころか二人程度ならば余裕で乗せて飛ぶことができる彼はあの戦いにおいても活躍した。

 

「どうしてここに……?」

 

 思わず言葉を溢したのはウタだ。彼女はルフィにじゃれつくようにしているビリーを呆然と見つめるしかない。あまりにも想定外の存在の出現に、脳が追いついていなかった。

 

「でけェ鳥ッスね……あの、ペットかなんかで?」

「いや、友達だ」

 

 ビリーの出現に驚いているザンバイの問いに対し、ルフィがそう応じる。

 友達。ああそうだ友達だ。

 彼は、私たちの。

 

「クオッ」

 

 ビリーが一鳴きすると共にこちらへと歩み寄ってきた。そして差し出すようにして首を前に出してくる。

 仮面を着け、身を隠す衣装を身につけていても。

 それでも、彼にはわかるらしい。

 

「久し振りだね、ビリー」

「──クオッ」

 

 その首筋を優しく撫でる。聞こえてきた声に涙が混じっているように感じたのは、気のせいだろうか。

 

 

「お兄ちゃん!!」

 

 

 そして、もう一人。文字通り突撃するように飛びついてきた影があった。

 小さな体。それは一直線にルフィの下に向かっていく。

 

「お前──」

 

 シャオ、と彼がその少女の名前を呼んだのと同時にルフィと少女が接触する。ルフィがシャオを受け止めた格好だ。

 

「会いたかった! 会い、たかった……!」

 

 ルフィの体を精一杯抱きしめるシャオ。その手からは絶対に離さないという意思が伝わってくる。

 

「シャオまで」

 

 思わず呟いたウタ。そこでふと視線を横に向けた彼女の視界にその人物が映り込む。

 呆然とした表情でこちらを見ている一人の女性。見覚えのあるその姿を見て妙な納得を得た。シャオとビリーがここにいる理由は彼女か。どういう経緯かはわからないが、彼女がいるならば納得もいく。

 

「────」

 

 目が、合った。

 そこにいたのは、かつての部下であり。

 自分達を、あのシャボンディ諸島から送り出してくれた人。

 

 置き去りにしてしまった人が、そこにいた。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 ──銃を向けるべきなのだろうなと、他人事のように思った。

 自分は海兵であり、そう在ることを決めたから未だに海兵のままここにいる。コートを着ることができなくなった半端者であるが、それでも義務は果たさなければならない。

 だが、できなかった。できるはずがなかった。

 家族から逃げ出したいという理由だけで銃を取った半端者。そんな人間に道を示してくれたのがこの人たちなのだ。

 銃など向けられる、わけがない。

 

「…………」

 

 咄嗟に言葉が出そうになるのをどうにか堪えた。ここで言葉を紡いでしまえば自分は行動しなければならない。それがわかるくらいの理性はあった

 それに今の状況もだ。ただでさえ海賊との戦闘が起こり、混乱している現状で更なる問題を引き込むわけにはいかないという計算が浮かんでしまった。

 

(背を向けよう)

 

 幸いなのはシャオとビリーについてだろう。あの二人の側にいるならきっと大丈夫。任せてもいい。

 冷静に考えるならば穴だらけの論理なのだが、そこに気付けるほどの余裕が彼女にはなかった。

 ──出会わなかった。それでいい。

 それで、いいはず。

 自分自身へと言い聞かせるようなその言葉を内心で何度も呟き、背を向けようとして。

 

「オリン」

 

 できなかった。

 

「…………ッ」

 

 背を向けたく、なかった。

 これが海兵として、してはならぬことであると知っていても。

 それでも、私は。

 

「お久し振り、です」

 

 そう、言ってしまった。

 後悔すると、わかっていたのに。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 沈黙が周囲を支配する。眼前、少し離れた場所で銃を下げた女性は何かを堪えるような表情でこちらを見ていた。

 彼女が海兵を辞めなかったことはかつての部下から聞いている。そしてそれでいいと思ってもいた。彼女自身が残る意思を持って残ったのであれば、それでいいと。

 彼女に対して二人が持つ感情は感謝、これに尽きる。あの状況において自らを顧みず、海に送り出してくれた彼女。その後に起こり得た可能性を考えるならば彼女の行為はあまりにもリスクが大きく、それでも彼女はその献身を示してくれたことには感謝しかない。

 

「知り合いですか?」

「……うん」

 

 ザンバイの問いかけに対し、ウタは頷きを返す。続いて部下という単語が出そうになったところで彼女は言葉を止めた。

 今の自分達は最早海兵ではなく、そして彼女は海兵のままだ。部隊における部隊長二人とその副官であった彼女という関係はとっくに破綻している。だが、だからと言って敵とは言いたくなかった。

 甘えなのだと思う。賞金首と海兵。“神”に逆らった存在と“神”に従う存在。それは相容れぬはずであり、この場で銃口を向けられて然るべきなのだ。

 でも、そう言いたくなかった。だって、彼女は。

 あの日、命を懸けて自分達を──……

 

「友達だ」

 

 迷うウタとは違い、当然のようにルフィがそう言った。その時の声に僅かな揺れを感じ取ることができたのは、ウタと彼の長い付き合い故だろうか。

 

「うん、そう。──友達」

 

 視線の先にいるオリンの体が震えた。その顔は今にも泣き出しそうなほどに弱々しい。

 あの顔にウタは見覚えがある。あれはそう、彼女が初めて自分達の部下として配属された時の任務。そこで歌う自分を見る彼女の表情があんな風だった。

 

「この子達も、ね」

 

 オリンの表情には気付かぬ振りをして、ウタはしゃがみ込見ながらルフィに抱きついているシャオの頭を撫でる。彼女の瞳からは大粒の涙が溢れていた。

 

「……お姉ちゃん……?」

「うん。そうだよ」

「────!」

 

 まるで突撃である。勢いよく抱きついてきたシャオを受け止め、その背中を撫でる。声を上げず、彼女は泣いていた。

 そして再びオリンの方へと視線を向ける。互いに言葉を探している状態だ。だが、何を口にすればいいのか。

 あの頃は、こんなことで悩むことなどなかったのに──

 

 

「クワハハハハハ!! 大騒ぎだな!!」

 

 

 そんな空気を切り裂くように、大きな笑い声が響き渡った。その場の者たちのほとんどの視線がそちらへ向く。

 一言でいうならば、鳥人間というべきか。二足歩行の鳥人間がスーツをばっちり着ているというのに妙に様になっている。

 予想外の人物の登場にウタは驚く。電話越しで話をしていたくらいだ。別の場所にいるのだと思っていたのだが。

 

「……モルガンズ」

 

 そんなウタの隣で呟いたのはルフィであった。だがその声に動揺はない。警戒心こそ宿っているが、この場に彼が現れたことに対して驚きがないようだ。

 そして後方から二人の男が歩いてくる。一人はまだ若い、ウタたちとも年齢が変わらなさそうな青年であり、もう一人は──

 

「ここで騒がれる方が厄介だろう? 大人しくしておけ」

 

 ──あの時、自分達とモルガンズを引き合わせた男であった。

 

「礼は必要ない。貸しだと思え」

 

 一瞥と共に言い切ると、男はモルガンズの方へと歩いていく。その隣の青年が小さくこちらへと頭を下げた。

 

「こいつは事故じゃねェなァ……? 海賊が暴れたと見た!」

「あなたのことです。知っていてここに来たんでしょう?」

 

 何とも露骨な言葉に対して応じたのはオリンだった。彼女は一瞬だけこちらへと視線を向けてくる。

 その瞳に宿る感情と想い。それはあまりにも複雑で。

 とても、一言では表現できない。

 

「これはこれはご婦人、妙なところで会うもんだ。観光か?」

「答える義務がありますか?」

「冷たいねェ……仲良くしようぜ? おれたちはあんた方と喧嘩するつもりはねェんだ」

「……どの口が」

 

 モルガンズとオリンのやり取り。普段からルフィとウタという彼の標的にされやすい二人の側にいるということもあり、オリンとモルガンズもある種顔見知りの関係だ。その扱いや対応についても手慣れたものである。

 まあ、彼女の場合は初めからマスコミ対応についてはどこか慣れた部分があったのだが。

 

「大尉殿はうちの客だ。営業妨害は止めてもらおうか」

「おお、Mr.アイスバーグ。久し振りだ。この間の進水式以来か?」

「何をしにきた?」

「何をも何も、おれはジャーナリストだ。事件が起これば顔を出すさ」

 

 そしてオリンの隣に一人の男性が歩み寄ってきた。察するにアイスバーグというらしいが……。

 

「──悪いな。随分と大きなトラブルがあったらしい」

 

 だが、彼らの会話を聞くことができたのもそこまでだった。パウリーがこちらへと走り寄ってきたのだ。

 

「何があったの?」

「どうもとんでもねェ海賊が暴れたらしい。幸い被害はそこまでだが、これからうちも協力した上でその海賊の捜索を開始する。ここまで来てもらっておいて悪いんだが……」

 

 声に焦りのようなものを含んでパウリーが言う。おいおい、と声を上げたのはザンバイだ。

 

「うちの客人をここまで歩かせといてそりゃねェだろ」

「だから悪いと思ってる。すまねェ」

 

 頭を下げてくるパウリー。こうも真摯に頭を下げられると責めるのも憚られる。まあ、元よりそんなつもりはなかったが。

 

「わかった」

「すまねェ。フランキーのとこにいるんだろ? 後で話ができる人間を向かわせる。カクの奴もまだ帰ってきてねェしな」

 

 そしてパウリーはもう一度頭を下げると、慌ただしく駆け出して行った。その姿を見送った後、どうします、と問いかけてきたのはザンバイだ。

 

「どこか行きてェとこがあるんなら案内しますけど……」

「いや、いいよ。それより」

 

 ルフィがシャオの方へと視線を向ける。しゃがみ込んでいたウタへ抱きついて泣いていた彼女は今は泣き止んでいるが、しっかりとウタの体を抱き締めていた。抱きつかれているウタ自身も思うが、これは離れてくれそうにない。

 

「確かお友達、なんスよね?」

「うん。大事な友達」

 

 シャオがこちらの服を握る手の力が強くなった。それを見て何かを察したのか、あー、とザンバイが声を漏らす。

 

「じゃあ、うちに来ますか? いや、その子がいいならなんスけど」

「シャオ、どうだ?」

「……行く」

 

 声は小さいが、明確な回答だった。わかった、とルフィがシャオの頭を撫でる。

 

「ビリーもだな」

「クオッ!」

 

 ルフィの言葉を受け、嬉しそうに体を擦り寄せるビリー。その体をルフィが撫でると、彼は嬉しそうに鳴いた。

 

「あとはオリンに伝えて──」

 

 シャオとビリーの保護者はおそらくオリンなのだろう。故に彼女へ伝えなければと思ったのだが、そこでオリンと視線が合った。

 ──小さな、一礼。

 それだけで伝わる。伝わるだけの信頼はまだ、そこにあった。

 

「行こう」

 

 それは隣のルフィも同じだったらしい。一つ頷くと、ウタたちは新たに加わった一人と一羽を連れて歩き出す。

 ただ、その途中。

 

「…………」

 

 ウタもルフィも、ある一方向へと視線を向ける。

 未だ残る火。消火活動が行われているが存在感を放つその火は、パウリーの言う『とんでもない海賊』とやらがやったのだろう。

 あの規模の炎。やった海賊は余程の武器を持っていたのか、或いは能力者か。

 ただ、巨大な火を発生させる能力者の存在に二人は心当たりがある。

 ──まさか。

 そんなはずがない、と思う。

 大海賊、“白ひげ”が動いているなどという話を聞いてしまったせいだろう。あの義兄がここにいるわけがないのだ。

 それに、もしいたとしても。

 

 ──助けて欲しいなどと、言えるわけがないのだから。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 そこは無数の残骸と呼ぶべきものが転がる場所であった。文字通りの瓦礫の山。船舶に関係するものが多いのはこの島の特性故だろうか。

 この場所を住民達は『廃船島』と呼ぶのだという。ここに来る途中で教えられた。

 

「基本的に住民もあまり近づかねェらしい。話をするにはもってこいだ」

 

 案内されたそこにいたのは、一人の男であった。年齢のほどはエースと変わらないぐらいだろうか。思ったよりも若いその見た目にデュースが驚く。

 

「あんたが革命軍の参謀総長か」

「そう言うあんたはマスクド・デュースだな?」

 

 自身の名を知られているという事実に、デュースは少し警戒心を抱く。それに気付いたのだろう。眼前の男は帽子を被り直しながら言葉を紡いだ。

 

「そう警戒しないでくれ。あの“火拳”の相棒を知らねェ方がおかしいだろ?」

 

 イマイチ自覚が薄いが、デュースは白ひげ海賊団二番隊隊長、“火拳のエース”がかつて率いた海賊団のNo.2であり今も彼が信頼を寄せる相手である。周囲からすればその名は十分警戒するに値する。

 

「そりゃ光栄だ。おれみてェな奴が“革命軍”にまで名前を知られてるとは」

「控え目だな」

 

 小さく男が笑った。そして彼は一つ咳払いをすると、真剣な表情を紡ぐ。

 

「では、改めて。おれは“革命軍”参謀総長の──」

「──サボだろ」

 

 遮るようにその名前を呼んだのは、男の姿を見てからずっと黙っていたエースであった。

 どこか乾いた──否、無理矢理感情を抑え込むようなエースのその声色にデュースも違和感を覚える。

 

「コアラが?」

「うん。名前だけは」

 

 彼の問いに、サボの後ろに控えていたコアラが応じた。成程、とサボが頷く。

 

「名前を知るのは対話の第一歩だ。初めまして、“火拳のエース”」

「……初めまして、ね」

 

 相変わらずの乾いた声。普段の彼らしくない言葉にデュースも少し困惑する。

 

「単刀直入に言うが、話がしたい」

 

 だが、そもそも普段のエースを知らないであろうサボは気付かないのだろう。そのまま真剣な表情でこちらを見ていた。

 

「あの場を離れる手助けをしてくれたのは感謝するが、何を話すんだ? 互いの不干渉については約束したつもりだったが」

「目的についてだ」

 

 その言葉に眉を顰めるデュースと、僅かに気配が殺気立つエース。

 だが、落ち着いてくれと相棒に内心で祈るデュースの心境に気付くことなくサボは言葉を続けた。

 

「海賊ってのも色々だ。奪うことしか考えてねェ奴、生きるために仕方がねェ奴、何か目的を持って海に出た奴」

 

 あの“海賊王”処刑の日から二十年近い年月が流れている。当初は“ひとつなぎの大秘宝”を手に入れるために海に出た者も多かったが、昨今ではその事情も様々だ。

 誰もが夢と浪漫に向かって生きられるわけではない。現実だけを見て海に出た者だって大勢いる。

 

「だがまあ、海賊になった理由なんてのはどうでもいい。重要なのは話ができるかどうかだ」

「話ねェ……」

「そうだ。“白ひげ”は話ができる相手だとおれたちは考えている」

 

 ピクリと、エースの眉が動いたのをデュースが察した。近くに爆弾があるような感覚を覚えながらも、あくまで冷静にデュースは言葉を紡ぐ。

 

「話ってのはなんだ? まさか手を組もうってか?」

「まさか。できても精々が互いの不可侵を約束する程度だろ。お互いの在り方が全く違う」

「そりゃそうだ。海賊と“革命軍”じゃ向いてる方向が違い過ぎる」

「──だからわからねェ。何故あの二人を追う?」

 

 その視線の鋭さが増した。これが世界政府を敵に回す“革命軍”のNo.2の圧力かと、どうでもいいことをデュースは思う。

 決して気配が弱いわけではない。だが彼は普段あの白ひげ海賊団の一員として過ごしているのだ。最早同じ人間なのかどうかさえも怪しい奴など数え切れないほどに見てきている。今更気圧されるようなことはなかった。

 

「目的を聞きたいってんなら、まずはそっちから話すのが筋じゃねェか?」

「……まあ、一理あるな。だがおれたちの理由は単純だ。あの二人を“革命軍”に引き入れたい」

 

 予想通りの回答ではある。というより、それ以外の回答が出てきたら驚くところだ。

 

「理由も単純だ。今のあの二人は反“天竜人”の象徴とでもいうべき存在になりつつある。おれたちのコントロール外でいくつも暴動が起こっているくらいだ。全てってわけじゃねェだろうが……」

「それを取り込みたいってわけか」

「同時に保護もしたい。あの二人が害されるのは避けたいからな」

 

 思ったよりも冷徹な男だ、とデュースは思う。端的であるがその言葉は力強く、迷いがない。まあ、情だけで世界政府を相手に戦うことなど不可能だろうが。

 

「その考えは」

 

 そこで、ずっと黙っていたエースが口を開いた。その口調はいつもより重く、深い。

 

「お前らのリーダーの考えか?」

「いや、おれが提案した」

「──そうか」

 

 帽子を被り直すエース。彼がどんな表情をしているのか、帽子に隠されてわからなくなってしまう。

 大丈夫か、と内心でデュースが思ったその刹那。

 

 ──デュースの背筋に、強烈な悪寒が走った。

 

 それは本能的なものだろう。そして同時にこの場では彼しか感じなかったものでもある。エースと長い付き合いである彼は今の相棒の状態を察したのだ。

 爆発寸前の火山──本能が危険を訴えてくる。

 これは、まずい。

 

「話はわかったが、その辺は正直予想できる範囲だ。だから疑問がある」

「答えられる範囲なら答えるが」

 

 その爆発を避けようと、デュースはサボとの会話を続ける。眼前のサボとその後ろに控えているコアラはエースの様子に気付いていない。最悪だ。

 

「おれは直接会ったことがねェから予測だが、あの二人がすんなりそっちに合流するか?」

「それはお互い様だと思うが……まァ、そうだな。その場合は──」

 

 正直、これを避けるのは不可能だったと後にデュースは語る。

 結局のところ、遅いか早いかだけの違いしかなくて──

 

 

「──縁がなかった、って奴だな」

 

 

 何かが割れるような、異質な音を聞いた気がした。

 サボの表情が変わる。だが彼が何か動きを見せる前に、足元の木の板を踏み砕きながらその男が前に出る。

 

 

「いつまでフザけてるつもりだ」

 

 

 その体から溢れるように、噴き出すように揺れる炎。

 まるで彼の感情を投影しているかのようなその炎が、周囲へと伝播する。

 

「おいエース──」

 

 制止は間に合わなかった。最短距離をその炎は突き進む。

 早いわけではない。むしろその歩みはゆっくりとしたものだ。だがそこに割って入れる者などいなかった。

 

「目的だと? 何を──何を言ってやがる!!」

 

 まるで吠えるように炎が舞う。伸ばされたエースの腕。それをサボが掴み返す。

 一瞬の拮抗。だがそんなものは些細なものだと言わんばかりにエースが吠える。

 

「ルフィは!! ウタは!! 弟だ!! 妹だ!! 家族だ!! フザけてんじゃねェぞサボ!!」

「……家族? それは──」

「おれたちの家族だろうが!! それ以外に理由なんて必要ねェだろ!!」

 

 拳が振り抜かれた。鈍い音が響き渡る。

 

「サボくん!」

「大丈夫だ! 下がってろ!」

 

 振り抜かれたエースの拳を、サボはしかししっかりと腕でガードしていた。その衝撃に逆らうことなく、彼は少し後方へと引き下がっている。

 

「……話し合いのつもりだったんだがな」

 

 そしてサボが構えを取った。そんな彼に対し、エースが足下にあった鉄パイプを放り投げる。

 それを咄嗟に掴むサボ。その姿を確認すると、エースはその腕に炎を纏う。

 

「お前の武器だろ」

「……さっきから何を」

「こっちの台詞だ」

 

 両者が睨み合う。そして。

 

 ──凄まじい衝撃が、空を切り裂いた。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 曰く、三流のゴシップ誌。

 曰く、世界で最も広く流通する情報誌。

 曰く、第四の権力。

 世界経済新聞の呼び名は様々であり、その中身の受け取り方についても様々である。だがそれは裏を返せばそれだけ様々な解釈ができる人間の手に渡っているということでもある。

 情報はその受け取る側の能力も必要だとは、どこの誰の言葉だろうか。目の前の男かもしれないと、そんなことをオリンは思う。

 

「クワハハハ! 色々と大変そうだなァ、Mr.アイスバーグ!」

「そう思うなら帰れ」

「そりゃできねェ相談だ!」

 

 モルガンズとアイスバーグ。ある意味において世界の上位の立場にある二人の会話は一見すると気安いが、その言葉の裏には様々なものが含まれている。自分にはとても全ては推し量れないほどに。

 

「それで? ジャーナリストが欲しがる情報なんてねェと思うが。海賊が暴れて大尉殿たちが撃退した。今からその捜索に入る。それだけだ」

「んん、まァ“火拳”については記事にするさ。つってもパンチが少々弱ェがなァ」

 

 クワハハハ、と笑うモルガンズ。本当に性質の悪い男だと思う。

 

「そこまでわかってるんなら十分だろう」

「いやいや、そいつはおまけさ。──なァ、ご婦人?」

 

 モルガンズの視線がオリンの方を向く。何がです、とオリンは正面から視線を返した。

 

「私は忙しいのですが」

「そりゃあそうだろうとも。──何せ元帥直々の特使様だ」

 

 表情に出さなかった自分を褒めたい。甲高い口笛の音が響いた。

 

「流石だなご婦人。実に冷静だ」

「……褒められていると受け取っても?」

「勿論だ! おれは嘘を吐かねェからな!」

 

 ──どの口が。

 隣のアイスバーグと、心が通じ合ったような気がした。

 

「まあ安心しろご婦人。別に記事にするつもりはねェ。意味もねェからな」

「どういうことだ?」

「簡単な話だ、Mr.アイスバーグ。この情報はどの道表に出る話であり、それを先に暴露したところで大したスクープにもならねェ。事件でもなんでもねェからな。そんな情報を先出して政府に睨まれるデメリットの方が大きい」

 

 肩を竦めるモルガンズ。その彼に、では、と問いかけるのはオリンだ。

 

「あなたは何をしにここへ?」

「ジャーナリストに何をしにという問いかけはナンセンスだ。何かがあるかもしれないからここにいるのさ。だがまあ、今回に限っては少し違う」

 

 その瞳がオリンを捉える。それはまるで、こちらを射抜くかのようで。

 

「──ご婦人は知っているだろう?」

 

 まさか、とオリンの背筋に悪寒が走った。先程見かけた彼らを、この男は──

 

 

「大変だ!! 廃船島で火災が!!」

 

 

 そして、それを切り裂くような声が割り込んできた。息を切らしながら叫んだのは一人の男だ。背格好からしてこの街の住民か。

 周囲が俄に慌ただしくなる。それを横目で見ながら、心底楽しそうに男は笑う。

 

「クワハハハ! 次から次へと飽きないもんだ!」

 

 その男だけが、楽しそうに笑っている。

 ただ一人、傍観者であるかのように。

 

 だが、誰もこの時は知らなかった。

 ──これはまだ、始まりでしかなかったことを。
















正直、エースもエースで焦りやらなんやらで割と一杯一杯なところあるんじゃないかなーと。
目の前にいなくなったはずの人がいて、しかもその人があんな態度をとってたらまあ……こうなりますよねという。

短編の方でモルガンズとやりとりしてる二人のお話がありますが、こういうちょっとしたフォローだったりの積み重ねがあったからこそのああいう距離感なのかなと思ったり。
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