逃亡海兵のルフィとウタ 短編集   作:Nines star

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逃亡海兵Water Seven⑰

 

 

第十一話 かつてそこにあったもの

 

 

 向けられているのは複数の銃口だ。取り囲むようにしてこちらへ向けられたそれらを一瞥し、マスクド・デュースは一度息を吐いた。

 

「やめとけよ」

 

 近くにあった船の残骸へと腰掛けながらデュースは言う。コアラという女性を筆頭にこの周囲に身を潜めていた“革命軍”の構成員と思しき者たちが銃口を向けてきているのだ。

 

「海賊相手には死すら脅しにならねェ。銃向けられる程度のことは日常だ」

「“火拳”を止めて」

 

 肩を竦めるデュースに対し、硬い声でそう言葉を紡いだのはコアラである。デュースは彼女へ視線を送った後、凄まじい轟音と衝撃を撒き散らしながら戦う二人の男の方へと視線を向ける。

 大海賊“白ひげ”の二番隊隊長、“火拳のエース”。

 その実力の凄まじさを誰よりも知る人間のうちの一人こそがデュースだ。そして同時にその気質を知り抜いている彼はだからこそコアラの要求が不可能であることを知っている。

 

「そいつは無理だな。ああなったら止められねェ。……一応警告しとくが、撃つのは止めておいた方がいいぞ。その瞬間に後戻りはできなくなる。お互いにな」

 

 幾つもの銃口を向けられながらもデュースはあくまで冷静だ。しかし、表面上は余裕な彼も内心はそうはいかない。

 

(ああくそ、あの馬鹿……! “革命軍”と戦争する気かよ!?)

 

 相対する“革命軍”たちに告げた言葉に嘘はない。ああなってしまったエースを止める方法をデュースは知らないのだ。何せエースという男はあの白ひげを前にしても退かなかった男なのだから。

 その理由について、デュースは確信に近いある仮説を持っている。ポートガス・D・エース。彼は今の時代を創ったあの男の──

 

「先に手を出したのは貴様らだろう!」

 

 声を上げたのは銃を構える者たちのうちの一人であった。右手側の男を正面に見据える形にデュースは座り直し、素直に頷く。

 

「それはごもっともだ。だが忘れてねェか? おれたちは海賊だぞ」

 

 そう、海賊。無法者。やりたいように生き、やりたいように死んでいく嫌われ者。それが自分たちだ。

 

「海賊を相手に道理を説くのはまあ、正直お薦めできねェな」

「貴様……!」

 

 男のみならず、他の者たちの視線が鋭くなる。唯一、コアラだけが難しい表情をしていた。

 

(さて、どう逸らすか)

 

 正直、デュースに彼らとやり合う意思はない。なんなら今すぐエースをぶん殴って逃げたいくらいだ。できないだけである。

 故に次善の方法を模索する。理想は向こうがひと段落ついたところで撤退だろうか。

 

(永遠に時間を稼ぐ必要はねェ。そう時間も経たずにその時は来るはずだ)

 

 これだけ暴れているのだ。人目を引かないはずがない。故にそれまで決定的な衝突をしないようにすることが最善だろう。

 思考が確定すれば後はやるだけだ。……エースと共にいると毎回こんなことばかりな気がする、とどうでもいいことをデュースは思う。

 

「どうもそちらの参謀総長さんはエースの地雷を踏んだらしい」

「地雷って……どういうこと?」

「さァな。推察はできるが確証はねェ。だが、その前にそちらの疑問にも答えておこう。──今回、おれたちがあの二人を追っているのはエースの家族だからだ」

 

 家族という言葉に“革命軍”たちの間で困惑が広がった。それはそうだろうと思う。この話を聞いた時、白ひげ海賊団でさえも困惑するしかなかったのだから。

 

「“火拳”がドラゴンさんの子供だとでも? それに“歌姫”は“赤髪”の娘のはず」

「血は繋がってねェんだと。おれも何もかもを聞いたわけじゃねェが、子供の頃の結構な時間を同じ場所で過ごしたそうだ。そこで盃を交わしたらしい。義理の兄弟だってな」

 

 どんな魔境だと呆れる話である。“火拳”に“麦わら”に“歌姫”。その怪物たちが同じ場所で過ごし、家族として過ごしていたなどと。

 しかもエースは東の海の出身だ。……“最弱の海”の名が聞いて呆れる。

 

「おれたち白ひげ海賊団は家族を何よりも大切にしてる。だからここまで来た。あいつの家族を助けるために」

 

 これは嘘偽りのない本音だ。必死に頭を下げるエースに対し、だからこそ彼らは手を貸すと決めたのだから。

 

「ただ、その中で一つ気になることがある。ここに来る途中、あいつは言っていた。兄二人と弟一人、妹一人。そういう兄弟だったと」

 

 ──嗚呼、そうか。

 自分で言葉にして、ようやくデュースもそこへと思い至った。

 

(だから……お前は)

 

 許せなかったのか。

 大切な家族だからこそ。

 どうしても、我慢ができなかった。

 

「なァ、教えてくれ」

 

 コアラの方へと向き直りながら、デュースは問う。

 

「──あいつは何者だ?」

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 自分で自分がわからなくなるような感覚だった。

 右の拳。そのまま内へと身を捻って体当たり。それを横に避けると、追いかけるようにして回し蹴り。そしてそれをわかっていたように鉄パイプで受け止める自分。

 ……昔から不思議に思っていたことがある。

 力をつけるために“革命軍”で様々な武器の訓練をしたが、最も手に馴染むのは本来武器ではない鉄パイプだった。それもどこにでもあるような、誰にでも手にできるようなもの。

 戦い方は体が覚えていた。荒っぽくて非効率、しかしこと生き残るための戦い方としては正しいととある人物には評される。

 失った記憶。ドラゴンに拾われる前の自分が何者であったのか。きっとここに答えがある。

 

 ──サボという存在は、どんな人物だったのか。

 ──彼の人生は、どんな色をしていたのだろうか。

 

 わからない。思い出せない。

 ただ、それでもいいと思っていた。“革命軍”の一員として生きることに後悔はないし、この先もすることはないだろう。過去がどうであれ、今が大切なのだと。

 

「どうしたサボ!? その程度か!?」

 

 だが、眼前。炎を纏う男はこちらを睨み据えながら激情をぶつけてくる。

 ──彼は知っているのだろうか?

 今のサボになる前の、かつての“サボ”を。

 

「遅ェ!!」

 

 迷いが致命的な隙になった。ガラ空きになった胴。そこへ“火拳”の全力の拳が叩き込まれそうになる。

 避ける暇はない。せめて少しでもダメージを減らそうと後方へ──そう判断した思考とは真逆。

 

 ──体は、勝手に踏み込んでいた。

 

 鈍い感触は二つ。一つは自分の腹。もう一つは。

 全力で振り上げた、右足だ。

 

「────!!」

 

 拳を腹で受ける代わりに、相手の腹へ蹴りを叩き込む。ほぼ同時の一撃。痛み分け。

 衝撃で互いに後方へと弾かれる。ごほ、という音と共に血の混じった空気が漏れた。

 

(今の、は)

 

 思考を肉体が完全に無視した。そうではないと、この体が訴えているかのようで。

 

「…………ッ」

 

 ズキリと、頭に痛みが走った。最近よく起こる頭痛だ。

 

“おー、今日はサボの勝ち越しだね。26−24。ルフィは相変わらず全敗だけど”

 

 幼い少女の声。聞き覚えのある声。──誰の声だ?

 

“くっそー! おれが十歳になったらお前らブッ倒してやるからな!”

 

 幼い少年の声。こちらにも聞き覚えがある。──誰の声だ?

 

“その時ゃおれたちは13だ。相変わらず馬鹿だな”

 

 そしてもう一人。こちらもまた、聞き覚えのある声。

 誰──いや、わかる。これは。

 

“お前もそう思うだろ?”

 

 今、目の前にいる男の。

 

“サボ”

 

 あの男の──幼き頃の顔。

 何なんだ、これは。

 わからない。けれど、わからないで済ませてはいけないような気がする。

 

 ──そこに、いるのか?

 

 かつての自分。失ってしまった過去。

 お前は、“サボ”は。

 その場所に……いたのか?

 

 

「縁が、ねェだと?」

 

 

 呟くようなその言葉が、意識を現実へと引き戻した。

 肌を焼くような熱気。吹き抜ける風は熱を纏い、それだけで生命としての本能が危険を訴えてくる。

 原始より火とは人類と共にあった。人はその熱と輝きを利用し、同時に恐れも抱きながら歩んできたのだ。

 

「フザけてんじゃねェ!!」

 

 一際、その炎の勢いが増す。巨大な火柱の如く噴き上がるその炎は、まるで彼の激情を表しているかのようで。

 それだけの感情を向けられるほどの過去がそこにあったのかと、そんなことを思う。

 

「“竜の鉤爪”」

 

 冷静な思考は退くことを勧めていた。そしてそれはきっと正しい。

 でも、違うと思ったのだ。

 ここにいる自分か、或いは失ってしまった“サボ”がそう言っているのか。

 退いてはいけないと。進まなければと。そうでなければ。

 

 ──大切なものを失うと、本能が告げていた。

 

 炎が“火拳”の右腕に収束し、更に拳へと集まっていく。超高温のその右の拳は、煌めくように輝いていて。

 まるで太陽のようだ、と。

 そんなことを、少し思った。

 

 

「“火拳”!!」

 

 

 そして、その代名詞たる技が放たれる。人間一人どころか船でさえも容易に沈めうる力がサボへと迫る。

 対し、サボは前に出た。冷静な思考を全て黙らせ、胸の内の衝動に身を任せて前へ出る。

 そして、次の瞬間に。

 

 太陽のような輝きを放つ炎が、周囲の全てを飲み込んだ。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 なァ、サボ。あれから色々なことがあったんだ。

 お前がいなくなってからも、ルフィとウタと一緒に海に出る未来を想像して過ごしてた。毎日が薔薇色ってわけじゃねェが、悪くない日々だったと思う。

 あの日から七年経って、ルフィとウタに見送られて海へ出て、流れ着いた島で遭難して。そこで“メラメラの実”を食っちまった。何が起こるかわからねェもんだよな。

 それで、その時にデュースって仲間にも出会ったんだ。あいつ、名前は捨てたなんて言うからおれが考えたんだぞ? その時から少しずつ仲間も増えて“スペード海賊団”を立ち上げて……結構なお尋ね者になっちまった。まァ、約束通りだ。強くなって海賊になる、って約束のな。後悔なんて勿論ねェし、むしろこの程度じゃ足りねェとすら思ってた。

 ただ、ルフィとウタは海賊にはならなかったんだ。最初は驚いたが……まァ、ルフィらしいと思う。別にいいさ。海賊だろうが海兵だろうが、あいつらがちゃんと笑ってられるんならな。……“七武海”をぶっ飛ばしたって聞いた時は流石に驚いたが、おれたちの弟と妹だ。それぐらいはやるだろう。

 おれの方は妙な海兵──イスカってんだが、そいつに何度も追われたりしながら旅をしてよ。そのイスカが“七武海”への推薦を持ってきた時は流石に驚いた。……なる気なんてなかったが、その時にも色々あった。

 彷徨うような生き方だったと思う。がむしゃらに突き進んでた。そして──出会ったんだ。

 この背中の誇りに。出会うことができた。

 ようやく、見つけることができたんだ。

 

 ──なァ、サボ。

 話してェことが、いっぱいあるんだ。

 

 ルフィもウタもあると思う。でもその前にあいつらを助けなきゃならねェ。このフザけた世界の仕組みのせいで苦しんでるあいつらを、おれは助けたいんだ。

 だってあいつらは、おれの“家族”だ。

 生きていて欲しいと──そう、言ってくれたんだ。

 おれだってそうだ。あいつらに生きていて欲しい。幸せに……なって欲しい。

 おれなんかと違って、光の道を歩いていたあいつらには。歩けるはずだったあいつらには、そうなって欲しかった。

 お前だってそうだろ、サボ?

 だってお前は、おれにとって最初の“絆”だ。この“絆”が宝だと言ったのはお前じゃねェか。

 だから。

 ──だから。

 

「縁が、ねェだと?」

 

 お前が、そんなことを言うなよ。

 あったじゃねェか。恵まれた生活じゃなかったかもしれねェ。クソったれなゴミ山での生活は、きっと他人から見れば碌でもねェんだろう。

 それでもおれは──幸せだった。

 お前らが、“家族”でいてくれたから。

 おれは、あの日々を。

 

「フザけてんじゃねェ!!」

 

 だから、否定はさせねェ。お前にも何かがあったんだろう。おれが知らない道を歩いてきたんだろう。それはいい。元々そのつもりだったからな。お前が海賊じゃねェことも、生きていたくせに黙ってたこともどうでもいい。そうなる理由があったんだろ。

 だが、それだけは許せねェ。

 おれたちの間に確かにあったものを。あの日々を否定することだけは。

 絶対に──許さない。

 

「“火拳”!!」

 

 ──なァ、サボ。

 話してェことが、いっぱいあるんだ。

 

 でも、その前に。

 一発、全力で殴らせてもらう。

 

 話は……それからだ。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「消火を急げ!!」

「周囲に気をつけろ! 街までは来ねェと思うが住民たちも伝えるんだ!」

「まだ近くにいるかもしれない! 気をつけろ!」

 

 大騒ぎの声が聞こえてくる。路地裏の奥からその声を聞いていた二人の海賊のうち、マスクをした方がその声のする方へと視線を向ける。

 

「ありゃイスカじゃねェか。既にここの奴らを掌握してんのかよ」

 

 視線の先、おそらく“ガレーラ・カンパニー”の職人たちが動き回る中で“正義”のコートを纏う海兵がいる。彼女は一歩引いた位置におり、その上で声を張り上げていた。

 

「消火についてはそちらに任せたい! 私は下手人を探す! まだ近くにいるはずだ!」

『クルッポー。ならそちらにも手を貸す。何人かうちの社員を連れていくといい』

「ありがとう。ではすまないがここは任せたい」

 

 ……なんか鳩を肩に乗せた男がいる。気のせいでなければ、鳩が喋っていたような。

 

「長居はできねェな。……なァ、エース」

「…………」

 

 振り返る。すると、相棒たる男は壁に寄りかかって黙り込んでいた。その彼に対して呆れた様子でデュースが問う。

 

「反省してるのか?」

「いやそれは別に」

「しろよ! 危うく殺されるとこだったんだぞ!」

「お前なら大丈夫だろ?」

「信頼は嬉しいがそれはそれ、これはこれだ馬鹿野郎」

 

 ったく、とため息を溢すデュース。彼の視線の先にいるエースは左の頬に応急処置として治療が施されており、大きく腫れ上がっていた。

 

「オヤジ以来じゃねェか? そうして顔面をぶん殴られるのなんざ」

「昔の話だが、サボはおれとの勝負はほぼ互角だった」

「化け物しかいねェのかお前の義兄弟には」

 

 五億を超える賞金首であるエースの実力はデュースもよく知り抜いている。幼少期であるとはいえ、その彼と互角であったとはどんな化け物だ。

 そして実際、あの“火拳”の炎を突き破って肉薄し、それに反応したエースと相打ちの形で互いの顔面を殴り飛ばすところにまで持っていったその実力は本物だ。遠目に見ていたが、“火拳”を前にして一切退かずにむしろ全力で前へと踏み込んだ胆力は異常である。

 

「…………」

 

 エースの表情は優れない。それもそうだろう。相打ちとなり、吹き飛んだ二人。そして立ち上がろうとした彼らのところにデュースが予想していたものが来たのだ。

 ──即ち、暴れる賊を排除しようとする者たちである。

 撃ち込まれたのは無数の砲弾であった。主にエースを狙ったものであったが、数が数だ。“革命軍”もデュースも対処を迫られる。

 とはいえ、エースもデュースも無法者たる海賊である。大砲の砲門を向けられることなど珍しくないし、何なら寝ている時に囲まれて砲撃に晒されたこともあるくらいだ。それに比べれば今回は対処もそう難しくなかった。

 砲撃の音と共に前に出たのはエースだ。彼は即座に手を振るうと、巨大な炎の壁を出現させた。

 文字通りの壁。向こうとこちらを断絶するそれにあたった砲弾は熱で溶け、爆発する。そして同時にその炎は目眩しにもなった。その隙にその場を離れ、今に至る。

 

(イスカといい“革命軍”といい、不完全燃焼だな)

 

 どちらも横槍を入れられて決着も曖昧になっている。いやそもそも戦うなという話だが、前者は向こうから喧嘩を売ってきたから仕方がない。海賊だからという理由もあるが。

 

「とりあえずさっさと移動するぞ。宿は多分……手が回ってるかなこれは」

 

 いつの間に掌握したのやら、“ガレーラ・カンパニー”の職人たちを指揮しているのはイスカだ。ここの職人たちが海賊相手でも引かない強者揃いであることは有名である。それを纏めているとなると正直厄介な相手だ。

 そもそも真っ直ぐ過ぎてあしらうような形になることが多かったイスカだが、彼女自身の実力も相当なものである。いつの間にやら“武装色の覇気”まで習得しているし、まあ厄介な存在になったものだ。

 

「さて、どこに身を隠すかね」

 

 敢えて聞かせるために呟いているのだが、エースの反応はない。聞こえているのか、いないのか。

 全く、とデュースは息を吐いた。そしてあのコアラという女性から聞いた情報を口にする。

 

「──記憶喪失、だそうだ」

 

 えっ、とエースが顔を上げた。デュースはそんな彼に対して頷きを返す。

 あの時、何者かという問いをデュースは口にした。それに対し、コアラは言ったのだ。

 革命軍参謀総長たる彼。彼はかつてドラゴンに拾われたが、それ以前の記憶がないと。

 そしてその上で彼女は言ったのだ。

 

“サボくんは私たちの大切な仲間。それだけは確か”

 

 その言葉に不安が混じっていることはデュースにも伝わってきた。故に彼も頷いたのだ。

 

“それを否定するつもりはねェ”

 

 だが同時に腑に落ちたことでもある。

 エースとの間に発生した、噛み合わない感情。それはきっと。

 

「……そうか」

 

 呟いた彼は、どんな気持ちなのだろう。

 そこに踏み入るべきではないと思った。“家族”というもの。それを捨てて海賊になり、名前さえも捨ててしまったのがデュースであるのだから。

 ただ、まあ。

 

「感傷に浸ってる場合じゃねェだろ。さっさと行くぞ」

 

 それでも、かつて彼を船長と仰いだ時から変わらないことがある。

 彼を支え、共に海を往く。それだけは、ずっと変わらないのだから。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 真っ黒な闇の中にいた。右手には鉄パイプがあり、背格好も“革命軍参謀総長サボ”のいつもの格好そのものだ。だが、何故だろう。帽子だけがない。

 だがそれはいい。ここはどこだろうか。早く“革命軍”の皆と合流しないと。

 

(光……?)

 

 ぼんやりと、遠くで何かが光っていた。ゆっくりとそちらに歩み寄る。そこにあったのは小さな机と。

 

「──おれ?」

 

 幼き頃の、自分自身の姿であった。

 机に向かい、何かを書いているその背中。どういうことがわからず混乱してしまう。

 

“──また兄弟四人、どこかで会おう”

 

 不意に脳裏に響く声。これは……自分の声か。

 

“広くて自由な海のどこかで、いつか必ず!”

 

 込められていたのは、決意と覚悟。

 

“長男二人に妹一人と弟一人。変だけどこの絆はおれの宝だ”

 

 そして誇りであり……僅かな、寂寥。

 

“ウタの奴は寂しがり屋だし、ルフィもまだまだ弱くて泣き虫だけど”

 

 自身の頬を、温かい何かが伝った。

 

 

“おれ達の妹と弟だ。──よろしく頼む”

 

 

 嗚呼、そうだ。そうだった。

 何故、忘れていた。どうして、思い出せなかった。

 

 大切だったのに。誇りであったのに。

 ──幸せ、だったのに。

 あの日々が、何よりの──

 

「すまねェ」

 

 目を覆う。溢れてくるものが止まらない。

 

「おれは」

 

 何ということをしてしまったのか。

 あの日の“サボ”を置き去りにして、何を。

 

“いいよ”

 

 こちらに背を向けていた“サボ”が、振り返った。

 

“あいつらだって多分、許してくれるさ”

 

 椅子を降り、こちらを見上げる“サボ”。

 かつての自分は、笑っていた。

 

“それにまだ、何も終わってねェだろ? だったら謝るのは早ェし、それに今のお前だからできたこともできることもあるはずだ。そうだろ?”

 

 そうだ。その通りだ。記憶は失っていたが、“革命軍”の一員として生きてきたからこそできたことがある。

 今のサボを否定することはできない。目の前の“サボ”と今のサボ。どちらも自分なのだから。

 

“頼んだぞ”

 

 そして“サボ”が机の上の帽子を手に取り、こちらに差し出してきた。

 

「──ああ」

 

 その帽子を受け取り、しっかりと被る。

 

“世話の焼ける妹と弟だな”

「全くだな」

 

 過去と今。二つの自分が笑い合う。

 

「けど、大切な家族だ」

 

 そうだ。理由なんてそれでよかったじゃないか。

 エースは正しい。

 ──“家族だから”。

 あの二人を助ける理由なんて、それで良いのだから。

 

“頑張れよ”

「おう」

 

 過去と今がようやく重なる。

 そこにいたのは“革命軍”のNo.2である男であり。

 妹と弟を想う、兄でもあった。

 

 置き去りにした過去も、その後に積み上げてきた今もどちらも大切なもの。

 故にその両方を背負い、彼は進む。

 

 ──絶対に、失わないために。




















というわけで兄たちの決着。
記憶を失っていても、体はちゃんと覚えている。過ごした時間は決してそう簡単に消えるものではないのです。
この世界線ではまだ致命的な喪失には至っていません。まだ間に合う……のでしょうか。
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