逃亡海兵のルフィとウタ 短編集   作:Nines star

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逃亡海兵Water Seven⑲

 

 

 

第十三話 そうして、夜が明けてゆく

 

 

 

 

 

 置いて行かずに。

 一緒に行こう、って。

 あなたはそう言って、手を差し伸べてくれて。

 ──それが、私にとっては何よりの……“救い”だった。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 ……自分はどうしてここにいるのだろう。それが素直なイルの気持ちであった。

 あの後、駆け寄ってきたウタたちとも遭遇した。当然のようにウタからは警戒されたのだが、ルフィの言葉によってとりあえずという形で収まることになる。

 

“この間の島で助けてくれた奴だ”

 

 ルフィがイルを指して言った言葉である。これに一番困惑したのはイル自身だ。だが確かに少し前に海軍と彼が激突した際、介入する形でその撤退を手助けしたのも事実である。

 何か裏があるのだろうかと勘繰ってしまうのも仕方がないだろう。だが当の本人は。

 

“あの時はありがとう”

 

 真っ直ぐにそう言い切ってきたのである。そうなるとイルとしてはそういうものとして受け取るしかないように思えるし、ウタもまた多少の警戒心を残しつつも受け入れることにしたようだった。

 そしてそのまま招き入れられ、流されに流されて今に至る。……どうしてこうなったのだろうか。

 

「それでおめェはどうしたんだ? 相手は“七武海”だったんだろ?」

「関係ねェよ。ぶっ飛ばしただけだ」

「いやそんな簡単な話じゃないと思うわいな」

「相手が悪過ぎるわいな」

 

 部屋の中央で話をしているのは“麦わらのルフィ”だ。その対面でコーラを煽っているのがフランキーと名乗ったここの主人であり頭目であるという人物である。

 その隣で飲んでいるのが“スクエア・シスターズ”を名乗る二人の女性。モズとキウイというらしい。

 この“フランキー一家”というのは最初に受けた印象の通り、真っ当な集団というわけではないらしい。賞金稼ぎと解体屋を生業とするアウトロー集団とのことだ。

 犯罪集団というわけではないが、万人に受け入れられる立場というわけでもない。……元海賊である自分が言うのも滑稽な話だが。

 

「で、その王女様の演説の場におめェらもいたのか」

「おう。なんかバッジみたいなの貰ったぞ」

「それ勲章だわいな」

「勲章をバッジみたいなの呼ばわりする人初めて見たわいな」

 

 そしてそんな彼らの拠点たるフランキーハウスの大広間。その隅でできるだけ目立たないようにイルは座り込んでいた。ぼんやりと彼らの動向を観察しているのだが、逆に言うとそれぐらいしかすることがないだけでもある。

 つい先程まで彼らは宴会をしていた。その中心にいたのが“麦わらのルフィ”とフランキーであり、イルはそれを外から眺めていたのだ。そして夜も深くなった頃には宴会も自然と終わり、何人かは床に転がって眠っているような状況になっていった。

 居心地は悪くなかった、と思う。隅でじっとしていても邪険にされることもなく、声をかけてくれる人もいて。拙い受け答えでも不愉快そうな顔は微塵もされなくて。

 不思議な空間だった。かつて奴隷であった頃に見た光景とも、“金獅子”の下で見た光景とも違う奇妙な感覚。

 まるで歪な歯車が偶然噛み合っているかのような、そんな印象を受ける場所。

 とまあ、ある意味穏やかな時間であるのだが──

 

(……どうしよう)

 

 イルの内心は穏やかとは言い切れない状況であった。今の彼女は“革命軍”の一員だ。その最優先目標である“麦わら”と“歌姫”の居場所を確認した以上、他の者へ連絡をしなければならない。つい先程までは向こうには繋がらなかったのだが、時間も経った。定時連絡も含めて連絡を試すべきだろう。

 だが、今の彼女はそれができないでいた。

 人目があるから、というのが理由の一つ。特に“麦わら”はこちらに視線を向けていないが常に周囲を警戒していることが見て取れた。その表情は普通のものであるが、放つ気配に鋭いものを感じる。不用意なことはしたくなかった。

 そしてもう一つ。どちらかというとこちらの方が大きい。

 

「…………」

 

 イルは自身のポケット一つの音貝を取り出した。それはありふれたものであり、しかし彼女にとっては唯一と言っていいほどに大切な持ち物だ。

 かつて“歌姫”と呼ばれ、今や“神への大逆人”と呼ばれる人の歌が収められたもの。

 この歌声の主の姿を改めて見た今、どうしても“革命軍”へと連絡することを躊躇ってしまっている自分がいた。彼女がそれを望んでいるとはとても思えなかったのだ。

 自分自身の役割と、イルが抱えるものとしては珍しい私情という感情。その二つのせめぎ合い。それが他の“革命軍”への連絡を躊躇う理由だった。

 まるで祈るようにその音貝を両手で包み込むイル。その手つきはとても優しく──

 

「──その音貝、私の?」

 

 考えに耽っていたからだろう。その人が近付いて来ていることに気付かなかった。

 

「……ウタ様」

「前にも様付けで呼んでたね。……いいよ、そんな風に呼ばれるような立場じゃないから」

 

 はい、という言葉と共にウタがカップを差し出してきた。暖かな液体──匂いからしてココアだろうか。

 

「ありがとう、ございます」

 

 受け取りつつ、イルが頭を下げる。そんなイルへウタは首を横に振って応じた。

 

「それは私が言うべき言葉。助けてくれたんでしょ?……ありがとう」

 

 その言葉にイルは少し俯いてしまう。あれは咄嗟の行動だったのだ。“麦わら”と“白猟”の間に割って入った彼女の姿を目撃し、更にその頭部に十手が吸い込まれるように叩き込まれた瞬間、イルの体は勝手に動いていた。

 結果としては良かった。彼女たちを逃がすことができたし、あの場を納めることもできたのだから。しかし未だにイルはどうして自分があんなことをしたのか、自分のことだというのに理解できないでいる。

 いや、本当はわかっているのだ。どうしても信じられないだけで。

 ──イルという存在に、あのような激情があることを。

 自分は、知らなかったから。

 

「本当はすぐに言うべきだったんだけど。……ごめんね。色々と思うことがあって」

 

 隣へと腰を下ろしながらウタが言う。そんな彼女に対し、イルは絞り出すように言葉を紡いだ。

 

「いえ……私は、あなたを」

 

 刺してしまった、という言葉が出てしまう前に飲み込む。それは言ってはいけない気がしたのだ。

 

「…………」

 

 互いに無言。少しの距離を空け、並んで座り込んでいる光景は側から見ればどのように感じるだろうか。

 そんな中で伺うようにイルはウタを見た。湯気が立ち昇るカップを抱える彼女は、ぼんやりと広間の中心を眺めている。その視線の先にいるのは“麦わら”だ。

 彼を見つめるその瞳は優しく、愛おしげで。……同時に、どこか怯えるような色も宿っているような気がした。

 何か、見てはいけないものを──触れてはいけないものに触れてしまったような気になり、イルは視線を逸らした。そのまま何かないかと言葉を探す。

 だが元来彼女は他者との交流という点についてあまりにも経験が不足している。こういう時、咄嗟に上手い言葉が出てこないのだ。

 故に過去の経験を探る。かつて“金獅子”の下に集った“七宝剣”──彼らの姿を思い浮かべて。

 

“お主は何故親分に仕えておる?”

 

 浮かんだのは、“毒蛇”と呼ばれた女性のそんな問いかけの言葉であった。彼女にとっては世間話のついでにちょっとした疑問を解消しようとしたもの。

 それは彼女なりのコミュニケーションの取り方だったのだろう。あの時は上手く答えられなかったが……。

 

「その、ウタ様は……」

 

 口にしたのは反射的なものであった。何かを言わなければ、という謎の強迫観念に追い立てられるようにイルはその言葉を口にする。

 

「どうして、海軍に?」

 

 それはイルにとって切実な問いというわけではない。沈黙は良くないのではないかという考えから出た、一種の世間話だ。過去にされたことのある問いを口にしただけ。

 

「────」

 

 だが、ウタには少々予想外の問いであったらしい。驚いた表情を浮かべた後、そうだね、と目を伏せながら確認するように呟いた。

 

「インタビューとかでは“正義感”とか“泣いている人を助けたい”とか、そんな風に答えてたかな? 模範的で優等生な回答だね」

 

 小さく微笑むウタ。その笑みの意味はなんだろうか。

 

「広報っていう立場もあったからね。嘘でもなかったし。海賊が嫌いなのも本当で、泣いている誰かのために何かできることをっていう気持ちも本当だった。うん、嘘じゃない」

 

 何かを思い出すかのように言葉を紡ぐウタ。その意識の半分はイルへと向いているが、もう半分は彼女自身に向けられていた。

 

「実際にやりがいはあったし、歌うことで喜んで貰えることは嬉しかった。大勢の友達も信頼できる人も増えて、苦しいことも辛いことも多かったけど、それでも……うん。でも、そうだね。それは全部なった後の話。私が海兵になったのは──」

 

 カップを抱える手に力が籠った。制止するべきかをイルは迷うが、その決断をする前にウタが口を開く。

 

 

「──一緒に海兵になろうって、ルフィが言ってくれたの」

 

 

 たった一言。だけど、それがきっと彼女の始まりであり根幹なのだろう。

 それがわかるくらいには、その言葉に込められた想いは深かった。

 

「だから、私は……」

 

 その先の言葉を、ウタは口にしなかった。イルもそれ以上は何も言わず、小さく頷く。

 しばらくの沈黙。だがそれは重苦しいものではなく、時間がゆっくりと流れるような、どこか穏やかな時間。

 だがそれも長くは続かなかった。一人の少女がふらつきながら歩いて来たのだ。

 

「……お姉ちゃん……」

 

 確かシャオといったか。その少女は見るからに眠そうで、目を何度も擦りながらウタの方へと歩いてくる。

 

「シャオ、眠い?」

「……んー……」

 

 駄目そうだな、とイルはぼんやりとそんなことを思った。時間も既に深夜だ。眠くなるのも自然だろう。

 

「じゃあ、お布団のあるところに行こっか。──ビリー」

「クオッ」

 

 ウタが呼びかけると、“麦わら”の側でのびのびと過ごしていた巨大な鳥が駆け寄ってきた。

 

「一緒に来てくれる?」

「クオッ!」

 

 ビシッ、と器用に羽を操って敬礼じみた動きをするビリー。……不思議な鳥だ。

 その様子に満足そうに頷くと、ウタは立ち上がってシャオの手を握ってみせる。そしてイルの方へと視線を向けると。

 

「ごめんね」

 

 一言、そんな言葉を紡いだ。

 

「いえ……」

 

 上手い言葉を返せないでいる自分から視線を外し、ウタはシャオを連れて広間を出ていく。その背を見送りながら、イルは何度目かもわからない疑問を浮かべた。

 ──どうしたら、いいのだろう。

 その疑問の答えは、未だ得られそうになかった。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「じゃあ、ビリー。シャオをちゃんと見ておいてね」

「クオッ」

 

 小声で指示を出すと、布団に入った瞬間に眠ってしまったシャオの側に控えるビリーもまた小声で応じてくれる。彼の器用な敬礼に対し、ウタもまた敬礼を返した。

 そのまま扉を閉め、ウタは一度伸びをする。先程はイル相手にらしくないことを口にしてしまった。自覚のないうちに疲労が溜まっているのだろうか。

 ──ルフィに誘われて海兵になった。

 それがウタの海兵としての始まりだ。多くのことがあったが、そこだけは変わらない。あの日、置いて行くこともできたはずの自分の手を引いて連れ出してくれたのが彼なのだ。

 だからずっと必死だった。隣にいられるように、一緒にいられるように。ずっとずっと、ウタは必死に走ってきたのだ。

 

 けれど。

 その果てに辿り着いた“歌姫”という名前が、彼を大罪人に引き摺り落とすことになってしまった。

 

 あの日々は何だったのだろう。積み上げてきたもの、築き上げてきたもの。その全てがたった一つの“悪意”によって一瞬で奪われた。

 いや、“悪意”ですらなかったのかもしれない。

 きっとあれは、あの存在にとっては“当然”であったのだ。息をすることと同じ意味の摂理。故にあの事件は──

 

「…………ッ」

 

 自身の体を抱くようにして身を縮める。あの日の恐怖が蘇り、体が震えてしまう。

 どうしようもないほどの理不尽。世界全てが反転した瞬間。そして自身の出自。何もかもが“ウタ”という存在を責め立てているかのようで。

 巻き込んでしまった。

 地獄へ彼を引き摺り込んでしまった。

 あの日繋いだ手が、彼にとって呪いになってしまったのだ。

 

「……やだ……」

 

 でも、それでも。

 

「……一緒にいたい……」

 

 その先に待つのがどれほどの地獄であろうと。

 それでも、一緒にいたいのだ。

 

 ──それが、“ウタ”にとっての全てだから。

 

 浅ましい願いだろう。でももう、彼しか残っていないのだ。

 最早両の足で立つことがやっとの女には。何もかもを失ってしまったたった一人の女には。

 もう、彼しか。

 あの日繋いでくれた縁しか、もう──

 

 

「──ウタと一緒なら、どこだろうと楽しいに決まってる」

 

 

 耳に飛び込んできたのは、そんな声であった。広間へと続く廊下の途中でウタの足が止まってしまう。

 

「……おれはおめェらがどうしてェのか、って聞いたんだがな」

 

 相手の声はフランキーか。その声には呆れが混じっている。

 

「行き先は決まってねェからな。まァ、こういうのも良いだろ」

「今時海賊でも目的地くらいは決めてるんじゃねェのか?」

「そうかもな」

 

 声だけしか聞こえない状況。ウタは壁に背を預け、耳を澄ませる。誰よりも大切な彼の声は、いつもと変わらない気がした。

 

「思ったより呑気だなァ……。もっと悲壮感あるもんかと思ってたぜ。あっちの方は色々ギリギリみてェだが」

「仕方ねェよ」

 

 何が仕方ないのだろう。それは失望からくるものなのだろうか。或いは、落胆?

 

「誰だってしんどい時くらいあるだろ。それが今なだけだ」

 

 嗚呼、違う。これはそんなのじゃない。

 

「けど、ウタは強ェからな。多分大丈夫だ」

「そうかねェ。部外者のおれが言うもんでもねェと思うが、あっちのお姉ちゃんはそこまで強くは見えねェぞ?」

「なら一緒にいるさ。そうするって決めたんだ」

 

 頬を、熱いものが伝う。

 

「ずっとそうだった。だからこれからもだ。色々大変なこともあるけど、それはそれだ」

「強ェな、おめェは」

 

 フランキーの言う通りだ。ルフィは強過ぎる。

 あまりにも──眩し過ぎる。

 

「そんなことねェ。おれが本当に強ェなら」

 

 何かを堪えるような間。そして。

 

 

「──ウタを、泣かせずに済んだはずだ」

 

 

 泣くな。泣くな。泣くんじゃない。

 

「あんな風に、苦しまなくてよかったはずなんだ」

 

 止まれ、涙。

 じゃないと、私は。

 どうしようもなく、私を嫌いになる。

 

「強く、なりてェ」

 

 あなたは強いよ。

 

「もっと、強く」

 

 私なんかより、ずっと。

 

「ウタを、守れるくらいに」

 

 いつも、守っていてくれた。今も守ってくれている。

 

「──ウタが、笑っていられるように」

 

 どこまで私は弱いのだろう。

 この涙は彼のその誓いを踏み躙るものなのに。なのに、涙が止まらない。

 

 声を殺し、身を抱え、涙を溢す。

 そんなことしかできない自分が、あまりにも。

 あまりにも──……

 

 

 

 

 

 …………。

 ……………………。

 …………………………………。

 

 

 

 

 

「離すなよ」

 

 酒を一気に飲み干しながら、フランキーが言う。

 

「どんなことがあろうと、絶対に手を離すな」

 

 その瞳は真剣だった。ルフィは頷く。

 

「──当たり前だろ」

 

 その言葉に満足したのか、フランキーが小さく笑った。

 

「なら、いい」

 

 夜も深い時間。誰もが寝静まる時間に交わされた会話は、おそらく表に出ることのない物語だ。

 だがそれでも、そこには確かに誓いがあった。想いがあった。意志があった。

 故にこそ彼らは、その夜を駆け抜けたのだ。

 

 それでも、と。

 握ったその手を、離さぬために。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 夜も更け、街が眠りにつき始める時間。普段ならば眠りにつくはずの“ガレーラ・カンパニー”にはしかし、大勢の職人たちが集まっていた。

 だが普段から肉体労働に励み、尋常ならざる体力を持つ彼らも疲れが滲んでいる。そんな状況を見て声を上げたのはアイスバーグだ。

 

「今日のところは解散だ。今パウリーたちが増援の出迎えにステーションに行ってる。この後の捜索はあっちに任せて今日は帰って休め」

 

 大声というわけではないのだが、よく通る声であった。こういうところは流石に大会社の社長というべきだろうか。声に張りがあり、強さがある。

 そんな彼の言う海軍の増援が到着したという報告は少し前のものだ。それを受けて“ガレーラ・カンパニー”の代表としてのパウリーと、現地で状況を把握している海兵であるイスカがその出迎えに向かったのも少し前。今頃は駅で受け入れをしているだろう。

 そんなアイスバーグの言葉を受け、作業衣を着た社員たちが顔を見合わせる。そこには少しの困惑があった。

 

「しかしアイスバーグさん。足取りは掴めてませんし、廃船島で“火拳”と戦ってた連中の正体もわからないままです」

 

 そんな中で代表するように声を上げたのはルルという船大工だ。一番ドックの職長の一人であり、眼鏡をかけた坊主頭の男性なのだが……何故か謎の寝癖が一方向に飛び出している。一度見たのだが、寝癖を抑えると別のところから飛び出すという不思議な現象が起こっていた。不思議な体質である。

 そんな職長である彼が問いを発したのは立場もあってのことだろう。こうしてしっかりとした上下関係ができているのは流石に音に聞こえた“ガレーラ・カンパニー”か。

 

「これ以上は海軍と警察の仕事だ。市民としての義務という観点からはともかく、“ガレーラ・カンパニー”としての仕事にこれ以上は含まれていない」

 

 冷静な言葉であった。だがアイスバーグの言う通りなのだ。“火拳”という強大な海賊の捜索に加え、正体不明のその“火拳”と何かしらの理由があって衝突していた複数人からなる集団。都市の安全を考えるならば放置はできないが故に“ガレーラ・カンパニー”の職人たちが動いていたわけだが、それにはこの場に海兵がたった二人しかいなかったが故だ。

 海賊の相手は海軍の仕事である。その海軍が到着した以上、善良なる一般市民たる彼らは無理にそれに関わらない方がいいのも道理であった。

 

「決着が着いてねェ状態で終わりと言われても中々納得は難しいだろう。気持ちはわかる。だがおれたちの本来の役目を考えろ。それに予報じゃ明日に“アクア・ラグナ”が来る。そっちの対応も必要だ。何もかもに手を出して全部中途半端になるのが一番最悪なのはわかるだろう?」

 

 再び、職人たちが顔を見合わせる。徐々にであるが、納得の気持ちが広がっていくようだった。

 そこへ最後の後押しとなるよう、アイスバーグが言葉を紡ぐ。

 

「それに今後は海軍とも協力していくんだ。お手並み拝見といこうじゃねェか。──なァ、大尉殿?」

 

 突然話を振られ、近くに控えていたオリンは言葉に詰まった。だがどうにか言葉を絞り出す。

 

「はい。……最善を尽くします」

 

 周囲から小さな笑い声が溢れた。オリンとイスカは一日中職人たちと共に島中を走り回っていたのだ。率先して動いていた彼女たちに対し、職人たちも一定の信頼を置いている。この笑いは嘲笑ではなく安心からくるものだろう。

 

「まァ、アイスバーグさんが言うなら。この後は海兵さんたちに任せましょう」

 

 ある種予定調和でもあったのだろう。代表してルルが応じる言葉を紡ぐ。最初は海軍という呼び方をしていた彼がわざわざ『海兵さん』と呼んだところに、この島を訪れた二人の海兵に対する信頼が滲んでいた。

 

「明日も早いしな」

「とりあえず消灯確認か」

「他のとこにいる奴らにも連絡しねェと」

 

 職人たちからも次々と声が上がり、徐々に彼らが動き始める。そのほとんどが本社の建物から出ていく動きをしており、おそらく各々の家に帰るのだろうことは容易に想像できた。

 そんな光景を眺めながら、礼として敬礼をするオリン。一般市民たる彼らがこんな時間まで海賊を追うために動いてくれたのだ。彼らが二人の海兵に一定の敬意を持っているのと同じように、オリンもまた彼らに多大な敬意と感謝を抱いていた。

 そしてある程度の人員が立ち去った後、アイスバーグがオリンへと言葉を紡ぐ。

 

「すまんな。ダシに使った」

「いえ」

 

 アイスバーグの言葉に首を振って応じる。気にするようなことではない。彼の言う通り本来は自分たちの役目なのだから。

 頷きを返してくるアイスバーグ。彼はそのまま言葉を紡いだ。

 

「さて、お互いさっさと休みたいところだがそうもいかん。明日のことだ」

「発表のことについてですね」

「そうだ。どうにか調整は終わった。幸いにも反対意見はなかったのは何よりだな。腹に色々と抱えてる奴はいるだろうが……まァ、“火拳”なんて脅威が現実に現れた以上仕方ねェだろう」

 

 雨降って地固まる……とは少し違うかもしれない。そもそも降らない方が良かったのだから。

 だが、あの海賊の存在が現実の脅威を訴えるという形で話を進めやすくしたのも事実だ。最善ではないが次善であるとして受け入れるべきだろう。喜ぶわけにはいかないが。

 

「“世経”とも調整できたのは幸運だったな。後は……そうだな、共同の会見の内容について詰めたい。徹夜になるが構わないか?」

「はい。私は問題ありません」

 

 むしろオリンは民間人であるアイスバーグに無理を強いる立場なのだ。不満など口にできるわけがない。

 

「よし。じゃあこっちに来てくれ。──カリファ」

「──資料はこちらに」

「ンマー! 流石だな」

「いえ」

 

 少し離れた場所に控えていたカリファが、名を呼ばれた瞬間にアイスバーグの求めるものを差し出してくる。……途中で何度も思ったが、あまりにも優秀過ぎないだろうか?

 

「…………」

 

 そんなカリファがチラリとこちらへ視線を送ってきた。ただ視線が向いただけ──ではない何かを僅かに感じる。

 オリンの中にある本能。いや、経験からくる何かが──

 

「そこの会議室を使おう。少し散らかってるが、気にしないでくれ」

「はい」

 

 だが、アイスバーグの言葉によってオリンはその思考を打ち切る。そしてオリンが彼の後をついていく途中で、アイスバーグはカリファへと指示を出した。

 

「ああ、そうだ。悪いがカリファ、社員たちに指示を出しておいてくれ。捜索は終了し、明日に備えろとな。それが終わったらお前も帰って休むといい。疲れてるだろう?」

「……明日の会見については?」

「朝に改めて打ち合わせをする。内容については大尉殿と詰めておくから明日の朝に確認してくれ」

「承知しました」

 

 礼儀正しく一礼するカリファ。そのまま彼女は子電伝虫を取り出し、二人から離れて歩き出していく。こんな時間だというのに疲れが微塵も見えなかった。

 

「できるだけ手短にいこう」

 

 そんな彼女を見送り、会議室の扉を開けながら言うアイスバーグ。その背に対し、はい、と応じる言葉をオリンが返す。

 難しいことなどない。オリンは特使としての役目を果たし、アイスバーグは市長としての役目を果たす。

 既にシナリオも出来上がっている。何故か非常に協力的だったモルガンズたち“世界経済新聞社”の者たちも記者会見では協力してくれるというし、議員を始めとする有力者たちも表向きはとても協力的だ。

 

(任務は無事に完了する)

 

 その後はどうしようかと、ふと思った。

 浮かんだのは、誰よりも尊敬する人たちの背中。

 あの日、見送るしかなかった背中。

 今も抱える、後悔そのもの。

 

(いっそ、何もかもを)

 

 何度も浮かんで、何度も切り捨てたことを思い浮かべる。

 その選択を選ぶには、あまりにも。

 あまりにも、己の力が足りなくて。

 そして何より、どうしようもなく“大人”になってしまっていたのだ。

 なればこそ、世界に抗い続ける勇気など……持てなかった。

 

 でも、いつか。

 また、あの人たちの背中を見ながら。

 ようやく好きになることのできた、音楽を。

 

 そんな願いくらいならば、許されるだろうかと。

 そう、思った。

 

 

 ──だが、世界とは常に予定通りとはいかぬのが常である。

 

 

 結論から言うならば、彼女の任務は予定通りには完了しなかった。それどころか事態は更なる混迷へと落ちていくことになる。

 本来の予定であれば、翌日の新聞の見出しはこうなるはずだった。

『市民の安全を守ることを第一とし、海軍は加盟国へ部隊を駐屯させることを決定。その第一歩をウォーターセブンで踏み出す』。

 そして実際の当事者として記者会見を開き、シナリオ通りの問答を行う。記者会見を操作するのはモルガンズ率いる“世界経済新聞社”だ。影響力の強い彼らが大きな声で質問を飛ばし、会見の流れを誘導する。そして会見が終わった後は打ち合わせ済みの議員たちや有力者たちにも発言をしてもらう。

 そこではいくつかの懸念点について触れてもらい、それに対して答えを示す。これはアイスバーグの提案による一種のガス抜きだ。今後も努力が必要であることを示しつつ、しかし前向きに行うと宣言するというもの。

 人間とは不思議なもので、メリットばかりを口にされると疑ってしまう。故に適度にデメリットも提示する必要があるのだ。だがそのデメリットは解消可能であると同時に示すことにより、デメリットに対する不安は持たせないよう配慮する。そうすることで全体の流れとして受け入れる方向へと持っていく。

 正しくこれは政治と呼ばれる手法だ。絵を描いた人間たちの素養と能力がなせる一種の技術だろう。

 だが──そうはならなかった。

 描いたものは、誰も予想しなかった悲劇によって踏み躙られる。

 翌日の新聞に踊った文句は、酷く簡潔であった。

 

 

 アイスバーグ市長、暗殺未遂。犯人は不明。犯行時刻は不明。

 被害者は二名。共に意識不明の重体であり、特に複数の弾丸を身に受けた海兵は予断を許さない状況にある。

 その海兵の名は、オリン大尉。

 ──“金獅子事変”における、英雄の一人である。

 

 
















というわけで遂に事件が起こりました。
ここまで来るのに時間が随分かかりましたが、本番はここからです。W7の一番長い日。諸勢力が動きます。

W7の後は過去編というか海兵時代のお話も書きたいなー、と思ったりしています。
ただ、まずはその前にW7の決着を目指しますが。

楽しんでいただけたら幸いです。
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