第十七話 水の都の一番長い日④
──フランキー一家。
解体屋兼賞金稼ぎ。特徴的な格好をしたアウトロー集団であり、フランキーという常に海パン姿の男が率いている。
街から離れた場所に居を構える彼らは騒ぎを起こすことが多く、住民や来訪者とのトラブルが多い。特に海賊を始めとした賞金首を襲い、結果として街に被害が出ることもあった。
狙われれば文字通り根刮ぎ解体される。故に──
(関わらない方がいい、か)
ここに来る途中、イスカが聞き込みをする中で得られたのが以上の情報だ。そして誰もが関わらない方がいいと同時に忠告してきた。
確かに話を聞く限りタチの悪い連中のようだ。実際、少ない時間で漁った記録の中でも様々なトラブルで警察の厄介になっている。
(だが、嫌悪感は感じなかった)
評判は悪いし、実際にそれだけのことをしているのだろう。だがそこには拒絶の感情はなく、どこか温かみすら感じた。
そう、まるで。
──あれでいいのだ、と。
そう、暗に言っているようで。
(だから、ここにいるのか)
人の本質を見る目を持つ者たちだ。あの二人にとってフランキー一家というのは信頼の置ける性質をしている者たちのなのだろう。
……気が重い。だが仕方がない。これは責任であり、自分にしかできないことだ。
だって、私は。
あの場にいることさえ──できなかったのだ。
だからせめて、友が抱え込もうとしたものを一緒に背負おう。何、今更だ。
──捕らえるべき相手を見逃したことが、二回になるだけ。
「海軍が何の用だ?」
出てきたのはリーゼントに海パンという中々にぶっ飛んだ格好をした男であった。その背後には二人の女性が控えている。
本当に聞いた通りの格好なんだな、とどうでもいいことを思う。
「こちらに私の身内が世話になっていると聞いている」
「身内だァ?」
「その身の安全を守ると誓った相手は身内だ。違うか?」
こちらを警戒する相手──フランキーに対し、そう告げた。瞬間。
「イスカお姉ちゃん!」
「クオッ!」
「シャオ、ビリー」
扉の奥で少女と鳥が声を上げた。その姿が確認できたことにイスカがホッ、と息を溢す。
「元気そうで良かった。……すまない、これは礼だ。簡単なものだが」
「あ、こりゃどうもご丁寧に」
右手に下げていたギフト品をフランキーへ手渡す。思ったよりもまともな対応だった。
「コーラだわいな」
「下の包みはお肉だわいな」
聞き込みの際に聞いたのだが、これが一番と言われたが故だ。控えていた女性たちが受け取り、中へ運んでいく。それを一瞥すると、フランキーが言葉を紡いだ。
「気を遣わせたみてェだな」
「いや、本来ならもっと早く来るべきだったんだ。だが立て込んでいてな。すまない」
「……まァ、そりゃ察するが」
こちらの状況は理解してくれているらしい。やはりというべきか、見た目と評判通りの男というわけではないようだ。
「あの子には?」
「伝えてねェよ」
「そうか。……感謝する」
頭を下げるイスカ。礼を尽くすべき相手には礼を尽くす。それが彼女の流儀であった。
「……調子狂うぜ」
そんな彼女に対し、フランキーが呟く。そして気を取り直すように、それで、と言葉を紡いだ。
「あいつらを連れて行くのか?」
「元々はそのつもりだった。だが、現状では……」
「まァ、無理だろうな。アイスバーグのことはこっちも聞いてる」
思った以上に話のわかる相手だった。意を決したようにイスカは言葉を紡ぐ。
「不躾であることはわかっている。だがどうか、今しばらくあの子達を任せられないだろうか?」
「ああ、別に構わねェよ」
対し、非常に温度差のある返答だった。
「子供一人と鳥一匹程度大したことじゃねェ。……話はそれだけか?」
「ん、いや……」
「なんだよ」
「想像では色々言われると思っていたからな。少し驚いた」
「……状況が状況だろ。おれたちだってこの島で暮らしてんだ。協力ぐらいする」
肩を竦めるフランキー。やはり聞いていたのとは違う──いや、言外に告げられていた通りの男だということなのだろう。
乱暴者の無法者でありトラブルメーカーであることは事実。しかしそれだけではない。アウトローを纏め上げ、住民たちから一定の信頼を寄せられるだけの男だということだ。
「それで? 律儀にそれを頼みに来ただけってわけじゃねェんだろ」
「律儀も何も当然のことだと思うが。──そうだな、もう一つ」
イスカは視線をフランキーハウスの奥へと向ける。フランキーと話をしている自分を部屋の中で見つめているシャオとビリー、そして数人のおそらく構成員たち。
だがその更に奥。そこに複数の強い気配がある。
──“見聞色の覇気”。
あの日、エースがシャボンディ諸島で見せた“覇気”という力をイスカは死に物狂いの鍛錬によって習得した。未だその練度については途上ではあるが、その戦闘能力は大尉という階級からすれば破格である。
「──ルフィとウタが、ここにいるのだろう?」
まるで、空気が凍りついたかのようであった。
空間が軋んだのではないかと錯覚するくらいに重い圧力が周囲を支配する。
「……何の話だ?」
「駆け引きは苦手だ」
フランキーの言葉に対し、そう返答を返す。昔からそうだがイスカは駆け引きというものが苦手だ。いつだって真っ直ぐに、最短距離を突き進んできた。
ただ、あの日から多くのことを考えるようになったのも事実だ。ただ突き進むだけでは駄目なのだということを理解し、考えるようになった。
ただ、それでも性分は中々変えられないものである。だから考えた上で正面からここへ来たのだ。
「私の友人が教えてくれたんだ」
「友人だァ?」
「そうだ、大切な友人だ。……守ることができなかったが」
その言葉でフランキーは察したのだろう。口を閉じる。だが彼は腕を組み、玄関口に立ちはだかるように立ったままだ。
義理堅い男なのだろうと、そんなことを思う。どんな理由で彼らがここにいるのかはわからないが、この男がこうするだけの理由があるのだろう。
──変わらないのだな、と。そんなことを思う。
あんな事件を起こしても。それでも、その本質は変わらぬままなのだろう。
「いいよ、フランキー」
聞こえてきたのは、青年の声だった。おい、という声と共にフランキーが振り返る。
そこにいたのは、麦わら帽子を被った青年だ。
(やはりか)
前に会った時と比べ、随分と鋭い気配を纏っている。だがそこにいるのは、確かにあの青年だった。
今や世界政府が“大逆人”と呼ぶ男。
かつては“新時代の英雄”と呼ばれ、人々の希望であったはずの人物。
──“麦わらのルフィ”が、そこにいた。
「…………」
無言のまま、イスカは羽織っていた“正義”のコートを脱ぐ。その様子を見たフランキーが眉を顰めた。
「おい」
「身内を預かって貰った礼をしに来たら、休憩していけと提案された」
いつか上官が似たようなことをしたのを見たことがある。あの時には反発したのだが、今ならわかる。
こういうことは、必要なのだ。
世界は決して、白か黒かだけでは語れないのだから。
「どうだろうか?」
前へ、前へ、ただ真っ直ぐに。それがイスカの性分だ。それを変えることは今更できない。
だが、それだけでは駄目だということをあの日に学んだ。だから、学んだことを無駄にせぬため少しでも。
いつか、きっと。
──手を取るとか、取らないとか。
そんな形とは違う、もう一つの答えを見つけるために。
◇◇◇
「魚人島の時以来か」
簡素な椅子に座ると、対面した相手はそう言葉を紡いだ。イスカ大尉──彼女は魚人島の騒動においてルフィとウタに協力してくれたことのある人物である。
元々彼女とはとある任務において偶然共闘することがあり、交流自体はそこからあった。それこそまだ将校になったばかりの時からの知り合いである。
魚人島では諸々の事情から交流のある海兵として警備のために派遣されたのだが、やはりというか当然というべきか、とんでもない大騒動になってその中で彼女も大立ち回りを演じた。
「はい。その……お久し振りです」
「敬語はいい。……魚人島の時にも同じことを言ったな」
ウタの言葉に対し、イスカが苦笑する。出会った当初はイスカの方が階級が上であったのだが、その後とんでもない勢いで昇格していったせいで追い抜いてしまったのだ。そして久し振りに任務を共にした際、イスカに言われたのだ。
“もうそちらの方が階級は上なんです。敬語は必要ありません”
その言葉に非常にショックを受けたことを覚えている。そして本来なら規範上駄目なのだが、イスカに敬語を止めてくれとウタが頼み込んだという経緯がある。
彼女は歳の近い同性の同僚であり、頼れる先達であり、そして何より……友人であると、そう思いたかったから。
“そうか、わかった”
そしてこちらは割と必死だったというのに、あまりにもあっさりとイスカは頷いた。
ウタとイスカの関係とはそんなものだ。ルフィについては……まあ、大体わかるだろう。真面目な彼女によく注意されていた。
「一応言っておくが、お前たちの名前は聞いていない」
僅かに警戒を孕んだ空気の中、イスカが最初にそう切り出した。その瞳は真剣だ。
「なら、どうして」
「──“私が一番信頼する人たちと一緒にいる”」
ウタの問いに対し、イスカが真っ直ぐに答える。
「シャオとビリーの居場所を聞いた時、彼女はそう言っていた。……生憎、私に心当たりは二人しかいない」
「……そうか」
呟いたのはルフィだ。彼は一度息を吐くと、真剣な表情で言葉を紡ぐ。
「オリンは?」
「私は医学は専門外だ。だが……私の経験からしても、正直なところ厳しいと感じている」
空気の圧が増した。だがイスカはそれで臆するようなことはない。
「命があることさえ奇跡とまで医者は言っていた。事実、そうなのだろう。人は脆い生き物だ」
「何とからならねェのか?」
「医者曰く本人次第だそうだ。それはつまり、手は尽くしたということだろう」
「……そんな……」
溢れた悲痛な声。何もできない──その事実は、何よりも重く、辛い。
「すまない」
ポツリと、イスカの唇から呟きが漏れた。
「私が、側にいれば」
「謝ることじゃねェだろ」
麦わら帽子を被り直し、ルフィは言う。
「大丈夫だ」
その笑みに無理が宿っていることはわかった。彼女は仲間だったのだ。共に戦場を駆けた戦友であり、苦労を共にしてきた友である。
モンキー・D・ルフィという青年は仲間というものを何よりも大切にする。そんな彼にとって何もできない今の状況は何より辛いはずなのだ。
「ルフィ」
その左手を、そっと握る。……こちらの手の方が震えているのが、少し、情けなかった。
「ああ」
返答は短かった。だが、それだけで伝わってくる。
その想いが。苦しみが。
だから、分け合うのだ。……そうあろうと、決めたのだから。
「……本当は、この場で剣を抜くべきなのだろう」
一つの咳払いと共に、イスカがそう言った。
「私は、海兵失格だな」
そして苦笑する。いいのか、と思わずといった調子で言葉を紡いだのは少し離れた場所で見守っていたフランキーだった。
「賞金首を匿うのは重罪なんじゃねェのか?」
「わかっているなら止めろ、と言いたいところだな。ただ、まあ……今の私は海兵を休憩中だ」
「とんでもねェ不良海兵だな」
「不良海兵か。昔の私が聞いたら何と言うだろうな」
苦笑するイスカ。そして彼女は一度目を閉じ、意識を切り替えた。
「失格ついでに言っておくが、私はお前たちを“悪”だと思えない」
イスカの視線が向けられたのはルフィとウタだった。そこに宿る意志は強く、しかし、揺らぎがある。
「ウタを守るためにルフィが拳を振るった。それだけだろう?」
「ああ、それだけだ」
「後悔は?」
「ない」
即答であった。ウタの右手を握るルフィの力が強くなる。意識してか、無意識か。きっと後者なのだろう。
思わずウタは俯いてしまう。彼のその言葉が嬉しくて。
……けれど、だからこそ。
自分が──情けなくて。
「なら、その手を離すな」
何かを思い出すように、自身の右手を見つめながら。
「絶対に」
そこに滲んでいるのは、後悔か。
「私は……掴めなかったから」
或いは、もっと別の──
「何か、あったんですか?」
「昔の話だ。海兵を辞めて賞金稼ぎとして船に乗れと、そんなことを誘ってきた海賊がいた」
ウタの問いに対し、イスカはそう言葉を紡いだ。それはまるで、大切な思い出を語る時のような優しい声色。
「海兵相手にとんでもない提案だと思うだろう? 昔からそういう奴でな」
「昔から?」
「何度も何度もやり合った相手だったんだ。結局捕まえられなかったが」
私が未熟だった、と笑うイスカ。そしてポツリと、思わずといった調子で彼女はその名を紡ぐ。
「……全く、エースの奴は……」
普段なら聞き逃していたのだろう。だが、その名にウタは覚えもあった。
「エース?」
そしてそれは勿論、ルフィもだ。
「……声に出ていたか?」
そして、しまったとでも言いたげな表情をするイスカ。その彼女に対し、ルフィが身を乗り出して問いかける。
「エースって、エースのことか?」
「どのエースなのかはわからないが、私が言っているのは“白ひげ”の──」
「──兄ちゃんだ」
イスカの言葉を遮り、ルフィが言う。
「エースはおれたちの兄ちゃんだ」
「…………は?」
◇◇◇
ポートガス・D・エース。“火拳”の名で知られるその海賊の名は、今や世界中に知れ渡っている。言ってしまえば大犯罪者だ。
そしてルフィとウタ。共に海軍における“新時代”の象徴であったこの二人はそのエースと義兄弟である。
……とんでもないスキャンダルだ。ルフィの父が“革命家”ドラゴンであるということ、ウタの父親が“赤髪のシャンクス”であるということ。その情報だけで世界は衝撃を受けたと言うのに、更にこの情報が加わればどうなってしまうのか。
「どういう星の下に生まれてきたんだ」
話を聞いたイスカは片手で額を押さえながらそう言った。その言葉には呆れが混じっている。
「どうって言われてもなァ」
「いやまあ、出自に関しては本人に罪はない。問題はどう生きるかだからな」
誰を親とするのかを子供は選べない。どこに生まれるかも選べない。ならばそこからどう生きるか──きっと、それが最初の選択だ。
「そういう意味では過剰に反応する方が悪いのだろう。……まあ、驚くこと自体は仕方がないと思うが」
「そりゃそうだわな。おれも驚いた」
うんうんと頷くフランキー。格好も行動も割と常道から外れているというのに、妙なところで常識的な男であるとどうでもいいことを思う。
「だが、エースがここにいた理由がようやくわかった。相変わらずだな、あいつも」
その言葉には様々な感情が込めれている。思わずウタが言葉を紡いだ。
「相変わらずって?」
「昔から身内を大切にする奴だった。……海賊に使うべき言葉ではないと思うが、あいつは“いい奴”だ。こんなことを言っていると咎められそうだが」
「誰が咎めるんだ?」
「……ああ、成程。お前はエースの弟だな」
ルフィの言葉に対し、小さく笑ってイスカは言う。妙なところで鋭い癖に、妙なところで頓着しない。血は繋がっていないというが、やはり彼らは兄弟だ。重なる部分がある。
「よく似ている」
「そうか?」
「ああ。血が繋がっていなくても、兄弟なんだな」
こんな弟がいて、その隣に妹がいる。ならば彼は命懸けで手を伸ばすだろう。そんな確信に近い想いがあった。
「だが、そうなるとやはり犯人がエースというのは考えにくいな」
ウォーターセブン市長、アイスバーグの暗殺未遂事件。イスカ自身はエースが犯人ではないと考えていた。だがそれは大いに主観が込められたものだ。証拠があったわけでもないし、だから何も言わなかった。
そもそも何故ウォーターセブンにいるのかというのが疑問でもあったのだ。偶然立ち寄ったという見方もできるが、それは多分に希望的な要素が入った見方である。故に保留にしていたのだが……。
「エースじゃねェ」
「私もそう思う。だがそれは感情論だ。それだけでは駄目だと私は知っている」
こうあって欲しい、という気持ち全てを否定するわけではない。だがそれは目を曇らせる。そして曇った目で見据えた先に待っているのは悲劇だけだ。
かつてのイスカ自身がそうであった。だからこそ、あんな結末になってしまったのだと今は思う。
「だから必要なのは真犯人を見つけることだ」
「当てはあんのか?」
「情けない話だが、容疑者すら浮かばないのが現状だ」
フランキーの問いにイスカが首を振る。そもそも“火拳のエース”の名前が出たのは彼が表立って小競り合いをしたためだ。ここにいるということが確定した存在であり、名の知れた海賊であるという事実。状況的に見当もつかないとは言い難い状況であったのも背を押している。
無論、これはエースの人となりを知るイスカから見た視点だ。多分にバイアスがかかっているし、エースが犯人である可能性もゼロというわけではない。何せ証拠も何もないのだから。
「動機もわからない。聞けばアイスバーグ市長はこのウォーターセブンにおいて随分と慕われている人物だ。そんな人物を害したことで何が得られる?」
「海賊だしなァ……。得られるもんなんざねェだろ。どこぞに依頼されたってんならともかく」
「少なくともエースはそんな依頼を受けるような奴じゃないとは私は思う。だが……それこそ強盗であると仮定した場合、それはそれであまりにも不可解だ。金庫のある部屋ではなく、いくつかの図面と資料があるだけの会議室で事件が起こったんだぞ? そこで争う意味はない」
だからこそわからないのだ。いっそのこと金目の物でも盗まれていたらわかりやすかったが、被害者二名以外には多少荒れた会議室以外に被害はなかった。故にその動機がわからないままであり、故に犯人像が掴めない。
そうなれば次は背景の推測だ。アイスバーグが狙われた理由。それについてもいくつかの仮説が上がっているが、それはそれで疑問が浮かぶ。
「動機から追っていくにしてもこの島の造船会社はアイスバーグ市長が全て纏めたのだろう? ならば競争相手という概念がそもそもからして存在しない。ならばそれは理由としては弱いだろう」
「そりゃそうだ。てことは別の理由だな」
「ならば政治分野だ。アイスバーグ市長の競合相手になる政治家は?」
「いねェと思うぜ。将来的にはともかく、今のアイスバーグ相手に真っ向から立ち向かう理由がねェ。……今でこそ発展して安定してるように見えるが、こうなったのも最近の話だ。昔はそりゃ酷ェもんだった。それを立て直した奴をどうこうしようなんざ、それこそそいつの頭がどうかしてる」
肩を竦めるフランキー。考えれば考えるほど不可解なのだ。狙われる理由がわからない。
「……よくわかんねェけど、オリンがどうして狙われたのかがわからねェってことか?」
「というよりはアイスバーグ市長だな。結局のところ彼女は一海兵だ。個人的にはともかく、世間的な重要度も対外的な重要度もそう高くはない」
「そっか」
頷くルフィ。昔はこの手の話をしているとすぐに寝ていた記憶があるが、今の彼は話を聞こうとしている。
変わったものだ、とイスカは思う。それはきっと必要なことだったのだろうとも。
そしてそれは、彼の隣にいる人物のためのもので──
「……あの」
遠慮がちに声を上げたのはウタだった。どうした、とイスカが問うと、ウタが頷く。
「昔センゴクさんに教わったことがあって」
元帥の名がサラッと出てくるのはどうかと思う。
「“メリットではなく、デメリットを見ることが必要なこともある”って」
「……どういう意味だ?」
「えっと、自分にとって利益になることをしたいのは当たり前なんだけど、人は感情の生き物だから。──“自分も損をするけど、それ以上に相手が損をする”っていう考え方をする人もいるって言われたことがあるの」
イスカもフランキーも眉を顰めた。特にフランキーは顎に手を当て、考え込む。
「つまり暗殺は実行した側もダメージを受けるが、それ以上に相手へのダメージを与えることができるからやったということか?」
「あくまで例えだし、本当かどうかはわからないけど……」
ウタも考えが纏まっているわけではないのだろう。言葉が尻すぼみになっている。
だが、少し盲点であったような気がする。残念ながら具体的な考えは浮かばないが。
「……海軍の駐屯部隊ってのは、誰が来るか決まってんのか?」
不意に、フランキーがそんなことを口にした。いや、とイスカは首を振る。
「アイスバーグ市長は私たちがこのまま残ることを希望してくれていたが、具体的な話はこれからだ。白紙だと言ってもいい」
「駐屯部隊ってことは色々調整が必要だよな?」
「それはそうだろう。それこそアイスバーグ市長とこれから詰めていくはずだった」
「──成程な」
険しい表情のフランキー。どうしたんだ、とルフィがフランキーへ問いかける。それに対し、フランキーが口を開いた。
「商売ってのはwin-winが基本だ。それはおれたちみてェなアウトローでも変わらねェ。だが、相手と敵対してる場合は違う。……おれたちの稼業と同じだ。賞金首を捕まえておれたちは儲ける。その時に利益を得るのはおれたちと世界政府であり、賞金首は損しかしねェ」
「どういう──」
「────」
イスカが言いかけたところで、いきなりルフィが立ち上がった。剣呑な雰囲気を纏い、玄関のある方向を睨みつける。
その空気が先程までとは全く違うが故に、他の三人はすぐに言葉を紡げなかった。
数秒、時間が流れた。重い口調でルフィが言葉を紡ぐ。
「──大勢が向かってきてる」
それは、まるで。
不吉の調べのようだった。
◇◇◇
ウォーターセブンに住む者たちにとって、“アクア・ラグナ”に対する備えは慣れたものだ。それはフランキー一家の者たちも変わらない。
「はい! 麻ってこれだよね?」
「おお、バッチリだ! ありがとよ!」
「どういたしまして!」
傍目から見るととてつもなく奇抜なデザインをしたフランキー一家の拠点、フランキーハウス。その家もまた、“アクア・ラグナ”に対してはしっかりと備えをしなければならないという点では普通の家と変わらない。
家の中では来客の対応を一家の棟梁たるフランキーが客人の二人と共に行っており、その間に一家の他のものたちは備えの準備だ。具体的には隙間に麻を詰めたり壊れた場所の補修や点検である。これを怠ると浸水して中が駄目になるどころか、最悪家が消滅する。
その備えのための作業をフランキー一家の男衆がしているわけであるが、シャオとビリーはその手伝いをしていた。中で難しい話をしているのを見て取り、シャオが手伝いを申し出たのだ。
とはいえ危険な作業はさせられない。どうしたものかと思ったところに思いついたのが、自由自在に空を飛ぶビリーによる道具の運搬である。そして実際、ビリーも指示を出しつつ道具を揃えるシャオも大活躍だった。
「しかし助かるぜシャオちゃん、ビリー。今まではいちいち物を取りに行くのに梯子を使わなきゃならなかったからなァ」
「キツいってわけじゃねェんだけど、やっぱ時間かかるしな」
「しかし本当に賢いというか頭いいというか。確かシャオちゃんの故郷にいるんだよな?」
物怖じしないシャオ自身の性質とその明るさ、そして秒でフランキーに気に入られたということもあってフランキー一家はシャオに好意的だ。見た目こそアウトロー集団であるが、彼らは無差別に被害を振り撒くわけではない。自分たちに好意的な相手にはちゃんと好意を返す者たちだ。
「うん。でもビリーは小さい方だよ?」
「マジかよ」
「そうなのかビリー?」
「クオッ!」
「これはそうだって言ってるな」
「いやお前は言葉わからねェだろ」
一人のツッコミを受け、ギャハハ、と明るい笑い声が周囲に響く。実に穏やかな空気だ。
「しかしそのシャオちゃんの故郷が例の島だってんだから驚きだな」
「ああ、“金獅子”の。ありゃ凄ェ騒ぎだったな」
世界中へと轟いた“金獅子”が引き起こした戦争とその結末。その衝撃は水の都にも届いていたし、相応の衝撃をもたらしていたのだ。
具体的には景気が良かった。フランキー一家も例外ではなく、島全体が大いに盛り上がったのだ。大量の造船依頼が舞い込み、仕事が増えれば金の回りも良くなる。金が回れば活気が出る。シンプルな話であった。
「お二人にはそこで出会ったんだよな?」
ザンバイの問いかけ。うん、とシャオが頷く。
「助けてくれたの。だからお兄ちゃんもお姉ちゃんも大好き。海兵さんはみんな好き。ね、ビリー?」
「クオッ!」
その言葉に、フランキー一家の男たちが顔を見合わせる。彼女の言葉に嘘はないのだろう。実際にあの二人を中心として海軍がシャオたちを“金獅子”の支配から救い出した。故に海軍というのは彼女にとってはヒーローなのだ。
だが、今。彼女が“お兄ちゃんとお姉ちゃん”と慕う二人はその海軍に追われている。その現実がわかるからこそ、素直に頷くことができなかった。
言葉を探す男たち。だが、彼らが言葉を探し当てる前にシャオが遠くから来る人影に気付いた。
「あれ? 海兵さんだ。たくさんいるよ?」
「……さっきの海兵の姉ちゃんの連れか?」
シャオの言葉を受け、ザンバイが目を細めてシャオと同じ方向へと視線を向ける。
──次の、瞬間。
「失礼」
サングラスをかけた男が、いつの間にか自分たちのすぐ側に立っていた。
「うおっ!?」
「うわ!?」
「だ、誰だ!?」
男たちが反射的に後ろへ飛びながら言葉を飛ばす。そこには動揺がありありと込められていた。当然だろう。いきなりサングラスをかけた男が至近距離に現れたら誰だって驚く。
「ああ、すまない。驚かせてしまったか」
対し、男はどこまでも落ち着いていた。周囲を見回し、問いを発する。
「フランキーという人物はここにいるかね?」
──空気が、変わる。
驚き、混乱していたフランキー一家の男たち。その意識が切り替わった。警戒の色をその目に宿し始める。身構える者までいるくらいだ。
「……アニキに何の用だ?」
そんな中で問いを発したのはザンバイだった。剣呑な空気を察してか、ビリーがシャオの側に寄り添うように移動する。それを一瞥し、ザンバイはシャオと男の間へと少しずつ自分の体を移動させていた。
他の者たちも徐々に動き始めている。距離を取りつつ、いつでも対応できるように警戒しつつ、取り囲むような位置を目指して移動している。
「そう警戒しないでくれ。私は海軍本部中将、ヴェルゴだ」
そんな彼らを一瞥し、無抵抗をアピールするかのように両手を上げるヴェルゴ。その背中の向こう、街のある方向からいくつもの人影がこちらへと歩み寄ってくる。
数にして数十。或いは百に届くだろうか。そのほとんどが海軍の制服を着るか、或いは“正義”のコートを纏っていた。
「海兵が何の用だ?」
「協力してくれれば穏便に終わる。無論、結果次第だが」
ヴェルゴは変わらず平静なまま。淡々と言葉を紡ぐ。
「“解体屋”フランキー一家棟梁、フランキー。彼には今、とある嫌疑がかかっている。そしてその嫌疑が嫌疑で済まなかった場合、当然だが我々は相応の対処をするつもりだ」
──ゾクリ、と。
この場の全員が、言葉で表現できない感覚を覚えた。
「さて、もう一度言おう」
手を下ろし、その海兵は宣言する。
「──フランキーはどこにいる?」
二人のちょっとした描写は大切にしていきたい。
実はここまで渦中にありながら蚊帳の外という不思議な立ち位置にいた二人にも遂にその手が及びます。それだけではなく、二人を保護してくれていたフランキーにも。
はてさてどうなることやらですね。