逃亡海兵のルフィとウタ 短編集   作:Nines star

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逃亡海兵Water Seven㉕

 

第十九話 水の都の一番長い日⑥

 

 

 

 

 

 秩序。それは世界政府が掲げる理念であり、人の営みにおいてとてつもなく重要な概念である。

 万人の万人に対する闘争──そんなことを口にしたのは誰であったか。

 人は自然状態においては利己的であり、自分の利益のために争い続ける。だがそれでは発展など望めない。故に人はルールを定めた。始まりはきっと個人同士のものであったのだろう。

 ──“私はあなたを傷つけない。だからあなたは私を傷つけないでください”。

 それを人は“約束”と呼び、“契約”と呼んだ。いつしかそれが個人から集団のものとなっていくが、しかし、人が増えれば“約束”だけでは済まなくなる。故にそれは“約束”から“ルール”となり、そして“法”に至った。

 そうしてようやく人は“秩序”を得る。だがそれは一見すると強固なようでいて、実際にはあまりにも脆いものだ。“ルール”にして“法”。それがあるから“秩序”を保てるわけではない。

 それらを守ることを強制できるからこそ、“秩序”があるのだから。

 そしてそれは世界政府においても変わらない。定めた“法”を守らせるための力の一端こそが海軍という組織なのだから。

 だからこそ、彼の事件はあまりにも重い意味を持つ。

 何故ならば。

 世界政府が定めた法。その最上位に位置する存在こそが“天竜人”だ。その権限、存在の絶対性が世界政府における象徴として周知されている。

 故にこそ、害されることなどあってはならない。

 害されるということは、即ち。

 ──“秩序”への反逆に、他ならないのだから。

 

 

「“天竜人”の是非について論じるつもりはない。それは論ずるべきですらない事だ」

 

 張り詰めた空気の中、ゆっくりと言葉を紡ぐのはヴェルゴだ。彼が叩き壊した壁の向こうには数十を超える海兵たちの姿が見えており、迂闊には動けない。

 ウタを連れて逃げるだけならば、強行突破でどうにでもできるだろう。だがこの場にいるのは二人だけではない。フランキー一家の者たちやシャオ、ビリーを置いて背を向けて逃げることはできなかった。

 それに逃げるにしてもどこへ逃げるというのか。それがわかっているからこそルフィは動かなかった。

 

「“天竜人”は絶対である。それがこの世界における第一のルールだ」

 

 ふと、ルフィはとある国でぶつかった元国王の姿を思い出した。

 

“王様の思い通りにならん奴は死ね!──これがこの国の全てだ!”

 

 何故だろうか。ヴェルゴの言い草が、あの男のそれに似ていたからか。

 

「その根拠を定める過去と法もあるが……まァ、それはこの際どうでもいい。重要なのは“天竜人”とは象徴であり、その背景に海軍本部“大将”の武力が存在するという事実だ」

 

 これは世界で知られた事実だ。海軍本部最高戦力、大将。彼らは海軍に所属する海兵であると同時に“天竜人”直属の存在でもある。その身に何かがあった時、大将たちが問答無用で出撃することになるのだ。

 あの事件においてもそうであった。すぐに島を出たため遭遇しなかったが、シャボンディ諸島に大将の一角たる“黄猿”が急行していたのだ。

 

「……それが何なんだ」

「わからないかね? 海軍本部最高戦力。その武力は世界政府が定める秩序の象徴とでもいうべきものだ。“天竜人”はそれに守られている」

 

 だから何だというのだ、と視線でルフィはヴェルゴへと問いかける。何を言いたいのかがわからないのだ。

 それに気付いているのかいないのか。ヴェルゴは調子を変えぬままに言葉を続ける。

 

「秩序、法、ルール。結局のところ、それは言葉だけでも文字だけでも意味はない。それを守らせるための“力”が必要だ。海軍とはその一翼であり、大将とはその最高位に位置する“力”ということになる」

 

 言葉だけで平和になるなら苦労はしない。人は争うのだ。故に法を定めたならばそれを破った者を罰する“力”が必要になる。

 海賊などはわかりやすい例だろう。法を破り、秩序を乱し、ルールを顧みない。そんな彼らに法を強制するには“力”しかない。言葉や文章では彼らは止まらないのだ。故に海軍という“力”で海賊を捕らえ、罰を受けさせる。そうすることによって法による秩序を敷く。

 まあ、今は“大海賊時代”。手が回っているとはとてもではないが言い難い状況であるのだが。

 いずれにせよ、海軍とはそういう存在だ。“法”を守らせる強制力たる“力”。綻びこそあれ、海軍はそうして秩序を保ち続けてきた。

 だが、それが揺らぐ出来事が起こる。

 

「本当にわからないのかね? キミはその秩序を破壊したのだ」

 

 その視線がルフィを捉えた。周囲の空気が重くなったように感じる。 

 

「世界政府における根幹とも言えるルール、或いは法。“天竜人”は絶対である──それを正面から文字通りの“力”でキミは打ち砕いた」

 

 その存在に対する好悪はともかくとして、“天竜人”とはある種の象徴だ。侵されるべきではない絶対的な存在であり、何があってもその身はま守られなければならない。

 

「それを見た者はこう思っただろう。──“力さえあれば、法など無視しても構わない”」

 

 故に無法者たちは武器を掲げ、欲望のままに動き出した。“英雄”と呼ばれた青年がそれを肯定したからだ。

 

「そして力なき市民はこう思っただろう。──“天竜人さえ守られないならば、自分達はどうなるのか”」

 

 絶対に守られなければならない存在が個人の暴力によって害され、そしてその存在を世界政府が罰することができていない。その事実だけを受け取った時、人は思ってしまう。

 自分たちから奪おうとする暴力から、海軍は自分たちを守ってくれるのか。

 否、違う。

 ──海軍に、守れる力は本当にあるのかと。

 

「安心と信頼があってこその秩序だ。悪に対して抗う術を持たぬか弱き市民は故にこそ我々を頼る。“悪”を必ず“正義”が討つと信じているが故に日々を生きることができる。だというのに、その“正義”があろうことか秩序の象徴を殴り飛ばすという暴挙に出た。これが無法者であれば話は違っただろう。法の外にいる者がやったことならば理解もできる。だがキミは違う。キミは秩序の側にあり、法を強制させる側だった。だがその存在が自ら法を否定したのだ」

 

 キミがやったこととはそういうことだ、とヴェルゴは言う。

 

「キミたちは自分たちだけの問題だと思っているのかもしれんがね。最早状況はそんなことでは済まなくなっている」

「──随分な言い様だな」

 

 吐き捨てるような言葉はフランキーのものだった。ゆっくりと立ち上がった彼は、ヴェルゴを睨みつけながら言葉を紡ぐ。

 

「黙って聞いてりゃ、そこのお兄ちゃんが何もかも悪いみてェに言いやがる。悪ィのは“天竜人”だろうが」

「彼らに“悪”という概念は適用されない。それが定められた法だ」

「ハッ、何だそりゃ? 笑い話にもならねェ。“悪”は“悪”だろ」

「その定義は世界政府がする。そしてその定義において、“悪”とはキミたちだ」

 

 キミたち、にフランキーも含まれているのかどうか。問いただすつもりはないが、少なくともルフィとウタの二人は含まれていることは間違いない。

 

「それがキミの“罪”だ、“麦わらのルフィ”。キミが振るった拳は世界の秩序を揺るがした」

 

 誰よりも大切な人を守るために振るった拳。ただそれだけだったはずのその拳は。

 

「世界は変わった。変えてしまったのはキミの拳だ」

 

 文字通り、世界そのものを変えてしまった。

 

「だからこそ海軍はキミたちに追撃部隊などというものを差し向けた。秩序が崩れ、暴力が溢れようとする世界に歯止めをかけるにはそれしかなかったからだ」

 

 かつて、彼らはこの“大海賊時代”を終わらせる“英雄”だと謳われた。

 この先の時代を──“新時代”を見せてくれるはずだと、そんな風に。

 

「故に世界はキミたちを“悪”と定義した。──理解できたかね?」

 

 だが今や、人々が見た理想は遠い彼方。

 世界を守るためにあると思われた拳は、むしろ世界を混迷へ誘なったのだ。

 故にルフィは“悪”となった。“正義”を背負い、人々の希望を背負っていたかつての“英雄”は堕ちてしまった。

 

 振るった拳は、“悪”であったのだろうか。

 大切な人を想う心は、“罪”なのだろうか。

 

 誰もが麦わら帽子の青年の言葉を待っていた。世界そのものを揺るがしたその青年の言葉を。

 果たして、その青年は。

 

「難しいことはわからねェ」

 

 一体、何を語るのか。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 いつの間にか、色々なことが難しくなった。

 理由なんていつも一つだった。一番大切な人がいて、その人に笑っていて欲しくて。一緒にいたくて。

 約束があった。誓いがあった。覚悟があった。──夢が、あった。

 それだけで良いのだ。モンキー・D・ルフィは、それだけで歩いて行けるのだから。

 そのはず、だったのに。

 

「おれはウタと一緒にいてェだけだ」

 

 全ての根底。その青年の在り方における絶対のルール。

 ずっと変わらない、彼の想い。

 

「そのために世界を巻き込んでも構わないと?」

「そんなつもりはねェ」

「つもり、は最早関係ない。キミの気持ちではなく、キミの行動で秩序が揺らいだ。それだけが真実だ」

 

 真実。どうしてだろうか。

 何一つ、その言葉は響いて来ない。

 

「おれは、ウタには笑っていて欲しい」

 

 びくりと、自身の後ろでウタが小さく震えたのがわかった。

 今の彼女は、どんな表情をしているのだろうか。

 ……きっと、笑ってはいない。それぐらいはわかる。

 故にこそ、拳を握るのだ。

 

「秩序とかルールとか、よくわからねェけどよ。それでウタが守れんのか?」

「……ルールに則るなら、正式な形で抗議を行うべきだったのだろうな。それが“正しい”手段だ」

「無理だろ」

 

 切り捨てる。その『正しい手段』とやらで守れるならば、こんなことにはなっていない。

 

「だったらああするしかなかった」

「その結果、こうして追われる立場になったとしても?」

 

 向かい合う二人の気配が、徐々に強くなっていく。

 

「ああ」

 

 迷いのない回答であった。聞いていた者たちのうちの数名が思わず目を見開くほどに。

 それほどまでに、その青年の返答に込められた覚悟は強い。

 

「なァ、おっさん。教えてくれ」

「何度も質問したのはこちらだ。答えられることは答えよう」

「ウタと一緒にいたいと思うことが、悪いことなのか?」

 

 数秒、或いは数瞬の沈黙。

 その果てに、ヴェルゴが口を開く。

 

「彼女を“天竜人”が欲したその瞬間から、キミの願いは咎められるべきものとなった。──それが世界政府の定めた“法”だ」

 

 そうか、とルフィは呟く。そして。

 

「だったら、それでいい」

 

 きっと、この瞬間だったのだ。

 

 

「それでもおれは、ウタと一緒にいる」

 

 

 かつて“英雄”と呼ばれたその青年が。

 

「守るって決めた。約束した。だから、それでいい」

 

 かつての仲間たちを敵に回す。

 その覚悟を、決めたのは。

 

「確認したい」

 

 バサリと、ヴェルゴがそのコート脱ぎ捨てた。“正義”の文字が刻まれたコートが床へと落ちる。

 

「後悔は?」

「ない」

 

 迷いのない即答。例え何度繰り返すことになろうとも、きっとルフィは同じことをしたのだろう。

 そんな確信を、誰もが覚えた。

 

 秩序を揺るがし、世界から追われることになろうとも。

 その在り方を“悪”と断じられ、糾弾されようとも。

 

「後悔なんてしねェ。するわけがねェ」

 

 その心の奥底にある芯が揺らがないのなら。

 モンキー・D・ルフィが揺らぐことは、決してない。

 

「おい、“麦わら”!」

 

 フランキーの呼びかけと共に、ルフィの下へ何かが飛来する。

 それは、“正義”の文字が刻まれたコート。

 ヴェルゴの言う、秩序を砕いた拳を振るってからようやく見つけたモノの象徴。

 

「ありがとう」

「いいってことよ」

 

 そのフランキーもまた、拳を鳴らしながら歩を進める。その顔には笑みがあった。

 

「そのコートを纏う意味を──いや、忘れてくれ。代わりに一つ、最後に聞きたい」

「何だ?」

 

 コートを纏い、ルフィが構えを取る。

 

「キミの“正義”は何だ?」

 

 ヴェルゴがその身に“武装色の覇気”を纏っていく。全身を覆うその力は、彼の実力を示していた。

 

「秩序を揺るがし、“悪”と断じられながら。それでもそのコートを纏い、掲げる“正義”とは?」

 

 誰もが、その青年へ注目していた。

 ヴェルゴが床に脱ぎ捨てたコートと比べ、どこか薄汚れたコート。しかし背負った“正義”の文字は力強く。

 

 

「──“大切な人が、笑える正義”」

 

 

 そして、その“英雄”は堂々と。

 彼の“ルール”を、“法”を、宣言した。

 

「キミは本当に、どこまでも迷わないのだな」

 

 初めてヴェルゴが小さく笑った。その笑みの理由は何だろうか。

 

「わかるとも。私もそうだ。誰かのために拳を握ることの意味と強さを、私もよく知っている」

 

 その言葉の意味を理解できる者はこの場にいない。だがヴェルゴの中で何かの覚悟は定まったらしい。

 

「では、改めて宣言しよう。──キミたちを逮捕する」

 

 言葉と共に振り抜かれる拳。対し、ルフィの返答もまたその拳であった。

 重い金属同士がぶつかったような音が周囲を叩く。凄まじい衝撃が周囲を駆け抜けた。

 それが、始まりの合図。

 水の都の片隅で、その戦いは始まったのだ。

 

 

 

 

 たった一つの想い。ただそれだけでその青年は世界にさえも牙を向く。

 その拳を握り締め。

 命を燃やし、どこまでも戦い抜くだろう。

 ならば、彼女は?

 

「…………ルフィ……」

 

 かつてその青年の隣に立っていたはずの彼女。今はその背を見つめることしかできない彼女は。

 彼の想いに報いるために、何をすればいいのだろうか。

 

 その答えは未だ、見つからぬままだ。






















話そのものはとてもシンプル。法を守らせる側の人間が正面から法を破った。そしてそれを海軍は現状では罰することができていない。その事実を前にした時に生まれる不信感はルフィの影響力もあって無視できないほどに大きいというだけのこと。影響というのは正もあれば負もあるものです。今回は負の側面。
モルガンズは肯定的でしたが、ヴェルゴは否定的に語ったというだけで本質は同じです。天竜人が一番悪いのでは?という問いに対する答えはフランキーとの問答が全て。なんともままならないことです。
簡単に答えの出る話ではなく、立場によって色々と変わることでもある。そこら辺もこの概念の面白いところだと思っています。
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