第二十話 水の都の一番長い日⑦
共に得物は無し。己の五体のみを武器とし、その二つがぶつかり合う。
一人は“神への大逆人”、モンキー・D・ルフィ。
一人はその大逆人を裁くがためにここへ来た海軍本部中将、ヴェルゴ。
大逆人が“正義”のコートを背負い、絶対的正義たる海兵が自らそれを脱ぎ捨てているという現状。それがこの状況を表しているかのようだった。
海兵たちは思うだろう。──何故、彼の“正義”を認めてはいけないのかと。
アウトローたちは思うだろう。──何故、彼は“正義”を脱ぎ捨てて戦っているのかと。
だが、その答えは既に出ている。海兵が語ったことが全てだ。“法”という絶対的なルール。それを根拠に拳を振るい、“悪”を討つのだと彼の海兵は宣言した。
対し、かつて“英雄”と呼ばれた“大逆人”は言ったのだ。
──なら、それでいい。
あまりにも重い、聞く者の心を揺さぶるその告解。
彼は己の“罪”を認めた。その上で“正義”を口にし、背負ったのだ。薄汚れたコート──それはまるで、今の彼の寄って立つ場所を示しているかのようで。
「…………ッ」
知らず、視線を落とした海兵がいた。それは本能がそうさせたのか。もしくは良心か、それとも罪悪感か。
或いは──青年への憧憬故か。
覚悟はしていた。これから起こることについても、今から自分たちがしようとしていることも。全ての覚悟は終わらせたはずだったのだ。
だが、いざその現実を前にすれば揺らいでしまう。
“麦わらのルフィ”は“英雄”であり“ヒーロー”であり憧れだ。海兵ならば彼の冒険譚とでも呼ぶべき戦いを知らぬ者はいないだろう。
“歌姫”とは“英雄”であり“救い”であり憧れだ。海兵でなくとも彼女の歌声を知らぬ者はいないだろう。救われた者など数え切れぬ程だろう。
海兵が市民を苦しめるという許されざる所業を行なっていた海兵を、正面から正した。
海賊に襲われ、街を追われた者たちを助け、街を取り戻した。
海賊と海兵が繋がり、最早世界からも見捨てられたのだと絶望していた島を解放した。
史上最悪の裏切り者とも呼ばれた元海兵を、その企みごと打ち砕いた。
「…………くそ……」
また一人、目を逸らした。奇妙な形をした家の壁を粉砕しながら二人の男が飛び出してきたのだ。
響き渡る轟音と衝撃。その戦いは、まるで。
──何かを訴えかけるかのように、聞こえた。
雨を奪われた国。人を想う心を踏みじられた砂の国に、再び雨をもたらした。
黄金に支配された場所。多くの苦しむ者たちと共に立ち上がり、“自由”を掴んだ。
魚人島の崩壊を防ぎ、彼らを“友”と呼んだ。“麦わら帽子とヘッドフォン”は、共に歩む未来への第一歩になった。
「おおおおおおおおおおッッッ!!」
殴りつけるような雄叫び。そこに込められた覚悟に、知らず、足が後退する。
立つ資格が、あるのか。
あの“正義”の眼前に。今の自分たちは、立つだけのものを示せるのか。
空島はあった。雪の国には桜が咲いた。いつだって笑顔があった。
たくさんの“ありがとう”に、彼らは笑って言ったのだ。
“いいよ”
“どういたしまして”
──“正義”はずっと、そこにあった。
あった、はずなのに。
どうして、こんなことになってしまったのだろう──?
「目を逸らすな!!」
広がる迷い。それを打ち砕くように叫んだのは、この部隊における副官の地位にある海兵であった。
その表情は苦渋に満ちている。だがそれでも、その瞳は戦いから目を離していない。
「覚悟なら決めたはずだ!! 誓ったはずだ!! 言ったはずだ!! 退くならば今だと!! ここへ来る前に問うたはずだ!!」
そうだ。出撃の直前、この場の全員が問いを下された。
これから起こること。“正義”とは呼べぬ行いを前に、引き返す許可を与えられた。
「中将殿の言葉を思い出せ!! 秩序を守るのだ!! 我々の背にはか弱き市民がいるのだ!! 我々以外に誰が彼らの明日を守る!?」
秩序。そう、秩序だ。
それを守ることこそが海軍の使命であり。
かつての“英雄”たちは、その秩序を揺るがしたのだ。
「同情するなとは言わん!! 迷うなとも言わん!! だが止まるな!! 最早そんなことをするだけの余裕はない!!」
嗚呼、畜生、くそったれ。
どうして、こんなにも。
「我らの“正義”の背後には!! 数多のか弱き存在があると自覚せよ!!」
──“正義”というのは、難しい?
「……最早」
呟く言葉に込められていた感情は、あまりにも複雑。
「最早、後戻りはできないのだから」
嗚呼、なんて。
なんて、どうしようもない。
「総員。作戦を開始する」
そして振るわれるのは、『海軍』の“力”。
かつて彼らと共にあったはずのその“力”が、その牙を剥く。
「──“パシフィスタ”を前に。第一、第二中隊は位置につけ」
戦場の形が変化する。
未だ、戦いは始まったばかりだ。
◇◇◇
ルフィは退くことができない。彼が背負う位置にはウタがおり、フランキー一家がいる。故に彼は前に出るしかなかった。
対し、ヴェルゴは違う。彼は背後に退くだけのスペースがあり、そしてそれは想定された作戦だ。
故に、この流れは必然であった。
「“JET銃弾”!!」
至近距離から超高速の拳がヴェルゴへと叩き込まれる。左脇腹を狙った一撃だが、それは左肘で受け止められた。やはりというべきか、凄まじい反応速度だ。
相手が強者であることはわかっている。故に最初から全力だ。
「“ツイン”!!」
今の拳によってヴェルゴが後方へ退いたため僅かに間合いが空いた。この距離からヴェルゴがルフィに拳を届かせるには踏み込むしかない。だがその踏み込みの時間をルフィは許容しない。
「“JET銃”!!」
右肩と左脇。正確に撃ち抜かれるはずだったそれを、それぞれの腕でヴェルゴがガードした。同時に背後へと飛んでいたらしく、想像よりも感触が軽い。
だが、ガードされたとはいえ直撃だ。ヴェルゴの背中がフランキーハウスの壁を突き破り、その体が外へと押し出される。
曇り空と強い風。“アクア・ラグナ”が迫る重苦しい空気を感じながら、それを追ってルフィは前に出る。
「ウタを頼む!」
「ルフィ!?」
振り返らずに叫んだルフィに、背中から声が飛んだ。だがルフィに応じる余裕はない。
──ヴェルゴは強い。
僅か数合のやり取り。全てを擲つような全力というわけではないが、手加減したというわけではない。並の海賊ならば既に意識を失っているだろう攻勢だ。
海軍本部中将。決して弱い存在ではない。だが想定以上に──強い。
「──これは中々」
こちらを見、呟くヴェルゴ。その上半身全体を覆う“武装色の覇気”は彼の実力の程の明確に表していた。
「おおおおおおおおおおッッッ!!」
まるでそれは、己を奮い立たせるかのような叫び。
おそらく……おそらくであるが、互いに万全な状況で一対一で向かい合う形であればルフィの方が優勢だっただろう。楽勝とはいかないだろうし、場合によっては敗北もあり得る。だがそれでも、彼の“金獅子”をも正面から打ち破ったその実力であれば天秤は勝利へと傾いていたはずだ。
しかしこれは試合ではなく実戦だ。それも対等な条件によるものではない。圧倒的にルフィの方が不利な状況だ。
故にこそルフィは急いでいた。細かな計算があるわけではない。だがその本能が告げている。
──時間は常に、相手の味方だ。
「受けて立とう」
そしてそれをヴェルゴもまた理解している。数も、状況も、肉体と精神のコンディションも。その尽くがヴェルゴたち海軍側に有利な状況だ。
なればこそ、ヴェルゴは余裕を以って迎撃の体勢に入れる。
徹底的なまでに基礎を練り上げた海兵。その強さの根拠がシンプルであればあるほどに、崩すことは難しい。
「“JET銃”!!」
そしてルフィが選択したのは距離をとっての攻勢であった。ヴェルゴは現状徒手空拳であり、遠距離の攻撃手段をほとんど持っていない。“六式”を修めている以上それに類する戦闘術は使えるのだろうが、ある程度の距離があれば対応は可能だ。
ルフィが食べた“ゴムゴムの実”の能力はその肉体がゴムの性質を持つことにある。ゴムとは伸び縮みするものだ。その性質を利用し、一定の距離をとって拳と蹴撃を叩き込むことをルフィは選択した。
「────」
だが、やはりというべきかヴェルゴはそれを冷静にガードする。一定以上の距離があればヴェルゴの動きに対応できるルフィと同様、ヴェルゴもまた一定以上の距離という『間』があればルフィの攻勢に対応できるのだ。
ある種の膠着状態とも言える状況。やはり踏み込むべきか──そう思ったルフィの“見聞色の覇気”がその気配を察知する。
「撃て!!」
ルフィから見て右手側。緩やかな扇状に広がった海兵たちが一斉に銃口をこちらへと向けていた。
だが号令の声とその引き金が絞られるより、ルフィがそちらに視線を向ける方が早かった。故にそれは不意打ちとはならず、対処のできる動きとなる。
──銃?
疑問は一瞬。ルフィは彼が持つ能力の性質上、普通の銃弾は受け付けない。ルフィに向かって銃を撃ち、効果のないことに驚く海賊の姿など日常の光景だ。
故にそこで選択肢が浮かぶ。即ち無視するか、それとも避けるかだ。
悠長に迷う時間はない。判断はいつも一瞬だ。
そして、ルフィは──
“一つ、授業をしてやろう”
無視の選択を取ろうとした瞬間、脳裏にその言葉が響いた。
それは、過去の記憶。
彼に戦い方を教えた師の一人である人物の言葉だ。
◇◇◇
“海軍の強みは何だと思う?”
それはまだ海兵となって日が浅い頃の記憶。“全ての海兵を育てた男”とまで評される男との世間話であり、二人の新兵に対する教導であった。
“数、ですか?”
答えたのは未だ少女と呼ぶべき年齢の女性であった。赤と白の髪を揺らしつつ、片手を挙げて答えている。
“正解だ。数ってのはいつの時代も一定の強さを持つ。単純な話、一対一と二対一の戦闘ってのは別物だ”
わかりやすい言葉で言うなら『袋叩き』だろうか。人間は背中に目が付いているわけではないし、思ったよりも視界も思考も狭いものだ。圧倒的な実力差があるならばともかく、多少こちらが優位程度の実力差なら数は何よりも厄介なものとなる。
“海賊ってのは基本的に集団だ。そして状況が白兵戦に移行した場合、どうしても乱戦になりやすい。そうなった時は常に周囲の仲間を意識しろ。いいか、絶対に孤立するな。数ではこっちが基本的に勝っている。なら理屈上は常に数の有利を取れるはずだ”
おそらくこれは彼が数多の若き海兵にかけてきた言葉であるのだろう。戦場において新兵は最も命を落としやすい。未熟であり、そして未熟であるが故に出足が鈍ることで孤立する。そうして命を落とすといった事例のなんと多いことか。
故に海兵としての訓練で最初に教えられることが『孤立しないこと』であったりする。最低でも二人一組。絶対に単独では行動しないよう徹底するのだ。
その点、ルフィとウタは基本的にこの二人で行動しているためその辺りのルールは自然と守られていたりする。
“まァ、中には例外もいるがな。個人で戦況をひっくり返すような存在だ。それこそ海賊でいうなら『四皇』なんて呼ばれてる連中であり、こっちで言うなら大将ってのがそういう存在だ”
元大将が言うと説得力がある。“四皇”という単語を聞いたウタが僅かに身構えたが、それには誰も触れなかった。
“そういう相手への対処法は大きく分けて三つ。一つはこちらもそいつに対抗できる『個』を前に出し、文字通り上から潰す方法”
“わかりやすいな”
“古い時代にはこの方法で軍隊の勝敗を決めてたって話もある。とはいえ、最近はそういったことも減ったが”
ちなみに余談であるが、今この場にいる二人の若き海兵はその一対一を様々な条件と状況が重なることで繰り返すことになる。特に麦わら帽子の彼などは相手の最高戦力、或いは首魁とでもいうべき相手と一騎討ちを繰り返すのだからある意味時代を逆行していると言えるだろう。
まあ、だからこそ後に“英雄”などと評されるのかもしれないのだが。
“そしてもう一つは数で押し潰す方法だ。生物である以上息はするし飯も食う。無限に動き回れる生物など存在しない以上、いつか必ず限界は来るもんだ”
生物である以上必ず訪れる限界。或いは飽和攻撃とも呼ばれる手段。先に述べた数の論理を用い、少しずつでも削っていくという戦法だ。
ある意味では“バスターコール”はこれに近いのかもしれない。島一つを地図から消すほどの飽和攻撃。その威力は“鬼の跡目”と呼ばれた伝説の海賊をも捕らえたという事実が証明している。
“最後の一つは?”
麦わら帽子を被った青年の問い。ああ、と男が頷く。
“両方を同時にやる。……これが一番確実だ”
◇◇◇
明確な論理があったわけではない。だが“黒腕”と呼ばれたその人物から教えられたことが、ルフィの中には確かに息づいていた。
それは反射的な思考。いや、思考にすらなっていない。いくつもの単語が脳裏に瞬くだけのもの。
だがそれでいい。戦闘中なのだ。悠長に思考などしていられない。
いつだって、判断は一瞬なのだから。
「────ッ!」
果たして、ルフィの選択は空へと飛び上がることであった。秒という時間を置かず銃声が響き、弾丸が空を駆ける。
「良い勘をしている」
そしてそれを待っていたとでもいうかのように、ヴェルゴが迫ってきていた。咄嗟に腕をクロスして防御の体勢を作る。それとほぼ同時に右回し蹴りが叩き込まれた。
痺れるような衝撃が腕を撃ち、宙にあったその体が地面へと堕ちていく。
轟音と衝撃。とても人が地面に落ちたとは思えない音を響かせながらも、しかし落下そのもののダメージはルフィにはない。打撃に類するものを彼は基本的に受け付けないのだ。
故にこそヴェルゴが“覇気”を用いた。ルフィにダメージを通すために。
そして“覇気”を持たぬ海兵は──
「撃て!!」
再びの号令。ルフィは地面を蹴り、前へと踏み出す。空を駆ける銃弾は彼の下へは到達しない。
だがやはり、そこにはヴェルゴが待ち構えている。
「気付いていると思うが」
拳と拳の激突。互いに衝撃で僅かに後退するが、再び前と踏み込んだ。
両の腕と両の脚。それだけを頼りに相手を討たんと戦っている。
「──あれは海楼石の弾丸だ」
互いの顔にそれぞれの拳が直撃した。一瞬の膠着と拮抗。しかしそれもすぐに終わり、二人は後方へと弾かれるようにして飛ばされる。
僅かに舞う血はどちらの──いや、互いのものか。
「構え!!」
「…………!」
号令の声に反応し、ルフィが視線をそちらに向ける。いくつもの銃口がルフィの方へと向けられていた。
ルフィには基本的に銃が通用しない。だが例外はある。その一つが海楼石だ。
海楼石の弾丸──それはあの事件においてウタに撃ち込まれたモノであり、能力者にとっては致命的な効果をもたらすことになる。
だが海楼石の弾丸はとても貴重なものだ。そう簡単に扱えるものではない。故にヴェルゴの言葉が真実かどうかは怪しい。
しかし、関係ないのだ。
──可能性。
それが本当であった場合に起こることが、ルフィの足を止めてしまう。
「────」
判断は一瞬だ。ルフィは銃を構える海兵たちの排除を優先する。かつての仲間たちに拳を向けることには思うところはあるが、それで動きが鈍ることはない。
何を最も優先すべきか。
自分が何をしたいのか。
モンキー・D・ルフィに揺らぎはない。振るった後、その拳の痛みを感じることだろう。もしかしたら生涯引き摺るような痛みが残るかもしれない。
だが、それでも。
きっと彼は、それを受け入れる。
受け入れてしまうだけの覚悟を、持ってしまっていた。
拳を握り、最短距離を突き進む。後僅かで届くというところで──
「わかりやすいな」
横手から、衝撃と共にそんな声が聞こえた。
ルフィの体が宙を舞う。上半身を“武装色の覇気”で覆ったヴェルゴがその右肩でルフィの体を吹き飛ばしたのだ。
「──ゲホ──」
それは“剃”の速度による体当たり。衝撃により肺から空気が漏れる。
──焦ってしまった。
ルフィは思う。判断を間違えた、と。
僅かに走る頭の痛み。普段よりも重い全身。少しだけズレている体の感覚。
彼は“見聞色の覇気”により周囲を常に把握している。だが見たところでそれを処理するのはあくまで彼自身だ。万全な状態であり、余裕があるならばともかく今の彼は万全とは程遠い状態にある。
だが何より……孤立していた。
──ウタを守るのは、おれしかいねェんだ。
それは思考の袋小路。悲壮なる覚悟、揺らがぬ意志。美しくも見えるそれはしかし、同時に致命的な破綻の可能性を抱えることになる。
背負った“正義”が、世界にとっては“悪”であったとしても。
かつての仲間たちが、世界が、自分の“罪”を咎めても。
それでいい、と。
モンキー・D・ルフィは受け入れた。
そしてその結果、彼は──否、『彼ら』は孤立しつつある。
彼らの師たる人物は、それこそを避けるべきだと語っていたというのに。
「────」
銃口がこちらを向く。同時、ルフィは気付いた。
背後。そこにあるのはフランキーハウス。
射線上に──ウタがいる。
避けられない。だが受け止めることもできない。
時間が足りない。しかし動かなければ。そうして前に出ようとしたルフィの耳と視界に。
「“ウエポンズ左”!!」
声と共に、強烈な閃光と爆発が届いた。
着弾したのは銃を構えていた海兵たちの場所だ。黒煙が立ち上り、海兵たちの姿が掻き消される。
「──フランキー」
「オメェはウチの客人だ。それにどうも、あいつらはおれにも用があるようだしよ」
何故か左の手首が外れ、まるで砲門の如き穴を左腕から覗かせているフランキーが言う。
「それに、だ。──ウチの子分に手ェ出した落とし前はつけねェとなァ!」
その縁はこの島で偶然紡いだものである。
偶然からフランキーの言う子分を助け、その結果として縁を繋いだ。だがその結果としてこの状況になり、ルフィは無意識に彼らもまた守るべき相手と考えていた。
しかし、それは違う。
彼らは庇護されるべき対象ではない。正しく己の足で立ち上がれる力を持っている。
「相手は海軍だ」
「それがどうした? おれはフランキーだ」
何の回答にもなっていない。普段ならどちらかというとルフィの方が似たような受け答えをして相手を困惑させるのだが、今回は珍しくルフィの方が困惑していた。
馬鹿であるとか考えなしであるとか、色々言われることの多いルフィだが無知ではない何も考えていないわけではない。そして彼は『海軍』という存在の力を知っている。それに逆らう怖さも。
「アニキ! 準備できたわいな!」
「ウタさんは下がってください! おれらで守ります!」
「半分は中から援護だ! もう半分で撃って出るぞ!」
「フランキー一家の力を見せるわいな!」
困惑が、先に来る。
何故、どうして。彼らは。
「馬鹿どもには下がってろって言ったんだがなァ。まァ、アウトローってのは舐められたらしまいだ」
アウトロー。フランキーはそう言うが、きっとそれだけではない。
立ち上がるだけの理由が、彼らにもあるのだ。
「ま、細かい話は後でいい。あいつらをぶん殴ってからだ。どうとでもなる」
黒煙が晴れていく。そこにいたのは、果たして──
「──手間が省けたな」
その姿を目で追えたのは、ルフィだけであっただろう。高速の移動術、“剃”。その速さを追うことは常人には難しい。
ましてや使い手は海軍本部の中将だ。戦える人間であっても追うことは難しい。
一瞬で距離を詰めるヴェルゴ。その狙いはフランキーだ。
轟音と衝撃。フランキーの眼前で、ヴェルゴの拳を左掌で受け止めた者がいる。
姿勢を低く、右肩を前に。ヴェルゴの右拳を受け止めたのと同時に、ルフィはその懐へとは入り込んでいる。
距離はゼロ。その体勢のまま、ルフィは全力で地面を蹴った。
減り込むようにその右肘がヴェルゴの腹へと突き刺さる。初めての有効打とも言える一撃に、ヴェルゴの肺から空気が溢れた。
「“JETスタンプ”!!」
そこへ追撃の一撃。その音でようやく、二人以外の時間が動き出した。
「“麦わら”ァ!」
判断が早かったのはフランキーだ。声を張り上げ、彼もまた駆け出す。
「そいつは任せる! 他は任せろ!」
「──おう!」
応じる判断もまた早い。不思議な感覚だった。誰かに『任せる』など──そんなことができるなどと、思っていなかったから。
少しだけ体が軽くなった気がする。その勢いのまま、ヴェルゴに追撃をしようとして。
「舐めて貰っては困る」
ヴェルゴの呟く声は、ルフィにしか届かなかった。同時、視界の端に閃光が走り。
「──アニキ!?」
閃光に包まれたフランキーが、膝をついた。
まるで爆撃──いや、もっと強力な何かを食らったかのようにその身が焼かれている。
「…………!?」
思わずルフィはそちらへと視線を向けた。その視界に入ったのは二人の巨大な男の姿。
見覚えのある姿であった。だがそんなはずはない。あの男が二人もいるはずがない。
かつて“暴君”と呼ばれた海賊にして、“王下七武海”の一角。
──バーソロミュー・くま。
この世に一人しかいないはずのその存在が、どうして。
どうして──二人も?
「フランキー!」
腕を伸ばし、膝をついたフランキーを引き寄せる。数秒遅れて、フランキーがいた場所へ『くま』が口から光線を叩き込んだ。
凄まじい爆発。見覚えのある光景だ。あの光線は。
「ピカピカのおっさんの……!?」
「く、ぐっ、なんだありゃ……!?」
意識を取り戻したフランキーが頭を振りながら言う。そのまま彼はルフィに対して言葉を紡いだ。
「すまねェ、助──」
「余所見厳禁だ」
振り抜かれた右足の蹴りを、同じく右足の蹴りでルフィが迎撃する。
鈍い音が響く。一瞬の膠着。その最中、ヴェルゴが口を開いた。
「詳細については機密だ。だが、一つだけ言っておくべきだな」
冷たい、刃物のような声。
「──キミたちに、勝利はない」
海軍の力とは数である。だがそれが全てではない。秩序を保ち、市民を守るために彼らは常に進歩している。
モンキー・D・ルフィは海兵だった。故にこそ、海軍の力をよく知っている。
海軍の力。海の秩序を乱す者を捕らえ、罰するための力が。
──堕ちた“英雄”に、襲いかかる。
かつては頼れる味方であり、共にあった存在が敵に回るという状況。その力を知っているからこそ、明確に敵になった時により絶望感を感じるのかもしれないですね。
なんだかんだで『海軍』と戦うのは今回が最初になります。さてどうなることやら。