逃亡海兵のルフィとウタ 短編集   作:Nines star

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逃亡海兵Water Seven㉛(NEW)

第二十五話 水の都の一番長い日⑫

 

 

 

 

 

 その光景を勝機と呼んだのは、このウォーターセブンをよく知るこの男であった。

 やはり一家を束ねる度量を持つということもあるのだろう。畳み掛けるような危機を前に、それでも彼は思考を止めなかった。

 眼前には万全の準備を整えた海軍。対し、こちらは準備不足も甚だしいアウトロー集団。

 背後は海。それも“アクア・ラグナ”が迫る、荒れ狂う海。

 逃げ場はないと、誰もがそう言うだろう。だが、男には──フランキーには見えていた。

 

「おい! おめェら!」

 

 自身の子分たちへ、フランキーが声を張り上げる。

 

「アニキ!?」

「指示を出す! 急げ!」

 

 同時、彼が示したのはフランキー一家の建物であった。指示、という言葉に困惑の表情を浮かべる一家の子分たち。

 こんな状況で何を──その表情は確かにそう訴えていた。彼らにはこの状況で何ができるのかわからなかったのだ。

 

「ここを離れる! おれたちには頼れる奴らがいるだろうが!」

「────!!」

 

 フランキーのその言葉で、ようやく彼の意図に思い至ったらしい。わかりました、と彼らが勢いよく応じる。

 その姿を見てよし、と頷くフランキー。そんな彼の下へルフィとサボが後退してきた。海兵たちが退いたことで彼らにも退がる余裕ができたのだ。

 

「何か策があるのか?」

 

 問いかけたのはサボだ。その口調には僅かに焦りが滲んでいる。彼も知識としては“アクア・ラグナ”を知っているが、その規模についての実感はなかったのだろう。

 街を飲み込むほどの高潮──その予兆が見せる光景は、正しく大自然の無慈悲さを示している。

 

「策ってほど上等なもんじゃねェ。だがこのままここにいても碌なことにはならねェだろ」

 

 それについてはルフィもサボも同意見であった。ここに留まることは“アクア・ラグナ”に飲み込まれるのと同義だ。何かしらの手を打たなければ。

 

「…………」

 

 ルフィの視線が後方へ退いていく海兵たちに注がれる。彼らは海兵らしく統制の取れた動きで撤退をしており、後詰の海兵たちも万全の体制でその援護をする構えだ。

 強引に突破するのは厳しい。ルフィだけ──いや、ウタを連れての二人だけならばどうにか突破だけはできるかもしれない。しかしフランキーたちを含めると流石に無理がくる。

 そんなルフィの視線に気付いたのだろう。フランキーは無理だな、と言葉を紡いだ。

 

「相手は海軍だ。ここで正面突破を許すほど馬鹿じゃねェだろ」

「同意見だな」

 

 フランキーの言葉にサボが頷く。だがそれをこの場の三人の中で誰よりもそれを把握しているのはルフィだ。海軍という組織の強さを彼はよく知っている。

 

「じゃあどうするんだ?」

「前が駄目だってんなら、残ってんのは一つだけだろうよ」

 

 自身の親指でフランキーハウスを示しながら、その男は言う。

 

「おれたちは“アウトロー”だ。知ってるかい、お兄ちゃんたち?」

 

 雨が降り始め、状況も時を追う毎に悪化していく中で。

 ウォーターセブンの“裏の顔”が、不敵に笑った。

 

「──外の道を往くからこその、“アウトロー”だ」

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 前代未聞とも言える、現役の海軍本部大佐による天竜人暴行事件。その知らせを討伐部隊の副官たる彼は本部勤務中に聞かされた。

 驚愕と困惑、そして動揺。自分以外の全てがそうであったし、それは当然のことでもある。

 だって、誰もが知っていた。信じていた。己よりも年若いあの二人に憧れすら抱いていた。

 そしてそれは、この場にいる彼もまた同じ。

 

“本気なのか”

 

 討伐部隊が編成され、本部を出る時。同期の海兵から問われたことを思い出す。

 多くのものを堪えて、抱えて、絞り出したような問いかけだった。

 ──本気だ、と。

 ただ一言、そう応じたのを覚えている。

 

“理由を聞こう”

 

 討伐部隊の現場指揮官であり、一番の貧乏くじを引くことになった人物は最初にそう問いかけてきた。

 それに対する答えは、とても明確。

 

 ──それが、“法”であるからです。

 そしてその返しに対し、相手は一つ、頷いただけだった。

 

 色々な理由はあった。部隊に所属していた後輩であるだとか、他人に貧乏くじをわかっていて引かせるのかとか。損をするなら自分がするべきなのではないかとか、本当に色々なことを考えたのだ。

 だが、原点に立ち返った時。自分自身の在り方を──海兵としての今までを考えた時。どうしてもこの事件に背を向けることができなかった。

 秩序を保ち、か弱き市民を守る。それが海軍の役目。

 だが、それを実現する根拠はどこにあるのか。何が“正義”で何が“悪”で何が“強さ”で何が“弱さ”なのか。思い悩んだ過去において、己は“法”を全ての基盤とそう決めた。

 理由があることもわかる。感情は納得する。だが、それは法に反することであるのだ。

 そして今まで、感情よりも法を優先してきた。時に冷たいと言われることもあっても、それでもそれこそが公平であり平等であると信じて。

 ならば、逃げてはならない。

 彼の拳に賞賛の感情を持っていても。

 彼女の歌声に感動を覚えていても。

 それでも、彼らは“悪”であると世界の“法”は定義した。ならばそれを否定せず、“法”の下に“悪”を討つ。

 それ以上のことは、必要ない。

 そんな、風に。

 ──一体何度、言い聞かせなければならないのだろう。

 

 

「後退は完了しました。“アクア・ラグナ”が引き次第、次の攻勢に入れます」

 

 こちらへと戻ってきたヴェルゴに対し、副官である海兵は敬礼と共にそう応じた。彼の後方では部隊の海兵たちが次の作戦行動のための準備を進めている。

 

「ああ。少々想定外の事態こそあったが」

 

 想定外とは“革命軍”のことである。“火拳”については介入の可能性を考えていたが、流石にそちらは想定していない。

 いや、“革命軍”のリーダーとモンキー・D・ルフィの関係からいずれあることは想定していた。しかし、まさかこの場所でこうも直接的に関わってくるとは。

 

「“パシフィスタ”についても……」

「あれについてはまだ試作品だ。データさえ取れれば上も納得するだろう」

 

 言い淀んだ言葉に対し、ヴェルゴは特に気負った様子もなく応じる。海軍の新戦力となり得る力を誇る新兵器“パシフィスタ”。強力な力を持つそれはしかし、機能停止へと追い込まれてしまった。

 まあ、これについては相手が悪いという問題がある。“海賊王”の時代に名を馳せた伝説を打ち破った“英雄”と“革命軍”のNo.2だ。むしろ相対して一定の戦いができるだけで評価するべきですらある。

 

「────」

 

 そこで、ヴェルゴが少し妙な動きを見せた。彼は脱ぎ捨てた“正義”のコートを退く際に拾ってきていたのだが、それを羽織ろうとして何故か途中で辞めたのだ。何かを考え込むようにコートを見つめる瞳は、サングラスのせいで伺えない。

 だが、わざわざ指摘することでもない。少し疑問を覚えつつも副官は視線を奥へと向ける。

 

「……向こうはあの奇妙な建物に逃げ込む算段のようですね」

「この都市に構えている以上、それなりの備えはあるのだろう。だが、こちらからすれば好都合だ」

 

 周囲からはフランキーハウスと呼ばれるその家屋は非常に特殊というか、独特な形をしている。街一つ飲み込むほどと言われる高潮を相手にしても大丈夫なのかと不安にもなるが、このウォーターセブンに建っている建物だ。相応の対策はしているはず。

 だが、それはこちらも想定内だ。むしろ建物内に籠ってくれた方がやりやすい。

 

「波が引き次第攻勢に入る。準備を」

「はっ」

 

 ヴェルゴの命令に応じた、その瞬間であった。

 

 ──空気が軋んだような、撓んだような。

 腹の底に、重いものが落ちたような感覚。

 

 何が起こったかなど明白だ。

 人は想定外のものを目にした時、一度その動きを止めてしまう。

 

「────」

 

 誰もが、言葉を失っていた。

 海が干上がってしまったのではないかと思うほどの引き潮。想像はしていた。とてつもない何かが来るのだろうと。

 だが、これは。

 こんなものは、あまりにも。

 

「……街を飲み込む……?」

 

 嘘を吐け。

 街どころか──小さな島なら、丸ごと飲み込めるじゃないか。

 

 それは、大自然の脅威そのもの。

 全てを飲み込む、破壊の調べ。

 

 

「──退避だ!!」

 

 

 叫んだのはヴェルゴであった。その言葉に、海兵たちが一斉に動き出す。目の当たりにした“アクア・ラグナ”の脅威はあまりにも巨大過ぎた。この場所にまで届く可能性がある。

 後方へと急ぎ退いていく海兵たち。だが、その足が止まる。

 

「…………なんだよ、あれ」

 

 呟いたのは一人。だが誰もが同じ感想を抱いていた。

 迫り来るは、巨大な高波。地平線の向こう。そこには全てを飲み込む大自然の猛威がある。

 あんなものに飲み込まれては助かることは不可能だと、一目で理解させるだけの圧倒的な暴威。

 しかしそこは歴戦の海兵たちだ。止まっていたのは数秒。即座に動きを取り戻す。だがその速さは先程よりも速くなっていた。実際の脅威を目の当たりにしたことも無関係ではないだろう。

 

「急げ! 想定よりも大きいぞ!」

 

 副官が声を張り上げ、退避を促す。

 その最中、一人の海兵が叫んだ。

 

「おい見ろ!! 飛び出してきた!!」

「────!?」

 

 副官が咄嗟に振り返る。そんな彼の視界に映ったのは、想定外の光景。

 

 まるで、立ち向かうかのように。

 ──二頭の獣が、家屋を突き破って出現していた。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 咆哮の如き声を上げ、フランキーハウスを突き破って現れたのは二頭のキングブル──ソドムとゴモラ。その二頭は迷いなく、巨大な高波の方向へ向かっていく。

 ──即ち、海へと。

 

「頼むぞソドム! ゴモラァ!」

「アニキを信じろォ!」

「おれたちは泣く子も黙るフランキー一家だ! 高波如きに怯んでたまるかァ!」

 

 それはきっと、自分たちを鼓舞するための言葉なのだろう。……声が少し震えていた。

 思えば、この二頭がザンバイたちフランキー一家と共に海王類から逃げていたのと遭遇したのが始まりだった。

 

「……ごめんなさい」

 

 ポツリと、思わずウタの口からそんな言葉が溢れる。

 あの時、彼らを助けたことによって縁ができた。助けたというその行為が間違いではあったとは思わない。それを否定することは、今までのウタが歩んできた道を否定するのと同じだ。

 ──だが、その後を間違えた。

 彼らの優しさに甘えてしまったことが、間違いだったのだ。

 立ち去るべきだった。背を向けるべきだった。

 そうしなかった結果、巻き込んでしまったのだから。

 

「ウタ?」

 

 隣にいるルフィが気遣うようにこちらの名を呼ぶ。普段の彼女ならば気にしないで、と応じるところだが、咄嗟にその言葉が出なかった。

 そもそも、だ。こうなってしまったことの始まりが、自身の存在がルフィを巻き込んだことから始まっている。あの日、“天竜人”に見つかった。それが始まりなのだ。

 ……いや、わかっている。ウタ自身は悪くはない。倫理としてそうであることはわかっているのだ。

 だが、“法”は許さない。そして何より、彼女自身が受け入れられていない。

 全てが自分のせいなのだと、彼女は己を責め続けている。

 

「おい、ウタ──」

「──謝ることじゃねェ」

 

 言葉を紡ごうとしたルフィを遮ったのはフランキーだった。彼は自身の子分たちがソドムとゴモラに指示を出しているのを横目に、ルフィとウタの前に立つ。

 

「そもそも、何を謝るってんだ?」

「何を、って」

「ウチの子分共を助けたことか? その後に仲良く飯食って過ごしたことか? それとも何か? “天竜人”なんて馬鹿をぶん殴ったことか?」

 

 腕を組み、言葉を続けるフランキーの表情には僅かに呆れも混じっていた。思わず口を噤んでしまうウタに対し、彼は言葉を続ける。

 

「おれにしてみりゃ何も間違っちゃいねェと思うがな。一つ目には感謝してるし、だから二つ目があったんだ。三つ目に関しちゃそもそもおれたちにゃ関係ねェだろうよ」

「でも……でも、そのせいで」

「生きてりゃそういうこともあんだろ」

 

 馬鹿馬鹿しい、と肩を竦めるフランキー。そのまま背を向けると、言い残すように言葉を紡いだ。

 

「だが、まァ……そうだな。悪いと思ってんなら──」

 

 ソドムとゴモラが海へと飛び出した。そのまま、その向きを大きく変更する。

 真横へと折れ曲がるようにして軌道を変えた二頭により、それに引かれる形のウタたちに強烈な慣性が働く。思わずよろけてしまったウタを、ルフィがしっかりと支えた。

 

「──ここを切り抜けようぜ。それでチャラだ」

 

 お互いに、と言い残すフランキー。そのまま彼は声を張り上げ、子分たちへと指示を出す。

 

「大丈夫だ、ウタ。……ウタは何も悪くねェ」

 

 自身の麦わら帽子をウタに被せながら、ルフィは言う。その言葉が嬉しいと思うと同時に、胸が締め付けられるような痛みを感じた。

 優しさが辛いと思ってしまうのは、己が弱いからなのだろう。

 けれど、どうしたらいいのか。どうすべきなのだろうか。

 私は、どうやって──

 

 誰もが迫り来る高波を見つめ、走り回る中。

 ──彼女だけが、未だ迷いの中にいる。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 このウォーターセブンの住民であるフランキー一家は“アクア・ラグナ”の脅威を文字通り経験として知っている。故に立ち向かうことなど無謀だと知っているし、そんなことをするつもりはなかった。

 

「急げ! 時間がねェ!」

「“アクア・ラグナ”が追いついてきたら終わりだ!」

 

 その声はまるで祈りのようであった。込められた必死の感情がそう思わせてくる。

 だが、それも致し方ないだろう。相手は街を飲み込む大災害だ。それを前にして必死にならず、どうするというのか。

 

「立ち向かう必要はねェ! 流れを利用して逃れろ!」

 

 フランキーの檄が飛び、応じるようにソドムとゴモラが進路を変える。彼らがとった進路は“アクア・ラグナ”を横切る形だ。

 

「踏ん張れソドム! ゴモラァ!」

「オメェらだけが頼りだ!」

「頑張るわいな!」

 

 声を張り上げるフランキー一家の者たち。その中にあって、冷静に状況を見つめているのは数名だ。

 

(間に合うか?……いや、こいつァ……)

 

 一人はフランキー。一家を預かる棟梁の立場故に、彼は心は熱くありながらも頭脳は冷静だ。そしてその冷静な頭脳が、現状の不味さを伝えてきている。

 

(元々分の悪ィ賭けだったが……ヤベェな。──間に合わねェ)

 

 現状の“アクア・ラグナ”と二頭の速度。それを考えた時、どうしても最後の一歩が足りない。その光景が見えている。

 即ち──海の藻屑になる未来が。

 

(何か手はあるか?)

 

 そして、フランキーは状況の打破のために思考を巡らせる。手段、状況、ありとあらゆるものを思案する。

 だが、浮かばない。

 大自然の猛威に対し、人が持つ力などちっぽけだ。

 

「チッ──」

 

 だが、諦めてなるものか。そう思い、小さな舌打ちを溢した時だった。

 

「──間に合わねェな」

 

 こちらに並び立つ位置に来た男──サボが冷静にそう口にした。フランキーがジロリとそちらへ視線を向けると、自身の帽子を被り直しながらサボは言う。

 

「そう睨むな。……むしろ好都合だ」

「あァ? どういうことだ」

「こういうことだ。──ルフィ!」

 

 サボが声を張り上げる。皆がその声に反応して彼らの方を振り返ると、呼ばれた本人であるルフィもまた頷いた。

 小さく口元に笑みを浮かべるサボ。彼はそのまま、ゆっくりと前方へと歩いていく。

 

「いけるな、ルフィ?」

「当たり前だろ」

 

 応じる声に迷いはない。何をする気だ、というフランキーの呼びかけは波の音に掻き消された。

 こちらへと迫り来る“アクア・ラグナ”。あまりにも巨大な波故に、文字通り飲み込まんと襲い来るそれに、フランキー一家の者たちが悲鳴を上げる。

 そして一瞬。ほんの一瞬、ソドムとゴモラの足が止まった。彼らもまた、迫り来る“アクア・ラグナ”の脅威に恐怖したのだろう。

 

「大丈夫だ」

 

 だが、それを一瞬だけのこととした者が二人いた。宙へと躍り出た、二人の男だ。

 

「真っ直ぐ進め。道はある」

 

 安心させるようなサボの言葉。応じる咆哮と共に、二頭が前進する。

 波が倒れ、彼らを押し潰さんと“アクア・ラグナ”が襲い来る。誰もがその時確信した。未来を──“終わり”の瞬間を。

 

「おれが先行する!」

「おう! 任せた!」

 

 だが、その兄弟は微塵もそんな未来を見ていない。

 彼らが見つめる未来は、そんなものではなく。

 

「“竜の鉤爪”!!」

 

 凄まじい衝撃音が響き渡った。“アクア・ラグナ”へ渾身の一撃が叩き込まれたのだ。

 そして見えるのは、声を上げることさえも忘れるような光景。

 

「“ギア4”!!」

 

 その一撃を追うように、“英雄”がその異形の姿にて拳を構える。

 

「“JET巨人の──”」

 

 いつの間にか、フランキー一家の者たちの不安が消えていた。

 視線の先に踊る、“正義”の一文字。普段の彼らにとっては鬱陶しい文字でもあるはずのそれが、どうしようもなく心強く。

 そこにあることの安心と。

 そこにあるが故の安堵を。

 確かに、齎してくれていた。

 

 

「“──攻城砲”!!」

 

 

 その日の光景を、きっと生涯忘れないだろうとこの場に居合わせた者は語る。

 襲い来る絶対的な“死”の光景。それを打ち破り、道なき道を創り出した“正義”の姿を。

 

 これが、“新時代の英雄”。

 この“大海賊時代”を終わらせると謳われた男であるのだと。

 正しく、そうであったのだと。

 

 そう思わせるだけの背中が。

 そこには確かに、存在していた。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 飲み込まれたと、その場に言わせた海兵たちは誰もがそう確信した。“アクア・ラグナ”──あれほどの規模の高波に飲み込まれて、無事であるはずがない。

 終わった、と。そんなことを誰かが呟いた。

 それは任務の終わりという意味か。それとももっと別の──海に消えた存在が持っていたモノが潰えたという意味か。

 だが、現実として彼らは“アクア・ラグナ”の中へと消えていった。その現実を目の当たりにし、海兵たちの間に緩んだ空気が漂う。

 ……致し方ないだろう。覚悟は決めていた。しかしそれは逆に言えば覚悟を決めねばらないほどのことであったということでもある。場合によっては自分自身の手でその命を断つ可能性さえ考慮していたのだ。それが終わったと思えば、張り詰めたものが緩むのも仕方がない。

 ただ、こんな結末でいいのかという思いはあった。あの“英雄”たちの最後がこんなものでいいのかと。

 いや、だが。

 これでよかったのかもしれない。きっと、これで──

 

「────」

 

 そんな中、一人の女海兵がいきなり走り出した。数名がその姿を見咎めるが、彼女が自分たちの部隊の人間ではないことに気付き、制止をせずに見送る形になる。所属も違えば役目も違うのだ。止める理由はないし、止める権限もない。

 故に海兵たちは彼女──イスカから意識を外した。その視線は再び海へと向けられる。

 

「…………」

 

 しかし、一人だけ意識を離さぬ男がいた。彼はサングラスを掛け直しながら思案の表情を浮かべる。

 そして。

 

「……しまった」

 

 海の向こう、波の狭間。荒れ狂う海の中にそれを見た。

 二頭の巨獣が引く一隻の船。そこに乗っているのは──

 

 戦いは、未だ終わらず。

 状況は、更なる領域へ。

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