第二十六話 水の都の一番長い日⑬
「まだだ」
弛緩した空気。海兵たちの間に流れたそれを切り裂くような言葉。
発したのはヴェルゴだ。彼は近くにいる副官に対し、言葉を紡ぐ。
「装備の確認を急げ。私は先行する」
「中将殿……?」
「見えなかったか?」
疑問を浮かべる副官に対し、ヴェルゴは言う。
「“キングブル”だったか? 波の向こうにその姿が見えた。彼らはあの波を超え、この場からの離脱を図っている。避けたのか──いや、違うな。文字通り押し通ったか」
その言葉の意味は副官も察したようだ。まさか、と声を上げる。
「あの高波ですよ? あんなものを突破できるなんて」
「では聞くが」
掌を何度か開いては閉じることを繰り返し、得物である竹竿の状況を確認しながらヴェルゴは問う。
「──彼らが“あの程度”で死ぬと思うのかね?」
その問いに対し、否と──“新時代の英雄”と呼ばれた二人はここで潰えたのだと答えることのできた者はいなかった。
それは、ある種の信頼。或いは信仰と呼ばれるもの。
行く先々で奇跡と呼ぶに相応しい偉業を成し遂げ続けてきたあの二人が、こんな形で本当に終わるわけがないと。
そう信じてしまうだけのものを、持っていたのだから。
「了解しました」
そして再び、副官の瞳に覚悟が宿る。終わっていない。そして終わっていないのであれば、やるべきことがあるのだとその瞳が告げていた。
「私は先行し、足止めを行う。──任せた」
そして、返事を聞かぬままにヴェルゴは地面を蹴った。海軍本部中将の脚力であれば、その脚力で常人とは比べ物にならない距離を稼げる。
飛び上がり、建物の屋上に上がるヴェルゴ。その視界にとあるものが映る。
「…………」
このウォーターセブンの中心。そこから立ち上る一筋の煙。
──始まったか、とヴェルゴは呟いた。ああなることは既定路線だ。
(私は私の役目を果たさねばな)
それは、海軍本部中将としてか。
或いは、もっと別の何かか。
その答えを知るのは彼自身のみである。
(……さて、手並みの拝見といこう)
周囲へ視線を送りつつ、ヴェルゴはポケットから小型電伝虫を取り出した。この状況でかける相手は一人だけだ。
「こちら海軍本部中将、ヴェルゴだ。伝えたいことがある」
『んん? おいおいどうした中将殿?』
相手の口調は不遜。だが、ヴェルゴはこれを不愉快だとは感じない。
そんなことを感じるほど、相手に思い入れはない。故に簡潔な言葉を紡いだ。
「──目標が動いた」
◇◇◇
海を疾走するソドムとゴモラ、二頭の“キングブル”。その二頭に引かれた船の上でサボはフランキー一家に指示を出していた。
「大回りしてもう一度中に入るぞ。海の上にいても沈むだけだ」
「お、おう!」
普段の彼らなら突然現れたサボの言葉に素直に従うことはないだろう。だが、“アクア・ラグナ”の高波に文字通り風穴を開けた彼に対し、逆らうことはない。
それを確認し、サボは一度後ろを振り返った。そこには彼の大切な家族がいる。
「ルフィ」
「……大丈夫だ」
座り込んだルフィと、その手当てをするウタだ。かつてのコルボ山ではよく見た光景であるのだが、あの頃とは空気が違う。二人の纏う雰囲気があまりにも重い。
致し方ないことだとサボは思う。自分たちが信じ、所属していた組織が敵になって。頼れる相手などいなくて。
よく折れなかった──いや、折れないでいてくれた。本当に、心からそう思う。
「……大丈夫だ」
己に言い聞かせるように、小さくサボは呟く。
それは彼が立てた新たな誓い。置き去りにした過去を取り戻した男が己に課した、たった一つの譲れないもの。
「島の中に戻るってのは賛成だ。この海の中に居続けるのは自殺行為だしな」
そんなサボに対し、フランキーが声をかけてきた。彼の子分へサボが指示を出していることに何も言わないところからも、フランキー自身もまたサボのことを認めているのだとわかる。
「だが中には大勢海兵がいる。結局状況は変わらねェぞ」
「わかってる。……何も策がねェってわけじゃねェ。おれたちはそもそも追われる身だ。こういう状況での対応策はいくつかある」
肩を竦めるサボ。彼の所属する“革命軍”は世界政府に真っ向から抗う組織だ。その立場上、荒事は日常茶飯事である。
「今回は潜水艦を用意してる。……流石にこの人数は想定外だったが、まァなんとかなるだろ」
「“革命軍”はそんなもんまで持ってんのか」
「遊びじゃねェからな」
言い切るサボ。そこへ、フランキー一家の者たちから声が上がった。
「もうすぐ岸に着く! だが水路しか行けねェぞ!」
「十分だ! 中に入ったら合図を探してくれ! どこかでおれの仲間達が上げてるはずだ!」
「わかった!」
応じる声が上がり、ソドムとゴモラが進路を変える。“アクア・ラグナ”の影響を受け、ウォーターセブン内の水路も随分と荒れていた。だが二頭ならば問題ない。
「…………」
そうして声を上げるサボを、ジッと見つめるフランキー。そんな彼に対し、サボは応じるように正面に立った。
「わかってる。おれたちと逃げるってことはこの島から出るってことだ。そう簡単に受け入れられねェだろうが、あんたたちの身を守るには現状それしかねェ」
「そりゃわかるさ。理解はする。……納得は別ってだけの話だ」
ふう、と一度息を吐くフランキー。彼は考え込むように腕を組み、言葉を紡いだ。
「おれも一家の棟梁だ。何をすべきかはわかってる。……あいつらを守ってやんのが、おれの役目だ」
「すまねェ」
「謝ることじゃねェ。……さっきあのお姉ちゃんにも言ったが、誰かが悪いって話でもねェだろうよ」
肩を竦めるフランキー。そして一つの間を置き、フランキーが何かを言おうとした瞬間だった。
「──アニキ! あれを見てくれ!」
動揺の混じった声であった。どうした、とそちらへ視線を向けるフランキー。その表情が僅かに歪む。サボもまた同様だった。
「おい、サボって言ったなお兄ちゃん」
「ああ」
「まさかと思うが狼煙ってのはあれのことか?」
視線の先。水路から見えるのは、街の中心。
そこにあるのはこのウォーターセブンの象徴。気高き職人たちの集う場所。
空を染め上げようとでもいうかのように。
巨大な炎が、立ち上がっている。
「おれたちじゃねェ」
険しい表情のまま、サボが言う。
「だが、こいつは……」
言葉を探すサボ。だが上手い言葉が見つからず、彼はそれ以上の言葉を紡がなかった。
叩きつけてくるような状況の変化。誰もが目の前のことを受け入れるだけで精一杯で、その先へ思考を向けることができなかった。
「あれって、オリンがいた場所だよね……?」
呟いたのはウタだ。その隣に立つルフィも拳を握る。
シャオとビリーと再会し、そして二人の副官であるオリンとも再会した場所。それがどうしてこんなことに。
一体このウォーターセブンで、何が起こっている──?
「……嫌な胸騒ぎがする」
ポツリとフランキーが呟く。だが彼は一度息を吐くと、彼はサボへと問いかける。
「あんまりグズグズはしてられねェぞ。合図ってのはどれだ?」
「わかってる。だが──」
──乾いた音と共に、何かが空へと打ち上げられた。
それは空で弾け、一筋の閃光を周囲へと撒き散らす。
「照明弾?」
呟いたのはフランキー一家の誰かだ。別に珍しいものではない。何故こんな街中でとは思うが、それも事情があればあり得ることだ。
故に問題は、その事情が誰のものであるかということ。
打ち上げられた場所は、彼らのいる場所から一番ドックの方角のすぐ近く。街並みの隙間からだ。
「そうか、合図ってアレのことか!」
「よしじゃああっちへ行けばいいんだな!」
「行けソドム! ゴモラァ!」
惚けたのは数秒。フランキー一家の者たちが声を上げ、応じるように二頭もまた声を上げる。
だが、彼らが動き出す前にサボがそれを制止した。
「違う! 逆だ! アレはおれたちじゃねェ!」
「えっ、は……?」
「急いでここを離れろ!」
声を張り上げるサボ。フランキー一家の者たちが慌ててソドムとゴモラへ指示を出す。方向を変え、別のルートへと。
ウォーターセブンは水の都だ。大小様々な水路があり、それが道となっている。普段ならば不便を感じることのないそれであるが、今回は事情が特殊だ。
「ダメだサボさん! 真っ直ぐ進むか戻るしかねェ! しばらくはこいつらが進める幅の水路がねェんだ!」
彼らがいる場所は建物が密集し、水路もそこまで広くないエリアであった。普段の生活でウォーターセブンの住民たちが利用する“ヤガラブル”なら問題ない広さの水路も、“キングブル”二頭となれば進めない場合も多い。
「……戻るべきか?」
「馬鹿言え。この状況で海に出たら海の藻屑になるのは時間の問題だ。……進むしかねェよ」
サボの問いに対し、フランキーが応じる。彼のいう通りだ。戻った先には未だヴェルゴたちがいるだろうし、何より戻るということは海に出るということ。一度は越えたとはいえ、“アクア・ラグナ”に何度も挑むのは自殺行為だ。
フランキーが視線を前に向けた。煙を上げる、一番ドックの方角を彼は見つめる。
「行くしかねェな」
ウォーターセブンの水路は複雑に形成されているようでいて、実はその根本的な部分はシンプルだ。街の中心にある巨大な噴水から出た水がこの島の水路を形成しているという性質上、全ての水路が最終的に中心部へ向かうようになっている。
街の中心を目指すいくつもの巨大な水路と、それらを繋ぐようにして張り巡らされた大小様々な無数の水路。それこそがウォーターセブンの仕組み。
故に巨大な水路を進むということは、必然街の中心部へ向かうことになる。
「中心部には行きたくねェが……回り込むのは?」
「できるがもう少し先だな。……そこまで連中が待ってくれるかだが」
サボの問いに対し、フランキーが応じる。そして彼の懸念はおそらく当たりだ。
フランキー一家の下へ訪れた海兵は、どこから来たのか?
このウォーターセブンにいる海兵は、アレが全てか?
その答えが、目の前に広がっている。
「いたぞ!!」
張り上げられた声は、一人の海兵のもの。
眼前、こちらの進行方向に見慣れた制服を纏う無数の人影。
何十──否、何百。或いは千に届くだろうか。打ち上げられた照明弾は、こちらの位置を知らせるためのものだったのだろう。おそらくは諜報機関。いずれかのCPによるものだろうか。
まるで自ら海兵たちへと突撃するような状況。だが、こうするしかない。
まだ、何も終わってはいない。
逃げるにしても、戦うにしても。
まだ──始まったばかりだ。
◇◇◇
報告を受け、男は上機嫌に鼻歌を鳴らしていた。現状、全てが想定内だ。
「いやァ最高だ! 何もかもが想定内、作戦通り!」
笑い声と共にそう口にするのは、今回の作戦における最高責任者──CP9長官スパンダムだ。周囲の海兵や役人、諜報員たちが慌ただしく動いている中で彼は酷く上機嫌である。
それもそのはず。現在の状況はここに来るまでに想定されていた通りに推移しているのだ。今回の作戦における最高責任者である彼にしてみれば笑いが止まらないだろう。
「色々と配慮も行き届いている。いやァ、大した男だ」
「……行き届き過ぎてて気味が悪いが」
近くに立っていたジャブラが小声で呟くが、それが男──スパンダムの耳に入ることはない。
このウォーターセブンでは今現在、いくつもの思惑が同時に動いている。それを全て完遂するために彼らはいくつかの策を立てた。
まず、ヴェルゴ中将率いる追撃部隊は“麦わら”と“歌姫”の確保に動く。これは彼らの役目を考えても妥当な動きだ。だが同時に、そのことをごく一部の人間以外には知らせないようにした。事情を知らない海兵たちはヴェルゴたちが“火拳”の捜索のために動いたと考えただろう。
件の二人のところに着いたとして、当然戦闘になるだろう。そこで捕らえられれば良し。状況が不利になろうともこのウォーターセブンには対“火拳”を想定した戦力が集まっている。その増援も合わせれば、まず確保は可能だろう。
問題は逃走を許した場合だ。相手も馬鹿ではない。正面からの戦いが不利なのはわかっているだろう。故にその場合の対応策も用意していた。
(CPの諜報員で監視網を、か)
暗殺専門のCP9とは別に存在する──というよりは表向きの諜報機関であるCPの諜報員たちを先んじて町中に配置したのだ。“エニエス・ロビー”から送られて来た者もそうだし、そもそも既にこの島に入り込んでいる諜報員たちもいる。彼らを配置し、島中を見張らせた。
一流の諜報員たちだ。島の住民に溶け込む彼らを看破するのは難しい。何よりそんなことをする余裕もないだろう。
そして、今。
「──長官殿! 照明弾です!」
「あァ、見えてる」
空に打ち上がった照明弾。それを見た海兵の言葉に、スパンダムは笑みと共に頷く。
「あれが上がったってことは……わかるな?」
「はっ! 既に各所に連絡を飛ばしております!──“火拳”が現れたと!」
海兵が発したその言葉に、スパンダムの笑みが深くなった。そんな姿を見据えるジャブラの脳裏に浮かぶのは、ヴェルゴの台詞だ。
“標的があの二人であることはギリギリまで隠した方がいい”
どこまでも合理的に、冷徹に。
あの海兵は、そう告げた。
“考える時間を持たせてしまえば躊躇が生まれる。故にそんな時間を与えず、今目の前に捕らえるべき罪人がいるという状況に持ち込むべきだ。彼らも海兵だ。そうなれば動くしかない”
要は無理矢理に退けない状況を作るということだ。そうすることで圧し潰すように数の暴力を叩きつけるのだという。
悪辣とはいうべきではないのだろう。相手は犯罪者だ。そんなことを考える必要はない。
だからそれはいい。問題は──
「行くぞお前ら!」
スパンダムが声を張り上げる。それを受け、三人のCP9もまた動き出す。
彼らだけではない。このウォーターセブンで住民たちを守るために“エニエス・ロビー”から派遣されてきた海兵たちが、あの照明弾の場所へ集って来るのだ。
「……ふん」
ため息のような吐息と共に、ジャブラは雨に濡れた顔を拭う。そうして一瞬閉じた目を開けると、そこに映るのは荒れ狂う空と海。
──そして、島の中心から上がる煙。
地獄でも顕現したのかというこの光景。それを引き越したのが誰であるのかを、彼は知っている。描かれたシナリオについても。
それについて特別な感情を持つことはない。彼は己の任務を果たすだけだ。これまでも、これからも。
ただ、それだけだ。
◇◇◇
最初に伝えられた内容は実にシンプルなものであった。
“エニエス・ロビー”から派遣された海兵たちはウォーターセブンを襲う“アクア・ラグナ”から避難する大勢の市民を補助しつつ、目標の捜索を行なっていた。その目標とは彼の“火拳のエース”。目的は不明だが一番ドック前で騒動を起こし、更にウォーターセブン市長の暗殺未遂を引き起こしたと目される海賊だ。
あの大海賊“白ひげ”の二番隊隊長。その名に畏れがないといえば嘘になる。だが、自分たちと志を同じくする一人の女海兵が文字通りその身を張って市長を守ったという事実がその畏れを飲み込ませた。
故に士気は決して低くはなかった。海賊という明確な“悪”を相手にするというのだから尚更だ。
そして、そこへその一報が入る。
──曰く、目標をヴェルゴ中将率いる部隊が発見した。
──曰く、目標との戦闘が開始された。
端的ではあるが、要点は押さえている。故に島中に散っていた他の海兵たちは指揮官の指示の下伝えられた場所へ向かうことになった。
海軍本部の中将ともなれば個人としての戦闘能力も凄まじい。それもヴェルゴ中将といえば“新世界”の基地長だ。あの過酷な海で海兵として戦う彼の力を疑う者はいない。
だが、今回は相手が悪い。かつて“七武海”の一角をも落としてみせた怪物だ。故に海兵たちは迅速に伝えられた場所へ馳せ参じようと歩を進めた。
だが、その過程で別の連絡が入る。
──目標が逃走した。
──協力者と共に二頭の“キングブル”を用いて島内へ侵入。
こちらが第一報。故に各部隊は一度足を止め、目標の位置の知らせを待つ。闇雲に動いてもこの島は広く、無駄足になりかねない。それに、だ。
こういう時の策も、正しく用意はされている。
一筋の照明弾が打ち上がる。
それを受け、海兵たちは己の向かうべき場所を理解した。
司法の島たる“エニエス・ロビー”からここへ来ているのは海兵たちだけではない。政府の役人や諜報員たちも共に来ているし、元よりこの島に潜入しているCPの者たちもいる。その者たちにより、島中に即席の監視網を構築したのだ。
こちら側が持つ最大の優位たる“数”を最大限利用する手段。個人個人では目標には勝てないだろうが、位置を知らせるだけならば個人でも可能だ。
この策を提案したのはヴェルゴ中将だというが……まあ、それはいいだろう。
問題は、打ち上げられた照明弾の位置が“彼”の率いる部隊の近くであったこと。
俗に“船斬り”。その卓越した剣技により、船すらも斬り裂く使い手。
──海軍本部大佐、Tボーン。
「大佐殿! 入電です! この水路を駆け上がってくるとのことです!」
部下から伝えられるその言葉を聞き、来たか、とTボーンは呟いた。
知らず、剣の柄を握る手に力が籠る。相手は“四皇”の幹部だ。どうしてもその強大な存在を意識すると力が入る。
だが、それ以上に己を奮い立たせるものがある。
──か弱き市民を守る。
日々を生きる市民の生活を、笑顔を、日常を守るためにTボーンは海兵になった。故に相手がどれほど強大であろうと彼が退くことはない。
「下がっていろ」
剣を抜き、Tボーンは部下たちを下がらせた。一度目を閉じ、意識を集中させる。
吹き付ける風と雨。荒れ狂う世界の中、その意識がその瞬間を捉えた。
「──曲がった太刀筋大嫌い」
ゴクリ、と周囲の海兵が息を呑んだのがわかった。Tボーンが何をしようとしているかを彼は知っている。だが、同時にそれに確信が持てなかったのだ。
本当に可能なのか、と。
そしてその若き海兵は、その光景を見ることになる。
「直角飛鳥、ボーン──“大鳥”!!」
空を飛ぶ斬撃。まるで巨大な鳥のような姿をしたその斬撃が、雨と風を切り裂きながら直進する。
凄まじい速度。そしてその進む先にあるは、一つの橋。
水路を跨ぐ形の巨大な橋だ。普段であれば何百という人間が同時に渡れるのであろうその橋はその用途故に殊更頑丈に作られている。
それを造るためにどれだけの努力と時間が必要であっただろうか。それを完全に推し量ることはできない。故にTボーンは小さく呟いた。
「すまない」
橋が──落ちる。
食い破るように、斬り裂くように。
瓦礫と化した橋が落下し、水路を塞いだ。
「行くぞ!!」
声と共に、最初に踏み出したのはTボーン。その背に踊る“正義”の文字に続くように、海兵たちもまた前に出る。
──二筋の照明弾が、空を彩る。
その合図の意味は一つ。
ここが──決戦の場だ。
◇◇◇
状況が悪い。サボの経験と本能が警鐘を鳴らし続けている。
(最初の計画はもう完全に吹き飛んだな)
元々、こうなることは想定していなかった。海軍が来る前にルフィとウタの二人と会い、可能な限り秘密裏にこの島を脱出するつもりだったのだ。エースについてもどうにか連絡を取り、共同戦線を張れればと思っていたのである。
だが、最早穏便に済む状況ではない。最悪の場合、二人だけでも──そんな風にサボが考え始めた時であった。
「──考える時間もくれねェか」
この暴風と雨の中でも響き渡る轟音と、続いて打ち上げられた二つの照明弾。それを見咎めたフランキー一家の者たちが声を上げる。
「なんだ今の音!?」
「どっかの家でも崩れたか!?」
「それよりあの照明弾は!? これから向かう方向だぞ!?」
ただでさえ尋常ならざる状況だ。彼らの動揺も致し方ないだろう。それを抑えようとフランキーが何かを言おうとした瞬間、前方でソドムとゴモラに指示を出していたザンバイが声を上げる。
「ヤベェ!! 道が塞がってる!!」
その言葉に、全員が前方へ視線を向けた。そこには確かに、ザンバイの言う通りの光景が広がっている。
自分たちの進む先を塞ぐ瓦礫の山。このままでは時を置かずに激突する。
「橋を落としたか」
冷静に呟いたのはサボだ。その隣では、フランキーが小さく舌打ちを溢す。
「人の街で好き勝手しやがる。海軍ってのは随分乱暴だな」
お前が言うのか、というツッコミを入れてくれる人間は残念ながらいない。
「まァそうくるってんなら仕方ねェ。ぶち抜いて強引に──」
「ちょっと待ってくださいアニキ! ありゃ“船斬り”だ!」
あァ、と子分の声に対してフランキーが眉を顰める。子分が声を張り上げた。
「船をステーキみてェにぶった斬っちまう化け物です! あんな奴がなんで!?」
海軍本部大佐、Tボーン。“船斬り”の異名を持つ彼はその卓越した剣技で成し遂げた結果としてその名前を得た。それは決して虚飾ではない。
そして、そのTボーンが剣を構えた。それに反応できたのは一人だ。
(間に合うか!?)
この状況、サボがあの海兵の立場であるならば狙うべきものは決まっている。
即ち──移動手段。
右か、左か。距離と時間が足りない。どちらかを選ぶしかない。
「────ッ!」
そして彼は、選択を間違えた。
サボが選んだのは右側。理由は明確で、Tボーンから見た時僅かにこちらの方が距離が近いためだ。故に割って入る位置へと躍り出たのだ。
だが、相手の選択は違った。
これを読んでいたのか、それとも別の理由か。もう一方へと刃を向けたのである。
──飛ぶ斬撃。
船すらも斬り捨てる一撃だ。“キングブル”は巨大な生物であり、相応の耐久性も持っている。だが、海王類さえも仕留められるであろうあの一撃を耐えられる道理はない。
しまった、という声を出す暇もない。吸い込まれるようにその斬撃は──
「────!!」
それは叫びであったのか。或いは咆哮か。
身を震わせるような“力”の込められた咆哮と共に、“正義”の文字を背負った麦わら帽子が舞い降りる。
硝子が砕けたような音を響かせ、ゆっくりとその青年は舞い降りた。その気配にけおされたのか、ソドムとゴモラもその場に停止する。どの道瓦礫で進めないのだから仕方ないのかもしれなかったが。
「すまねェ、助かった。……ルフィ?」
サボが声をかけるが、ルフィは眼前──少し離れた位置に立つ海兵を見据えて微動だにしない。
どれぐらいの沈黙が流れたのか。ルフィは、ただ一言だけを口にした。
「──どいてくれ」
次回はなるべき早く上げたい、です……。