─────ある時、ロキ・ファミリアにて。
「……どうした、フィン」
ひどく険しい表情をするフィンに、リヴェリアはそう口にする。
「……これから話す内容は、まだハッキリとそうだとは断定できない。まずはそれを頭に入れておいてくれ」
「何じゃ、それは……」
ただならぬ表情をするフィンを前にしてガレスは困惑とするしかなかった。
フィンから急を要する事態が発生したと聞かされていた二人。
それがよっぽどの事だと、フィンを見て再確認する二人。
「……オラリオ内で、【殺帝】を見かけたとの報告を受けた」
「なッ……!」
フィンの言葉に、驚愕を隠せない二人。
──【殺帝】ヴァレッタ。
忘れるはずもない、かのオラリオにて起こった“死の七日間”で何度も被害を被るハメになった要因ともいえる。
闇派閥の者達に、自爆するよう教育させ冒険者もろとも爆破するという非道的な手段を面白おかしく実行する、まさに人道的さが欠落しているといっても過言ではない。
かつての仲間達が、彼女によって命を奪われてしまったこともあり"憎き敵"とも言えた。
そんな彼女を、現オラリオ内で見かけたというのだ。
「ッーー待て、彼女は確かにあの日死んだはずだ。私自身確認もしている」
「そうだね。だから僕も初めて報告を受けた時は耳を疑ったよ」
【殺帝】は、最後炎に包まれて灰と化したはず。
その残骸を確認したリヴェリアとしても【殺帝】がまだ生きている、というのはあり得ない話だった。
「ただの見間違い、という可能性はないかの?」
そんなリヴェリアの懸念を代わりに疑問を出すガレス。
「確かに見間違いかもしれない。僕としても、ただの見間違いであってほしい」
だが、と一呼吸を置いて話を続けて。
「ただ、【殺帝】を見かけたという報告を受けた以上、予め情報を共有した方がいいと思ってね」
言動こそ普通のように聞こえるが、その表情は極めて真剣のそれであるフィン。
「……そうか」
重々しくそう返事するリヴェリア。
「今はまだ何とも言えないが、もし【殺帝】が生きていたとしたら……今すぐにでも対策を立てなければならない」
──そう言葉にするフィン。
◇
そんな会話の発端となった出来事。
「ぁあ……あぁぁっ……!」
迷宮都市オラリオのダンジョンにて、一人の少女が声にもならない悲鳴を上げながら、横たわった少年にすがりついていた。
その少年は、胴体に穴が空いており、今にも血が溢れかえっている。
致命傷と言っても過言ではないその少年は、既に絶命した亡骸となっていた。
「そ……んな、どうし、てぇ……ッ!」
その事実を認められずにいた少女は、少年の血が服にべっとりとついていても尚それを気に留める暇もなく、ひたすらすがりつく。
――その少年は、少女と共に活動していた冒険者だった。
――少年は、少女のかげかえのない仲間だった。
――これもわたしが周囲の注意を怠ったせいだ。
少女が注意を怠ったせいで、モンスターに少年がやられた。
少年を殺めたモンスターは、今にも少女に近づこうとしている。
あまりにものの突然の事に、発狂した少女にモンスターの対処などできるはずもなく。
モンスターは少女に襲い掛かろうと――――――――
「……っ、え?」
したところに、ふわっと暖かい光が少女の身体を包まれる。
そして、襲い掛かったモンスターは瞬く間に灰と化していた。
「あっ、た……かい?」
暖かい光を当てられた少女は、急激に精神が安定してくる感覚に陥り後は困惑が残るばかりだった。
「――いかなる者にも、やり直しの機会は平等に与えられるべきである」
声がする方向に、少女は振り返る。
「あ……」
そこに立っていたのは、白いドレスのような服を身に包まれており、ベールのような襟巻きをしている女性だった。
まず目に入ったのは、思わず目を惹かれるほどのサラサラとした薔薇色の髪。
その髪は、毛先に行くにつれて白が染まっていく、神秘さを放っていた。
少女を見つめる黄金色の目は、キツイ目つきをしていたが、些細な事だと思えるぐらいにどこまでも見通されるかのようなソレを秘めていた。
「全てにおいて、全ての者への“救い”を」
二句。
たった二句で、少女の心は震えた。
「あっ……!?」
その次の瞬間、亡骸と化した少年に、スポットライトが当たったようにまばゆい光の柱が立ち始める。
ダンジョン内であるはずなのに、立った光の柱はどこまでも高く見えた。
その柱から、半透明色の“羽根”がゆったりとした様子で落ちていく。
やがて、羽根が少年の身体に触れると──瞬く間に羽根は身体に沈み込み。
胴体に空いていた穴が徐々に埋まっていく。
少年の顔色が良くなっていく。
その様子を目にした少女は、涙した。
それは─────まるで、奇跡のようだ、と。
「──すぅ……すぅ……」
亡骸であったはずの少年から、呼吸音が聞こえる。
思わず少年の胸に耳を当てる少女は……ドクン、ドクンと心臓が動く音が、確かに聞こえるのを確認した。
「あ……ぁあ!」
声にもならない、歓喜を噛み締めながら身を震える少女。
こんなことが、有り得るのか。
少年は、息を吹き返した。
その事実に、先程まで感じていた悪感情が嘘のように消えてなくなり、残ったのは安堵と感動だった。
少女は、すぐさま女性の方に身を向けて。
「か、かみさっ……」
神様、と言おうとしてすぐに口を慎む。
少年を甦せてくれた、この人は──
自分が所属しているファミリアの主神様とはまた別の、雰囲気を感じる。
この人の近くにいるだけで、安心できるような、そんな優しい雰囲気。
……では、神様ではなくて、なんというのか。
「あ、ありがとう、ござい、ます……ッ、
そう口にして、少女は頭を下げる。
そして……頭を上げて、目に入る聖女様の顔。
「あ……」
慈愛の念で溢れた、男女関係なく思わず惹かれてしまいそうな微笑みを、聖女様は浮かべていた。
安堵してきたからか、またもや目から涙が零れて止まらない少女だった。
今、この瞬間から。
少女は、"聖女"の存在を信じるようになった。
――――かつての【殺帝】を知らぬ者は、彼女を"聖女"と称え挙げ。
――――かつての【殺帝】を知る者は、よく似た容姿をする彼女に"不信"を向け。
これは、かつて【殺帝】と呼ばれた彼女を中心に、オラリオ中を騒がせる、そんな物語である。