喰種のヴィランアカデミア   作:パンダ丸

1 / 13
1話 喰種(グール)は肉を羨み、

 

 

 「喰種(グール)」とは、

 

 人間社会に紛れ込み、食物連鎖の頂点に君臨する人喰いの化け物である。人間の食べ物を受け付けない体のため摂取できるのは人体のみであり、そこからでしか栄養を摂ることができない。

 まぁ簡単に言うと人類の天敵だ。

 

 そして、赤赤孿(あかあかれん)つまり俺は喰種である。

 

 俺は前世において喰種が蔓延る世界で喰種捜査官に喰場を荒らされ飢えて死んだ間抜けな化け物である。喰種の中には組織で動いていた奴らもいたそうだったが、物語に名前付きで配役されないであろうモブキャラの俺は孤独に肉を追いかけていただけだった。よって特別強くも弱くもない。一つ恵まれていたのは生まれながらに喰種だったからか狩りと逃げ足は優れていた点だと思う。人間に生まれていたら全ての問題が解決していたのは言うまでもないが。

 

 

 閑話休題(話を戻す)

 

 俺は何の因果か死んで生まれ変わってから前世の記憶を思い出してしまった。この世界の人間には俺と言う存在が生まれてしまったことを申し訳なく思う、思うだけだ。

 

 ここからが重要だが、今俺が生きている世界に喰種は存在しない。根拠としてニュースで報道されたり、喰場で全く鉢合うことがなかったりとあるが一番は仲間はいないと俺の鼻が、血が、訴えてくるのだ。それが何よりの証明である。

 代わりに、と言っていいのかは分からないがこの世界には「個性」と言うものがある。

 

__事の始まりは中国軽慶市。"発光する赤子"が生まれたというニュースだった。以降各地で「超常」は発見され、原因も判然としないまま時は流れる。いつしか「超常」は日常に……「架空(ゆめ)」は「現実」になった。世界総人口の約八割が何らかの"特異体質"である超人社会となった現在、混乱渦巻く世の中でかつて誰もが空想し憧れた一つの職業が脚光を浴びていた。

 

 

 それは"ヒーロー"である。

 

 

 前世ではまず聞いたことも言ったこともない未知の存在だった。「超常」に伴い爆発的に増加した犯罪件数、法の抜本的改正に国がもたつく間勇気ある人がコミックさながらにヒーロー活動を始めた。「超常」への警備、「悪意」からの防衛。たちまち市民権を得たヒーローは世論に押される形で公的職務に定められる。彼らは形に応じて与えられる……国から収入を、人々から名声を!

 

 と、ここまでは小学校で教えられる常識である。前世学校に通ったことなんてない俺もこの世界では何故か人間の腹から生まれたので義務教育を受けている。頭は良くはないが、救いようがない程悪いわけでもなかったらしい。だから覚えていた。

 

 

 

「おい!待てー!」

「裏路地行ったぞ、追い込め。」

「人喰い鬼め観念しろ!」

 

 喰種が存在しないということは縄張り争いがなく、人肉食べ放題……!に思えたが喰種捜査官の代わりに同じ悪を裁く系のヒーローというものがいるわけで、つまり何で俺がこんな話をしているかと言うとそのヒーローに今現在追いかけられているからだ。

 

「鬼じゃなくて喰種なんだけど。」

 

 話は俺の「個性」の発現まで遡る……長くなるがやらかしてしまって現実逃避したい俺のためにも遡らせてほしい。

 

 

 

 

 

 個性の発現は4歳。これも俺らしく平均的な数値らしい。ある日腰部周辺がムズムズし出したと思ったら、そこから液状の筋肉らしきものが飛び出して家の壁を突き破った。前世から慣れ親しんだ俺の唯一の相棒だった。

 

 俺はそれを「赫子(かぐね)」と名付けた。

 

 なぜならばその時に前世の記憶を思い出したからだ。昏倒することも記憶に翻弄されることもなくあっさり受け入れた。

 ちなみに思い出した前世の記憶はロクなものじゃなかった。両親まとめて社会で生きていく力のない喰種だったからか戸籍がなく人間社会に紛れ込むことは不可能だった。

 幼少期は裏路地で必死になって獲物を探すしかなかったが、成長するに連れて自分の顔とスタイルが人間受けが良いことに気づいた。そこからは楽に食料を調達できた。若い女の家に上がり込んで養ってもらいつつ、俺の顔に釣られた女を喰場に連れて行き食事をする。戸籍がないからこそ喰種捜査官から身を隠すことができた。そんな日々は不安定でありながらも衣食住は一応揃っていた。女の前で食事をしないことを誤魔化すことだけは面倒くさかったが。

 死因については先程説明した通りである。

 

 

 思い出してしまった今世、ここで一つ問題が起きた。今まで普通に食べられたであろう人間の食べ物を一切受け入れられない体になってしまったのだ。前世を思い出した代償なのかその時まで食べていた物の味が思い出せないのだ。口に運ぶまでは覚えているのに、その後は前世で感じた吐き気の方を思い出してしまう。

 そんな俺に戸惑ったのは本人ではなく両親だった。本当に普通の親だった。いろいろな食べ物を用意する、子供を心配して病院に連れて行く、策が尽きると焦って二人で泣き始める。俺の親らしい普通に賢すぎず愚かすぎない行動をした。

 数日間空腹に耐えていたがついに事件が起きた。母親が俺が食べれる料理を開発しようと包丁を奮っていた時のことだ。手を滑らせた彼女はうっかり飢えた俺の前で手を切り血を流してしまった。そこで俺に限界が来た。

 

 

「お腹、すいた……」

 

__我慢できなかった。

 

 

 人間の腹から生まれた俺は前世とは違い情というものを持ち合わせていたらしい。だから初めての親を食べるつもりなんてカケラもなかった。しかし、

 

 

「普通に産んであげれなくてごめんなさい。」

「お前は何も悪くない、ごめんなぁ。」

 

__せめて一緒に死のう。愛しているよ、孿

 

 

 あまり記憶ははっきりとしないが、血だらけの腕で持った包丁をこちらに向ける母親とダイニングの椅子を振り上げる父親の歪んだ顔とこの体で初めて食べる人の肉がとても美味しかったことだけは覚えている。

 

 

 

 気づいたらいつの間にか家に入り込んでいた警察に保護されていた。彼らは一様に悲しそうな顔をして、血溜まりにうずくまる俺の頭を撫でた。

 後から知ったことだが、両親の悲鳴を聞いた近所の人の通報を受けてやって来た警察は両親を強盗殺人の被害者と思っており、いもしないヴィランを探しているらしい。俺が数日飢えて痩せ細っていたからか虐待されている子供と判断したのだ。その上顔面血だらけでうずくまっている姿は虐待する両親の死でさえ悲しむ可哀想な男の子に見えて同情が集まっていた。どこかの世界にいる芸人もびっくりなすれ違いである。

 唯一、死体が無いことは不思議がっていた。

 

 その後俺を引き取ったのは、母親の親つまり俺から見た祖父母だった。祖父母という割には若々しく、彼らは娘を失った自分たちの悲しみを押し殺して俺を精一杯甘やかすために積極的に動いた。

 

 俺の話により娘の虐待ではなかったと気づいた祖父母は、人の食べ物を受け付けない俺をどうにかしようとしてくれた。当然解決策はなかった。

 ある時また我慢できなくなった俺は祖父母に見つからないように、近所で飼われていて庭に出されている犬に齧り付いた。当時は肉なら何でも良くなってしまっていた。動物の肉は初めて食べたがとても不味い、獣臭くて硬い肉、そしてお前は獣以下なのだと言外に言われてくるような気がして苛つく。しかし吐いて戻す程ではなかった。祖父母に迷惑がかからないよう血も骨も残さないように食べたので誰にもバレなかった。

 

 そして、俺は彼らに生肉なら食べられると伝えた。不味いが延命くらいにはなるだろうと思ったからだ。不審な顔をされるかと思ったが祖父母は何故か嬉しそうにすぐ用意した。

 

 

「どうだい?」

「……食べれる。」

「「良かった!」」

 

 

 何故彼らは生肉を食べる俺を不審に思わなかったのだろうか、それは個性についての授業を受けてから分かった。この世界には様々な個性が存在しそれこそ姿だけなら化け物のような人間もいる。生肉が主食という程度ではちょっと変わった子くらいにしか思わないのだろう、それが俺が導き出した答えだった。

 本当は動物の肉など食べたくなかった、でも彼らと一緒に生きるには必要な代償だったから食べた。だって祖父のいつもの優しい瞳が潤んでいたから、祖母の心底安堵したような笑みが美しかったから。

 

 そして、その数週間後に俺に奇跡が起きた。それは生肉以外にも食べれるものがあったのだ。

 

 

__珈琲(コーヒー)

 

 

 それは、飲料なので腹は満たされないし栄養もほとんど摂れないが、水しか飲んだことがない俺にとって初めての嗜好品である。前世ではこんな洒落ていて無駄なものを飲もうとも思わなかった。出会いは祖父母が経営している喫茶店であり、祖父は珈琲が大好きで淹れるのも得意だった。

 

 

「これ、美味しい……美味しい!」

 

 

 そう言って初めての笑顔を見せた俺に祖父はついに綺麗な瞳から涙を一筋流した。その報告を聞いた祖母も泣いて喜び、暖かい体で俺を抱きしめた。

 それから俺は生肉と珈琲でなんとか生きていた。学校帰りに喫茶店に居座りたまに仕事を手伝ったりもした。

 

 

「ここではおじいさんの珈琲が1番人気なの?」

「そうだね……珈琲とケーキのセット、それがよく頼まれるかな。」

「ケーキ……?」

 

 曰く、それは甘くて美味しいものらしい。甘い、とは過去に食べた女のとろけるような肉の味と同じだろうか?

 

「ケーキ、食べてみるかい?」

 

 正直に言えば食べてみたかった。でも、祖父が出してくれるケーキを吐いてしまったらときのことを考えたら怖かった。「やめとく。」と言ってその時は食べなかった。その時の彼の隠しきれない悲しそうな顔が印象的だった。彼にそんな顔をしてほしくなかったが、俺は人を笑顔にする方法を知らなかった。

 

 

 

 

「孿は挨拶がちゃんとできて偉いね。」

 教えられた、いただきますとごちそうさまを言うだけで頭を撫でて褒めてくれた。

 

「お腹いっぱいになれたかい?」

 常に俺がお腹すいていないか心配してくれた。

 

「ふふ、良い子にお留守番できたねえ。」

 俺を置いて出かけても、ちゃんと帰ってきてくれた。

 

「足速いな〜小学校で女の子に人気になっちゃうんじゃない?」

 喰種の平均的な身体能力の高さでさえ認めてくれた。

 

「珈琲美味しいかい?――嬉しいなあ。」

 珈琲を嬉しそうに飲む俺以上の笑顔で見守ってくれた。

 

「今日は孿の誕生日だよ、生まれてきてくれてありがとう。」

 化け物の生まれた日を祝ってくれた。

 

 

 俺は常に飢餓感に襲われていて、平均よりも痩せたガリガリだったが全く不幸ではなかった。しかし、

 

 

 

 

「おばあさん……?」

 

 そんな生活に綻びが見え始めたのは、俺の中学の入学式の次の日、祖母が亡くなってからだ。あんなに元気で若々しかった彼女は事故で車に跳ねられあっさり死んでしまった。

 

 祖母の葬式にて俺は祖父と2人で棺桶に入れられた彼女の遺体を見つめていた。彼女の体からは美味しそうな血の匂いがした。痩せ細っていたため彼女の骨を実感した。お腹が空いた。

 妻の遺体の傍で口をよだれで溢れさせる孫を見て、我慢するために噛んで血が出てしまった唇を見て、祖父は何を思ったのだろう。

 その時の俺は知らなかった。

 

 

 祖父は祖母の遺体を見ながら言った。

 

「孿、僕も君より先に死んでしまうだろう。そうしたら君だけが心残りだ……高校までは行くんだよ。卒業するだけで将来の君の力になるから。」

「嫌だ……」

「お願い、君の未来のためだ。」

「おじいさんとずっと一緒がいい。俺も連れてって。」

 

「僕も一緒が良いよ。けどできないんだ、ごめんね。

___でもね、それでも、孿を愛しているんだよ。僕もばあさんも、君のお父さんとお母さんもね。だから、"生きて"。」

 

「……分かった。」

 

 その言葉を証明するかのように中3の冬、祖父は病気で倒れた。俺の高校受験が終わり、合格が決まった次の日だった。彼は俺の未来はもう安泰だとでも言うように入院生活を送った。

 

 それから数週間後、毎日見舞いに行っていた俺に向かって祖父の担当医は「今日が峠です。」と言い放った。

 祖父はそれを察したのか眠りにつく前に言った。

 

 

「孿は僕の珈琲をいつも美味しそうに飲んでくれたよね。娘と妻を先に失った時、君のその笑顔に救われていたんだ、ありがとう。

 でも最後まで君をお腹いっぱいにする方法は見つからなかったな、ごめんね。

 

 ……僕が死んだら食べて、君を一人にしたくない。」

 

 

 ありがとうとごめんねを言われたその時初めて気づいた、祖父は俺が人を喰う存在だと理解してしまっていたことに。その上で決断したんだろう、一緒にいるために禁忌を犯すことを。

 

 

 何故彼は、俺を捨てなかったのだろう。

 

 何故彼は、俺を殺さなかったのだろう。

 

 何故彼は、俺を化け物だと罵らなかったのだろう。

 

 

 警察から死体が無く強盗殺人犯と仮定していたヴィランが存在しないことを聞いていたのに。名探偵じゃなくたってあの時の俺の姿を見ていたなら分かるはずだ、俺が娘を殺した犯人だということを。

 

 祖父は、最後まで人を食べてはいけないとは言わなかった。彼はその言葉が俺に死ねと言うことと同義だと気づいていたんだろう。言動全てで俺に生きてほしいと訴えていた。そして死してなお、彼は化け物と一緒に生きようとしたのだ。

 

 

「俺初めてだったんだ。頭を撫でられるのも、誰かと一緒にご飯をたべるのも、名前で呼ばれるのも。」

 

 

__ねぇ、おじいさん。お父さんもお母さんも言ってたけど"愛してる"って何?美味しいの?

 

 

 病室のベットに横たわる祖父に泣き募り、そして問うたが彼は何も言わなかった。そこから目を覚ますことはなかった。

 彼の穏やかな顔を見ていると最後に珈琲淹れて貰えば良かったなと思った。数時間後、遺言通りに祖父を食べ始めた。

 

 

__いただきます

 

 

 まず、たくさん肉がついた部分に普段より伸びた牙をゆっくりと刺し込む。次にブチブチッと音を立てて一口分の肉を齧り取り大事に咀嚼して飲み込む。時間をかけて祖父の肉を味わう、それは自分の舌までとろけそうな美味しさだった。肉を粗方食べ終えるとほぼ肉のついてない骨を舐める。

 

 肉を食べ切ると人間はほぼ骨だけになる、それは俺が好んでいる人間の姿だ。見たこともないのに俺の全てを剥いだ姿と同じな気がして安堵できる。人間の体の中身は何度も見てきたが構造など知らない。でも背骨は人間を動かすのに重要な部分であることは知っている。

 その"背骨(おじいさん)"が、今度は俺を動かしてくれる。化け物でも生きていると実感させられる。

 

 だから、奥歯で骨を噛み砕いてすり潰し、丁寧に胃に入れる。最後に、両目を潰さないよう丸呑みした。病室には誰も来なかった。

 

 

__これでおじいさん(同じ)になれる?

 

 

「良かったなおじいさん、意外と美味いよ。美味いのに、何で、こんなに涙が出るんだ……」

 

 いくら若々しくても年寄りだし、珈琲ばっか飲んでるから苦いと思っていたが美味し(不味)かった。何故かその美味し(不味)さに涙が出た。せっかく腹が満たされそうなのに、何でこんなに食べにくいんだ。

 食べ終わってからふとある時の祖父の悲しそうな顔を思い出した。

 

 

「俺、高校行くよ。それで、どうしようかな。

 

 ……ああ、ケーキ食べてみたいな。」

 

 

 俺がケーキ食べれるようになったらおじいさんも嬉しいよね?と、お腹を撫でながら血飛沫が飛んだ空っぽのベットに呟いた。

 

 

 

 

__言い忘れたが、

  これは俺がケーキを食べるまでの物語である。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。