獣のような叫び声が聞こえた。それに込められたのは腹を貫かれたステインの痛みか、それとも腹を貫いた飯田の歓喜か。直接肉に触れる快感にひたっていた俺には分からなかった。
逆流したのかステインが吐血した。目の前の飯田の白いヒーロスーツに赤が飛び散る。
「……ハァ……偽、物……全て……」
それがステインの最後の言葉だった。目を見開いたまま絶命した。瞳に光はない。コイツは自分が肯定してきたものに否定され死んだんだ。でも、俺はもう心臓には興味が湧かなかった。あるのは、
だから、死んでも尚手を抜くことはない。
「僕は、僕は……こんなこと望んでない……」
「止めろッ!」
オールマイトの静止を求める声が聞こえた。赫子を飯田の首に巻き付けたからこちらに近づけないんだろう。殺し合いにおいて人質が一番強い。ヒーローは人質に一番弱い。
「嫌だね、だってこんな楽しいんだからさァ!」
後ろから飯田の顔を覗くと瞳が揺れ、視線が定まっていない様子だ。冷や汗をかいている。首に巻いた赫子は締め付けてはいないのに、彼の呼吸は荒い。酷く苦しそうで酸素を肺に取り込めていないのだろう。
「もっと肉を感じて同じになろう……なぁ、飯田くん?」
楽になるよ、そう穏やかに問いかける。
赫子だけを腹から抜き出し、改めて手のひらで飯田の手の甲に触れて裏から支える。そして震える彼の手を操り腹を探る。
「もう、止めてくれ……」
飯田は真後ろでやっと聞き取れるくらいの震えた弱々しい声で言った。対して俺は女を誘う時のような甘ったるい声で言う。
「……大丈夫だよ、ほら。」
肉を掻き分ける感触は日常生活ではあまり感じられない独特の感覚がある。生卵を素手で潰すよりは手応えがあるが砂場の山を掻き分けるほどの硬さはない。
生の挽き肉に生卵を追加して
「さ、触りたくない。嫌だ……!」
胃か膵臓か、名称は分からないが、ぬるぬるした臓物らしき何かを撫でた。触れたら割れてしまいそうなくらい頼りないのに握っても壊れることはない。不思議な硬さだ。
惜しむらくは飯田の手袋を外し忘れたことだった。直接感じさせてあげられなかった。
「よく見なよ、お前の復讐のカタチだ。」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…………」
彼の右手に装着した紺色の手袋は血を吸いすぎて赤黒く、そして重くなり、右腕の白アーマーは赤を弾いて地面に
___今まで触れ合った血は温度も匂いも冷たかった
それは、ステインの血も例外ではなかった。俺を拒絶するような冷たさだった。
「……助けて、兄さん……」
「おい、何だこの……最悪な現場は……」
聞き覚えがない声が聞こえて表通りに繋がる道を見ると、そこには弔に見せてもらった写真と同じ格好
……No.2ヒーロー、エンデヴァーの姿があった。燃え盛る熱い心を体現させたようなヒーロー姿だった。
エンデヴァーは俺と飯田、腹を貫かれて絶命するステインと立ち尽くすオールマイトの姿を見た。ゆっくり瞬きをして数秒口を結んだ後、激昂した。
「貴様がいてどうしてこんなことになる!オールマイトッ!」
「これは、私の……弱さだ。」
その怒りはオールマイトに向けられたものだった。
これ以上は無理だと判断して腹から腕を引き抜く。その際、肉の欠片が少しだけ飛び散ったのが印象的だった。地面も赤黒く染まる。薄暗い路地裏のはずなのに、学校に置いてある人体模型にでもなれそうなくらい臓物が輝いて、はっきりと見えている……月明かりだろうか。
それを見ながら動くものはいなかった。
これから飯田がどんな道を選んで歩むのか興味があったので殺すつもりはなかった。だから耳元で小声で一言囁いてから彼を解放するため手と赫子を離し数歩後ろに下がった。支えを失った彼は崩れ落ちるように地面に手と膝を着いた。ボロボロの腕で震わせながら身体にあるものを力の限り嘔吐していた。ユラユラと不安定なその姿は、
___まるで、背骨のない動物のようだった
自分の中心に一本通っている筋のようなものが折れてしまったんだろう。それを見て、今までの彼の全てをグチャグチャに握りつぶせたようで気持ち良かった。足先からゾクゾクと痺れるように湧き上がる快感に口角が上がる。
「ヒーローだって復讐していいんだよッ!もっと自由に生きよう!!」
「狂人め……」
エンデヴァーは観察するようにこちらを見ながら言った。
「アハハッ、知らねえの?善人も悪人も突き詰めればみんな狂人だよ!生まれながらの人殺しだ!」
俺の言葉にオールマイトは飯田を遠くに避難させてから言う。
「違うッ!君が殺したんだ、人のせいにするな!」
「気持ちの問題だろ!?
復讐してもしなくても現実は何も変わらない……でも、
心の健康だよ……肌艶にも良いかも、と付け足して言った。これも先生に教えてもらったんだ。
「君は間違ってる……!」
「十人いれば十人の考えがあるんだ。お前一人の考えを強制するなよ、ヒーロー」
その言葉にオールマイトはハッとしたように考え込んだ。思い当たる点があるのか、それとも俺をどう説得しようか考えているのか。
「もういい聞くな、オールマイト!ヴィランの話をまともに取り合うから今まで誰も捕まえられなかったんだろう!」
「え〜……もっと話そうよ、どの道逃げられる未来が見えねえんだし。」
No.1とNo.2が揃うと完全に隙が無くなった。ステインの妨害があったとはいえ、オールマイトと一対一の時でさえダメージを与えられなかったんだから。
エンデヴァーは反応しない。俺は尚も言葉を続ける。
「知ってるよ、エンデヴァー。支持率より検挙率の高さでNo.2を維持してるヒーロー。」
前に黒霧から詳しく教えてもらった。俺の言葉にエンデヴァーの顔が不快そうに歪む。
「俺を殺せるヒーローはアンタか……あと、エッジショットくらいだと思ってたんだ。」
靄に飲み込まれる前に感じたアイツの殺気を思い出して言った。今まで黙っていたエンデヴァーは皮肉な笑みを浮かべて口を開いた。
「……実力の話じゃなさそうだな。」
その言葉に頷き、嗤った。
「ヒーローの脆さについてだよ。アンタは強そうだ。」
「…………」
エンデヴァーは答えない。
俺はポケットでチカチカ光るスマホのロック画面を一瞬で確認してから攻撃態勢を取る。ムカデのような赫子はもう出なかった。さっきのは偶然だったようだ。想定外の事態に今度は俺が冷や汗をかく番だった。
この場合逃げの一択だろう。しかし、俺の後ろは行き止まり。赫子で移動できるとはいえ空を飛べない俺は不利になるので上空に逃げるのは避けたい。となるとオールマイトとエンデヴァーが立ち塞がる表通りに繋がる道を通って人質をとりながら逃げるしかない。決めた。しかし、
「逃がさんぞ、喰種!」
「ゔっ……あっつ!」
逃げる意志を固めた瞬間に炎を纏った拳で殴られた。よく観察していたんだろう。
避け損ねて脇腹に掠ってしまった。掠っただけでもかなり痛みがあり、高温だからか肉が焦げる匂いもした。
「いってえ……クソだな。」
「こちとら本気なんだ。」
それから怒涛の攻撃に赫子で弾いて避けようとするが赫子は先端から少しずつ燃やされていく。エンデヴァーに気を取られているとオールマイトに背後に回られてしまった。そして、
「___
「ガッ……ゴホッ……」
オールマイトは俺の後頭部に手刀を打ち込んだ。俺は赫子で二人から距離を取って息を整え、叫んだ。
「手刀……こんなのじゃ死なねえよ!殺す気でかかってこい!」
「ヒーローが持つのは殺す力じゃない。救ける力だ。」
「は?」
ああ、そうか……俺も分かったよ、弔。
「世界が平和なんじゃない。
「手加減をするなら貴様は表の救助活動でもしていろ。」
と、エンデヴァーもオールマイトを否定した。
「あの地獄絵図を見て未だ分からんのか!危険分子だ……これ以上敵連合をつけ上がらせてはいけない。」
「ヴィランだって人間だ、二人なら捕まえられるだろう!」
「それでどれだけ死んだと思っている……!」
価値観の相違による喧嘩だ。No.1と2の相性が悪くてラッキーだった。
「それに、警察から喰種の生け捕り以外の許可も出ている。」
随分遠回しな言い方だ。殺す、それで十分だ。
「エンデヴァー!それは、」
「ハハッ、害獣駆除の許可が出たんだ……良かったな!」
俺の言葉にオールマイト、エンデヴァーでさえも顔を歪める。
「よくいる同情を誘ってくるヴィランじゃないのが逆にやり辛いのか……ジーニストが逃す訳だ。だが、俺はそんな甘くない。」
「ハッ、分かってるよ」
エンデヴァーは右腕を引いて大きく構えた。オールマイトはエンデヴァーの反対側から右腕を振りかぶる。そして、俺に向かって同時に放つ。
「___
「___
ダメージを受けたのは俺ではなかった。
「グッ!」
「ヴッ!」
赫子を地面に忍ばせていたのだ。ジャンプして跳び上がり、赫子で二人の片足を引っ張りお互いの攻撃を食らい合うようにした。咄嗟に個性を消したようだが、鍛え上げられた拳だから痛いだろう。
「邪魔をするな、オールマイトッ!」
「君は一回落ち着きなよ、エンデヴァー!」
「ハハッ、ヒーローでもクソみたいな連携だな。」
参考になるぜ、と嘲笑うように言った。連携ならジーニストとエッジショットの方が上手かった。
「子供にこうも煽られてはな……行くぞ!」
エンデヴァーはそう言うとオールマイトにアイコンタクトをして足に巻き付いている赫子を掴んだ。そして両腕で力任せに引っ張り、引き寄せられた。
「ナイスエンデヴァー!
___
態勢を崩した俺にオールマイトのクロスチョップが直撃した。壁に激突したまま動けない。呼吸がし辛くなった。
「ッ……あばらやったか……」
「もう、終わりだ。降参しなさい。」
オールマイトは俺に手を差し出す。何故、拘束しないのか。俺のことを不運なガキにしか見えないのだろうか。
「本っ当悠長なんだよな、お前ら。だからいつも遅い。」
___鈍間なヒーローに
「来い、脳無!」
俺の合図と共に出現したワープゲート。そこから二体の脳無が出てきた。一つは頭部がサメになっている脳無、もう一つは二本の角をはやした脳無。もちろん脳みそは剥き出しだ。
そして、同時に叫んだ。
「「ジゴグサマショウカン!ジゴグサマショウカン!ジゴグサマショウカン!ジゴグサマショウカン!」」
「ヒーロー……ミナ、皆、殺し……殺す!」
ワープから新たに羽の生えたゴツい脳無が現れた。ワープは閉じた。そして、
「シャアアアクッ!」
「ギュウウウウンッ!」
「ビュオオオオオ!」
三体揃って独特な叫び声を上げた。
「USJの奴か!?」
「さっき表通りで二体倒してきたが……どんだけいるんだ。」
弔は保須に既に脳無を放っていたらしい。
「俺じゃあ手も足もでないから……よろしく脳無後輩!」
強そうな三対の脳無を見て笑みが溢れた。完全に人任せスタイルだ。どうせ動けないのでヒーロー二人を倒せたら回収してもらおうと観戦していた。
「先手必勝___
「ッ……シャアアアクッ……」
二本角と羽は避けていたが、サメ頭は炎が直撃して一発KOされていた。
「……脳無後輩、雑魚。」
「チギャウ、チギャウ……」
自分のことは棚に上げて言った。その声に反応したのかうつ伏せに倒れているサメ頭の悲壮感漂う呟きが聞こえた。
「オ、オマエ、ツヨイ……オレトタタカエ!」
「フン、何でもいい。すぐに終わらせてやる。」
二本角がエンデヴァーに向かっていく。
「お前、な、何番?……何番?」
「……何だ?」
「お前の数字はナーニッ!」
羽付きがオールマイトに向かっていく。
数十秒経ったがどちらも白熱している。さっきのサメ頭のようにあっさりヤられる事態は起きなかったので安心した。
二本角は猪突猛進という言葉が似合う戦い方で、ひたすらエンデヴァーに闘牛のように突進していく。エンデヴァーは完全に二本角の動きを見切っていて、全て避ける。そして、炎の拳を撃ち込んでいく。
「___
「ギュヴッ…………マダマダ!」
ズガガガンッと凄い音立てて殴り倒される。再生も間に合わない程の威力だ。しかし、何度吹っ飛ばされても二本角は立ち上がる。
「お前
一方、羽付き対オールマイトの戦いは、なんと羽付きが押していた。USJの時程ではないだろうが今ある奴で一番性能の良い脳無を送ってくれたらしい。パワー、スピード、そして羽の扱い方全てにおいて優秀だ。
「お前、強いナ、もしかしてテ、ナンバーワン、か?
俺、俺も、強いカラ、ナンバーワンッ!」
「……そんな軽々しい物じゃないんだ。」
オールマイトは攻撃を当てるために防御を捨て、力を溜めていたようだ。殴られながら右腕を振りかぶる、
「___SMASH!!」
二体同時に倒され地面に押し付けられるが、ものともせずに喚き続ける。
「マ、マダマダマダ!タタカエルッ!」
「もっト、俺の、力見ロ!」
倒しても何度も立ち上がる脳無達。心も肉体も偽物の癖に、そこに意志を感じさせる程の執念。起き上がり、ついに二体がヒーローを殴り飛ばす、が……
「俺だって……諦められないからここにいる!」
「私達が折れる訳にはいかないんだ!」
諦めが悪いのはヒーローの専売特許だ。
「この校訓は大嫌いだったんだがな、」
「何度でも言うぞ、脳無ッ!」
巻き起こる強風と肌にビリビリと感じる強者の圧。
『___
「___プロミネンスバーン!」
「___
___それは、二つの光
最後に勝つのがヒーロー。
二本角は炎で燃やし尽くされ、羽付きは頭部を拳で破壊された。俺達の完全敗北だ。
「ハハッ、強すぎだろ……こんなに強ければ本物でも偽物でもどっちでもいいじゃん…………」
脳無を全て倒し、こちらに向かってくる二人のヒーローの様子を窺う。エンデヴァーは肩で息をしている状態だ。また、オールマイトも無傷とはいかず所々にある擦り傷が目立つ。
「ハァ……さて、次はお前だ。喰種。」
俺が動かせるのは赫子のみ。地面に赫子を潜り込ませ、エンデヴァーの背後から出した。さっきと同じ不意打ちをしようとした。そして、背中を貫こうとした時
「危ないッ
___
「ッ……オールマイト!?」
オールマイトはエンデヴァーがいる方向とは反対にパンチを放ち、エンデヴァーにヒップアタックをしてその場から動かし赫子から庇っていた。
代わりにオールマイトの脇腹を赫子の先端が掠る。彼は膝を着き個性の影響か、体からは蒸気のようなものが出ている。
「こっちは体動かねえってのに……今ので殺られてくれよ。」
「お互い様だ。奴に庇われるくらいだからな、最悪だ。」
「ハハッ……酷いな、エンデヴァー。」
助けたはずのエンデヴァーの言葉にオールマイトは脇腹を抑えながら苦笑いした。
「だが、代わりに喰種は俺がやる。」
「……あーあ、さすがに終わりかな。」
脳無が送られてきたから迎えも期待できない。さっき予想した通り骨が何本か折れているため力が入らない。背骨のない動物になった気分だった。
「お前は……生きたいのか死にたいのか分からん。」
「生きたいか死にたいか分からないから生きてられるんだよ。もしくはハングリー精神とか?あ、物理的な奴な!」
殴られて痛む顔を引き攣らせて笑う。
「先の貴様の言葉を否定しよう……俺は弱い。だからこそ、こういうやり方でしか未来の被害者を救えない。」
___我々の未来が貴様の過去となる前に、殺そう
「やっぱりアンタのそういうところは嫌いじゃない。」
俺を終わらせる相手はコイツか。脂汗を流し、痛みに耐えながら壁にもたれさせていた震える体を唯一無事な腕の力だけで無理矢理起き上がらせた。痛みに呻く。
「俺達のために
___
腹を全力の炎の拳で殴られた。殴られたことで折れた骨が内臓に突き刺さる。何かが込み上げてくる……口から血を吐き出した。再生が追いつかない。痛みに強いはずなのに耐えきれずのたうち回った。
獣のような叫び声を今度は俺が上げた。それは静かな夜に響く。この叫び声なら百年閉じた棺の蓋さえ開くだろう。
しかし、そこに現れたのは眠りから覚めた吸血鬼ではない
…………ずっと前に逃げた筈の轟であった。
「焦凍……?」
「と、轟少年……何故……」
ヒーローにも隅で俯く飯田にも目もくれず、俺を庇うように二人のヒーローの前に立つ。周りに氷を出して熱に悲鳴を上げる俺の体を冷やしつつ、傷口を止血した。そして、
「___
轟焦凍は子供のようにあどけない顔で嗤った。