気づいたらさっきまで居た場所とは別の場所に移動していた。そして目の前に現れたのは口元以外を覆った趣味の悪いマスクをした男。俺が言うのもなんだが人と言うのかも怪しい存在だ。コレを視界に入れるだけで冷や汗が出る。食物連鎖の頂点である
「何で、俺を、攫った……?」
あと数分の命だけど何か意味あるのか、という意味を込めて問う。
「攫ったとは酷いね。君を助けたんだよ。」
ーー赤赤孿くん、と名前を呼ばれる。助けた、その言葉に鼻で笑って
「……君の個性"赫子"は液状の筋肉を体から出して操るもの。その影響だろう、人間の血肉を強制的に欲してしまう。可哀想に。今まで辛かったね、お腹いっぱい食べたかったね。誰も
__大丈夫、僕がいる。」
「……ハハッ」
心にもない薄っぺらい言葉に腹から笑ってしまい傷が痛む。そんな俺を上から眺める巨悪。ソイツの眼など見えないがその雰囲気から何の感情も抱いていないことを察する。
「やれやれ、自分を
どうせならヒーローに殺されたかった。
外野の言葉を聞き流し、そんな思いを抱えながら目を瞑り、早く死ねと自分の肉体に言い聞かせる。
ソイツはやり方を変えよう、と前置きして言った。
「ヒーローに殺されたかったのかい?」
「は?……グッ……」
俺の心を読んだようにソイツは言う。心臓が掴まれたように一瞬息が詰まり逆流した血を吐き出す。
「
そして
残念だねぇ。
可哀想に、と嘲笑うような言い方とは反対に優しく悪意に抱きしめられる。抱きしめた体を離し、彼が俺の頭を撫でると体が淡く光り全ての傷、細胞一つ一つが修復しているのを感じる。この人は俺を生かしたいのか。
おじいさんが死んでから初めて人に抱きしめられた。普通の人間とは違って言葉にも体にも温もりなどない。でも、それは
___今までが温かかっただけ
気づいてしまった。そう、ヒーローが手を伸ばしていたんじゃない。ぬるま湯に浸かった……
それに気づくと俺の冷え切った体から流れるように心も冷めていく。そして、ぼんやりとしていた頭がすっきりとした。別に人間になりたかった訳じゃない、でも俺と相対する生き物の話を聞こうと考え直す。
「俺に何をさせたい?」
「友達になってほしい子がいるんだ。」
「……ハハッ、意外と子育てするんだな。」
その口から出たとは思えない意外な言葉につい驚いた。どっちにしても俺はコイツから逃げられないだろうと思ったのですぐに飲み込む。
「友達ね、いたことねえけど良いよ。でも高校は行くから。」
「高校か。君は凶悪なヴィランとして指名手配されているからね、無理だと思うよ。」
彼は「人を食べる化け物、喰種としてね」と付け加える。さっき報道されたばかりだろうにさすが情報が早い。確かに高校に通えば一発で居場所がバレて大量の警察とプロヒーローたちがやって来そうだ。
「うーん、でも行くよ。捕まえにくるやつも高校に来たら駄目って言うやつも全員喰い殺して卒業してやるから。」
__約束したから
死ねないのなら、生きるのならおじいさんとの大切な約束は守らなければならない。巨悪は俺の我儘にも全く怒った様子を見せず考え込んでからまた言った。
「じゃあ、僕が君の先生になろう。生徒は君の未来の友達しかいないけどその内増える予定なんだ。それでいいかい?」
おおよそ向いてるとは思えないナリの癖して面白い言葉を言う。でも俺は体裁さえ整ってれば良いので愉快な提案を了承する。
「学校?」
「そうだよ。」
「分かった、よろしく先生。」
「ああ、君を立派な
まとまりかけた話に釘を刺すようになるが、コイツの思い通りに全てを進めるのは気に食わない。
「
超人社会の光と闇、俺はそれとは別次元の存在だ。でも傍観者などにはならない。光闇をグチャグチャにして踊るからさ、嗤ってくれよ。
「
先生、と顔を上げて挑戦的な笑みを浮かべながら問う。彼は酷く可笑しそうに不気味な笑い声を上げて言う。
「……君は本当に愉快だ、これから退屈しないだろうね。
早速もう一人の生徒を紹介しよう。黒霧、」
そう言うと攫われた時の黒い靄にまた飲み込まれた。二回目でやっと分かったが、これも個性なのだろう。空間移動……ワープといったところだろう。
飛ばされた先は物静かな空間、目の前にはカウンターとお酒が並べられた棚__BARらしき場所だった。そこには見覚えのある靄をまとったこれまた人間か怪しい生き物が立っていた。
「アンタがワープを?」
「そうです。私の個性は"ワープゲート"。自らの肉体を靄に変えて離れた空間を繋ぎます。」
「強力で使い勝手の良い個性だ……俺は赤赤孿、よろしく。」
「黒霧です。」
別の世界を知ってるからか各個人の能力は個性というより別次元の魔法のように感じる。そういえば、と思い辺りを見回すと先生はBARの中にあるテレビのモニターの中にいた。
「孿、そこに食事を用意しておいた。お腹いっぱい食べなさい。」
示された方向を見るとバーカウンターの上に新聞紙に包まれた何かがあった。匂いから血肉と分かった。しかもカウンターの棚には似たような包みが大量に置かれていた。
「……いいの?」
「ああ、もちろんだ。」
「やっぱ先生は良い大人……!」
ムシャムシャと生まれ変わって初めてお腹いっぱいになるくらい食べれた。だんだん体が熱くなるのを感じる。栄養が行き渡っているのだろうか。
俺が食事をしている間に、黒霧は何やら違う空間にいる誰かと話していたが数十秒後一人の男を連れてきた。そして、先生が何かを指示するとまたどこかにワープして帰っていったので今この場にいるのは映像の先生と男と三人だった。
「……急に何だ、先生。」
顔を上げた男の容貌は、たくさんの手をつけた青年くらいの年に見えた。見るからに不健康そうだがコイツも飢えていたのだろうか。
「死柄木弔、彼は今日から君の友達だ。仲良くするんだよ。」
「ハァ?……まだガキじゃないか、俺が嫌いなの知ってるだろ。」
男が俺の足元から頭まで一通り見た。どうやら新しい友達兼同級生には嫌われているようだ。高校とはこのように難儀なものなのか。しかし挨拶は大事だと教えられているので自己紹介をした。
「弔くんって言うのか、俺は赤赤孿。これから三年間よろしく。」
「三年?……説明しろ先生。」
「彼は高校に通いたいらしいんだ。僕が先生で君たちが生徒だよ。ヴィランの学校というのも新しくて良いじゃないか。」
「何だそれ……ハァ、どうせやることは変わんないだろ。」
弔は不機嫌そうな顔をしたまま呟いた。よく分からないが渋々納得はしているので良かったのだろう、多分。
「"喰種"というヴィランの報道を見たかい?」
「ああ、人を食べるっていう……コイツが?」
「そうだよ。」
前に言った通りしっかりニュースを見ているんだね、偉いね。と先生は不審そうな顔をする弔を褒める。なるほど、学校らしいやり取りだ。中学も高校もあまり違いがないようだ。
「見えないな、もっと化け物みたいな容姿をしてるかと思った。」
「化け物に失礼だな。」
「彼は個性の影響からか人肉を食べなければ生きていけない体なんだよ。この社会では生きづらいだろうね、君と良い
と言いながら先生が口元だけでうっそり笑ったような気がした。弔は一瞬考えるような顔をしたが次の瞬間、顔に付けている手の隙間から凶悪な笑みを浮かべてこちらを向いた。
「
初対面の対応から大分優しくなったのが嬉しかったので頷きながら手を差し伸べるが、拒否された。何で?と首を傾げると弔は言った。
「俺の個性は"崩壊"。五本の指で触れると崩壊する。だから、握手はしない。」
危険な個性だな、と自分のことを棚に上げて考えるが、やはりおじいさんの教えに背くわけにはいけないので無理矢理手を掴み握手した。当然俺の右手は崩壊した。
「は?お前馬鹿なのか!?」
「大丈夫、ほら。」
と言って崩壊した右手を再生して見せる。栄養はさっきたくさん摂らせてもらったので俺の体は完璧に再生できる万全の状態だ。
「再生の個性か?」
驚いた後に呆れた顔をした弔は俺の個性について質問するが俺が答える前に先生が説明してくれた。先生、便利だ。
「"赫子"……レンは強いのか?」
「そうだね、強いよ。シンリンカムイを退けたのはニュースで見たかい?
その後ベストジーニスト、エッジショットと交戦してかつ逃げ切ったんだ。」
「有名なプロヒーローばっかだな。」
「ぶっちゃけ先生に攫われたおかげだけど。」
正直運が良かっただけだが先生は褒めてくれて、弔は感心したように呟く。先生は褒めて伸ばすタイプなのだろうか、だとしたら俺と相性が良い教師スタイルだ。三年間でいっぱい伸びてやろう。
「……君はどうしてその年でそこまで個性を使いこなしているのかい?」
「保護者が死んでずっと一人で狩りをしていたから?」
「そうか。」
質問にはてなをつけて答えると先生は納得したのかしていないか分からないような相槌をうった。
個性については多分前世の記憶や体験から扱いが上手いという事実もあるだろうが説明が難しい上に面倒なことになりそうなので黙っておく。そもそも俺は強いというよりは逃げ足が鍛えられているだけだ。
「一つ言っておくが、俺を食べようとしたら殺すからな。」
「友達は喰べない。友達は大切にしろって教えられてるから。」
「……」
弔に何だコイツ?という顔をされた。そういえば、とさっき会ったヒーローも同じような顔をしていたのを思い出して面白かった。
「先生と弔くんは何のためにヴィランに?」
「"ヒーロー社会を壊す"、簡単に言うとそんなところだね。」
「へー俺もヒーロー嫌っといた方がいい?」
先生の笑みと弔の苦い顔を見ながら、俺は嫌いなものないけどね、と言う。そもそもヒーローは前世で見た漫画のに出てくるような存在で面白いとすら思ってる。
「そんなことないさ、
「ふーん、高校ってそんな感じか。」
先生はそうだよ、と頷く。それぞれが好きなことやりたいことをして結果的に世界を壊そうということらしい。
とても"自由な校風"だ。
そんなことを考えてたら先生の声が薄暗い空間に響いた。
__生徒の
ようこそ、これが"
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警察に追われているであろう赤赤孿が「先生」の用意した家に帰宅した後、BARには黒霧と死柄木弔、そしてモニター個人に巨悪と急に現れた医者のような白衣を着た老人が居た。
「死柄木弔、君が孿をすぐに受け入れたのは予想外だったよ。最終的には友達になれるとは思ったけどね。」
その言葉を放った相手に顔を向けることなく、死柄木弔は口元を歪ませ何かを自慢するような笑みを浮かべて言う。
「人を食べなきゃ生きていけない、なんて
__俺は、俺より可哀想な奴には優しいんだ。」
「食人……正に化け物ですね。」
人間とは逸脱した容姿を持つ黒霧も続けて言い巨悪も同意するように言った。
「
「救いようがない悪ってことだろ?」
死柄木弔の言葉を受け、今まで黙っていた老人は昔の学者が論じていたとある概念について思い出した。
「先生、昔に個性を
「ああ…………そうか、彼にとっては禁忌そのものが
そうじゃ、と老人は答えた。巨悪と老人、彼らは赤赤孿という生き物を理解する。
「フフ、これからは彼にとっての非日常が始まるわけだが、弔たちと体験する
……まぁどちらにしても生涯
もし、肉体が朽ちて彼の魂が新しい器に入れられたとしてもこの業は終わることはないだろうね。実に興味深い
悪意の塊のような巨悪と死柄木弔の薄気味悪い笑い声が閑静な空間に反響した。
ーー「彼」は今回も気づかない。
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第一夜___夢を見た
目の前に女がいる。彼女は路上を彷徨っていた俺に一目惚れしたと言って自分の家に連れて帰り俺を養った。頭は空っぽな女だったが親からだろう資金だけはあったのでそのまま住み着いた。
彼女は俺に初めて肉以外の女という面を教えた。最近オレンジに染めたという綺麗に巻いた髪を揺らして俺に向かってくる。
「――いいから、目瞑ってて。」
俺に人間の三代欲求というものを当てはめるとしたら食欲が7割を占めていた。だからその女自身には対して興味を持たず、いろいろな裏の道を渡り歩きたまに寝泊まりしに帰るという生活を送っていた。
男より女の肉の方が好みだったから喰場に誘うために別の女を連れて歩くことが多くなった。女はその場面を見るたび激昂した。
「ねえ、ねえねえねえねえ好きなの!大好きなの!何で別の女といるの!?」
「欲。」
「嫌だよ!あたしでいいじゃん!あたしとずっと一緒にいてよ!!」
「俺を拒絶するのはお前自身だよ。」
「違う、全然違うよ、そんなことない!ねえ!貴方を愛してるの!」
「俺、
「……やっぱりあたしが殺せばよかった。」
絶望したような彼女はふと冷静な顔に戻りパソコンで何かを調べ始めた。その日から彼女は行方不明になった。
第二夜___夢を見た
目の前に男がいる。出会いは忘れてしまったが彼はいわゆる殺人鬼らしく自分が殺した人間の肉を捌いて俺にくれる良い人間だった。彼は死体を始末できる、俺は肉を安全に喰える、両者に利のある関係だったと思う。
効率を考え、二人でシェアハウスを始めた。日が経つに連れて俺はその家で寝泊まりすることは少なくなっていった。
「ーーただいま。」
久々に帰り家の中に入ると彼はソファで本を読んでいた。地毛じゃないのが不思議な程透き通った銀髪に眼鏡をかけている。自称図書館にいる文学少年と言うくらい殺人鬼の癖に読書を好む。彼は酷く驚いた顔をした後心底不思議そうな顔をして言った。
「………………えっと。」
「……俺のこと忘れた?」
「女たちはどうしたんですか?」
「喰べた。」
「帰る家、間違えてないですか?表札見ました?」
「間違ってないけど。ほら、合鍵だってあるよ。」
「……警察行きましょう。」
「自首でもすんの?」
彼については不思議なことだらけだった。人間の癖に化け物の俺を困惑させるような行動を取る。キッチン用品を俺が手に取ると発狂したり、コンビニの雑誌コーナーに行くと高確率でナイフを取り出して切り裂いたりする。たまに昼から外に出かけた時なんかは若い女を見かけるだけで殺人衝動が高まるらしくその日の夜は帰って来ない。ふと思いついたように「誰かと結婚しないんですか?」と俺に全く関係ない人間の営みについてチェンソー片手に聞かれたときは頭の心配をした。
ある時、夜中に不自然に耳に残るサイレンが鳴り響いたことがあった。その日から彼は家に帰って来なくなった。
第三夜___夢を見た
目の前に女がいる。俺を喰種だと知っている数少ない人間だ。俺がその女の手料理を食べない理由に気づいていた。気づいていて自分のために見ないふりをするずる賢い女だった。
「ーー今日は元婚約者の命日だな。」
その言葉を聞いた瞬間顔を酷く歪めて、婚約者を失くしてからストレスで色が抜けたという白髪を振り乱して俺に包丁を突き立てた。
「何で、元凶のアンタがそれを言うのよ!」
「悲しいのかなって。」
「死ね。」
「何考えてそんな泣いてんの?」
「アンタを殺すこと。」
「殺せないのに?」
「大人しく死んでよ。」
女は情緒不安定のようだった。連日、刺殺、毒殺、絞殺、殴殺、よくそこまでやるなというくらいには手を替え品を替え、俺を殺そうとしてくる。自分で復讐を果たすためにCCGに密告しないのだろう。そんなもので喰種は殺せないというのに。
「お願いだから私のことも食べてよ。」
はいともいいえとも言わずにいた。それでも俺は彼女を食べなかったので俺の腹の中で恋人同士が再会することはなかった。
彼女がどんな顔をしていたか俺は知らなかった。その次の日に喰場で鉢合わせた他の喰種が彼女を味わっているのを見た。
__これは、俺が前世で食べられなかった人間の夢だ。