写輪眼と斬魄刀貰って白ひげの能力で現代に転生した人   作:パプリカ23

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若枝紫苑

 一目見て、嫌いな人間だと思った。

 

 フードを被り、マスクをしてサングラスをかけて隠しても、隙間から見える絹のような金髪に、だぼだぼのパーカーとワイドパンツの上からでも分かるスタイルが目を惹き寄せる。

 

 持っている人間だ。誰もがそう解かるほど、彼女は輝いていた。

 

「何やってんの?」

 

 呆然としていて反応が遅れる。頭の中が真っ白になって、荒んだ心が勝手に言葉を紡いだ。

 

「っ……ほっといてよ…」

「いやぁ、そりゃ無理だ。取りあえずそこから離れてくれ」

 

 例えるなら、深い水底まで透き通っている、静かな湖のような美声。快活な口調。言葉の端々に、人を安心させるような優しさを感じる。人と話すことに慣れている喋り方。

 

「何?…良い人でも気取ってんの?きもいしうざいから消えてくれない?」

 

 視線を逸らしながら、思わず暴言を口にしてしまう。ああ…こんなこと、言うつもりは無かったのに。自分が言われたことを人に言うなんて……ずきんと心が痛んだ。

 

「ふー…まあ、落ち着きなって。飛び降りても良いことなんかないよ?」

「別に…飛び降りるなんて言ってないじゃん」

「そんな思いつめた顔して立ってたら誰でも解かるでしょ」

 

 飛び降りようかなとは思っていた。行く場所が無くなって…生きる意味も解らなかったから…でも偉そうに人から言われるのは癪に障った。私の事なんて何一つ知らないくせして、知ったような口ぶりで言われるのはどうしようもなく腹が立つ。

 

「………なんでも、持ってるやつが…私の気持ち…わかるかよ…」

 

 聞こえないように、口の中で呟いた。口に出すとなおさら気持ちが高ぶって、手すりを掴んだ手が震える。下で川が激しく流れる音が聴こえる。

 

「…何でも持ってたって、満たされるとも限らないよ」

 

 驚くほど悲しい口調で彼女が言った、少し驚く。でもそれよりも自分とは違う存在のこの女性に、同情されていることにむかついた。

 

「っ!…はっ、持ってるやつはみんなそう言うんだよ。偉そうに上からさ!そんなに言うなら全部捨ててみせてよ!」

 

 身長は高くって、声も良い。顔だって絶対良いし、金髪は綺麗だ。スタイルは見れば見る程抜群で、非の打ちどころなんて一つもない。そんな女が何を言ったって、誰が納得するものか。

 

「あー…それもそうだな…偉そうに悪かったよ…そこから離れてくれると嬉しいんだけど…」

 

 申し訳なさそうに謝る女性に、上っていた血が頭から降りてくる。なんでよ、性格まで良かったら…もう勝てるとこないよ。

 

「……まあ、もうそんな気分じゃないし、良いよ…」

 

 途端にどうでもよくなって、全部諦めた。女性が手を差し出してくる。憎らしいほど綺麗で、触ってみたくなるほど魅力的な。

 

 

 心のどこかで誰かが言った。

 

 完璧なこの女に、助けを求めてみたらどう?もしかしたら全部解決してくれるかも?

 

 

「…ねえ」

「何?」

「もし、飛び込んでたら…助けてくれてた?」

「……私、泳げないんだよ」

 

 笑ってしまう、いきなり計画は頓挫してしまった。あぁ、私の人生、上手くいかないな……

 

 私を虐めたあの女の真似も、私にはできなかった。

 

 彼女の手に触れる。柔らかくて、すべすべで、ずっと触っていたいと思う。

 

 安心しそうな気持ちを堪えて、心をぎゅっと強く閉ざした。何か、何か一つでもいいから、この人に勝ってみたかった。今までの、無駄だった人生全部使ってでも。

 

「あ、ちょっと待って。連絡きた」

「え?ああ、わかった」

 

 少し歩いたところで声を掛けたら、彼女は私の両手を自由にしてくれた。スマホを弄って対向車が来るタイミングを待つ。手から取り落としたふりをして、スマホを車の下に滑らせた。

 

 音を立てずに欄干へ向かう、後ろでばきりと割れる音がする。

 

「あ゛っ!ちょ、スマホ!」

 

 女性の慌てる声に耳を傾けながら、欄干を飛び越える。

 

 降り際に目が合った。信じられないような目をしているのが、サングラス越しに見える。なんだか勝ったような、してやった気がしてニヤリと笑った。

 

 ざまあみろ

 

 高揚感と浮遊感の後、冷たい水が勢い良く体を襲った。衝撃で肺から空気が抜けて、息を吸おうと勝手に口が動いた。冷たくてまずい水が口の中いっぱいに広がって、がぼがぼと残った空気も漏れていく。

 

 身体がぐるぐるまわるのが分かる、もうどっちが上かも私には判別できなかった。何となく、ここで死ぬんだと実感する。少しだけ腕が藻掻こうとするが、すぐに諦めた。どうせ生きてたって価値は無い。

 

 

 

 どのくらい経ったのか、いきなり泥の地面に叩き落され、口の中の水が外へ出ていく。耳が水か何かで詰まったのかよく聞こえない。よろよろと傷だらけになった腕で体を起こして、虚ろな瞳で辺りを見回す。

 

 奥の方から、明るい月に照らされて、金色の長い髪を靡かせた女性が歩いてくる。歩くたびに足元の地面の水が抜けて土が明るくなるのが解かった。

 

 

 

 神様みたいだ。

 

 

 

 私は息をするのを忘れていたことを思い出す。横隔膜が動き出して、肺の水が吐き出された。息も絶え絶えに私は聞く。

 

「げほっげほっ、んぐ…な、何で…泳げ、ないって……」

「泳げないとは言ったけど、助けないとは言ってないだろ?」

 

 そこで私は漸く周囲の様子を理解した。大きな川は中心だけぱっくり割れて、水が入ってきていないのだ。まるで見えない壁があるかのように、川は私たちを避けていく。

 

 信じられない光景に言葉を失っていると、女性の瞳がサングラス越しでもわかるほど赤く染まった。気が付くと右手に刀を持っている。

 

肉雫唼(みなづき)

 

 刀から、白いエイのような怪物が現れて私に向かって進みだした。思わず息を呑むが、不思議と恐怖は無かった。パクリと呑み込まれ暖かい空間の中、何かぬるぬるした粘液に包まれて、私はほんの少しだけ意識を失う。

 

 

 

 吐き出されると、女性がサングラスを外して知らないおじさんに何かを命令していた。おじさんはふらふらと釣り具を片付け帰っていく。

 

 私の方へ振り返った女性が、顔に張り付いた金髪に煩わしそうな顔をしてマスクを外した。

 

 

 

 その顔はため息が漏れる程、美しかった。

 

 夏の月夜に照らされ、薄く濡れた唇に光り輝く金糸がほつれる。彼女がふっと息を吹きかけると、金糸はほどけて宙を舞う。切れ長の赤い瞳に模様が浮かび、闇夜に妖しく咲いている。

 

 

 

 人知を越した美しさに、私の心は振り切れた。

 

「こんなの…」

「あん?」

「こんなことできる奴が……私……私は助けてなんて言ってない!どうせ面倒臭くなるんだ!捨てるくせに、恰好つけてさ!」

 

 思っていたことが、枷が外れて全部出てくる。別に貴方に言うつもりはないんだと、こんなこと言ってごめんなさいと、心の中で謝るが、口が勝手に動いてしまう。

 

「んー…」

「お、お前なんか……どっか行け!私は…もう…ここで死ぬんだ…」

 

 早く向こうへ行ってください。でないと聞くに堪えない罵詈雑言を、貴方に言ってしまうから。

 

 

 彼女が私の方へ歩いてくる。口角がほんの少し上がっていて、その笑顔に見惚れる。

 

「何か勘違いしてないか?」

「ぇ…?」

 

 見惚れたせいで聴いていなかった。思わず疑問が口から洩れる。

 

「お前は今、自分の命を捨てたんだ。そしてそれを私が拾った。わかるか?小娘」

「な、なにが…?」

 

 

 ぞわりと背筋に冷たい感触が通り、ぞくぞくと体の芯が震えている。もう、目の前まで来た。

 

 

 そっと顎に手が寄せられて、くいと上を向かされる。吐息が鼻に触れる程、近い。

 

 

 人知を超えた美しさ、赤い瞳が今、私を、私だけを見ていた。

 

 

「お前の命はもう私の物なんだよ。私に従え」

 

 

 囁くような声が脳髄を溶かした。体がぞくぞくして、お腹の奥がきゅんと喜んだ。顔が熱い、耳まで真っ赤になっているのが自分でも解かった。

 

 

「は…はぃ……」

 

 理屈は無い、心が彼女に屈服した。

 

 

 

 気づけば直方体で構成された謎の空間にいた。体についていたはずの水や粘液はすっかり消え去っていて近くには、彼女の日本刀が落ちている。

 

「待っててって言われても……」

 

 黙って座っていることもできず、すこし辺りを見回そうと巨大な直方体から動こうとした。

 

「うわ!?」

 

 刀が震えてエイの怪物が現れ、私の進行方向に陣取って移動を妨害した。仕方なくその場に座り込む。体操座りで膝を抱えていると、余計なことをつい考えてしまう。

 

 

 

 

 

 いつだって原因は、多分恐ろしくどうでもいいような、些細な事が切っ掛けのはずだ。

 

 私の場合は宿題を忘れた同級生に、宿題を見せなかったこと。そっくり同じのを書かれると困る内容だったので、理由を告げて断った。

 

 運が悪かったのは、相手がカーストの上位で、外面を取り繕うのが上手く大人受けが良い、それでいて執念深く、恐ろしく根に持つタイプだったこと。

 

 気が付けば教室に居場所はなくなっていて、数少ない友人も私のことが見えないかのように無視をした。机やカバンに嫌がらせをされはじめ、歩いていれば転がされる。校舎の裏に呼び出され、殴られ蹴られたことも良くあった。

 

 最悪だと思っていた事態が、まだまだ甘いものだったと分かったのは、私のスマホが盗まれてからだった。勝手に私のアカウントで呟かれた内容で、私は恐ろしい程炎上した。教師は私を叱りつけ、他のクラスや違う学年の生徒まで私を指差して笑う。

 

 遂に学校に私の居場所はなくなった。でも、家にはもっと居場所がなくなった。

 

 母は遠い昔に家から居なくなり、私は顔すら覚えていない。政治家の父は私に興味のない人で、いつも票とお金のことを考えていた。そんな父は私の不祥事に烈火の如く怒り狂った。言い訳などできず家から追い出され、私は独りになる。

 

 お父さんに見てもらいたくて、今まで勉強を頑張ってきた。お父さんに褒めてもらいたくて、今まで習い事も部活も、真面目に頑張ってきた。

 

 何もかも、いつの間にか掌の上には無かった。

 

 

 

 

 

 突然空間が歪んで明るい部屋に放り込まれる。私がいつの間にか零れていた悔し涙を拭っていると、替えの下着を渡された。

 

「これ、さっきコンビニで買ってきたから。先にお風呂入りな。ご飯はその後ね」

「あ…」

 

 押し込まれるように浴室に入れられた。自宅とは違って、カビなんか見えない綺麗な浴室。シャワーで体を洗い流していると、部屋の方からテレビの音が聴こえてきた。タレントの馬鹿笑いが空っぽの心に良く響く。

 

 ふと備え付けの鏡を見る。違和感を覚えて、曇った鏡を手で拭くと、私の顔が見えた。鼻の上にあったニキビが綺麗さっぱり無くなっている。腕を見れば川に流されたときにできていた小さな傷も無くなっている。心なしか体も軽い気がした。

 

「…青痣まで」

 

 殴られたり、蹴られたときにできたお腹や胸あたりの痣も全部なくなっている。あの白い怪物の力だろうか、そう思うとあの恐ろしい怪物が少しだけ可愛く思えてきて、自分の現金さに呆れてしまう。

 

 髪の毛からつま先まで、綺麗にして外へ出る。脱衣所をくまなく探すがタオルが無かった。少し悩んだが、声をあげて彼女を呼ぶ。

 

「あの!」

「ん?なーにー?」

 

 がららと扉を開けて女性が入ってくる。タオルが無いことを告げると、しまったと言って部屋の奥の方へ早歩きで行ってしまった。

 

 しばらくして帰ってくる。アニメのキャラだろうか、女のキャラクターが描かれたタオルを私に手渡して彼女が言う。

 

「いやぁ、悪いね。私タオル使わないからさ、すっかり忘れてた。昔の在庫が余ってるから、これからは適当に取って使って」

「…あ…ありがとうございます…あの…」

「ん?」

「その、名前…」

 

 おずおずと私が訊けば、納得いったというように彼女は手を差し出しながら少し笑った。

 

「あぁ!…ふふ、内葉(うちは)やちるだ。君は?」

「わ、若枝紫苑(わかえだしおん)です」

「宜しくね紫苑」

 

 夜道で触った以来の右手を握る。あの時と変わらない温かくて綺麗な手。

 

「肉じゃが好き?」

「え…あ、はぃ」

「良かった、一緒に食べようか」

 

 服を着ていない私を連れ出そうとするので、慌てて踏ん張って止める。

 

「ま、まだ!か、体拭いてないです!」 

「え?ああ、はい」

 

 繋いだやちるの手が、ほんの少し光ると私の身体の水が一気に床に滴り落ちた。驚く私を尻目にやちるは床の水を全て浴室へ弾き飛ばした。

 

「じゃ、服着て。早く食べよう」

「…はい」

 

 もう何も言う気が起きなくて、私はただ返事をする。

 

 食卓に着くと美味しそうな匂いが漂ってくる。やちるが米を茶碗によそって私の前に置いてくれた。湯気が出ているご飯はいつ以来だろうか。

 

 やちるは自分の米を大きめのどんぶり一杯によそうと手を合わせてさっさと食べ始めた。真ん中の大皿に山のようにあった肉じゃがが、すごい勢いで削れていく。

 

「食べないの?」

「あ、食べます…」

 

 やちるを真似て手を合わせた後、取り皿に自分の分を取った。思い切って肉を口に入れた。

 

 美味しい。ただ……ただそう思う。

 

 気が付けば目から涙が溢れて止まらない。私は黙々と米を食べて、肉じゃがをがっついた。やちるはそんな私をちらと見たが、気にせずに食べ始める。

 

 箸が食器に当たる音、テレビから聴こえるタレントの下らない話だけが食卓で音を立てていた。

 

 

 

 お腹いっぱいになるまで食べ終えた後。私はぽろぽろと自分の話をしていく。時系列がちぐはぐで、要領を得ない話をやちるは黙って聴いてくれた。それが嬉しい。

 

 私が落ち着くと、やちるは私をベッドに案内してくれる。彼女は自分はソファで寝るからと言ったが、私が袖を引っ張ると仕方なさそうに笑って、添い寝をしてくれた。

 

 やちるの身体は暖かくて、腕は長くて柔らかい。思わず豊かな胸に潜り込んで、赤ん坊みたいに甘える。くすくすと彼女が笑ってくすぐったがるが、どうしてもやめられなかった。残念なことに、疲れていた私はすぐに寝入ってしまい、幸せな空間を自ら手放してしまった。

 

 

 

 朝、物音で目が覚める。気づけばやちるは居なくなっていて、私は慌ててベッドから抜け出す。玄関で靴を履いているやちるが、驚いたように私を見る。どうやら私は凄い形相で彼女を見ていたらしい。

 

「心配すんなって、昼には帰るよ。紫苑、好きなだけ居ていいから」

「…うん」

 

 小さく手を振ったやちるが玄関の戸を開いた。朝日が部屋に入り込んできて、眩しくて目を細める。出ていこうとするやちるを思わず呼び止める。

 

「や!やちるさん!」

「ん?何?」

 

 振り返ったやちるに、勇気を出して口を開く。

 

「ありがとう……いってらっしゃい」

 

 やちるは眉をあげて、ぽかんとしていた。数秒して、ふふと笑って眩しい笑顔で私を見た。

 

「いってきます」

 

 そう言って笑った彼女の顔は後光の中で、淡く輝いていた。

 

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