入学後2ヶ月でAクラスに来ましたけど何か?【1年生編1学期終了】 作:かりん糖さん
今回の話は二学期に行く前のワンクッションみたいな感じ書きました。
今回は原作に登場する有る人物の血縁者の姓が登場します。
追記→小説のあらすじにて、主人公のイメージイラスト掲載しております。主人公に対して独自のイメージをお持ちでない方は、是非ご覧ください。中学3年時の小代瑠奈をイメージしております。
影響力があるかないかは、レディーの資格があるかないかに似ている。自分で自分はレディーよと言わなければ分かってもらえないようでは、レディーの資格はない。
by マーガレット・サッチャー
あの夏の特別試験が終わってから、私穏やかに夏休みを満喫していた。
基本的には家の中で勉強をしたり、音楽を聴いたり、読書をしたり、映画を見たり、自由気ままに過ごしていた。
しかし、たまに坂柳や百恵達に連れられて外に出る事もある。
プールに行ったり、カラオケに行ったり、買い物に行ったり、とにかく学生らしい青春を謳歌する事が出来ていた。
そして夏休みも今日で最後だ。
8月31日、私は坂柳理事長に呼び出され、理事長室に向かった。
恐らく、無人島試験前に送られてきた怪文書の件だろう。
シーザー暗号を用いた怪文書には、私の16歳の誕生日を祝う文と月31日に理事長から話があるという内容が書かれていた。
今日は8月31日なので、この手紙通りであれば私は理事長から呼び出しがある。
案の定、午前9時頃に学校事務から連絡があり、午後14時に理事長に来るよう命じられたのである。
理事長室の扉を2回ノックすると中から返事が聞こえた。
「どうぞ。」
私は扉に手をかける。
「失礼します。1年Aクラスの小代瑠奈です。」
中に入り挨拶をすれば、坂柳理事長が奥にある椅子に座って書類仕事を行っていた。
「この書類だけ目を通したいので、そこのソファに座っていて貰えるかな?小代さん。」
「分かりました。」
彼の指さしたソファに座り、真正面に掛けられた絵を見ると、高そうな額縁の下には高野累という名前が刻まれていた。
私と同じ、牧之原事件の生き残りで先月遺体となって発見された少年の名が、そこに刻まれていた。
絵のタイトルは"壁の花"で、萎れた青い薔薇は実物のように精巧で、まるで生きているかのような残酷な美しさを持っている。
青い薔薇の花言葉には『夢かなう』や『奇跡』、『神の祝福』等が挙げられるが、この薔薇の状態を考えれば花言葉とは真逆の状態だ。
『夢破れる』や『災い』等のマイナス表現の言葉の方がしっくりくる。
「その絵が気になるかい?」
執務用の席を立ち上がる音がし、理事長に視線を移すと、彼はファイルと紙袋を持って私の前に置かれたソファに静かに腰掛けた。
「この絵は、最近遺体で発見された高野累さんの作品ですよね?」
「その通りだよ。といっても、この作品はレプリカだけどね。」
とても一高校生が描いた作品には見えない。
彼は本物の、天才…いや、神に祝福されしギフテッドを持っていたのだろう。
「この作品の現物は高円寺君が持っているんだ。この作品は彼が高野君直々にプレゼントして貰ったものだからね。」
「高円寺君が?」
私がそう聞き返すと、坂柳理事長は頷き語り始めた。
「高円寺君はね、高野君と幼い頃祖父の生誕祭で出会っているんだ。壁に飾られた青い薔薇を見て『死んだ花を生けるとは趣味が悪い』と仰ったそうだ。」
一体どんな意図があって、高円寺の祖父の生誕祭でそんな言葉を口にしたのだろうか。
私には到底想像もつかない。
「…どういう意味ですか?」
「彼の発言は高円寺君いわく、彼のお爺様、そして高円寺コンツェルンの未来を憂いての発言だったらしい。会社は上に立つ物が従う者を支配し、利益を出す。今の社会を見れば分かるだろうが、働くという事は生きる為に時間や夢を捨てる行為だと、そう言いたかったそうだよ。」
高円寺の話した事は、現代社会の風刺の解説のようにしか聞こえない。
否、事実この壁に掛けられた薔薇に対する私の感想も諷刺じみている。
この作品はきっと…
「風刺画という事ですね?それもとても贅沢な風刺画ですが。」
「そうですね。この絵画は現代社会の風刺です。高野君のお母様とは何かと縁があってね、彼の絵のレプリカをプレゼントして貰ったんですよ。萎れた青い薔薇を題材に、現代社会を皮肉っている。残酷であり、しかし本物のように精巧に描かれており、その生々しさがより皮肉をきかせている。」
どうやら坂柳理事長はこの絵画を相当気に入っているようだ。
レプリカを高そうな額縁にわざわざ入れているあたり、私の考えはほぼ正しいと考えて良いだろう。
「坂柳理事長先生、私にお話があるそうですが、一体どのようなお話なのでしょうか。」
「小代さんには一学期の終わり頃、暗号のような手紙が届いているかと思います。送り主である君の元婚約者、石上司君は君が成人するまでの誕生日プレゼントを全て決めていたそうですよ。」
"石上司"
石上司は私が小学生の頃に両親から紹介された婚約者だった。
司は物静かで大人しい少年だったが、私が行方不明となったあの日、私と共に行方不明となり、牧之原事件の被害者の一人だ。
しかし、私には彼の記憶がほとんど無かった。
幼少期に出会った大人しい少年、有名な石上グループの次期後継者、私と同じ事件の被害者でまだ遺体は発見されていない。
生死すら不明だ。
「小代さん、この紙袋を君に渡しておこう。」
そう言い坂柳理事長は水色の紙袋を私に手渡した。
私はそれを受け取り、チラリと中を覗くと綺麗にラッピングされた小さな箱が中に入っていた。
「司君が元々君に用意していた、16歳の君への誕生日プレゼントだそうです。」
「…ありがとう、ございます。」
坂柳理事長はソファに置いたファイルから1枚の書類を取り出し、私の前にそっと置いた。
その書類には『遺産相続書』と書かれており、私の父の名が記されており、父の財産の相続書である事が分かる。
「父の財産を私が相続する、という事ですか?」
「ええ、そうなります。貴方は西門前社長のたった一人の娘ですから。西門会長に、貴方に渡すよう頼まれていたんです。」
「…分かりません、全く私には理解出来ません。」
私がそう愚痴を零し子供のように笑えば、坂柳理事長は目を細めて困ったような顔で微笑んだ。
西門という名前を私は自ら手放した。
私は今、小代という姓を名乗っており、この姓は母の旧姓だ。
母は名門小代家に生まれた大手食品メーカーの社長令嬢だった。
将来は名だたる企業、もしくは名家の御曹司と結婚し、小代の血を引く子を産む事が義務付けられていた。
父は大手教育企業である、グノシーコーポレーションの御曹司であり、将来グノシーコーポレーションを継ぐ事が決まっていた唯一の次期後継者だった。
2人は両家を繋ぐ為の政略結婚の駒として出会い、政略結婚ながらも互いに恋をして結ばれた。
「…父と母は私に愛情を注いでくれました。しかし、それとは裏腹に私に対する教育は虐待とも言える酷いものでした。父と母が亡くなってから、私はその事実を乳母から聞いたんです。」
幼い頃から、私は1日の大半を座敷牢の中で過ごして来た。
与えられた問題集と睨めっこし、学習範囲のテストを満点が取れるまで何度も繰り返し、少しずつ記憶を定着させて行く。
私は転生者だから、準難関大合格レベルの学力は既に身についていた。
だから、幼稚園入園の段階で既に高校入学レベルの学力は持っていた。
幼い頃から神童と呼ばれ、学校で学ぶ基礎教科五科目を始めとし、FBI捜査官認定試験や予想問題のようなIQテスト、ダンスやマナー、芸術等の教養、哲学や経営学の基礎と、様々なカリキュラムをこなし、西門家最高の神童として日々能力を高めてきた。
教養の授業の中にはピアノのレッスンもあり、私にはピアニストとしての素質があった為、幼い頃から基礎五科目の時間に次いでピアノのレッスンが毎日3時間以上行われていた。
勉強漬けの毎日に嫌気が差した事もあるが、前世の知識を持つ私にとって難しい事では無かった。
それに、前世で秀才レベルの私が神童と呼ばれ天才扱いを受けるのは気分が良かった。
だから必死に神童に相応しい実力を守る為に勉学に励んできた。
「父と母が死んでから、私は母方の実家で生活しましたが、そこでの生活は生家に居た時よりもずっと快適で、好きな事だけをしていても怒られる事は無かった。」
父と母が死んだあの日、私は本来であれば西門の祖父の孫として本家で生活するはずだった。
戸籍は西門のままだが、西門の教育方針を糾弾した母の実家である小代家は私を引き取り、小代家の娘として生活する事になったのである。
当然西門の人間は反対したが、小代家の叔父や叔母が反対し、戸籍はそのままに小代で育てられる事になったのだ。
その後、小代家の経営は一時的に悪化し、私の幼馴染である花園家の令嬢に助けられ、彼女の家の支援を受けながらなんとか経営を黒字まで回復させる事に成功した。
私は彼女に大きな借りがあり、その借りを返すという名目で彼女の傍に仕え、彼女の右手として彼女の望む全てを得られるよう努力してきた。
そして反対に、小代家の業績が悪化しても何もしなかった西門家を、小代に引き取られた孫を一切心配しない祖父を私は酷く嫌っていた。
経営が悪化した期間中は、花園家の屋敷で過ごしており、私と彼女は主従関係に近い間柄だった。
この関係性は中学卒業まで続き、私達は上下関係を保ちながらも大切な友人として過ごしてきた。
「ようやく自由を手に入れ、私は今の今まで小代の人間として生きてきました。だから、そう簡単に西門の人間に戻る事は出来ません。」
私は真っ直ぐ坂柳理事長の顔を見つめながら相続書を着き返した。
「…そうですか。それは残念ですね。」
「申し訳ありません。それは廃棄しておいて下さい。もしくは、お爺様に」
私が謝ると坂柳理事長は「気にしていませんよ」と笑い、相続書をファイルの中に入れてこう言った。
「今すぐに決める必要はありません。この紙は貴方がこの学校を卒業する時まで、私が大切に保管させて頂きます。」
彼はいつになく真剣な表情でそう言った。
その表情には有無を言わさないという意思が感じられる。
私は仕方なく彼の発言を受け入れ頷いた。
話を終え理事長室を後にする。
私は何も考えずに気の向くままに歩き続けた。
誰もいない夏休みの図書室、吹奏楽部の部活が行われていない第二音楽室、メダカの水槽がある第一生物室、人気のない旧校舎、どこもかしこも優しい夏の匂いが充満している。
屋上に続く階段を上がり、鍵の空いた扉を開ける。
「…あれ?先客なんて珍しいな。」
一人の青年が屋上の手すりに腕を乗せて、水平線をぼんやりと眺めていた。
「…綾小路清隆君。」
声を掛けると彼は振り返り私を数秒見つめてから口を開いた。
「奇遇だな?小代。屋上に何か用か?」
「…別に。ただ気の向くままに歩いていただけだよ。」
夏の暑い空気が全身を覆い、体温が上昇していく。
「綾小路君、君はなんでここに?」
「少し風に当たろうと思ってな。」
「…そっか。」
私達は人間三人分の距離を空けたまま、隣に立ち遠くの水平線を見つめながら話し始める。
「ねぇ、綾小路君。"ブラジルの1匹の蝶の羽ばたきはテキサスで竜巻を引き起こすか?"って言葉を知っているかな?」
「ああ。バタフライ効果、バタフライエフェクトと呼ばれる現象の事だよな。確か、気象学者のエドワード・ローレンツの数値予報研究から出て来た提言に由来しているんだったか。 」
バタフライエフェクトとは、力学系の状態にわずかな変化を与えると、そのわずかな変化が無かった場合とは、その後の系の状態が大きく異なってしまうという現象を指す言葉だ。
これは『非常に小さな出来事が、最終的に予想もしていなかったような大きな出来事につながる』ことを意味している。
日本語の諺である『風が吹けば桶屋が儲かる』と類似しているが、これはバタフライエフェクトの中の一例に過ぎない。
そもそも、バタフライエフェクトは良い事が起こるという予兆を指す言葉では無いのだから、2つの事柄は似ているが本質は全く違う。
「もし、この世界に本来存在しないはずの人間が居たとする。その人間はなんの力も持たない凡人だけど、その人間が居たとしてこの世界は本来決められた未来とは別の未来に進むのか。それともたかが人間1人では何も変えられないのか。」
私はこの世界の人間では無い。
別の世界から転生してきた存在だ。
しかし、私は一つの未来を知っている。
その未来を変える為に行動しているが、今のところ原作と変わっている点は無いが、不可解な連続行方不明事件。
この事件が今後原作に影響を与えるかもしれない。
この事件はまだ終わっていない。
だって、今も優秀な中高生が行方不明なり続けている。
この事件にいた唯一の生き残り、唯一の生還者である小代瑠奈。
私はこの作品を、悪い方向に未来を捻じ曲げてしまう可能性がある。
私が未来を知らなければ行動する事も無かったのかもしれないし、私が未来を知っていても変わらないのかもしれない。
私には穏やかなそよ風を起こすような、良い変化を与えるような力は無いのかもしれない。
だけど、それでも私は、この世界を変えてみたい、そう思うようになったから。
世界に悪影響を与えてしまった自分を、心のどこかで許せなかったから。
だから────
「イレギュラーが存在した場合、物事に変化をもたらすかどうか。そういう質問なんだよな?」
私は彼の言葉に頷く。
「…」
この化け物は、最高傑作は、この物語の主人公は、イレギュラーである私を前にして、作品を守る事が出来るのだろうか。
決められた未来を塗り替えられぬよう、動く事が出来るのだろうか。
「変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。イレギュラーがイレギュラーであるという事実を認識しているか、それともしていないのか、認識していたとしてどう生きるかはそいつ次第だろ。」
「…貴方は、その存在が居たとして貴方は未来は不明だと、そう言うのね?」
「ああ、そうだ。俺なんかに、分かるわけが無いだろう。」
彼は、望みも希望も無い、無機質な怪物だ。
「お前はどう思うんだ?」
彼の問い掛けに私はすぐにこう言った。
「私は、イレギュラーが存在した時点で何らかの変化は与えられると思っているよ。根拠はね…」
言えなかった。
私が根拠だなんて言ったところで、頭がおかしいと気味悪がられるか、Dクラスを混乱させる為の罠だと思われるかの二択しかない。
他の択があったとしても、良い意味には捉えられない。
だから私は根拠は言わずにニコリと微笑む事しか出来なかった。
何故あの瞬間、私は自身の転生を仄めかすような発言をしてしまったのだろうか。
夏休みに入ってから、西門家や例の事件について考える機会が増えたからなのか、それとも今日坂柳理事長と話したからなのか、理由は不明だが、私の与える影響について考えていたらこんな事を口走ってしまった。
寮の個室に戻ってから、私はただただ困っていた。
「…どうして主人公にあんな事言っちゃったんだろう。」
私はただポイントを稼いで、悠々自適な暮らしをしてAクラスで卒業出来ればそれで良かった。
事件の事なんて忘れて、無かった事にしてしまえば良い。
ずっとそう思って生きて来た。
幸か不幸か、事件に関する記憶は失っている為、事件について考える必要は無かった。
だけど、この学校に来てから少しだけ記憶に変化が出てきた。
あの事件から婚約者である石上司に関する情報や記憶を忘れてしまっていたが、彼に関する記憶が少しだけ蘇ったのだ。
顔合わせの僅かな記憶だが、このままここにいればいずれ全て思い出せるかもしれない。
記憶が無くとも、私には転生の記憶もそれ以外の交友関係の記憶も残っている。
困る事は無い。
なのに何故か、私は記憶を思い出したがっている。
思い出したくないから忘れた記憶なのに、何故思い出そうとしているのだろうか。
「…まあいいや。私の転生が、行方不明事件に直接的な影響を与えたわけじゃないはず。私が気にする程の事じゃない、よね?」
この物語は、彼女が転生知識を持った瞬間から変わり始めた。
いや、厳密には彼女が神童だと周囲から認識された瞬間から、だ。
この時の私は知らない。
この事件が今後の物語に大きな影響を与える事を。
この楽観視により、私が窮地に立たされる事になるという未来を。
■石上司
小代瑠奈の中学時代の同級生であり元婚約者。
石上グループ会長の実の息子。
父の再婚によって義理の弟が出来た。
ペーパーシャッフルでAクラス(坂柳)が希望する対戦相手は?
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Bクラス
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Cクラス
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Dクラス