謎の土下座を行っていた三式使いの女を立たせ、小会議室の使用許可を取ってそちらに移動して話を聞くことにした。
三式使いの女は興奮した様子で熱くいろいろと語っていたが……大半が俺に対してこれでもかというほどの絶賛であり、ゴマをすっているとかではなくどうも本心で言っているようあった。
「……それで?」
「はい! 私は隊長のお役に立てるようになりたいんです! なので、お願いします!! どうか、私を鍛えていただけませんでしょうか!!」
そう言って再び床に擦り付けるように頭を下げる三式使いの女……さて、どうしたものか?
メリットは、ある。早めに鍛錬を行える相手は確保しておく必要があったし、多少時間はかかるだろうが覇気を覚えさせれば覇気の鍛錬にもなる。
問題は、この女を鍛えたとして最低限鍛錬の相手を務められるレベルにまで育つかという点だが……。
「……」
「……」
少し顔を上げてこちらを見る三式使いの女の目を見る……なんともまぁ、狂った目をしてやがる。毎朝鏡で見ている俺の目によく似ている。
間違いなくこの女には深い狂気が宿っている。俺とは種類が違うが、イカれているのは間違いない。ならば、可能性はあるか……。
「以前にも聞いたが、もう一度聞いておこう。名前は?」
「ポーラ・チェルシーです! どうぞ、お好きなようにお呼びください!」
「……じゃ、『ポチ』で」
「はい!」
……嬉しそうだな。ポチでいいのか? 首の後ろで細く一本に纏められた茶色の髪が、犬の尻尾みたいにも見えるので、適当だったが呼んでみるとわりとしっくりくるあだ名ではあった。
「……覚悟は?」
「あります!」
「いいだろう。とりあえず、部隊の大半が治療中でいまは時間もある……親しい相手が居るなら、遺書を用意してこい」
いくつか興味があることや実験したいこともあって丁度いいので、俺はポチを鍛えることに決めた。まぁ、途中で死ぬかもしれないが、それならそこまでの相手だったという話だ。
****
防音性に優れた広い地下訓練場。貸し切りにしたその場所では、ひとりの女……ポチが、血反吐をまき散らしながらのたうち回っていた。
美少女と言って差し支えない容姿の女がもだえ苦しむ姿というのは、好きな者なら垂涎の光景かもしれないが、俺にとってはどうでもいいので、叫び声をBGMに本を読んでいた。
現在ポチが行っているのは、バイオフィードバックによる肉体改造だ。といっても、俺が行っているものとは大きく異なる。
というか、俺と同じものを行わせるのは現実的ではない。細胞のひとつひとつを進化させる俺の肉体改造……現在も定期的に行っているが、これにはいくつもの前提が必要になる。
複数の気功術を始めとした世界中様々な武術の技術、俺が獲得しているものだけでも50以上の流派の技術がある。まぁ、あくまで必要なものを習得しただけなので、その流派を修めたというわけではないが……。
そして、物によっては法に触れる可能性もある数々の秘薬や禁術……これにはかなり希少な材料も必要であり、俺も親父の伝手が無ければ手に入れるのは難しい品も多い。
それらをポチ用に用意するのは手間などというレベルではないし、そこまでする気もない。
なので、ポチにはいくつかの気功術を教えた上で、筋肉の圧縮という形の肉体改造を行わせている。
ヒュペリオン体質や英雄体質などと呼ばれるような、常人の数倍の筋肉密度を持つ肉体。このワンピースの世界においては、ゾロを始めとして見た目の筋肉量からは想像もできないほどの力を持つ者が多いので、そもそも転生前の世界とは人間の筋肉密度が違うのではないかとも考えている。
その上で、それをさらに圧縮して密度を上げさせる。ポチも三式を修めるだけはあって、それなりに鍛えてはいたが……俺の訓練相手としては最低レベルにも達していない。
それこそ軽く撫でただけで肉塊と化してしまうだろう。なのでまずは、その最低限のレベルまで上げるつもりだ。
さて、この肉体改造だが、俺の行う細胞ひとつひとつを作り変えるものよりはマシとは言え、それでも想像を絶するほどの苦痛がある。
当たり前だ。生まれもった肉体を無理やり作り変えているのだから、地獄すら生ぬるい苦痛が伴うのも必然だろう。
ハッキリ言おう、これは気合や根性で耐えられるものではない。何度も肉体改造を行っているからこそ断言できるが、そういう次元ではないのだ。
よくて発狂、それを越えても途中でのショック死……現在ポチが血反吐をまき散らしているように、そもそも自然の摂理に反した行いを肉体そのものが全力で拒絶している。
では、どうすれば乗り越えられるか……必要なものはひとつ……『異常なほどの狂気』だ。
死の淵から手が離れ、地獄に落ちて業火に焼かれてもなお、無理やりにでも這い上がるほどの純粋で一直線の狂気……この肉体改造は、狂いきった異常者にしか乗り越えられない。
俺は自分が狂っているという自覚がある。本来の人として大切なものは、最初に肉体改造をした際に頭のネジと共に抜け落ちた。
そんなことを考えながら本を読んでいると、いつの間にか叫び声は止み、ポチは血だまりの中でうつ伏せに倒れていた。
尋常ではない出血の量、普通に考えれば死んでいるとしか思えない光景……それを横目に見ながら、俺は本を閉じて呟いた。
「……気分はどうだ?」
「……最高です……生まれ変わった気分です」
高揚した声と共に血まみれの女は立ち上がり、こちらを振り返って恍惚とした笑みを浮かべた。
なんともまぁ、狂った目だ……本当に、俺の目とよく似ている。
「まだスタートラインの手前にすら達していない。今後も、何度か肉体改造は行うが、連続して行っても意味はない。とりあえず、次は六式の基礎から鍛えなおすぞ」
「はい! よろしくお願いします!」
「休憩は必要か?」
「いいえ!!」
強い言葉で答えるポチを見て、俺はフッと笑みをこぼした。思ったよりも役に立ちそうな拾い物で、ありがたい限りだ。
****
CP5の職員として過ごす傍ら、俺はポチを徹底的に鍛えた。振るい落としで落ちたとはいえ孤児から六式使いの候補として訓練を受けるレベルには才能があるだけあって、指導は順調だった。
ポチは俺とは違って得手不得手が極端なタイプだった。いちおう最低限六式を扱えるようにはなったが特に鉄塊が致命的に苦手であり、鉄塊の技術を応用する指銃も使わない方がマシなレベルだ。
逆に剃と嵐脚は得意であり、こちらに関しては及第点を出せるレベルに使いこなせるようになった。覇気に関しても極端であり、武装色は得意だが見聞色はまるで才能がない。
まぁ、防御は紙絵と武装硬化を中心とし、攻撃は剃と嵐脚による高速戦闘のスタイルで問題はない。
あの後も何度か肉体改造を行った成果もあり、2年経つ頃には俺がギリギリまで手加減すれば組手も可能という、当初想定していた最低値には達した。
そのころには、数度の昇進の後に予定通りCP5の主官に就任したわけだが……ひとつ予想外だったのは、ポチが『主官補佐』という新設された特殊な役職について、俺の専属補佐となったことだ。
どうも、かなりあちこちに「私は隊長の下以外では働かない」的なことを直談判して回ったみたいで、主官補佐の役職が新設されるという通達と共に、上からは遠回しに「その狂犬の手綱をしっかり握っとけ」的なお小言を貰うことになった。
まぁ、一見明るく人当たりのいい性格に見えて、ポチは頭のネジは吹き飛んでるからな、相当上の方に伝わるまでゴネまくったんだろう。
俺個人としては別に構わない。ポチの狂気はいわば狂信という部類のもので、それが俺という個に対してか強大な力に対してかまではわからないが、ポチの信仰の対象が俺であることは間違いない。
ポチにとっては俺の言葉がすべて正しく、俺の役に立つことが至上の喜びとか、そんな感じだ……一種のヤンデレというやつかもしれないな。
だが、まぁ、上にとって狂犬でも俺にとっては忠犬で非常に便利だ。実際にポチは優秀だし、行動原理が狂信であるため、俺の役に立つため努力を惜しまない。
俺にとって有益であるならなんの問題もない。信仰心でも狂った愛情でも好きに向けてくればいい、その程度いくらでも許容してやる。
「隊長、そろそろ島が見えてきます」
「ああ、分かった」
船室に居た俺をポチが呼びに来る。主官となった今も、ポチは俺のことを以前と同じく隊長と呼ぶが、呼び方など別になんでもいいので気にはしていない。
返事をして外に出ると、ポチが綺麗な姿勢で立っており、その後ろ髪……細く一本に纏めた茶の髪が左右に揺れていた。
バイオフィードバックを覚えさせて、いよいよ本物の尻尾みたいになってきたなあの後ろ髪……。
「……しかし、わざわざ隊長が出向くほどの内容なのでしょうか?」
「古代文明に関わる案件だからな、上にとっては重要なんだろうさ」
ポケットから棒付きキャンディーをふたつ取り出し、ひとつをポチの方に放り投げ、もうひとつは包装を破って咥える。
現在俺は、上の指令を受けてとある島に出向いていた。内容としては、その島に残る古代文明の遺産の回収……いちおう主官に就任してからは、初めての大き目の任務と言えるかもしれない。
まぁ、古代文明の遺産とは言ってもプルトンとかのような古代兵器ではなく、ましてやポーネグリフでもない。古い以外に価値もないような品だ。
しかし、どうもいちおうと頭には付くが空白の100年の時代の品らしく、その時代にひどく過敏な世界政府としては直ちに回収を命じたわけだ。
まぁ、大した仕事ではない。現場指揮という形で同行こそしてはいるが、部下たちに品を回収させて終わりだ。
****
楽観視していると、思わぬところに落とし穴があるというのは世の常だ。辿り着いた島で、住人に世界政府の威光をチラつかせつつ部下に遺産の回収を命じたあと、俺はぼんやりと小さめの町の中で一番大きな建物に視線を向けていた。
「……せ、政府の犬ども……こ、ここがどこだか分っているのか!」
「しゅ、主官?」
「回収を続けろ」
住人の言葉に、部下のひとりが動揺したような声で告げるが、冷たく回収を続けるように告げる。部下が動揺していたのは、現在俺の視線の先にあるものが原因だろう。
風になびく黒を基調とした大きな旗。そこには……『白い髭の付いたドクロマーク』が描かれていた。
つまり、この島は白ひげ海賊団の縄張りというわけだ。そういえば、丁度この時期は魚人島を白ひげ海賊団が縄張りにした時期だったかな? まぁ、だからどうしたという話ではある。
ここはグランドラインの前半の海にある島だ。新世界からこちらに来るのは手間だし、白ひげ本人がわざわざここまで出張ってくるなぞ、よほどのことが無い限りあり得ない。
現れたとしても傘下の海賊、それも前半の海を拠点にしているレベル……そもそも、たまたま近場に居たとかでもない限り、現れるのは回収が終わって出航したあとになるだろうし、なんの問題も……。
「主官! 大変です!! 沖に、白ひげ海賊団の船が!!」
「……傘下の海賊か?」
やれやれ、どうやらたまたま近場に来ていた船があったらしい。そして、う~ん……部下の青ざめた表情、嫌な予感がするな。
「ち、違います! 沖に現れたのは、『モビー・ディック号』です!!」
「……はぁ」
まったく、俺の運はどうなってるんだ? どうも白ひげと縁があるな……というか、そもそもなんで白ひげが前半の海に来てやがる? 魚人島にでも寄ったついでに、前半の海の縄張りを見て回ってたりとか、そんなところだろうか……なんともまぁ、面倒な話だ。
「ポチ、指揮を執って回収と積み込みを続行。積み込み完了後、即出航しろ。そして、問題ない距離まで離れたら、俺の電伝虫を2コールだけ鳴らせ」
「了解しました!」
とりあえずポチに指示を出したあと、白ひげ襲来を伝えに来た部下の方を向いて口を開く。
「フード付きのマントを用意しろ」
「は、はい……主官、いったいなにを……」
「なんでもいい。お前たちは、作業を続けていろ」
フード付きのマントを受け取り、顔が見えないように深くフードを被ってから海岸へと向かう。
まぁ、適当に威嚇して睨み合いになるならよし……戦闘になるなら、ある程度戦ったところで退けばいい。
しかし……白ひげと二度目の遭遇か、本当に妙な縁があるものだ。