白ひげがその島にやってきたのは本当に偶然だった。別件で前半の海に用があり、魚人島を経由して前半の海に来て、用を済ませて新世界へと帰る途中、縄張りの島に世界政府の船が近づいているという情報を得た。
海賊が縄張りで世界政府に好き勝手されては面子にも関わる。ちょうど近場にいたこともあり、そのまま進路を変えその島にやってきた。
島がハッキリと見えるようになったころ、甲板に立っていた白ひげの元にマルコが近づいてきた。
マルコは白ひげと同じように島の方に視線を向けながら呟く。
「……しかし、世界政府はあの島にいったい何の用だよい?」
「さあな、行ってみりゃ分かるだろ」
白ひげ海賊団の面々の表情に緊張などは無く、むしろリラックスしているようにも見えた。それは、己たちが強者であるという確かな自負があることもそうだが、それ以上に……今回は戦闘にはならない可能性が高かったからだ。
海軍の軍艦ですら白ひげ海賊団に手は出せないというのに、ロクな武装もしていない政府の船とさほど戦闘慣れしていない役人たちが仕掛けてくるとは思えなかった。
そんなどこか緩んだ空気の中、見張りの声が聞こえてきた。
「……誰か出てくるぞ!」
その言葉に白ひげと息子たちは島の方に視線を向ける、すると海岸に面した森からフードを深くかぶった人物がひとり海岸へと出てきた。
そしてその直後、昼の明るい空が漆黒に染まったかのような感覚と共に船が揺れ、甲板に居た者の半数以上が意識を失い倒れ伏した。
「これはっ、覇王色!?」
「なんつぅ、覇気だよい……」
凄まじい覇気をその身に感じ、海賊団の面々に動揺が走る中、白ひげは体に力を入れて覇王色の覇気を放った。
ふたつの覇気がぶつかりあい、海面が大きく波立つ……ビリビリと空気が震えるような感覚の中、白ひげ海賊団の面々は言葉を発することもなく覇気を放つ白ひげの背を見つめていた。
その揺るがぬ背はまさに世界最強と呼ばれるに相応しい力強さがあり、動揺していた面々も冷静さを取り戻していった。
だが……動揺していたのは、白ひげも同じだった。
(……コイツはっ、間違いねぇ、あの時の……だが、馬鹿な、あの時より遥かに……。まだ、二年ほどしか経ってねぇぞ……あの時ですら、すでに世界にそうはいないレベルだった。だが、ソレが、全盛期すら迎えていない発展途上の状態だったとでもいうのか!?)
白ひげは海岸に現れた人物が、二年半ほど前に海戦中に見かけて覇気をぶつけ合った相手だと悟っていた。そして同時に、その時より遥かに凄まじい力を持っていることも感じ取っていた。
あの時も確かに凄まじい力は感じた。だが、それでも、戦えば間違いなく己が勝つと確信できるだけの差があった。
……だが、いまはどうだ? この相手と戦うなら、白ひげは相当の覚悟を決めなければならない。自身の命を懸け、息子たちの大半を失い、仮に勝って生き残ったとしても二度と戦えぬほどの傷を負う……それぐらいの覚悟が無ければ、倒すことができないほどに相手は強くなっている。
しかし、同時に数多の戦いを潜り抜け、様々な修羅場を生き残ってきた白ひげの磨き抜かれた直感が告げていた。
……これが『最後のチャンス』だと……。
たしかに、多大な犠牲は覚悟しなければならない。それでもまだ、いまならば……このバケモノを倒すことができる可能性は十分にある。
だが、『次は無い』……三度目に遭遇した時、この怪物はもはや白ひげが全てを捨ててもなお手に負えぬほどに進化してしまっていると、そういう確信があった。
戦うべきか、戦わざるべきか……しばし思考を巡らせた白ひげは……そのまま覇気を放つに留め、仕掛けることなく立ち続けた。
そう、白ひげは戦わないことを選んだ。リスクに対して、あまりにもリターンが無い。それでも、賭けるのが己の命だけなら、戦ったかもしれないが……息子たちの命まで賭ける気にはなれなかった。
そもそも、勝てるというのは、あくまで相手が最後まで戦いに付き合うならばという話だ。前回遭遇時のことを考えると、相手には戦士としてのプライドなどはなく、ひどく合理的……不利と見れば、即座に退く可能性が高い。
そうなれば、損害だけ受けて逃げられるという最悪の結果にすらなりえる。だからこそ、白ひげは戦わないことを選んだ。
この選択に後悔はない。後悔するとしたら、今回ではなく前回だ。いまさら言っても仕方ないことではあるが、確実に勝てたあの時に地の果てまで追いかけて仕留めておけばという思いが無いわけではない。
しかして、時計の針は過去には戻らない。いくら後悔しようとも現状が変わるわけではない。
そんな白ひげの視線の先、フードを被っていた人物はある程度時間が経過すると、ピクッと一瞬体を動かしたあと、覇気を抑え、スッと森に溶けるように消えていった。
(……次は、こっちが逃げの一手を打つしかねぇな。しかし、このままってのも癪だ。幸い、前回よりは情報があるだろうし、いろいろ伝手を使って調べてみるか……)
退いたのは相手ではあるが、白ひげにとっては実質敗北と言っていい結果であり、苦々しい思いはある。しかし、そこは流石大海賊、軽く目を閉じて意識を切り替えたあとは、息子たちに島の調査を命じるのだった。