グランドライン前半の海、とある島にある海軍所有の研究所。その研究所の応接室では、世界最高の頭脳を持つと言われるベガパンク……あまりにも天才すぎて時間も手も足りず、猫の手も借りたいという言葉通りに自分を6人に分散させた結果である
彼女は苛立った様子でブツブツと呟いていた。
「確かにこちらの要求した金額はキッチリ払っておるし、くだらない値下げ交渉などもしてこないのは高評価じゃ。取引相手としてはいい相手といえる……じゃが、いくら万年研究費に困っているとはいえ、わしにも科学者としての矜持がある。己の作ったものを、何度も何度も壊されていると腹も立つじゃろ?」
「は、はぁ……」
「そもそも普通の使い方をして破れるわけが無かろう。どれだけの強度があると思ってるんじゃ、銃で撃たれても穴もあかんぞ! 絶対変な耐久力テストとかして、遊んどるじゃろ!」
不満げに告げるベガパンク……リリスに対し、護衛として付いている海兵たちはなんとも返答に困ったような表情を浮かべる。
実際そうだろう。彼女……ベガパンクは非常に重要な人物で下手に機嫌を損ねさせるわけにはいかないが、これから来る相手もエニエスロビーのトップであり相当の地位を持つ相手なわけで、その発言に同意するのは難しい。
結果として曖昧な返答しかできず、それが余計リリスを苛立たせる結果に繋がっていた。
「
苛立ってはいても相手がいい取引相手というのは認めているらしく、文句は言うつもりだがあくまで苦言程度に留めておくつもりだ。
「まぁ、ともかく最初じゃな。出会い頭に一回ガツーンと言ってやるわ」
そんな風に話していると、相手が到着したようで海兵たちは緊張した表情を浮かべる。主にベガパンクが相手に失礼な態度を取らないかどうかという点で……。
さすがに殴りかかったりはしないだろうが、それでも世界政府の重職持ち相手にこじれるような絡み方はしないで欲しいと、そう願いつつ相手の到着を待った。
少しして海兵に案内されて、黒いスーツを着た目元と鼻の黒い男……CP9司令長官であるスパンダムが到着した。
落ち着いた佇まいと鋭い目に海兵たちが気圧される中、スパンダムはリリスの向かいの席に座る。最初にガツンと言うと言っていた、リリスの第一声に注目が集まる中、リリスは……。
「……急に呼び出して申し訳ありません」
『滅茶苦茶丁重に謝った!?』
先ほどまでの苛立ちはどこにというレベルで、机に両手を付いて深々と頭を下げており、思わず海兵たちが叫ぶほどの急変だった。
「あ、あの……Drベガパンク? ガツンと言うんじゃ……」
「馬鹿かお前! お前、どんだけ墓の近くで生きとるんじゃ! コイツ見て、そんな台詞出てくるとか、ドン引きするぞ……なんじゃこのバケモノ!? え? これ本当に人類? いやいや、ありえん。どうなったら、こんな異常なっ……」
流石というべきか、リリスは一目でスパンダムの異質さを見抜いた。どのような過程を経たらたどり着けるのか、彼女の頭脳ですら理解できなかったが、それでも目の前にいる存在が異常進化の果てに君臨する理外の怪物であることを即座に理解した。
「Drベガパンク……初めまして、CP9長官スパンダムだ。今回は仕事の席というわけでは無いので、互いに砕けた口調でいきたいと思うが、いかがだろうか?」
「あ、ああ、了解した。わしはベガパンク……といっても
「いや、かまわない。いつもいい品を提供してくれて助かっている……それで、今回はなにか話がしたいということだったが?」
「……本来なら、服の扱いについて苦言を呈するつもりじゃったが……百聞は一見に如かずとは、よく言ったものじゃ……そうか、あの強度でも……足りんのじゃな?」
「ああ」
「脳が破壊されそうな気分じゃが、確かにわしの目から見ても、あの服では強度不足……なんという存在じゃ……」
そう呟いたあとでリリスは沈黙して顔を伏せ、プルプルと体を震わせる。その奇妙な行動に海兵たちが心配した様子で近くに寄った瞬間、リリスは叫びながら立ち上がった。
「んあぁぁぁぁ! くそぉぉぉ、地獄じゃあぁぁぁぁ!!」
「ド、ドクター?」
「目の前にこんな、涎が止まらんほどの相手……進化の極致みたいな存在がおる! 研究したい!! 皮膚細胞とか、髪の毛とか体液とか欲しい! 欲しいが……駄目じゃ、コイツ、己のテリトリーに踏み込まれるのを極端に嫌うタイプじゃ! 踏み込んだら殺される。わしのもつ全戦力を使っても3分もかからず
ベガパンクもある意味では狂人……マッドサイエンティストと呼べる存在だ。故に彼女は一目見て、スパンダムという存在を理解した。
研究したくてたまらない存在ではあるが、研究しようと手を伸ばせば即殺されると理解しているからこそ、なにもできずに頭を抱えていた。
その様子に呆れたような「やっぱり面倒な相手だった」と言いたげな視線を向けるスパンダムの前で、リリスはしばらく悶えたあとでピタッと停止する。
「……仕方ない。プランBで行こう」
しかし、天才には切り替えの早さも必要ではある。不可能を認め、別のアプローチを試す。トライ&エラーこそ科学の本質である。
「……プランB?」
「うむ。今後お前からの依頼は最優先で受けるし、要望にも可能な限り答える。金額も必要最低限でいい……わしはお前を研究したいが、普通に申し込んでも殺されるだけじゃから、お前との間に信頼関係を構築することから始める」
「……ふむ」
「そしてある程度お前の信頼を得られたら、実験への協力を依頼する。もちろん事前に実験内容は全て話した上で、お前が納得しないなら一切の無理強いはしない。お前が、協力してやってもいいかなぁと思った時にだけ協力してくれればよい……どうじゃ?」
リリスの言葉を聞いて、スパンダムは感心したような表情を浮かべた。さすがは天才と呼ばれるだけあって、リリスはスパンダムに対して己の有益性を示すことが一番有効な手段であると瞬時に理解していた。
それは正解だ。スパンダムは己の利になると認めた相手にはある程度寛容だ。踏み込んではいけないラインさえしっかり見極められれば、ある程度の譲歩を引き出せる可能性がある。
「……いま以上に強度の高い服は作れるか?」
「いまの3倍程度の強度であれば10日で出来る。それ以上じゃと、もう少し時間が欲しい」
「なるほど……その3倍の強度の服を5日で作れるなら、内容次第だが少し付き合ってやってもいい。今日は休暇で時間もあるしな」
「え? マジで!? 分かった! 任せろ!! 海軍の仕事なんぞ全部後回しにして、速攻とりかかる!!」
『ちょ、ドクター!?』
「あ~無理無理、わしの頭はいまコイツのことしか考えられんぐらい夢中じゃから、他のことなんぞ手につかん!!」
堂々と悪びれる様子もなく海軍の仕事は後回しにすると宣言するリリスを見て、スパンダムは若干呆れたような表情をしつつも……「これはこれで利になりそうだ」と、彼にしてはそれなりに高い評価を与えていた。
スパンダム:理外の狂パンダ。やっぱ面倒な相手だったなぁと思いつつも、瞬時にこちらの性質を見抜いて、それに合わせた切り替えをする頭脳には高評価。その後も提案も己の利になりそうということもあって、比較的好印象。
リリス:マッハで目が焼かれた狂科学者。魅惑のボディに夢中になっており、しばらく他のことは考えられなさそう。それでも狂パンダの性質はよく分かっているので、無理強いしたら殺されると考え、適切な対応を行った。信頼関係の構築のために、今後も自分が狂パンダとの交渉は担当するつもり。